• TOP
  • 編集後記

AFTER HOURS
編集後記

2022年04月13日 Vol.496

今週も最後までお付き合いありがとうございました。気に入ってもらえた記事、あったでしょうか。

1月22日に開幕、途中のオミクロン株拡大もなんとかくぐり抜け、「Museum of Mom's Art ニッポン国おかんアート村」は先週日曜に2ヶ月半の会期を無事に終えられました。激励から罵倒までさまざまな反響をいただきましたが、展示室3つの小さな公共ギャラリーで、来館者数が延べ1万2千人超え。アンケートは3600通も回収という、驚異の数字だったそう。もちろんギャラリー史上最高の来館者数です。小さなテーブルで長い時間をかけて感想をアンケート用紙に書いてくれていたひとがたくさんいました。まとめて読ませてもらうのが楽しみでなりません!

最終日の夕方には僕も会場に行って、駆け込み観賞に訪れたかたたちとお話できました。そして閉館となった午後7時、公園通りに面したガラス壁いっぱいに展開していたライトボックスを消灯するというので、ギャラリーの学芸員やスタッフたち、それにわざわざ最終日に駆けつけてくれた嶋暎子さん母子、みんなで集まって消灯を見守りながら、「またできるといいね~」とワイワイ言いつつの解散となりました。花火大会の最後みたいに。ずいぶんいろんな展覧会に関わってきたけれど、こういう終わり方って、僕も初めてです。


展示を見に来てくれたかたはご覧になったかもですが、受付にはいつのころからかグレーのタオル犬のペアが飾られるようになってました。これは僕らが展示のために集めたものではないので、どうしたの?とスタッフに聞いたら、(展示室の壁面にタオル犬のつくりかたをディスプレーしていたので)「かわいいんで私たちもつくりたくなって、やってみたんです!」とのこと。知らないうちに、それも展覧会場を見守ってくれているスタッフたちによって展示物が増えてるって……。いろいろ言われもしたけれど、この展覧会をやってほんとによかったな!と、そのとき確信しました。だって、スタッフたちが自分の作品も展示に加えちゃうなんて、ふつうありえないでしょ。フェルメール展とかでは無理だから(笑)。

世の中のほぼあらゆる展覧会は、「ここでしか見られないもの」「このひとにしかできないもの」を観賞しに行く場所であり機会です。でも、このおかんアート展だけは「見たことある!」「実家の玄関にまだ飾ってある!」「うちの母親もつくってた!」というような、いわば展示する側と観賞する側のミッシングリンクをつなぐ……というと大げさだけど、自分の日常と完全に同じレベルで楽しめること。そして「うちのお母さんも実はすごいアーティストだったんだ!」なんて、日々の生活に直接フィードバックしてもらえる体験を目指した、美術展としてはものすごく異例の試みでした。

子ども連れからお年寄りまで、あらゆる年齢のかたたちが訪れてくれましたが、渋谷という場所柄もあるので、「SNSで見たので、ちょっとおもしろいインスタ撮れるかも」ぐらいの気持ちで来てくれる若いひとたちもすごく多く、最初のうちは「え~~、あるある!」とか爆笑していたのが、そのうちしんみりしてきて。いま東京でがんばってるけど、実家で待ってる家族が急に懐かしくなったり、「おばあちゃんの匂いがする~」なんて涙ぐんだりしてくれるひとたちがずいぶんいました。

今回の展示作品のほとんどは、共同キュレーターをしてくれた下町レトロに首っ丈の会が地元で集めてくれたもので、オミクロンで難しいかなと思ったのですが、会期中に作者である神戸のカリスマおかんアーティストたちも団体で上京、一泊二日の観賞旅行に来てくれました。ふだん作品を見せるのはバザーのような会場だったり、たまにデパートの手芸イベントなどに招かれても、キルトやレース編みなど高級手芸(?)のひとたちから「一緒にされたら困る」と別の場所に追いやられたりすることもあったそう。なので、今回のように「作品」としてギャラリーできちんと展示できたのは、作り手にとっても得がたい経験であったらしく、みんな興奮しながらスマホで自作を激写してました。

神戸のおかんアーティストたちが来館してくれた日には、「はぐれ星」コーナーで新聞紙バッグと驚異の巨大コラージュを展示させてくれた嶋暎子さんも、ちょうどご家族で来館。期せずしての神戸と東京のアーティストの邂逅となったのも、うれしい偶然だったし。

美術評論家や専門メディアに誉められたら、まあ貶されるよりはうれしいけど、こういうふうに、これまできちんと評価されないまま長いあいだ制作を続けてきたひとたちや、ふだんアート・ギャラリーには縁遠いひとたちが大喜びで、笑ったり涙を流してくれたりする。そういうほうが僕にとっては、はるかに、はるかにうれしい。

どんなアーティストやキュレーターにとっても、完璧な展覧会なんてありえないだろうし、今回のおかんアート展も至らないところはいっぱいあったけれど、とりあえず「これ以上は無理!」というところまでやりきって、それを美術業界の外側で受け止めてくれたひとたちがこれほどたくさんいたこと。それだけで大満足の、僕としてもすごく大切な体験になりました。来てくれたみなさま、ほんとうにありがとうございました!

主催の公園通りギャラリーで公式図録はつくっていないのですが、「二度と行けないあの店で」を出したケンエレ・ブックスで、いまおかんアート作品集を制作中。たぶん6月中ぐらいには発売できるかと思うので、お楽しみにお待ちください!

  • TOP
  • 編集後記

AFTER HOURS BACKNUMBERS
編集後記バックナンバー

FACEBOOK

BOOKS

ROADSIDE LIBRARY
天野裕氏 写真集『わたしたちがいたところ』
(PDFフォーマット)

ロードサイダーズではおなじみの写真家・天野裕氏による初の電子書籍。というか印刷版を含めて初めて一般に販売される作品集です。

本書は、定価10万円(税込み11万円)というかなり高価な一冊です。そして『わたしたちがいたところ』は完成された書籍ではなく、開かれた電子書籍です。購入していただいたあと、いまも旅を続けながら写真を撮り続ける天野裕氏のもとに新作が貯まった時点で、それを「2024年度の追加作品集」のようなかたちで、ご指定のメールアドレスまで送らせていただきます。

旅するごとに、だれかと出会いシャッターを押すごとに、読者のみなさんと一緒に拡がりつづける時間と空間の痕跡、残香、傷痕……そんなふうに『わたしたちがいたところ』とお付き合いいただけたらと願っています。

特設販売サイトへ


ROADSIDE LIBRARY vol.006
BED SIDE MUSIC――めくるめくお色気レコジャケ宇宙(PDFフォーマット)

稀代のレコード・コレクターでもある山口‘Gucci’佳宏氏が長年収集してきた、「お色気たっぷりのレコードジャケットに収められた和製インストルメンタル・ミュージック」という、キワモノ中のキワモノ・コレクション。

1960年代から70年代初期にかけて各レコード会社から無数にリリースされ、いつのまにか跡形もなく消えてしまった、「夜のムードを高める」ためのインスト・レコードという音楽ジャンルがあった。アルバム、シングル盤あわせて855枚! その表ジャケットはもちろん、裏ジャケ、表裏見開き(けっこうダブルジャケット仕様が多かった)、さらには歌詞・解説カードにオマケポスターまで、とにかくあるものすべてを撮影。画像数2660カットという、印刷本ではぜったいに不可能なコンプリート・アーカイブです!

SHOPコーナーへ


ROADSIDE LIBRARY vol.005
渋谷残酷劇場(PDFフォーマット)

プロのアーティストではなく、シロウトの手になる、だからこそ純粋な思いがこめられた血みどろの彫刻群。

これまでのロードサイド・ライブラリーと同じくPDF形式で全289ページ(833MB)。展覧会ではコラージュした壁画として展示した、もとの写真280点以上を高解像度で収録。もちろんコピープロテクトなし! そして同じく会場で常時上映中の日本、台湾、タイの動画3本も完全収録しています。DVD-R版については、最近ではもはや家にDVDスロットつきのパソコンがない!というかたもいらっしゃると思うので、パッケージ内には全内容をダウンロードできるQRコードも入れてます。

SHOPコーナーへ


ROADSIDE LIBRARY vol.004
TOKYO STYLE(PDFフォーマット)

書籍版では掲載できなかった別カットもほとんどすべて収録してあるので、これは我が家のフィルム収納箱そのものと言ってもいい

電子書籍版『TOKYO STYLE』の最大の特徴は「拡大」にある。キーボードで、あるいは指先でズームアップしてもらえれば、机の上のカセットテープの曲目リストや、本棚に詰め込まれた本の題名もかなりの確度で読み取ることができる。他人の生活を覗き見する楽しみが『TOKYO STYLE』の本質だとすれば、電書版の「拡大」とはその密やかな楽しみを倍加させる「覗き込み」の快感なのだ――どんなに高価で精巧な印刷でも、本のかたちではけっして得ることのできない。

SHOPコーナーへ


ROADSIDE LIBRARY vol.003
おんなのアルバム キャバレー・ベラミの踊り子たち(PDFフォーマット)

伝説のグランドキャバレー・ベラミ・・・そのステージを飾った踊り子、芸人たちの写真コレクション・アルバムがついに完成!

かつて日本一の石炭積み出し港だった北九州市若松で、華やかな夜を演出したグランドキャバレー・ベラミ。元従業員寮から発掘された営業用写真、およそ1400枚をすべて高解像度スキャンして掲載しました。データサイズ・約2ギガバイト! メガ・ボリュームのダウンロード版/USB版デジタル写真集です。
ベラミ30年間の歴史をたどる調査資料も完全掲載。さらに写真と共に発掘された当時の8ミリ映像が、動画ファイルとしてご覧いただけます。昭和のキャバレー世界をビジュアルで体感できる、これ以上の画像資料はどこにもないはず! マンボ、ジャズ、ボサノバ、サイケデリック・ロック・・・お好きな音楽をBGMに流しながら、たっぷりお楽しみください。

SHOPコーナーへ


ROADSIDE LIBRARY vol.002
LOVE HOTEL(PDFフォーマット)

――ラブホの夢は夜ひらく

新風営法などでいま絶滅の危機に瀕しつつある、遊びごころあふれるラブホテルのインテリアを探し歩き、関東・関西エリア全28軒で撮影した73室! これは「エロの昭和スタイル」だ。もはや存在しないホテル、部屋も数多く収められた貴重なデザイン遺産資料。『秘宝館』と同じく、書籍版よりも大幅にカット数を増やし、オリジナルのフィルム版をデジタル・リマスターした高解像度データで、ディテールの拡大もお楽しみください。
円形ベッド、鏡張りの壁や天井、虹色のシャギー・カーペット・・・日本人の血と吐息を桃色に染めあげる、禁断のインテリアデザイン・エレメントのほとんどすべてが、ここにある!

SHOPコーナーへ


ROADSIDE LIBRARY vol.001
秘宝館(PDFフォーマット)

――秘宝よ永遠に

1993年から2015年まで、20年間以上にわたって取材してきた秘宝館。北海道から九州嬉野まで11館の写真を網羅し、書籍版では未収録のカットを大幅に加えた全777ページ、オールカラーの巨大画像資料集。
すべてのカットが拡大に耐えられるよう、777ページページで全1.8ギガのメガ・サイズ電書! 通常の電子書籍よりもはるかに高解像度のデータで、気になるディテールもクローズアップ可能です。
1990年代の撮影はフィルムだったため、今回は掲載するすべてのカットをスキャンし直した「オリジナルからのデジタル・リマスター」。これより詳しい秘宝館の本は存在しません!

SHOPコーナーへ


捨てられないTシャツ

70枚のTシャツと、70とおりの物語。
あなたにも〈捨てられないTシャツ〉ありませんか? あるある! と思い浮かんだあなたも、あるかなあと思ったあなたにも読んでほしい。読めば誰もが心に思い当たる「なんだか捨てられないTシャツ」を70枚集めました。そのTシャツと写真に持ち主のエピソードを添えた、今一番おシャレでイケてる(?)“Tシャツ・カタログ"であるとともに、Tシャツという現代の〈戦闘服〉をめぐる“ファッション・ノンフィクション"でもある最強の1冊。 70名それぞれのTシャツにまつわるエピソードは、時に爆笑あり、涙あり、ものすんごーい共感あり……読み出したら止まらない面白さです。

amazonジャパン


圏外編集者

編集に「術」なんてない。
珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。
多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。
編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。

amazonジャパン


ROADSIDE BOOKS
書評2006-2014

こころがかゆいときに読んでください
「書評2006-2014」というサブタイトルのとおり、これは僕にとって『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(2008年)に続く、2冊めの書評集。ほぼ80冊分の書評というか、リポートが収められていて、巻末にはこれまで出してきた自分の本の(編集を担当した作品集などは除く)、ごく短い解題もつけてみた。
このなかの1冊でも2冊でも、みなさんの「こころの奥のかゆみ」をスッとさせてくれたら本望である。

amazonジャパン


独居老人スタイル

あえて独居老人でいること。それは老いていくこの国で生きのびるための、きわめて有効なスタイルかもしれない。16人の魅力的な独居老人たちを取材・紹介する。
たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。

amazonジャパン


ヒップホップの詩人たち

いちばん刺激的な音楽は路上に落ちている――。
咆哮する現代詩人の肖像。その音楽はストリートに生まれ、東京のメディアを遠く離れた場所から、先鋭的で豊かな世界を作り続けている。さあ出かけよう、日常を抜け出して、魂の叫びに耳を澄ませて――。パイオニアからアンダーグラウンド、気鋭の若手まで、ロングインタビュー&多数のリリックを収録。孤高の言葉を刻むラッパー15人のすべて。

amazonジャパン


東京右半分

2012年、東京右傾化宣言!
この都市の、クリエイティブなパワー・バランスは、いま確実に東=右半分に移動しつつある。右曲がりの東京見聞録!
576ページ、図版点数1300点、取材箇所108ヶ所!

amazonジャパン


東京スナック飲みある記
ママさんボトル入ります!

東京がひとつの宇宙だとすれば、スナック街はひとつの銀河系だ。
酒がこぼれ、歌が流れ、今夜もたくさんの人生がはじけるだろう、場末のミルキーウェイ。 東京23区に、23のスナック街を見つけて飲み歩く旅。 チドリ足でお付き合いください!

amazonジャパン