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バックナンバー:2015年12月23日 配信号 収録

photography シカの惑星


『渋イケメン』と同じく、こちらも誤解されがちなタイトルと裏腹にシャープな視点を持った写真集『しかしか』をご紹介する。「ねこ派? いぬ派? しか派! フシギでカワイイしかの魅力に迫る」なんていう女子っぽい帯文にだまされないように。

タイトルどおり、シカを撮った写真集ではあるけれど、ここにあるのはかなりシュールでダークな光景だ。見方によっては『猿の惑星』ならぬ『シカの惑星』という映画のスチル写真集のようでもあるし、ここにいるシカたちは「バンビ」のイメージとはまるで別種の、人間と野生の境界線を自由に行き来する、しぶとく不可解な生物にも見えてくる。

みずからを「シカ写真家」と名乗る著者の石井陽子さんは1962年生まれ。53歳でのこれが初写真集だ。


生まれたのは山口県周南市で、15歳まで住んでました。瀬戸内海で風光明媚・・・とかではぜんぜんなくて(笑)、コンビナートが林立する風景でしたから。公害もまだひどかったし、まぁ元祖工場萌えみたいな場所で。それから父の仕事の関係で、中3の途中で東京に移ったんです。

東京では高校から青山学院に進んで、そのまま大学で仏文を専攻しました。卒業してからは商社に3年間勤務したあとフランス企業に移って、何社か経て現在も働いてます。






写真を始めたのは10年ほど前なので、40代になってからですね。前に勤めていた会社だったんですが、イベンでものすごく忙しかったときがあり、設営、広報、翻訳まで重なって疲れ果て、燃え尽きた感じになって。そこで前々から行きたかったマダガスカルに、2週間行くことにしたんです。そのときに、どうせならとカメラを買って持って行ったのがきっかけです。そのときはキツネザルをおもに撮ってました!


私は家でもネコを飼ってるし、最初から動物の写真ばかり撮ってたんです。江ノ島や宮城県の「猫島」として知られる田代島とかに通ったり。海外旅行も大好きで、以前は夫と年に3回くらいはいろんなところに行ってたんですが、たとえばボリビアでウユニ塩湖を見たい!となったら、そこでリャマやビクーニャ、フラミンゴを撮ったり。なぜか人物や風景より、動物に惹かれるんですね。


それで、シカを撮りだしたのは2011年の3月ごろからです。出張で奈良に行ったときがあって、私は早朝に起きて街を散歩するのが習慣なんですが、ひと気のない道路の真ん中にシカがいる光景に遭遇しまして。それがなんというか、人間が好き勝手やりすぎて滅びたあとにシカの世界になった、「シカの惑星」みたいな感じがしたんです。それがきっかけだったので、ただシカを撮るんじゃなくて、なるべく人間が写り込まないように、早朝に撮影するとか、歩行者が建物の陰に隠れるまで待つとか、いろいろ工夫して撮ってきました。




シカは日本中にいますよね。奈良のほかにも宮島、宮城の金華山、五島列島の野崎島、北海道の別海とかが有名です。別海がある道東は雪が少ないので草を食べやすいから、冬にシカが集まってくる。なので車とシカとの交通事故も多いんですが。

そういう「シカの目撃情報」みたいなのは、おもに友人たちからもらってます。ぜんぜん隠さないで、シカを撮ってるってみんなに言いまくってると、教えてくれるようになるんですよ。だから友人たちと一緒につくっているプロジェクトという感覚でもあります。


なのでシカを撮り始めてからは、シカがほとんどになっちゃってる。日本のシカ「ニホンジカ」には7種類の地域亜種があって、エゾシカ、ホンシュウジカ、キュウシュウジカ、ケラマジカはすでに撮影したんですが、まだツシマジカ、ヤクシカ、マゲシカの3種は撮影できていないので、それをコンプリートしないと(笑)。


私は「奈良の鹿愛護会」にも入ってますが、奈良では毎年100頭以上、シカが交通事故に遭ってるんです。愛護会は24時間態勢で、事故にあったシカの通報があると、「鹿苑」に連れて行って治療します。あと近郊の農家に被害を与えて捕獲されてしまうシカもいますが、そういうシカはやっぱり鹿苑に収容されて、一生そこから出してもらえなくなる。




けっきょく野生と言っても、つまるところ人間との関係でシカは生きてるということです。奈良や宮島ではシカはマスコットで、特に奈良では「神鹿(しんろく」として大切にされているのに、別の場所では害獣として駆除されたりする。いま、全国で年間36万頭のシカが駆除されてますから。それはもう、人間の利己的な都合にすぎないですよね。そういう「都会の野生動物」みたいな姿を写真から感じてもらえたら、人間と動物の関係もちがって見えてくるんじゃないかって。


石井さんの写真はアンデパンダンの写真版のような参加型写真展「御苗場」で2012年に発表したのが最初ということだが、そのあとはアメリカ、マレーシア、カンボジアなど、海外のコンペやウェブサイトで取り上げられたりと、「海外のほうが先におもしろがってくれた」という。冷徹な文明批判を秘めながら、あくまでもユーモアを忘れない、ふつうのドキュメンタリーとは一線を画す画面構成。ストレートな「ネイチャーフォト」とも「社会派」とも異なる、ヒネリの効いたクールな目線が、そうさせるのかもしれない。




『境界線を越えて』と題された石井さんのシカ・コレクションは、年明けから東京と大阪のニコンサロンで展覧会が予定されている。会場には写真集に掲載されなかったカットも展示されるそうなので、「人類滅亡後のシカの惑星」というシュールな光景を、プリントでじっくり味わっていただきたい。


石井陽子写真展:境界線を越えて
1月5日 (火) ~1月19日 (火) @銀座Nikon Salon
2月4日(木)~10日(水)@大阪Nikon Salon
いずれも会期中無休

ニコンサロン:https://nikon-image.com/activity/salon/


東京駅丸の内口KITTE4F「マルノウチリーディングスタイル」でもミニ写真展開催中
https://facebook.com/marunouchiRS/

鹿写真家 石井陽子・公式サイト:https://yokoishii.com/


『しかしか』石井陽子著(リトル・モア刊)

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ROADSIDE LIBRARY
天野裕氏 写真集『わたしたちがいたところ』
(PDFフォーマット)

ロードサイダーズではおなじみの写真家・天野裕氏による初の電子書籍。というか印刷版を含めて初めて一般に販売される作品集です。

本書は、定価10万円(税込み11万円)というかなり高価な一冊です。そして『わたしたちがいたところ』は完成された書籍ではなく、開かれた電子書籍です。購入していただいたあと、いまも旅を続けながら写真を撮り続ける天野裕氏のもとに新作が貯まった時点で、それを「2024年度の追加作品集」のようなかたちで、ご指定のメールアドレスまで送らせていただきます。

旅するごとに、だれかと出会いシャッターを押すごとに、読者のみなさんと一緒に拡がりつづける時間と空間の痕跡、残香、傷痕……そんなふうに『わたしたちがいたところ』とお付き合いいただけたらと願っています。

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ROADSIDE LIBRARY vol.006
BED SIDE MUSIC――めくるめくお色気レコジャケ宇宙(PDFフォーマット)

稀代のレコード・コレクターでもある山口‘Gucci’佳宏氏が長年収集してきた、「お色気たっぷりのレコードジャケットに収められた和製インストルメンタル・ミュージック」という、キワモノ中のキワモノ・コレクション。

1960年代から70年代初期にかけて各レコード会社から無数にリリースされ、いつのまにか跡形もなく消えてしまった、「夜のムードを高める」ためのインスト・レコードという音楽ジャンルがあった。アルバム、シングル盤あわせて855枚! その表ジャケットはもちろん、裏ジャケ、表裏見開き(けっこうダブルジャケット仕様が多かった)、さらには歌詞・解説カードにオマケポスターまで、とにかくあるものすべてを撮影。画像数2660カットという、印刷本ではぜったいに不可能なコンプリート・アーカイブです!

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ROADSIDE LIBRARY vol.005
渋谷残酷劇場(PDFフォーマット)

プロのアーティストではなく、シロウトの手になる、だからこそ純粋な思いがこめられた血みどろの彫刻群。

これまでのロードサイド・ライブラリーと同じくPDF形式で全289ページ(833MB)。展覧会ではコラージュした壁画として展示した、もとの写真280点以上を高解像度で収録。もちろんコピープロテクトなし! そして同じく会場で常時上映中の日本、台湾、タイの動画3本も完全収録しています。DVD-R版については、最近ではもはや家にDVDスロットつきのパソコンがない!というかたもいらっしゃると思うので、パッケージ内には全内容をダウンロードできるQRコードも入れてます。

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ROADSIDE LIBRARY vol.004
TOKYO STYLE(PDFフォーマット)

書籍版では掲載できなかった別カットもほとんどすべて収録してあるので、これは我が家のフィルム収納箱そのものと言ってもいい

電子書籍版『TOKYO STYLE』の最大の特徴は「拡大」にある。キーボードで、あるいは指先でズームアップしてもらえれば、机の上のカセットテープの曲目リストや、本棚に詰め込まれた本の題名もかなりの確度で読み取ることができる。他人の生活を覗き見する楽しみが『TOKYO STYLE』の本質だとすれば、電書版の「拡大」とはその密やかな楽しみを倍加させる「覗き込み」の快感なのだ――どんなに高価で精巧な印刷でも、本のかたちではけっして得ることのできない。

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ROADSIDE LIBRARY vol.003
おんなのアルバム キャバレー・ベラミの踊り子たち(PDFフォーマット)

伝説のグランドキャバレー・ベラミ・・・そのステージを飾った踊り子、芸人たちの写真コレクション・アルバムがついに完成!

かつて日本一の石炭積み出し港だった北九州市若松で、華やかな夜を演出したグランドキャバレー・ベラミ。元従業員寮から発掘された営業用写真、およそ1400枚をすべて高解像度スキャンして掲載しました。データサイズ・約2ギガバイト! メガ・ボリュームのダウンロード版/USB版デジタル写真集です。
ベラミ30年間の歴史をたどる調査資料も完全掲載。さらに写真と共に発掘された当時の8ミリ映像が、動画ファイルとしてご覧いただけます。昭和のキャバレー世界をビジュアルで体感できる、これ以上の画像資料はどこにもないはず! マンボ、ジャズ、ボサノバ、サイケデリック・ロック・・・お好きな音楽をBGMに流しながら、たっぷりお楽しみください。

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ROADSIDE LIBRARY vol.002
LOVE HOTEL(PDFフォーマット)

――ラブホの夢は夜ひらく

新風営法などでいま絶滅の危機に瀕しつつある、遊びごころあふれるラブホテルのインテリアを探し歩き、関東・関西エリア全28軒で撮影した73室! これは「エロの昭和スタイル」だ。もはや存在しないホテル、部屋も数多く収められた貴重なデザイン遺産資料。『秘宝館』と同じく、書籍版よりも大幅にカット数を増やし、オリジナルのフィルム版をデジタル・リマスターした高解像度データで、ディテールの拡大もお楽しみください。
円形ベッド、鏡張りの壁や天井、虹色のシャギー・カーペット・・・日本人の血と吐息を桃色に染めあげる、禁断のインテリアデザイン・エレメントのほとんどすべてが、ここにある!

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ROADSIDE LIBRARY vol.001
秘宝館(PDFフォーマット)

――秘宝よ永遠に

1993年から2015年まで、20年間以上にわたって取材してきた秘宝館。北海道から九州嬉野まで11館の写真を網羅し、書籍版では未収録のカットを大幅に加えた全777ページ、オールカラーの巨大画像資料集。
すべてのカットが拡大に耐えられるよう、777ページページで全1.8ギガのメガ・サイズ電書! 通常の電子書籍よりもはるかに高解像度のデータで、気になるディテールもクローズアップ可能です。
1990年代の撮影はフィルムだったため、今回は掲載するすべてのカットをスキャンし直した「オリジナルからのデジタル・リマスター」。これより詳しい秘宝館の本は存在しません!

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捨てられないTシャツ

70枚のTシャツと、70とおりの物語。
あなたにも〈捨てられないTシャツ〉ありませんか? あるある! と思い浮かんだあなたも、あるかなあと思ったあなたにも読んでほしい。読めば誰もが心に思い当たる「なんだか捨てられないTシャツ」を70枚集めました。そのTシャツと写真に持ち主のエピソードを添えた、今一番おシャレでイケてる(?)“Tシャツ・カタログ"であるとともに、Tシャツという現代の〈戦闘服〉をめぐる“ファッション・ノンフィクション"でもある最強の1冊。 70名それぞれのTシャツにまつわるエピソードは、時に爆笑あり、涙あり、ものすんごーい共感あり……読み出したら止まらない面白さです。

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圏外編集者

編集に「術」なんてない。
珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。
多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。
編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。

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書評2006-2014

こころがかゆいときに読んでください
「書評2006-2014」というサブタイトルのとおり、これは僕にとって『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(2008年)に続く、2冊めの書評集。ほぼ80冊分の書評というか、リポートが収められていて、巻末にはこれまで出してきた自分の本の(編集を担当した作品集などは除く)、ごく短い解題もつけてみた。
このなかの1冊でも2冊でも、みなさんの「こころの奥のかゆみ」をスッとさせてくれたら本望である。

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独居老人スタイル

あえて独居老人でいること。それは老いていくこの国で生きのびるための、きわめて有効なスタイルかもしれない。16人の魅力的な独居老人たちを取材・紹介する。
たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。

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ヒップホップの詩人たち

いちばん刺激的な音楽は路上に落ちている――。
咆哮する現代詩人の肖像。その音楽はストリートに生まれ、東京のメディアを遠く離れた場所から、先鋭的で豊かな世界を作り続けている。さあ出かけよう、日常を抜け出して、魂の叫びに耳を澄ませて――。パイオニアからアンダーグラウンド、気鋭の若手まで、ロングインタビュー&多数のリリックを収録。孤高の言葉を刻むラッパー15人のすべて。

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東京右半分

2012年、東京右傾化宣言!
この都市の、クリエイティブなパワー・バランスは、いま確実に東=右半分に移動しつつある。右曲がりの東京見聞録!
576ページ、図版点数1300点、取材箇所108ヶ所!

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東京スナック飲みある記
ママさんボトル入ります!

東京がひとつの宇宙だとすれば、スナック街はひとつの銀河系だ。
酒がこぼれ、歌が流れ、今夜もたくさんの人生がはじけるだろう、場末のミルキーウェイ。 東京23区に、23のスナック街を見つけて飲み歩く旅。 チドリ足でお付き合いください!

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