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バックナンバー:2024年06月05日 配信号 収録

design 新連載! デザインの世間体 (写真・文:若生友見)

若生友見さんに初めて会ったのは2014年、ちょうど10年前だった。そのころはまだゆったりだった東京アートブックフェア会場で見つけた、若生さんが自費出版している「ragan books」のシャープなコンセプトとデザインにびっくりして、宮城県七ヶ浜町まで出かけて『裸眼の挑戦――若生友見とragan books』という記事をつくらせてもらった。

若生さんは1986年生まれ。仙台に生まれて、松島に隣接する七ヶ浜町(しちがはままち)に小学校4年から暮らしてきた。仙台市の郊外とも言える七ヶ浜は、ウィキペディアによれば「東北地方の市町村のうちで最小の面積」を誇る町。幸いにも若生さんの実家は「すぐそばまで津波が来たけれどぎりぎりで助かった」という。

小さいころから絵が好きで山形市の東北芸術工科大学グラフィック・デザイン・コースに進学。大学院に進んだあと、故郷七ヶ浜の実家に帰ってきて、学習塾の英語の先生になって働きながら、自宅の六畳間でragan booksのコレクションをつくってきた。

卒業後にデザイナーとして働く道を選ばなかった理由を尋ねたら、「みんなが目指すような商業的なデザインにまったく興味が持てなかったのと・・・・・・東京に行きたくなかったんです、ゴキブリのいるところが嫌で!」と言っていたが、2015年に「人生初の就活で上京」。そして2016年から、なんと芸文社の老舗デコトラ雑誌『カミオン』編集部に入社、19年からはフリー編集者として働きつつ、あいかわらずragan booksのシリーズもつくりつづけている。けっして派手ではないけれど、ディテールへの目配りがやや異常な(良い意味で!)若生さんのセンスが大好きで、2022年の「Museum of Mom's Art ニッポン国おかんアート村」では会場構成を、その図録「探すのをやめたときに見つかるもの」ではブックデザインも手がけてもらった。


若生さん、2021年の文学フリマ会場にて 撮影:山本 純

若生さんのragan booksはアートブックフェアや文学フリマでいつも人気だが、自費出版で部数が限られているし、書店で販売しているわけでもないので、手に取ってもらう機会が限られてきた。そこで今週からragan books的な視点で切り取る、僕らの生活にまとわりつくデザインを連載で紹介してもらうことになった。

毎週取り上げられる日々のかけら。あまりにも日常的なアイテム。それが思いもかけず刺激的なデザインに転生する、魔術師の早着替えのようなスリルを一緒に味わってほしい。

001 うつわと容器の間で

私は2009年度の大学の卒業制作から「ragan」シリーズとして、1冊につき1つのテーマで本の形態の作品を作っています。現在30作を超えているのですが、自分も気に入っているし周囲からのウケもいい「名作」というものがたまに誕生するものです。その1つが2014年制作、No.020のjapanaiseです。


ご存じの方は多いと思いますが「japan」とは「漆」を指します。

10年前にもこのメルマガで紹介していただいたことがある、スーパーで売っているような弁当や惣菜のプラ容器を工芸展の図録のように撮った写真集です。




10年も経つとネタ的に古くなってしまう作品もそれなりにあるものの、幸いにもこれはまだ現役。
しかし10年も経つと作品を作るに至ったきっかけ、要するに「見えた瞬間」は思い出せなくなっているものもあり……。この作品については、おそらく近くのスーパーで安売りされていた弁当を食べながら「流水紋が描いてあるなあ」「これって蒔絵だよなあ」などと認識したのが始まりだと思います。
元々は漆塗りの寿司桶や重箱を模したもののはずで、食品を豪華に見せて購買意欲につなげようというマジメなサービス精神?が、伝統工芸(風)と軽~いプラ容器という組み合わせのおもしろさを生んだわけです。メーカーとしてはべつに「おもしろい」なんて思っていないでしょうけど。
「軽~いプラ容器」だからなにも考えずぞんざいに扱えるし、なんの罪悪感もなくゴミ箱に放り込むことができます。こんなにも色や模様が華やかなのに「美しすぎて捨てるのがもったいない!」という人には出会ったことがありません。
しかしそんな「伝統工芸(風)」の面にフォーカスし、硬めに撮ってみたのがNo.020 japanaiseです。


もちろんまったくの工業製品のため、職人の手による本物の工芸品と並べて評するつもりは1ミリもありませんし、私の作品は基本的にジョークです。でもこうして改めて鑑賞してみると、華美な装飾性だけでなく機能美がたしかにあるということがわかると思います。

そしてこれらのプラ容器のいくつかをよく見てみると……プラスチック識別マークのほかに「エフピコ」のマークが目に入ってきます。


エフピコが食品トレーの大手メーカーだということは認識していたものの、今まであまり深く調べたことはありませんでした。いい機会なので公式サイトを見てみます。


https://fpco.jp/

引用:「エフピコは、食品売り場に並ぶ生鮮食料品や惣菜、弁当などに使われている食品トレー容器のナンバーワンメーカーです。デザイン性と機能性に優れた製品力と市場の変化を先取りした提案力で、これからも日本の食生活、食文化の発展に貢献していきます。」

なるほど、お世話になっています。

さらに「日本の食文化・食生活とともに」というページをクリックすると、なんと「食品トレー容器の変遷」という年表が! ありがたい!


どうやら私が撮影(観察)対象にしてきた伝統工芸風の華やかなプラ容器はここ20年ほどのものようです。たしかに自分が子どものころ(’90年代)はもっとシンプルだったような。近年はコスト面からまたシンプルな容器が店頭で目立つようになってきてはいますが、それでもこの華やかなプラ容器はいつの間にか、あまりにも当然のように定番化していたのですね。

せっかくなので製品カタログもチェック。


https://fpco-group.actibookone.com/
エフピコ2024別冊カタログより

美しい物撮り写真がたくさん掲載されています。しかしどのページを見ても食品盛り付け例の写真がメインであって、トレーそのものの写真はかなり小さい扱いです。あくまで「容器」は料理の添え物でしかないらしく、カタログでもやはり実用面がきわ立ちます。こんなに装飾的でありながら、もちろん工芸品としての「うつわ」という空気感は微塵もないのでした。


「削減された中身でもボリューム演出」というアピールが泣ける。これも時代をうつすものでしょう。

最後に話を作品のほうに戻すと、この作品にはおまけとして「おてもと」を1膳付けています。


御手茂登(爪楊枝入り)

大抵笑ってもらえるのですが、今年5月に開催された文学フリマ東京38では、若いお客さんから「オシャレ~!」と言われ、大変驚きました。
オシャレ?????
私の頭いっぱいに浮かぶ疑問符。
たしかに洒落(冗談)ではありますが……。10年も経つといろんな反応に巡り合うものです。

若生友見/ragan books:https://raganbooks.net/

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ROADSIDE LIBRARY
天野裕氏 写真集『わたしたちがいたところ』
(PDFフォーマット)

ロードサイダーズではおなじみの写真家・天野裕氏による初の電子書籍。というか印刷版を含めて初めて一般に販売される作品集です。

本書は、定価10万円(税込み11万円)というかなり高価な一冊です。そして『わたしたちがいたところ』は完成された書籍ではなく、開かれた電子書籍です。購入していただいたあと、いまも旅を続けながら写真を撮り続ける天野裕氏のもとに新作が貯まった時点で、それを「2024年度の追加作品集」のようなかたちで、ご指定のメールアドレスまで送らせていただきます。

旅するごとに、だれかと出会いシャッターを押すごとに、読者のみなさんと一緒に拡がりつづける時間と空間の痕跡、残香、傷痕……そんなふうに『わたしたちがいたところ』とお付き合いいただけたらと願っています。

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ROADSIDE LIBRARY vol.006
BED SIDE MUSIC――めくるめくお色気レコジャケ宇宙(PDFフォーマット)

稀代のレコード・コレクターでもある山口‘Gucci’佳宏氏が長年収集してきた、「お色気たっぷりのレコードジャケットに収められた和製インストルメンタル・ミュージック」という、キワモノ中のキワモノ・コレクション。

1960年代から70年代初期にかけて各レコード会社から無数にリリースされ、いつのまにか跡形もなく消えてしまった、「夜のムードを高める」ためのインスト・レコードという音楽ジャンルがあった。アルバム、シングル盤あわせて855枚! その表ジャケットはもちろん、裏ジャケ、表裏見開き(けっこうダブルジャケット仕様が多かった)、さらには歌詞・解説カードにオマケポスターまで、とにかくあるものすべてを撮影。画像数2660カットという、印刷本ではぜったいに不可能なコンプリート・アーカイブです!

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ROADSIDE LIBRARY vol.005
渋谷残酷劇場(PDFフォーマット)

プロのアーティストではなく、シロウトの手になる、だからこそ純粋な思いがこめられた血みどろの彫刻群。

これまでのロードサイド・ライブラリーと同じくPDF形式で全289ページ(833MB)。展覧会ではコラージュした壁画として展示した、もとの写真280点以上を高解像度で収録。もちろんコピープロテクトなし! そして同じく会場で常時上映中の日本、台湾、タイの動画3本も完全収録しています。DVD-R版については、最近ではもはや家にDVDスロットつきのパソコンがない!というかたもいらっしゃると思うので、パッケージ内には全内容をダウンロードできるQRコードも入れてます。

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ROADSIDE LIBRARY vol.004
TOKYO STYLE(PDFフォーマット)

書籍版では掲載できなかった別カットもほとんどすべて収録してあるので、これは我が家のフィルム収納箱そのものと言ってもいい

電子書籍版『TOKYO STYLE』の最大の特徴は「拡大」にある。キーボードで、あるいは指先でズームアップしてもらえれば、机の上のカセットテープの曲目リストや、本棚に詰め込まれた本の題名もかなりの確度で読み取ることができる。他人の生活を覗き見する楽しみが『TOKYO STYLE』の本質だとすれば、電書版の「拡大」とはその密やかな楽しみを倍加させる「覗き込み」の快感なのだ――どんなに高価で精巧な印刷でも、本のかたちではけっして得ることのできない。

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ROADSIDE LIBRARY vol.003
おんなのアルバム キャバレー・ベラミの踊り子たち(PDFフォーマット)

伝説のグランドキャバレー・ベラミ・・・そのステージを飾った踊り子、芸人たちの写真コレクション・アルバムがついに完成!

かつて日本一の石炭積み出し港だった北九州市若松で、華やかな夜を演出したグランドキャバレー・ベラミ。元従業員寮から発掘された営業用写真、およそ1400枚をすべて高解像度スキャンして掲載しました。データサイズ・約2ギガバイト! メガ・ボリュームのダウンロード版/USB版デジタル写真集です。
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ROADSIDE LIBRARY vol.002
LOVE HOTEL(PDFフォーマット)

――ラブホの夢は夜ひらく

新風営法などでいま絶滅の危機に瀕しつつある、遊びごころあふれるラブホテルのインテリアを探し歩き、関東・関西エリア全28軒で撮影した73室! これは「エロの昭和スタイル」だ。もはや存在しないホテル、部屋も数多く収められた貴重なデザイン遺産資料。『秘宝館』と同じく、書籍版よりも大幅にカット数を増やし、オリジナルのフィルム版をデジタル・リマスターした高解像度データで、ディテールの拡大もお楽しみください。
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――秘宝よ永遠に

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すべてのカットが拡大に耐えられるよう、777ページページで全1.8ギガのメガ・サイズ電書! 通常の電子書籍よりもはるかに高解像度のデータで、気になるディテールもクローズアップ可能です。
1990年代の撮影はフィルムだったため、今回は掲載するすべてのカットをスキャンし直した「オリジナルからのデジタル・リマスター」。これより詳しい秘宝館の本は存在しません!

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捨てられないTシャツ

70枚のTシャツと、70とおりの物語。
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圏外編集者

編集に「術」なんてない。
珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。
多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。
編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。

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ROADSIDE BOOKS
書評2006-2014

こころがかゆいときに読んでください
「書評2006-2014」というサブタイトルのとおり、これは僕にとって『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(2008年)に続く、2冊めの書評集。ほぼ80冊分の書評というか、リポートが収められていて、巻末にはこれまで出してきた自分の本の(編集を担当した作品集などは除く)、ごく短い解題もつけてみた。
このなかの1冊でも2冊でも、みなさんの「こころの奥のかゆみ」をスッとさせてくれたら本望である。

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独居老人スタイル

あえて独居老人でいること。それは老いていくこの国で生きのびるための、きわめて有効なスタイルかもしれない。16人の魅力的な独居老人たちを取材・紹介する。
たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。

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ヒップホップの詩人たち

いちばん刺激的な音楽は路上に落ちている――。
咆哮する現代詩人の肖像。その音楽はストリートに生まれ、東京のメディアを遠く離れた場所から、先鋭的で豊かな世界を作り続けている。さあ出かけよう、日常を抜け出して、魂の叫びに耳を澄ませて――。パイオニアからアンダーグラウンド、気鋭の若手まで、ロングインタビュー&多数のリリックを収録。孤高の言葉を刻むラッパー15人のすべて。

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東京右半分

2012年、東京右傾化宣言!
この都市の、クリエイティブなパワー・バランスは、いま確実に東=右半分に移動しつつある。右曲がりの東京見聞録!
576ページ、図版点数1300点、取材箇所108ヶ所!

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東京スナック飲みある記
ママさんボトル入ります!

東京がひとつの宇宙だとすれば、スナック街はひとつの銀河系だ。
酒がこぼれ、歌が流れ、今夜もたくさんの人生がはじけるだろう、場末のミルキーウェイ。 東京23区に、23のスナック街を見つけて飲み歩く旅。 チドリ足でお付き合いください!

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