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AFTER HOURS
編集後記

2022年04月27日 Vol.498

今週も最後までお付き合いありがとうございました。期せずしてアンダーグラウンド・テイストの記事が並びましたが、楽しんでもらえたでしょうか。

ちょっと前になってしまいましたが3月末、山谷の喫茶兼居酒屋「映画喫茶泪橋ホール」で開催された「修羅と義 元心焼絵展」に行ってきました。


山谷、という地名にどういうイメージを持っているかはひとそれぞれでしょうが、ほかの地域のドヤ街と同じく、いま高齢化が進む山谷で、だれもが集える居心地いい場所をつくろうとがんばっているのが泪橋ホール。毎日たったひとりで切り盛りしているママというか女将が、このメルマガの初期に山谷や浅草のリポートをたくさん寄せてくれた写真家の多田裕美子さんです。


山谷の中心部にある泪橋ホール(https://namidabashi.tokyo/


泪橋ホール壁面の展示風景


元心さんと多田裕美子さん、会場で

焼絵師・元心は展覧会のチラシにこんな文章で紹介されています――

修羅と義を生きる

昭租33年(1958年)葛飾区高砂に二人兄弟の次男として生まれる 子供の頃から喧嘩とスポーツが得意だった。将来は警察官か体育の教師になりたかったが、少年の荒ぶるエネルギーは抑えることができず15歳で家を飛び出す。豆腐の屋台売りから始まり様々な職を転々としながら荒くれた生活の後、極道の男の美学に惚れ込みその世界に入る。すでに結婚して子供もいたが、極道の世界に入れば家族や親兄弟に迷惑がかかることを懸念し縁を切る。しかし、待っていたのは厳しい極道の掟だった。親分は絶対である。親分の身のまわりの世話をし、その背中を見ながら修羅の世界を生き抜き、男の義を体に染みこませた。酒の飲み方も半端がなかった。その厳しさに耐え抜き親分になった時にはすでに体はボロボロだった。
その後は様々な病魔に侵され、癌で入院していた時に初めて絵を描いた。大人になって初めて描いた絵だった。それをきっかけに絵を描くようになったが、次第に自分流の絵を描きたくなった。試行錯誤の末にたどり着いたのがヌメ革に焼きゴテで絵を描く焼絵という画法だった。まだ現役の親分ではあったが時間が許す限り絵を描き続けた。しかし、体は親分をやり続けるには厳しく、考えた末に兄貴分に相談して足を洗うことにした。了解は得たが、足を洗うからにはと元心は指を落とす。誰からも強要されたわけでもなかったが元心の義が許さなかった。そして気質(かたぎ)となり焼絵師として生きる決心をした。元心の焼絵は人間の業が渦巻く修羅の世界を生き抜いた男の魂がその焼きゴテの先に宿り、そこから生み出される緻密な焼絵には元心の義の心が息づいている。


元心(本名・塩澤佳明)さんは、実はこのメルマガの第1号の2012年1月4日号で紹介したコスプレ衣装専門店&変身写真館『Wasabi』のオーナー・塩澤政明さんの弟。その縁で2014年の初個展から見せていただいてきました。

前掲のプロフィールに簡潔にまとめられていますが、元心さんの波瀾万丈すぎる半生は、2016年に浅草で開かれた個展にあわせてつくらせてもらった記事「修羅の果ての島で――焼き絵師・元心作品展」(2016年01月06日号)でじっくり紹介しているので、ぜひ読んでいただければと。「厳しい」とかの一言ではとうてい表しきれないヤクザの修業時代の苦労から、親分としての華麗な日々、病魔との闘い、指を落とすことになって「本部の駐車場で、車ン中で兄貴にハンマーを振るってもらって指を落としたんだ。飛んだ小指が車の床に落ちちゃって、どこだどこだってあわてたよ(笑)」なんて、笑っていいのかわからないこぼれ話まで、すごくフラットに語ってくれて読みごたえたっぷりです!


入口脇に置かれたピアノをすっぽり覆うサイズの大作


上左「生(せい)」上右「兆し」


革のフォルムをそのまま活かした大作「龍門に登る恋」


ディテール


かつて革加工の現場で使われていた留め具を利用して作品を張っている

元心さんが親分業をつとめながら絵を描くようになったのは、癌で入院していたときに、痛みをこらえるために始めたのがきっかけでした。

絵なんてそれまで描いたこともなかったけどさ、入院してるときに痛みをこらえるのに、若いもんに色鉛筆とスケッチブックを買ってこさせて、そこで初めて描いてみたんだ。ヤクザは「痛い」って言っちゃあいけないんだよ。それで明るい感じの絵を描いてみたら、気分もいいし、けっこうからだにもいい感じがして。
(2016年の記事より)

そこからまったく独学で焼絵の世界に入ったのが2013~14年のことなので、もうすぐ10年目。当然ながら日本の美術メディアは完全無視ですが、早くも2016年ごろからヨーロッパのサロン展で幾度も入選しているキャリアの持主です。

なめした牛革にハンダゴテで絵を描いていく「焼絵」という手法自体、僕を含めてほとんどのひとが馴染みのないジャンルでしょう。その作品の風合いは今回会場で撮らせてもらった写真や、2016年の記事で見ていただきたいのですが、僕は元心さんの作品を見せてもらっているうちに、(これは最大のリスペクトを込めて書くのですが)このメルマガでもずいぶん紹介してきた死刑囚の絵に通じる精神性を感じてしまう部分がありました。




「天下(てんが)」


「福がくる」


ディテール


「艶(つや)」


ディテール


「生(せい)」


ディテール


「平和への願い」


ディテール


ディテール


合わせた掌は元心さん自身だという

神仏であったり、生きものであったり、自然であったり。一見、古臭いだけのような伝統的モチーフ。でも、古くから描かれてきたモチーフだからこそ込められる思い。そういうものが、僕のこころを揺さぶるのだと思います。元心さんはあれからも大病を重ね、入院と大手術を幾度も繰り返し、いまも透析に通いながら革に向かっています。目を近づけていくほどに現れてくる繊細な線描。どんな思いが、どんな痛みがそこに込められているのでしょう。

前回の記事の最後に、やはり本メルマガ2013年3月20日号『祈りの言葉が絵になるとき』で紹介した大阪の伊東龍宗さんを思い出すと書きました。伊東さんは太平洋戦争期に児玉誉士夫の仕事を手伝ったのを手始めに波乱万丈の半生を送りながら、長い闘病の苦痛を少しでも忘れるために、般若心経を1ミリほどの大きさで「線」として書き連ね、それで仏画を描き続けた方でした。そういうふうに「歌わざるを得なかった歌、書かざるを得なかった詩、声に出さざるを得なかった祈りのように描かざるを得なかった絵」に、僕はどうしても惹かれてしまうのです。

元心さんの次の展覧会が決まったらまたお知らせしますので、ご覧いただけることを願います。


フクロウを描いた小さなバッグを譲ってもらいました。なにを入れて、どこに持っていこう!

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BOOKS

ROADSIDE LIBRARY
天野裕氏 写真集『わたしたちがいたところ』
(PDFフォーマット)

ロードサイダーズではおなじみの写真家・天野裕氏による初の電子書籍。というか印刷版を含めて初めて一般に販売される作品集です。

本書は、定価10万円(税込み11万円)というかなり高価な一冊です。そして『わたしたちがいたところ』は完成された書籍ではなく、開かれた電子書籍です。購入していただいたあと、いまも旅を続けながら写真を撮り続ける天野裕氏のもとに新作が貯まった時点で、それを「2024年度の追加作品集」のようなかたちで、ご指定のメールアドレスまで送らせていただきます。

旅するごとに、だれかと出会いシャッターを押すごとに、読者のみなさんと一緒に拡がりつづける時間と空間の痕跡、残香、傷痕……そんなふうに『わたしたちがいたところ』とお付き合いいただけたらと願っています。

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ROADSIDE LIBRARY vol.006
BED SIDE MUSIC――めくるめくお色気レコジャケ宇宙(PDFフォーマット)

稀代のレコード・コレクターでもある山口‘Gucci’佳宏氏が長年収集してきた、「お色気たっぷりのレコードジャケットに収められた和製インストルメンタル・ミュージック」という、キワモノ中のキワモノ・コレクション。

1960年代から70年代初期にかけて各レコード会社から無数にリリースされ、いつのまにか跡形もなく消えてしまった、「夜のムードを高める」ためのインスト・レコードという音楽ジャンルがあった。アルバム、シングル盤あわせて855枚! その表ジャケットはもちろん、裏ジャケ、表裏見開き(けっこうダブルジャケット仕様が多かった)、さらには歌詞・解説カードにオマケポスターまで、とにかくあるものすべてを撮影。画像数2660カットという、印刷本ではぜったいに不可能なコンプリート・アーカイブです!

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ROADSIDE LIBRARY vol.005
渋谷残酷劇場(PDFフォーマット)

プロのアーティストではなく、シロウトの手になる、だからこそ純粋な思いがこめられた血みどろの彫刻群。

これまでのロードサイド・ライブラリーと同じくPDF形式で全289ページ(833MB)。展覧会ではコラージュした壁画として展示した、もとの写真280点以上を高解像度で収録。もちろんコピープロテクトなし! そして同じく会場で常時上映中の日本、台湾、タイの動画3本も完全収録しています。DVD-R版については、最近ではもはや家にDVDスロットつきのパソコンがない!というかたもいらっしゃると思うので、パッケージ内には全内容をダウンロードできるQRコードも入れてます。

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ROADSIDE LIBRARY vol.004
TOKYO STYLE(PDFフォーマット)

書籍版では掲載できなかった別カットもほとんどすべて収録してあるので、これは我が家のフィルム収納箱そのものと言ってもいい

電子書籍版『TOKYO STYLE』の最大の特徴は「拡大」にある。キーボードで、あるいは指先でズームアップしてもらえれば、机の上のカセットテープの曲目リストや、本棚に詰め込まれた本の題名もかなりの確度で読み取ることができる。他人の生活を覗き見する楽しみが『TOKYO STYLE』の本質だとすれば、電書版の「拡大」とはその密やかな楽しみを倍加させる「覗き込み」の快感なのだ――どんなに高価で精巧な印刷でも、本のかたちではけっして得ることのできない。

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ROADSIDE LIBRARY vol.003
おんなのアルバム キャバレー・ベラミの踊り子たち(PDFフォーマット)

伝説のグランドキャバレー・ベラミ・・・そのステージを飾った踊り子、芸人たちの写真コレクション・アルバムがついに完成!

かつて日本一の石炭積み出し港だった北九州市若松で、華やかな夜を演出したグランドキャバレー・ベラミ。元従業員寮から発掘された営業用写真、およそ1400枚をすべて高解像度スキャンして掲載しました。データサイズ・約2ギガバイト! メガ・ボリュームのダウンロード版/USB版デジタル写真集です。
ベラミ30年間の歴史をたどる調査資料も完全掲載。さらに写真と共に発掘された当時の8ミリ映像が、動画ファイルとしてご覧いただけます。昭和のキャバレー世界をビジュアルで体感できる、これ以上の画像資料はどこにもないはず! マンボ、ジャズ、ボサノバ、サイケデリック・ロック・・・お好きな音楽をBGMに流しながら、たっぷりお楽しみください。

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ROADSIDE LIBRARY vol.002
LOVE HOTEL(PDFフォーマット)

――ラブホの夢は夜ひらく

新風営法などでいま絶滅の危機に瀕しつつある、遊びごころあふれるラブホテルのインテリアを探し歩き、関東・関西エリア全28軒で撮影した73室! これは「エロの昭和スタイル」だ。もはや存在しないホテル、部屋も数多く収められた貴重なデザイン遺産資料。『秘宝館』と同じく、書籍版よりも大幅にカット数を増やし、オリジナルのフィルム版をデジタル・リマスターした高解像度データで、ディテールの拡大もお楽しみください。
円形ベッド、鏡張りの壁や天井、虹色のシャギー・カーペット・・・日本人の血と吐息を桃色に染めあげる、禁断のインテリアデザイン・エレメントのほとんどすべてが、ここにある!

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ROADSIDE LIBRARY vol.001
秘宝館(PDFフォーマット)

――秘宝よ永遠に

1993年から2015年まで、20年間以上にわたって取材してきた秘宝館。北海道から九州嬉野まで11館の写真を網羅し、書籍版では未収録のカットを大幅に加えた全777ページ、オールカラーの巨大画像資料集。
すべてのカットが拡大に耐えられるよう、777ページページで全1.8ギガのメガ・サイズ電書! 通常の電子書籍よりもはるかに高解像度のデータで、気になるディテールもクローズアップ可能です。
1990年代の撮影はフィルムだったため、今回は掲載するすべてのカットをスキャンし直した「オリジナルからのデジタル・リマスター」。これより詳しい秘宝館の本は存在しません!

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捨てられないTシャツ

70枚のTシャツと、70とおりの物語。
あなたにも〈捨てられないTシャツ〉ありませんか? あるある! と思い浮かんだあなたも、あるかなあと思ったあなたにも読んでほしい。読めば誰もが心に思い当たる「なんだか捨てられないTシャツ」を70枚集めました。そのTシャツと写真に持ち主のエピソードを添えた、今一番おシャレでイケてる(?)“Tシャツ・カタログ"であるとともに、Tシャツという現代の〈戦闘服〉をめぐる“ファッション・ノンフィクション"でもある最強の1冊。 70名それぞれのTシャツにまつわるエピソードは、時に爆笑あり、涙あり、ものすんごーい共感あり……読み出したら止まらない面白さです。

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圏外編集者

編集に「術」なんてない。
珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。
多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。
編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。

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ROADSIDE BOOKS
書評2006-2014

こころがかゆいときに読んでください
「書評2006-2014」というサブタイトルのとおり、これは僕にとって『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(2008年)に続く、2冊めの書評集。ほぼ80冊分の書評というか、リポートが収められていて、巻末にはこれまで出してきた自分の本の(編集を担当した作品集などは除く)、ごく短い解題もつけてみた。
このなかの1冊でも2冊でも、みなさんの「こころの奥のかゆみ」をスッとさせてくれたら本望である。

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独居老人スタイル

あえて独居老人でいること。それは老いていくこの国で生きのびるための、きわめて有効なスタイルかもしれない。16人の魅力的な独居老人たちを取材・紹介する。
たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。

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ヒップホップの詩人たち

いちばん刺激的な音楽は路上に落ちている――。
咆哮する現代詩人の肖像。その音楽はストリートに生まれ、東京のメディアを遠く離れた場所から、先鋭的で豊かな世界を作り続けている。さあ出かけよう、日常を抜け出して、魂の叫びに耳を澄ませて――。パイオニアからアンダーグラウンド、気鋭の若手まで、ロングインタビュー&多数のリリックを収録。孤高の言葉を刻むラッパー15人のすべて。

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東京右半分

2012年、東京右傾化宣言!
この都市の、クリエイティブなパワー・バランスは、いま確実に東=右半分に移動しつつある。右曲がりの東京見聞録!
576ページ、図版点数1300点、取材箇所108ヶ所!

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東京スナック飲みある記
ママさんボトル入ります!

東京がひとつの宇宙だとすれば、スナック街はひとつの銀河系だ。
酒がこぼれ、歌が流れ、今夜もたくさんの人生がはじけるだろう、場末のミルキーウェイ。 東京23区に、23のスナック街を見つけて飲み歩く旅。 チドリ足でお付き合いください!

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