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バックナンバー:2025年04月23日 配信号 収録

photography 紅子の色街探訪記2 撮影日記

ロードサイダーズではもうおなじみの色街写真家・紅子さんが新作「紅子の色街探訪記2」をまもなくリリース、刊行記念写真展が東京吉原と大阪飛田新地で開催される。

紅子さんを初めてロードサイダーズで紹介したのが2022年のインタビュー。その時点でSNSで写真を発表しはじめてから2年も経っていなかった。そのころから数冊のZINEはつくっていたが、初の本格写真集「紅子の色街探訪記」を刊行したのが2023年11月末。出版のためのクラウドファンディングが「カメラを48歳から独学で始めた私に326名様が4,538,900円をご支援くださいました」という結果で、ほぼ無名の、写真を始めたばかりの女性にこれだけの支援が集まったことに驚いたひとが少なくなかったろう。

その紅子さんが第2段の写真集を計画していることは、去年の秋に聞いていた。第1弾からわずか1年半。それも前の写真集刊行以降に撮影された写真がメインと聞いて、すごいなあと思ったし、前回からわずかな期間しか経ってないのにまた立ち上げられたクラウドファンディングでは、去年11月から今年1月末までの3ヶ月間に「のべ557名様から目標額の8倍を超える8,224,900円のご支援を頂きました」と聞いて驚愕。ちなみに去年11月にDOMMUNE「スナック芸術丸」にも出てくれた紅子さんは、2021年に始めたYouTubeチャンネルでは最初フォロワーが知り合いの2名だけだったのが、現在では4万人を超えている。

そういう紅子さんのエネルギッシュな活動を、僕はいつも眩しく眺めていたけれど、この数ヶ月、第2作品集のために全国各地を巡り歩く様子をX(Twitter)で追っていて、その日程も、ギリギリまで切り詰められた旅行費用も、どこに泊まるかも決めないまま大きな荷物を引きずって突っ込んでいく撮影スタイルも、すべてが無謀というか無茶というか、すごいと驚くよりむしろ心配になる打ち込みようだった。ツイートをフォローして、僕と同じように思ったひとも多いはず。

もうすぐ始まる展覧会と新刊リリースのために、なにか記事をつくろうと思い、ふつうにインタビューさせてもらうことも考えたが、ふと、あの恐るべきツイートを「撮影日記」としてまとめたら、すさまじいエネルギーを直接的に表現できるのではと思いつき、紅子さんに転載をお願いした。


あらかじめ断っておくと、なにも悲惨な半生を送ってきたからって、いい作品がつくれるわけじゃない。ハードに飛び回ったからいい写真が撮れるわけじゃない。小さなからだに大きな荷物を引きずってニコニコ可愛い笑顔を振りまくから、いつもは入れないところに入れてもらったり隠してきたことを教えてもらえるわけじゃない。

「紅子の色街探訪記」は写真作品であり写真展だ。紅子さんの生き様、生きてきた背景はものすごく魅力的だけれど、まず写真は写真として見られ、向き合われるべきものだから。

それでも!そこらにあふれている遊郭廃墟写真とか昭和スナック街写真には決定的に欠けているのに、紅子さんの写真からは押さえつけてもあふれ出てくるもの、それがなにかを考えるとき、彼女がこんなふうに写真にいのちを賭けていることを知るのは、ひとつの有力な手がかりになるだろう。ラッパーのZONE THE DARKNESSが「賭けるものがないんです、人生でいいですか」と歌ったように、「50歳になって、後悔を抱えたまま死にたくない、そんな想いでシャッターを切り続けてきた」紅子さん人生を色街に寄り添うことに賭けているのだから。

今回、記事をつくるにあたって紅子さんのツイートを追いなおしてみたら、今年1月13日の書き込みにこんなのがあった――

「風俗13年もやって○千人の男を相手にしたってどんな気持ち?エキスパートってことだよね、私、風俗のこと全然知らなくて」と話してくる女性がいた。正直そのお気楽な質問に答えている時間はない。

いつのまにか、だれにも惜しまれないまま消えていってしまう色街。過酷な撮影行に耐えられるだけの体力気力の,いつか来る衰え。紅子さんはいくつもの時間に追い立てられながら、こんなふうに走り続けている。

こういうひとが、同じ写真家として、僕はいちばん怖い。


写真展 紅子の色街探訪記2

東京/吉原:
4/26(土)~5/6(火)祝
会場:カストリ書房
台東区千束3-21-14(吉原弁財天前)
日比谷線「入谷駅」3番出口より徒歩12分
※新作写真集「紅子の色街探訪記2」も会期中の4月28日より会場で販売開始!

大阪/飛田:
5/17(土)~5/25(日)
会場:飛田会館
大阪市西成区山王3-1-13
御堂筋線・堺筋線「動物園前駅」2番出口より徒歩12分
JR「新今宮駅」東出口より徒歩14分

各会場共通
Open12時-18時(最終日17時まで)
期間中無休 紅子全日在廊
入場料 ¥500(限定ポストカード付き)
https://lit.link/benikoiromachi

主催:カストリ書房
@kastori_store


失われゆく遊廓の記憶をたどる旅:紅子の色街探訪記2 撮影日記

2024年12月12日


今日から九州に旅立ちます!下関→直方(二字町遊廓跡)→別府→長崎(丸山遊廓)→軍艦島。来週いったん東京に戻ってからは佐渡島と金沢、福井。来年4月末の写真集完成に向けて本格的に冬の色街を撮り歩きます!


下関着いた!早く撮りたい、でも空腹には勝てず立ち食いうどん380円。うれしい。


下関到着、ギリギリ夕暮れに間に合った!真横はソープ街。宿は偶然にもそのど真ん中でした。夜、小さな居酒屋に入って遊廓の写真を撮りに来たことを話したらマスターが地図をコピーしてみんなで印を付けてくれてる。あの人だったら詳しいかもと電話で呼んでくれて一人二人と増え新地の自治会長さんまできてくれた!スミマセン^^;

2024年12月13日


下関・ホテルの朝食。トーストとインスタントコーヒー。贅沢にもジャム2種類のせてしまった。今日も頑張れそう~


下関新地・昨夜呑み屋で地図に印を付けてもらった遊廓跡を歩く。この辺り銭湯が多い。昔は長旅で船から降りて、風呂屋に行こうとする男たちに声をかけて、女郎屋に呼び込んでいたと教えてくれた。

2024年12月14日


下関から直方に移動して二字町遊廓跡を撮影予定~昨夜は雨だったけど今朝は晴れてる、よかった。


福岡県直方市・二字町遊廓跡「一心楼」撮影。以前カストリラジオで知ってからとても気になり今回撮影が叶いました。今夜は大分に移動。これから安宿探さねば。


さすがにお腹へったので一昨日買った干し梅で満たす。今夜は別府のドミトリー取れて一安心。


別府の夜。ひとつだけ空いてたドミトリーのベッドをギリギリ確保。やはり土曜の夜は混んでる。そして博多明太子��を食べる。九州満喫。コンビニだけどw

2024年12月15日


昨夜の別府。細い路地に美人屋受付。


これから大分の菡萏(かんたん)遊廓跡へ。電車が遅れててホームで待つこと30分。小腹を満たすためにコーンポタージュ。残念ながら満たされずw


大分県の生石港町にある菡萏(かんたん)遊廓跡地を撮影。港の脇に数軒妓楼が残っていました。タイルも鮮やか。今夜は長崎に行く予定を寸前で変更し武雄温泉に向かってます。もう外は暗い。


武雄温泉の目的はもちろん温泉ではなく元遊廓の宿「白さぎ荘 」室内に太鼓橋がかかる。150年以上の歴史があり売防法以降は宿になった。4年前に奥様が亡くなられてからは食事はなく完全素泊まり。後継者はいないので8代目となるご主人で最後となるとか…。


風呂あがりの牛乳。小さい頃に父親の牛乳配達を手伝ってた時のことを思い出す。

2024年12月16日


武雄温泉・元遊廓の宿「白さぎ荘」セルフポートレート。着物姿で撮影してたらご主人が「4年前に亡くなった妻を思い出す…」と涙ぐんでくれた。奥様は和服姿でとてもよく働く方だったとか…。いろいろお話をうかがい遊廓時代の娼妓さんたちの写真も見せて頂くことができました。


よくある「おはようございます」的な色っぽいの撮ったつもりが、病で床に伏せた人にしか見えないw。セルフポートレート。


武雄温泉から長崎・丸山遊廓へ。ギリギリ日が暮れる前に間に合った。


歩き疲れて冷えてきたので博多うどん。せっかくの長崎だからちゃんぽんにすればよかった。失敗。食費は節約。


長崎・丸山遊廓の夜。
明日は軍艦島。

2024年12月17日


産業遺産「軍艦島」上陸。かつては3軒の遊廓があったというこの島を撮影したかったのです。冬場は波が高くて出航しても上陸できず周遊だけで終わることが多いようですが無事上陸が叶いました。(かなり揺れたけど)


軍艦島の遊廓について案内の方に聞くと日本人専用の「本田」「森本」そして韓国人専用の「吉田」がこの左側の白っぽい建物の向こう側にあったという。現在見学コースが指定されているので行かれず…でも屋号まで聞くことができ有り難い。


長崎・夕暮れ・思案橋の由来は丸山遊廓に行くか行かないか思案したことに由来すると言われている。

2024年12月18日


昨夜九州から東京に帰宅。6日間の撮影、一日10~15Kmとにかくよく歩いた。下関→直方(二字町遊廓)→別府温泉→大分(菡萏遊廓)→武雄温泉→長崎(丸山遊廓)→軍艦島「今から遊廓跡地の撮影しても遅いよ」と日本各地で言われる。でも私は諦めない過去には戻れないから。明日からは雪の日本海へ。

2024年12月19日


新潟到着。雪というよりはみぞれ。さすがに寒い。明日の朝、佐渡島の遊廓跡地へ。雪の日本海をこれから数日かけて撮影します。


新潟の夜。やっぱり寒い。地元の味をと思いつつ、山形県産の��20円引きと50円引き。

2024年12月20日


これから佐渡島へ!船乗り場に早く着いたのでかけうどんで気合いを入れる。4日前、軍艦島に行ったとき船酔いで大変で、もう船は懲り懲りと思ってたのにまた船^ ^でも天気が雨から晴れに変わった!よし。


佐渡島、雨の予報が奇跡的に晴れて無事到着。今日はこの島に70年住むダン渡辺さんにご案内頂きました!両津、二見新地、相川(水金遊廓跡)…佐渡島は車がないとかなり厳しいことを到着後知りホントに有り難い。今夜は元遊廓「金沢屋旅館」へ。

2024年12月21日


佐渡島・昨夜は元遊廓「金沢屋旅館」宿泊。各地の元遊廓旅館が次々に営業をやめてしまったり取り壊しもある中で、ここに来れたことホントによかった~!ご主人に各部屋を案内頂きました。素泊まり6,500円


佐渡島・元遊廓「金沢屋旅館」にてセルフポートレート。女将さんに遊廓時代のお名前の書いた大変貴重な札を見せて頂きました。梅香…

2024年12月22日


佐渡島「旧山本悌二郎別荘」50年の時を超えて田中藍さんが復活させたこの見たこともない流木の建物。造られたのは100年以上前、当時は芸者を呼んで遊んでいたとか。佐渡島を撮影地に選んだのは先日、都築響一さんのプアマンズブックフェアで藍さんとお会いして、あまりにも惹きつけられて佐渡島に行きたい!ここを撮影したいと願ったから。
そして藍さんのおかげで、佐渡島の遊廓にも詳しい方々に車で案内してもらえるという、本当に有り難すぎる。
今夜は金沢へ移動。


新潟から金沢に向かってるけど、吹雪と風で電車が進まず。途中、直江津で泊まろうかとも考えたけど宿がいっぱい。とりあえず行けるとこまで行くか。お腹へった。


糸魚川駅で宿探して夜の歓楽街を撮影と思ったけど、吹雪であきらめる。なんとか金沢に向かうことに。


金沢到着!都会だ。宿も3千円台でみつかって、ほっ。これから夜の歓楽街へ撮影にくりだす。


金沢・早速夜の歓楽街へ「金沢中央味食街」ようやく来れた。

2024年12月23日


佐渡島では相川「水金町遊廓」大黒屋で遊廓時代、江戸から昭和にかけて実際に使われていた品々を撮影する機会に恵まれました。撮影はこれまで許したことがないそうで、このようなご縁を繋いでくださった方々に感謝してもしきれない思いです。来年出版する写真集にも掲載許可を頂きました。(今後撮影を許可する予定はないそうです。)


金沢撮影・ずっと雨と雪の予報が撮影中だけ晴れた!今回の旅も何度かそんなことがあって本当に助かる。


金沢から移動して福井・芦原温泉へ。でも温泉に入ってる時間もなく動画編集。吉原の社長さんとの対談動画第二話「女が吉原で働く理由は?」今夜こそアップしてみんなに見てもらいたい。


福井・芦原温泉。吹雪だったのに夕方撮影はじめたら晴れてきた。有り難いけど今回雪の色街を撮影予定だったような^^;
今夜は前々から行きたかったストリップ劇場あわらミュージックへ!

2024年12月24日


昨夜はストリップ劇場あわらミュージックへ。踊り子相田樹音さん、すごく素敵な方でホントにびっくり!初対面でどこの誰かも知らない私にとてもよくして下さり、今日、昼と夜に劇場内を撮影させて頂ける事となりました。写真はお連れ頂いた芦原のスナックにて。


芦原温泉・ストリップ劇場「あわらミュージック」開演前の静まり返った劇場内。相田樹音さんのご厚意で撮影が叶いました。2階席がある劇場ははじめて。


昼間は芦原温泉からも電車ですぐの三国の遊廓跡を撮影。今日は雨に降られてずぶ濡れ。そういえば今日はクリスマスイブか。今夜はストリップ劇場あわらミュージックで相田樹音さんを撮影して来ます!


芦原温泉・撮影終えて、ひとり反省会しながら至福のどん兵衛。メリークリスマス。

2024年12月25日


福井県・三国「思案橋」遊廓に行くか、行くまいか思案したという小さな橋が残されていた。芦原温泉で呑み屋を営む80代の女性に話しを聞くと、当時は店先に暖簾のようなものがかかり、妖しげなあかりが灯っていたとか。今日は小浜へ。


福井駅で電車待ち…ちょうどよいところに立ち食いそば、あったまる。駅のあちこちに恐竜がいて怖いwいつからこんなことに?福井の祖父母が生きてたころは一匹もいなかったけど。


小浜へ行く途中、武生の尾花遊廓跡に寄ったらすれ違った男性(83歳)に思いがけず遊廓跡を案内してもらえるという幸運。そして家にまで上げてもらったら、これまた凄くてあっという間に夕方。これから小浜へ。敦賀で乗換1時間待ち…。


小浜到着。宿はゲストハウス予約できて一安心…でも道に迷って暗闇。今日はもうクリスマスか…。急がないと年末になっちゃう。


小浜・最も入りづらそうな呑み屋に入ってみた。戸を開けるとフィリピン人のママさん「よく入って来たわねぇ」と驚かれる。30年前ダンサーとして来日し北海道から九州まで各地でホステスやって苦労の末小浜に流れついたとか。クリスマスの夜、良い話が聞けた。


今日は武生ですれ違った男性(83歳)に尾花遊廓跡を案内してもらえるという奇跡。そして「ウチも見ますか?」と上がらせてもらったご自宅は息を呑むような光景。聞くと築100年以上、かつては代々続く花街の見番。普段は公開してない二階を隅々まで撮影させて頂けるというまさかの連続…。

2024年12月26日


佐渡島からスタートした日本海側撮影の旅。1週間が経ち今は福井県小浜市。毎日10キロ前後歩いてるせいか小指が紫色に。ひとりでの旅ですが行く先々で助けられています。宿が高くなる年末までには東京に戻らないと!消えゆく色街の記憶を残すため、あともう少し粘ります。


今日は福井県小浜市「三丁町遊廓」跡を撮影。街並みが残ってる!嬉しい。さすがにこの旅、体力の限界を感じてたらレンタル自転車発見。快適すぎる。しかも今日はコートいらずの暖かさ。雪景色撮影の予定が^^;


小浜から舞鶴へ向かうことに。実は荷物がやたら重い。機材(カメラ2台レンズ3本)三脚、パソコン、自撮り用の着物、着替えなどなど。駅が階段だけだと泣く。


舞鶴、遊廓跡が点在していて遠かった。東舞鶴『竜宮遊廓』を撮影して西舞鶴『朝代遊廓』にたどり着いた頃には真っ暗。残念。今夜は以前より楽しみにしていた福知山へ。電車が1時間まち…。


福井県小浜市「三丁町遊廓」跡を撮影。今回の旅もそろそろ終盤に。


夕方、東舞鶴に到着。『竜宮遊廓跡』を撮影。駅から遠くあっという間に陽が沈んでいった。佐渡島から始まった旅が京都まで来てしまった。

2024年12月27日


昨夜遅く京都・福知山に到着。早速、中ノ町飲食街を歩く。目当ての浮世小路の看板は残念ながら見当たらない。撤去?提灯もない…一気に疲労感。


東舞鶴から西舞鶴の『朝代遊郭跡』へたどり着いた時はもう真っ暗。


今回の旅、最後の地は福知山の猪崎新地。これから向かう。なんとかこれで乗り切る。アリナミンと迷いつつ100円高いこっちに。気合い。


福知山駅から歩くこと20分、ようやくここまで辿り着く。猪崎新地はこの長~い橋を超えた向こう側。晴れてるけどやたら風が強い。まだまだ先は長い。


猪崎新地到着!


福知山から東京へ戻ろうとしてたけど、昨日真っ暗で撮れなかった西舞鶴が心残りで40分かけて戻る。『朝代遊廓跡』を撮影。後ろは朝代神社。


西舞鶴『朝代遊廓跡』今日は撮影できた!


『朝代遊廓跡』千野宮神社の玉垣に「朝代貸座敷組合」と「霞月楼」の文字が残っていた。霞月楼は現在「霞月旅館」として営業している。今夜はこちらに泊まることに!(東京にもどる予定が…)


西舞鶴の夕暮れ。佐渡島からはじまった今回の旅、今夜こそ最後の夜。右側が朝代遊廓跡。


今夜は『朝代遊廓跡』霞月旅館宿泊。遊廓時代は霞月楼。かなり改装されているので遊廓の面影を細やかに感じられる風情ある旅館といった感じ。昨日は満室だったので今日は一室空いてて嬉しい。この旅最後の夜。食事付きは高価だけど素泊まり7千円台。


佐渡島からスタートした遊廓跡撮影。最後の夜を祝って関西風きつねうどん(関西まで来たので)食費は節約。

2024年12月28日


大荷物、激重の旅、あっという間に年末。いったん東京へ戻ります🧳カメラ2台、三脚、ストロボ、パソコン、着替え、どれも減らせず。歩きすぎてブーツに穴が。こりゃダメだw。


京都駅。新幹線が帰郷ラッシュのうえに沿線火災…でもだいぶ落ち着いてきた。今日中に帰れそう。家でひとりで待ってる高2息子へのお土産を買う。8日前佐渡島に行ってくるねと言ったのにお土産は京都の八ツ橋^^;


冬の日本海側色街撮影。東京に戻りました。佐渡島(両津・二見新地・相川・小木)金沢(にし茶屋街・石坂)福井(芦原温泉・三国・武生・小浜)京都(舞鶴・福知山)まだまだ来年も撮影は続きます。色街の記憶を残すために。

2024年12月31日


今年も写真を見て下さった皆様ありがとうございました。4年前、事務のパート仕事をしてる時「このまま人生が終わるのかな」50歳手前にしてそんな思いが沸き起こった。そんな時SNSに一日一回投稿しよう、それはみんながやってることだけど、私は自分が生きた証を残したいと思った。馬鹿げてると思うかもだけど、大真面目に。
でもその思いが今に繋がり多くのメディアに取り上げていただき、来年は写真集第二弾を出版しようとしています。
来年も色街の記憶を残すために全国をひとり歩きます。
応援いただけたら嬉しいです。

2025年1月1日


元旦久々に実家へ帰った。だが、家族といるのは2時間が限度。苦しかった。予定があるからと嘘を言って立ち去った。
実家からの帰り道、途中下車して正月の吉原を撮影。ひとりで撮影してる時が何より幸せと心から感じた。元旦は休みのお店も多くとても静かだった。撮影後は元旦も営業してるカストリ書房さんへ寄って新年のご挨拶。よい年となりますように。

2025年1月6日


今日から雪の山形3日間撮影の旅。セールで買ったブーツ。前回の旅では靴が割れて足が水浸しだったので今回は気合い入れて防水スプレーかけまくり。お目当ての宿に今朝電話したら「ものすごく寒いですよ」と女将さん。覚悟して行きます。


東京から約4時間、山形県の酒田駅に到着。雪はない…。これから「酒田新町遊廓跡」へ。ここからGoogleマップだと徒歩23分らしい。どんな道のりか楽しみ。


酒田駅から寄り道しながら歩いて目的地の「酒田新町遊廓跡」に残る元遊廓「松山旅館」到着。写真で見た入口の大きな看板は外されていたので、迷ったけどここだ。


さすが山形の冬は極寒。石油ストーブにあたりながら��もささやかに温めてみるが…冷たい。


酒田の元遊廓松山旅館宿泊。残念ながら今回は名物とも言えるご主人にはお会いできずでしたが、女将さんがおひとりで頑張っていました。

2025年1月7日


今朝。山形県酒田市、元遊廓松山旅館での寒い冬の朝。遊廓の記憶をいまに伝える丸窓でのセルフポートレート。今日はこの後瀬見温泉の喜至楼へ行くことを決めた。


元遊廓「松山旅館」での朝食。たくさん食べてねゆっくりねと山形なまりで繰り返すやさしい女将さん。納豆汁が心にしみた。遊廓から代々つづいたこの旅館ももう女将さんの代で終わりにするそうです…寂しい。


山形の撮影2日目。酒田から瀬見温泉へバス乗り継いで移動中。バスの待ち時間もあり約4時間かかる。まだまだ。


山形最古の旅館と言われる瀬見温泉「喜至楼」到着!昨年夏の大雨の影響で電車がずっと運休だったので諦めてたら臨時バスが出てた。ようやく来れてうれしい。

2025年1月8日


山形・瀬見温泉「喜至楼」今朝、部屋からの眺め。小雪が散らつく極寒。昨夜はホッカイロ5個貼ってなんとか就寝。


山形・喜至楼に宿泊し瀬見温泉を撮影。これから天気が荒れるようだし、明日は大切な撮影があるし今日中に東京に戻らないと。雪にはほっかぶり。


山形・瀬見温泉から東京に戻ります。昨年夏の豪雨災害で電車がいまだに動かず、新庄までの臨時バスは4時間に1本だけ。これを逃しては大変とバス停まで大荷物で全力で走るw。間に合って、ほっ。


山形・瀬見温泉の帰りに新庄の「あけぼの町飲食店街」を撮影。アーチの骨組みだけが残る。戦後闇市が発祥とされる小さな歓楽街。迷路のような路地に吸い込まれた。あまりにも良く、長居してしまったが今日はもう東京に戻らねば。


突然決めた山形三日間の撮影。充実。山形産のジュースとお菓子ぽりぽりして新幹線。ひたすら歩いてる時は疲れてないのに座ると疲れが一気に出るって不思議。

2025年1月9日


山形県酒田市の元遊廓「松山旅館」
「女傑と呼ばれて遊廓を取り仕切っていたとても厳しい女性だったらしいですよ」と今の女将さんが教えてくれた。絵ではなく人形になってるのはすごい。


山形県酒田市の元遊廓「松山旅館」この日の宿泊は私だけだったので女将さんのご好意で各部屋を見せていただく。重い扉を開けると薄暗い部屋には布団が敷かれ、寒さも重なりゾクっと緊張が走る。下の写真は早朝のセルフポートレート。

2025年1月14日


今日から4日間、四国撮影。高知、徳島、香川をひとりまわります。特に高知の玉水新地は数年前から行きたいと願っていた場所。飛行機は以前乗り遅れたり空港間違ったことがあるので怖すぎて国内線でも2時間前行動。汗


高知・玉水新地。「旅館竹の子」から出てきたご主人にここは泊まれるんですか?と話しかけたら「もう旅館はやってないからタダでいいよ、部屋は汚いから玄関に布団敷いてあげるから、トイレはないから目の前の川でね」ととても親切。でもさすがに50代の私はそこまでのフットワークの軽さはなく。笑。そして泊まりはしなかったけど、ちょんの間として使われていた2階を撮影させてもらった2階がすごかった!


「竹の子」の2階は普段ガムテと紙でふさいでいるのでご主人も久々。朽ち果てた赤い絨毯と美しい窓の対比に息をのむ。この通りが色街として賑わっていたのは1940年代~70年代頃までとか。今でもお隣は現役のちょんの間です。


玉水新地竹の子のご主人、私の宿を心配して近所の人たちも集まって、皆さんとても親切。数年前に亡くなられた奥様は踊りや三味線の先生。最後は奥様の形見のバッグを「これあなたにあげるから」と頂いてしまった。また来てねと手をふりつづけてくれた姿に涙。

2025年1月15日


今日は高知から移動して琴平、多度津、高松へ。ちょっと奮発してサーモンハラスとアリナミン。


琴平到着。冷たい雨。琴平栄遊廓跡、細い路地にとてもめずらしいタイル。3年前にも来てるがまだ残ってることを確認でき安心。また撮影できてよかった。


多度津。駅から歩いて20分ほどの遊廓跡を3時間ほど撮影し歩き疲れてようやく見つけた「喫茶あい」店主は可愛らしい80代の女性。「この辺りは全部遊廓だったのよ~」といろいろ教えてくれた。店名は店主のお名前かと思ったら電話帳で一番上にくるよう「あい」にしたとか。なるほど!創業47年の静かな良き喫茶店で


多度津の遊廓跡地撮影。あまりに良すぎてあっという間に夕方。これから高松へ移動。さて今日はどこに泊まろ。


3年ぶりの高松「城東町」ここは半島状のソープ街。海の向こうに見えるネオンはソープランド。かつては八重垣遊廓として栄えていた場所。撮影してたら漁師の男性が「俺は遊廓の時代から知ってるよ」って。あとですぐ脇の食堂に行くというので私も後ほど寄ることに。安いホテルまで紹介してくれた。


高松・片原町「旧パラダイス通り」私が最も好きな歓楽街の跡地。今回近隣の人たちに話を聞くことができました。ここは赤線ではなく青線とのこと。「順子の部屋」は親子でお店をやっていて順子さんは娘さんの名前。とても綺麗で評判だったそうです。3年前よりもだいぶ朽ち果てて、落ちてしまった看板もあるなか、順子の部屋はまだありました!そして現在は猫の部屋になっているようです。

2025年1月16日


今朝の城東町ソープ街。昨夜はこの目の前にある安めのホテルに宿泊。昨夜会った男性とは私が寄り道してたので食堂では会えず残念。でも片原町の旧パラダイス通りでは昨日今日と地元の人たちにむかしの話が聞けてこの街の奥深さを知る。


高松・今回ここも必ず撮影したかった場所のひとつ。華下天満宮の小さな路地。大人のオモチャ「ポルノショップ」残っていてよかった。今日はこれから徳島へ向かいます。


徳島・秋田町遊廓跡を撮影。現在は通称パンパン通りと呼ばれている。通りの手前には1H400円のネオンが光る託児所が…とても気になった。


徳島の歓楽街を駆け抜けるように撮影。調べたらここから2時間ほどで神戸に行けるようなので、高速バスに飛び乗りこれから福原ソープ街へ。


徳島からのまさかの神戸福原。宿が取れるか心配だったけどソープ街のすぐ脇にあるゲストハウス「ユメノマド」さんがひとつだけベッドが空いてた!私にはもったいない素敵な宿。なんと2700円!しかも広めの部屋に入れてゆったり。


以前より気になっていた焼鳥屋に入る。ご主人に聞くとやはりここは昔ちょんの間。2階には小さな部屋があり今は壁も張り替え物置にしている。階段も今はないので椅子を踏み台にして上がる。ちょっとだけ覗かしてもらうことができとても優しいご主人でした。

2025年1月17日


神戸福原。阪神淡路大震災から今日で30年。以前地元の方に案内してもらった時「震災のときはまだ中学生だったけどソープランドを開放してくれたのでお風呂に入れたんですよ」と教えてくれた。なかなか表には出ない貴重なお話。


高知からスタートして4日目。今日は東京に戻らないと。でもまだ半日あるので神戸から滋賀へ行くことに。琵琶湖の東側の八日市。「延命新地」を目指します。調べたら電車で2時間ちょっとで着くらしい。


滋賀・八日市「延命新地」撮影。神戸から2時間半で到着。廃墟となったスナックの扉は風でギシギシと奇妙な音を立て時々大きく開きまた閉じる。寒さもあり背筋が凍る。老人用の手押しぐるまには招き猫が乗っていた。


滋賀・八日市「延命新地」煙突に惹かれて撮影後冷えた身体を温めるために延命湯へ。聞くと65年の歴史ある銭湯。なんと湯船の壁?に水槽があり大きめの金魚が!はじめ絵かと思ってよく見たら生きてたw


八日市から電車乗り継いで東京行きの新幹線まにあった!��も買えて嬉しすぎる。四国を回って帰る予定が最後はまさかの滋賀県。4日間とは思えないほど高知の玉水新地での思い出がだいぶ昔に感じる。盛りだくさんの良き旅でした。

2025年1月18日


昨夜12時過ぎ東京に戻る。電車と徒歩での撮影は1日20km近く歩く時も。正直52歳の私には機材も重くキツイ。だが私は色街を撮り歩くことで自分が生きた性風俗という世界を記録し歴史として伝えたいのだ。

2025年1月22日


今日は前々から気になっていた伊香保温泉の旧赤線街へ行くことに。電車乗り継いで新前橋で電車40分待ち。空腹を満たすために濃厚コーンポタージュ。


東京から電車とバス乗り継いで約4時間伊香保到着。さすがに寒い。温泉街の一角にあるストリップ劇場「銀映座」残念ながら2020年に閉館している。この看板がたまらなくすきだ。


昭和の匂い漂うスナック街。どの路地を曲がっても愛しい風景が広がる。来てよかった。これから夜の温泉街へ。


伊香保・ストリップ劇場裏手の小さな呑み屋街。居酒屋に入ってみたが客は私ひとり。劇場がまだやってたころは踊り子さんも呑みに来ていたそうです。

2025年1月23日


伊香保温泉は365段の石階段がありその脇が旧赤線街。バスに乗るため一度降り切った坂道を途中出会った元置屋に住む女性が教えてくれた赤線の建物がどうしても気になり、また坂を登ることに。スーツケース2つ、機材がずっしり重い。


伊香保温泉から伊勢崎に移動。さすがに歩き疲れ、喫茶店を探したけどない。工事現場の脇で休ませてもらう。寒くなってきた。


伊勢崎・赤線跡地。一番入り辛そうな寿司屋「婦美寿司」に入ってみる。扉を開けるとご主人に「女性ひとりでよく入って来たね」と驚かれる。でもとても優しい。やはりここは赤線時代は旅館(連れ込宿)だったそうです。寿司屋になったのは昭和33年まさに売防法の年。ご主人は二代目。部屋は60以上あり今は物置になっているとか。寿司一人前は1500円と良心的だが驚くほどに美味しい。ご夫婦で営まれていてとても良い店だった。


伊香保・撮影中とても素敵な80代の女性と出逢いご自宅の玄関先で☕️とご自慢の飴を頂く。赤線について恐る恐る聞くと「この通りはウチ以外ぜんぶ赤線の建物だったのよ」と昔の思い出を語ってくれた。赤線がここで良いのか半信半疑だったので女性との出逢いはとても有り難かった。私の帰り道を心配してくれて見えなくなるまで手を振ってくれた。感動。

2025年1月24日


昨日の伊香保・坂道ですれ違った女性にこの駐車場は以前何だったのか聞いた。「ここはストリップ劇場があったのよ、愛染恭子が最後に来た時も見に来たの。とっても綺麗でね、この辺りがテケツでこっちが入口だったのよ」とまさかのストリップ!赤線の建物についても詳しく教えてくれて、それは私が気になっていた廃屋だった。女性のお家は元置屋。そんな方に偶然出逢えて感謝しかない。

2025年1月25日


山形瀬見温泉での写真。めずらしく高2息子に見せたら「お母さんの仕事ってマッチ売りだったの?」と言われるw

2025年1月27日


今日から鳥取、島根、広島各地を撮影します!相変わらずの大荷物、機材が一番重い。今回も宿泊場所などはまったく決めず、行き当たりばったりの旅。


飛行機が…出発前だったけど異常なガソリンの匂いで大丈夫?と思ったけど、やっぱりダメだったようで。全員降ろされる。2時間遅れで鳥取なんとか無事到着し、ひつじ製菓さんにアテンドしてもらえるという贅沢!瓦町にある衆楽園遊廓跡の建物を2軒お話を伺いながら撮影。この写真は築70年の元遊廓をリノベーションした「みふくや」さん。


鳥取境港・今夜は旅館かぐらさんに宿泊。昭和な佇まいにしびれる。今夜はよく寝れそう。


壁に掛かるピンクの写真何かと思ったらイカwこのセンスがたまらん。

2025年1月28日


鳥取二日目もひつじ製菓さんが忙しい中を車でアテンド��境港、美保関、米子、松江、各地の遊廓、赤線、花街跡を撮影。この写真は1日目の鳥取市瓦町の元遊廓「ことめや」さん。私一人では辿り着けない場所…2日間本当にありがとうございました!


ひつじ製菓さんに松江駅まで送っていただき高速バスで3時間、広島へ向かっています!


広島到着!東遊廓跡「一楽旅館」3年ぶり。「紅子さんの写真集を見て来てくれる方、特に若い女性が多いのよ」と嬉しすぎる女将さんのお言葉。原爆後1950年東遊廓跡地に建てられ創業時は赤線時代、多くの男女の逢瀬の場であった。今回は私ひとりという事で全室撮らせてもらえることに!


今日の米子市「灘町遊廓」跡。雪が降る中…とてもめずらしいコウモリの飾り窓を撮影。

2025年1月29日


「一楽旅館」さんにお願いしてセルフポートレートを撮影させてもらう。「前の写真集も着物で撮ったのありましたね~どうぞ~」と皆さんやさしい。今日は晴れて光が差し込む。早朝から撮影してもう14時。さすがにお腹へった。


今日の一楽旅館「ばらの間」


早朝から撮影してもう15時30分。遅すぎる朝食を買いにセブンへ走る。さすがに��飽きたのでレトルトご飯。そして食べながらクラファンを何気に見ると700万円超え!!!えっ!目の錯覚かと思って何度も見直す…

2025年1月30日


広島2日目の朝。��に飽きてレトルトご飯とカップ味噌汁で栄養をとる。美味しい。一楽旅館があまりに良すぎて一日中撮影。考えてみたらコンビニしか行ってない。今日は瀬戸内海の島にある遊廓跡地へ。辿り着けるかかなり不安。


今日は瀬戸内海の「天満遊廓跡」を目指す。まずは広島駅からバスで竹原港へ向かう。さっき駅までのバスの中にカメラを入れたカバンを忘れるというありえない大失態!居合わせたフランス人が走ってきて「忘れ物~」って届けてくれた。涙涙。


天満遊廓跡までは乗り継ぎの待ち時間もあり広島駅から約2時間半今日も長旅。不安…無事着きますように。


竹原港から小さな船で30分、木江港天満遊廓到着。空き地が多い…でも必ず撮りたいと願っていた建物は残っていた!地元の方に聞くとこの辺りは2月か3月ごろには取壊される予定とのこと…なんと…ギリギリ間に合ったということか…!


木江天満、撮影終えて船を待つ。ひたすらに寒く海風が冷たい。あと50分耐える。今日泊まる場所を考えよう。

2025年1月31日


今週月曜、鳥取から始まった今回の撮影取材。今日はこちらも以前より願っていた三次の遊廓跡を目指します!広島駅から約2時間で着くらしい。電車が渋くて良いが結構揺れる。今夜は東京に帰る予定…。


三次到着。さてここから16分ほど歩いたところが遊廓跡地らしいが…。広島駅と気温が全然違う。まずはカイロを貼りまくる。


三次・松原稲荷通り到着。人通りはほとんどないが、戦前生まれのお年寄りに伺うとこの辺りに遊廓が広がっていたという。廃屋となったバーには鑑札が残っている。


さすがに疲れお腹減ったけど休む場所なし。コンビニの駐車場の片隅で肉まんをいただく。寒い…雨も降ってきた。まだ撮影を続けたいけど、電車の本数少なすぎて今日中に東京へ戻れなくなる…。迷う。


広島県三次市・遊廓跡地に残る凛とした三階建の建物。雨がやみ夕陽に照らされた黄金色のススキ。鳥取から続いた今回の旅は終了します。


夕方、三次から広島行きの電車に飛び乗る。車窓からの眺めが良すぎて途中下車したくなったけど我慢。ちなみに窓の向こう側はおそらく昭和なラブホ。

2025年2月7日


最近毎晩のように遊廓跡を彷徨い撮影する夢を見る。この写真は夢ではなく(当然だが)先月の香川・多度津町の遊里跡。自分の写真はカメラをスーツケースの上に固定してセルフポートレート。(ひとりなので三脚立てると通行人が来た時、すぐ片付けられないのが申し訳なく��‍♀️)

2025年2月9日


(昨夜)夕方、茨城県日立市「塙山キャバレー」に来てみました!ちょっと寄って撮影し帰るつもりが、地元の方にとても良くしてもらい、せっかく塙山に来たならと4軒梯子させてもらって気づくと深夜…。どの店もママさんの人生話が深かった。
(翌日)水戸の赤線跡地へ寄ることに。旧奈良屋町跡を撮り歩いてると、話しかけてくれたおじいちゃん。昔使ってた��を自宅から持ってきてくれた。奥様まで出てきて��をいただく^ ^「赤線の建物は左曲がってマンションの横だよ」と教えてくれた。茨城の方は本当に親切。

2025年2月13日


今日から北海道。どこに行くか悩みに悩んで、釧路と帯広に絞った。飛行機はまた乗り遅れるのではと怖すぎて国内線なのに2時間前行動で余裕のおにぎり��釧路は最高気温1度。さてさてどんな撮影になるのやら。


予定時間よりだいぶ遅れ、風でかなり揺れたけど、釧路に無事到着��とりあえず釧路駅までのバスに乗り込む。


釧路、お目当ての「鉄北センター」撮影。気温はマイナス。テレホンクラブの看板に心躍る。そして行きの何処かで手袋を片方落としてきたらしく手が凍る。これからまた夜の歓楽街へ。


釧路の夜。マイナス5℃
寒いけどこの冬の時期に北海道を撮影できるなんて、とんでもなく幸せに感じる。


宿で晩御飯。北海道産昆布だしうどん。あったまる。

2025年2月14日


釧路「鉄北センター」早朝マイナス4℃
48歳から写真をはじめてもうすぐ4年。まさか釧路まで来るとは。


釧路、雪道はキャリーバッグがぜんぜん進まない。こうなることはわかってたけど、機材が多く荷物減らせず。これから帯広へ!


釧路から帯広へ移動中~いい天気。おにぎりは北海道らしく筋子と鮭��


帯広「銀河街」入り口付近に膝の高さまで積もる雪。でもこの良過ぎる佇まい…突き進んでみたら、ブーツに大量の雪が入りずぶ濡れとなるw気温はマイナス3℃


帯広・新世界。一番入り辛そうな呑み屋「みやこ」に入って話を聞く。

2025年2月15日


帯広・いなり小路。話しを聞くために入った2軒目はスナック姫水。80代前後の男女が集う理想的な店だった。この通りには現在封鎖されてる2階があり、当時の畳がそのままになってて、昔はそういうところだったのよ、と教えてくれた。沢山写真撮ってねと皆さんやさしい。


帯広「銀河街」撮影。ここはすでに閉業し誰もいない。上からは氷柱が光る。そしてこのたまらない光景…夢中になって撮影してたら氷で滑って顎から流血。カメラは無事でほっ。怪我も大したことなく撮影を続ける。


格安チケットなので最終便で東京へ。羽田空港到着。飛行機の中でお腹空きすぎて、マックに駆け込む。これで平和に帰れそう��️今夜の東京はあたたかい。

2025年2月17日


突然ですが青森まできました。現在弘前駅。これから弘南鉄道で黒石へ。元遊廓の宿中村旅館を目指します。最強寒波がまた来てるようなので無理なく行動。(また転倒しないように…)
黒石駅に到着すると予報通りの雪。さすがにこの荷物で旅館まで歩くことを断念し消えたストーブの前でタクシー40分待ち。夜ご飯のパンを自販機で買う。


青森県黒石市・145年以上の歴史ある元遊廓「中村旅館」でのセルフポートレート。大寒波の中、青森に来ることは相当悩んだけど、やはりこの場所で撮影できよかった。女将さんの「寒かったでしょ」と繰り返す言葉が温かい。撮影終えて暖をとる。雪が落ち着いてきたので防寒してこれから夜の盛り場へ。

2025年2月18日


青森・黒石の元遊廓中村旅館。女将さんの心のこもった朝食をいただく。ストーブを後ろと前、2台も置いてくれてポカポカ。


今日の青森県黒石市。大寒波の中、外では撮影できないことも覚悟してたけど…奇跡的に晴れた時間も多く風もなかったので、三脚立てて自撮りもでき本当に来てよかった……!


撮影してたらあっという間に夕方。昼ごはん食べてないことを思い出し、昨日駅で買ったチョコパンをあっためる。


青森・黒石のスナック街。雪が落ち着いてるうちに旅館に戻らねば。

2025年2月19日


青森・黒石の中村旅館。撮影で2泊大変お世話になりました。衣装、機材、パソコンなどなど大荷物。まとめるのが大変…これから3時間かけて大湊へ。ちなみにこの部屋は遊廓時代は花魁部屋。散らかしてすみません^_^;


今日は黒石からバスと電車を乗り継ぎ大湊へ向かう。途中青森の第三新興街にもよりたい。大寒波なので無理のない行動を心がける。


青森「第三新興街」撮影。現在営業してる店はほとんどない。そんな中『おかあさん』の扉を勇気を出して開けてみた。薄暗い店内…営業していた。ママさん達に驚かれながらも歓迎してくれてあれこれ話しを聞く。店を始めて44年。「昔のお客さんはみんな死んでまった」と繰り返す。青森訛りの言葉が心に沁みる。


青森駅から大湊へ向かう。野辺地で乗り換え40分待ち。当然ながらエレベーターはない。小雪がちらつき北風が刺さる。


野辺地から大湊へ向かう。陸奥湾に夕陽が沈む景色を見たとき、遠くに来たなと…しみじみ。


青森・大湊到着。駅前に旅館発見!泊まれますか?とたずねると素泊まりならいいですよ~と小柄なかわいいおばあちゃん。今夜の宿確保!


青森・大湊の夜。小さなスナック街。

2025年2月20日


青森・大湊駅前。バスを待つがなかなか来ない。雪の予報だが青空が見えてきた。これから田名部を目指す。


青森・大湊からバスで30分、青森県・田名部神社裏手のスナック街撮影。これからまたバスで大湊に戻り大事な撮影が…!


大湊に戻り、食べるところなく…またコンビニの駐車場の隅っこで肉まんかと思ったらイートインコーナーがあった。幸せ。


青森県・大湊の小松川遊廓跡に残る美しい窓。今回の撮影取材一番の目的はこちらでした。カストリ書房渡辺さんにご紹介頂き、でもなかなか電話が繋がらず…連絡取れたのは青森到着後!撮影を許して下さった家主様と渡辺さんに心より感謝です。この窓を見た瞬間感動で震えました。


現在17時。青森の下北半島、大湊駅から約6時間かけて東京へ。無事帰りつきますように……。


青森・下北半島から東京駅到着!東京の方が寒く感じるのは気合いの問題か、またはお腹が減ってるからなのか…や、違う、早朝貼り付けたホッカイロ(5個)が冷たくなってるからだw

2025年2月22日


突然ですが広島県呉市に来ました。途中、予定してた電車に乗れず、目の前で扉が閉まり一瞬心が折れたけど夕暮れギリギリ到着。海岸まで走る。呉の夕陽は見たかった(これが目的では全然ないんだけど…)これから夜の歓楽街へ。


呉の老舗キャバレー「アカプルコの海」はすでに閉店してるようで…入りたかったが残念!


昨夜の呉。深夜までやってる喫茶店、Coffeeの看板が良さげで惹かれて入る。風格ある店内、背伸びして注文したブランデ入りーコーヒーが強すぎて残す��チーズケーキがやたら美味しかったけど夕飯食べてなかったので宿ではコンビニ��とカップラーメン。

2025年2月23日


広島県呉市。広島は行きたい場所が多すぎるけど島まで渡るには夕方から予定があり時間がない…呉駅からバスで行かれる場所へ。倉橋島まで来ました!これから音戸町の遊廓跡を撮影。晴れてる!

2025年2月24日


広島の朝。全国をまわった撮影取材は2月末で終え写真集の制作にかかる。あと数日しかない。せっかく広島まで来たので御手洗の遊女の墓に行かなければ。
御手洗までは船ではなく呉市の『新広駅』からバスで『御手洗港』まで行けることが分かり、でも本数少ないので宿から広島駅まで雪の中走り呉行きの電車に飛び乗る。今はバスで上蒲刈島辺りを走行中。晴れてきた!


瀬戸内海・御手洗到着。小雪と突風が…寒い。とりあえず軒下で落ち着くのを待つ。目的地までは港から徒歩30分らしい。


御手洗「おいらん公園」100基余りの遊女の墓が並ぶ。工事の際に偶然掘り出されたという江戸時代の墓。高台から海を静かに見つめていた。ここに来たかった、ようやく来れた。


御手洗から約5時間かけて神戸福原に向けて移動中。明日は朝から福原ソープ街でこれまで願っていた撮影がある。


御手洗からバスと電車で約5時間、神戸福原ソープ街到着。ちょんの間の跡地で飲む。(ノンアルだけど…)マスターとても親切で焼き鳥も絶品。前回も見せてもらったが昔使われていた2階の部屋は現在倉庫となっている。向かいの店の2階は畳が腐ったままだとか…。

2025年2月25日


神戸福原のソープランド「有明」撮影。赤線・キャバレー・トルコ風呂・そして現在と歴史ある有明。この建物はおそらく1970年代に建てられたものとか。(正確な年は不明)以前より願っていた撮影が地元の方とのご縁で叶いました!お話も伺うことができありがとうございました。


神戸から岡山にきました!これから路面電車で遊廓跡地を目指します。


岡山・遊廓跡地に良さげな建物。どうやらカフェ、入ってみると通されたのは個室⁈いきなりまったり炭火でお団子������この田渕商店さんは聞くと元遊廓だったそうで、撮影許可をいただく。


今日の岡山・遊廓で生まれ育った80代の男性。声をかけたら、そこの格子戸は昔のままであっちに旅館時代の屋号が残ってると案内してくれた。その隙間からは夕陽が差し込む美しい窓が見えた。この建物は売防法以降は旅館に転業したがここ数年は空き家になってるという。


岡山県・中島遊郭跡地を撮影。写真集の完成を目指し12月から全国をまわった旅はいったん本日で終了します。
旅は私ひとりでしたが各地で出会った人々に助けられました。そしてこの寒さの中一度も風邪もひかず体調が守られたこと、またSNSを見て応援してくれる方々がいることが支えでした。
今夜は東京に戻り、明日からはこの数ヶ月の数万枚の写真の中から、写真集に載せるものを選んでいきます。
旅は終了となりますが4月後半出版に向けて全力で走りつづけます。


高2息子へのお土産は岡山のきびだんご。この3ヶ月間家にいない日がほとんどだったけど、ひとりでご飯作って待っててくれた息子にも感謝したい。(ちなみに私が写真撮ってることいまだに信じてないw)東京着いた!��

元吉原ソープ嬢紅子@色街写真家
https://x.com/benicoirmachi

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天野裕氏 写真集『わたしたちがいたところ』
(PDFフォーマット)

ロードサイダーズではおなじみの写真家・天野裕氏による初の電子書籍。というか印刷版を含めて初めて一般に販売される作品集です。

本書は、定価10万円(税込み11万円)というかなり高価な一冊です。そして『わたしたちがいたところ』は完成された書籍ではなく、開かれた電子書籍です。購入していただいたあと、いまも旅を続けながら写真を撮り続ける天野裕氏のもとに新作が貯まった時点で、それを「2024年度の追加作品集」のようなかたちで、ご指定のメールアドレスまで送らせていただきます。

旅するごとに、だれかと出会いシャッターを押すごとに、読者のみなさんと一緒に拡がりつづける時間と空間の痕跡、残香、傷痕……そんなふうに『わたしたちがいたところ』とお付き合いいただけたらと願っています。

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ROADSIDE LIBRARY vol.006
BED SIDE MUSIC――めくるめくお色気レコジャケ宇宙(PDFフォーマット)

稀代のレコード・コレクターでもある山口‘Gucci’佳宏氏が長年収集してきた、「お色気たっぷりのレコードジャケットに収められた和製インストルメンタル・ミュージック」という、キワモノ中のキワモノ・コレクション。

1960年代から70年代初期にかけて各レコード会社から無数にリリースされ、いつのまにか跡形もなく消えてしまった、「夜のムードを高める」ためのインスト・レコードという音楽ジャンルがあった。アルバム、シングル盤あわせて855枚! その表ジャケットはもちろん、裏ジャケ、表裏見開き(けっこうダブルジャケット仕様が多かった)、さらには歌詞・解説カードにオマケポスターまで、とにかくあるものすべてを撮影。画像数2660カットという、印刷本ではぜったいに不可能なコンプリート・アーカイブです!

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ROADSIDE LIBRARY vol.005
渋谷残酷劇場(PDFフォーマット)

プロのアーティストではなく、シロウトの手になる、だからこそ純粋な思いがこめられた血みどろの彫刻群。

これまでのロードサイド・ライブラリーと同じくPDF形式で全289ページ(833MB)。展覧会ではコラージュした壁画として展示した、もとの写真280点以上を高解像度で収録。もちろんコピープロテクトなし! そして同じく会場で常時上映中の日本、台湾、タイの動画3本も完全収録しています。DVD-R版については、最近ではもはや家にDVDスロットつきのパソコンがない!というかたもいらっしゃると思うので、パッケージ内には全内容をダウンロードできるQRコードも入れてます。

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ROADSIDE LIBRARY vol.004
TOKYO STYLE(PDFフォーマット)

書籍版では掲載できなかった別カットもほとんどすべて収録してあるので、これは我が家のフィルム収納箱そのものと言ってもいい

電子書籍版『TOKYO STYLE』の最大の特徴は「拡大」にある。キーボードで、あるいは指先でズームアップしてもらえれば、机の上のカセットテープの曲目リストや、本棚に詰め込まれた本の題名もかなりの確度で読み取ることができる。他人の生活を覗き見する楽しみが『TOKYO STYLE』の本質だとすれば、電書版の「拡大」とはその密やかな楽しみを倍加させる「覗き込み」の快感なのだ――どんなに高価で精巧な印刷でも、本のかたちではけっして得ることのできない。

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ROADSIDE LIBRARY vol.003
おんなのアルバム キャバレー・ベラミの踊り子たち(PDFフォーマット)

伝説のグランドキャバレー・ベラミ・・・そのステージを飾った踊り子、芸人たちの写真コレクション・アルバムがついに完成!

かつて日本一の石炭積み出し港だった北九州市若松で、華やかな夜を演出したグランドキャバレー・ベラミ。元従業員寮から発掘された営業用写真、およそ1400枚をすべて高解像度スキャンして掲載しました。データサイズ・約2ギガバイト! メガ・ボリュームのダウンロード版/USB版デジタル写真集です。
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新風営法などでいま絶滅の危機に瀕しつつある、遊びごころあふれるラブホテルのインテリアを探し歩き、関東・関西エリア全28軒で撮影した73室! これは「エロの昭和スタイル」だ。もはや存在しないホテル、部屋も数多く収められた貴重なデザイン遺産資料。『秘宝館』と同じく、書籍版よりも大幅にカット数を増やし、オリジナルのフィルム版をデジタル・リマスターした高解像度データで、ディテールの拡大もお楽しみください。
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1993年から2015年まで、20年間以上にわたって取材してきた秘宝館。北海道から九州嬉野まで11館の写真を網羅し、書籍版では未収録のカットを大幅に加えた全777ページ、オールカラーの巨大画像資料集。
すべてのカットが拡大に耐えられるよう、777ページページで全1.8ギガのメガ・サイズ電書! 通常の電子書籍よりもはるかに高解像度のデータで、気になるディテールもクローズアップ可能です。
1990年代の撮影はフィルムだったため、今回は掲載するすべてのカットをスキャンし直した「オリジナルからのデジタル・リマスター」。これより詳しい秘宝館の本は存在しません!

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圏外編集者

編集に「術」なんてない。
珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。
多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。
編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。

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書評2006-2014

こころがかゆいときに読んでください
「書評2006-2014」というサブタイトルのとおり、これは僕にとって『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(2008年)に続く、2冊めの書評集。ほぼ80冊分の書評というか、リポートが収められていて、巻末にはこれまで出してきた自分の本の(編集を担当した作品集などは除く)、ごく短い解題もつけてみた。
このなかの1冊でも2冊でも、みなさんの「こころの奥のかゆみ」をスッとさせてくれたら本望である。

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独居老人スタイル

あえて独居老人でいること。それは老いていくこの国で生きのびるための、きわめて有効なスタイルかもしれない。16人の魅力的な独居老人たちを取材・紹介する。
たとえば20代の読者にとって、50年後の人生は想像しにくいかもしれないけれど、あるのかないのかわからない「老後」のために、いまやりたいことを我慢するほどバカらしいことはない――「年取った若者たち」から、そういうスピリットのカケラだけでも受け取ってもらえたら、なによりうれしい。

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ヒップホップの詩人たち

いちばん刺激的な音楽は路上に落ちている――。
咆哮する現代詩人の肖像。その音楽はストリートに生まれ、東京のメディアを遠く離れた場所から、先鋭的で豊かな世界を作り続けている。さあ出かけよう、日常を抜け出して、魂の叫びに耳を澄ませて――。パイオニアからアンダーグラウンド、気鋭の若手まで、ロングインタビュー&多数のリリックを収録。孤高の言葉を刻むラッパー15人のすべて。

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東京右半分

2012年、東京右傾化宣言!
この都市の、クリエイティブなパワー・バランスは、いま確実に東=右半分に移動しつつある。右曲がりの東京見聞録!
576ページ、図版点数1300点、取材箇所108ヶ所!

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東京スナック飲みある記
ママさんボトル入ります!

東京がひとつの宇宙だとすれば、スナック街はひとつの銀河系だ。
酒がこぼれ、歌が流れ、今夜もたくさんの人生がはじけるだろう、場末のミルキーウェイ。 東京23区に、23のスナック街を見つけて飲み歩く旅。 チドリ足でお付き合いください!

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