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バックナンバー:2019年07月24日 配信号 収録

food & drink はばたけ!宴会芸! 第2回「カッパふみふみ」(文:御手洗太)

拝啓 日を追うごとに暑くなりますが、読者の皆様にはご健勝のこととお喜び申し上げます。いつも身に余るお力添えを賜り、心からお礼申し上げます。

日本宴会芸学会会長の御手洗でございます。

世間では、お笑い芸人たちによる「闇営業」の問題が連日取り沙汰されております。
「反社会勢力のパーティに芸人が呼ばれて、芸を披露して、お金をもらった」
というのが事件のあらましです。

「相手が反社会勢力だったから問題だ」
「そもそも事務所を通さずに仕事をすることが問題だ」
「事務所とのギャランティの配分にも問題がある」

など様々な意見が飛び交っており、混乱した人も多いのではないでしょうか。

宴会芸研究家の観点から一言申し上げます。

この問題は、

宴会芸三原則
一、自分を安全な場所に置くべからず。
一、己のアイデンティティに忠実であれ。
一、主賓(もしくは神)への捧げものであるべし。

に立ち返って議論すべき問題です。

まず、反社会勢力の余興担当者が「余興を芸人にアウトソースしている」ということが大問題です。これは、明らかに「自分を安全な場所に置く」行為であり、三原則の精神に反しています。

芸人が「相手が反社会勢力だったと気づかなかった」というのもいただけません。プロフェッショナルな芸人であれば、芸とは「主賓(もしくは神)への捧げものである」ということは当然、理解しているべきです。

「捧げ先である主賓」が何者なのか?すら知らずに芸を披露していたとなると「芸人」というアイデンティティすら揺らぎかねません。

つまり、反社会勢力も芸人も。全ての登場人物が「宴会芸三原則を全く理解していない」ということが、今回の事件の本質なのです。

謹慎処分となった芸人の中には、数多くの人気番組も抱えている人もいると聞いています。このような事件で、本来の「芸の捧げ先」である国民の楽しみを奪ってしまうのは、あまりにもつまらない。
関係各位に置かれましては、問題の本質を正しく理解して、誠心誠意再発防止に努めていただきたいと思っています。

宴会芸学会としても「宴会芸三原則」の認知不足を猛省し、積極的啓蒙に励むことで、力添えしていければと思っております。

さておき。本題に入りましょう。

前回ご紹介した明治の文献『宴会お座敷芸(1911)』には、日本古来の「あはれ」の精神を感じさせる演目が数多くありました。当時、宴会芸とは「喝采」を得るためのものであり、大人にとって不可欠な教養だと考えられていたことを、皆さんはすでに学んでいます。今回はその続きとして、戦後日本の宴会芸を解説して参ります。

それでは、20世紀宴会芸(下)をお楽しみください。


20世紀宴会芸史(下) 御手洗太(日本宴会芸学会会長)

第2章:アヴァンギャルド宴会芸の衝撃~60年代・70年代の文献から~

1920年代~50年代は、目ぼしい文献が残っていない宴会芸冬の時代です。

特に、太平洋戦争前後は、国民から「宴会芸の自由」が奪われていました。精神の自由と宴会芸の豊かさは比例する、ということを私たちは肝に銘じておく必要があります。

新しい宴会芸文化が芽生えるのは、本章で紹介する1960~70年代からです。

当時、寺山修司の「天井桟敷」・唐十郎の「状況劇場」・土方巽の「暗黒舞踏」など、舞台・演劇の世界でアヴァンギャルド旋風が巻き起こり、若者たちを熱狂させました。当時は私も多感な若者でしたから。ご多分に漏れず新宿に通い、ヒッピー、フーテン、アングラ、サイケなどと親交を深めたものです。

[既存の芸術文化や形式を否定して、革新的な表現を目指す]前衛芸術のエネルギーは、旧態依然とした「軍隊ノリ」が横行していた当時の宴会文化にも大きな影響を与えました。

60年代・70年代は、アヴァンギャルド宴会芸が次々と生まれた時代なのです。

この時代の宴会芸には、知性がありました。

20世紀演劇界の巨頭・ブレヒトによる「異化効果」を活用した演目があれば、「無芸の芸」という深淵な哲学的なテーマを追及した演目もあります。多種多様な芸が誕生しましたが、すべての芸が「革新的な宴会芸の創造」を目指しているという点で共通しています。

私自身、宴会芸研究者としてのキャリアをスタートさせた時代でもあり「青春の宴会芸」とも言える思い入れ深いものがいくつもあります。

アヴァンギャルド宴会芸の存在を世に知らしめた名著『宴会幹事虎の巻(1977)』を中心にご紹介します。いささか長くなりますが、お付き合いいただけますと幸いです。


[1 MAKE HARAODORI GREAT AGAIN 踊る大統領]

『宴会幹事虎の巻(1977)』に登場する「踊る大統領」は、腹踊りの一種です。

腹踊りというと、「醜い腹を晒すだけの低俗な芸だ」と思われている方も多いのではないでしょうか。ある側面においてそれは事実です。

しかし「踊る大統領」には他の腹踊りとは一線を画す「深さ」と「知性」があります。

宴会ケーススタディで学んでいきましょう。

社長、副社長、専務、常務、相談役。
お偉方が居並ぶ宴席に、小間使いとして呼ばれた宴会部長。
飲まず食わずで、お酌をして回ったり、みんなの話に相槌を打っています。

開宴から何時間か経ち、中だるみしてきた頃。
「何か面白いことでもやりなさい」と常務に命じられた宴会部長は、
隣の部屋に引っ込みます。

偉い人とは勝手なもの。
常務はすぐに命じたことを忘れ、関係のない話題で盛り上がっています。
社長に至っては宴会部長の存在すら忘れています。

20分後。勢いよく襖が開き、現れたのは、


米国大統領の巨大な顔です!!!

米国大統領の中にも評判の良い人、悪い人が居ますが、世界有数の権力者であることは疑う余地もない事実です。本人を目の前にして不遜な態度を取れる人は、日本中どこにもいません。昔のサントリーBOSSのTVCMで、

「俺だったらガツンと言ってやるよ」と居酒屋でクダを巻く男の前に(当時の)ビル・クリントン大統領が現れて「Tell me “ガツン”」。男は冷や汗を流す。

というものがありましたが、「踊る大統領」がつくるのは、これと同様の衝撃です。

社長>相談役>副社長>専務>常務>>>>>>>>>>宴会部長

で固定化されていた宴席のヒエラルキーが突如崩壊し、

大統領(宴会部長の腹)>>>>>>>>>>>社長=相談役=副社長=専務=常務

という新世界が出現する。そんな劇的な空間を創造されるのです。

20世紀演劇界の巨頭ブレヒトが提唱した「異化効果」(=当たり前と思われる事柄を、見慣れない未知のものに変える趣向)の一種と考えることもできます。


大統領と比べれば社長も赤子同然である

「踊る大統領」が演者の精神に与える影響も見逃せません。
ご想像の通り、上半身裸になり、描かれるに任す数十分間は猛烈に恥ずかしく、永遠を感じます。宴会芸研究者である私でも「なんでこんなことしているんだろう」と強く思いました。

しかし、腹の絵が完成すると、もう、恐れるものはありません。本物の大統領と同様に、自信に満ち溢れ、気分は高揚し、高い視座で世界を見つめることができるようになるのです。


知人の出版記念パーティにて。「大統領とその娘」

こちらの写真の時は、数百人の観客を前にしていましたが、緊張も恐れも一つもありませんでした。「腹が決まる」という言葉はここから生まれたのだと、この時確信しました。

古来、腹踊りとは滑稽な顔を描くことで、へりくだりのユーモアを表現するものでした。

一方「踊る大統領」は、強大な権力者を腹に描くことで「劇的な空間を創造する」ものです。この点において、腹踊りを、宴会芸を一歩前に進めた重要な演目として記録されています。

この考え方を応用すると「劇的空間」の作り方は他にもいろいろと考えることができます。例えば社内の会での「踊るお得意様」や親戚の会の「踊るご先祖様」なども十分にあり得ます。

会の性質と、ご自分の腹の特性(大統領の場合は、やはり大きな腹が似合います)を鑑みて、誰の顔を描くか知恵をしぼってみてください。読者の皆さまの実演のご報告をお待ちしております。


[2 濃厚すぎる自己紹介芸 接吻大カタログ]

新入社員や若手社員だったころの宴会で、

「彼氏or彼女はどんな人なのか」
「どうやって出会ったのか」
「今までの人生でどんな恋をしてきたのか」

というようなことを、先輩たちから根掘り葉掘り聞かれた。
そして、聞いてもいないのに、先輩からも延々と語られた。

という経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。

最初は、何故そんなプライベートなことを話さないと(聞かないと)いけないのか、と疑問に思う部分もあるかと思いますが、会が終わる頃には、不思議と相手に親しみを覚えるものです。「どんな恋をしてきたのか?」を語り合うことは、人と人とが短期間に心を通じ合わせる効果があるのです。

そんな、「恋愛話の効果」を凝縮して自己紹介芸に仕立てたのが「接吻大カタログ」です。

『宴会幹事虎の巻(1977)』から引用します。

マニキュアがわりに口紅を使い、あらかじめ指の爪を染めておく。女性の手らしく見え、マニキュアとちがって落とすときも簡単。「さあさあ、みなさん、よーくご覧なさい。これから私が演じますのは、接吻の百態、当世流に申せば接吻のカタログ集。とっくりご覧になり、彼女を相手にするとき、あるいは奥さん相手に行うとき、大いに役立ててください」(以下略) 

という口上の後、

10代の初体験、20代の情熱、三十路の成熟、老いらくの恋、というシチュエーション別の接吻を、「這いまわる真っ赤な指の動き」と「背中のくねり」だけで表現する


この演目の特筆すべきことは「演者の経験値が手に取るようにわかる」ことです。
人生を通じて異性とどのように付き合ってきたのか。過去の恋愛から何を学んだのか。今のパートナーとの関係に満足しているのか。全てが恐ろしいほどに明らかになります。

同等の情報量を「恋愛話」として伝えようとすると、一人で一晩を要する場合もあります。一方、「接吻大カタログ」は数分で終わりますので「宴席に列した全員の恋愛経験値」の情報交換をすることも決して夢ではありません。

誠意を持って取り組めば誰でも面白くなる、というのもこの芸の魅力です。

・若い二枚目の接吻を「まだまだ発展途上だね」と微笑ましく眺めたり。

・マジメで誠実なマイホームパパ、という雰囲気の課長が、やたらと色気のある接吻を披露して「何かあるのでは・・・」とざわついたり。

・部長の接吻がぎこちなければ「面白みのない人だね」と笑い、意外と勢いが出てくれば「現役ですなぁ」と囃し立てたり。

十人十色の楽しみ方の切り口があります。

昨今のコンプライアンス優位の風潮の中では「部下の恋愛話を根掘り葉掘り聞く」時点でハラスメントにあたる可能性もあるようです。

参加者全員で「接吻大カタログ」をやりましょうという提案を通すのは難しいかもしれません。

しかし、あなたがもし自分という人間をみんなに分かってほしいと切に願っているのであれば。この芸ほど効率よく伝えられる方法は他にはありません。

今のような時代だからこそ。「接吻大カタログ」ができる人間は強い、と私は思います。


[3 無芸肯定論の誕生 そこのけそこのけ河童が通る]

「無芸」とどう向き合うか。これは、宴会芸学の中でも非常に重要なテーマです。

『宴会お座敷芸(1911)』のはしがきに、

酒席に列して無芸大食は野暮の骨頂。これ浮世の面白みを解せず。芸なし猿の不可趣味をして直ちに大通酔人となるの秘法をご伝授いたすは本書の特色ならんか。

とあるように、

「無芸」とは「克服すべきもの」であり、その助けになるものが「宴会芸」である。
という考え方(=無芸克服論)が、定説でした。

これに、歴史上初めて異を唱えたのが『宴会幹事虎の巻(1978)』の「そこのけそこのけ河童が通る」なのです。

「無芸大飲」型の人にぴったりのレパートリーだ。このような人が、必死に演ずることによって、大いに宴席は楽しくなる。無芸の人は、さながらオカに上がったカッパであり、それだけでもユーモラス。

「無芸」そのものを「ユーモアとして肯定」する、この考え方は「無芸肯定論」と名づけられ宴会芸学会に大きな衝撃を与えました。


<演じ方> 座布団を菱形になるように腹にしばりつけ、頭に皿をのせれば、簡単に河童に変身できる。「みなさん、カッパの鳴き方を知っていますか?」と宴席を見回す。「こんなふうに鳴くんです・・・・カッパフミフミ、カッパフミフミ・・・・」鳴き声を真似ながら、ゆっくりと席の間を歩く。「そろそろ皿も乾いてきたようで・・・」とお皿に酒を注がせてもよい。

こうして芸を紐解くと、構成要素の全てが「無芸であるほど面白い」ように考え抜かれていることが、お分かりいただけると思います。

カッパの鳴き声は通常「ガワッガワッ」「グワッグワッ」「ヒョーヒョー」のどれかだと言われています。しかし、

「こんなふうに鳴くんです・・・・ガワッガワッ・・ガワッガワッ・・」

としてしまうと、芸の面白さはカッパの物まねの上手さに左右されます。これは「無芸」の人にとって大変酷な話です。だからこそ、このカッパは「カッパフミフミ」という、無意味な音で鳴くのです。

そもそも、この芸を全体像として捉えると「ゆっくりと移動してお酒を注いでもらう」だけです。

「お酒を飲ませてもらうため、わざわざカッパになる」

そんな、酔っ払いのユーモラスな「業」こそが、この芸の本質なのです。


人は誰しも産まれた時は「無芸」です。

私自身も若手研究者の頃は、宴会芸の実演に苦手意識がありました。不器用であがり症にも関わらず、プライドの高さ故に自分の「無芸」を認められず、さらに実演から遠ざかる。悪循環の中にいました。

そんな私を変えてくれた芸が「そこのけそこのけ河童が通る」です。

当時の宴会芸学会で「無芸肯定論」の是非を検証するため、この演目を実証実験する機会がありました。なぜか私がカッパの大役を務めることになり(今思えば、無芸の代表格だと思われていたのでしょう)研究者が居並ぶ大広間で、遠く一点を見つめ「カッパフミフミ」と大声で鳴きました。

その瞬間。「宴会芸は可能だ!!!」という思念が降りてきて、雷で打たれたような衝撃を受けました。

自らの無芸を認め、それ自体をユーモアとして肯定することこそ、無芸を克服するための第一歩であること。つまり「無芸克服論」と「無芸肯定論」は根底の部分で繋がっており、それこそが宴会芸の真髄である、という悟りをひらくことができたのです。

私が長らく宴会芸研究者を続けられてきたのは、この演目のおかげです。「恩芸」と言っても過言ではありません。


余談ですが、同時期の文献『宴会必携隠し芸入門(1976)』には、同様の扮装(菱形座布団に頭皿)でひたすらに踊る「カッパ踊り」という演目が登場します。カッパというUMAが当時の宴会芸界で非常にトレンディだった、ということが分かります。

言うまでもないことですが、宴席の中に頭頂部の毛が薄い人がいる場合。その人をからかっているように思われるリスクはあります。その辺りも踏まえて、自己責任で演じてください。


[4 ジャパン・アズ・ナンバーワン ボリジョイ大サーカス]

「綱渡り」は宴会芸の常套手段の一つです。

酔っ払いが細い道を歩く姿はそれだけで面白い。という事実から着想を得ています。

非常に使い勝手が良いが故に、陳腐にもなりやすい演出です。
「綱渡り芸でオリジナリティを出せたら一人前だ」と先輩研究者からよく言われたものです。

前回ご紹介した「鼻毛の曲藝」には鼻毛を綱にして渡る、という圧倒的なオリジナリティがありました。

再掲:鼻毛の曲藝

『宴会幹事虎の巻(1978)』の「ボリジョイ大サーカス」も綱渡りの演出を骨格とする芸です。

ボリジョイ大サーカス

司会「かの鉄のカーテンの向こう側から、はるばる来日したボリジョイ・サーカス。本日の宴会のために、特別公演とあいなりました。さて今晩のハイライトは、同サーカス団No1の綱わたりでござい」

ブラジャーをつけ、パンツ姿の男が現れる。~中略~「トザイ、トーザイご覧に入れまするは、私の十八番中の十八番、上手にわたれましたら、拍手ご喝采・・・」床にのびている綱の上を、それらしい身振りで渡り始める。


(綱渡りのパントマイム)

司会者が「鉄のカーテンの向こうからやってきた」とうそぶいて、ブラジャーとパンツ姿の演者が現れる。非常にストレートな綱渡り芸です。本格的ではあるものの、オリジナリティは感じられません。

続く最後の一文が無ければ、ありきたりな芸で終わっていたでしょう。

が、途中で急に曲がロックに変わり、ゴーゴーを踊りだす。


♪~ストップ ザ ミュージック ビフォア シー ブレイク マイ ハート イン トゥー~♪

ゴーゴーダンスとはロックにあわせて即興で踊るセクシーダンスです。
文献では「踊りだす」で終わっており、芸の終わり方は明文化されていませんが、おそらく「ロックの音」が終わるまで、一心不乱に踊り続けることでしょう。

その姿は、反逆的であり、退廃的であり、詩的ですらあります。

これは「突然のゴーゴーで綱渡りをぶち壊す」というオリジナリティを持った「綱渡り芸」です。

言うまでもなく、
「ボリジョイ大サーカス」はソ連の象徴であり「ゴーゴーダンス」は米国の象徴です。

この宴会芸の骨子は、そのどちらもバカにしている、と言うことです。

高度経済成長を経て、1970年代の日本は世界有数の経済大国へと成長しました。1979年にはハーバード大学のエズラ・ヴォーゲル氏による「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が出版されるなど、日本経済はある種の脅威として世界から注目され始めました。

それは超大国アメリカ・ソ連に対しても、追いつけ・追い越せの精神で挑む必要が出てきたことを意味します。

それは誇らしくもあり、恐ろしいことでもあったでしょう。
だからこそ。自らを奮い立たせるため、エコノミックアニマルたちは万感の思いを込めて「ボリジョイ大サーカス」を演じたのです。

このように宴会芸研究を正しく行うと、当時の市井の人たちの心の機微に触れることができます。「宴会芸は時代を映す鏡」と言われるのはこのためです。


<コラム:ミセスロブスターのチクチクタイム>


こんにちは。お裁縫大好き、ロブスター夫人と申します。
日本宴会芸学会では、衣裳や小道具、宴会芸グッズ研究に取り組んでおります。
身の回りにあるものを使って宴会芸をよりよくする発明家でもあるんですよ。なんちゃって。

御手洗先生の「20世紀宴会芸史」の再現写真撮影では小道具を担当させていただきました。

古典宴会芸はだいたい飲み屋さんにあるもので出来るので、小道具もとてもシンプルで助かりました。

でも、ロウソクの台座が見つからず、町の仏具屋を回ったり、コンビニで普段はもらわない割り箸をもらったり(私をよく知る店員さんは驚いていました)奔走した日々でした。

長きに渡っての撮影で気がついたのは、着物の腰紐と新聞紙の素晴らしさです。

腰紐は、カサつむりや絶体絶命のハエで割り箸を頭にさすとき、
カッパふみふみで座布団を体に巻きつけるとき、
ボリジョイ大サーカスで綱渡りの綱を忘れて青ざめたときも、綱に変身してくれました。

腰紐なんて持っていない、という人もご安心ください。
平たい紐であればなんでもオッケーですよ。トレンチコートのベルトで代用してみましょう。

新聞紙は丸めて筒にする、細く丸めて剣に見立てる、目隠しにしてもよし、お胸のカサ増しに使ってもよし、なんでもござれの大活躍です。

そして何より、帽子にもなるんです。

『宴会爆笑かくし芸(1984)』の「帽子づくし」では、新聞紙一枚でなんと15種類の帽子を作ることができます。

さらにこの本では

できれば語りを入れて(たとえば、最近の学生は帽子もかぶらずしまりがない。それに比べて、私などはこんな角帽でもかぶりたいなどと)、その場の雰囲気をつかみながら進めていくと、見ている人も大いに楽しめます。拍手喝采もまちがいなしです。

とあります。語りを入れながら工作をすることが宴会芸になりうるなんて、青天の霹靂でした。
私自身、日本宴会芸学会に所属しながらも、宴会芸の実践には全く自信がなかったのですが、
「これは私の宴会芸だ!」と心が踊りました。

御手洗先生を説得して、今回の再現写真撮影に入れていただきました。


こちらは「雪ん子」です。メガネのおじさんがこんなに可愛くなりました。


こちらは「えんまの帽子」です。左の男性は閻魔大王を意識しているのでしょうか。
この形が元になって「ご隠居さんの帽子」や「易者さんの帽子」など色々な形に変身します。

帽子はすごいパワーを持っています。

第87回日本宴会芸学会の「宴会芸としての詩 言・体・文・一致」で男性研究員がかぶっていた淑女の帽子は私が用意したものです。あの帽子があるとないとじゃ大違い。


もちろん宴会芸はとても素晴らしいものでしたが、あの帽子が芸を高みに連れて行ってくれたと思っています。

私が衣裳や小道具を選ぶとき、まずは自作できないかと考えます。
淑女の帽子は、近所の商店街にあるリサイクルショップで出会いました。1200円でした。こんなとき、もっと安く作れないかしら・・・あの余っていたレースと帽子で・・・という思いが駆け巡ります。迷いに迷いましたが、レースの繊細さや立体感は私には真似できないと判断し、購入しました。

帽子を一つ選ぶにも、ああでもないこうでもないと思い巡らすのは、とても楽しいことです。この時間こそが、宴会芸を考えるということなんだと思います。

面白い帽子に出会ったら@Lobsterfujin にぜひ教えてください。
それではまた、お会いしましょう。


第3章:「宴会芸とスカートは短い方が良い」~バブル期のインスタント芸20連発~

1985年のプラザ合意を契機として、狂乱のバブル期が訪れます。

「地上げ」「ジュリアナ」「スキゾキッズ」の三語に集約されるこの時代は、日本人の精神性を大きく変質させました。宴会芸も例外ではありません。

この時代に、和民・魚民などの居酒屋チェーンやカラオケ店が続々と開店しました。
宴会芸は「和室」「大広間」で演じるものから「和民の個室」「カラオケ館」で演じるものへと変わったのです。

男女雇用機会均等法により女性の宴会進出が進み、宴会場のダイバーシティが高まったことも見逃せません。60~70年代のアヴァンギャルド宴会芸のようなハイコンテクスト文化は次第に影響力を失い「シンプルさ」「ビジュアルインパクト」が重視されるようになりました。

そして何より、狂気的な好景気はビジネスの世界での過度な競争を生みました。
「接待で自社を印象づけるため」「同僚を出し抜くため」の武器として宴会芸を利用するサラリーマンが飛躍的に増えました。

文献(=宴会芸本)が最も多く出版されているのも、この時代です。

こういった時代の要請のもと、大量発生したのが「簡単にできて、そこそこウケる」インスタント宴会芸です。

「喝采」のための宴会芸 ~明治時代の文献から~
アヴァンギャルド宴会芸の衝撃~60年代・70年代の文献から~

と比較すると、志の高さにおいて絶望的な差がありますが、

「宴会芸とスカートは短い方が良い」

という言葉は、この時代の宴会芸の本質を的確に捉えています。

本章の芸に解説するべき内容はほぼありません。しかし「和民の個室」という戦場の中で磨かれてきた芸の中には、くだらなくも光るものも多数存在するため、写真を中心に一挙20演目をご紹介します。

宴会芸を武器にバブル期を戦ったサラリーマンのリアルに思いを馳せながら、学んでいただければと思います。


【生きものモノマネ】

[清水アキラ・ビジーフォー(グッチ裕三・モト冬樹)・栗田貫一・コロッケ]による、ものまね四天王が結成されたのは1988年。まさに、バブルの時代です。

誰もが知っている有名人を、高度な技術とチャーミングな悪意でパロディする彼らは、人気芸人として確固たる地位を築いていきました。

そんなモノマネブームを背景に、宴会の世界で大流行したのが「生きものモノマネ」です。宴会芸の担い手たちには形態模写の技術はないので「そこを選ぶか」という選定の妙が肝になります。

昭和の終わりの居酒屋・カラオケ・スナック、はたまた路上に夜な夜な出没した珍種の生きものたちをご覧ください。


1 絶体絶命のハエ

トリモチに足を取られて死にかけている、ハエです。


宴会芸の大切な精神に「へりくだり」があります。

へりくだりの美学で演じる芸といえば「カサつむり(第1章)」が定番ですが、
時代の要請に応えて「さらに深くへりくだった」芸が「絶対絶命のハエ」です。

文献には、

この芸はとりもちにくっついた小鳥や虫を演技すればいいのだから、ちょうやガ、ゴキブリ、ネズミなど、いろいろなバリエーションが考えられる。

という記載もありますが、そこまで行くとグロテスクが過ぎます。「ハエ」くらいに留めておくのが得策でしょう。


出典:『珍芸・奇芸・一瞬芸 宴会パフォーマンス 絶対うける面白メニュー100(1988)』

2 ラッコ

大人気動物です。お腹の上でカチカチと貝殻を割る愛らしい姿は、性別・年齢・人種を超えて母性本能をくすぐると言われており、企業のキャラクター等にもよく使われています。

そんな「ラッコ」を「おじさん」に。「貝殻」を「灰皿」に置き変えたのがこの演目です。


お腹の上に大きな平皿を置いて、そこから酒を飲む「ラッコ飲み」という芸も文献にでてきます。

おじさんを可愛らしく見せる芸なので「厳しい人事査定をした後に、上司が部下の前で披露する芸」として使ってみてはいかがでしょうか。

出典:『珍芸・奇芸・一瞬芸 宴会パフォーマンス 絶対うける面白メニュー100(1988)』


3 トド

トドの最大の特徴は、ハーレムをつくることです。
成熟したオスは、なわばりをつくり15頭のメスと交尾をして子どもをつくります。

と、いうことは必然的に、あぶれるオスが大量に出てくるということになります。

宴会芸がすくいあげるのは、当然、あぶれた側の命です。


体長約3.3メートル、体重1トンという動物界でも屈指の肉体を持ちながら、子孫を残すことがなく死んでいく。その悲哀を込めて、一心不乱に踊るのがこの宴会芸です。

バブルの時代は格差の時代。きらびやかな強者の陰には数限りない弱者がいました。踊り狂うトドたちの姿に自らを重ね、涙を流す人もいたと言われています。

出典:『宴会・コンパ裏技パフォーマンス(1986)』

【中座芸(トイレ芸)】

人間が人間である以上、トイレに行くことは禁止できません。

しかし、トイレで宴会を中座すると場の温度が少し下がるのは事実です。

バブル期のサラリーマンは「トイレ戻りの宴会芸」を披露することで、場を瞬発的に温めなおそうとしました。

目上の人との会食でさえ、携帯電話を理由に簡単に中座するようになった現代人はバブル期サラリーマンのサービス精神に学ぶべきなのかもしれません。


4 骨折

トイレ中座の一般的な所要時間は5分程度です。この短い時間で何が起こると面白いか。

「不幸になって戻ってくる」のが面白いのではないか。

という発想で生まれたのがこの芸です。


社名入りの封筒をギブスに見立てて、ネクタイで吊りあげます。
やっちゃいました、と微笑めば「楽しい骨折」のできあがりです。

「なんで骨折したの?」と深堀されることにも備えて「トイレの中で人はどうしたら骨折できるのか?」のエピソードも考えておきましょう。

出典:『宴会・コンパ裏技パフォーマンス(1986)』


5 トイレの中の女のしぐさ

冒頭に申し上げた通り、バブル期とは女性の宴会進出がはじまった時代です。
つまり「男子校」だった宴会芸の世界が、急速に「共学化」した時代です。

そこで生まれた象徴的な芸がこちらです。

トイレの中で女性がどのようにふるまっているか?を男性が淡々と演じます。


演じる上で特に重要なのが、

とくに自分が使い終わったあと、トイレットペーパーを左右から内側に折りたたんで三角形にする女性特有の習慣(どうしてこんなことをするか知らないけれど)などは重要なポイントといえましょう。

とのことです。

何故こんなことをやるか?というと、女性陣の「やだ~」とか「そんなことしません!」という反応を期待しているからです。小学生の「女子をからかう」と同じ精神で貫かれた宴会芸と言えるでしょう。

(余談です。類似芸として「朝起きてから出社するまでのOL」という芸も文献に登場するのですが、まさに、こういった内容の動画配信が女性Youtuberたちの間で流行しているようですね。「YoutuberやTikTokに潜む宴会芸の遺伝子」については連載の後半で分析します。)

現代の感覚では多少コンプライアンス上の問題はありますが、女性との距離感をはかりかねていた当時のバブル期サラリーマンの心の機微を記録した貴重な資料として紹介しました。

出典:『宴会・コンパ裏技パフォーマンス(1986)』


6 ミイラ

全身にトイレットペーパーを巻きつけて、ミイラとして現れる芸です。

・「トイレットペーパー」というトイレを象徴するものを使っていること
・全員の注目を引き付けるビジュアルインパクトがあること
から、中座芸(トイレ芸)の王様と言われています。


この演目の課題は、手間と時間がかかりすぎることです。
先日宴会芸学会の若手研究者たちが検証した際も3人がかりで15分を要しました。


この15分の間に、宴会場の温度は確実に下がります。帰りたい、と思う人も出てくるでしょう。

だからこそ、トイレットペーパーを丁寧に巻いて、完璧なミイラとして現れることが、この宴会芸を実演する人に求められるマナーです。


少しでも綻びがあると興ざめだ

こうして手間をかけてつくったミイラを、一瞬で爆発させるという演出も文献の中で紹介されています。


出典:『珍芸・奇芸・一瞬芸 宴会パフォーマンス 絶対うける面白メニュー100(1988)』

【10秒芸】

バブル期の宴席では、

「卓を囲む若手社員が一人10秒程度の持ち時間で次々と宴会芸を回していく」

というシチュエーションがよくあったと言われています。

この状況では、ひとつひとつの芸の完成度よりも、瞬発力が重要になります。
いくら高度な芸を持っていても、振られた瞬間にできなかったら意味がないのです。

これから紹介するのは、サラリーマンが「身を守るための武器」として大量に身に着けていた10秒芸の数々です。

自分ならどの辺りをレパートリーとするか。当事者意識を持って学んでいきましょう。


◎座布団芸

7 ロデオ

座布団を暴れ馬に見立てて飛び回ります。「どさくさにまぎれて宴席から飛び出してトイレに行く」という演出をする人もいたようです。


出典:『宴会・コンパ裏技パフォーマンス(1986)』


8 必殺ヘッドロック

座布団を敵に見立てて、プロレス技をかけます。
「●●課長を殺しにかかっているな」と具体的に想像ができるようにやりましょう。


出典:『宴会・コンパ裏技パフォーマンス(1986)』


9 佐渡おけさ

佐渡を代表する民謡として知られる「佐渡おけさ」の特徴的な帽子の形を、座布団で表現します。知ったかぶりでも「佐渡へ~佐渡へ~♪」と軽く口ずさむと雰囲気が出ます。


出典:『宴会・コンパ裏技パフォーマンス(1986)』


10 朝刊太郎

座布団を2つ折にして小脇に抱えて新聞紙に見立てます。若い人は分からないと思いますが1965年のヒット曲『新聞少年』のレコードのジャケットを模しています。


出典:『宴会・コンパ裏技パフォーマンス(1986)』


11 妊婦さん

座布団をお腹に入れれば妊婦さんです。大事そうにお腹をさする、等の工夫をしないと、ただのビール腹にしか見えないので注意が必要です。


出典:『宴会・コンパ裏技パフォーマンス(1986)』



◎顔芸

12 一瞬芸ちょんまげ

バナナを頭頂部に載せて「ちょんまげ」と言い張る力強い演目です。箸で宴席の悪者を成敗しましょう。


出典:『宴会・コンパ裏技パフォーマンス(1986)』


13 お歯黒

江戸以前の女性の嗜み「お歯黒」は味付け海苔で簡単に再現できます。


突然やると本気で驚くほどビジュアルインパクトが強いです。日本の女性はこんなことを何百年もやってきたと考えると「事実は宴会芸より奇なり」だと思います。


出典:『珍芸・奇芸・一瞬芸 宴会パフォーマンス 絶対うける面白メニュー100(1988)』


14 さらし首

江戸以前の民衆にとって「処刑」は熱狂的なエンターテイメントでした。そんな人間の残酷な一面から着想を得た演目です。机に顔をのせるだけできる簡単な芸ですが、

大事なことは、顔の表情、白目をむき、口から血を吐いている有様を真剣に演じること。

と文献に記載されており、顔面のリアリティには最大限こだわりましょう。


出典:『宴会百科 かくし芸&余興(1991)』


15 えびすさん

靴下を耳に装着すると恵比寿天になれることをご存知でしょうか。


商売繁盛の神様なので、接待会合の場でも使い勝手が良い演目です。


宴会中の靴下は、自分で思っている以上の悪臭を放つものです。周囲に不快感を与える前に切り上げることも重要です。

出典:『宴会百科 かくし芸&余興(1991)』


16 頭脳貫通

ハンカチを左耳から入れて、右耳から出すパントマイム芸です。
「頭脳」に「貫通」した瞬間の苦悶と、抜けきった後の安堵・爽快の表情がこの芸の最大の見どころです。


出典:『ザ・一人芸(1989)』



◎スポーツ芸

17 ホームランを打ったクロマティ

読売巨人軍の「史上最強の助っ人」ウォーレン・クロマティ氏の特徴的な打撃フォームとガッツポーズで、巨人ファンにとっての歓喜の瞬間を表現します。
巨人ファンの上司の機嫌をとるために演じられました。


出典:『宴会・コンパ裏技パフォーマンス(1986)』


18 サーフィン

座布団を足元の敷いてバランスを取って”サーフィン”です。当時、六本木に大量発生していた「陸サーファー(モテるためにサーフボードを持ち歩く人々)」を徹底的にバカにするために演じられた芸です。


出典:『珍芸・奇芸・一瞬芸 宴会パフォーマンス 絶対うける面白メニュー100(1988)』


19 スキージャンプ

日本のお家芸スキージャンプです。
滑走し、飛び、テレマーク姿勢を入れる、という一連の流れを演じます。
写真では省略していますが、”補助の人が後ろからベルトを掴み、深い前傾姿勢を実現する”と本格感が増します。


文献には

このパフォーマンス、酔った勢いで電車の中でやると大ウケします。慣性の法則を利用するー電車がスタートして加速しているときは進行方向に前傾姿勢をとり、駅に近づきブレーキをかけはじめたら進行方向の逆向きに前傾姿勢をとるー

という記載もあり、当時のサラリーマンが宴会後の帰りの電車でも貪欲に芸に取り組んでいたことがわかります。

出典:『宴会・コンパ裏技パフォーマンス(1986)』


20 聖火ランナー

先日、東京五輪2020の聖火リレーのトーチデザインが発表されました。

東京2020オリンピック聖火リレーで用いるトーチは、 日本人に最もなじみ深い花である桜をモチーフとしています。2020年3月、桜の季節の訪れとともに、オリンピック聖火は「Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。」という東京2020オリンピック聖火リレーのコンセプトと一体となり、日本全国を巡ります。https://tokyo2020.org/jp/special/torch/olympic/design/

というコンセプトで創られているそうです。

一方、宴会芸オリンピックのトーチは、


このように、トイレのバキュームをモチーフにしています。

世界がオリンピック一色で盛り上がる中、少しだけ斜に構えておきたい、という精神の現われだと言われています。

いよいよ東京五輪が開催される2020年。どのような「斜に構え芸」が出てくるのか、宴会芸学会でも注目しています。


出典:『ザ・一人芸(1989)』


バブル期の宴会場で生まれたのは「インスタント芸」だけではありません。

人類の負の遺産と言われる「バブル期宴会芸」も同時に発生しました。

バブル期宴会芸とは、非常識なセクハラ・パワハラ芸の数々であり、現代まで続く宴会芸のネガティブイメージの根源です。

我々研究者の中にバブル期宴会芸を好む人間は一人もいません。

しかし、人類が再び同じ悪夢を繰り返さないため、目を背けるわけにはいきません。

次回は、バブル期宴会芸研究の第一人者キャリア英子さんに登場いただき、罪深き芸の数々を詳細に学んでいきます。

それでは、また来月お会いしましょう。お楽しみに。


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ROADSIDE LIBRARY
天野裕氏 写真集『わたしたちがいたところ』
(PDFフォーマット)

ロードサイダーズではおなじみの写真家・天野裕氏による初の電子書籍。というか印刷版を含めて初めて一般に販売される作品集です。

本書は、定価10万円(税込み11万円)というかなり高価な一冊です。そして『わたしたちがいたところ』は完成された書籍ではなく、開かれた電子書籍です。購入していただいたあと、いまも旅を続けながら写真を撮り続ける天野裕氏のもとに新作が貯まった時点で、それを「2024年度の追加作品集」のようなかたちで、ご指定のメールアドレスまで送らせていただきます。

旅するごとに、だれかと出会いシャッターを押すごとに、読者のみなさんと一緒に拡がりつづける時間と空間の痕跡、残香、傷痕……そんなふうに『わたしたちがいたところ』とお付き合いいただけたらと願っています。

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ROADSIDE LIBRARY vol.006
BED SIDE MUSIC――めくるめくお色気レコジャケ宇宙(PDFフォーマット)

稀代のレコード・コレクターでもある山口‘Gucci’佳宏氏が長年収集してきた、「お色気たっぷりのレコードジャケットに収められた和製インストルメンタル・ミュージック」という、キワモノ中のキワモノ・コレクション。

1960年代から70年代初期にかけて各レコード会社から無数にリリースされ、いつのまにか跡形もなく消えてしまった、「夜のムードを高める」ためのインスト・レコードという音楽ジャンルがあった。アルバム、シングル盤あわせて855枚! その表ジャケットはもちろん、裏ジャケ、表裏見開き(けっこうダブルジャケット仕様が多かった)、さらには歌詞・解説カードにオマケポスターまで、とにかくあるものすべてを撮影。画像数2660カットという、印刷本ではぜったいに不可能なコンプリート・アーカイブです!

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ROADSIDE LIBRARY vol.005
渋谷残酷劇場(PDFフォーマット)

プロのアーティストではなく、シロウトの手になる、だからこそ純粋な思いがこめられた血みどろの彫刻群。

これまでのロードサイド・ライブラリーと同じくPDF形式で全289ページ(833MB)。展覧会ではコラージュした壁画として展示した、もとの写真280点以上を高解像度で収録。もちろんコピープロテクトなし! そして同じく会場で常時上映中の日本、台湾、タイの動画3本も完全収録しています。DVD-R版については、最近ではもはや家にDVDスロットつきのパソコンがない!というかたもいらっしゃると思うので、パッケージ内には全内容をダウンロードできるQRコードも入れてます。

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TOKYO STYLE(PDFフォーマット)

書籍版では掲載できなかった別カットもほとんどすべて収録してあるので、これは我が家のフィルム収納箱そのものと言ってもいい

電子書籍版『TOKYO STYLE』の最大の特徴は「拡大」にある。キーボードで、あるいは指先でズームアップしてもらえれば、机の上のカセットテープの曲目リストや、本棚に詰め込まれた本の題名もかなりの確度で読み取ることができる。他人の生活を覗き見する楽しみが『TOKYO STYLE』の本質だとすれば、電書版の「拡大」とはその密やかな楽しみを倍加させる「覗き込み」の快感なのだ――どんなに高価で精巧な印刷でも、本のかたちではけっして得ることのできない。

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ROADSIDE LIBRARY vol.003
おんなのアルバム キャバレー・ベラミの踊り子たち(PDFフォーマット)

伝説のグランドキャバレー・ベラミ・・・そのステージを飾った踊り子、芸人たちの写真コレクション・アルバムがついに完成!

かつて日本一の石炭積み出し港だった北九州市若松で、華やかな夜を演出したグランドキャバレー・ベラミ。元従業員寮から発掘された営業用写真、およそ1400枚をすべて高解像度スキャンして掲載しました。データサイズ・約2ギガバイト! メガ・ボリュームのダウンロード版/USB版デジタル写真集です。
ベラミ30年間の歴史をたどる調査資料も完全掲載。さらに写真と共に発掘された当時の8ミリ映像が、動画ファイルとしてご覧いただけます。昭和のキャバレー世界をビジュアルで体感できる、これ以上の画像資料はどこにもないはず! マンボ、ジャズ、ボサノバ、サイケデリック・ロック・・・お好きな音楽をBGMに流しながら、たっぷりお楽しみください。

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LOVE HOTEL(PDFフォーマット)

――ラブホの夢は夜ひらく

新風営法などでいま絶滅の危機に瀕しつつある、遊びごころあふれるラブホテルのインテリアを探し歩き、関東・関西エリア全28軒で撮影した73室! これは「エロの昭和スタイル」だ。もはや存在しないホテル、部屋も数多く収められた貴重なデザイン遺産資料。『秘宝館』と同じく、書籍版よりも大幅にカット数を増やし、オリジナルのフィルム版をデジタル・リマスターした高解像度データで、ディテールの拡大もお楽しみください。
円形ベッド、鏡張りの壁や天井、虹色のシャギー・カーペット・・・日本人の血と吐息を桃色に染めあげる、禁断のインテリアデザイン・エレメントのほとんどすべてが、ここにある!

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――秘宝よ永遠に

1993年から2015年まで、20年間以上にわたって取材してきた秘宝館。北海道から九州嬉野まで11館の写真を網羅し、書籍版では未収録のカットを大幅に加えた全777ページ、オールカラーの巨大画像資料集。
すべてのカットが拡大に耐えられるよう、777ページページで全1.8ギガのメガ・サイズ電書! 通常の電子書籍よりもはるかに高解像度のデータで、気になるディテールもクローズアップ可能です。
1990年代の撮影はフィルムだったため、今回は掲載するすべてのカットをスキャンし直した「オリジナルからのデジタル・リマスター」。これより詳しい秘宝館の本は存在しません!

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捨てられないTシャツ

70枚のTシャツと、70とおりの物語。
あなたにも〈捨てられないTシャツ〉ありませんか? あるある! と思い浮かんだあなたも、あるかなあと思ったあなたにも読んでほしい。読めば誰もが心に思い当たる「なんだか捨てられないTシャツ」を70枚集めました。そのTシャツと写真に持ち主のエピソードを添えた、今一番おシャレでイケてる(?)“Tシャツ・カタログ"であるとともに、Tシャツという現代の〈戦闘服〉をめぐる“ファッション・ノンフィクション"でもある最強の1冊。 70名それぞれのTシャツにまつわるエピソードは、時に爆笑あり、涙あり、ものすんごーい共感あり……読み出したら止まらない面白さです。

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圏外編集者

編集に「術」なんてない。
珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。
多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。
編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。

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書評2006-2014

こころがかゆいときに読んでください
「書評2006-2014」というサブタイトルのとおり、これは僕にとって『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(2008年)に続く、2冊めの書評集。ほぼ80冊分の書評というか、リポートが収められていて、巻末にはこれまで出してきた自分の本の(編集を担当した作品集などは除く)、ごく短い解題もつけてみた。
このなかの1冊でも2冊でも、みなさんの「こころの奥のかゆみ」をスッとさせてくれたら本望である。

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独居老人スタイル

あえて独居老人でいること。それは老いていくこの国で生きのびるための、きわめて有効なスタイルかもしれない。16人の魅力的な独居老人たちを取材・紹介する。
たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。

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ヒップホップの詩人たち

いちばん刺激的な音楽は路上に落ちている――。
咆哮する現代詩人の肖像。その音楽はストリートに生まれ、東京のメディアを遠く離れた場所から、先鋭的で豊かな世界を作り続けている。さあ出かけよう、日常を抜け出して、魂の叫びに耳を澄ませて――。パイオニアからアンダーグラウンド、気鋭の若手まで、ロングインタビュー&多数のリリックを収録。孤高の言葉を刻むラッパー15人のすべて。

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東京右半分

2012年、東京右傾化宣言!
この都市の、クリエイティブなパワー・バランスは、いま確実に東=右半分に移動しつつある。右曲がりの東京見聞録!
576ページ、図版点数1300点、取材箇所108ヶ所!

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東京スナック飲みある記
ママさんボトル入ります!

東京がひとつの宇宙だとすれば、スナック街はひとつの銀河系だ。
酒がこぼれ、歌が流れ、今夜もたくさんの人生がはじけるだろう、場末のミルキーウェイ。 東京23区に、23のスナック街を見つけて飲み歩く旅。 チドリ足でお付き合いください!

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