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バックナンバー:2020年03月25日 配信号 収録

photography オカダキサラと2020年の日常写真


2015年12月16日号「日々、常に――オカダキサラの日常写真」で紹介したスナップ・フォトグラファー、オカダキサラの3年ぶりになる個展が、「許曉薇(シュウ・ショウウェイ) 花之器」に続いて馬喰町KKAGで4月8日からスタートする。

ストリート・スナップといえば富士フイルム+鈴木達朗のCMが大炎上、公開後数時間で削除されるという情けない事件があったばかり。僕が写真を好きになったころは「キャンディド・フォト」なんて便利な言葉があったものだが、「出会い頭に勝手に撮る」という行為は、いまやなかなか難しい時代になってきた。僕自身も無許可撮影になってしまうことが少なくないので、今回の炎上は他人事ではない。相手が嫌がってるのに無言で逃げるというのはナシでしょ、というのが素直な感想だが、このジャンルにはニューヨークの悪名高いスナップシューター、ブルース・ギルデン(Bruce Gilden)という先人がいるので、イラつきたいひとは検索してみてください。


そういう旧世代のスナップ・フォトグラファーが生きづらい世の中にあって、オカダさんがきちんとしてるなあと思うのは、「相手にわかるように撮る」というスタンスだ。

2008年というからもう10年以上続けている東京周辺のスナップ写真を彼女は「©TOKYO」と名づけているが、被写体との向き合い方について、こんなことを書いていた――

私の作品に写っている人物はまったくの他人です。昨今問題になっている肖像権やプライバシー権の問題に抵触する恐れのある作品であります。だからこそ「ただ面白い一瞬がありました」という理由だけで発表してはいけません。“決定的瞬間”以上の“なにか”を人に観てもらうためにはどうしたらいいのか、日々模索しております。

私が「©TOKYO」を発表するにあたって自分に課すルールが大きく2つあります。

一つは私が撮影していることを、その場の誰かはわかるようにシャッターを切ることです。道行く知らない人たちを撮影することはとても怖いです。だからといって相手に気付かれないように撮影することは盗難や暴力と変わりません。


撮影機材は大きめのデジタル一眼レフカメラに50mmの単焦点レンズをメインに使っています。カメラは常に首からぶら下げ、持ち運ばない日はありません。映しだされた写真の距離は被写体と私のほぼリアルな立ち位置です。撮影中は当然目立つのですがシャッターチャンスを逃さないために、また私が撮影しているということを被写体の人たちにわかってもらうためにもこのスタイルでいます。

被写体の人々の大半は撮られたことを知りながらも私を無視して通り過ぎて行きます。もちろん中には注意をする方もいらっしゃいます。その場合はきちんと事情を説明し誠心こめて謝罪します。写真を使わせてもらえる許可をいただけなかった場合はその場でデータを消し一緒に確認してもらっています。

これからスナップ写真は難しい境地に立たせられていきます。秘密保護法、表現の自由の抑制、インターネット普及によるプライバシー権と肖像権の定義の曖昧さによる侵害…。個人の価値を尊重すべきなのか表現の自由を重きにとるべきなのか、それは未だ明確な線引きがしづらく誰も正解にたどり着けていない問題です。私たちスナップ写真家は情勢を見て、少しずつ発表の仕方を調整していかなければならない時代になってきました。スナップ写真を撮れなくなってしまう可能性の実現、それを私は一番恐れています。

今あるこの瞬間を見返すのはずっと将来の人たちであること。歴史的価値のある写真を目指しているわけでは決してありませんが、ここにあった事実のほんの小さな小さな証明の一枚でありたいと撮影しています。


こんなふうに被写体と、目の前に一瞬あらわれ消えていく情景を、いつも首から提げている一眼レフで掬い取ってきたオカダさんの新作群につけられた名前は「やさしくやさしく閉じてください」。東京オリンピックが終わったあとの(にわかに情勢不透明になってきたが)、ピークを過ぎた東京を待ち受ける未来への思いを込めてつけたタイトルだという。ちなみに発想の元になったのは、スナップに歩いていて小学校の門に貼ってあった貼り紙――

通用門は
やさしく
 やさしく
閉めてください

なのだそう。個展と同時に1年ぶりの新作写真集もリリースされるが、それも見本帖のようにページの片隅を止めただけのつくり。「ふつうの本みたいにパタッと閉じてほしくなくて」、そんなかたちにしたのだとか。


最初に会ったときから変わらず、ふだんは不動産の写真を撮る仕事で首都圏を歩きまわりながら、好きなときに好きな場所で、好きな瞬間だけを切り取り集めつづける――あくまでも無理なく、そして誠実に日々を生きる彼女の視線を、プリントから滲み出る温かみと一緒に共有していただきたい。


オカダキサラ個展 やさしくやさしく閉じてください
4月8日(水)~25日(土)
@馬喰町KKAG 日月火休廊
https://facebook.com/KiyoyukiKuwabaraAG

オカダキサラ 公式サイト:
https://kisara63.wixsite.com/okadakisara
https://instagram.com/okadakisara/

[やさしくやさしく閉じてください 誌上作品展]














































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ROADSIDE LIBRARY
天野裕氏 写真集『わたしたちがいたところ』
(PDFフォーマット)

ロードサイダーズではおなじみの写真家・天野裕氏による初の電子書籍。というか印刷版を含めて初めて一般に販売される作品集です。

本書は、定価10万円(税込み11万円)というかなり高価な一冊です。そして『わたしたちがいたところ』は完成された書籍ではなく、開かれた電子書籍です。購入していただいたあと、いまも旅を続けながら写真を撮り続ける天野裕氏のもとに新作が貯まった時点で、それを「2024年度の追加作品集」のようなかたちで、ご指定のメールアドレスまで送らせていただきます。

旅するごとに、だれかと出会いシャッターを押すごとに、読者のみなさんと一緒に拡がりつづける時間と空間の痕跡、残香、傷痕……そんなふうに『わたしたちがいたところ』とお付き合いいただけたらと願っています。

特設販売サイトへ


ROADSIDE LIBRARY vol.006
BED SIDE MUSIC――めくるめくお色気レコジャケ宇宙(PDFフォーマット)

稀代のレコード・コレクターでもある山口‘Gucci’佳宏氏が長年収集してきた、「お色気たっぷりのレコードジャケットに収められた和製インストルメンタル・ミュージック」という、キワモノ中のキワモノ・コレクション。

1960年代から70年代初期にかけて各レコード会社から無数にリリースされ、いつのまにか跡形もなく消えてしまった、「夜のムードを高める」ためのインスト・レコードという音楽ジャンルがあった。アルバム、シングル盤あわせて855枚! その表ジャケットはもちろん、裏ジャケ、表裏見開き(けっこうダブルジャケット仕様が多かった)、さらには歌詞・解説カードにオマケポスターまで、とにかくあるものすべてを撮影。画像数2660カットという、印刷本ではぜったいに不可能なコンプリート・アーカイブです!

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ROADSIDE LIBRARY vol.005
渋谷残酷劇場(PDFフォーマット)

プロのアーティストではなく、シロウトの手になる、だからこそ純粋な思いがこめられた血みどろの彫刻群。

これまでのロードサイド・ライブラリーと同じくPDF形式で全289ページ(833MB)。展覧会ではコラージュした壁画として展示した、もとの写真280点以上を高解像度で収録。もちろんコピープロテクトなし! そして同じく会場で常時上映中の日本、台湾、タイの動画3本も完全収録しています。DVD-R版については、最近ではもはや家にDVDスロットつきのパソコンがない!というかたもいらっしゃると思うので、パッケージ内には全内容をダウンロードできるQRコードも入れてます。

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ROADSIDE LIBRARY vol.004
TOKYO STYLE(PDFフォーマット)

書籍版では掲載できなかった別カットもほとんどすべて収録してあるので、これは我が家のフィルム収納箱そのものと言ってもいい

電子書籍版『TOKYO STYLE』の最大の特徴は「拡大」にある。キーボードで、あるいは指先でズームアップしてもらえれば、机の上のカセットテープの曲目リストや、本棚に詰め込まれた本の題名もかなりの確度で読み取ることができる。他人の生活を覗き見する楽しみが『TOKYO STYLE』の本質だとすれば、電書版の「拡大」とはその密やかな楽しみを倍加させる「覗き込み」の快感なのだ――どんなに高価で精巧な印刷でも、本のかたちではけっして得ることのできない。

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ROADSIDE LIBRARY vol.003
おんなのアルバム キャバレー・ベラミの踊り子たち(PDFフォーマット)

伝説のグランドキャバレー・ベラミ・・・そのステージを飾った踊り子、芸人たちの写真コレクション・アルバムがついに完成!

かつて日本一の石炭積み出し港だった北九州市若松で、華やかな夜を演出したグランドキャバレー・ベラミ。元従業員寮から発掘された営業用写真、およそ1400枚をすべて高解像度スキャンして掲載しました。データサイズ・約2ギガバイト! メガ・ボリュームのダウンロード版/USB版デジタル写真集です。
ベラミ30年間の歴史をたどる調査資料も完全掲載。さらに写真と共に発掘された当時の8ミリ映像が、動画ファイルとしてご覧いただけます。昭和のキャバレー世界をビジュアルで体感できる、これ以上の画像資料はどこにもないはず! マンボ、ジャズ、ボサノバ、サイケデリック・ロック・・・お好きな音楽をBGMに流しながら、たっぷりお楽しみください。

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ROADSIDE LIBRARY vol.002
LOVE HOTEL(PDFフォーマット)

――ラブホの夢は夜ひらく

新風営法などでいま絶滅の危機に瀕しつつある、遊びごころあふれるラブホテルのインテリアを探し歩き、関東・関西エリア全28軒で撮影した73室! これは「エロの昭和スタイル」だ。もはや存在しないホテル、部屋も数多く収められた貴重なデザイン遺産資料。『秘宝館』と同じく、書籍版よりも大幅にカット数を増やし、オリジナルのフィルム版をデジタル・リマスターした高解像度データで、ディテールの拡大もお楽しみください。
円形ベッド、鏡張りの壁や天井、虹色のシャギー・カーペット・・・日本人の血と吐息を桃色に染めあげる、禁断のインテリアデザイン・エレメントのほとんどすべてが、ここにある!

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ROADSIDE LIBRARY vol.001
秘宝館(PDFフォーマット)

――秘宝よ永遠に

1993年から2015年まで、20年間以上にわたって取材してきた秘宝館。北海道から九州嬉野まで11館の写真を網羅し、書籍版では未収録のカットを大幅に加えた全777ページ、オールカラーの巨大画像資料集。
すべてのカットが拡大に耐えられるよう、777ページページで全1.8ギガのメガ・サイズ電書! 通常の電子書籍よりもはるかに高解像度のデータで、気になるディテールもクローズアップ可能です。
1990年代の撮影はフィルムだったため、今回は掲載するすべてのカットをスキャンし直した「オリジナルからのデジタル・リマスター」。これより詳しい秘宝館の本は存在しません!

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捨てられないTシャツ

70枚のTシャツと、70とおりの物語。
あなたにも〈捨てられないTシャツ〉ありませんか? あるある! と思い浮かんだあなたも、あるかなあと思ったあなたにも読んでほしい。読めば誰もが心に思い当たる「なんだか捨てられないTシャツ」を70枚集めました。そのTシャツと写真に持ち主のエピソードを添えた、今一番おシャレでイケてる(?)“Tシャツ・カタログ"であるとともに、Tシャツという現代の〈戦闘服〉をめぐる“ファッション・ノンフィクション"でもある最強の1冊。 70名それぞれのTシャツにまつわるエピソードは、時に爆笑あり、涙あり、ものすんごーい共感あり……読み出したら止まらない面白さです。

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圏外編集者

編集に「術」なんてない。
珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。
多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。
編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。

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書評2006-2014

こころがかゆいときに読んでください
「書評2006-2014」というサブタイトルのとおり、これは僕にとって『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(2008年)に続く、2冊めの書評集。ほぼ80冊分の書評というか、リポートが収められていて、巻末にはこれまで出してきた自分の本の(編集を担当した作品集などは除く)、ごく短い解題もつけてみた。
このなかの1冊でも2冊でも、みなさんの「こころの奥のかゆみ」をスッとさせてくれたら本望である。

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独居老人スタイル

あえて独居老人でいること。それは老いていくこの国で生きのびるための、きわめて有効なスタイルかもしれない。16人の魅力的な独居老人たちを取材・紹介する。
たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。

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ヒップホップの詩人たち

いちばん刺激的な音楽は路上に落ちている――。
咆哮する現代詩人の肖像。その音楽はストリートに生まれ、東京のメディアを遠く離れた場所から、先鋭的で豊かな世界を作り続けている。さあ出かけよう、日常を抜け出して、魂の叫びに耳を澄ませて――。パイオニアからアンダーグラウンド、気鋭の若手まで、ロングインタビュー&多数のリリックを収録。孤高の言葉を刻むラッパー15人のすべて。

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東京右半分

2012年、東京右傾化宣言!
この都市の、クリエイティブなパワー・バランスは、いま確実に東=右半分に移動しつつある。右曲がりの東京見聞録!
576ページ、図版点数1300点、取材箇所108ヶ所!

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東京スナック飲みある記
ママさんボトル入ります!

東京がひとつの宇宙だとすれば、スナック街はひとつの銀河系だ。
酒がこぼれ、歌が流れ、今夜もたくさんの人生がはじけるだろう、場末のミルキーウェイ。 東京23区に、23のスナック街を見つけて飲み歩く旅。 チドリ足でお付き合いください!

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