• TOP
  • 編集後記

AFTER HOURS
編集後記

2019年09月25日 Vol.373

今週も最後までお付き合いありがとうございました。なんとなく全編にエロの香りが漂う号となりましたが・・・・・・気に入っていただけた記事、あったでしょうか。

先週は金曜夜に新宿ディスクユニオンのイベントスペースで、山口‘Gucci’佳宏さんと電子書籍『BED SIDE MUSIC』のトークがあり、開始10分前になっても関係者しかいなくて焦りましたが、開始時刻にはほぼ満員。胸を撫でおろして楽しくトークさせてもらいました。

同日の夜には六本木の森アーツセンターギャラリーで、『バスキア展 メイド・イン・ジャパン』のオープニングもあり。まあディスクユニオンとはお客さん被らなかったでしょうけど。

バスキアは何度か来日してましたが、新聞記事にあるように「「ひらがなや空手の動き、古い仏塔などの日本文化に大きな影響を受けて作品に反映させているという」って・・・・・・東京でもニューヨークでも、そんなこと本人の口からいちども聞いたことなかった。「メイド・イン・ジャパン」といっても、バスキアは日本滞在中にたぶん一点も作品つくってなかったんじゃないかな。僕が知るかぎり、いちど新宿のディスコ「ツバキハウス」に連れて行って、ガラスの仕切り壁にちょこっと絵を描いてもらったら、翌日さっそく掃除のおばちゃんがきれいに消した・・・・・・という事件があっただけで(笑)。

今回の展覧会には日本各地の美術館にあるバスキア作品がけっこう集められているようです。今年2月13日号では高知県立美術館の『ニュー・ペインティングの時代』展を紹介しましたが、高知県美が所蔵している作品も展示中のはず。そのとき記事にこんなことを書きました――

1993年に開館した高知県立美術館は、準備期間の1991年から本格的な収集活動を始めていて、そこでニューペインティングに注力することになった経緯が「館蔵品目録」に書かれていた――

当館の開館までに与えられたわずかな作品購入予算内でコレクションの形成が十分可能であり、また加えて他県の美術館があまり収集に着手してなく、公立美術館ではほぼ最後尾での開館となる当館の独自性をアピールできる残された分野は何か、といった消去法で考えなければならない事情もあったのである。しかし、結果的に購入予算がごくわずかであったことが、皮肉にも高知県立美術館のコレクション形成には幸いしたと思えるのである。

ほかの美術館が手を出さず、しかも限られた予算で購入できるのがニューペインティングだったという衝撃の事実! 今回の展覧会には現存作家で世界最高値をつけるゲルハルト・リヒターや、ジャン=ミシェル・バスキアなど数十億から百億円クラスの大作がずらっと並んで壮観だが、1990年代初頭にはそれが日本の美術館にとって、(いまから較べれば信じられないほど安いのに)まったく興味をひかれるものではなかったということになる。同じ目録内の解説でニューペインティングの意義を、「確固とした論理を持たない新表現主義作品が明らかにしたことは、整然とした美学の論理が必ずしも作品に魅力を与えるとは限らないという単純な事実であろう」と主任学芸員の松本教仁さんが書いていて、それはそのまま高知より歴史も規模も予算も潤沢な公立美術館たちが「整然とした美学の論理」にしばられたままだったということを意味する。

当時の購入価格なんて知るよしもないけれど、作品によっては現在とゼロが1つどころか2つちがうのもあるはず。だからといって「高知県美、いい買い物しましたね~」ではなくて、ここで強調したいのはほかのだれも評価しなかったものが、ほかのだれもが欲しい作品を買えなかった新参美術館だからこそ集められた、という事実である。ニューペインティングは、それがもっとも盛り上がった80年代には、まだまだ「美術館クラス」ではなかったのだった。少なくとも日本では。

そういう「フトコロ事情」で日本の美術館に収蔵されたバスキアの大作が、20年かそこら経ってこういう売り方になるとは、いったいだれが予想したでしょう(涙)。




別にバナナマン設楽も吉岡里帆も嫌いとかじゃないけど、お笑い芸人が宣伝トークして、女優が音声ガイドする必要がどこに・・・・・・こういうの、バスキアがいちばん恥ずかしがってる気がしました。

先々週はバスキアのガールフレンドだったペイジ・パウエルが、銀座ドーバー ストリート マーケットでの展示『BEULAH LAND』で来日したし、森アーツセンターでのオープニングには、バスキアをウォーホルとコラボさせたり、彼の作品形成に重要な役割を果たした画商のトニー・シャフラジも来日。ほぼ30年ぶりに再会できましたが、「オープニングも初日も、ものすごい観客の数でびっくりした!」と喜ぶトニーに、「こんなプロモーションやってんだよ」とは、かわいそうで言えず・・・・・・。

ちなみにトニー・シャフラジはバスキアをはじめキース・ヘイリング、ケニー・シャーフ、ジェイムズ・ブラウンなど、ニューペインティングのスター作家たちを発掘し、育てた最大の功労者。ウォーホル、バスキア、デニス・ホッパーなどの作品集の著者でもあり、いまではピカソやフランシス・ベーコンを扱う大物です。

イラン生まれのアルメニア人で、イギリスでアートを学んだのちニューヨークに移住。アーティストとして活動しながら、1974年にとんでもない事件を起こします。当時、回顧展でMOMA(ニューヨーク近代美術館)に展示されていたピカソの『ゲルニカ』に、ベトナム戦争に抗議するメッセージを真っ赤なスプレー・ペイントで落書きして、その場で逮捕! つまりグラフィティ・アーティストを扱う画商である前に、本人が元祖お騒がせグラフィティ・ライターなのでした!

森アーツセンターの上階にある森美術館では、いま『塩田千春展:魂がふるえる』を開催中。こちらも素晴らしい展覧会なので、ゲスなPRはおいといて、両方じっくり観賞してもらえたらと願います。

なんだかイヤなニュースばかりが目につく今日このごろ。歳のせいかとも思うけど・・・・・・最後に一服の清涼剤を!

SNSで大拡散中なので、もう見たひとも多いでしょうが、これまでミュージック・ビデオが存在していなかった過去の名曲を映像化しようという意欲的なプロジェクト「Never Made」の第一弾として、マーヴィン・ゲイの『What's Going On』がサバナ・リーフ監督によって映像化。このほど公開されました。


Marvin Gaye - What's Going On (Official Video 2019)




2004年に訪れたHitsville USA Motown Museum。デトロイトのかなり荒れた住宅地にポツンとあり。1959年に生まれたモータウン・レコーズは、60年代から70年代初期までこのスタジオから数々の名曲を世界にプレゼントしたのでした。

『What's Going On』は1971年にリリースされた、言うまでもなくマーヴィン・ゲイが残した最高の名曲で、レーベルはもちろんモータウン。なので映像もモータウンの本社があったデトロイトや、フリントなどミシガン州で撮影されていますが、フリント市が水道事業を民間に委託したことから起きた大規模水道水汚染問題や、学校内での銃乱射事件、健康保険問題、警官による暴力行為など、いまアメリカ(そして多くの国も)が抱える問題を、「What's Going On」――なにが起きてるんだ、どうなってるんだ――という曲の内容そのままに現代に投影した、素晴らしい映像作品に昇華しています。いま現在の、僕らの国の絶望的な政治・社会状況にも、そっくりそのまま当てはまりますよねえ。

一枚の絵や一枚のレコードが社会を一変させられるとは思わないけれど、少なくとも目覚めさせることはできる。たとえば音楽だと、過去の超名曲を世界中のいろんなミュージシャンが演奏でつないでいく「PLAYING FOR CHANGE」なんかもそうでしょうが、こういう意欲的なプロジェクトに出会うと、音楽も文学もすべて含めて、アートの本質とは、この狂気の現実のなかで、僕らに正気を保たせてくれる役割にあるのかもしれないなあと思うのです。


What's Going On - Playing For Change | Song Around The World

「PLAYING FOR CHANGE」版の「What's Going On」も素敵。

そしてついでに、うちでいまヘビロテ中の、「PLAYING FOR CHANGE」の最新リリース、ザ・バンドの『The Weight』! 原曲のリリースから50年を記念する企画。ドラムスはリンゴ・スター、Charも参加です!

僕がこの曲を最初に聴いたのが中学生のときで、それから50年間!あいかわらず聴き続けているわけです。いつまでたっても同じもん聴いてるのはダサいのかもしれないけど、いまはただ、50年間ずっと好きでいられる音楽と出会えた幸運を噛みしめるのみです。


The Weight - Featuring Robbie Robertson | Playing For Change | Song Around The World

  • TOP
  • 編集後記

AFTER HOURS BACKNUMBERS
編集後記バックナンバー

FACEBOOK

BOOKS

ROADSIDE LIBRARY
天野裕氏 写真集『わたしたちがいたところ』
(PDFフォーマット)

ロードサイダーズではおなじみの写真家・天野裕氏による初の電子書籍。というか印刷版を含めて初めて一般に販売される作品集です。

本書は、定価10万円(税込み11万円)というかなり高価な一冊です。そして『わたしたちがいたところ』は完成された書籍ではなく、開かれた電子書籍です。購入していただいたあと、いまも旅を続けながら写真を撮り続ける天野裕氏のもとに新作が貯まった時点で、それを「2024年度の追加作品集」のようなかたちで、ご指定のメールアドレスまで送らせていただきます。

旅するごとに、だれかと出会いシャッターを押すごとに、読者のみなさんと一緒に拡がりつづける時間と空間の痕跡、残香、傷痕……そんなふうに『わたしたちがいたところ』とお付き合いいただけたらと願っています。

特設販売サイトへ


ROADSIDE LIBRARY vol.006
BED SIDE MUSIC――めくるめくお色気レコジャケ宇宙(PDFフォーマット)

稀代のレコード・コレクターでもある山口‘Gucci’佳宏氏が長年収集してきた、「お色気たっぷりのレコードジャケットに収められた和製インストルメンタル・ミュージック」という、キワモノ中のキワモノ・コレクション。

1960年代から70年代初期にかけて各レコード会社から無数にリリースされ、いつのまにか跡形もなく消えてしまった、「夜のムードを高める」ためのインスト・レコードという音楽ジャンルがあった。アルバム、シングル盤あわせて855枚! その表ジャケットはもちろん、裏ジャケ、表裏見開き(けっこうダブルジャケット仕様が多かった)、さらには歌詞・解説カードにオマケポスターまで、とにかくあるものすべてを撮影。画像数2660カットという、印刷本ではぜったいに不可能なコンプリート・アーカイブです!

SHOPコーナーへ


ROADSIDE LIBRARY vol.005
渋谷残酷劇場(PDFフォーマット)

プロのアーティストではなく、シロウトの手になる、だからこそ純粋な思いがこめられた血みどろの彫刻群。

これまでのロードサイド・ライブラリーと同じくPDF形式で全289ページ(833MB)。展覧会ではコラージュした壁画として展示した、もとの写真280点以上を高解像度で収録。もちろんコピープロテクトなし! そして同じく会場で常時上映中の日本、台湾、タイの動画3本も完全収録しています。DVD-R版については、最近ではもはや家にDVDスロットつきのパソコンがない!というかたもいらっしゃると思うので、パッケージ内には全内容をダウンロードできるQRコードも入れてます。

SHOPコーナーへ


ROADSIDE LIBRARY vol.004
TOKYO STYLE(PDFフォーマット)

書籍版では掲載できなかった別カットもほとんどすべて収録してあるので、これは我が家のフィルム収納箱そのものと言ってもいい

電子書籍版『TOKYO STYLE』の最大の特徴は「拡大」にある。キーボードで、あるいは指先でズームアップしてもらえれば、机の上のカセットテープの曲目リストや、本棚に詰め込まれた本の題名もかなりの確度で読み取ることができる。他人の生活を覗き見する楽しみが『TOKYO STYLE』の本質だとすれば、電書版の「拡大」とはその密やかな楽しみを倍加させる「覗き込み」の快感なのだ――どんなに高価で精巧な印刷でも、本のかたちではけっして得ることのできない。

SHOPコーナーへ


ROADSIDE LIBRARY vol.003
おんなのアルバム キャバレー・ベラミの踊り子たち(PDFフォーマット)

伝説のグランドキャバレー・ベラミ・・・そのステージを飾った踊り子、芸人たちの写真コレクション・アルバムがついに完成!

かつて日本一の石炭積み出し港だった北九州市若松で、華やかな夜を演出したグランドキャバレー・ベラミ。元従業員寮から発掘された営業用写真、およそ1400枚をすべて高解像度スキャンして掲載しました。データサイズ・約2ギガバイト! メガ・ボリュームのダウンロード版/USB版デジタル写真集です。
ベラミ30年間の歴史をたどる調査資料も完全掲載。さらに写真と共に発掘された当時の8ミリ映像が、動画ファイルとしてご覧いただけます。昭和のキャバレー世界をビジュアルで体感できる、これ以上の画像資料はどこにもないはず! マンボ、ジャズ、ボサノバ、サイケデリック・ロック・・・お好きな音楽をBGMに流しながら、たっぷりお楽しみください。

SHOPコーナーへ


ROADSIDE LIBRARY vol.002
LOVE HOTEL(PDFフォーマット)

――ラブホの夢は夜ひらく

新風営法などでいま絶滅の危機に瀕しつつある、遊びごころあふれるラブホテルのインテリアを探し歩き、関東・関西エリア全28軒で撮影した73室! これは「エロの昭和スタイル」だ。もはや存在しないホテル、部屋も数多く収められた貴重なデザイン遺産資料。『秘宝館』と同じく、書籍版よりも大幅にカット数を増やし、オリジナルのフィルム版をデジタル・リマスターした高解像度データで、ディテールの拡大もお楽しみください。
円形ベッド、鏡張りの壁や天井、虹色のシャギー・カーペット・・・日本人の血と吐息を桃色に染めあげる、禁断のインテリアデザイン・エレメントのほとんどすべてが、ここにある!

SHOPコーナーへ


ROADSIDE LIBRARY vol.001
秘宝館(PDFフォーマット)

――秘宝よ永遠に

1993年から2015年まで、20年間以上にわたって取材してきた秘宝館。北海道から九州嬉野まで11館の写真を網羅し、書籍版では未収録のカットを大幅に加えた全777ページ、オールカラーの巨大画像資料集。
すべてのカットが拡大に耐えられるよう、777ページページで全1.8ギガのメガ・サイズ電書! 通常の電子書籍よりもはるかに高解像度のデータで、気になるディテールもクローズアップ可能です。
1990年代の撮影はフィルムだったため、今回は掲載するすべてのカットをスキャンし直した「オリジナルからのデジタル・リマスター」。これより詳しい秘宝館の本は存在しません!

SHOPコーナーへ


捨てられないTシャツ

70枚のTシャツと、70とおりの物語。
あなたにも〈捨てられないTシャツ〉ありませんか? あるある! と思い浮かんだあなたも、あるかなあと思ったあなたにも読んでほしい。読めば誰もが心に思い当たる「なんだか捨てられないTシャツ」を70枚集めました。そのTシャツと写真に持ち主のエピソードを添えた、今一番おシャレでイケてる(?)“Tシャツ・カタログ"であるとともに、Tシャツという現代の〈戦闘服〉をめぐる“ファッション・ノンフィクション"でもある最強の1冊。 70名それぞれのTシャツにまつわるエピソードは、時に爆笑あり、涙あり、ものすんごーい共感あり……読み出したら止まらない面白さです。

amazonジャパン


圏外編集者

編集に「術」なんてない。
珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。
多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。
編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。

amazonジャパン


ROADSIDE BOOKS
書評2006-2014

こころがかゆいときに読んでください
「書評2006-2014」というサブタイトルのとおり、これは僕にとって『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(2008年)に続く、2冊めの書評集。ほぼ80冊分の書評というか、リポートが収められていて、巻末にはこれまで出してきた自分の本の(編集を担当した作品集などは除く)、ごく短い解題もつけてみた。
このなかの1冊でも2冊でも、みなさんの「こころの奥のかゆみ」をスッとさせてくれたら本望である。

amazonジャパン


独居老人スタイル

あえて独居老人でいること。それは老いていくこの国で生きのびるための、きわめて有効なスタイルかもしれない。16人の魅力的な独居老人たちを取材・紹介する。
たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。

amazonジャパン


ヒップホップの詩人たち

いちばん刺激的な音楽は路上に落ちている――。
咆哮する現代詩人の肖像。その音楽はストリートに生まれ、東京のメディアを遠く離れた場所から、先鋭的で豊かな世界を作り続けている。さあ出かけよう、日常を抜け出して、魂の叫びに耳を澄ませて――。パイオニアからアンダーグラウンド、気鋭の若手まで、ロングインタビュー&多数のリリックを収録。孤高の言葉を刻むラッパー15人のすべて。

amazonジャパン


東京右半分

2012年、東京右傾化宣言!
この都市の、クリエイティブなパワー・バランスは、いま確実に東=右半分に移動しつつある。右曲がりの東京見聞録!
576ページ、図版点数1300点、取材箇所108ヶ所!

amazonジャパン


東京スナック飲みある記
ママさんボトル入ります!

東京がひとつの宇宙だとすれば、スナック街はひとつの銀河系だ。
酒がこぼれ、歌が流れ、今夜もたくさんの人生がはじけるだろう、場末のミルキーウェイ。 東京23区に、23のスナック街を見つけて飲み歩く旅。 チドリ足でお付き合いください!

amazonジャパン