アウトサイダー・キュレーター日記 vol.45 丹 作造 (写真・文:櫛野展正)
蛇腹状に広げられた帳面の両面に描かれた絵画。手にとって広げると、苦悩の表情を浮かべる人々の顔がいくつも描かれている。片面は、1枚の壮大な絵巻になっており、つくり手の途方も無い情念のようなものさえ感じて…
art おかんアート村の住人たち 1 嶋暎子さんのこと |
おかげさまでオミクロンにも負けず、一部Twitter民の罵倒にも負けず、いまのところ開館を続けられている「Museum of Mom's Art ニッポン国おかんアート村」。しかしこの先どうなるか予断を許さないので、できたら早めに足を運んでいただけるとうれしいです。 |
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展示スペースは渋谷公園通りに面した交流スペースと、メインとなる建物奥の展示室1、それに典型的なおかんアートの枠には収まらない作家たちを3人集めた展示室2の特別展示「おかん宇宙のはぐれ星」で構成されている。今週の1回目は、新聞紙バッグと巨大なコラージュ作品の圧倒的なインパクトで大きな反響を呼んでいる「はぐれ星=ローンスター」の嶋暎子さんを紹介してみたい。嶋さんは長い制作歴を誇るアーティストだが、このように活動全般を俯瞰する記事はこれが初めてだと思う。興味を持っていただけたら。ぜひ展覧会場で実作品と対面してほしい。 |
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ひとつお断りしておきたいのは、1960年代から現在までのたくさんの作品をこれから見ていただくが、作品を撮影したりスキャンしたりで手一杯で、正確な制作年代やタイトルなどの調査が実はまったくできていない。そんな状態でお見せするのが申し訳なくもあるけれど、とりあえず展覧会を観賞する助けになればと思い、急いで配信することをお許しいただきたい。 |
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作家の名前も聞いたことがない、ギャラリーも行ったことがない、開催期間も1週間足らず……そういう小さな展覧会が、ふとSNSなどで目に留まることがあって、「聞いたことないし」「忙しいし」と行かない言い訳はいくらでもできるが、そこをむりやり足を運んでみると思わぬ発見に恵まれることがよくある。世田谷美術館分館・市民ギャラリーで2021年10月27日から31日まで5日間だけ開かれていた「紙の船 嶋暎子個展」もそんな発見と出会いの場になった。まず嶋暎子さんというお名前を知らなかったし、用賀の世田谷美術館はよく行くけれど、成城学園前にある分館は存在すら知らなかった。抽象画家・清川泰次のアトリエ兼住居の一部を改築して、2003年にオープンしている。 |
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区民ギャラリーという小さな部屋には、いっぽうの壁に新聞紙でつくったバッグが壁面いっぱいに飾られ、もういっぽうの壁には百号ほどの大きなキャンバス作品が並んでいた。細かなモザイク模様のように見えたその画面は、近づいてみると家、家具、宝石などチラシ広告を切り抜いた、おびただしい数の写真が貼り込まれたコラージュ作品なのだった! |
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会場の椅子に静かに座っている老婦人が嶋暎子さんで、なにくれとなく世話を焼いていたのが娘の裕子さん。SNSで展覧会を知ったひとたちが嶋さんを取り囲んで談笑が途切れず状態だったので、後日世田谷区内のご自宅を訪ねることに。結婚以来50年住んでいるという古風な一軒家で、作品をたくさん見せてもらいながらお話をうかがった。 |
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嶋暎子さんは1942(昭和17)年東京目黒生まれ、今年80歳になる。お父さんは兜町の証券マンだったが美術が好きで、やはり証券マンだったゴーギャンに自分をよく重ね合わせていたとか。家には『芸術新潮』などの美術雑誌がいつもあって、暎子さんも子どものころから愛読していた。お父さんが亡くなったときは、お棺の中にゴーギャンと佐伯祐三の絵を入れてあげたという。ちなみに暎子さんの妹は寺山修司をマネージャー、秘書として公私にわたって最後まで支えてきた田中未知さんである。 |
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高校を卒業したあと、三菱鉱業(現在の三菱マテリアル)で、データ入力のキーパンチャーをやってました。 |
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三菱鉱業にいたころから、絵の会に入って油絵を描いてたんですが、入選させるために先生の手が入ったりするのがイヤで。それで貼り絵を1963年の第16回勤労者美術展というのに出しまして(現在も開催中、2021年で63回)、それからは油絵はやらないでずっと貼り絵でしたね。 |
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貼り絵は高校時代から好きでやっていて、学校から帰ってきてから家でつくってたんですね。まだ当時のスケッチブックがたくさん取ってあります。父が買っていた『芸術新潮』でマチスやピカソの切り絵とかを見ながら。山下清の大きな展覧会も見ましたし、詩を書くのが好きだったので、自分の詩とか、若山牧水の詩とかを貼り絵と組み合わせてみたり。個展の案内ハガキも、ぜんぶ手貼りだったんですよ。映画が好きだったから、フェリーニの「8 1/2」の数字を真似てみたりして。 |
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1970年、大阪万博の年に長女が産まれて、出産を機に退職しました。仕事と子育ての両立が難しかったのもあって。しばらく育児に専念したあと、5年ほどして三陽工芸というビジネスフォーム専門の版下会社に就職するんです。自分にはデザイン力はないけど、版下の技術を学べるかなと。文字や図を手描きして、切り抜いて台紙に貼ったり、緻密な手作業なんですが、なんだか性に合って。その会社で5年ほど働いたあとフリーになって、1979年から96年ごろまで、ずっと家で版下の仕事を受けてました。辞めようと思ったのは、そのころ50代になって体調もあまり良くなかったし、印刷工程がコンピュータに取って代わられるようになってきたので、そろそろ潮時かと。 |
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でもね、美術団体っていろいろ窮屈なところがありますよね。いつも同じひとが賞を取ったり、審査員の独断だったり、お金の面でもいろいろあったり……そういうことがわかってきて、2005年に損保ジャパン美術財団選抜奨励展という公募展で、会とは関係ない、外部の審査員が私の作品を押してくれたんです。それで評価をいただいた気持ちになって、会を脱退することにしました。わたしのは紙の作品ですから、紙というだけで工芸部に入れられてしまったんですが、ほかのひとは漆塗りの壺とかだし。伝統工芸のなかですごく違和感があって。絵画と工芸のあいだの、どこに自分の作品の置き場所があるのだろうって。 |
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2018年に個展「東京ビオトープ」をやったのが、世田谷美術館の区民ギャラリーでの1回目。ほんとはそのあともやりたかったんですが、抽選に当たらなくて。 |
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新聞バッグって封筒みたいな平面じゃなくて立体だから、最初はちょっと難しいところがあるんですよね。そしたら娘がインターネットで、高知の四万十のかたたちがつくっている新聞バッグのワークショップを見つけてきたんです。朝市のおばあさんたちが使っていたバッグらしくて。ただ、その四万十バッグは講習を受けて免状をもらってインストラクターになれる、みたいなシステムでちょっとややこしいなと。それでいろいろ調べながら、自分でつくってみることにしました。いざやってみると、角をピシッと出したり、気に入った写真が表に出るようにするとか、いろいろ難しいんですけどね。 |
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最終的に400近くできて、展覧会場に飾れたのは三分の一くらいなんですけど、新聞バッグをつくってるひとはいっぱいいるので、これは日記にはなるけど作品になるのかなと悩んだりもしました。あと、前に世田谷のアートフリマとかに出したこともあるんですが、すごく買い叩かれて。100円なら買うよ、とか。それで今回値段を付けるときも、どうしたらいいのか考えて、コラージュをひとつずつあしらった値札をバッグに付けたり。それも、言わないと手貼りとはわかってもらえないので、「すぐ使うから値札はいらないよ」とか言われちゃったりしたし。まあ新聞紙なら使ったあとも資源ゴミになると思って。アートなのか、ゴミなのか微妙ですけど(笑)。 |
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これまで開いてきた嶋さんの個展には、どんなひとたちが観に来たんだろうと気になって聞いてみたら、「お友だち関係とか、半分同窓会みたいで……。それが今回になって、娘の友だちがSNSで書いてくれたらすごく広がって、いままでとはちがう若い人たちが来て「ヤバイ!」って喜んでくれたんです。知り合いだからじゃなくて、作品を評価してもらえたのは今回が初めてなんです!」と言う。 |
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会期がたった5日間、しかも終了2日前とかにたまたまSNSで知って、むりやり駆けつけて出会えた嶋暎子さん。幸運な偶然が重なって知ることができて、それはうれしかったけれど、もしかしたらこんな埋もれた才能が全国に無数にあって、一瞬きらめいて、また見えないところに潜ってしまう――そんな可能性を思うと背筋が寒くもなった。 |
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Museum of Mom's Art ニッポン国おかんアート村 |
[嶋暎子 貼り絵、切り絵、コラージュ……誌上展覧会] |
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ロードサイダーズではおなじみの写真家・天野裕氏による初の電子書籍。というか印刷版を含めて初めて一般に販売される作品集です。
本書は、定価10万円(税込み11万円)というかなり高価な一冊です。そして『わたしたちがいたところ』は完成された書籍ではなく、開かれた電子書籍です。購入していただいたあと、いまも旅を続けながら写真を撮り続ける天野裕氏のもとに新作が貯まった時点で、それを「2024年度の追加作品集」のようなかたちで、ご指定のメールアドレスまで送らせていただきます。
旅するごとに、だれかと出会いシャッターを押すごとに、読者のみなさんと一緒に拡がりつづける時間と空間の痕跡、残香、傷痕……そんなふうに『わたしたちがいたところ』とお付き合いいただけたらと願っています。
稀代のレコード・コレクターでもある山口‘Gucci’佳宏氏が長年収集してきた、「お色気たっぷりのレコードジャケットに収められた和製インストルメンタル・ミュージック」という、キワモノ中のキワモノ・コレクション。
1960年代から70年代初期にかけて各レコード会社から無数にリリースされ、いつのまにか跡形もなく消えてしまった、「夜のムードを高める」ためのインスト・レコードという音楽ジャンルがあった。アルバム、シングル盤あわせて855枚! その表ジャケットはもちろん、裏ジャケ、表裏見開き(けっこうダブルジャケット仕様が多かった)、さらには歌詞・解説カードにオマケポスターまで、とにかくあるものすべてを撮影。画像数2660カットという、印刷本ではぜったいに不可能なコンプリート・アーカイブです!
プロのアーティストではなく、シロウトの手になる、だからこそ純粋な思いがこめられた血みどろの彫刻群。
これまでのロードサイド・ライブラリーと同じくPDF形式で全289ページ(833MB)。展覧会ではコラージュした壁画として展示した、もとの写真280点以上を高解像度で収録。もちろんコピープロテクトなし! そして同じく会場で常時上映中の日本、台湾、タイの動画3本も完全収録しています。DVD-R版については、最近ではもはや家にDVDスロットつきのパソコンがない!というかたもいらっしゃると思うので、パッケージ内には全内容をダウンロードできるQRコードも入れてます。
書籍版では掲載できなかった別カットもほとんどすべて収録してあるので、これは我が家のフィルム収納箱そのものと言ってもいい
電子書籍版『TOKYO STYLE』の最大の特徴は「拡大」にある。キーボードで、あるいは指先でズームアップしてもらえれば、机の上のカセットテープの曲目リストや、本棚に詰め込まれた本の題名もかなりの確度で読み取ることができる。他人の生活を覗き見する楽しみが『TOKYO STYLE』の本質だとすれば、電書版の「拡大」とはその密やかな楽しみを倍加させる「覗き込み」の快感なのだ――どんなに高価で精巧な印刷でも、本のかたちではけっして得ることのできない。
伝説のグランドキャバレー・ベラミ・・・そのステージを飾った踊り子、芸人たちの写真コレクション・アルバムがついに完成!
かつて日本一の石炭積み出し港だった北九州市若松で、華やかな夜を演出したグランドキャバレー・ベラミ。元従業員寮から発掘された営業用写真、およそ1400枚をすべて高解像度スキャンして掲載しました。データサイズ・約2ギガバイト! メガ・ボリュームのダウンロード版/USB版デジタル写真集です。
ベラミ30年間の歴史をたどる調査資料も完全掲載。さらに写真と共に発掘された当時の8ミリ映像が、動画ファイルとしてご覧いただけます。昭和のキャバレー世界をビジュアルで体感できる、これ以上の画像資料はどこにもないはず! マンボ、ジャズ、ボサノバ、サイケデリック・ロック・・・お好きな音楽をBGMに流しながら、たっぷりお楽しみください。
――ラブホの夢は夜ひらく
新風営法などでいま絶滅の危機に瀕しつつある、遊びごころあふれるラブホテルのインテリアを探し歩き、関東・関西エリア全28軒で撮影した73室! これは「エロの昭和スタイル」だ。もはや存在しないホテル、部屋も数多く収められた貴重なデザイン遺産資料。『秘宝館』と同じく、書籍版よりも大幅にカット数を増やし、オリジナルのフィルム版をデジタル・リマスターした高解像度データで、ディテールの拡大もお楽しみください。
円形ベッド、鏡張りの壁や天井、虹色のシャギー・カーペット・・・日本人の血と吐息を桃色に染めあげる、禁断のインテリアデザイン・エレメントのほとんどすべてが、ここにある!
――秘宝よ永遠に
1993年から2015年まで、20年間以上にわたって取材してきた秘宝館。北海道から九州嬉野まで11館の写真を網羅し、書籍版では未収録のカットを大幅に加えた全777ページ、オールカラーの巨大画像資料集。
すべてのカットが拡大に耐えられるよう、777ページページで全1.8ギガのメガ・サイズ電書! 通常の電子書籍よりもはるかに高解像度のデータで、気になるディテールもクローズアップ可能です。
1990年代の撮影はフィルムだったため、今回は掲載するすべてのカットをスキャンし直した「オリジナルからのデジタル・リマスター」。これより詳しい秘宝館の本は存在しません!
70枚のTシャツと、70とおりの物語。
あなたにも〈捨てられないTシャツ〉ありませんか? あるある! と思い浮かんだあなたも、あるかなあと思ったあなたにも読んでほしい。読めば誰もが心に思い当たる「なんだか捨てられないTシャツ」を70枚集めました。そのTシャツと写真に持ち主のエピソードを添えた、今一番おシャレでイケてる(?)“Tシャツ・カタログ"であるとともに、Tシャツという現代の〈戦闘服〉をめぐる“ファッション・ノンフィクション"でもある最強の1冊。 70名それぞれのTシャツにまつわるエピソードは、時に爆笑あり、涙あり、ものすんごーい共感あり……読み出したら止まらない面白さです。
編集に「術」なんてない。
珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。
多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。
編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。
こころがかゆいときに読んでください
「書評2006-2014」というサブタイトルのとおり、これは僕にとって『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(2008年)に続く、2冊めの書評集。ほぼ80冊分の書評というか、リポートが収められていて、巻末にはこれまで出してきた自分の本の(編集を担当した作品集などは除く)、ごく短い解題もつけてみた。
このなかの1冊でも2冊でも、みなさんの「こころの奥のかゆみ」をスッとさせてくれたら本望である。
あえて独居老人でいること。それは老いていくこの国で生きのびるための、きわめて有効なスタイルかもしれない。16人の魅力的な独居老人たちを取材・紹介する。
たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。
いちばん刺激的な音楽は路上に落ちている――。
咆哮する現代詩人の肖像。その音楽はストリートに生まれ、東京のメディアを遠く離れた場所から、先鋭的で豊かな世界を作り続けている。さあ出かけよう、日常を抜け出して、魂の叫びに耳を澄ませて――。パイオニアからアンダーグラウンド、気鋭の若手まで、ロングインタビュー&多数のリリックを収録。孤高の言葉を刻むラッパー15人のすべて。
2012年、東京右傾化宣言!
この都市の、クリエイティブなパワー・バランスは、いま確実に東=右半分に移動しつつある。右曲がりの東京見聞録!
576ページ、図版点数1300点、取材箇所108ヶ所!