オリンピック・デザイン・バトル


外苑前の銀杏並木

書きたい!という思いと、いろいろめんどくさいな~という躊躇で迷っていた新国立競技場問題について、今週は書かせていただく。ツイッターやFacebookのおびただしい書き込みからも察せられるように、この問題については賛成・反対、いろいろな考えのひとがいるだろう。あくまでも僕個人の心情、というていどに受け取っていただけたらうれしい。

2020年の東京オリンピックに向けて、国立競技場の建て替えが決定し、デザイン・コンクールで優勝したイギリスの建築家ザハ・ハディドの案が公表されると、槇文彦、伊東豊雄など国内の建築家を中心に激しい反論が提起され、そこに建て替え反対の市民運動も加わって、ザハ案発表から1年半以上たったいまも、波乱含みの様相を呈しているのは、東京在住のみなさまならご存知だろう(しかし東京以外の地方ではどれくらい話題になっているのだろうか)。


最優秀賞に輝いたザハ・ハディドのオリジナル案(日本スポーツ振興センター:新国立競技場公式サイトより、プロジェクト・スケッチ以下同:http://www.jpnsport.go.jp/newstadium/Default.aspx


費用が大幅に予算を超過するとして、現在示されている修正案

ザハ・ハディドはイラク・バグダード生まれ。父親は有名な政治家だったが、サダム・フセイン時代になってイギリスに脱出。ロンドンの建築学校AAスクールで学んだあと、レム・コールハースの設計事務所勤務を経て独立している。

1983年の香港ピーク・コンペティションでグランプリを獲得、ザハの名は世界に知られるようになったが、あまりにアヴァンギャルドな作風のために、なかなか実際の建築を手がけるチャンスに恵まれなかった。

そのザハに手を差し伸べたのが、実はバブル期の日本である。1990年・大阪で開催された国際花と緑の博覧会での「Folly 3」、同年の札幌のクラブ・レストラン「Moonsoon」がザハ最初期の実作であり、翌91年には僕が編集していた全102巻の現代美術全集『アート・ランダム』では、同じくロンドンのアヴァンギャルドな建築家で、バブル期の日本でいくつも作品を残すことになったナイジェル・コーツとともに、『ArT RAMDOM 67 Zaha Hadid / Nigel Coates』という一冊を発表することができた(京都書院刊、1991)。これはたぶん、ザハ・ハディドにとって世界で最初の作品集だったはずだ。




ArT RAMDOM 67 Zaha Hadid / Nigel Coates

世界の建築家のうちで、もっとも先鋭的なデザイナーとして僕はザハ・ハディドを尊敬してきたし、だからというわけではないが、今回の騒動に関してはずっと違和感、というかムズムズする気持ち悪さを感じてきた。

端的に言えば僕自身はザハ・ハディド案に賛成の立場だが、これはもちろん、反対を訴える市民運動に異議を唱えようというのではない。いろいろな見方、感じ方があって当然だし、「だれもが賛成」のアイデアにロクなものがないのも、世の常。僕が不快感を感じるのは反対運動ではなくて、反対を唱える建築業界のわけのわからなさに対してだ。「なにがなんでも打倒ザハ案!」という意見の方は、ここで次の記事に飛んでいただいてかまわないけれど、よろしかったら少しだけお付き合いいただきたい。


解体を待つ国立競技場(霞ヶ丘陸上競技場)

ここで新国立競技場をめぐる問題の、タイムラインを整理しておこう。

1925年 崩御した明治天皇を称える目的で、明治神宮とともに神宮外苑が完成。聖徳記念絵画館を中心に運動場などの施設が整備された。

1958~64年 オリンピック招致へのアピールとして、それまでの神宮競技場を取り壊し、国立競技場を建設。スタンドの増築などを経て、64年東京オリンピックのメイン会場となる。

2012年2月 オリンピック・パラリンピック招致委員会が大会の基本計画発表。8万人収容のスタジアム建築を正式に発表する。

2012年3~7月 「国立競技場将来構想有識者会議」が発足。会合を経て、新競技場の概要計画を発表する。

2012年7月 日本スポーツ振興センターによる新国立競技場のデザイン国際設計競技を発表、公募開始。審査委員会のメンバーは安藤忠雄委員長を筆頭に、鈴木博之(青山学院大学教授・今年2月死去)、岸井隆幸(日本大学教授)、内藤廣(東京大学名誉教授)、安岡正人(東京大学名誉教授)、リチャード・ロジャース(建築家)、ノーマン・フォスター(建築家)、小倉純二(日本サッカー協会名誉会長)、都倉俊一(作曲家)、それに主催者である日本スポーツ振興センター理事長・河野一郎と、アドバイザーに和田章(東京号業大学名誉教授)という面々であった。

2012年11月 審査委員会の審査結果を受け、有識者会議で審査結果決定。ザハ・ハディド案が最優秀賞となる。

2013年8月 槇文彦による「新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈から考える」が『JIA MAGAZINE』295号に掲載、反響を呼ぶ。

2013年9月 2020年オリンピック・パラリンピック東京開催が決定。

2013年11月 槇文彦らが要望書、意見書を文部科学大臣、東京都知事に提出したり、「神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会」(共同代表・森まゆみ:http://2020-tokyo.sakura.ne.jp/)らによる公開座談会開催など、見直しを求める動きが活発化。

2013年12月 審査委員のひとりである内藤廣が、みずからのサイトで意見「建築家諸氏へ」を表明。(リンク

2014年5月 伊東豊雄が現在の競技場を改修する代替案を発表。(リンク

2014年6月 槇文彦がIOC会長に直訴の手紙を出す。(リンク

(以上敬称略、年表作成には『JIA MAGAZINE 2014年1月号』を参考にさせていただきました。詳細な経過が記されているので、ご一読を:リンク

都市の再開発についてネガディブな記事ばかり書いてきた僕が、ザハ案に反対しないのを意外に思われる方もいらっしゃるかもしれない。


絵画館前広場

僕は東京都千代田区で生まれ、もう50年以上を過ごしてきた。神宮外苑には自転車で10分かそこらの距離で、子供のころからの遊び場でもあったから、地域住民の端っこに加えてもらう資格はあると思う。その僕が抱く違和感とは――

1)神宮外苑や周辺にはこれまでも景観をぶち壊すおしゃれカフェとか、NTT docomoのタワーをはじめとする高層建築が林立してきたのに、これまで批判なんて聞いたことがなかった。

2)明治神宮も外苑も大正期になってからの産物で、槇文彦さんの言うような「濃密な歴史」に彩られているとは思えないし、ましてや外苑の絵画館は、中に入ってみれば明治天皇大賛美の、異様にナショナリスティックなプロパガンダ・アート空間であり、みんながそんなに好きだったとは信じられない。

3)資格があるのにコンペに参加しなかった槇文彦さんや、落選した伊東豊雄さんが、ザハの受賞後半年以上も経ってから反対を唱えるのが不可解。

4)そしてなによりも、自分たちが名誉をかけて選んだ人間と作品が、これだけ攻撃を受けているのだから、全力で守るのがスジだろうに、内藤廣さんを除いて選考委員からの声がぜんぜん聞こえてこないのが許せない。

とまあ頭を整理してみたけれど、ここで声を大にしたいのは3)と4)。ザハ案がいいか、悪いかは結局、住民(この場合は東京都民)の総意で決めるべき問題だろうから、議論が活発になるのは歓迎すべきこと。

しかし! 理屈はいろいろあろうが、一般の仕事で考えてみてほしい。たとえば文学賞でも、美術賞でも、広告のコンペでもなんでもいいけれど、参加資格がありながら参加せず、決まったあとで「あれはよくない」と言ってみたり、落選した同業者が「こっちのがいい」と別案を出してみたり、コンペ主催の代理店を飛ばしてクライアントに直訴したりって、アリだろうか。そういうのを世間では「後出しジャンケン」と言うのではないか。批判の声を上げるのは建築家ではなく、建築評論家の仕事ではないのか。

僕も審査員の経験はあるけれど、だれかを選べばかならず反論が来る。それに対して「いや、これはこういうところがいいんだ」とちゃんと反論し、自分が選んだアーティストの防波堤になるのが、審査員の責務ではあるはず。この点、審査委員長・安藤忠雄さんの完全な沈黙はまったく不可解だ。

賛成派、反対派、それぞれにもっともな主張があり、これからも論議が尽くされていくことが望ましいのは当然。それはそれとして、今回露呈した建築業界の「ひととしての不可解さ」というか、変な表現で申し訳ないが「女々しさ」みたいなのに、僕はすごく引っかかったのだった。




日本青年館を明治公園から眺める。ゴルフ練習場の巨大フェンスのほうが目障りな気が

建築関係のグラフィック・デザインを多く手がけているデザイナーに、古平正義さんがいる。今年のヴェネツィア建築ビエンナーレでも、日本館の素晴らしく美しいポスターを手がけている。


ヴェネツィア建築ビエンナーレ2014・日本館ポスター

久しぶりに古平さんと飲んでいたら、新国立競技場の話になって、すごく共鳴できるところがあったので、「シラフでもう一回話そう!」と場を変えて対談。その模様を誌上再現してみたので、少々長いけれど、外野からのヒネクレ中年談義、よかったらお付き合いいただけますよう――。


古平正義さん(右)の仕事場は、外苑前が最寄り駅だ

都築 なんか最近「上から目線の正論」というか、「わかりやすい正義」みたいなのが多いでしょ。環境破壊しないでとか、もったいない精神で改修案でいきましょうとか、憩いの森を壊すなとか。そういうことで気分を盛り上げている部分が多すぎると思っていたところに、古平さんの考えを聞いて、我が意を得たりと思ったんです。ザハ案がいいとか悪いとかではなくて、態度がおかしいんじゃないかと。

古平 僕的には、あれは競技場問題ではなくて、建築家問題なんです。

都築 それはどういうこと?

古平 あらためて「新国立競技場 反対」って検索してみたら、9割方が槇さんに端を発する、建築家まわりの騒動ばっかりなんです。だから新国立競技場と言うよりは、それを取り巻く建築家問題として僕は気になっている。

最初からけっこう違和感があったのが、「建築家ってなんなんですか」ということ。僕はグラフィックデザイナーとしては、建築家と関わって仕事をする機会は多い方だと思います。サイン計画や、建築家の本をデザインしたり、展覧会を手伝ったりもしていて、知り合いもたくさんいる。そのなかでの強烈な違和感っていうのが、建築家の人たちがいまこの問題でネット上で騒いでいることが、単純にすごい気持ち悪いんです。建築家ってそんなに特別なというか、そんなことをいろいろ言う人種なんですかっていう。

都築 それはどのへんが?

古平 建築家だろうがデザイナーだろうが、職業人ではないですか。当たり前のことなんですけれども、職業としての建築家だと思っていたんです。あとは自分たちと近い流れで言うとクリエイターであり、そしてふつうの生活者でもある。このの三角形があって成り立っている存在だと思っていた。それはぼくたちデザイナーでも、ミュージシャンでも、小説家でもみんな同じだと思っていたんです。だけど今回の流れを見ていたら、建築家はそういうシンプルな存在ではなくて、もっとお偉い存在だと自分たちを思っているようだと。

僕からしたら、職業人としては無茶苦茶なことを言っていると思うんです。だって今回の件で言うと、ザハ・ハディドというよそのひとがコンペで獲ったことに関して、ものすごい難癖をつけて引きずり下ろそうとしている。

都築 落ちたひととかが(笑)。


聖火台を見上げたところ

古平 そう、落ちたひとが。これは単純に職業人としてのルールに思いっきり反していて、もし自分がいる業界で同じようなことがあったら、とんでもない話ですよね。さらにそんな事しておいて、JSCの説明会に呼ばれたら「公開説明会を行うのが義務」とか、もっともらしいこと言って欠席してるんですよ。自分は反則しながら正論を振りかざすという・・・無茶苦茶です。

都築 文学で言えば芥川賞を取れなかったひとが、「俺の小説のがいい」って言ってるようなもんだもんね。

古平 そうですそうです。外国人だから言うんですかね? さらにクリエイターという要素を加味していくと、槇さんや伊東さんよりもっと若い、30代40代の人たちがワーワー言っているっていうのは、すごい恥ずかしくないのかと。「だれに言っているの?」と聞きたい。「安藤(忠雄)さんが」とか「ザハが」とか言うけど、自分はそんなレベルに達してないじゃんって。

都築 評論家が語るべきことを、実作者が言っているということか。

古平 若い建築家の人たちがそう言っていることに対して、ものすごい乱暴に本音を言うと、クリエイターとしては環境や予算なんかどうでもいいと思っていないとダメだと思うんです。

都築 大都市の中心に、あれだけのスケールのものをつくるんだからね。だから古平さんとしては、建築案に対してというよりも、それを取り巻く建築業界の話の盛り上げかたが気持ちが悪いということ?

古平 ですね。

都築 こういうことっていままでなかったよね?

古平 そう思います。六本木ヒルズとか表参道ヒルズのときには、市民の反対運動はありましたけど。

都築 それとは別だもんね。市民の「緑を保全しろ」という思いとは違う。ただそれも、絵画館なんてだれも中味、見に行ってないと思うけど。もろ明治天皇礼賛の施設だし。


明治天皇の偉業を称える絵画がずらりと並ぶ絵画館の展示。ご生誕から崩御まで、前半が日本が40点、後半が洋画40点という構成だ

古平 ほんとうにそうですよ。そこも気持ち悪いんですよね。あの森が昔から、縄文時代からあるんだったらわかるけど(笑)。

都築 明治神宮はともかく、外苑に森なんてないじゃん(笑)。明治公園も、絵画館前広場も、ただの殺風景なコンクリ広場だもんね。

古平 高尾山を壊すっていうんならわかるんですけど。人工的につくったものじゃないですか。僕の個人的な感覚だと、クリエイティブっていうのは、天皇云々とかとはまったく別の次元のものだと思っていたんです。だけど槇さんがあんなに堂々とイデオロギー的な点にも触れていて、それに建築家が賛同しているのって空恐ろしい。そこも無茶苦茶気持ちが悪いんです。

都築 あのプランがそのままできればいいかどうかっていう話ではなくて、業界内で潰しあってるのがねぇ。僕がこの話をしたいと思ったきっかけが、これはコンペで決まったことだということ。世界的な審査員が選んで、それがこれだけ叩かれているんだから、全面的に守るのが男だろと! コメントしたのは内藤(廣)さんだけで、あの文章はすごくしっかりして説得力あるけど、全力で養護する姿勢がほかのだれひとりとしてないのは恥ずかしい。こんなことでひっくり返ったら、世界の建築家は馬鹿らしくて日本のコンペなんてこれからやってられないでしょう。

古平 そうですよね。

都築 地元の建築家たちが「俺のにしろ」って言っているわけでしょ。それってすごい話じゃない?

古平 ついこの間(2014年6月13日)、IOCに槇さんが手紙を出しましたよね。あれ最悪で、手紙に明確にザハ・ハディドの名前を出して、自分がつくった東京都体育館を持ち上げている部分があるんですよ。

貴職は現国立競技場に隣接する東京都体育館をご覧になったと思います。1980年代初期に私が同体育館を設計した際、私は都内でも有数の厳しい規制上の制約のもとで、その難題をきちんと処理しました。

あまりに子どもっぽすぎ。でも僕、あの手紙がよかったと思うのは、さすがにやってることも内容もひどすぎるから、あれを前の論文のように持ち上げてるひとって少ないんですよ。ザハ案をけなして自分を持ち上げてるから。だからあまり拡散していない(笑)。

都築 老害(笑)。

古平 そう、ただの老害ですよ。そんな手紙をIOCに出すって、僕たちの仕事で言えば、とても大きな何かのリニューアルの仕事があったとします。それを広告代理店からコンペを受けて、やって、だれかが獲りますよね。勝ったひとがいて、負けたひとがいる。そのひとたちではなく、リニューアルする前の仕事をやったひとが、いろんなひとを全部飛び越えて、直接クライアントに言っているわけですよね。そんなの最悪ですよ。僕たちの業界、というか他のどんな職業でも、偉い人だろうがどんな理由があろうが、そんなことしたら周りから猛抗議されてしかるべきです。あの手紙で完全に馬脚をあらわした。結局、槇さんは自分の体育館の影が薄くなって、ザハの大きな新しいのが出てくるのがいやなんですよ。

都築 市民運動として、あそこでいつもジョギングしてるから残しておいてっていうのとは違うレベルで、若い建築家は違和感持たないのかな?


古平 大学に行って建築の学生と話したりすると、相当頭でっかち的なところがありますよね。そういう人種になっていくのか、そういうひとが建築家になるのか。

都築 エコとか言っているほうが安全だもんね、いまは。だれからも批判されないじゃん。

古平 そういう運動に熱心なひとって、ほかのトピック、たとえばSTAP細胞とかにも上から目線で言っているひとが多いんですよ(笑)。建築家ってそんなに偉いんですかって。有識者的な枠に自動的にいるような。今回そこにいちばんビックリしました。

都築 そこに若いひとが多いっていうのが気持ち悪い。

古平 そうなんです。ある程度大きな実績があれば、そういう風に勘違いしてもしょうがない気もするけど、求められてもいないのに、そこに自ら入っていきたがるのが不思議。そんなに上から目線で言うんだったら、普通のことをちゃんと考えてほしいですよね。いまの槇さんがやっていることをよしとしちゃったら、ルール無用になっちゃう。伊東さんも同じで、コンペで負けたのにまた出すとか、そんなのがよしとなっちゃうと、職業上の秩序が崩壊するし、これからの建築界や、教育的にもよくないでしょう?


伊東豊雄案(コンペ応募時)

都築 主催者側も、あまりになにも言わないよね。選んでおいて援護しないのはおかしい。世界のビッグプロジェクトで国際コンペが行われるときって、かならず反対意見はあって、でもちゃんとコンペ側がきちんと反論する。住民投票で中止になったりするケースも含めて、そうやって決まっていくものだと思うのに、それがないっていうのが、すごく変で。伊東さんや槇さんの案がいいか悪いかっていうよりも、単純な話、男として格好悪い(笑)。ふつう、言いたくても言えないでしょう?

古平 確かに。やるんだったらもっとうまくやってほしいですよね。だって格好悪いですよ、堂々とクライアントに手紙出すなんて。安藤さんは政治家とか芸能人と同じレベルになっちゃっているから、言いたくても言えないんだと思うんです。なにか言っても炎上するだけだから、とりあえず黙ってるんじゃないですか。ここで安藤さんが反論しても、建築家同士でぐちゃぐちゃになっちゃうから。東京都とかが言うべきなんですよね。

都築 舛添知事はなんにも言わないでしょう。

古平 ただ、オリンピックの現場とか海外とかでは、我々が思うほど大きな問題になっていないのかもしれない。たとえばパリで同じようなことがあったとして、フォンテーヌブローの森とかがなくなるんだったら、世界的に大問題になると思うけど、我々も知らないところだったら、どれだけ巨大なものが建とうとも、だれもなにも思わないじゃないですか。

多分これぐらいのレベルだと、業界内のことだし、国のスケール感からいくと大きな問題ではない。地域の住民が大きなデモをやったりとかだったら違うけど、ネットで建築家が騒いでいるだけの気もする。

都築 そうだよね、こっちはネットをよく見るから知ってるけど、あのエリアって現実的に住民も少ないし。しかし若い建築家に問題があるんだな。若い建築家から「今度のザハ、かっこいいじゃん」っていう声が、ぜんぜん聞こえてこないのも怖い。

「このエッセイの冒頭で述べているように、我々は東京体育館を現在の場所につくるのに大変苦労しました。したがってこのコンペでは、あまり敷地も広くないところでその10倍の施設をつくることは完全なミスマッチだと直感的に感じました。それが不参加の第一の理由です。そしてまた、このコンペの規約書を見た時に、これは何だと思ったのです。そこにはいくつかの国際的な建築賞を貰った建築家には一種の特典が与えられています。なぜ著名建築家だけにか。日本発の国際コンペであったので、私のような疑問をもった建築家は世界中に多数いたのではないでしょうか。国際コンペに参加することは多くの建築家にとって夢であり、ロマンなのです。シドニー・オペラハウスもポンピドゥー・センターも、当時無名に近かった建築家たちがつくった20世紀建築の代表作です。我々はそのロマンの燈火を大事に守っていきたいと思います。」
(JIA MAGAZINE 2013年8月号より)

都築 それなら最初からコンペに出ればいいのに。「ロマンの燈火」って・・・。

古平 後出しじゃんけんですよ。それがまかり通るんだったら、だれの案にも文句つけられる。

都築 全員が好きな案なんてないんだから。


古平 しかもスケール的にはある程度の収容をしなきゃいけないっていう条件だったら、環境破壊って絶対に出てきますよね。それを言い出したらなにもつくれない。大きすぎるっていうのも変な話。それを建築家が言っているのが気持ち悪いでしょ。

都築 大きくなきゃいけなくて、都心に近くないといけないわけだし。そうしたらなにかが犠牲になる。反対するなら、オリンピック開催に反対してほしいよ。変な理屈じゃなくて、「東京でオリンピックをやるのに反対だから、俺はコンペに参加しない」って言うなら、かっこいいけど。

古平 よく比較のCGとか出ているけど、あれ見てもなにも思わない。いまもそういうところいっぱいあるし。ああいうのってすごいご都合主義で、文化住宅(都営霞ケ丘アパート)の住民がとか言うけど、そんなこと言ってたらなにも建てられないでしょ。

都築 ものすごく老朽化したアパートってだけで、廃墟マニアしか気にしてなかったのに(笑)。日本青年館に、いまだに通ってるひとも少ないだろうし。ま、明治公園のフリマにはいっぱい来るけど。




1964年の東京オリンピック開催時に建てられた都営霞ヶ丘アパート

古平 ふつうの市民のブログに、反対している10人ぐらいで散策してみたっていうのが書いてあって。「日本青年館もなくなってしまうのですね。ここでキャンディーズ見ました」「あ、こんなところに緑が!」って、知らなかったんじゃん(笑)。ふつうに歩いているレベルで、そんなに広大な緑の印象ってないでしょ。

都築 ゴルフ練習場、野球練習場、テニスコートとか、けっきょくだれでも入って遊べる緑のエリアって、意外に少ないんだよね。しかし伊東さんがいま主張しているのは改修案でしょ。最初のコンペでは新築を出しておいて、いまは改修というのもおかしい。なんで最初から改修案を出さないのか。

古平 それだったらすべての建築は新築じゃなくて、改修のほうがいいってことになる。この状況、常軌を逸してますよね。しかも槇さんが言ったあとに乗っかってる。コンペ決定してすぐだったらまだしも、騒ぎが大きくなってから言うのって。

都築 絶対通らないとわかっていながら、最初から新築ではなく改修すべきだっていうのを出していたら、それはそれでスジが通ってただろうに。

古平 建築家たちは論客としての人格と、建築家としての人格と、勝手に分けているんだと思うんです。

都築 なるほど。建築家って、実作をしながら文章も書くことがすごく多い人種じゃないですか。実作より文章がいいひともいるくらいだし(笑)。そういう変な伝統から出てくるものかもしれないね。

古平 ありますね。

都築 建築の理論家や評論家と、実作者というのが、この業界では一緒になっちゃってる。だって画家でも音楽家でも、そういうのあんまりないでしょ。ここまで批評と実作が一緒になっている世界は珍しいんじゃないかな。


古平 僕も建築家の本って何冊もつくっていますけど、彼らは本を作品と同じように、すごく大事にするんですね。デザイナーとしてそれに関わると、きついときとかあるんですよ。グラフィックデザイナーとしては本の仕事は安い仕事だから・・・(笑)。そういう眼で今回の騒動を見ると、業界内での政治的なパフォーマンスという面も感じたりする。

都築 業界内で見ると、この騒ぎに違和感はない。だけど外からというか、ふつうの社会から見たら「同業者が言うっておかしいんじゃない」ってなる。だけど建築家にとっては自分が設計・デザインしながら、他人の作品を批評するのはふつうだから。自分が参加しなかったり落ちたりしたのに、あとで批判したりするのが、本人たちには不思議じゃないのかもね。

古平 篠原一男さんが横浜港大さん橋国際客船ターミナルのコンペで負けたときに、審査員だった伊東豊雄さんを大批判して、それに伊東さんも応酬していたことがあったんですけど、そういう側面はあるのかもしれないですね。ふつうの社会だとあり得ないんだけど。

規模の話になるのも変だと思っているんです。僕のいる業界でもコンペはよくあって、自分の案よりよくないやつが通っているって、そんなものは当たり前にある。それをああだこうだ言ってたら仕事は崩壊する。建築家たちはすごく大きな、自然とか歴史とかが絡むことだから、そういうのがありってことになってる。それってすごく乱暴な言い方をすると、建築は特別なもので、ほかの仕事を馬鹿にしてるのかってことです。グラフィックデザインの仕事とかはそうでもないから、同じようなことをするのはおかしくって、スケールがでかくて大きなお金が動いたら、こういうこと言っていいっていうおかしさ。


ザハ・ハディド案

これから人口減少に向かう日本、東京の市場が 8 万人の観衆を安定供給し得ないことは明らかである。

都築 槇さんが提言のなかで、8万人のスタジアムなんか、オリンピックのあとは埋まらない、みたいに言ってるでしょう。フジロック行ってから言えっていう。

古平 ほんとにそうなんですよ。しかもあそこにあるっていうことは、幕張メッセまで行かなくてよくなる。最高ですよ。

都築 東京ドームより音は絶対にいいし。

古平 8万人入るイベントなんて、いくらでもありますよ。そういう反論を若い建築家がしないっていうのが、変だなと思う。だいたい、クリエイターがそんな後ろ向きでどうする、と言いたい。

都築 とりあえず若手の建築家には言ってほしいよね。それに8万人来てくれるライブを考えるなんて、すごくワクワクする仕事だろうし。

古平 ライブじゃなくたって、東京ドームのテーブルウェア・フェスティバルとかだって、おばさまが何万人も来るんだから。

都築 世界らん展もすごいよ。

古平 アートフェア東京だって一日何万人って来ますからね。

都築 フリードミューンだって!

古平 近いから客も増えるし!


絵画館前広場の一角獣


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ROADSIDE LIBRARY vol.006
BED SIDE MUSIC――めくるめくお色気レコジャケ宇宙(PDFフォーマット)

稀代のレコード・コレクターでもある山口‘Gucci’佳宏氏が長年収集してきた、「お色気たっぷりのレコードジャケットに収められた和製インストルメンタル・ミュージック」という、キワモノ中のキワモノ・コレクション。

1960年代から70年代初期にかけて各レコード会社から無数にリリースされ、いつのまにか跡形もなく消えてしまった、「夜のムードを高める」ためのインスト・レコードという音楽ジャンルがあった。アルバム、シングル盤あわせて855枚! その表ジャケットはもちろん、裏ジャケ、表裏見開き(けっこうダブルジャケット仕様が多かった)、さらには歌詞・解説カードにオマケポスターまで、とにかくあるものすべてを撮影。画像数2660カットという、印刷本ではぜったいに不可能なコンプリート・アーカイブです!

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ROADSIDE LIBRARY vol.005
渋谷残酷劇場(PDFフォーマット)

プロのアーティストではなく、シロウトの手になる、だからこそ純粋な思いがこめられた血みどろの彫刻群。

これまでのロードサイド・ライブラリーと同じくPDF形式で全289ページ(833MB)。展覧会ではコラージュした壁画として展示した、もとの写真280点以上を高解像度で収録。もちろんコピープロテクトなし! そして同じく会場で常時上映中の日本、台湾、タイの動画3本も完全収録しています。DVD-R版については、最近ではもはや家にDVDスロットつきのパソコンがない!というかたもいらっしゃると思うので、パッケージ内には全内容をダウンロードできるQRコードも入れてます。

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ROADSIDE LIBRARY vol.004
TOKYO STYLE(PDFフォーマット)

書籍版では掲載できなかった別カットもほとんどすべて収録してあるので、これは我が家のフィルム収納箱そのものと言ってもいい

電子書籍版『TOKYO STYLE』の最大の特徴は「拡大」にある。キーボードで、あるいは指先でズームアップしてもらえれば、机の上のカセットテープの曲目リストや、本棚に詰め込まれた本の題名もかなりの確度で読み取ることができる。他人の生活を覗き見する楽しみが『TOKYO STYLE』の本質だとすれば、電書版の「拡大」とはその密やかな楽しみを倍加させる「覗き込み」の快感なのだ――どんなに高価で精巧な印刷でも、本のかたちではけっして得ることのできない。

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ROADSIDE LIBRARY vol.003
おんなのアルバム キャバレー・ベラミの踊り子たち(PDFフォーマット)

伝説のグランドキャバレー・ベラミ・・・そのステージを飾った踊り子、芸人たちの写真コレクション・アルバムがついに完成!

かつて日本一の石炭積み出し港だった北九州市若松で、華やかな夜を演出したグランドキャバレー・ベラミ。元従業員寮から発掘された営業用写真、およそ1400枚をすべて高解像度スキャンして掲載しました。データサイズ・約2ギガバイト! メガ・ボリュームのダウンロード版/USB版デジタル写真集です。
ベラミ30年間の歴史をたどる調査資料も完全掲載。さらに写真と共に発掘された当時の8ミリ映像が、動画ファイルとしてご覧いただけます。昭和のキャバレー世界をビジュアルで体感できる、これ以上の画像資料はどこにもないはず! マンボ、ジャズ、ボサノバ、サイケデリック・ロック・・・お好きな音楽をBGMに流しながら、たっぷりお楽しみください。

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ROADSIDE LIBRARY vol.002
LOVE HOTEL(PDFフォーマット)

――ラブホの夢は夜ひらく

新風営法などでいま絶滅の危機に瀕しつつある、遊びごころあふれるラブホテルのインテリアを探し歩き、関東・関西エリア全28軒で撮影した73室! これは「エロの昭和スタイル」だ。もはや存在しないホテル、部屋も数多く収められた貴重なデザイン遺産資料。『秘宝館』と同じく、書籍版よりも大幅にカット数を増やし、オリジナルのフィルム版をデジタル・リマスターした高解像度データで、ディテールの拡大もお楽しみください。
円形ベッド、鏡張りの壁や天井、虹色のシャギー・カーペット・・・日本人の血と吐息を桃色に染めあげる、禁断のインテリアデザイン・エレメントのほとんどすべてが、ここにある!

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秘宝館(PDFフォーマット)

――秘宝よ永遠に

1993年から2015年まで、20年間以上にわたって取材してきた秘宝館。北海道から九州嬉野まで11館の写真を網羅し、書籍版では未収録のカットを大幅に加えた全777ページ、オールカラーの巨大画像資料集。
すべてのカットが拡大に耐えられるよう、777ページページで全1.8ギガのメガ・サイズ電書! 通常の電子書籍よりもはるかに高解像度のデータで、気になるディテールもクローズアップ可能です。
1990年代の撮影はフィルムだったため、今回は掲載するすべてのカットをスキャンし直した「オリジナルからのデジタル・リマスター」。これより詳しい秘宝館の本は存在しません!

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捨てられないTシャツ

70枚のTシャツと、70とおりの物語。
あなたにも〈捨てられないTシャツ〉ありませんか? あるある! と思い浮かんだあなたも、あるかなあと思ったあなたにも読んでほしい。読めば誰もが心に思い当たる「なんだか捨てられないTシャツ」を70枚集めました。そのTシャツと写真に持ち主のエピソードを添えた、今一番おシャレでイケてる(?)“Tシャツ・カタログ"であるとともに、Tシャツという現代の〈戦闘服〉をめぐる“ファッション・ノンフィクション"でもある最強の1冊。 70名それぞれのTシャツにまつわるエピソードは、時に爆笑あり、涙あり、ものすんごーい共感あり……読み出したら止まらない面白さです。

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圏外編集者

編集に「術」なんてない。
珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。
多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。
編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。

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ROADSIDE BOOKS
書評2006-2014

こころがかゆいときに読んでください
「書評2006-2014」というサブタイトルのとおり、これは僕にとって『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(2008年)に続く、2冊めの書評集。ほぼ80冊分の書評というか、リポートが収められていて、巻末にはこれまで出してきた自分の本の(編集を担当した作品集などは除く)、ごく短い解題もつけてみた。
このなかの1冊でも2冊でも、みなさんの「こころの奥のかゆみ」をスッとさせてくれたら本望である。

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独居老人スタイル

あえて独居老人でいること。それは老いていくこの国で生きのびるための、きわめて有効なスタイルかもしれない。16人の魅力的な独居老人たちを取材・紹介する。
たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。

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ヒップホップの詩人たち

いちばん刺激的な音楽は路上に落ちている――。
咆哮する現代詩人の肖像。その音楽はストリートに生まれ、東京のメディアを遠く離れた場所から、先鋭的で豊かな世界を作り続けている。さあ出かけよう、日常を抜け出して、魂の叫びに耳を澄ませて――。パイオニアからアンダーグラウンド、気鋭の若手まで、ロングインタビュー&多数のリリックを収録。孤高の言葉を刻むラッパー15人のすべて。

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東京右半分

2012年、東京右傾化宣言!
この都市の、クリエイティブなパワー・バランスは、いま確実に東=右半分に移動しつつある。右曲がりの東京見聞録!
576ページ、図版点数1300点、取材箇所108ヶ所!

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東京スナック飲みある記
ママさんボトル入ります!

東京がひとつの宇宙だとすれば、スナック街はひとつの銀河系だ。
酒がこぼれ、歌が流れ、今夜もたくさんの人生がはじけるだろう、場末のミルキーウェイ。 東京23区に、23のスナック街を見つけて飲み歩く旅。 チドリ足でお付き合いください!

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