タイムトンネルを抜けるとそこは昭和の映画館だった ――大阪ミナミの映画絵看板と絵師たち
「映画館はダメでパブリックビューイングはいいんか!」という怒りをそらすためでもなかろうが、緊急事態宣言下で臨時休館を強いられてきた大都市圏の映画館もようやく再開できそうでホッと一息、という絶好のタイミ…
movie 桃色の罠――日本成人映画再考 02 もうひとつのヌーヴェル・ヴァーグ『狂熱の果て』(文:鈴木義昭) |
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国立近代美術館フィルムセンターの大ホールが、久しぶりに満員に近い状態となった。特集「発掘された映画たち」の目玉といわれた映画『狂熱の果て』が上映された日のことである。 |
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作品上映が始まると、スクリーンには白黒の画面に古い街並みが映し出された。知らない人には、どこかの地方都市だと言っても気がつかない街並みだった。だが、そこに映し出されたのは1961年の六本木の街である。 |
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あけがたの街路―― |
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タイトルが終わると、 |
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大ロングから二台の自動車がフルスピードでやってくる。Uターンして急停車しようとした時、そばを通りかかった牛乳屋の自転車がひっくり返る。 |
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細かいカットの連続の次に観客を浚っていったのは、叩きつけるようなビートの効いた音楽で、タイトルロールが始まった。後には現代音楽でも知られるようになる林光が担当していた。 |
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フィルムセンターの今回の特集チラシから解説を引いてみよう。 |
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マンションの一室の奇妙な踊りと悪い遊び。「アウシュビッツ遊び」と名付けられた死体ごっこ。一人また一人と相手を見つけて消えていく深夜のメスとオス。レイプのようなセックス。鳴りやまないジャズ。ダンスに明け暮れる日々。パーティ会場で浮足立ってはしゃぐ少女たち少年たち。 |
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物語を駆け抜けて行く、まだティーンの星輝美。いつか見たデビューの頃の可愛らしさとは変わって、キュートだが女になろうとしてもがくように呼吸する。全編を、まるで走り抜けていくようだ。ラストに至り、その可憐な姿を顕にして、物語を終末へ導くだろう。大島渚『青春残酷物語』の桑野みゆきの幻惑するような演技にも匹敵するではないか。 |
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山際永三は、1932年東京生まれ。麻布高校、慶応大学を経て新東宝撮影所に入社。内田吐夢、並木鏡太郎、石井輝男、三輪彰らに師事したが、そろそろ監督デビューの順番が回って来るという瀬戸際に撮影所が倒産し、その後解散状態になる。多くのスタッフ、俳優たちがテレビなど新しい仕事場を見つけて移動していく中、長く助監督であった山際永三に監督作品の話が舞い込んだ。それは、まだ新東宝という撮影所が完全に解散する前のことだった。映画『狂熱の果て』の企画は、最初、ある手記から始まったという。 |
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山際監督は、振り返って言う。 |
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フィルムと監督の間には、半世紀を超える時間が流れている。57年前の『狂熱の果て』が製作された頃にタイムスリップしてみよう。 |
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山際永三には、ひとつの企みもあった。それは、前年に松竹撮影所から起きたヌーヴェル・ヴァーグの波に自分も乗ろうというものだった。もともと『映画批評』誌に関わったり、撮影所内外の映画運動に同調をしていた山際監督は、大島渚や吉田喜重ら松竹ヌーヴェル・ヴァーグの作品と監督に刺激を受けて、自分の映画の文法を変革し、撮影所の若い世代と共有できる同時代的テーマに挑んでみたいという気持ちが強くあった。 |
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「六本木族」をテーマとした映画は、61年秋から62年にかけ、まるで各社競作の様に作られた。「六本木族映画」が出現したのだ。大映では増村保造監督が『うるさい妹たち』を撮り、東宝では恩地日出夫監督が『非情の青春』を撮る。六本木族を題材にした映画が、次々に製作されたのだ。 |
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脚本段階では自由だったが、映画が出来上がると、映倫から注文がいくつも出て来た。プロデューサーと配給会社は、「成人指定」の方が商売はしやすいと踏んでいた。今から考えると、「オッパイのアップ」も「ヘア」もないのにいったい、どこを問題にして「成人指定」映画にしようとしたのか。 |
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映画が完成すると、試写が行われる。既に旧新東宝撮影所の試写室は使用できず別な場所で行われた。渡辺美佐も試写に顔を出したが、何も言わなかったそうだ。 |
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山際監督は、僕の取材に応えてこうも言う。 |
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まさに眠りから覚めた映画『狂熱の果て』を、今回、観賞して思うことがいくつもある。 |
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僕は、新東宝という映画会社の歴史を長く取材したことがある。『新東宝秘話・泉田洋志の世界』(青心社・2001年)という拙著に書いたのが、それだ。 |
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山際監督は、『新東宝秘話』第23話「激震撮影所」で登場する。自らの足取りと崩れ行く撮影所について語っていただいた。もう20年くらい前のことである。 |
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山際永三は、こうした動きの渦中にあって、それらの動きを横目にしながら『狂熱の果て』を撮っていたことになる。最初は、新東宝作品のつもりでスタンバイしただろう。撮影所を逸早く出て行った者もいたから、まさに撮影所を枕に討ち死にする覚悟のあったスタッフ、キャストが集められたに違いない。 |
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「六本木族」が、銀座のみゆき通りを根城にした「みゆき族」の後継を狙うようにして、芸能プロや商業的な力によって始まったのは事実ではないかと、僕は推理している。銀座で遊んでいた不良少年、不良少女らが、家に帰りたくないからと深夜まで店がやっていた六本木へ、あるいはたまり場になる部屋があった六本木へと、足が向いたのが「六本木族」のはじまりだったかもしれない。 |
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1962年の春、3月15日。一本の独立プロダクション製作の映画が、既に上映中の映画館から警視庁により摘発される事件が起きる。 |
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小林悟もまた、「ピンク映画」という言葉と別に「六本木族」を撮りたいと思ったのではなかったか。当時、小林は新東宝が潰れてから、テレビの子供番組の仕事などをしていた。小林もまた、先行する「六本木族映画」である『狂熱の果て』を劇場で観たか。おそらく、小林は「俺も六本木を舞台に撮ってみたい」と、自作を思い描いたのではないか。 |
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山際永三を、僕が深く意識したのは、テレビ作品『恐怖アンバランス劇場第4話・仮面の墓場』を観た時からだ。それは、16歳の真冬、正月の末のことだ。その日、月曜日の深夜23時を過ぎた時間帯にオンエアされた『仮面の墓場』な る作品を初めて観た。 |
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先日、『狂熱の果て』上映後、関係者らが集まって「山際永三監督を囲む会」が居酒屋で行われた。乾杯の後に、一人づつ『狂熱の果て』の感想を短く言おうということになった。順番が回って来て、僕は言った。 |
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いわゆるピンク映画の「第1号」には諸説ある。定説では小林悟の『肉体の市場』だが、それより半年遅れた本木荘二郎(高木丈夫)監督の『肉体自由貿易』(1962年11月封切)とも、翌年の関孝二監督作品『情欲の洞窟』(63年)とも、若松孝二が最初に撮った『甘い罠』(63年)ともいわれることもある。だが、それら全てに先行する「成人映画」が『狂熱の果て』であることを忘れてはならない。もしかしたら、「ピンク映画」は山際永三の六本木族映画『狂熱の果て』から始まったのかもしれない。小林も本木も、関も若松も、みな桃色の罠に嵌ったようにピンク映画を撮り始めるが、山際永三だけは違っていた。それは、やはり不思議というしかないのだ。 |
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ロードサイダーズではおなじみの写真家・天野裕氏による初の電子書籍。というか印刷版を含めて初めて一般に販売される作品集です。
本書は、定価10万円(税込み11万円)というかなり高価な一冊です。そして『わたしたちがいたところ』は完成された書籍ではなく、開かれた電子書籍です。購入していただいたあと、いまも旅を続けながら写真を撮り続ける天野裕氏のもとに新作が貯まった時点で、それを「2024年度の追加作品集」のようなかたちで、ご指定のメールアドレスまで送らせていただきます。
旅するごとに、だれかと出会いシャッターを押すごとに、読者のみなさんと一緒に拡がりつづける時間と空間の痕跡、残香、傷痕……そんなふうに『わたしたちがいたところ』とお付き合いいただけたらと願っています。

稀代のレコード・コレクターでもある山口‘Gucci’佳宏氏が長年収集してきた、「お色気たっぷりのレコードジャケットに収められた和製インストルメンタル・ミュージック」という、キワモノ中のキワモノ・コレクション。
1960年代から70年代初期にかけて各レコード会社から無数にリリースされ、いつのまにか跡形もなく消えてしまった、「夜のムードを高める」ためのインスト・レコードという音楽ジャンルがあった。アルバム、シングル盤あわせて855枚! その表ジャケットはもちろん、裏ジャケ、表裏見開き(けっこうダブルジャケット仕様が多かった)、さらには歌詞・解説カードにオマケポスターまで、とにかくあるものすべてを撮影。画像数2660カットという、印刷本ではぜったいに不可能なコンプリート・アーカイブです!

プロのアーティストではなく、シロウトの手になる、だからこそ純粋な思いがこめられた血みどろの彫刻群。
これまでのロードサイド・ライブラリーと同じくPDF形式で全289ページ(833MB)。展覧会ではコラージュした壁画として展示した、もとの写真280点以上を高解像度で収録。もちろんコピープロテクトなし! そして同じく会場で常時上映中の日本、台湾、タイの動画3本も完全収録しています。DVD-R版については、最近ではもはや家にDVDスロットつきのパソコンがない!というかたもいらっしゃると思うので、パッケージ内には全内容をダウンロードできるQRコードも入れてます。

書籍版では掲載できなかった別カットもほとんどすべて収録してあるので、これは我が家のフィルム収納箱そのものと言ってもいい
電子書籍版『TOKYO STYLE』の最大の特徴は「拡大」にある。キーボードで、あるいは指先でズームアップしてもらえれば、机の上のカセットテープの曲目リストや、本棚に詰め込まれた本の題名もかなりの確度で読み取ることができる。他人の生活を覗き見する楽しみが『TOKYO STYLE』の本質だとすれば、電書版の「拡大」とはその密やかな楽しみを倍加させる「覗き込み」の快感なのだ――どんなに高価で精巧な印刷でも、本のかたちではけっして得ることのできない。

伝説のグランドキャバレー・ベラミ・・・そのステージを飾った踊り子、芸人たちの写真コレクション・アルバムがついに完成!
かつて日本一の石炭積み出し港だった北九州市若松で、華やかな夜を演出したグランドキャバレー・ベラミ。元従業員寮から発掘された営業用写真、およそ1400枚をすべて高解像度スキャンして掲載しました。データサイズ・約2ギガバイト! メガ・ボリュームのダウンロード版/USB版デジタル写真集です。
ベラミ30年間の歴史をたどる調査資料も完全掲載。さらに写真と共に発掘された当時の8ミリ映像が、動画ファイルとしてご覧いただけます。昭和のキャバレー世界をビジュアルで体感できる、これ以上の画像資料はどこにもないはず! マンボ、ジャズ、ボサノバ、サイケデリック・ロック・・・お好きな音楽をBGMに流しながら、たっぷりお楽しみください。

――ラブホの夢は夜ひらく
新風営法などでいま絶滅の危機に瀕しつつある、遊びごころあふれるラブホテルのインテリアを探し歩き、関東・関西エリア全28軒で撮影した73室! これは「エロの昭和スタイル」だ。もはや存在しないホテル、部屋も数多く収められた貴重なデザイン遺産資料。『秘宝館』と同じく、書籍版よりも大幅にカット数を増やし、オリジナルのフィルム版をデジタル・リマスターした高解像度データで、ディテールの拡大もお楽しみください。
円形ベッド、鏡張りの壁や天井、虹色のシャギー・カーペット・・・日本人の血と吐息を桃色に染めあげる、禁断のインテリアデザイン・エレメントのほとんどすべてが、ここにある!

――秘宝よ永遠に
1993年から2015年まで、20年間以上にわたって取材してきた秘宝館。北海道から九州嬉野まで11館の写真を網羅し、書籍版では未収録のカットを大幅に加えた全777ページ、オールカラーの巨大画像資料集。
すべてのカットが拡大に耐えられるよう、777ページページで全1.8ギガのメガ・サイズ電書! 通常の電子書籍よりもはるかに高解像度のデータで、気になるディテールもクローズアップ可能です。
1990年代の撮影はフィルムだったため、今回は掲載するすべてのカットをスキャンし直した「オリジナルからのデジタル・リマスター」。これより詳しい秘宝館の本は存在しません!

70枚のTシャツと、70とおりの物語。
あなたにも〈捨てられないTシャツ〉ありませんか? あるある! と思い浮かんだあなたも、あるかなあと思ったあなたにも読んでほしい。読めば誰もが心に思い当たる「なんだか捨てられないTシャツ」を70枚集めました。そのTシャツと写真に持ち主のエピソードを添えた、今一番おシャレでイケてる(?)“Tシャツ・カタログ"であるとともに、Tシャツという現代の〈戦闘服〉をめぐる“ファッション・ノンフィクション"でもある最強の1冊。 70名それぞれのTシャツにまつわるエピソードは、時に爆笑あり、涙あり、ものすんごーい共感あり……読み出したら止まらない面白さです。

編集に「術」なんてない。
珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。
多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。
編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。

こころがかゆいときに読んでください
「書評2006-2014」というサブタイトルのとおり、これは僕にとって『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(2008年)に続く、2冊めの書評集。ほぼ80冊分の書評というか、リポートが収められていて、巻末にはこれまで出してきた自分の本の(編集を担当した作品集などは除く)、ごく短い解題もつけてみた。
このなかの1冊でも2冊でも、みなさんの「こころの奥のかゆみ」をスッとさせてくれたら本望である。

あえて独居老人でいること。それは老いていくこの国で生きのびるための、きわめて有効なスタイルかもしれない。16人の魅力的な独居老人たちを取材・紹介する。
たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。

いちばん刺激的な音楽は路上に落ちている――。
咆哮する現代詩人の肖像。その音楽はストリートに生まれ、東京のメディアを遠く離れた場所から、先鋭的で豊かな世界を作り続けている。さあ出かけよう、日常を抜け出して、魂の叫びに耳を澄ませて――。パイオニアからアンダーグラウンド、気鋭の若手まで、ロングインタビュー&多数のリリックを収録。孤高の言葉を刻むラッパー15人のすべて。

2012年、東京右傾化宣言!
この都市の、クリエイティブなパワー・バランスは、いま確実に東=右半分に移動しつつある。右曲がりの東京見聞録!
576ページ、図版点数1300点、取材箇所108ヶ所!