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[追悼・首くくり栲象]

早く壁にぶち当たりたいんです。

首くくり栲象さんが亡くなった。

『独居老人スタイル』で取り上げたので、ご存じのメルマガ読者もいらっしゃるだろう。1947年生まれだからまだ70歳だろうか、いかにも早すぎる。

首くくり栲象(たくぞう)さんの存在を教えてくれたのは、銀座ヴァニラ画廊のスタッフだった。「ぼろぼろの一軒家の庭で首吊りのパフォーマンスを毎月、夜にしてて、でもほとんど客が来ないから、木からぶら下がってる足の下を猫が歩いたりしてるんですよ!」と言われて、急いで「庭劇場」に行ってみたのが2011年か12年のこと。そのころ栲象さんはまだ60代半ばだったから、独居老人と言ってしまうには少々若すぎたと思う。でも、なにしろその環境と風格と、なによりパフォーマンスはまさしく「孤高」というほかなく、「独居老人のかたにお話を聞く企画で・・・」とか不躾なお願いにウフフと笑いながら応じてくれた。孤高なのに優しくて、これ以上ないほどストイックなのにだれにでもフレンドリーで、そういう栲象さんのこころのありかたに、僕はなにより惹かれたのだと思う。

『独居老人スタイル』に収録した首くくり栲象の章「早く壁にぶち当たりたいんです」は、単行本をお持ちでないかたでも読んでいただけるよう、メルマガのサイト内に特設ページを設けることにした。単行本には未収録の写真、それに動画も加えてある。パスワード等不要なので、気に入っていただけたらURLを拡散していただけるとうれしい。

駅を出るなり、息苦しいほど完璧に整備された並木道が続く国立の大学通り。楽器を抱えた音大生や、ケーキの箱をカゴに入れて自転車を漕ぐ若奥様を横目で見ながら、並木道を歩くこと約20分。左に折れる脇道の奥、いかにも地上げ途中に見える、だだっ広い駐車場の端っこに、こんもりと雑木雑草に囲まれた一角があった。

緑のあいだから、ちらちらと覗く平屋の屋根と、塀代わり(?)のブルーシート。家屋の脇に回り込み、雑草をかき分けてシートをめくり中に入ると、そこには崩れそうな陋屋と小さな庭があった。ここが首くくり栲象さんの「庭劇場」だ。




緑に埋もれた庭劇場


「庭」と書かれた板の脇、ブルーシートをくぐって入場する。




夜8時、周囲が真っ暗になるころ、庭劇場はスタートする。庭の片隅のベンチに座って、風の音や駐車場の音や蚊の音に囲まれながら待っていると、突然「オーッ」という一声とともに、栲象さんが母屋から登場、ゆっくり庭に降り、ゆっくり歩み出す。スロービデオのように庭を徘徊しながら、栲象さんは徐々に庭の奥にある一本の大木に近づいていく。その枝には深紅の縄がかかっている。下には地面を掘り下げた穴、穴の脇には錆びついた金床。ようやく大木のもとにたどり着いた栲象さん、ゆっくりと枝を見上げると、金床に上り、赤い縄を首(顎)にかけ......ふっと虚空に足を踏み出した。


僕の前にはいま、ひとりの男が赤い縄で首をつられて、脱力状態のままゆらゆらと揺れている。よくよく見れば、それは首ではなく顎で体重を支えているのだとわかっても、目の前でぶら下がっているからだを、こころ穏やかに眺めることはとうていできない。










たぶん数分だろうか、しかしとてつもなく長い時間に感じられた首つりの状態から、ゆっくりと腕を上げると栲象さんは縄をつかみ、からだをひきあげ、反動をつけて穴の外に着地した。そして、姿を現したときのように、またゆっくりと庭を一周すると、母屋に消えていき、またすぐに姿を現し、庭の徘徊と首つりを繰り返す。それが4回、計1時間ほど。それから「どうもありがとうございました」と、僕らは栲象さんの声を初めて聞き、今夜の庭劇場は、始まりと同じように唐突な終わりを迎えた。


大野一雄、土方巽、ギリヤーク尼ヶ崎......暗黒舞踏から特殊大道芸まで、僕もずいぶんいろんな「身体表現」を見てきたが、これほど暗黒で、これほど異端で、これほどミニマルな、もはや舞踏とも舞踊とも言いがたい身体表現は見たことがない。

首くくり栲象さんは、庭劇場での首くくりアクション(とご本人は言う)をすでに十数年、そしてほとんど首くくりだけの演劇人生を、もう40年以上送ってきた。


首くくり栲象さんは1947(昭和22)年、群馬県安中市に生まれた。

わたしは、生まれた日にちがはっきりしないんですね。家族がいい加減だったっていうか。戸籍は昭和年月日になっているんです。しかし、お前は12月26日から29日の間に生まれたと。ですからそうなると、ひとの誕生日をまず覚えない。自分の誕生日は、ない。ということで、いつ誕生日したらいいかわかんないから、そういうことに非常に無関心になります。ですからもう、実家のことは忘れたし、風景を覚えているだけで充分だと思っているから、口にしませんね。

高校卒業後、演劇を目指して栲象さんは上京、いきなり都市という舞台上に放り上げられる。

東京に出てきたのが18歳くらい。世の中が騒然としている時代ですからね、とにかく表現から始まるわけです。稽古なんかない、いきなり都会という表現から始まっていますからね。ですから、犬も歩けば棒にあたるというので、毎日棒に当たりながら(笑)。気がついたらここにいて、首つってるっていうことですよ。


縁側と庭劇場の様子。ブルーシートの向こう側は駐車場だ。




観客席。「最近改良したんです」と言われ、どこかと思ったら、ベンチの背もたれ部分に発泡スチロールを貼って、座り心地がよくなったという。


縁側の陽だまりで。

60年安保が終わったころですから、学生運動はやっていません。御茶ノ水の「ナル」っていうジャズ喫茶から出てきたときに、駅前に電気屋さんがあったんですが、黒山の人だかり。それで中曽根(康弘)防衛庁長官がしゃべってたのが三島事件だったり。そういう時代ですよね。こっちに来て、演劇はすぐにやめました。美術系のパフォーマンスというか、ハップナー、またはイベンターって言ってましたね。そういうものがあったんですけれど、私は突然、とにかく昼間、路上でいわゆる『痙攣のアクション』って言って、突っ立って痙攣しているだけ。そういうのをやり始めたんです。なぜそんなことをやったかっていうことも、もうこれはわかんない。きっと動機があるんですが......。もしかしたら当時、上野公園の公園口で待ち合わせをしていたんだけれど、文化会館前に人だかりがすごいので、見てみたらそこに一本、欅の木があるんですね。そこに不思議な猿回しがいて。中折れ帽子をかぶってうずくまったようにしていて、もぞもぞ......動くようなものがいて。そしたら、ちっちゃな猿が出てきて。で、猿がなにをやるかっていうと、欅の木にのぼって、枝を歩くんです。で、ぽんと落ちるんですよ。そうすると、中折れの薄汚い男が、出てきて、猿を抱えるんです。そうすると、またそっから出て行って、もうひとつ高いところまで登って、またぽんと落ちるんですね。それで、観客がぞろぞろ集まってくると、彼は帽子を持ってお客の間を回ってお金を集める......。それがきっかけかはわかりませんが、とにかく路上で痙攣して、それからすぐ、首つりのアクションというのを......。




居着いてしまった野良猫。風邪を引いていた。この猫も数年前に死んでしまった。


当時、栲象さんはまだ20歳そこそこ。いま64歳だから、もう40年以上前に「首つり」という、自分だけの表現に出会っていたことになる。

たとえば舞踏は、土方さんが新しい日本語っていうんですか、これだったら踊れるっていうこの言葉を生んで、みんなその言葉を聞いて、踊り始めたわけです。小さいときから育んできたもんじゃなくて、いきなり都会という舞台に、跳躍というか登場したわけですね。
だからみな、そういった意味では独学で。私はひとりでこういうふうになってしまったけれども、それは仲間たちと丁々発止という討論が不得意であったからかもしれないし、能力がなかったのかもしれない。そういうことで、おのずと吹きだまったようなところに行ったのかもしれません。
生活は、それはもうみんな同じ、フリーターですよね、昔から。私だっていまもときどき、やってますから。でも、だんだん少なくしてます。30代でこちらに引っ越してから、公演が近づくと訓練のために(首つりを)やって、終わるとやめていたんですが、49歳のときに、ここで毎日やっていけるものはなにかと思ったときに、首つりだったら毎日やっていけると。ですから、それからずっと、毎日です。これ以外やってないですから。日課はこうなんです。4時に目覚ましかけて、起きる。で、庭に出る。足袋が4足あるんですね。1回の首つりで1足使う。で、1日に4回やるわけです。1回終わったら、コーヒー飲んだり本を読んだり眠ったり、というので最低2時間半くらい。それを午前中、もういちどやるとなったら、もういちどやって。午後もやって、夜もやって、それで導眠剤か、あまり飲みませんけれども焼酎飲んで眠って、という毎日です。首つりの頻度が高くなってきますとね、首つりってやっぱり負担がかかりますから、眠たくなるんですよ。最中ではなく、終わると。だからこたつに潜り込んで、寝てしまう。


毎月、庭劇場は数日間開催されるが、そのほかの日々も、栲象さんはひとり黙々と首を吊るのが日課となって久しい。

その一回一回が、なぜやるのかっていうことを問われながらやるわけですよ。ですからね、早く壁にぶち当たりたいんです。壁にぶち当たれば次に進める......。私の動きは1ミリ、2ミリの動きですよね。7、8年かけて、やっと動いたって気がするんです。とにかくひとりでやっていると、ある意味煮こごってしまうところがあるので、早く壁にぶち当たって、そしたら壁に穴を開けよう、通り越して、どうにかして迂回しようというね、それはそうなるとまた課題が出ますよね。日々その課題に向かって、庭に出ていくんです。
いまは、だいたい月のうち4、5日を公演にしています。以前は1週間とか日とか日とかやりましたけど、そうしますと、だいたい6割はだれも来ないんです。来なくてもやりますが、連続して日間来なかったときがありまして、そうするとちょっと......。お好み焼きをつくって、いつも終了後に出していたんですね。それを毎日毎日自分がたくさん食わなくちゃならないのはキツイと......(笑)。ただし、もちろん首つりは毎日やってますから。逆に、いちばん(首つりを)やる頻度が少ないのが公演のとき。日々のほうが、やる頻度が高いんです。




縁側からリビングエリアを見る。コタツはデスクにもテーブルにも、ベッドにもなる。


広辞苑は小机にも肘置きにも、枕にもなる。




コタツ側から物置にしている部屋を見たところ。


パフォーマンスの衣装などが積み上げられていた。


パフォーマンスに使用する各種ロープ。


洗い込まれた足袋。


役目を終えた首吊り縄

日課として首つりという究極の「からだいじめ」を自己に課しながら、およそ国立らしからぬこの陋屋で、首くくり栲象さんはもう長いあいだ独居を貫いてきた。

朝4時に起きるでしょ。そうするとね、ここ、ガラスでしょ。光がね、さーっと差し込んでくるわけですよ。さーーーっと。そうすると、木漏れ日がぐーーーんと。まあなんとも、空気になったような気持ちですね。ただ、冬はこたつがないと死にますよね(笑)。もぐるんですよ、私。夜、ふとん敷きませんので、一年中ここですから。こたつで、目出し帽かぶって寝てます。でも、いろいろ手助けしてくれるひとたちもいますし。食べ物とか着物とかね。クリスチャンの人たちが来てくれて、いろいろ置いていってくれたり(笑)。からだが丈夫なので助かってますが、ただ、歯はどんどん抜けていきますね。やっぱり顎に負担がかかるわけですから、そうなるとこっち(上あご)が浮くんですね、たぶん。
けっきょく、毎日毎日よくって言われるけど、僕には毎日しかないわけで。それを思い知ったのは、たとえば今日首つりを1分やったから、明日も1分できるとはかぎらない。よく、芸能やっているひとたちは、昨日うまくやったから昨日のを踏襲すれば、今日もできると思ったら、だいたいダメになってるっていうでしょ。それと同じことで、昨日の内容っていうのが、今日も当てはまるとは限らないというのが、庭の首つりを通じて骨身にしみてるんで。
だから私がやってることなんて、そんな特殊なもんじゃないと思います。おおげさなもんでも、大それたもんでもないです。私はこういうふうにやって、やっとやる気が起ってきてるだけの話であって。私が人間として生まれてきて、こうやって都会に来て、こうやってきて、やっと私なりにたどりついた地点であるという。それだったら汗ながせよ、と思っているだけのことなんです。実際とにかくまだまだというか、この、5歳から毎日毎日を......。いつ死ぬか、そんなことは全然考えてません。とにかくこの日々の中で、青春がなかったのを恨むかのごとく、いま青春をやっているわけですよ(笑)。


歴史を感じさせる台所。ここで観客へのつまみもつくる。


浴室




トイレ


パフォーマンスが終わったあとは、コタツに入って観客と焼酎を酌み交わすのが習わしだった。

5、6人も入ればいっぱいになってしまう庭の「劇場」で、栲象さんはこうやって首つりという「小さな死」を演じ、地面に飛び降りるたびに重力への郷愁をかみしめながら、きょうも飄々と生き、ぶらさがっている。劇場が観客であふれるときもあるが、ときにはだれも来ない夜もある。ぶらさがった足の下を、猫が歩きすぎるだけという夜も。

冬は特に風が強いでしょ。がさっと音がして「来たかな?」って出ていくと、だれもいないという、よくそんなのがあります。人と枯葉の音とかは、判断つきにくいですからね。そうやって待っていて、8時に私は出るわけですけれど、そこで(お客が)いるかどうか、ライトをつけて......それまでわからないですし。そうやって、ひとりでいるわけです。夜道を歩いてきてくれる方を待って。


(2012年取材)

『独居老人スタイル』(筑摩書房刊、2013年)より転載

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