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AFTER HOURS
編集後記

2015年12月16日 Vol.192

今週も最後までお付き合い、ありがとうございました! 気に入ってもらえた記事、ありましたか。

東京都美術館のお話を今週は書きましたが、今週はもうひとつ、イトーヨーカ堂大井町店8階の品川区民ギャラリーで開催されていた『戸谷誠展 ひがしかぜ あけのほし』のことも書きたいと思いつつ、上野と組み合わせるのがちょっと難しかったので、こちらで紹介させてもらいます。


先々週号の告知に書いたとおり、戸谷誠さんは『独居老人スタイル』でも異彩を放っていた(まあ全員そうですが)、品川区在住のアマチュア画家。

ふだんは品川区西大井の、閉店した薬局のなかでひとり絵を描きつづけ、でもそれでは生活できないので早朝から昼間でビル掃除の仕事をしている、1944(昭和19)年生まれの71歳。もう50年も自分だけのために絵を描いていて、何年かにいちど場所を借りて展覧会を開く。そんな日々をず~っと過ごしています。


展覧会場と入口に座る戸谷誠さん














「なんで続けてんだか、自分でもわからないんですよ。特に楽しいとも思わないけど、これだけ続いたんだから、まあ楽しいんでしょうねえ・・」と言いながら、それでも絵を描くことをやめようとはしない。そんな戸谷さんがつくる作品は、意外にもファンタジーとブラックユーモアが奇妙に混じりあう、明るいイメージの連続体。なかでもすでに30数本を数える、巻き障子紙を使った20メートル以上の絵巻物は、圧巻というほかありません。

かつては家族が暮らしていたのだから当然だが、いくつもある部屋を通って、いちばん奥の画室に入ると、机の脇に筒状のものが何本も並んでいる。その1本を無造作に取り上げると、戸谷さんはさっと机の上に広げた。

それは日本というより、メキシコあたりの幻想画を思わせるような大胆な色彩と、ユーモラスで不気味な登場人物が織りなす、長い長い絵巻物語だった。ベースとなっているのは巻き障子紙。幅28センチほど、長さはどれも20メートル以上あるだろう。

こんな大長編の幻想絵巻を、戸谷さんはもう40年間あまりにわたって、30本以上仕上げてきた。その1、2本を数回、展覧会に出したことがあるだけで、ほとんどだれにも知られることなく。本人も、だれに知らせようともしないまま・・・。

「もういいでしょう」と言うのを、「もう1本だけ」とせがんで見せてもらいながら、僕の頭の中には、いつか開かれるべき「戸谷誠・絵巻物展」のイメージが広がっていた。美術館の大きな白壁に、少しずつ高さをずらしながら、帯状に延々と続いていく絵巻物のイメージ。座ってみるのではなく、歩きながら観る映画のように。その映像に僕らは、戸谷さんの脳内宇宙へとぐるぐるからめとられていくはずだ。




会場のほとんど半分を占める5本の絵巻。30数本のすべてを一同に展示する機会を、どこかの美術館が与えてくれたら。




「昭和45年 絵巻No.5」「平成10年写」「2013年着彩、描きこみ」というふうに、各絵巻の冒頭には制作にかかった年数が記されている。しかし通算40年以上! ちなみに「写」といってもコピーするのではなく、オリジナルの上にもう1枚、障子紙のロールを乗せて、下からライトを当てて写しとる手作業の「写し」なのだ。

寂れた商店街の奥で、冷房もない部屋で、作品に汗を垂らさないようにタオルで頭を縛りながら、陽に焼けた畳に正座して、目の前で少しずつ広げられ巻き取られていく絵巻物のイメージにおぼれるばかりの、真夏の昼下がり。訪れるものもないこの部屋で、このひとはもう何十年間もこうして、自分の頭の中にだけ展開する物語を障子紙の上に描き起こしてきたのだと思ったら、ふいに胸が詰まって言葉が出なくなった。そうだ、僕はこういうひとをもうひとりだけ知っている。シカゴのボロアパートの一室で、やっぱりだれにも知られないまま、美しく残酷な絵巻を描きつづけていた老人、ヘンリー・ダーガーだ。そういえば彼も、仕事は病院の清掃夫だった・・・。
(『独居老人スタイル』より)

今回の展覧会でも5本の絵巻物が展示されていて、大変だったに違いない設置作業も、戸谷さんはぜんぶひとりでやったのだと言います――「いや、てきとうに留めてるだけですから、どうってことないです」と、はにかむばかりですが。

戸谷さんの絵をどんなふうに表現したらいいのかはわからないけれど、僕にとってそれは『ヤシ酒飲み』や『ブッシュ・オブ・ゴースツ』の著者エイモス・チュツオーラを絵解きするような、視覚のマジック・リアリズムにほかなりません。
















壁の飾りにちょうどいい古典的絵画でも、現代美術でもない戸谷さんの作品は、画廊で売れるようなものではないし、本人も売ろうとしていないので、収入源にはならないまま。しかも「最近はどうされてますか?」とうかがったら、「ビル掃除を辞めちゃったので、もう収入源がないんです。だから絵を描くのも、もうすぐお終いかもしれませんね」と、寂しいことをおっしゃる。業界で成功するだけが人生ではないけれど、こういうひとが、どうして報われないままで、しかも淡々と、ひょうひょうとしていられるんだろう。

いくら写真を撮って、インタビューさせてもらってメルマガで記事にしても、戸谷さんの生活にはなんの足しにもならない。でも、それくらいしか僕にできることはない。そういう、どこにも持っていけない苛立たしさが、このメルマガの多くの記事を書かせてるのだと、つくづく思います。




独居老人スタイル(筑摩書房刊)

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