大阪ミナミの銀河系――味園をめぐる物語 第4回 味園大宇宙からの天啓 (文・写真提供:COSMIC LAB)
いきなりですが、遂に7月5日(土)をもって70年近くに渡る味園ユニバースビルの営業が終了します。その最後の日に味園ユニバースでの特別イベントを我々が主催させて頂きます。2000年代初頭に味園ビルの新時…
design 世界を桃色に染めて――本宮映画劇場ポスター・コレクション1 |
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去年8月、筑摩書房のウェブマガジン連載『独居老人スタイル』(12月19日単行本発売!)で取り上げた福島県本宮市の、奇跡の映画館・本宮映画劇場と、館主の田村修司さんの物語を、本メルマガ読者のみなさんはお読みいただけただろうか――。 |
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福島県郡山市からJR東北本線で、ほんの15分ばかり。本宮駅を中心に広がる本宮市は、2007年に本宮町と白沢村が合併して誕生した。人口3万人ほど、福島県内で最も小さい市である。駅前に降り立っても、目の前に広がるのは10分かそこらで歩き回れてしまう、長く長く眠り続けているように静かな街並みだけだ。 |
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そんな街並みの奥に分け入っていくと、いきなりあらわれる、褪せたピンク色の巨大木造建造物。これが1963(昭和38)年に閉館してもうすぐ50年でありながら、閉館当時の姿をそのまま残している「本宮映画劇場」だ。そしてそれは館主・田村修司さんの半世紀にわたる、孤独な闘いがもたらした奇跡の戦果でもある。なにしろ49年前の閉館以来、館主だった田村さんはまったく再開の見込みもないまま、旧式な映写機をメンテナンスしつづけ、館内を掃き清めつづけ、たったひとり、いつでも映画を映せる状態に劇場を保ちつづけてきたのだから。想像に難くない、町民からの無関心や嘲笑揶揄に耐えながら。 |
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本宮の町が映画館というものを失ってずいぶんたつ。ひとびとは郊外のシネコンに通うようになり、映画の上映方式もデジタルが主流になり、1936(昭和11)年生まれの田村さんも76歳になって、再開の見込みがたたなくなった現在でも、田村さんは映写機に火を入れ、油をくれ、館内を掃除して回ることを止めようとしない。 |
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4年前の平成20年、45年ぶりに町のひとびとに奇跡的に「発見」され、上映会が開かれたものの、それからもこの劇場にひとが集まるのは年に何度もない。それでも田村さんは映写機を撫でてはうれしそうに微笑んでいるし、家でもヒマさえあればフィルムをつぎはぎして、自分だけのミックス・テープならぬミックス・プログラムを編集している。 |
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取材時に田村さんから見せてもらった秘蔵ポスター&チラシ・コレクションは記事中でたっぷり紹介したが、今年9月に開催された『アサコレ ASAKUSA COLLECTION』で、さらなる秘蔵コレクションの一部が公開された。「まだこんなにあったんだ!」と衝撃を受けた僕は、取るものもとりあえず本宮を再訪。去年の取材では見ることのできなかった、ウルトラディープなポスター・コレクションに対面し、しばし言葉を失いつつ、汗みどろで複写に没頭した。 |
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ロードサイダーズ・ウィークリーでは今週から3回にわたって、おもに1960年代に一瞬の毒花を咲かせた、無名の映画ポスターの傑作群をご紹介する。コンピュータどころか、デザイナーすら不在の状況で、弱小プロダクションの社長と印刷屋のオヤジによって生み出され、瞬時に忘れ去られていった、異形のグラフィック。欲望と妄想がそのまま紙面にぶちまけられた、フリチンのデザイン・パワーに打ちのめされていただきたい。 |
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「ピンク映画」という言葉はもちろん日本製の造語で(英語ではブルーフィルム)、その始まりは1962(昭和37)年の『肉体の市場』だと言われている。すでにいまから半世紀以上前の出来事だ。 |
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「ピンク映画」の名付け親は、当時夕刊紙『内外タイムス』の文化芸能部記者だった村井実さん。惜しくも2004年に他界されているが、著書『はだかの夢年代記 ぼくのピンク映画史』(大和書房 '89)によれば、1963年の『情欲の洞窟』ロケ取材記を書くにあたって、「ブルーフィルムではなくて、セックス描写は、まあ、ピンク色の程度の映画、という意味だった」という、わかったようなわからないような(笑)説明をされているが、それ以降「ピンク」という色名は、すべての日本人にとって「エロ」と切り離せないニュアンスを秘めた単語になってしまったのだから、その功績は大きい。 |
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日本の映画産業のピークは1960年だと言われている。この年、全国には7400館を越える映画館があった。以後だんだん館数が減っていくのだが、ピンク映画が生まれ、花開いたのは、こうした時期でもあった。そのあたりの事情を『はだかの夢年代記』から、少し長くなるが抜粋引用させていただくと―― |
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ぼくがピンク映画の名付け親になった1963年には、ピンク映画の製作本数はまだ20本足らずだった。翌年にはそれが60本ほどになった。そして、つぎの年、1965年には、なんと200本近くに急増した。つまり1963年、64年、65年と、一年ごとに3倍に増えていったわけで、ちょっとすごい話だと思う。 |
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そこで、つぎからつぎへと製作プロダクションが生まれた。1965年当時、どんなプロダクションがあったか、名前を列記してみよう。 |
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ほんとにいやはや、現代のインディーズ音楽レーベルを列挙するのに近い感覚がある。こうした映画は、むろんメジャー5社の作品に較べてフィルム・レンタル料(いわゆる「写真料金」)も安かったから、とりわけ観客減にあえぐ地方の三番館、四番館――映画評論家・鈴木義昭さんの言う「和製グラインドハウス」――にとっては、欠かせない存在になっていった。50年の時を超えて、日活ロマンポルノなどのメジャー作品とともに本宮映画劇場に残されたピンク映画ポスターの数々は、そうした末端の映画館がいかにサヴァイヴしてきたか、その苦闘の証でもある。 |
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『ねこと人間と性』『私は後悔しない』『水中裸の浮世絵 蛇魂』『暴行拷問私刑秘史 赤い門』『処女無残』『性の神々』・・・まさしく和製セクスプロいテーション映画としか形容しようのない、インディーズ魂が炸裂するタイトルとグラフィック! ポスターに書き連ねられた説明を、いくら読んでもほとんど意味不明な究極の抽象性!――『ねこと人間と性』の、「1)猫の性教育 2)ケロイドと性菌ノイローゼ 3)出産とデホルメ 4)早期暴発時代」って、いったいなんなんだ! |
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田村さんによれば、内外フィルムは業界内でもよく知られた存在だったという・・・作品の質ではなく、その特異性で――。 |
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内外フィルムは山岡(哲郎)さんっていうおじさんがやってたの。普通は映画って、営業マンがセールスに来るんだけど、内外フィルムはぜんぶ手紙なんだね。本人はぜったい顔を見せない。それで一日に50通ぐらい、手紙を書きまくるんだ、こんな作品があるのでどうですかって。 |
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それで10回に1回ぐらいは「もしかしたら」って思って借りてみるんだけど、やっぱりつまんないんだね(笑)。だからもちろん、東京の映画館は相手にしないから、もっぱら地方の三流映画館だけ、取引すんのは。借りるとね、上映1週間前に代金を送金するか、本宮駅に代金引換でフィルムが届くんだよね。 |
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この『ねこと人間と性』ってのは、新東宝で『性と人間』(昭和35年、続編も翌年つくられた)っていう性教育映画が大ヒットしたんで、たぶんそれでつくったんだね(笑)。 |
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「成人映画は内容よりポスターでみんな判断するんだから!」と言い切る田村さんのコレクションには、いわゆるピンク映画のほかに、女子プロレス映画、ストリップ映画なども多数存在している。アクション映画2本立てに、15分ほどのストリップ映画をカップリングで上映したり、女子プロ映画と、女子や小人プロレスの実演を組み合わせたり、さらには夜10時ごろからストリップの実演ステージまで設けてみたり。古き良き和製グラインドハウスの雰囲気を堪能していただくべく、来週はさらに驚愕の、ポスターから見るインディーズ映画宇宙にどっぷり浸っていただこう。 |
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そしてこちらも! 『旅する映写機』上映案内 |
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本宮映画劇場には、現在では非常に珍しいカーボン式映写機が完全な状態で整備保存されているが、その映写機を含む、全国各地の映画館と映写機と「映画館のある町」を訪ね歩いたドキュメンタリー映画『旅する映写機』が完成、今週から東京でも上映が始まっている(ポレポレ東中野、また今週末からは名古屋シネマスコーレでも)。 |
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日本で一番古い映写機を尋ねてみたい! 1台の映写機を使って行われる"流し込み"という神業を撮りたい! 映写機のメンテナンスを見てみたい! 思いを形にするべく、映写機を尋ねる旅が始まりました。そして、映写機を尋ねる旅は、映画館を尋ねる旅になり、映画館のある町を尋ねる旅になりました・・・。 |
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本宮映画劇場と田村修司さんをめぐる物語は、もうすぐ発売になる『独居老人スタイル』でも詳しく紹介しているので、あわせてご覧いただき、名もなき人々の映画愛に涙していただきたい。 |
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いきなりですが、遂に7月5日(土)をもって70年近くに渡る味園ユニバースビルの営業が終了します。その最後の日に味園ユニバースでの特別イベントを我々が主催させて頂きます。2000年代初頭に味園ビルの新時…
いまから10数年前、スナック文化発掘に夢中になって、東京の夜の街をあちこち呑み歩き、『東京スナック魅酒乱 天国は水割りの味がする』を出版(2010年、廣済堂出版刊)。そのとき知り合ったのが浜里堅太郎さ…
美大の学生や卒業生以外にはあまり知られていないと思うが、「三菱化学ジュニアデザイナーアワード」という公募展がある。現在の協賛企業である三菱化学、三菱ケミカルホールディングスの前に、タバコのラッキースト…
チラシ、それはアンダーグラウンドな世界へと誘う、みちしるべ…。 1985年、テクノやニューウェーブに夢中だった高校一年生のときに見に行った東京グランギニョルの「マーキュロ」という舞台に衝撃を受け…
英語の解説まで充実『盆踊りの世界』/2003年~2017年 運営期間14年 放置期間0年/全国には500以上の伝統的な盆踊りがあるらしいのだが、そのうち200近くを紹介したサイト。「詳細ガイド」で各地…

ロードサイダーズではおなじみの写真家・天野裕氏による初の電子書籍。というか印刷版を含めて初めて一般に販売される作品集です。
本書は、定価10万円(税込み11万円)というかなり高価な一冊です。そして『わたしたちがいたところ』は完成された書籍ではなく、開かれた電子書籍です。購入していただいたあと、いまも旅を続けながら写真を撮り続ける天野裕氏のもとに新作が貯まった時点で、それを「2024年度の追加作品集」のようなかたちで、ご指定のメールアドレスまで送らせていただきます。
旅するごとに、だれかと出会いシャッターを押すごとに、読者のみなさんと一緒に拡がりつづける時間と空間の痕跡、残香、傷痕……そんなふうに『わたしたちがいたところ』とお付き合いいただけたらと願っています。

稀代のレコード・コレクターでもある山口‘Gucci’佳宏氏が長年収集してきた、「お色気たっぷりのレコードジャケットに収められた和製インストルメンタル・ミュージック」という、キワモノ中のキワモノ・コレクション。
1960年代から70年代初期にかけて各レコード会社から無数にリリースされ、いつのまにか跡形もなく消えてしまった、「夜のムードを高める」ためのインスト・レコードという音楽ジャンルがあった。アルバム、シングル盤あわせて855枚! その表ジャケットはもちろん、裏ジャケ、表裏見開き(けっこうダブルジャケット仕様が多かった)、さらには歌詞・解説カードにオマケポスターまで、とにかくあるものすべてを撮影。画像数2660カットという、印刷本ではぜったいに不可能なコンプリート・アーカイブです!

プロのアーティストではなく、シロウトの手になる、だからこそ純粋な思いがこめられた血みどろの彫刻群。
これまでのロードサイド・ライブラリーと同じくPDF形式で全289ページ(833MB)。展覧会ではコラージュした壁画として展示した、もとの写真280点以上を高解像度で収録。もちろんコピープロテクトなし! そして同じく会場で常時上映中の日本、台湾、タイの動画3本も完全収録しています。DVD-R版については、最近ではもはや家にDVDスロットつきのパソコンがない!というかたもいらっしゃると思うので、パッケージ内には全内容をダウンロードできるQRコードも入れてます。

書籍版では掲載できなかった別カットもほとんどすべて収録してあるので、これは我が家のフィルム収納箱そのものと言ってもいい
電子書籍版『TOKYO STYLE』の最大の特徴は「拡大」にある。キーボードで、あるいは指先でズームアップしてもらえれば、机の上のカセットテープの曲目リストや、本棚に詰め込まれた本の題名もかなりの確度で読み取ることができる。他人の生活を覗き見する楽しみが『TOKYO STYLE』の本質だとすれば、電書版の「拡大」とはその密やかな楽しみを倍加させる「覗き込み」の快感なのだ――どんなに高価で精巧な印刷でも、本のかたちではけっして得ることのできない。

伝説のグランドキャバレー・ベラミ・・・そのステージを飾った踊り子、芸人たちの写真コレクション・アルバムがついに完成!
かつて日本一の石炭積み出し港だった北九州市若松で、華やかな夜を演出したグランドキャバレー・ベラミ。元従業員寮から発掘された営業用写真、およそ1400枚をすべて高解像度スキャンして掲載しました。データサイズ・約2ギガバイト! メガ・ボリュームのダウンロード版/USB版デジタル写真集です。
ベラミ30年間の歴史をたどる調査資料も完全掲載。さらに写真と共に発掘された当時の8ミリ映像が、動画ファイルとしてご覧いただけます。昭和のキャバレー世界をビジュアルで体感できる、これ以上の画像資料はどこにもないはず! マンボ、ジャズ、ボサノバ、サイケデリック・ロック・・・お好きな音楽をBGMに流しながら、たっぷりお楽しみください。

――ラブホの夢は夜ひらく
新風営法などでいま絶滅の危機に瀕しつつある、遊びごころあふれるラブホテルのインテリアを探し歩き、関東・関西エリア全28軒で撮影した73室! これは「エロの昭和スタイル」だ。もはや存在しないホテル、部屋も数多く収められた貴重なデザイン遺産資料。『秘宝館』と同じく、書籍版よりも大幅にカット数を増やし、オリジナルのフィルム版をデジタル・リマスターした高解像度データで、ディテールの拡大もお楽しみください。
円形ベッド、鏡張りの壁や天井、虹色のシャギー・カーペット・・・日本人の血と吐息を桃色に染めあげる、禁断のインテリアデザイン・エレメントのほとんどすべてが、ここにある!

――秘宝よ永遠に
1993年から2015年まで、20年間以上にわたって取材してきた秘宝館。北海道から九州嬉野まで11館の写真を網羅し、書籍版では未収録のカットを大幅に加えた全777ページ、オールカラーの巨大画像資料集。
すべてのカットが拡大に耐えられるよう、777ページページで全1.8ギガのメガ・サイズ電書! 通常の電子書籍よりもはるかに高解像度のデータで、気になるディテールもクローズアップ可能です。
1990年代の撮影はフィルムだったため、今回は掲載するすべてのカットをスキャンし直した「オリジナルからのデジタル・リマスター」。これより詳しい秘宝館の本は存在しません!

70枚のTシャツと、70とおりの物語。
あなたにも〈捨てられないTシャツ〉ありませんか? あるある! と思い浮かんだあなたも、あるかなあと思ったあなたにも読んでほしい。読めば誰もが心に思い当たる「なんだか捨てられないTシャツ」を70枚集めました。そのTシャツと写真に持ち主のエピソードを添えた、今一番おシャレでイケてる(?)“Tシャツ・カタログ"であるとともに、Tシャツという現代の〈戦闘服〉をめぐる“ファッション・ノンフィクション"でもある最強の1冊。 70名それぞれのTシャツにまつわるエピソードは、時に爆笑あり、涙あり、ものすんごーい共感あり……読み出したら止まらない面白さです。

編集に「術」なんてない。
珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。
多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。
編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。

こころがかゆいときに読んでください
「書評2006-2014」というサブタイトルのとおり、これは僕にとって『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(2008年)に続く、2冊めの書評集。ほぼ80冊分の書評というか、リポートが収められていて、巻末にはこれまで出してきた自分の本の(編集を担当した作品集などは除く)、ごく短い解題もつけてみた。
このなかの1冊でも2冊でも、みなさんの「こころの奥のかゆみ」をスッとさせてくれたら本望である。

あえて独居老人でいること。それは老いていくこの国で生きのびるための、きわめて有効なスタイルかもしれない。16人の魅力的な独居老人たちを取材・紹介する。
たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。

いちばん刺激的な音楽は路上に落ちている――。
咆哮する現代詩人の肖像。その音楽はストリートに生まれ、東京のメディアを遠く離れた場所から、先鋭的で豊かな世界を作り続けている。さあ出かけよう、日常を抜け出して、魂の叫びに耳を澄ませて――。パイオニアからアンダーグラウンド、気鋭の若手まで、ロングインタビュー&多数のリリックを収録。孤高の言葉を刻むラッパー15人のすべて。

2012年、東京右傾化宣言!
この都市の、クリエイティブなパワー・バランスは、いま確実に東=右半分に移動しつつある。右曲がりの東京見聞録!
576ページ、図版点数1300点、取材箇所108ヶ所!