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AFTER HOURS
編集後記

2023年07月12日 Vol.556

今週も最後までお付き合いありがとうございました。かなり長くなってしまいましたが、気に入ってもらえたでしょうか。猛暑だったり大雨だったり、ぶらぶら街歩きという気分にはほど遠い日が続きますが、お元気ですか。

雑誌に記事を書く仕事を始めてもう40数年、いろんな出来事がありましたが、久しぶりに「依頼原稿をボツにされる」という事件(おおげさ笑)があったので、今週はそのネタで。

5月のなかごろ、懇意にしているフリーの若い編集者から久しぶりに連絡があり、『東京カレンダー』という雑誌で荒木町/四谷三丁目の特集をするので、エッセイを書いてくれないかと。ご存じのかたもいらっしゃるかもですが、僕は荒木町でカラオケスナックの運営にちょこっと関わってきたりもしたので、あの界隈にはそうとう愛着があり。都心なのに下町的な落ち着きがある雰囲気が大好きなので、お話を伺おうということになり、打ち合わせ。同席した編集長は「都築さんに書いてもらえてうれしいです!」と喜んでくれて、5月末の締切に合わせて原稿を送付。それからしばらくして、そろそろ校正のタイミングかな~と思っていたころ、担当編集者から「お詫びをさせてください」とメールが。


打ち合わせでいただいた『東京カレンダー』のバックナンバー。女子アナ路線というか・・・・・・ロードサイダーズとは別世界!笑

原稿のなかに、森ビルの再開発が東京を壊しているという趣旨の文章があり、「森ビルは大きな広告主なので、そこを削ってもらえないか」ということでした。いま流行りのザ・忖度ですね~。そんなお願い、受けるわけないのに笑。けっきょく原稿はボツになったので、今週はその僕的荒木町への思いを読んでいただきたく。そして、原稿に書いたようにいま荒木町も再開発の波に揉まれている最中。しっとり風情をいつまで保っていられるかわからないので、いまのうちに行ってみていただけたら。

こうして活かすことができたので、ボツにされたのは別にどうってことないけれど、頼むときは編集長(中年男性)が会いにきて、断るときは若い女性編集者に丸投げ。編集長はメールの一本すら送ってこないという・・・・・・そういうのって、なんだかね。僕だって謝る仕事はしたくないけど、まわりに見透かされるかっこ悪さのほうが恥ずかしいし。というわけで森ビルに怒られない荒木町特集がどんなもんなのか、機会があれば書店で立ち読みしてみてください!


『東京カレンダー』2023年8月号 粋で美味なる「四谷三丁目」

レッツ・ゲット・ロスト 夜の果ての迷い道

 地下鉄丸ノ内線・四谷三丁目駅からすぐ。荒木町界隈の飲食店は杉大門通りと車力門通りという2本の細い道路を芯に、薄い墨が紙に滲むように広がっていて、そこはすべて「荒木町」。何丁目、という「丁目」のない単独町である(杉大門通りの西側は舟町だが、こちらも単独町名)。なので、ネットの地図アプリがない時代は「荒木町○ー○○」と住所を言われても、それがどこだか見当がつかなかった。
 遊んでおもしろい街というのは、50年近く飲んできた体験から言うと、まず「わかりにくい」こと。そして荒木町も神楽坂もそうだが、細い道を路地があみだくじ状につないでいて、そこは人間と猫ぐらいしか通れないこと。それがいい。京都先斗町だって魅力の半分は路地の気がする。
 東京都心なのに荒木町には土の地面に石畳、なんて路地がいまだにあって、酔っ払ってこけそうになったりする。おまけに車力門通りの奥へ奥へと進んでいくと(奥に行くにしたがって坂が下るのが深みにハマっていく気分ですごくいい)、「策(むち)の池」という、大きな水たまりくらいの池まである。それは江戸時代の松平攝津守のお屋敷の池の名残らしいが、「なんでこんなところに池が!」と驚いたころから何十年か経つうちに、だんだん小さくなっている気はするけれど、たぶんまだ残っているはず。川ではないし、湧き水コンコンでもないので、なんだか淀んだ水たまりの風情だが、その侘しさが飲み屋街の昼間の疲れた空気感にしっくりなじむ。そういえばよく亀が甲羅干ししていたけれど、まだいるのかな。


今回の原稿依頼は文章だけで写真がなかったので、2013年に撮影した玉袋筋太郎さんの『酔街エレジー』CDジャケット用写真から。

 僕は四谷のとなりの麹町で生まれ育ったので、むかしむかしの荒木町を少しだけ覚えている。そのころは花街の風情がまだ残っていて、粋な黒塀もあったし、夕方になると三味線の音なんかも聞こえてきた。その名残でもないだろうが、数年前までは東京最後の流しのひとりだった「新太郎」さんも、毎夜着流しにギターを抱えて路地を行ったり来たりしていた。
 流しのギターで歌うのは、機械がなんでもやってくれるカラオケとはちがうので、まず歌集を渡されて、歌詞を見ながら歌わなくてはならないところが難しい。こちらの音域にあわせてくれはするけれど、カラオケのようにガイドメロディーがあるわけではないから、いつもうまく歌えない。「そんなに気にしないで、好きなように歌ってくれたらこっちで合わせるからね」と新太郎さんは言ってくれるけど、その着物の隙間からチラッと入れ墨が覗くときがあって、それもすごくよかった。


流しの新太郎さん、2012年(『独居老人スタイル』より)

 ひとりで飲みに出ることはもうなくなってしまったが(家飲みしながら韓国ドラマを観る楽しみにハマってしまったので)、少し前まで夜中にうろうろしていたのは歌舞伎町、新宿3丁目(落語の末廣亭のある一帯)、それにゴールデン街と新宿2丁目、あと荒木町あたりだったので、ぜんぶ新宿区内。そのどれもがゴチャゴチャして、細い道や路地だらけでわかりにくい街でもある。飲み屋というのは路面店だけではなくてビルの上階にもあるのだから、そういう飲み屋街は水平だけでなく垂直にも広がっていて、つまり立体的にわかりにくい街とも言える。
 ネオン街、というほどネオンが明るくはない。夜の蝶、というほどあでやかな蝶々も飛んでない。それでも荒木町が心地いい飲み屋街でいられたのは、そこがわかりにくい街だったからだと思う。神楽坂とちがって昼間は人通りもないし、しゃれた本屋やカフェみたいな意識高い系の店もないし、観光客がわざわざ歩く街でもないし。


玉袋筋太郎&桐畑トール

 その荒木町がいま再開発、といえば聞こえがいいけれど要するに地上げ。古くからあった小さな居酒屋やバーやスナックを何軒も潰した地面をまとめて建てられた高層マンションが、ニョキニョキ出現中だ。カネの雨の後の竹の子みたいに。
 夜の街を潰すのは区画整理だということを、お役所とデベロッパーはいつまでたっても理解してくれない。夜の街なんて「ないほうがいいもの」なのかもしれない。
 僕が夜の街で遊び始めたころ、東京でいちばんワクワクドキドキさせてくれた最高の街は六本木だったけれど、森ビルがたったひとつの再開発で六本木の夜を殺してしまった。そういう殺菌と破壊が、いま東京のあちこちで起きている。
 荒木町もゆっくりと、でも確実に変わっていく。もし気になる店があったとしたら、いますぐ行っておいたほうがいい。「そのうち行かないと」とか思っているうちになくなってしまって、そこで初めて「あ~行っとけばよかった」とかSNSに書いたりするのは、これは自戒を込めて言うけれど、最初から知らないままでいるよりずっとたちが悪いと、僕はいつも思う。

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BOOKS

ROADSIDE LIBRARY
天野裕氏 写真集『わたしたちがいたところ』
(PDFフォーマット)

ロードサイダーズではおなじみの写真家・天野裕氏による初の電子書籍。というか印刷版を含めて初めて一般に販売される作品集です。

本書は、定価10万円(税込み11万円)というかなり高価な一冊です。そして『わたしたちがいたところ』は完成された書籍ではなく、開かれた電子書籍です。購入していただいたあと、いまも旅を続けながら写真を撮り続ける天野裕氏のもとに新作が貯まった時点で、それを「2024年度の追加作品集」のようなかたちで、ご指定のメールアドレスまで送らせていただきます。

旅するごとに、だれかと出会いシャッターを押すごとに、読者のみなさんと一緒に拡がりつづける時間と空間の痕跡、残香、傷痕……そんなふうに『わたしたちがいたところ』とお付き合いいただけたらと願っています。

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ROADSIDE LIBRARY vol.006
BED SIDE MUSIC――めくるめくお色気レコジャケ宇宙(PDFフォーマット)

稀代のレコード・コレクターでもある山口‘Gucci’佳宏氏が長年収集してきた、「お色気たっぷりのレコードジャケットに収められた和製インストルメンタル・ミュージック」という、キワモノ中のキワモノ・コレクション。

1960年代から70年代初期にかけて各レコード会社から無数にリリースされ、いつのまにか跡形もなく消えてしまった、「夜のムードを高める」ためのインスト・レコードという音楽ジャンルがあった。アルバム、シングル盤あわせて855枚! その表ジャケットはもちろん、裏ジャケ、表裏見開き(けっこうダブルジャケット仕様が多かった)、さらには歌詞・解説カードにオマケポスターまで、とにかくあるものすべてを撮影。画像数2660カットという、印刷本ではぜったいに不可能なコンプリート・アーカイブです!

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ROADSIDE LIBRARY vol.005
渋谷残酷劇場(PDFフォーマット)

プロのアーティストではなく、シロウトの手になる、だからこそ純粋な思いがこめられた血みどろの彫刻群。

これまでのロードサイド・ライブラリーと同じくPDF形式で全289ページ(833MB)。展覧会ではコラージュした壁画として展示した、もとの写真280点以上を高解像度で収録。もちろんコピープロテクトなし! そして同じく会場で常時上映中の日本、台湾、タイの動画3本も完全収録しています。DVD-R版については、最近ではもはや家にDVDスロットつきのパソコンがない!というかたもいらっしゃると思うので、パッケージ内には全内容をダウンロードできるQRコードも入れてます。

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ROADSIDE LIBRARY vol.004
TOKYO STYLE(PDFフォーマット)

書籍版では掲載できなかった別カットもほとんどすべて収録してあるので、これは我が家のフィルム収納箱そのものと言ってもいい

電子書籍版『TOKYO STYLE』の最大の特徴は「拡大」にある。キーボードで、あるいは指先でズームアップしてもらえれば、机の上のカセットテープの曲目リストや、本棚に詰め込まれた本の題名もかなりの確度で読み取ることができる。他人の生活を覗き見する楽しみが『TOKYO STYLE』の本質だとすれば、電書版の「拡大」とはその密やかな楽しみを倍加させる「覗き込み」の快感なのだ――どんなに高価で精巧な印刷でも、本のかたちではけっして得ることのできない。

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ROADSIDE LIBRARY vol.003
おんなのアルバム キャバレー・ベラミの踊り子たち(PDFフォーマット)

伝説のグランドキャバレー・ベラミ・・・そのステージを飾った踊り子、芸人たちの写真コレクション・アルバムがついに完成!

かつて日本一の石炭積み出し港だった北九州市若松で、華やかな夜を演出したグランドキャバレー・ベラミ。元従業員寮から発掘された営業用写真、およそ1400枚をすべて高解像度スキャンして掲載しました。データサイズ・約2ギガバイト! メガ・ボリュームのダウンロード版/USB版デジタル写真集です。
ベラミ30年間の歴史をたどる調査資料も完全掲載。さらに写真と共に発掘された当時の8ミリ映像が、動画ファイルとしてご覧いただけます。昭和のキャバレー世界をビジュアルで体感できる、これ以上の画像資料はどこにもないはず! マンボ、ジャズ、ボサノバ、サイケデリック・ロック・・・お好きな音楽をBGMに流しながら、たっぷりお楽しみください。

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ROADSIDE LIBRARY vol.002
LOVE HOTEL(PDFフォーマット)

――ラブホの夢は夜ひらく

新風営法などでいま絶滅の危機に瀕しつつある、遊びごころあふれるラブホテルのインテリアを探し歩き、関東・関西エリア全28軒で撮影した73室! これは「エロの昭和スタイル」だ。もはや存在しないホテル、部屋も数多く収められた貴重なデザイン遺産資料。『秘宝館』と同じく、書籍版よりも大幅にカット数を増やし、オリジナルのフィルム版をデジタル・リマスターした高解像度データで、ディテールの拡大もお楽しみください。
円形ベッド、鏡張りの壁や天井、虹色のシャギー・カーペット・・・日本人の血と吐息を桃色に染めあげる、禁断のインテリアデザイン・エレメントのほとんどすべてが、ここにある!

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ROADSIDE LIBRARY vol.001
秘宝館(PDFフォーマット)

――秘宝よ永遠に

1993年から2015年まで、20年間以上にわたって取材してきた秘宝館。北海道から九州嬉野まで11館の写真を網羅し、書籍版では未収録のカットを大幅に加えた全777ページ、オールカラーの巨大画像資料集。
すべてのカットが拡大に耐えられるよう、777ページページで全1.8ギガのメガ・サイズ電書! 通常の電子書籍よりもはるかに高解像度のデータで、気になるディテールもクローズアップ可能です。
1990年代の撮影はフィルムだったため、今回は掲載するすべてのカットをスキャンし直した「オリジナルからのデジタル・リマスター」。これより詳しい秘宝館の本は存在しません!

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捨てられないTシャツ

70枚のTシャツと、70とおりの物語。
あなたにも〈捨てられないTシャツ〉ありませんか? あるある! と思い浮かんだあなたも、あるかなあと思ったあなたにも読んでほしい。読めば誰もが心に思い当たる「なんだか捨てられないTシャツ」を70枚集めました。そのTシャツと写真に持ち主のエピソードを添えた、今一番おシャレでイケてる(?)“Tシャツ・カタログ"であるとともに、Tシャツという現代の〈戦闘服〉をめぐる“ファッション・ノンフィクション"でもある最強の1冊。 70名それぞれのTシャツにまつわるエピソードは、時に爆笑あり、涙あり、ものすんごーい共感あり……読み出したら止まらない面白さです。

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圏外編集者

編集に「術」なんてない。
珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。
多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。
編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。

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ROADSIDE BOOKS
書評2006-2014

こころがかゆいときに読んでください
「書評2006-2014」というサブタイトルのとおり、これは僕にとって『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(2008年)に続く、2冊めの書評集。ほぼ80冊分の書評というか、リポートが収められていて、巻末にはこれまで出してきた自分の本の(編集を担当した作品集などは除く)、ごく短い解題もつけてみた。
このなかの1冊でも2冊でも、みなさんの「こころの奥のかゆみ」をスッとさせてくれたら本望である。

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独居老人スタイル

あえて独居老人でいること。それは老いていくこの国で生きのびるための、きわめて有効なスタイルかもしれない。16人の魅力的な独居老人たちを取材・紹介する。
たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。

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ヒップホップの詩人たち

いちばん刺激的な音楽は路上に落ちている――。
咆哮する現代詩人の肖像。その音楽はストリートに生まれ、東京のメディアを遠く離れた場所から、先鋭的で豊かな世界を作り続けている。さあ出かけよう、日常を抜け出して、魂の叫びに耳を澄ませて――。パイオニアからアンダーグラウンド、気鋭の若手まで、ロングインタビュー&多数のリリックを収録。孤高の言葉を刻むラッパー15人のすべて。

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東京右半分

2012年、東京右傾化宣言!
この都市の、クリエイティブなパワー・バランスは、いま確実に東=右半分に移動しつつある。右曲がりの東京見聞録!
576ページ、図版点数1300点、取材箇所108ヶ所!

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東京スナック飲みある記
ママさんボトル入ります!

東京がひとつの宇宙だとすれば、スナック街はひとつの銀河系だ。
酒がこぼれ、歌が流れ、今夜もたくさんの人生がはじけるだろう、場末のミルキーウェイ。 東京23区に、23のスナック街を見つけて飲み歩く旅。 チドリ足でお付き合いください!

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