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都築 響一
fashion
Wasabi~裏長屋の変身アトリエ
上野と浅草のちょうど中間にある台東区松が谷。日本一の調理道具街・合羽橋があることで知られる松が谷は、その便利なロケーションにもかかわらず、地下鉄の最寄り駅(銀座線稲荷町/田原町)から徒歩十数分という
art
周回遅れのトップランナー 田上允克 [前編]
時流に媚びない、のではなく媚びられないひとがいる。業界に身を置かない、のではなく置いてもらえないひとがいる。現代美術ではなく、かといって日展のような伝統(?)美術でもない。自分だけの絵を、自分だけで描きつづけて数十年・・・
photography
「大阪式」に生きるということ
いまからもう10年以上前のこと、大阪の小さな写真専門学校でトークに招かれ、そこは写真館の跡継ぎ養成みたいな地味な学校だった。学生寮があるというので、「寮の中を撮影させてくれるなら」という交換条件で引き受けたトークを終えたあと、生徒たちの緊張感のないポートフォリオを見せられて、そのなかでひとりだけ、きわだってヘンテコで輝いていたのが梅佳代だった。
interview
烈伝・ニッポンの奇婦人たち 1 旅館『西の雅・常盤』女将 宮川高美 前編
テレビの旅行番組やバラエティなどでもおなじみの『女将劇場』。番組で観たことある、という方もいるだろう。温泉に入るよりも、これを見たさにわざわざ湯田温泉に来る客も大勢いる、いまや当地きっての名物だ。そして有名になればなるほど、地元の人間からは「イロモノ」として一歩引かれた視線を浴びつづける、孤高の存在でもある。
interview
烈伝・ニッポンの奇婦人たち 1 旅館『西の雅・常盤』女将 宮川高美 後編
365日休みなし、毎晩8時45分からたっぷり1時間半にわたって繰り広げられる女将劇場。先週はそのステージの様子をお伝えしたが、今週は女将劇場の演出家であり、舞台監督であり、主役でもある大女将・宮川高美さんのインタビューをお送りしよう。老舗旅館の娘に生まれながら、これでもかというぐらいの、苦労と試練の連続。
travel
福岡郊外に隠された匠の理想宮・・ 鏝絵美術館探訪記
「鏝絵」・・・「ウナギ絵」じゃありません、これで「こて絵」と読む。「鏝」とは左官屋さんが漆喰を塗るのに使う、あのコテ。したがって「こて絵」とは漆喰を素材にして、こてで描かれたレリーフ様の半立体美術作品である。 こて絵といえばまっさきに名前が挙がるのが、「伊豆の長八」こと入江長八。幕末から明治にかけて活躍した稀代のこて絵師であり、伊豆松崎には石山修武の設計になる『伊豆の長八美術館』があるので、訪れた経験のある方も多かろう。
interview
烈伝・ニッポンの奇婦人たち 2 切腹アーティスト 早乙女宏美 [前編]
早乙女宏美はおそらく日本でただひとりの「切腹パフォーマンス・アーティスト」である。そしてピンク映画からSMビデオまで、数々の映像で男たちを魅了してきた伝説の女優であり、SMショーの花形であり、作家でもある。業界では知らぬもののない存在でありながら、一般のメディアからは不当に過小評価されつづけてきた、アンダーグラウンドのミューズ。その劇的な半生をこれから2週にわたってご紹介する。
interview
烈伝・ニッポンの奇婦人たち 2 切腹アーティスト 早乙女宏美 [後編]
1983(昭和58)年、新宿東口の伝説的“ポルノデパート”ファイブ・ドアーズで働きはじめた早乙女宏美、ちょうど20歳になったころだった。ノーパン喫茶ふうのラウンジにテレフォンセックス、ポラロイド撮影など「5つのコーナー」にわかれていたファイブ・ドアーズは、ビニ本やピンク映画に女優さんを供給するプロダクション部門も持っていて、早乙女さんはそこに所属、本格的に雑誌モデルの仕事を始めるようになっていた。
travel
いちばん近くて遠い街 釜山逍遙 前編
それまでも急ぎ旅の途中で立ち寄ることはあったけれど、初めてきちんと釜山を体験することができたのは2006年の春だった。芸術新潮誌の韓国特集のために、福岡からフェリーで釜山入り、帰りは飛行機で成田に帰ってくるというルートで、1週間ほど滞在、ひとりでひたすら街を歩き回った。当時使いはじめたばかりのデジカメと、木製の大型カメラを改造した手づくり針穴写真機を背負って。
art
周回遅れのトップランナー:仲村寿幸
2008年春、渋谷のポスターハリス・ギャラリーという小さな画廊から来た展覧会案内には驚かされた。展覧会のタイトルは『擬似的ダリの風景』。仲村寿幸というアーティスト名にはまったく聞き覚えがなく、時代感覚を超越したような、ばりばりのシュールな絵にも興味がわいたし、「初個展―苦節30年、積年の思念が遂に成就」というサブタイトルにも惹かれたが、それよりもなによりも、葉書に刷られた「作品管理者求む、全作品寄贈します!」という一行に度肝を抜かれたのだった。
art
ワタノハスマイルが気づかせてくれたもの
大震災で壊滅的な被害にあった宮城県石巻市の小学校で、山積みにされたガレキをつかって、子供たちがこんなにおもしろい作品をつくっていて、それがもう日本中を巡回していることを、僕はうかつにもまったく知らなかった。 その小学校の名前を取って「ワタノハスマイル」と呼ばれるプロジェクトは、今週25日からイタリアに渡って展覧会を開催する。僕にとってはヴェニス・ビエンナーレとかより、はるかに興味深いその展覧会のために、石巻の子供たちを連れて渡航する準備で忙しい主催者の犬飼ともさんから、お話を聞くことができた。
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南国地獄をあとにして・・・
地獄はおのれの内にある・・のかもしれないが、外にもあるんだな! というわけで先週日曜の深夜、浅草キッド(水道橋博士・玉袋筋太郎)のおふたりと、江口ともみさん(つまみ枝豆夫人でもありますね)という豪華メンバーとともに、タイの地獄寺&特選珍スポットを巡った『別冊アサ秘ジャーナル』、ご覧いただけたでしょうか。深夜とはいえ、あの内容で90分とは・・プロデューサーも賭けに出ましたねえ。あれ全部、2泊3日の弾丸ツアーで撮影しちゃったのだから、テレビってほんとに大変です。
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圏外の街角から:福岡県大牟田市
長らく扉を閉ざしていた『富士』を改装して、ライブスペース『大牟田ふじ』として甦らせたのが、ディレクターを務める竹永省吾さんだ。僕は去年の秋に大牟田を訪れて知り合ったばかりなのだが、こんな寂れた街にライブハウス! という驚き以上に、オープン当初から灰野敬二、渋谷慶一郎、さらには海外からバリバリのハードコア、ノイズ系アーティストを呼んで、地元のバンドとカップリングさせるという無謀というか、東京でもなかなかない先鋭的なブッキングに度肝を抜かれたのだった。
art
周回遅れのトップランナー 川上四郎
冬の陽が明るい畳敷きの一室で、目の前にずらりと絵画作品と写真プリントを並べて、ニコニコしている小柄な老人。絵も写真もずっとアマチュアでやってきた彼の作品を、名前を知るひとはいないだろう。でもいま、こうやって畳に座ってお茶を飲みながら見せてもらってる絵にも、写真にもオリジナルとしか言いようのない感覚があふれていて、画用紙やプリントをめくる手が止められない。だれも知らない場所で、だれも知らないひとが紡ぎ出す、だれも見たことのない世界・・・。
travel
マイ・フェバリット・オールド・バンコク 1
先月はこのメルマガで、タイの田舎の地獄庭園や個性的なミュージアムをご紹介した。タイ好きな方ならご存じだろうが、いまバンコクは、かつての東京のような激変の最中にある。というわけで古き良き東南アジアの都市風景を形成してきた「バンコクらしいバンコク」がどんどん消えていくいま、ショッピングやグルメやエステはちょっと置いといて、フィフティーズからセヴンティーズあたりの風情を残す、貴重な現存スポットを歩いてみてはいかがだろうか。
art
妄想芸術劇場:ぴんから体操展に寄せて
僕らが考えるプロフェッショナルなアーティストとは180度異なる創作の世界に生きる表現者が、それもメディアの最底辺にこれだけ存在していること。それをいままでほとんどだれも認識せず、もちろん現代美術界からも、アウトサイダー・アート業界からも完全に無視され、投稿写真マニアからさえ「自分たちより変態なやつら」と蔑視されながら、いまも生きつづけ、描きつづけていること。妄想芸術劇場とは、そうした暗夜の孤独な長距離走者を追いかける試みである。そして、そんな報われることのない長距離走の、もっとも伝説的なランナーをひとり挙げるとすれば、「ぴんから体操」であることに異議を唱える愛読者はいないだろう。
interview
コラアゲンはいごうまんの夜
このメルマガで、お笑いを取り上げることはほとんどありません。つまり、僕自身はそれほど現在のお笑いシーンに興味がないのですが、久しぶりに、このひとはすごい! と脱帽する才能にめぐりあいました。それが「コラアゲンはいごうまん」という、奇妙な芸名のコメディアンです。ご存じの方もいると思いますが、コラアゲンはワハハ本舗所属の「体験型ドキュメンタリー芸人」です。
travel
圏外の街角から:神戸市稲荷市場
三ノ宮からJR神戸線の下り電車に乗ると、数分で着いてしまうのが神戸駅。名前が示唆するように、東海道線の終点駅であり、山陽本線の始点駅である神戸駅は、かつて神戸の鉄道網の中心だった。しかし時は過ぎ・・神戸駅を南下したあたりにあった兵庫港から、神戸港に物流の中心が移ったのと同じく、ひとの流れが三ノ宮側に傾いてしまった現在、東京駅や大阪駅のような感覚で神戸駅に初めて降り立つものは、だれしもが「ここが神戸の中心!?」と絶句するはずだ。
art
おとなしい顔の魔界都市:広島県福山市アウトサイダー・アート紀行
「占」「占」「占」「占」「ピタリ当たる」「神界」「大天国」「的あたーれ」・・・独特の丸文字と原色の描き文字看板で、初めて見るひとをギョッとさせ、見慣れたひとの目を伏せさせずにはおかない、あまりにインパクト充分な木造モルタル家屋が、サウナとパチンコ屋のあいだに挟まって、きょうも精一杯の自己主張を繰り広げている。ここが福山きっての裏名物『占い天界』(正式名称・新マサキ占術鑑定所)だ。
book
春の書評特集
身軽になりたい、モノに埋もれたくないと思っても、いつのまにか溜まってしまう本や雑誌。なかなか新聞や雑誌では紹介されない、でもみんなに知ってほしい新刊を、これから「書評特集」として、年に何度かまとめてレビューしたいと思います。だいたい500字とか1000字とかしかくれない新聞や雑誌の新刊紹介で、気に入った本のちゃんとした紹介なんてできるわけないし! というわけで、今回は4冊の写真集を選んでみました。
interview
突撃! 隣の変態さん 1 チェリスQ
都内某所、私鉄沿線の駅を降りて商店街を抜けた先に「チェリスQ」の基地がある。屋根裏部屋を使った、立つどころか四つん這いでないと入ることも動くこともできない、その超高密度空間に案内されて、僕はしばし言葉を失った・・。 チェリスさんは「美少女系ドーラーコスプレイヤー&美脚着ぐるみパフォーマー」だ。大型美少女仮面を頭からかぶり、からだにはコスチュームをまとって、イベントに出没したりパフォーマンスを展開する「着ぐるみマニアさん」のなかでも、知らぬもののないベテランのひとりである。
art
大竹伸朗展@富山県立美術館
昨年11月に東京国立近代美術館でスタートした大竹伸朗展が、今年5~7月の松山市・愛媛県美術館を経て、8月5日から富山市・富山県美術館で始まった。3カ所を巡回する今回の展覧会の、これが大団円の地となる。 ゴールデンウィークに始まった松山展に続いて、夏休みと重なるタイミングで展覧会が開かれる富山県美術館は、2017年に開館した新しい美術館。「富山県美術館 アート&デザイン(TAD)」という名称のとおり、アートとデザインの領域をまたぐ活動を展開する珍しい美術館だ。
art
ドクメンタ・リポート:裸の王様たちの国 1
今週、来週の2回にわたって、そのドクメンタの「理想と現実」、「コンセプトとリアリティ」を、僕なりに考えながらリポートさせていただく。その1回目は、56の国・地域から約190人/組が参加したなかで、唯一の日本人アーティストとなった大竹伸朗の作品『モンシェリ:スクラップ小屋としての自画像』を、作家本人の言葉を交えながらたっぷりご紹介しよう。
art
ドクメンタ・リポート:裸の王様たちの国 2
先週に続いてお送りする「ドクメンタ13」リポート。今週は広大な会場を歩き回りながら(これから訪れるひとには自転車レンタルを強くおすすめしておく)、なにを見て、なにを考えたのかをなぞってみようと思う。
photography
うれし恥ずかし駅前彫刻
ある日、友人から届いた封書には「都築くんならこういうの好きかと思って・・」というメッセージとともに、小さな手づくり雑誌が2冊入っていた。『駅前彫刻』と『駅前彫刻2』と題されたそれは、名前のとおり駅前や公園や道端に、だれにも気にされないままひっそりたたずむ、ブロンズや石の彫刻作品を撮影した写真集だった。
interview
突撃! 隣の変態さん 3 ラバーマン
フェティッシュ・イベント「デパートメントH ゴムの日スペシャル」で、スレンダーな肢体にぴたぴたのラバーをまとう美男美女がステージを埋める中、際だって異彩を放っていたのがこのひと、「ラバーマン」だった。 フェティッシュ、ビザールというファッショナブルな言葉よりも、「異形」という漢字がいちばんよく似合う、それはただひとり異界に君臨する孤独な王の風情だった。台車の玉座と、ガスマスクの王冠と、ラバーの王衣にくるまれた・・・。
art
日本でいちばん展覧会を見る男
日本でいちばん展覧会に行ってるひとって、だれだろう。僕はこのひとだと思う――山口“Gucci”佳宏、通称「グッチ」さん。でも、彼は美術評論家でもなければ学芸員でも画商でも、美術運送業者でもない。グッチさんはレゲエ・ミュージックに長く関わってきた、生粋の音楽業界人なのだ。グッチさんが行った展覧会を数えると、ここ5年間でこういう数字になる・・2007年 539、2008年 724、2009年 1106、2010年 585、2011年 677
fashion
池袋のラバー女神たち
5月6日=「ゴムの日」にちなんだ、フェティッシュ・イベント「デパートメントH ラバーマニア大集合」編リポートを、5月9日配信号でお届けしたが、そのステージで大フィーチャーされたのが池袋に拠点を置くラバー・ファッション工房『KURAGE』。この2月にはNHKの「東京★カワイイTV」でも特集されたので、番組で見た!という方も多いのでは。そのKURAGEが新店舗開設を記念して、いま東新宿軍艦ビル内のワンルーム・ギャラリー『どっきん実験室』にて、初の展覧会を開催中だ(7月28日まで)。
design
女性のようにオシッコできたら―― 岡田快適生活研究所の孤独な挑戦
松山空港に着いて外に出てみると、空気が煙って見えるほどの豪雨だった。とりあえずタクシーに乗り込み、グーグルの地図を見せると、ほんの10分ほどで指定された住所に着いたのだが・・そこは田んぼが広がる中の一軒家。ここがほんとにそうなの? タクシーの運転手さんも、「確かめるまで待っててあげましょうか」と心配顔だ。岡田快適生活研究所――いま性同一障害のひとや、女装子さんたちの注目を集める「ペニストッキング」をはじめとする、素晴らしく独創的なラインナップのスーパー特殊下着を次々に開発・販売しているメーカーが、東京でも大阪でもなく、松山の市中ですらなく、失礼ながらこんな場所にあって、こんなに普通の家から日本全国に送り出されているとは、だれが想像できようか・・。
travel
みちのく路の特殊美術喫茶・ブルボン
福島県いわき市・・県内最大の都市であり、東北全体でも仙台に次いで第2の人口を誇っているが、いかんせん知名度の低さはいなめない。先週号の編集後記でも触れたように、去年の大震災では死者310名、家屋の全半壊が数万軒にのぼる甚大な被害を出しながら、石巻などのようにマスコミに取り上げられる機会もほとんどないまま。福島第一、第二原発から30~70キロ圏内にあることで、なかなか観光客も戻ってこない。スパリゾートハワイアンズも、ようやく2月に全面再開したのに。 そのように地味なイメージを払拭できないいわき市ではあるが、珍スポット・ハンターたちには広く知られた名所がある。市内中心部、平(たいら)1丁目交差点近くにある『喫茶ブルボン』だ。
travel
バンコク猟盤日記
来週はお盆! 夏休み! メルマガに休みはないけど・・・。というわけで、来週はタイで夏休みを過ごそうというひともいるでしょう。羨ましい・・・。 ご飯にショッピングにエステ、いろんな計画を立てているみなさまに、今回はタイのレコード屋めぐりをおすすめする「バンコク猟盤日記」。タイ語が読めなくても、タイの音楽にまったくなじみがなくても、ジャケットを見ているだけでうっとりしてしまう、タイ製アナログ盤の魅力をご紹介しよう。僕がタイに通いはじめたのは、いまから10年ぐらい前。そして2004年から数年間は、年に何回もバンコクに通う「ハマリ状態」に。
travel
圏外の街角から:鳥取市若桜通り
鳥取駅から県庁に向かって北に真っ直ぐのびる本通り(若桜通りとも)が、鳥取市のメインストリート。その両側と、左右にのびる商店街が、かつては鳥取市の買い物需要を一手に引き受けていた。本通りあたりの街並みは、実は近現代建築史の分野ではよく知られた存在なのだという。鳥取市は太平洋戦争最中の1943年に、死者1210人を出した大地震と、戦後間もない1952年の「鳥取火災」と呼ばれる、市内全世帯の約半数を焼失した大惨事によって、市内中心部の歴史的な街並みをほとんど失ってしまった。
art
軽金属の娼婦たち
いっとき、日本でだれよりもよく知られたイラストレーターで、いまはほとんど雑誌でも広告でも作品を見ることのなくなってしまったひと、それが空山基(そらやま・はじめ)である。「ソラヤマ」の名前を知らない世代でも、あのメタリックなアンドロイド美女のイメージは、どこかでいちどは見たことがあるだろう。空山さんはいま、商業イラストレーションではなく、オリジナルのドローイングを国内・海外のギャラリーで展示販売する、画家としての活動に集中している。
interview
突撃! 隣の変態さん 4 円奴
男に生まれて、ゲイになって、女装子になって、ついに本物の女になったひと。グラフィックデザイナー、イラストレーター、キャラクターデザイナーで、パフォーマーでありダンサーで、女装サロン・オーナーで、そうしていまは画廊経営者でもあるひと。こんな経歴の持主って、ものすごく複雑で、ものすごく純粋なのにちがいない。このメルマガでも以前に紹介した歌舞伎町職安通り・軍艦ビル内のギャラリー「どっきん実験室」を運営する円奴(まるやっこ)は、そんなふうにユニークな存在だ。
design
夏の終わりの絶叫体験
まだバブルの酔いから日本中が覚めきらなかった1992(平成4)年、後楽園ゆうえんち(現・東京ドームシティアトラクションズ)で『ルナパーク』というイベントが始まった。そのルナパーク内で異彩を放っていたのが、お化け屋敷だった。『麿赤児のパノラマ 怪奇館』と名づけられたそのお化け屋敷は、それまで常識だった場面ごと、部屋ごとに怖がらせるスタイルではなく、屋敷全体にひとつのストーリーを設定し、そのストーリーにお客さんが能動的に関わっていくという、考えてみればかなり現代演劇的なアプローチで、すごく新鮮だった記憶がある。
food & drink
ロボットレストランというお祭り空間
新宿歌舞伎町の中心部、区役所裏の超一等地に、ロボットレストランがいきなり姿をあらわしたのがこの7月のこと。大通りを走り回るロボット・カーに度肝を抜かれ、道端で配られたティッシュの「オープン迄にかかった総費用・総額100億円」の文言に二度ビックリ。で、ロボットレストランというから、ロボットがサービスしてくれる、未来型ハイテク・レストランかと思いきや、肌もあらわなセクシー美女たちが踊ってくれる「ロボット&ダンスショー」が楽しめる、シアター形式の店だという・・・。ほとんどワケのわからないまま、この夏の東京の、夜の話題を独占した感のあるロボットレストラン。
art
黄昏どきの路上幻視者(ROADSIDE SENDAIから)
(前略)ここ数年、ようやく日本ならではのグラフィティの進化形が出てきたように思える(僕が不勉強だっただけかもしれないが)。たとえば北の国・札幌からザ・ブルーハーブが、まったく新しい日本語のラップを突きつけたように、ほかのどこにもないようなストリート・アートのかたちを提示する作家のひとり。それが仙台のSYUNOVEN=朱乃べんだ。道端の廃屋や、小屋の壁に描かれたSYUNOVENの絵を見て、「グラフィティ!」と思うひとは、もしかしたら少ないかもしれない。それほど彼の描く形象はユニークで、アメリカン・グラフィティとはかけ離れたテイストで、描かれた場の持つ雰囲気と呼応した土着のパワーを湛えている。
food & drink
日曜日のゾンビーナ
うららかな秋日和のサンデー・アフタヌーン。六本木ミッドタウンの前は、お洒落な犬を連れたお洒落なカップルや、高そうな乳母車を押す高そうな外国人カップルが、ほがらかに行き交ってる。ミッドタウンの正面にはメルセデスベンツのショールーム。そのおとなり、飲食ビルの2階の、とある店。ほがらかな気分でドアを押し開けると・・・いきなりゾンビが襲ってきた! 「いらっしゃい~~」とくぐもった声を出しながら、ぶらぶら腕を伸ばして迫ってくる・・・ああ気持ち悪い! 知る人ぞ知る六本木の隠れフェティッシュバー「CROW」を舞台に、毎月最終日曜日に開かれているのが「ソンビバー」だ――。
photography
センター街のロードムービー
印画紙の上にあらわれ消える男女たち。それはいまから数年前、日本でいちばんスリリングな夜があった時代の渋谷センター街に、生きていた男の子と女の子たちだ。焦点の合った主人公と、その向こうのぼやけた街並み。鮮やかで、しかもしっとりしたカラー(それはウォン・カーウェイの撮影監督だったクリストファー・ドイルや、ベンダースやジム・ジャームッシュのロビー・ミューラーのような色彩感覚)。1枚1枚のプリントに閉じ込められた、なんとも言えない、あの時代の空気感。そしてこの素晴らしい写真を撮った鈴木信彦さんは、プロの写真家ではなく、仕事をしながら週末渋谷に通うだけのアマチュア・カメラマンなのだという・・。
art
アートと地獄とメイドとクソゲー:福岡辺境不思議旅
「妄想のパラダイス」とサブタイトルがついた不思議博物館を、ひと言であらわすのは難しい。「館長」と呼ばれる造形作家・角孝政(すみ・たかまさ)さんの立体作品とコレクションを集めたミュージアムであり、同時に「不思議子ちゃん」と名づけられた女の子たちが迎えてくれる、メイドカフェでもある。「日本一有名なクソゲー」を、特製巨大コントローラーで遊べる場所でもある。とりあえずは、公式ウェブサイトに記された館長本人による説明と、全貌図解をご覧いただきたい。
travel
札幌迷走紀行・前編 ある秘宝館の最後
北海道秘宝館が危ないらしいと聞いたのは、もう数年前のこと。毎日開館していたのが、いつのまにか週末だけになり、動いていた展示物は、メンテナンスがまったくされないために徐々に動きを止めて、そのうちに冬期は閉館、ほかの季節も「基本は週末開館だが、行ってみないとわからない(ウェブサイトもなし)」という状態に陥っていった。館を任されていた女館長さんは、札幌市内のスナックのママも兼ねていて、そっちのほうが忙しくて秘宝館まで手が回らない、という状態でもあった。そしてこの秋。久しぶりに札幌を訪れてみると、「秘宝館が廃墟になってしまっている」という悲しい情報が。
photography
痛車賛歌――坂口トモユキのデジタル細密画
「いたしゃ」と言われて「イタ車」を連想するのか、「痛車」を連想するのか、君はどちらのタイプだろうか。痛車とは、ご存じ車体にアニメやゲームのキャラのイラストを貼りつけた、ヲタク活動の一環。以前は週末の秋葉原名物だったりしたが、最近では全国各地の街角で見かけることが少なくない。その痛車の名作群を2009年から撮影しつづけている、坂口トモユキさんの写真集『痛車Z』が12月6日に発売され、併せて中野ブロードウェイ内のギャラリーで写真展も今月末から開かれる。坂口トモユキさんは1969年生まれの写真家。東京近郊の住宅地を深夜に撮影して回った『HOME』を2008年に発表する。僕が坂口さんの名前を知ったのも、その年の木村伊兵衛賞審査会場で写真集を見たときだった。
travel
金いろの夜――別府湯けむりアート紀行
いつまでも若くはいられない。老いた都市から都市へと旅していると、人間の歳のとりかたにいろいろあるように、町の老いかたにもいろいろあるのだと実感する。たとえば温泉町で、僕が知るかぎりいちばん往生際が悪いのは熱海で、いちばんさっぱり枯れているのが別府だ。別府というのはつくづく不思議な町だ。日本有数の温泉地で、観光客も国内外からそうとう訪れているはずなのに、駅前から海に向かって延びるメインストリートは人影まばら。お土産屋は20年も30年も前の品物を平気で並べているし、商店街は見事なまでのシャッター通りと化している。一歩裏道に入れば、住宅と飲食店と風俗店がぐちゃぐちゃに混じり合い、ゾーニングという概念が存在しないかのようだ。
art
金いろのエキゾチカ――芸術と芸能のミッシングリンク
「まあ、金粉ショーがやりたくて、混浴ゴールデンナイトを企画したぐらいですから!」と笑う佐東さんは、京都を拠点とする暗黒舞踏グループの雄・白虎社に創立時から解散まで在籍したコア・メンバー。同じ白虎社仲間の水野立子さんとともに、今回のショーの構成や、ダンサーの演技指導を手がけた。「いまではほかに見れる場所もないし、僕と水野で20年ぶりぐらいに、思い出そうと思って踊ってみたら、完璧に全部、からだが覚えてたんですよね!」という佐東さん。公的機関の助成金や企業のメセナ活動がほとんど存在していなかった1970~80年代には、白虎社のような舞踏カンパニーにとって、公演費用やカンパニーの維持経費のために、金粉やセミヌードのショーを仕立てて、日本各地の温泉場やクラブ、キャバレーを「営業」して回るのが、ごくふつうのことだったのだ。
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捨てる神と拾う神――森田一朗すてかんコレクション
捨てられてしまうもの、忘れられてしまうものを集め、記録するようになってずいぶんたつが、その道の大先輩であるひとりが森田一朗さんだ。森田さんはフリー・カメラマンとして自分の写真を撮るとともに、昔の写真や絵葉書など、明治から昭和にかけてのヴィジュアル・ヒストリーの収集でも知られている。ずいぶん前に(調べてみたら1998年だった)、筑摩書房の『明治フラッシュバック』というシリーズで『サーカス』『ホテル』『遊郭』『働く人びと』という4冊の貴重な資料集を出していて(いずれも絶版)、そのテーマの選び方からも森田さんの、街とひとを見つめる目線が伝わってくる。
travel
石巻のグレイトフルデッド
3.11をめぐる報道で、もっとも頻繁に取り上げられた土地のひとつが宮城県石巻だろう。石巻を「いしまき」と読んでしまうひとも、これでいなくなったにちがいない。石巻湾に面し、旧北上川の河口に沿って広がる石巻市が、地震と津波で壊滅的な被害を受けたのはご承知のとおり。宮城県復興庁のデータによれば死者3486人、行方不明者462人、住宅・建物の全半壊は3万3378戸。ひとつの市で、3000人以上が命を落とし、3万もの建物が壊れてしまったことになる・・すぐ北隣に位置する女川原発が無事だったのが、信じられないくらいだ。そして震災から1年9ヶ月がたった現在、石巻がどうなったかといえば、いまだに被害の惨状は生々しいまま。道路や空き地のガレキはさすがに片付けられたけれど、それは集積所に集められただけのことだ。街を歩けばあいかわらず崩れたまま、空き地のままの地所が目立つ。
music
8トラックのエロ 前編
民放FMでなにがきらいかって、いまだにはびこるバイリンガル臭いアナウンサー(と言えばいいのに、ナビゲイターとか自称したり)。でも、もっときらいなのが、あのラジオドラマ仕立てのコマーシャルだ。長くて、気取ってて、くだらなくて、中途半端で、構成作家のしたり顔がうかんできて思わず運転中に暴れたくなるような。いま、『肉の悶え』という世にも不思議なCDを聴きながら、僕はラジオドラマの黄金時代のことを思い出す。映像のともなわない、音声だけのドラマ。声とBGMがつむぎだす、ゆたかな世界のことを。そういえばかつて聞き書きに通った稀代の性豪「安田老人」も、「(性行為を記録した)ビデオより、カセットテープのほうがずっと刺激的です」と言い切っていたっけ。
music
8トラックのエロ 後編
『ヒゲの未亡人』なる不思議なユニットを岸野雄一さんと展開するミュージシャン、ゲイリー芦屋さんが甦らせた8トラック・エロテープの奥ヒダ世界を、先週はご紹介した。すでに100本以上のテープを収集してきたゲイリーさんの手元には、手づくりCD-R『肉の悶え』には収録されていないものの、そのジャケット(というかボックス)・デザインだけで溜息連発の、珠玉のコレクションが秘蔵されている。Macもアドービもなかった手描き時代の、無名のデザイン美学を今回はいきなり、たっぷりお見せしよう。ゲイリーさんのご厚意によって先週号にアップしたCD-Rの冒頭部分を、もういちど載せておくので、なるべく大きな音量でプレイしながらの鑑賞をおすすめする!
travel
ロードサイド台湾1:八卦山南天宮
日本の地方を回りはじめたのは『週刊SPA!』誌で1993年から1998年まで続いた連載『珍日本紀行』がきっかけだった。その連載では正月、ゴールデンウイーク、夏休みなどの連休シーズンにあわせて『珍世界紀行』という特別版を発表していて、それが2004年には『珍世界紀行 ヨーロッパ編』として一冊にまとまり(2009年文庫化・筑摩書房)、同時にSPA!の連載が終わってまもなくの2000年からは『月刊TITLE』誌(文藝春秋・・すでに廃刊)で『珍世界紀行 アメリカ編』が始まって、2007年まで続いたこの連載は2010年に分厚い単行本になった(アスペクト刊)。同時にSPA!誌の海外特別編でいくつか取り上げたアジアの珍名所探訪は、2006年から07年にかけて『月刊パパラッチ』(双葉社刊)の連載に引き継がれたが、こちらもあえなく休刊・・涙。
photography
ブローニュの森の貴婦人たち――中田柾志の写真世界1
深い緑の森の夜、フラッシュに浮かび上がる挑発的な女。ビニールの花のごとく地面を覆う使用済みのコンドーム・・・。パリ、ブローニュの森にあらわれる娼婦たちの生態である。パリ市街の西側に広がるブローニュの森。凱旋門賞のロンシャン競馬場や、全仏オープンのロランギャロスも含むこの広大な森林公園が、昔から娼婦や男娼の巣窟としても有名だったことを知るひとも少なくないだろう。そういえばあの佐川一政が、死姦し食べ残した遺体を捨てようとしたのも、この森のなかだった。陽と陰がひとつの場所に、こんなふうに混在するのがまた、いかにもパリらしいというか。
lifestyle
追悼・浅草のチェリーさん
浅草を歩くと、いつもそのひとがいた。六区のマクドナルドあたりに、小さなからだを独特のセンスの服で包んで、ふらふらと立っていたり、道端に座り込んでいたり。チェリーさんとも、さくらさんとも、あるいはただ「おねえさん」とも呼ばれてきたそのひとは、道行く男たちに声をかけ、からだを売る、いわゆる「立ちんぼ」だった。だれかに声をかけたり、かけられたりしているところを見たことは、いちどもなかったけれど。ほとんど浅草の街の風景の一部と化していた彼女が、亡くなったらしいと聞いたのは去年の年末のことだった。
photography
隣人。―― 北朝鮮への旅
去年末、北朝鮮を撮影した写真集が出版された。タイトルは『隣人。――38度線の北』。撮影したのは初沢亜利(はつざわ・あり)という日本人のカメラマンだ。北朝鮮の写真と言われただけで、思い浮かぶイメージはいろいろあると思う。でもこの本の中にはボロボロの孤児も、こちらをにらみつける兵士も、胸をそらした金ファミリーの姿もない。 そもそも隠し撮りではなく、真っ正面から撮影されたイメージは、遊園地でデートする若いカップルであったり、卓球に興じる少年であったり、ファストフード店で働く女性や、海水浴場でバーベキューを楽しんだり、波間に寄り添う中年夫婦だったりする。言ってみればごくふつうの国の、ごくふつうの日常があるだけで、でもそれが他のあらゆる国でなく、「北朝鮮」という特別な国家のなかで撮影されたというだけで、この本は特別な重みをたたえている。
art
グラフィティがかき乱す台北のランドスケープ
昨年10月3日号で、仙台在住のグラフィティ・アーティスト「SYUNOVEN=朱乃べん」を紹介した。彼の作品はアメリカ発のグラフィティという表現が、ようやく日本独自の進化を遂げつつあることの優れた一例だった。この正月に台北で出会ったグラフィティ・アーティスト「CANDY BIRD」の活動もまた、台湾の風土にあわせて独自の進化を遂げつつある、新たなエネルギーをいきなり突きつけられるようで、すごく興味深い。中国本土(台湾ふうに言えば大陸)でも台湾でも、現代美術の世界では基本的にコンセプチュアルな作家、作品が大多数で、キャンディ・バードのようなストリート・レベルのアーティストが、いまどれくらい増えてきているのか、僕はまだ調査不足でわからない。でも、なにかが起こっている感触は、確実にある。それはこれから長い時間をかけて探っていくことになるだろうが、まずはそのイントロダクションとして、キャンディ・バードの作品世界をご覧いただきたい。
art
焼きつけられた記憶――大竹伸朗『焼憶』展
焼きものの町・常滑が生み出したもっとも有名な製品は土管(陶製土管)で、一時は全国の上下水道のかなりの部分に常滑製の土管が使用されていたという。セントレア開業に伴って周辺地域は大規模な再開発が進んだが、常滑の中心部は陶業華やかなりしころの面影、街並みがかなり昔のままに残っていて、最近は日帰りお出かけスポットとして若い層にも人気を博しているようだ。常滑の陶業を代表する企業がLIXIL(元INAX)。そのLIXILが常滑市内に開いている「INAXライブミュージアム」で、今週土曜日から6月9日まで、大竹伸朗による『焼憶(やきおく)』展が開催される。今週はいち早くその展示紹介と、常滑の町めぐりをお送りしたい。まずは大竹伸朗本人による、本メルマガのための書き下ろしテキストをお読みいただきたい――。
art
ノリに巻かれた寿司宇宙
「デコ弁」が流行っているらしい。僕がもし小学生で、母親が忙しくて白飯にハンバーグ乗せただけ、みたいな弁当しか作ってくれなかったら、恥ずかしくてみんなの前でフタ開けられないくらいに・・・いまのお母さんは大変だ。雑誌やネットで見るデコ弁は、たしかにものすごく凝った出来で、芸術的とさえ言えるものもある。下手したら「これもクール・ジャパン」とか文科省が売り物にしちゃいそうな。パンにピーナツバター塗るか、ハム挟んだサンドイッチをジップロックに入れただけ、みたいなランチで親も子も満足してる外国人にとっては、はるか想像の彼方にある東洋の新たな神秘、それがデコ弁なのだろう。
art
六畳間のスクラップ宇宙
数か月にいちど、岐阜県内の消印を押した分厚い封筒がうちに届く。中にはいつも近況を書いた短い手紙と、写真の束が入っている。サービスサイズのプリントに写っているのは、風景でも人物でもない。数十枚のスクラップブックのページを複写したものだ。山腰くんがこんな手紙を送ってくれるようになってから、もう何年たつだろう。岐阜市に住むこの青年はアルバイトの毎日を送りながら、ひっそりと、膨大な量のスクラップブックを作り続けて倦むことがない。どこにも発表することのないまま。ずっと前から見てみたかった彼の生活空間とスクラップ制作の現場を、ようやく見せてもらうことができた。そして招き入れられた小さな空間と、しまい込まれたスクラップブックのボリュームは、僕の想像をはるかに超える密度の、いわば切り抜かれた女体のブラックホールだった。
photography
刺青の陰影 2
052~053号で紹介した森田一朗・写真コレクション『サーカスが街にいたころ』。その続編として先週に引き続き、森田さんの刺青写真コレクションをお見せする。1966(昭和41)年に発表された写真集『刺青』(図譜新社刊、英語解説ドナルド・リチー)に掲載された写真群と、江戸下町の粋を体現するような、刺青愛好家の聞き書きをあわせてお楽しみいただきたい。今回ご紹介するのは、浮世絵摺師の北島ひで松さん。浅草生まれの浅草育ちで、日本一の浮世絵摺師と言われた人物だ。森田一朗さんは、北島ひで松さんのことをこんなふうに紹介している――
art
シャム双生児の夢
ヒトの頭をした犬がいる。水頭症の子供がいる。シャム双生児がいる・・・鵜飼容子の描く画面、立体の造形は、現代美術画廊のホワイトキューブ空間に、どこかの時代からいきなりワープしてきた見世物小屋のようだ。場末の奇形博物館のようだ。そしてそれらは確かに不気味だけれど、同時にどこか神々しくもある。かつてさまざまな文明で、奇形や不具の人間が「神に愛でられた存在」であったように。鵜飼容子は1966(昭和41)年生まれ、46歳の画家だ。生まれ育った鎌倉の地で、週の半分は通いの仕事で生活を支えながら、静かに絵を描いて暮らしている。
art
ワタノハスマイルふたたび
去年の3月21日に配信した『ワタノハスマイル』を、覚えていらっしゃるだろうか。まだ読んでいないかたは、ぜひサイトのバックナンバー・ページからご一読いただきたい。3月11日の東日本大震災で壊滅的な打撃を受け、避難所となった宮城県石巻市の渡波小学校で、子どもたちが瓦礫から拾い上げたゴミでつくりあげた、それは魔法のようなアートが誕生した瞬間だった。「ワタノハスマイル」のオーガナイザーとなった、山形県出身の絵本作家・犬飼ともさんは、思いがけず全国からイタリアまでを回ることになった展覧会に際して、こんなふうに書いていた――。
art
祈りの言葉が絵になるとき
メールマガジンで楽しいのは、小さな記事がときには思わぬ発見に結びついて、それをすぐにまた掲載できるところだ。担当編集者との打ち合わせとか、会議とか、そういうのをぜんぶすっ飛ばして。今年の2月6日号で、小さな展覧会の告知記事を掲載した。『アートリンク:奈良県障害者芸術祭』というそれは、障害者とアーティストが手を組んで作品をつくる、ユニークな試みだった。その参加作家である黒瀬正剛さんからある日、薄いパンフレットが届いた。黒瀬さんが企画を手伝った、地元のアマチュア・アーティストの展覧会カタログだそうで、表紙には穏やかな表情の仏画と、「伊東龍宗 Tatsumune Ito」という作家名だけが記されている。
music
石巻のラスタファライ――ちだ原人半生記
石巻ミュージック・シーンの立役者というか、ムードメイカーというか、伝説的存在というか、とにかく石巻の象徴のような存在、それがレゲエ・シンガーである「ちだ原人」だ。そして彼もまた、3.11ですべてを失った被災者のひとりである。これからお送りするのは、この稀有なアーティストの、おそらく初めての包括的なライフ・ヒストリーだ。ものすごくメガ盛りなドレッドヘア、ものすごく日焼けした顔と、うるんだような優しい瞳、夏は半裸体、厳冬期でも足元は素足にゴムゾーリという、いちど見たら忘れられないインパクトを放つ「ちだ原人」は、1958(昭和33)年に石巻市で生まれた。いまも残る生家は日和山(ひよりやま)という小高い丘の麓にあって、周囲を役所の出張所や公民館、学校などに囲まれた、中心部ながら静かな文教地区である。
art
死刑囚の表現・展
すでにツイッターやFacebookでご存知の方もいらっしゃるだろうが(そして美術メディアは例によって完全無視だが)、今月20日から6月までの2ヶ月間、広島県福山市の鞆の津ミュージアムで、『極限芸術 ― 死刑囚の表現 ―』と題された展覧会が開催される。鞆の津ミュージアムは、去年僕も展覧会やトークで参加させてもらった、アウトサイダー・アートを専門に扱う新しいミュージアム。そしてこの展覧会は、個人的に今年いちばん重要な美術展になるはずだ。タイトルどおり、この展覧会はいま日本国内に130余名いる死刑確定者や、すでに刑を執行された受刑者による絵画展だ。ロードサイダーズ・ウィークリーでは去年の10月17日配信号で同じ広島県内、広島市郊外のカフェ・テアトロ・アビエルトで開催された『死刑囚の絵展』をリポート、予想以上に大きな反響をいただいた。そのとき展示された作品は40数点だったが、今回鞆の津ミュージアムに展示される作品は総数300点以上になるという。同種の展覧会でも最大規模であることは間違いない。
photography
つくりもののまこと――『日本映画 スチル写真の美学』展によせて
「ハリスさんも死んだ、鶴さんも死んだ、今度はわたしの番なんだ・・」と絶唱するのはご存知『お吉物語』だが、先月末でシネパトスが死んで、5月末でテアトルシネマが死んで、銀座の映画館もどうなっちゃうんだろう・・・涙。そのテアトルシネマから首都高の下をくぐってすぐ、京橋のフィルムセンター(東京国立近代美術館フィルムセンター)は、銀座エリアに残された数少ない映画ファンの聖地である。過去の名作や埋もれた作品の上映はもちろん、展覧会もなかなかおもしろいフィルムセンター。先月末まで開催していた『西部劇(ウェスタン)の世界 ポスターで見る映画史 Part1』も楽しかったが、今月16日からは『映画より映画的! 日本映画 スチル写真の美学』と題された非常に珍しい、そして個人的に思い入れの深い展覧会がスタートする――。
photography
拳闘家と写真家――ふたりのファイターによせて
梅小路公園には去年、京都水族館がオープン。これまで京都市民には場末扱いされてきた下京区への、ひとの流れの変化を呼び起こしているが、先週土曜日にはこの京都水族館のすぐおとなりに、小さなギャラリーがひっそりオープンした。『trace』という名の、三角屋根の古い倉庫を改造したギャラリーは、写真家であり美術作家でもある山口和也が開いたもの。そのこけら落とし企画として5月12日までのほぼ1ヶ月間、山口さんが6年間にわたって撮影し続けてきたプロボクサー小松則幸の写真展を開催している。
movie
長距離ロッカーの孤独
この3月、札幌の小さな映画館で、あるドキュメンタリー映画が1週間だけ公開された。主人公は札幌在住の、まったく売れない中年ミュージシャン。監督はこれが映画初挑戦という、美容院とスープカレー屋の経営者。いったいこれ以上、地味な組み合わせがあるだろうか・・・。しかしこの映画『KAZUYA 世界一売れないミュージシャン』は、公開直後からなんと連日満員の大盛況。今月30日からは映画館「蠍座」の開館以来、17年間で初めてのアンコール上映が行われるのだという。映画にはほんのときたま、こういう奇跡が起きる。だから信じられるのだけれど、それにしても・・・。『KAZUYA 世界一売れないミュージシャン』とは、こんな映画だ――。
photography
一夜漬けの死体――川本健司の「よっぱらい天国」
新宿でも、渋谷でも池袋でもどこでもいい。東京の夜の街を初めて歩く外国人がいきなり度肝を抜かれるもの――それは道端に倒れている人間たちだ。あっちにもこっちにも、街路樹の根本にもビルの入口にも、ぐったりとからだを横たえて動かないひとたちがいる。それは人体というより、薄暗がりのなかの小さな障害物だ。ニューヨークだってロンドンだってパリだって、バンコクだってマニラだって道に倒れている人間はいっぱいいるが、東京の場合はそれがスーツ姿のサラリーマンだったり、ミニスカートの女子だったりする。で、事情を知らない外国人は「東京はなんてタフな場所だ!」と驚いたり、「死んでるんじゃないの?」とオロオロしたりするのだが、「いや、酔っぱらってるだけだよ」と聞かされて二度びっくり。「財布やカバンを盗られないのか!」「レイプされないのか!」と、こんどは「東京って、なんて安全な場所なんだ」と感心したりする。
music
民謡酒場のマスター・オブ・セレモニー
浅草、吉原、向島・・・いま都内に3軒ほどしか残っていない「民謡酒場」という存在を教えてくれたのは、山村基毅さんの『民謡酒場という青春―高度経済成長を支えた唄たち―』(ヤマハミュージックメディア)という一冊の本だった。山村さんによれば、昭和30年代からの高度成長期に東京、それもいまはソープ街として知らぬもののない吉原を中心に、数十軒の民謡酒場が盛業していたのだという。わずかに残っている数軒を、僕は山村さんに案内をお願いして訪ね歩き、それは単行本『東京右半分』に収められたが、そのうち亀戸の『斎太郎』はすでに閉店してしまっている。この記事の最後に東京右半分・民謡酒場探訪記の前説を再録しておくが、山村さんとはしごした店でいちばん興味深かったのは、民謡歌手やお客さんたちよりも、司会者の存在だった。
art
ガラクタ山の魔法使い
隅田川に近い浅草橋の裏のビル。階段を上がった先の奥の部屋。展覧会なのに、カメラのISO感度を6400ぐらいに上げないと撮れなそうな暗い部屋の中で、もじゃもじゃの髪ともじゃもじゃのヒゲの男が、机にかがみこんで作業に没頭していた。ここ、展覧会場ですよね・・・。「マンタム」という不思議な名前を持つ彼は、古物商=古道具屋でありながら、自分のもとに集まってくるガラクタを素材に、なんともユニークな立体作品をつくりあげるアーティストでもある。そしてシュールで、魔術的でもある彼のオブジェが詰まった展示空間に足を踏み入れること、それはまるでヤン・シュヴァンクマイエルかブラザース・クェイのアニメの中にワープしてしまうような、不思議な体験でもある。
photography
笑う流れ者――アンダーグラウンド・フォトグラファー木股忠明の世界
仙台、新宿ゴールデン街、神奈川県綱島・・・同時多発的に小さな写真展が、ひっそりと開かれている。『笑う流れ者木股忠明の思いで』――ひっそりすぎて、そんな展覧会があることすら知らないひとがほとんどだろうし、木股忠明という写真家の名前も、よほど詳しいひとでないと聞いたことがないだろう。写真に詳しいひとですらなく、アンダーグラウンド・ミュージック・ワールドによほど詳しいひとでないかぎり。1970年代末期から80年代にかけて、日本の音楽業界がインディーズ・ブームというものに(ニューウェーブと呼ばれるようにもなったが)浮き立っていたころ、それとは一線を画した場所で、ずーっと小さくて暗い片隅で、ふつふつとうごめくエネルギーがあった。
travel
高知のデルタ、本山のミシシッピ――藤島晃一・絵と音楽と、女と旅の物語 前編
四国の真ん中をほぼまっすぐ南北に貫いて、高知市と香川県高松市を結ぶ国道32号。高知市内から北に向かい、すぐにのどかな田園地帯に、さらに緑深い山沿いのワインディングロードに入って約1時間。大豊という小さな町から土佐街道に左折し、おどろくほど深い色の吉野川に沿って走って行くと、本山町をすぎたあたりのカーブを曲がったとたん、ものすごくカラフルに塗りこまれた一軒家が視界に飛び込んでくる。かわいらしいシャレコウベの看板脇に書かれている店名は『CAFE MISSY SIPPY』。もちろんアメリカのミシシッピ州と、「ちびちび飲るお姐さん」みたいな英語をかけて、これがアメリカのどこかのカレッジタウンにあればニヤリとするような名前だけど、高知の山中ではちょっと浮いている感じもする。でもとにかく、やっと来れた・・・ここが絵描きで、写真家で、スライドギターの名手でもあるブルースマン・藤島晃一のホームベースなのだ。
travel
高知のデルタ、本山のミシシッピ――藤島晃一・絵と音楽と、女と旅の物語 後編
先週に続いて高知県本山町からお送りする、絵描きで、写真家で、スライドギターの名手でもあるブルースマン・藤島晃一さんを訪ねる旅。今週の後編では、『CAFE MISSY SIPPY』から道を挟んだ向かいの川沿いにある『Mojoyama Mississippi』で、4月27日に開催されたライブの模様を写真で紹介しながら、稀有なブルースマンの絵と音楽と女の、冒険の旅路をさらに辿ってみよう。高知市内の飲み屋で働くうちに仲良くなったアメリカ人女性にすすめられて、アメリカに渡ることになった藤島さん。彼女のホームグラウンドであるミネアポリスから、高知で帰りを待つ新しい彼女の実家があるオクラホマシティ、さらにはウィスコンシンと巡るうちに、本格的に絵と向かい合う気持ちが固まってきて、「お金貯めて、また絵を描きに戻って来る」ために、とりあえずいちど高知に帰ることになった。
fashion
21世紀の傾奇者
2014年1月12日の朝、北九州市の中心である小倉の、北九州メディアドーム前は異様な熱気に包まれていた。パンチパーマと並んで(!)小倉が発祥地である競輪用のレーストラックを備えたこの多目的ドームで、きょうは2014年度の成人式が開催されるのだ。毎年、成人の日が近づくと「どこの成人式は荒れる」とか「暴走族が騒いだ」とか、お決まりの話題がマスコミを賑わすが、小倉の成人式はその絢爛豪華にして独創的な衣裳で、ここ数年かなりの注目を集めるようになってきた。式典開始の午前10時前から、ドーム前の広場は人、人、人、色、色、色で埋め尽くされる。カラフルという言葉ではとうてい追いつかない、彩度マックスの色見本がぶちまけられた、巨大なパレット状態だ。
art
少女の深海――高松和樹のハイブリッド・ペインティング
探査船の強いライトに照らされて、闇の中で白く浮かび上がる生命体のように、濃紺の深海にたゆたう少女たち。高松和樹がたった2色で描き出す緻密な仮想現実は、見たこともない世界と、ひどく親しげな既知感を同時に抱え込んで、見るもののこころをざわつかせる。どこか懐かしい未来の風景のように。通常のキャンバスではなく、運動会のテントなどに使われるターポリンという防水加工された白布をベースに、3DCGで制作されたイメージを野外用顔料でプリントし、その上からアクリル絵具で筆描きを重ねていくという、デジタルとアナログのハイブリッドのような特殊な技法で生み出される画面。それは少女や物体など描かれたモチーフと、画面に目を近づけてみるとベロアのようにザラリとして見えるマチエールのニュアンスが呼応することで、平面でありながら深い奥行きに、僕らを誘い込んでいく。
photography
GABOMIという名の「そのまま」写真
長崎、広島、高松・・・路面電車の走っている街とは、たいてい気が合う。先々週のメルマガで紹介した、女木島の『女根』を取材に行ったときのこと。島から高松港に帰ってきて、市内をぶらぶらしてみようと、高松の路面電車「ことでん」の駅に歩いて行ったら、切符売り場の壁に異様なポスターが貼ってあった。仏生山温泉というらしい、檜造りの気持ちよさそうな大浴場に、ことでんの運転手さん、車掌さんたちが制服を着て、制帽もかぶって、白い手袋はめて、裸足で、風呂に浸かって遊んでいる。服をびしょびしょにして、湯けむりのなかで、気持ちよさそうに。
food & drink
ゼン・プッシーが閉じた夜
西荻窪――というより「西荻」という街には、独特の臭みがある。それは新宿とも下北沢とも、高円寺とも吉祥寺ともちがう臭みで、僕は長いこと、それにあまりなじめないでいた。そういう西荻で一軒だけ、ここなら安心して泥酔して気も失えるくらい好きだった店が南口の商店街を抜けた奥にあって、それは『ZEN PUSSY』という、名前からして異常な店だった。屋台みたいな駅前飲み屋街から、住宅街のおしゃれなレストランまで、ありとあらゆるタイプの飲食店がそろう西荻で、ゼン・プッシーはほかのどのタイプにも属さない店だったし、お客さんもほかのどこにも属さないタイプのひとたちだったと思う。
photography
写狂仙人の教え――福田満穂コレクション
先週木曜日には渋谷のギャラリー「アツコ・バルー」、そして日曜に山口湯田温泉からDOMMUNE「女将劇場生配信」で、偶然にも続けて山口県の知られざるアーティストの紹介をすることができた。渋谷で展示中の画家・田上允克、萩の仲村寿幸など、すでに本メルマガでインタビューを掲載したアーティストたちと並んで、特に反応が強かったのが、山口市在住のアマチュア・フォトグラファー福田満穂さん。あくまでストレートでありながら、どこかファニー、しかもビザール。見れば見るほど不思議な作風は、笑いの裏にひそむ乱調の美を感じさせてやまない。
travel
雄弁な沈黙――戦争を語りつぐ場所・しょうけい館
夢を見ました 倅(せがれ)の夢を 肩をたたいて くれました 骨になっても 母を忘れぬその優しさに その優しさに 月がふるえる 九段坂(『靖国の母』二葉百合子 作詞・横井弘) 九段といえば靖国神社。その靖国神社に今年も「みたままつり」がやってきた。先週末の13日から16日まで。冬の新宿酉の市と並んで、東京都内では「見世物小屋」が出る唯一の夏祭りということで、毎年楽しみにしているマニアの方も多かろう。日本歌手協会の超ベテラン歌手たちによる、能楽堂での「奉納特別公演」というフリーコンサートが、僕にはいちばんの楽しみだ。
art
瀬戸の花婿――女木島・高松・丸亀「大竹伸朗祭」
いよいよ夏会期が20日からスタートした瀬戸内国際芸術祭2013。夏休みに向けて全島制覇に意欲を燃やしつつ、フェリーの時刻表とにらめっこでスケジュールを熟慮している方も多いのではないか。本メルマガではすでに芸術祭の春会期に合わせて女木島の『女根』を6月12日号でリポートした。その記事末でも触れ、すでに多くのアート・メディアで取り上げられているように、先週からは女木島の『女根』に加え、芸術祭夏会期とタイミングをあわせて高松市美術館では『憶速 OKUSOKU / VELOCITY OF MEMORY』、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館では『ニューニュー NEWNEW』と、3つの展覧会が同時オープン、常設展示である直島の『直島銭湯 I♥湯』と『家プロジェクト・はいしゃ』をあわせれば、ほとんど「瀬戸内・夏の大竹祭り」状態となっている。
art
ひとりきりの極楽浄土
鞆の津ミュージアムが今月17日から、またもやいっぷう変わったグループ展『ようこそ鞆へ! 遊ぼうよパラダイス』という、タイトルだけではまったく内容のわからない展覧会を開催する。狭い意味でのアウトサイダー・アートを踏み越える意欲的な企画が続く鞆の津ミュージアム。特定の美術館ばかり優遇しているようで恐縮だが、どんな公立美術館よりも「攻めてる」んだからしょうがない。今週はこの展覧会のコンテンツを、オープンに先駆けてたっぷりご紹介しよう。
photography
路上の神様 ――石倉徳弘のポートレイト・フォトグラフィ
たとえばダイアン・アーバスがフリーキーな被写体を通して、フリーキーな自分自身を撮影していたように、鬼海弘雄が浅草の人間模様のなかに自分のかけらを見つけようとしているように、優れたポートレイトは被写体を通して撮影者を浮かび上がらせずにおかない。そうでなければ、ポートレイトはただの顔かたちのサンプル集になってしまう。不思議なポートレイトのシリーズを見る機会があった。写っているのは似合わないスーツや改造制服に身を固めた少年だったり、見るからにオヤジでしかない女装家だったり、売れてなさそうなミュージシャンだったり、変な入れ墨の変な外人だったり、ホームレスだったり。
art
モンマルトルのアウトサイダー
パリでいちばん高い丘。その頂上にサクレクール寺院がそびえるモンマルトル。ピカソやモジリアーニが住んだ安アパート洗濯船、ルノワール、ユトリロ、ロートレック・・・そうそうたるアーティストたちが青春を過ごしたモンマルトルは、パリ有数の観光地であるとともに、そのふもとにあたるマルシェ・サンピエール地区はパリ随一の生地問屋街。ファッション関係者にはとりわけよく知られる、まあパリの日暮里というか・・・。 カラフルな生地が店先からあふれ出す商店街の奥にあるのが、ミュゼ・アル・サンピエール。パリきってのアウトサイダー・アート専門美術館だ。
design
欲望をデザインする職人芸 ――佐々木景のグラフィック・ワーク 前編
いまから10年以上前、『珍日本紀行』の文庫版をつくっているときに、僕は佐々木景という若いデザイナーに初めて会った。「東日本編」「西日本編」の2冊合わせて1100ページを超える膨大なデザイン作業を、数人の若いデザイナーにチームを組んでもらって進めたのだが、そのひとりが彼だった。ひょろっとしたからだに優しい笑みを浮かべて、でも会うたびにタトゥーが増えてシャツから透けて見えていて、人間的にも非常に興味深かった景くんは、それからずっと現在に至るまで「自分のビジュアルアート」と「ハードコア・パンク(バンドのグラフィック)」と「AVパッケージ」という3本の柱を軸に活動を続けてきた。
design
レアグルーヴのリアリティ――佐々木景のグラフィック・ワーク 後編
2008年だから、いまからもう5年前になる。現地で撮影した写真で展覧会を、というグループ展に誘われて、インドネシアのジャカルタを初めて訪れた。短期間のうちに何度か通って撮影した写真は、展覧会以外にこれまで発表の機会がなかったので、近いうちに見せられたらと思っているが、「インドネシアといえば、バリ」みたいな薄っぺらい予備知識しかなかった僕にとって、そのころよく通っていたタイのバンコク以上に清濁併せ呑むというか、ブライトサイドとダークサイドが混沌となって交じり合うジャカルタの空気は、ものすごく刺激的だった。
music
モッシュピットシティ・ジャカルタ 1
先週はグラフィック・デザイナー佐々木景の作品や、ジャカルタのレトロポップ・スペース「カフェ・モンド」の活動を通して、インドネシアのポップ・カルチャーの片鱗をご紹介した。ちょうど一時帰国中だったカフェ・モンドの泉本さんや景くんから、インドネシアの音楽シーンを教えてもらっていたときのこと、「実はインドネシアって、パンクがすごいんですよ!」と聞いて、びっくりというか耳を疑った。熱帯のインドネシアとパンクス・・・これほど違和感に満ちた組み合わせがあるだろうか。去年12月5日号で紹介した、メキシコシティのゴスをはるかに超えた、それは解剖台の上のミシンと蝙蝠傘の出会いのようにシュールなミスマッチに思えた。
music
モッシュピットシティ・ジャカルタ 2
パンクミュージックによって人生を導かれてきた、フォトジャーナリストの中西あゆみさん。2005年、ひょんなきっかけからジャカルタのパンク・シーンと出会う。運命を悟った彼女は約3年にわたって困難を極めながら、いちおうの取材を終了。しかし「まだ先になにかある」という直感に導かれ、インドネシア最大のパンク・バンドであり、パンク・コミューンでもある「マージナル」の核心に踏み込んでいく。2007年、いまから6年前のことだった。あゆみさんのインドネシア・パンクをめぐる旅の後編は、南ジャカルタにあるマージナルのアジト「タリンバビ」に招かれた日から始まる。
design
ふぐりのうた――妄想詩集『エロ写植』
「おりゃあ」「おおおおお」「つああああ」「べむっ」「ひぐっ」「いやあああああ」・・・喘ぎなのか絶叫なのか、絶頂なのか。言葉にならない言葉がページをびっしり埋めている。別のページを開いてみると、そこには「餞別ってこの刀のことだったのね!」「20本も咥えてきたんだーー」「なんであたしと同じなのよ」「これはまさしく俺好みのシチュエーション!!」「あなた本当はやさしい人だって」・・・わけのわからない自動筆記現代詩のような文章が、ずらりと並んでいる。このページだけを見せられて、これがいったいなんなのか、瞬時に理解できるひとがどれくらいいるだろう。
art
百年の孤独――101歳の現役アマチュア画家・江上茂雄の画業
その名前も知らなければ、作品も知らない。でも、たまたま見た一枚の作品写真が妙に気になって、頭の隅にこびりついて、そのもやもやがだんだん大きくなって、どうしようもなくなる――そういう出会いが、ときどきある。だれかがネットに上げた江上茂雄さんの絵が、僕にとって久しぶりのそんなもやもやだった。江上茂雄さんは熊本県荒尾市に住む、なんと101歳の現役画家、それもアマチュア画家だ。荒尾に隣接する大牟田市と、田川市で小さな展覧会が開かれていて、さらに10月からは福岡県立美術館で、アマチュア画家には異例の大規模な個展が開かれるという。
photography
『張り込み日記』
「事実は小説より奇なり」という、言い古された格言の英語は「Truth is stranger than fiction」だが、ときとしてそれが「事実のほうがフィクションよりストレンジ」というより、「事実のほうがフィクションよりフィクシャス=フィクションっぽい」という意味ではないかと、思いたくなってしまうことがある。とりわけ、超一級のドキュメンタリー写真を眼にしたときには。『張り込み日記』という作品集は中年と若手、ふたりの男たちが街を歩きまわる写真で、すべてのページが構成されている。このふたりは刑事なのだ。
travel
踊る東北御殿――股旅舞踊全国大会・見聞記
海があり、港があり、カモメが飛んで、霧笛が響く・・・船と港が外国に直結する唯一の場所だったころ、日本人のこころを捉えたのが「マドロス」というロマンチシズムだった。マドロス=オランダ語で「船乗り」を意味する言葉が、『憧れのハワイ航路』から『玄海ブルース』、『ひばりのマドロスさん』まで、無数の「マドロス歌謡」を生んで、消えていった。義理と人情の板挟みになりながら、道中合羽と三度笠に憂いを隠し、旅人(たびにん)として流れ流れて・・・「股旅」というキャラクターもまた、戦前から戦後にかけて日本人のこころを激しく揺さぶった、時期もメンタリティもマドロスと奇妙に重なるロマンチシズムのあらわれである。そして股旅は氷川きよしという稀有な歌手によって、この時代に奇跡的に甦ったものの、歌手本人の魅力を超えて「股旅」というロマンが復活したかといえば、そうではない。
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電音三太子、世界を行く!
ものすごくギラギラで、ものすごく大きな被り物をかぶって、ものすごくチープなテクノ・ミュージックに乗って、祭りの爆竹スモークのなかを踊りまくる「電音三太子」。こころある台湾知識人の眉をひそめさせ、祭りに酔う子どもたちを熱狂させる、現代台湾が生んだひとつのカルチャー・アイコンだ。台湾南部・麻豆の地にそびえる珍寺・麻豆代天府を紹介した今年1月16日号のメルマガ後記で、電音三太子を僕はこんなふうに書いた――。
travel
凍った音楽――東京タワー蝋人形館閉館によせて
今年で開業55周年を迎える東京タワー。5月にはタワー足元にいた南極犬タロ・ジロなど15頭の像を、事もあろうに「東京オリンピックの招致を目指して花壇でシンボルマークをつくるために(新聞報道)」撤去して、抗議が殺到。さらに9月17日にはエレベーターのガラスが鉄板の直撃を受けて割れ、子供が怪我をするという、開業以来初めての深刻な事故が起きて、高さ250メートルにある特別展望台はいまも閉鎖中と冴えない話題が続いている。(中略)そしてなにより3階にあった「東京タワー蝋(ろう)人形館」! 哀愁スポット・マニアで東京タワーを嫌いなひとはいないと思うが、去る9月1日に蝋人形館が43年の歴史に幕を下ろし閉館――というニュースに、ひときわ衝撃を受けた方も多いのではないか。
photography
閉じかけた世界のなかへ
だれかがFacebookでシェアしてくれた1枚の画像があまりに美しかったので、写真集を探してAmazonには見つからなかったけれど、写真家本人のサイトで直販しているのを見つけ、すぐに注文のメールを書いてPayPalで代金を送金。そのまま出張に出かけ、数日後に帰宅したらもう、カリフォルニアから大きな包みが玄関に届いていた。『ECHOLILIA』(エコリリア)というその大判の写真集は、サンフランシスコ在住の写真家ティモシー・アーチボールドが、自閉症である息子イライジャーと向きあい、写真という手段でその閉ざされたこころとつながりあおうと試みた、果敢な挑戦と、ほとんどスピリチュアルな表現の記録である。
fashion
下品な装いが最高の復讐である――会津若松のオールドスクール・ヒップホップ・コレクション
いまやFUKUSHIMAは世界共通語になってしまったが、福島県自体は太平洋側の「浜通り」、郡山や福島市がある「中通り」、そして西側の「会津」の3地域にわかれ、それぞれずいぶん異なる風土と歴史を持っている。今年は大河ドラマ『八重の桜』で久々に注目を浴びた、会津地方の中心地・会津若松市。「白虎隊」とか「鶴ケ城」とか「東山温泉」とか、観光要素には事欠かないものの、東北新幹線のルートから外れていることもあって、土地っ子が「若松」と呼び習わす会津若松市の中心部は、驚くほど寂しい雰囲気が漂っている。「大河ドラマが終わったら、どうなっちゃうんだろう」と思いつつシャッター商店街を歩いて行くと、しかしじきに君はもういちど驚くことになる。商店街の裏手はどこも、やたらに飲食店が多い。それもスナックからキャバクラ、風俗店まで、おびただしい数の「夜の店」が密集しているのだ。
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ライフ・イズ・ジルバ!――驚愕のスーパースナック探訪記
「またひとつ、大物を見つけちゃいました!」――このメルマガでもたびたび登場してきた広島県福山市・鞆の津ミュージアムで『極限芸術 死刑囚の絵展』などを企画してきた櫛野くんから、興奮気味のメールが飛び込んできたのがいまから2ヶ月ほど前のこと。ちょうど香川県高松でトークの予定があったので、「ま、瀬戸内海の反対側だし」と無理矢理気味に寄り道。福山駅で櫛野くんのクルマに拾ってもらい向かった先は・・・福山市中心部から北上すること約30分、ものすごくのどかな郊外の、そのまた外れにぽつんとたたずむ倉庫・・・じゃなくて「ジルバ」という名前のスナックだった。
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ODO YAKUZA TOKYO――アントン・クスターズの歌舞伎町アンダーワールド
自費出版だというその写真集の噂を聞いたのは、2012年の初めごろだったと思う。Amazonなどの通販サイトには出まわらず、本人のウェブサイトから直接注文するしかないと知り、ベルギーの振込先にPayPalで送金、数週間後に届いたのが『ODO YAKUZA TOKYO』という大判の写真集だった。「ODO」とは「王道」のこと。そして「YAKUZA」と「TOKYO」はもちろん・・・これはベルギー人の若き写真家アントン・クスターズが新宿歌舞伎町で活動する、ある組の日常を撮影した写真集なのだ。「YAKUZA」という、とりわけ外国人にとってはもっともミステリアスな日本文化の一側面に深く寄り添いながら、あくまで客観的にその姿を捉えることに成功した、きわめて稀な作品である。
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世界を桃色に染めて――本宮映画劇場ポスター・コレクション1
去年8月、筑摩書房のウェブマガジン連載『独居老人スタイル』(12月19日単行本発売!)で取り上げた福島県本宮市の、奇跡の映画館・本宮映画劇場と、館主の田村修司さんの物語を、本メルマガ読者のみなさんはお読みいただけただろうか――。取材時に田村さんから見せてもらった秘蔵ポスター&チラシ・コレクションは記事中でたっぷり紹介したが、今年9月に開催された『アサコレ ASAKUSA COLLECTION』で、さらなる秘蔵コレクションの一部が公開された。「まだこんなにあったんだ!」と衝撃を受けた僕は、取るものもとりあえず本宮を再訪。去年の取材では見ることのできなかった、ウルトラディープなポスター・コレクションに対面し、しばし言葉を失いつつ、汗みどろで複写に没頭した。
art
ヴェネツィア・アート・クラビング:ビエンナーレ報告 1
ヴェネツィアはとてもむずかしい街だ、とりわけカメラマンにとっては。だれが、どこを、どう撮っても美しく、同じになってしまう。飲み込まれてしまうのは簡単で、飲み込むのはとてつもなく困難だ。20代からいままでイタリアには数え切れないほど行ってきたが、ヴェネツィアだけは敬して遠ざける、みたいなところがあって、この11月に会期終了直前のビエンナーレを訪れたのが、実は人生初のヴェネツィア体験だった。現代美術は好きだけれど、どんどん難解になっていくハイ・アートの世界観と、大物キュレイターとギャラリストのパワーゲームみたいな巨大イベントには興味が持てなくて、これまでヴェネツイア・ビエンナーレを筆頭とする有名な国際的美術展には、ほとんど食指が動かないままだった。
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ヴェネツィア・アート・クラビング:ビエンナーレ報告 2
先週に続いてお送りするヴェネツィア・ビエンナーレ報告・後編。ビエンナーレ史上最年少ディレクターとなったマッシミリアーノ・ジオーニによる企画展示『The Encyclopedic Palace = 百科事典としての宮殿』の、ふたつの会場のうち、先週はジャルディーニの作品群をピックアップして紹介した。今週はもうひとつのメイン会場となった、元国立造船所アルセナーレでの展示から、本展の特徴であるアウトサイダー・アーティストたちの作品を中心にお見せする。ちなみに13世紀に建造されたアルセナーレは、長さ300メートルという巨大な縦長の建造物である。
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神の9つの眼――ジョン・ラフマンの『The Nine Eyes of Google Street View』
今年もいろいろな写真集を紹介してきた。影響をうけるのがイヤだから、現役の写真家の本はなるべく買いたくないけれど、写真家でも編集者でもある身としては、どうしても手にとってしまう本もある。その中で、実は今年いちばんショックを受けた写真集を、今年最後のメルマガで紹介したい。発売は2011年なので、もうご存じの方もいらっしゃるだろうが、ジョン・ラフマン(Jon Rafman)というカナダのアーティストによる『The Nine Eyes of Google Street View』だ(Jean Boîte Éditions, 2011)。
art
仮装の告白
まさかこんなのは日本で出ないだろうと、海外旅行先で買い求めた分厚い本が、ある日突然、翻訳されて書店の店頭に並んでびっくり、ということが最近増えてきた。制作経費のかさむ作品集を出版するにあたって、何カ国かの出版社と前もって出版契約を結ぶケースが増えてきたせいかと思うが、つい先ごろ青幻舎から日本語版が出た『ワイルドマン(Wilder Mann)』も、「まさかこんな本が!」と驚かされた一冊。シャルル・フレジェ(Charles Freger)という若手フランス人写真家の作品集で、原本はドイツ語版、英語版とも2012年に発表されている。
photography
挟む女
いつまでたっても好きになれないセレブな街・広尾の通りに面して、新しくできた小さなギャラリー。ショウアン(Gallery Show-an)というその場所は、ガラスドアを開けるとなぜか、ぎょっとするほど大きなカリントウや、おいしそうなあんず大福を並べた和菓子屋で、壁の向こうがギャラリー空間。そのギャラリーで昨年末の6日間だけ、大福を買いに来たセレブ奥様が卒倒しそうな展覧会が開かれた。『ハサマレル男達』は、文字どおり「挟まれた男たち」。肌もあらわな太ももに顔をギューッと挟まれて、ぐちゃっと変形したところをアップで撮られた、もだえ顔の写真展なのだ。
music
踏まれるの待っていたライムが肩に手を回したろ?――「三島a.k.a.潮フェッショナル」というリアル
少し前にNHKの短歌番組に、歌人の斉藤斎藤さんが呼んでくれた。番組で紹介したいラップの曲があればということで、『銀舎利』を前もって推薦。そうしたら担当ディレクターから電話がかかってきて、「三島の赤潮さんから放送の許可をもらえました!」と言われ、しばし絶句・・・もちろんそれは『銀舎利』のラッパー「三島a.k.a.潮フェッショナル」のことだった。「三島」という名前だけではエゴ・サーチしてもなかなか出てこない、インパクトのある芸名をと考えたときに、「潮吹かせるのが得意だから」潮フェッショナルとみずから名づけたという三島a.k.a.潮フェッショナル。2013年7月にリリースされたデビュー・アルバム『ナリモノイリ』で、おそらく去年もっとも話題になったラッパーでありながら、その人となりはクラブに足繁く通うひと握りのファン以外に、まだあまり知られていない。
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マジカル・ベトナム・ツアー
正月休みを利用してベトナムに行ってきた。南北に細長いベトナム、国土面積から言うと、九州を除いた日本とほぼ同じということで、短い旅行で北から南まで旅するのは難しい。今回は数年ぶりになるサイゴン(ホーチミンシティ)と、世界遺産にもなっている中部の古都ホイアンをさらっとめぐって骨休め・・・と思いきや、やっぱり珍スポットやらアウトサイダーやらを探す日々になってしまい・・・さもしくもあわただしい取材旅行になってしまったのはいつものとおり。というわけで、ビーチだのエステだの、エスニック料理だの可愛い雑貨だのじゃないベトナムはないんか! という好き者のみなさまのために、今回はロードサイダーズ風ベトナム・トラベローグをお届けしよう。
photography
夜をスキャンせよ
レコード棚の前、ベッドの上、仕事場のMacに向かって・・・さまざまな場所で寛ぐ、よく見ると目だけが真っ白のひとびと。いや、よく見なくてもいきなり白目に目が行ってしまうのは、「目は口ほどに物を言う」からなのだろうか。そういえば前に会った歌舞伎町のデジタル写真館のオーナーは、ホストを撮るうえで最大のポイントは「目ぢから」だと言ってたっけ。そういう職業写真作法に対する、これは皮肉たっぷりのツッコミなのか・・・などと妄想をふくらませてしまうのが、1月15日配信号の後記で紹介した沼田学の写真展『界面をなぞる2』だった(~1月22日まで@新宿眼科画廊)。
lifestyle
ハダカの純心――あるストリッパーと医者の恋物語
いまは一時更新を休んでしまっているが、うちにあふれる本を、探しているひとに直接届けたいという思いから、「e-hondana」という自前のネット古書店を開業して、もう数年になる(近々メルマガのサイトに統合する予定なので、乞うご期待)。そこに出品していた成人映画の資料集を欲しいと連絡してくれたひとがあり、「亡き妻が成人映画に出ていたので、その資料を探しています」と言うので、本を届けがてらお話を聞かせていただくことになったのが、いまから2ヶ月ほど前のこと。行きつけだという、伝説のストリッパー浅草駒太夫の店『喫茶ベル』のカウンターでお会いした...
lifestyle
ハダカの純心――あるストリッパーと医者の恋物語2
先週の前編に続いて送る医師と、偶然出会ったストリッパー・芦原しのぶ(通称カメ)の、オトナの恋の物語。北の漁港のキャバレーでふたりは知り合い、東京で再会。お互いに惹かれあって、彼女の小さなアパートで『神田川』の歌詞そのままの同棲生活が始まった。そのとき永山さんは26歳、芦原さん30歳。しかし1960年代の東京で、医師とストリッパーという若いふたりの前には、さまざまな困難が待ち受けていた・・・。
design
ショッピングバッグ・ダディ――BOOKS & PRINTS 紙袋展
かつての繁華街の一角に、築50年以上という古ぼけたビルが建っている。KAGIYA=かぎやビルと呼ばれるその建物は、2012年に地元の不動産会社がオーナーとなって、ギャラリーやセレクトショップの入るトレンディな場所として再生。その2階に入っているのが『BOOKS AND PRINTS』。浜松出身の写真家・若木信吾さんが経営する、ハイエンドなセレクトブック・ショップだ。いかにも昭和らしいビルの階段を上った2階にある店は、建物の躯体を露わにしたクールな内装に、かなりセレクトされた写真集や画集が並べられて、地元には失礼ながら代官山か表参道にありそうな雰囲気。そこで何冊か気になる本を買って、袋に入れてもらったら、白地の紙袋にチャーミングな手描きのイラストが描かれていた。
photography
『そこへゆけ』――ストリートスケープのねじれ
2013年10月9日配信号で紹介した渡部雄吉の『張り込み日記』は、去年紹介したうちで、もっとも反響の大きかった写真集のひとつだった。発行元となったROSHIN BOOKSは斉藤篤という写真好きの青年によって、「この本を世に出したいために」設立されたマイクロ・パブリッシャーだったが、幸いにも『張り込み日記』は噂が噂を呼んで程なく完売――悔し涙にくれたひとも多いかと思うが、この4月1日に第2版が発売されるそう! 急いで予約すべし。そのROSHIN BOOKSが満を持して2月に発表したばかりの2冊めのプロジェクトが『そこへゆけ』。『張り込み日記』の渡部雄吉は大正生まれ、1993年に亡くなっている歴史上の写真家だが、『そこへゆけ』の作者・佐久間元(さくま・げん)はまだ34歳という若手。これが初の写真集という、意表を突いた展開である。
art
琵琶湖のほとりのアウトサイダー・アート・フェス
京都駅から東海道本線新快速でわずか35分、琵琶湖東岸に面した滋賀県近江八幡(おうみはちまん)。国の伝建地区(伝統的建造物群保存地区)に指定された美しい街並みで知られる、県内屈指の観光地だ。メンタームを生んだ近江兄弟社の創立者であり、日本における近代西洋建築の立役者のひとりでもある、ウィリアム・メレル・ヴォーリズがこよなく愛した土地としても有名。そして近江八幡はまた、アウトサイダー・アートのファンにとっては京都よりはるかに重要な地でもある。
movie
デジタル紙芝居としての『燃える仏像人間』
京都駅からJR奈良線で30分足らず、お茶で有名な宇治市の住宅街。ナビを頼りに迷路のような新興住宅地をタクシーで走り、一軒の家の前で停まると、まだ大学生と言っても通るような青年が玄関を開けてくれた。それが去年、アニメ映画界の話題をさらった『燃える仏像人間』の監督・宇治茶さんだった。昨年末には第17回文化庁メディア芸術祭のエンターテイメント部門で、優秀賞を受賞した『燃える仏像人間』については、すでに多くの紹介記事が出ているし、全国の上映イベントで作品を観たひとも少なくないだろう。いわゆる「劇メーション」の手法で制作された、非常に特殊なアニメ作品だ。
art
世界に取り憑くこと――宇川直宏と根本敬の憑依芸術
今年1月から3月頭にかけて、ふたつの展覧会が開かれた。そのふたつは場所の空気も、観客のテイストも微妙に異なるものだけれど、僕にとってはかなり共時感覚を持って眺めることができたので、ここにまとめて報告したい。そのふたつとは『宇川直宏 2 NECROMANCYS』(@白金・山本現代)と、『根本敬 レコードジャケット展』(@両国・RRR)である。DOMMUNEと因果鉄道、その両者を結ぶものは「憑依」だった・・・。
music
奇跡の農民楽隊 1
去年インターFMで「ROADSIDE RADIO」という深夜番組をやっていたときに、いちばん取り上げてみたかったのが「北村大沢楽隊」という宮城県石巻のブラスバンドだった。創立が大正14年(89年前!)、その時点で5人のメンバーの平均年齢が80歳近いという、日本最古にして最強の農民ブラバンだった。2005年にリリースされた唯一のCD『疾風怒濤』で、とてつもないサウンドに衝撃を受けた方もいらっしゃるだろう。カウントもなければ出だしもバラバラ、チューニングも合ってない。おもな活動の舞台は演奏会のステージではなく運動会の、徒競走の伴走。そんな農民楽隊がぶっ放す、おそるべき土着のグルーヴ。それは「ブラスバンドのシャグズ」とでも言うべき破壊力で、僕もCDを一聴、いきなりトリコになった。
music
奇跡の農民楽隊 2(撮影・録音・文 奥中康人)
先週に続いて静岡文化芸術大学・文化政策学部准教授の奥中康人さんによる、北村大沢楽隊のフィールドワーク後編をお届けする。昨年8月30日に逝去された楽隊長・渡辺喜一さんへの貴重なインタビューも含む貴重なリサーチ。じっくりお楽しみいただきたい。
art
ヤンキーの教え
去年『極限芸術~死刑囚の表現』展で話題を呼んだ、広島県福山市の鞆の津ミュージアム。もともとアウトサイダー・アート専門の小さな美術館として開館したが、アウトサイダー・アート=障害者の芸術、というステレオタイプの思い込みを嘲笑うように、美術館という枠のギリギリを綱渡りする挑戦的な企画を連発。小規模ながら、いま日本でもっとも攻撃的な美術館のひとつだ。今週土曜日(4月26日)から鞆の津ミュージアムでは『ヤンキー人類学』というタイトルの、一大ヤンキー絵巻が展開される。「日本人はヤンキーとファンシーでできている」と言われるように、すでに絶滅危惧種だとされながら、エクザイルや氣志團を見てもわかるように、我らがこころのうちに根深く取りつく「ヤンキー的なるもの」。それをさまざまな角度から掘り起こそうという、挑発精神に満ちた企画だ――。
photography
私をデートにつれてって――櫻井龍太と陽性のエロ
オフ会当日に櫻井くんを紹介されたとき、説明されたのが「この子、オッパイ写真家やから」。なんでも友達や恋人のオッパイをいろんな場所で撮影したシリーズが秀逸だそうで、それは見たいじゃないですか! というわけでケイタタさんは急いで写真展を企画、僕はメルマガでインタビューさせてもらった。1983年生まれ、5月29日で31歳になるという櫻井龍太は、「10代のころから女性の裸を撮りつづけてきた」という、筋金入りのヌード・フォトグラファーだった。
art
ロッキン・ジェリービーンの下腹部直撃画
(前略)ディスコじゃなくてクラブ。小箱じゃなくて大箱。それもダンス・ミュージックじゃなくてロック。でもライブハウスじゃなくて、居心地よく爆音を楽しめる店! という場所がほしくて、MILKには「ロッククラブ」という肩書をつけたが、店名の「みるく」はもちろん精液のことだったし、ロゴもコンドームを想起させる、要するにロック・ミュージックの持つセクシーさを強調したい気持ちを、たっぷり込めたつもりだった。そのMILKで一時期、こちらの気分にずっぽりハマるグラフィックをつくっていてくれたのが、ロッキン・ジェリービーンである。
lifestyle
秘宝館の女
今年の3月、銀座ヴァニラ画廊で兵頭喜貴さんとギャラリー・トークをしたときのこと。「おもしろい女を連れて行きますから」と兵頭さんが言うので楽しみにしていたら、着物姿で、背中に見覚えのある秘宝館のチンマン・マークを背負った女性が現れた・・・「都築さん、これが北海道秘宝館のロウ人形を買った女ですよ」「えっ!」「奥村と申します、よろしくお願いしますぅ(微笑)」「こ、こちらこそ・・・」。奥村瑞恵(みずえ)さん、36歳。パートナーの菊地雄太さんとふたりで「特殊造形製作」という特殊な職業に従事しながら、秘宝館好きが嵩じて、ついに閉館した北海道秘宝館のロウ人形その他を買い取り。現在は自宅に安置、修復に励んでいるという恐ろしい情熱の持主である。ぜんぜん、そんなふうに見えないのに・・・。
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移動祝祭車 ――沈昭良の『SINGERS & STAGES』
台湾の写真家・沈昭良(シェン・ジャオリャン)の『STAGE』シリーズを最初に見たのは、2006年新宿のPLACE Mギャラリーだったと思う。1968年台南市生まれ、新聞社で働いたあとフリーの写真家となり、日本工学院で学んだ経歴もあって日本語は完璧。そして本人いわく「時代遅れのドキュメンタリー・フォトグラファー」である沈昭良は、台湾各地の庶民の暮らしに密着した写真を長いあいだ撮りつづけてきた。冠婚葬祭や催し物の場所で、荷台が開けばステージに変身する、「ステージ・トラック」を舞台として繰り広げられる移動ショー劇団。それを台湾では「台湾綜芸団(タイワニーズ・キャバレー)」と呼ぶそうだが、2010年ニコンサロンでの展覧会に続いて、2011年末に出版された彼の写真集『STAGE』については、本メルマガの2012年5月23日号(020)でも紹介している。
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紅包場――哀愁の歌謡空間を探して
「台北の原宿」として観光客にもおなじみの西門町(シーメンティン)をぶらぶら歩いていると、やたらケバい顔写真を壁一面に貼り込めた店頭に出くわすことがある。「紅包場(ホンバオツァン)」と呼ばれる台湾ならでは、いや台北ならではのユニークな娯楽施設だ。もともと西門町は日本統治時代初期に、浅草のような日本人向け繁華街としてつくられたエリアだった。ランドマークになっている赤レンガの西門紅楼は、当時の商店街だった建物である。それが第二次大戦後、蒋介石の中華民国・南京国民政府軍の台湾上陸とともに、こんどは大陸からやってきたひとびと(いわゆる外省人)のためのエンターテイメント・タウンになった。そこで地元台湾の歌ではなく、中国大陸の流行歌を聴きながら、外省人たちが故郷を懐かしむ場として生まれたのが、紅包場である。
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極彩色のアーバン・パラダイス――台中に虹の村を訪ねて
台湾中部の台中は台北、高雄に続く台湾第3の都市。台北からも高雄からも高速鉄道で1時間足らず、人口百万人規模の大都市でありながら、どこかリラックスした雰囲気が漂い、一説によると台湾人が住みたい都市ナンバーワン。パイナップルケーキ、タピオカティー、泡沫紅茶など、観光客におなじみの台湾フレイバーも台中起源だというし、アジア最大規模の国立台湾美術館も、台北ではなくこちらにある。急ぎの台湾観光では北部の台北、南部の高雄・台南のあいだで飛ばされてしまいがちだが、台中は観光するにも、のんびりするにも最適。おすすめしたい場所はいろいろあるが・・・そのなかでまあ異色と言ったら、『虹爺爺の村』ほどカラフルに異色なスポットもほかにないだろう。
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花咲く男根の森
ソウル市のバスターミナルから、激走する高速バスに揺られること3時間半。ひなびた町の、ひなびたターミナルにバスは到着した。「三陟」と書いてサムチョクと読む。ソウル―プサンを結ぶ高速鉄道エリアから遠く外れた、朝鮮半島東側に位置する江原道(カンウォンド)の小さな町である。(中略)男根彫刻公園・・・これほど、このメルマガにふさわしい場所があるだろうか!(笑)美しい海岸線を見おろすシンナムの丘に、数百本もの大小さまざまな男根がニョキニョキしてるのは、この地に古くから伝わる奇妙な伝説のおかげだ・・・。
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カーブサイドの誘惑
「なかなかない珍しいもの」よりも、「ありすぎて見えないもの」や「ありふれてバカにされているもの」に目を向けていきたいという思いが高まったのは、いまから十数年前のことで、それはやはり珍日本紀行で日本の田舎を何年間も走り回った影響だったのかもしれないが、その思いが募って出版にこぎつけたのが『ストリート・デザイン・ファイル』という、全20巻のデザイン・ブックだった。20巻の中にはラブホテル、大阪万博、暴走族の単車、デコトラ、メキシコのプロレス仮面、中国の文革グッズなど、世界各地でバカにされていた日常のデザインが詰め込まれていたが、そのなかでもひときわ、現地のインテリに徹頭徹尾バカにされていて、個人的には大好きな一冊に仕上がったのが『The German Soul 小人の国』という、ドイツの庶民に絶大な人気を持つ焼物の小人たち――白雪姫と七人の小人の、あの森の小人――を探し歩いた写真集だった。
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ケチャップとカレー粉の海に溺れて――ベルリン・カリーブルスト食い倒れ旅
まだベルリンが東西に分断されていたあの時代、廃墟のようなクロイツベルクの片隅で、ドラム缶を叩き壊すようなインダストリアル・ミュージックを奏でていたアインシュトゥルツェンデ・ノイバウテン。寒さに凍えながら、ビートに浸っていた黒革の男たち、女たち。深夜の街を、だれもがスーパーのビニール袋にわずかな持ち物を入れて、どこまでも歩いて行くのだったが、そういう夜にからだを温めてくれたオアシスが「インビス」と呼ばれる屋台で、そこではコーラを飲みながら(屋台には酒の販売許可がなかったので)、輪切りにしたソーセージをケチャップとカレー粉をまぜたソースに浸して食べた。「カリーブルスト」との、それが最初の出会いだった。
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ゴミの果てへの旅――村崎百郎館を訪ねて
村崎百郎が亡くなってもうすぐ4年になる。ファンだったという青年に刺殺されたのが2010年7月23日。そして長い準備期間を経て先月末、伊豆高原の『怪しい秘密基地 まぼろし博覧会』内に『村崎百郎館』がようやくオープンした。手がけたのは生前、公私にわたるパートナーだった漫画家の森園みるくと、本メルマガ2013年5月15日号で紹介したユニークな古物商/アーティストであるマンタム、そして多くの友人、ボランティアたちである。2011年の開館以来、珍スポット・ファンにはすでにおなじみとなっている『まぼろし博覧会』。もともとは『伊豆グリーンパーク』という熱帯植物園で、2001年ごろに閉館、放置されていたのを、出版社データハウスの総帥・鵜野義嗣が買い取って、コレクションを展示する場としてオープンさせた巨大施設だ。
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濾過された記憶――ヨコハマトリエンナーレ2014と大竹伸朗
『ヨコハマトリエンナーレ2014』がいよいよ8月1日からスタートする。「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」と題された今回の「横トリ」は、アーティスティック・ディレクターに森村泰昌を迎え、65組の作家が参加するという。すでに週末の予定に組み込んでいるひともいらっしゃるだろう。横トリの第1回で、僕は鳥羽秘宝館の一部を再現展示したのだったが、あれが2001年だから、すでに13年前・・・。今回は今年5月21日配信号の記事『移動祝祭車』で紹介した、やなぎみわによる台湾製ステージ・トレーラーなど、本メルマガ好み(笑)の作品がいろいろ見れそうで楽しみだが、まずは直前レビューとして、参加作家のひとりである大竹伸朗の新作『網膜屋/記憶濾過小屋(Retinamnesia Filtration shed)』を紹介しよう。
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岐阜の小京都にニッポンの安心感を見た!――全日本食品サンプルあーとグランプリin郡上
そろそろ夏休み本番が近づき、準備に余念のないみなさま、いまだノー・アイデアのみなさま、まったく休みの取れないみなさま・・・悲喜こもごもの日々でありましょうか。今週は夏休みに向けた旅特集。しかし北海道だの沖縄だの国内メジャー・デスティネーションの陰で、ほとんど候補に上らないと思われる(失礼!)、中部地区の岐阜県郡上市、関市、愛知県蒲郡市という3地点を取り上げる。こんな夏休み特集、このメルマガだけだろうなあ・・・。それではまず、岐阜県中部の小京都・郡上八幡から。
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超老花壇
去年春の『極限芸術~死刑囚の表現~』展、今年春の『ヤンキー人類学』でもおなじみ、広島県福山市の鞆の津ミュージアム。そもそも地元福山で、知的障害者のための施設を運営する団体が2012年に開いたアウトサイダー・アート・ミュージアムだが、最近ではこのミュージアム自体が美術業界のアウトサイダー・アート化している気が・・・。というわけで他の美術メディアはいざしらず、本メルマガでは何度も取り上げている鞆の津ミュージアムで、今週土曜日(16日)から始まる、またもエクストリームな展覧会が『花咲くジイさん~我が道を行く超経験者たち~』。読んで字のごとく(笑)、己の信ずるままに孤独な創作活動を続けてきた老人たちを集めた、いわばアウトサイダー・アート界のお達者クラブ・ミーティングだ。最年少(!)の蛭子能収(67歳)から、最年長のダダカン(94歳)まで、12人の有名・無名作家たちが選ばれ、それぞれ辿り着いた極点を僕らに見せてくれる。
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鎮魂の光束――池田亮司『SPECTRA LONDON』
開戦百周年となる今年はヨーロッパ各地で無数のイベントが開かれている。イギリスでは開戦時の外務大臣だったエドワード・グレイ子爵の有名な言葉――「灯火がいま、ヨーロッパのあらゆる場所で消えようとしている。我らの生あるうちに、その灯火をふたたび見ることはかなわないであろう」――をもとに、イギリス全土で8月4日の夜10時から11時までの1時間、家やオフィスや店の明かりをひとつだけ残してすべて消そうという『LIGHTS OUT』なるプロジェクトがあり、それにあわせて4人のアーティストがロンドンでインスタレーションを展開。そのなかでもっとも話題を集めたのが、池田亮司による『SPECTRA』だった。
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異形の王国――開封! 安田興行社大見世物展
絶滅危惧というよりも、もはや臨終の瞬間を迎えつつある、しかもこれまでほとんど語られることのなかった昭和のストリート・カルチャー、それが見世物芸だ。そしてきのう(8月26日)からわずか12日間だけ、かつて祭りの場に輝いた見世物小屋の、息苦しくも妖しく美しい世界のカケラが銀座の地下空間に甦っている。ヴァニラ画廊でスタートしたばかりの『開封! 安田興行社大見世物展』である。「最後の見世物芸人」と言われる安田里美を追い続け、唯一の評伝である『見世物稼業――安田里美一代記』(新宿書房刊、2000年)の著者でもある鵜飼正樹さんによって、この展覧会は監修され、僕も少しだけお手伝いさせてもらった。
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コンセプトの海の彼方に――大竹伸朗と歩いたヨコハマトリエンナーレ
「ヨコハマトリエンナーレ2014」が8月1日から開催中だ(11月3日まで)。本メルマガではオープン直前の7月23日配信号で、大竹伸朗の新作を中心に紹介した。すでに会場でご覧になったかたもいらっしゃるだろう。(中略)トリエンナーレ開始直後、レコーダー片手に大竹くんとふたりで会場を回ったウォーキングツアー・リポートを今週はお伝えしてみたい。当然ながら客観的なガイドではないし、僕らが思うベストなんとか、ですらない。ぶらぶらと歩き回りながら目に留まった作品、こころに引っかかった作家についての雑談の記録にすぎない。はなはだ不完全なガイドではあるけれど、僕らふたりと一緒に会場を歩いているような気分になってもらえたら、そして展覧会に行きたくなってムズムズしてくれたら、それだけでうれしい。
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ハッシュタグが広げるアートスケープ——#BCTIONの廃ビル・アート・プロジェクト
2012年10月3日号『黄昏どきの路上幻視者』で紹介して以来、折にふれて連絡を取り合っている仙台のグラフィティ・アーティストSYUNOVENから、久しぶりにメールが来た——「先週東京に行ってて、麹町のビルの中に絵を描いてたんですよ」。ふーん、いいじゃない・・・って、ええーっ! 麹町って、僕が住んでるとこなんですけど。で、詳しく場所を聞いたら、家から歩いて2、3分のとこなんですけど。(中略)BCTION(ビクション)と名づけられたそのプロジェクトは、取り壊しを待つ9階建てのオフィスビル全館を使って、およそ80組のアーティストが自由にペインティングやインスタレーションを展開する、期間限定のアート・イベントだ。各フロア約116坪というたっぷりしたスペースに、さまざまなアートワークが展開し、観客はエレベーターや階段でフロアからフロアへと自由に歩き回り、作品を鑑賞できる。
photography
モノクロームの伝説
日本海に面した鳥取県の小さな町・赤崎(現・琴浦町)。8月20日配信号の編集後記で、海に面して約2万の墓が並ぶ花見潟墓地の幻想的なお盆の風景を紹介したばかり。その赤崎を訪れた目的が、今年4月末に開館した『塩谷定好写真記念館』だった。鳥取で写真、となると自動的に植田正治の名前が出てくる。植田正治はすでに米子近くの伯耆町に立派な美術館があり、訪れたことのあるひとも多いだろう。一般にはあまり馴染みのない名前かもしれないが、塩谷定好(しおたに・ていこう)は「植田正治の先輩」として山陰の写真界では古くから知られてきた、伝説のアマチュア写真家である。
book
失われたドイツを探して
もう十数年前に、たぶん彼女が東北大学に留学して日本美術史を学んでいたころだったと思うが、ミヒャエラ・フィーザーというドイツ人が訪ねてきたことがあった。珍日本ネタで話が盛り上がり、彼女からはドイツのロードサイド・スポットをいろいろ教えてもらい仲良くなって、そのうち彼女は九州のお寺で1年間を過ごすことになり、帰国してからその体験を『ブッダとお茶を——日本の寺院で過ごした1年』という本にまとめて、それはドイツでベストセラーになった。この春、ベルリンで久しぶりにミヒャエラと会ったら、「最近こういう本を出したの」と、立派なハードカバーの写真集を渡された。『ALTES HANDWERK』——英語だと「OLD HANDCRAFT」ということになる、これは失われた手仕事、仕事場、職業の姿を捉えた写真集なのだ。
food & drink
酒を聴き、音を飲む —— ナジャの教え 01
尼崎・塚口に関西一円から東京のワイン通、料理好きまでが通いつめる、しかも旧来の気取ったフランス料理店や高級ワインバーとはまったくテイストのちがう、「とんでもなくすごい店」があると聞いたのは、つい最近のことだった。なんの変哲もない、目印は「となりがコンビニ」というくらいの、地味なロケーション。すぐ向かいの女子大の学生たちもただ通り過ぎるだけ、派手なオーラのひとつもない店構え。しかしここは夜毎、大阪の中心で新感覚のワインバーを持つ若手ソムリエやシェフから、東京から「ここで飲み食いするために」わざわざ足を運ぶ熱心なファンまでが足を運び、深夜まで椅子の空くことがない。といっても店内の半分はうずたかく積まれたワインのケースで占められてしまって、満席でも20人くらいしか入れないのだが。その店の名は「Nadja(ナジャ)」。シュールレアリスト、アンドレ・ブルトンの記念碑的な小説から名前をとった、その店のオーナー/シェフ/ソムリエ/DJが米澤伸介さんだ。
art
AKITA HEART MOTHER——東北おかんアート・オデッセイ
告知でもお知らせしてきたように、ただいま「大館・北秋田芸術祭2014」の一環として、鷹巣駅前の空家を使っておかんアート写真&作品展を開催中だ(11月3日まで)。しかし最寄りの大館能代空港は、ANA便が毎日2本のみの競争ゼロ・高値安定。しかも大館〜北秋田間の数カ所に散らばる展示は鉄道、バスなどの公共機関が限られているため、レンタカー以外で短時間で周回するのがかなり困難。というわけでアクセスに難ありで諦めかけているかたも多いと思われるので、今週は誌上展覧会を街歩きスナップとともにお届けしたい。
lifestyle
酒と注射針と精液の街で
「セックス、ドラッグ&ロックンロール」という言葉がいまだ有効であるならば、それが世界でもっとも似合う場所はニューヨークでもLAでもロンドンでもなく、ハンブルクであるにちがいない。ベルリンに次ぐドイツ第2の都市であり、ドイツ最大の港を持ち、『ツァイト』『シュピーゲル』『シュテルン』なども本社を構えるメディアの中心であり、人口あたりの資産家の割合がいちばん高い、ドイツでもっとも裕福な都市であるハンブルク。そして市内ザンクトパウリ地区にあるレーパーバーンは、ヨーロッパ最大の歓楽街でもある。歌舞伎町を3倍ぐらいに引き伸ばして、もっとあからさまな売春と、庶民の暮らしをぐちゃぐちゃに混ぜ込んだ、他にほとんど類を見ない、朝から翌朝まで酔っ払ってる街。それがレーパーバーンだ。
lifestyle
レーパーバーンで『カンパイ』2
「ヨーロッパの歌舞伎町」ハンブルク・レーパーバーンで今夜も、酔っぱらいドイツ人相手に店を開く寿司屋「KAMPAI」。こころ優しき大将・榎本五郎(通称「エノさん」)のドイツ人生劇場、今週は疾風怒濤編! お待たせしました!
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ヘタウマの現在形
パリについでフランス第2の座をリヨンと争う重要な都市であり、地中海で最大の貿易港でもあるマルセイユ。告知でお伝えしてきたように、そのマルセイユと、同じ南仏のセットの2会場で『MANGARO』『HETA-UMA』と名づけられた、日本のサブカルチャーをまとめる、というよりもリミックスする重要な展覧会が開催中だ。フランスに日本の漫画好きが多いことはよく知られているが、この展覧会の舞台にパリではなく、かつて日本人にとって「初めてのヨーロッパ」だったマルセイユが選ばれたことも、出展作家のひとりである根本敬の言う「因果」のひとめぐりだろうか。
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ベイビーたちのマッド・ティーパーティ
『下妻物語』でフィーチャーされたロリータ・ファッション・ブランドが「ベイビー・ザ・スターズ・シャイン・ブライト」。いまは亡き『流行通信』の連載『着倒れ方丈記』で取材させてもらったのも2004年だったので、あれからやっぱり10年。そのあいだにベイビーは全国各地に20数店舗を展開、パリ店、サンフランシスコ店に続いて、今年はニューヨークにも店舗をオープンさせている。世間的に話題に上ることは少なくなっても、世界的なレベルでは「ゴスロリ・ネバー・ダイ!」なのだ。そのベイビーが10月19日、新装なった東京ステーションホテルで「お茶会」を開催した。参加費用1万7000円(ただしフルコースの食事にたくさんのお土産つき)、120名の席が予約開始10分間で完売。このお茶会に出席するために、外国から来日したファンもいたという。
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東京のマルコビッチの穴
不思議な写真を見た。息づまる、というより、ほんとうに息が詰まるような狭苦しい空間が、ずっと先まで伸びていて、それはどこに続くのか、それともどこにも着かないのか・・・。見るものすべてを閉所恐怖症に追い込むような、それでいて難解なSF映画のように異様な美しさが滲み出るそれは、ビルの内部を走るダクトの内部を撮影したものだという。木原悠介は1977(昭和52)年生まれ、36歳の新しい写真家だ。中野区新井薬師の、潰れた写真屋を改造した「スタジオ35分」という小さなギャラリーで、今年8月末から9月初めの9日間だけ開かれた『DUST FOCUS』が、人生初めての個展だった。
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夜のコンクリート・ジャングル
公園の遊具にこころ惹かれるオトナはけっこういる。「タコ公園」とか「クジラ公園」とか、遊具の名前で通称される公園も少なくない。平日の午後、あるいは深夜に酔って帰る道すがら、ふと目にする、ひと気のない公園にうずくまるコンクリートの巨大な物体。かすかな哀愁と不気味さを漂わせながら、ただそこにあるなにか。それをずっと撮り続けているのが木藤富士夫(きとう・ふじお)だ。木藤さんの写真を最初に見たのは、けっこう前だったと思うが、それは絶滅危惧種となりつつあるデパートなどの屋上遊園地を撮影したシリーズだった。小さな自費出版の写真集に収められたそれらは、よくある廃墟写真とはちがって、まだ営業中なのにもかかわらず、ごく近い将来の廃園を予感させるような諦観が漂っていた。単なる昭和ノスタルジーとはひと味違う、明るいディストピアのようなニュアンスが画面に滲んでいた。
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からだとからだと写真の関係
(前略)偏狭なこころの病気がこの国の一部をむしばみつつあるいっぽうで、いまアート・ワールドでは若い中国人アーティストたちの勢いが止まらない。現代美術の最前線でもそうだし、写真の世界でもそれは同じだ。以前にもちょっと触れた東京のアートブック・フェアで、刺青にボディピアスばりばりの女性がひとりで座っているブースがあった。聞けば台湾からの参加だという彼女が、ずらりと並べたアート・ジンのなかで、これはすごいですよと教えてくれたのが、『SON AND BITCH』と題された箱入りの写真集だった。中を開いてみると、日本のアートっぽい写真どころではないハードコアなポートレートが満載。そして作者の任航(Ren Hang=レン・ハン)はここ数年、世界各地のグループ展でその作品をよく目にする、注目の若手写真家なのだった。
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生きて痛んで微笑みがえし——小松葉月のパーソナル・アート・ワールド
今年2月26日号で紹介した、川崎市岡本太郎美術館が主催する岡本太郎現代芸術賞。よくある現代美術コンペとは一味違う、コンセプトよりもエモーショナルな感性が評価された作家が多く選ばれていたが、そのなかに特別賞を受賞した小松葉月さんの『果たし状』という大作があった。一見、学校の教室のようなインスタレーション。壁には習字やお絵かきの作品が貼り込まれ、大きな黒板、それに中央に据えられた巨大な台座(玉座?)には、学校用の勉強机と椅子が据えられて、そのありとあらゆる表面に小さなニコニコマークがびっしり描き込まれている。そして机にはセーラー服に防空頭巾をかぶった作家本人が座り、開館時間のあいだじゅうずっと、机上に広げたノートや教科書に、これもびっしり、本人が「ニコちゃん」と呼ぶ、ニコニコマークを描きつづけていた。
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酒を聴き、音を飲む—— ナジャの教え 02
地元の人間がさまざまな感情を込めて「尼」と呼び習わす兵庫県尼崎。とびきりのガラの悪さと居心地良さが渾然一体となった、ぬる〜い空気感に包まれたこの地の周縁部・塚口にひっそり店を開く驚異のワインバー・ナジャ。関西一円から東京のワイン通、料理好きまでが通いつめる、しかも旧来の気取ったフランス料理店や高級ワインバーとはまったくテイストのちがうその店の、オーナー/シェフ/ソムリエ/DJが米沢伸介さんだ。独自のセレクションのワイン、料理、そして音楽の三味一体がつくりあげる、これまで経験したことのない至福感。喉と胃と耳の幸福な乱交パーティの、寡黙なマスター・オブ・セレモニーによる『ナジャの教え』。第2夜となる今回は、「大地のエロス、海のエロス、野生のエロス」と題した、真冬の夜の官能あふれるハーモニーをお聞かせする。
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パッシングスルー・タウン——ターミナル駅のとなり町 01 小田急線南新宿駅
都心の廃墟には、人里離れた場所の廃墟とは微妙に異なる空気感がある。どろりと粘着質のなにか。だれにも望まれないのではなく、だれからも望まれているのに、ほとんどすべての場合に複雑な権利関係がからんでいるためにーーようするにカネへの執着がからみあって、身動き取れないまま年月を重ねている、欲望の醜いカタマリとしての廃墟。それが僕らのこころをざわつかせる。
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ホノルル旅日記 1:愛と哀しみの理想郷
ワイキキの喧騒を通り過ぎ、ダイヤモンドヘッドを周回する道路に沿って裏側に回ると、そこはブラックポイントと呼ばれるハワイ屈指の超高級住宅街だ。どこにも人影はなく、しかしどこかで見ている監視カメラはたくさんあるにちがいない、曲がりくねった道を辿って海に向かって突き当りまで進む。大きな鉄製のドアがこちらの車のナンバープレートを確認して、音もなく開いた。まるでジャングルに開けたトンネルのように豊かな緑のアプローチを抜けると、そこにシンプルな、落ち着いた白い建物があった。ドリス・デュークの「シャングリ・ラ」だ。テレビで見るような「ハワイの豪邸」とはワケがちがう。かつて「世界一リッチな少女」と呼ばれたドリス・デュークが、この土地に惚れ込み、世界各地で収集した貴重な美術品を持ち込んで住まいにした、ここは桁違いの贅を尽くした、それでいて見事に抑制の効いた、洗練の極みにある空間だ。
food & drink
ほんやら洞のこと
先週金曜(1月16日)未明に出火、全焼した京都の喫茶店・ほんやら洞については、ツイッターやFacebookなどはもちろん、テレビ、新聞など大手のメディアにも取り上げられて、ちょっと驚いた。開店から42年目の古ぼけた喫茶店の火事、というだけのニュースがこれほど拡散したのは、どのメディアにもほんやら洞ファンがいたのかもしれない。これまで京都には2回住んできたが、最初に引っ越した1980年代末は、雑誌の仕事を離れて一息ついたところで、京都大学の聴講生に申し込んで日本美術史や建築史の授業を取り、そのまま自転車で授業に出てきた寺院を見に行ったりしていた。いまから考えると夢のような日々だったが、通学路にほんやら洞があって、昼飯やコーヒーに寄るようになった。
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ホノルル旅日記2:ロングスのひとたち
化粧品でも着替えでも、ポテチでもビールでもいい、ハワイで日用品が必要なとき、どこへ行ったら・・・「ABCストアがあるでしょ」と言うのはワイキキから一歩も出ない観光客のしるし。ハワイ人にとっては「ロングスがあるでしょ」となるのが正解だ。ロングス・ドラッグスはハワイ最大のドラッグストア・チェーン。一般薬品に処方せん医薬品、化粧品、袋菓子、下着に文房具、ビール、ワイン・・・生鮮食料品以外すべての日用品を扱っている。そして基本的に24時間営業。日本のコンビニよりもはるかに大きくて、スーパーマーケットとはまたちがう。言ってみればマツキヨを巨大にして、ドンキホーテを薄めたみたいな存在だ。
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小山田二郎という奇跡
先月なかばの日曜日、府中で取材があった僕は撮影を終えて、京王線府中駅にいた。ふと駅構内のポスターを見ると、府中市美術館で「生誕100年 小山田二郎」展開催中とあるではないか! 同行編集者にむにゃむにゃ言い訳して急いでバスに乗って、無事に展覧会を鑑賞することができた。危ない・・・こうやってどれだけ、知らないうちに重要な展覧会を見逃しているのだろう。本メルマガを始めて間もなく、2012年2月8日配信号で、府中市美術館で開催していた『石子順造的世界』展について書いたのだが、そのときに同時開催されていた小山田二郎展にも少しだけ触れたことがあった。1914年に中国安東県(現遼寧省丹東市)で生まれた小山田二郎は、去年が生誕100年にあたっていて、この展覧会も去年11月8日にスタート。
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シンパシー・フォア・ザ・デッド——倉谷卓の写真について
先月(1月21日号)に倉谷卓写真展『Ghost’s Drive』の告知記事を掲載したのを、気づいていただけたろうか。会場となった日本橋茅場町の森岡書店は小さな展示スペースだったが、山形県内のユーモラスなお盆の風習を記録したシリーズはすごく興味深かった。『Ghost’s Drive』展とほぼ同時期に京橋の72ギャラリーでも、『カーテンを開けて』と題された別の写真展が開かれていることを知って、そちらにも足を伸ばし、本人とお話することができた(1月21日〜2月1日まで開催)。
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パッシングスルー・タウン——ターミナル駅のとなり町 02 東武東上線北池袋駅
急行や準急に駆け込む善男善女を横目に、空席の目立つ普通電車にゆったり着席するはぐれもの、しかしゆったりする間もなく池袋駅を出発してわずか1分! 150円で着いてしまうのが東武東上線・北池袋駅だ。これほど乗り甲斐のない電車旅があろうか。新宿、渋谷と肩を並べる東京屈指のメガタウンでありながら、「トレンディ」という言葉にひとかけらの縁もない池袋。東口に西武、西口に東武という、東京初心者を惑わせる配置。JRに地下鉄に私鉄と全部で8路線が乗り入れ、一日の利用者が250万人以上というカオスそのものの駅構内。『池袋ウエストゲートパーク』から最近の池袋チャイナタウン・マフィア伝説、脱法ハーブ事故まで、「東京一怖い街」というイメージがすっかり定着。新宿ゴールデン街や2丁目のようなカルチャー・ゾーンも皆無。
art
カウガール・ラプソディ
明治・大正期の洋風建築、それに漫画ファンには石ノ森章太郎と大友克洋の出身地としても知られる登米の旧市街から、北上川沿いに走ったはずれにある集落が津山町。人口3000人ほどの小さな町だ。クルマで数分も走れば通りすぎてしまう町の、静かな住宅の離れに建つアトリエで、山形牧子さんが待っていてくれた。山形さんのことを教えてくれたのは仙台の友人だった――「河北新報(仙台の地元紙)に、すごく不思議な絵が載ってました、牛と女のひとが宴会してるんです!」 津山町で主婦として暮らしながら、牛と女の絵ばかり描いている、彼女は奇妙なアマチュア・ペインターなのだった。
art
灰色の壁の少女
日本においてもグラフィティはれっきとした犯罪だ。軽犯罪法1条33号にある「工作物等汚わい罪」がそれで、「みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札をし、若しくは他人の看板、禁札その他の標示物を取り除き、又はこれらの工作物若しくは標示物を汚した者」に対して、拘束または科料の支払いが規定されている。また、地方自治体が独自の落書き禁止条例をもうけている場合も多い。だから、これまでこのメルマガで何人かのグラフィティ・アーティストを取り上げてきたが、本名や顔写真を出せないこともあった。今回紹介する福岡のKYNE(キネ)もそうした厳しい環境の中で、アクティブであり続けようとしている若いアーティストだ。
art
頭上ビックバン!――帽子おじさん宮間英次郎 80歳記念大展覧会
本メルマガ読者にはもう説明の必要がない「帽子おじさん」宮間英次郎。その波乱に満ちた生涯は、宮間さんの発見者ともいうべき畸人研究学会の海老名ベテルギウス則雄さんの筆により、昨年9月に3回にわたって集中連載した。1934年生まれ、つまり去年80歳を迎えてますます元気いっぱいな宮間さんの、満を持した個展が今月21日から恵比寿NADiffで開催される。展覧会にあわせて畸人研究学会は久々の自主制作新刊『畸人研究30号 特集:宮間英次郎さん傘寿記念』を刊行。これは去年メルマガで連載した内容を、さらにボリュームアップした決定版になるはずだ。展覧会を畸人研究学会と一緒に構成させてもらう僕にとっても、去年5月の『独居老人スタイル展』に続いての、NADiffお達者くらぶ展シリーズ(笑)。クールなアートブックショップには申し訳ないが、老いてますます盛んな現役アウトサイダー・アーティストのほとばしるエネルギーを、過密な展示空間で体感していただけたら幸いである。
photography
自然が超自然になるとき――遠藤湖舟写真展によせて
身近に見つけた美しい自然の表情、動植物や天体、そして作品集の帯文は平山郁夫・・・このメルマガともっとも相性が悪い(笑)写真の数々が、目の前に開かれている。今月末から日本橋高島屋で写真展を開く、遠藤湖舟の作品だ。いわゆる「美しい風景」にこころ惹かれないのはなぜだろうと、ときどき考える。写真としてだけではなく、その場に立つことを含めて。夕陽に輝く富士山を眺めても、夜のグランドキャニオンで星々に包まれても、オレゴンの森深くで緑の濃さに窒息しそうになっても、ハワイの海にぷかぷか浮きながらコバルトブルーの空を眺めても。あ〜きれいだな〜とは思うけれど、5分で飽きてしまう。カメラを向けることも、ほとんどない。
archive
クラブハイツ最後の夜
もはやその存在すら本メルマガ内で忘れられつつある、単行本未収録原稿墓場「アーカイブ」。久しぶりにいきます! 今回お送りするのは2009年に『エスクァイア』誌のために書いた、『クラブハイツ最後の夜』。いまからちょうど6年前の出来事だけど、あれから文中にある札幌クラブハイツもすでに閉店してしまったし、「歌舞伎町ルネッサンス」は順調に進行中。コマ劇場跡はもう来月となる2015年4月に、都内最大級のシネコン「TOHOシネマズ新宿」とホテルグレイスリー新宿に生まれ変わって開業予定だ。そんなもん、歌舞伎町じゃなきゃいけないのか! クラブハイツでなじみだったホステスさんたちは、蒲田あたりのキャバレーに流れたりしていったが、もう営業電話もかかってこない。この6年間で銀座がすっかりダメになっていったように、これから東京オリンピックまでの5年間で、歌舞伎町もすっかり去勢されていくのだろうか・・・。
movie
非現実の映像王国で
「とにかくすごいんです!」と、本メルマガで『案山子X』を連載してくれているai7nさんから伊勢田監督のことを聞いたのは、もう2年ほど前のことだった。アウトサイダーにも絵画とか文学とか建築とか、いろいろな分野があるけれど、「アウトサイダー映像作家」というのは、初めて聞くジャンルでもあった。いつかはお会いしたいと思いながら果たせないでいるうち、この4月に伊勢田監督が「PVデビュー」を飾ることになったと知った。それもプロデュースが、やはり本メルマガで『隙ある風景』をずっと連載してくれて、最近では「商店街ポスター展」でも注目されるケイタタ=日下慶太さん。そしてPVのアーティストは、なんと中田ヤスタカがPerfumeやきゃりーぱみゅぱみゅに続いてデビューさせる期待の新人・三戸なつめだという・・・信じられない。業界的にはかなりのプロジェクトのはずが、こんなふうに決まっちゃっていいんだろうか!(笑)
art
光彩のスクラッチ――Liquidbiupilのアナログ・ライティング・アート
1960年代から70年代に最盛期を迎えた「リキッド・ライティング」を甦らせている若いライティング・アーティストがいると聞いて、耳を疑ったのが数年前のこと。ただ、そのころはライティングどころか、暗すぎて写真も撮れないようなヒップホップのライブにばかり行っていたので、なかなか巡りあうことができず、ようやく一昨年アシッド・マザーズ・テンプルのライブ会場で会えたのが、「Liquidbiupil」(リキッドビウピル)というライティングのチームだった。「Liquid」を裏返してつなげたという風変わりな名前を持つLiquidbiupilは佐藤朗と清水美雪、ふたりのライティング・アーティストによるユニットである。往年そのままに複数台のオーバーヘッドプロジェクターを駆使し、あたかも光と色をスクラッチするように、ライブハウスにサイケデリックな光の空間をつくりあげるスタイルは、アシッド・マザーズ・テンプルのようなバンドからノイズ、さらに演劇の舞台にまで起用され、注目を集めている。
art
猫塊の衝撃
新宿から京王線で約30分、稲城は多摩ニュータウンの東端に位置する、静かなベッドタウンだ。改札口で僕を待っていてくれたのが、先日の「ヴァニラ画廊大賞 2014」で大賞を獲得したアーティスト・横倉裕司さんだった。いかにもニュータウンらしい駅前を抜けて鶴川街道を渡ると、景色は突然、のどかな田舎ふうになってくる。代々続いているらしい農家や、放し飼いのニワトリが地面を突ついてる果樹園のあいだを抜けて歩いた先に、空き地に適当に建てられたような、家屋とも倉庫とも言いがたい平屋の建物が数軒かたまっている。そのひとつが、横倉さんが友人とシェアしているアトリエだった。
fashion
華やかな女豹たちの国
いまからちょうど10年前の2005年に僕は週刊朝日で『バブルの肖像』という連載をしていて、それはいまからちょうど25年前(四半世紀!)のバブル期をうれし恥ずかしく振りかえるシリーズだった(2006年に単行本化)。いまもたまに飲み話に出たりするけれど、あのとき日本に、いったいなにが起こったんだろう。株価が2万円に乗るかどうかぐらいで大騒ぎしている2015年のいまから考えると、それは「不可思議」としか言いようのない時代だった――
travel
緊急報告:レトロスペース・坂会館、存亡の危機!?
レトロスペースが揺れている。北海道屈指のビザール・ロードサイド・アトラクションとして名高い、札幌のレトロスペース・坂会館。珍スポット・ファンはすでにお聞き及びかもしれないが、今月なかばあたりから「レトロスペースが4月末で閉館か!」とTwitterなどで噂が拡散。レトロスペースや母体となる坂ビスケット本社にも、問い合わせが相次いでいるという。『珍日本紀行』の取材で初めてレトロスペースを訪れたのが1999年。もう15年以上のお付き合いになる。館長・坂一敬(さか・かずたか)さんには、ご自身の半生を『巡礼/珍日本超老伝』でも語っていただいた。北海道秘宝館がすでに閉館し、去年は札幌市民の憩いの場・喫茶サンローゼすすきの店も閉店。このうえレトロスペースまでなくなってしまったら、いったい札幌でどこに遊びに行けばいいのだろう。
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近世店屋考、ふたたび
いまから3年ほど前、鳥取市の図書館で僕は『近世店屋考』というモノクロームの写真集に出会い、その一冊が池本喜巳(いけもと・よしみ)さんへと導いてくれた。本メルマガの2012年9月12日号で特集した『近世店屋考』は、山陰地方の片隅に隠れるように生きてきた昔ながらの商店を撮影した、派手さのかけらもない写真集だったが、予想外の反響をもらい、スタートからまだ半年ちょっとだったメルマガ制作に大きな励ましを得た。それから鳥取に行くたびに池本さんは僕にこの、日本有数に地味な、でも日本有数に暮らしやすい地方のことを教えてくれた。「店屋考はまだ撮ってるんだよ」と会うたびに言いながら、池本さんはなかなかその成果を見せてくれなかったのだったが、今月20日から銀座ニコンサロン、そのあと大阪ニコンサロンで、その『近世店屋考』の新成果が披露される。
art
銀河の中に仮名の歓喜 ――福田尚代の美術と回文
ヘンリー・ダーガーの部屋を撮影した写真を集めたマニアックな資料集『HENRY DARGER’S ROOM』や、青森のボロ布を集めた『BORO』を僕と一緒に出版した小出由紀子さんは、東京神田に残る典雅な戦前建築・丸石ビル内に「YUKIKO KOIDE PRESENTS」という、他に日本でほとんど例のないアウトサイダー・アート/アール・ブリュットに特化したギャラリーを運営している。その画廊から去年の冬、『福田尚代作品集 2001-2013』という小さな作品集が出版されて、出版記念展も開かれた。美術界ではすでに高い評価を得ながら、これが最初の単独作品集という、もっともっと知られるべきアーティストであり、同時に奇跡的な回文作家でもあるという、多面的な制作活動に長く静かに従事してきた福田尚代さん。今週は埼玉県内のご自宅を訪問してうかがったお話に加えて、公式サイトに掲載されている興味深い年譜や、ツイッター上でのメッセージなどもミックスしながら、彼女の制作の軌跡を辿ってみたい。
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雪より出でよ蓮の花――金谷真のロータス・ペインティング
メールマガジンを始めてからFacebookでこまめに投稿を書いたり、いろんなひとの投稿を読むようになって(なにしろ個人アカウントの友達が5000人の上限に達してるくらいなので)、そうするとFacebookはTwitterとちがって実名だから、「ネット上での思わぬ再会」というようなことが、わりとよく起きたりする。いまから2ヶ月くらい前、「秋田で絵の展覧会やります」というお知らせ投稿に、ふと目が止まった。そこには大きなキャンバスに蓮の絵を描いている画家の写真が添えられていて、彼は蓮の絵だけをずーっと描いているらしいのだが、どうも「金谷真」という名前に見覚えがある。なんだか気になってプロフィールをチェックしたら、「1977年、雑誌POPEYE創刊と同時に専属イラストレーターになる」という一行があって・・・ええ~っ、それは僕がPOPEYE編集部にいたころ、いつも顔を合わせていたイラストレーターの金谷さんなのだった。
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プラスチックの壺中天
すでにご存知のかたも、コンプリートしたくて何千円も散財したかたもいらっしゃるだろう、大竹伸朗のガチャガチャ=「ガチャ景」が先月発売され、直島銭湯や各地のアートブックショップに販売機が設置されている。全6種類、各500円。計3000円でコンプリートできればラッキーだが、なかなかそうはいかなかったりして、ずっとむかしのゲームセンターで味わったような「悔しいから取れるまでぶっこむ」感を、ひさびさに思い出させてくれる。6種類それぞれの「作品」には解説がつけられているのだが、今回は僕がそれを書かせてもらった。あらためてじっくり、ひとつずつの作品についての思い出を聞いて、それを文章に起こしてある。
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夜をかける少女
函館湾に面して、函館市の西隣にある北斗市。来年3月にはここに北海道新幹線の新函館北斗駅が開業予定(当面、北海道側のターミナル駅)・・・という情報が信じられないほど、眠るように静かな住宅地と田畑が交じり合うランドスケープが広がっている。観光地としてはトラピスト修道院があり、三橋美智也や『フランシーヌの場合』の新谷のり子の出身地でもあるのだが。2006年の町村合併で北斗市になる前は上磯町(かみいそちょう)と呼ばれていた、函館から20キロほどのベッドタウン。いかにも漁村らしい風情を残した海辺の集落の、浜からほんの数メートルという家屋の前に、強い浜風に飛ばされそうな風情で、高誠二(たか・せいじ)さんが待っていてくれた。
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雨のなかの涙――山口小夜子展をめぐって
すでに4月11日から始まっていて、今月28日には終わってしまう東京都現代美術館の『山口小夜子 未来を着る人』展。とっくに訪れたかたも多いだろう。なぜこのメールマガジンで取り上げないのか、不審に思っていたかたもいらっしゃるかもしれない。1949年生まれの山口小夜子は1972年にパリ・コレクションに初参加、翌73年には資生堂の専属モデルになった。ちょうどそのころ資生堂のCMやポスターや『『花椿』』誌で存在を知り、70年代末から編集者として外国取材に頻繁に出かけるようになってからは、トレンディな日本人の代表として行く先々でそのイメージに出会ってきた小夜子さんは、僕にとって10代後半から30代までのさまざまな体験と強烈にリンクする存在だった。おまけに2000年代に入ってからは、仕事こそご一緒できなかったものの、数回お会いして、そのいつまでたっても神秘的なルックスと裏腹な、すごくオープンマインドで積極的に若いアーティストたちと関わっていく姿に感銘を受けもした。
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みほとけのテーマパーク
いまから10年くらい前、アジアの珍寺めぐりにハマっていた時期があった。もともと『週刊SPA!』で「珍日本紀行」を連載していたころ、夏休みやGWなどにあわせて「珍世界紀行」もやりたくなって、最初はヨーロッパを中心に回っていたのが、次第に東南アジアにも足が向いていったのが発端だった。当時はネット情報がほとんど存在しなかったので、アジアにどんな珍寺があるのか、事前にはまるでわからなかったが、バンコクで雑誌をぱらぱら見ているうちに、地獄庭園の小さな写真が目に留まり、そこからタイの珍寺めぐりが始まって、しだいにベトナム、ラオス、ミャンマー、中国本土、韓国、そして台湾へと足が向いていったのだった。
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春画展、東京の前に福岡で!
来る9月19日から東京・目白台の永青文庫で開かれる展覧会『世界が、先におどろいた。春画 Shunga』のニュースを、すでに耳にしたひとも少なくないだろう。ふりかえれば2013年10月から翌1月までロンドン大英博物館で開催された『Shunga sex and pleasure in Japanese art』が、約9万人の来場者を集める大ヒットとなりながら、肝心の日本への巡回(というか里帰り)がかなわず、恥ずかしい思いをしていた多くの美術ファンにとって、永青文庫での展覧会開催はうれしいニュース。大英博物館の展覧会の巡回ではなく、おもに国内のコレクションによる永青文庫独自の展覧会になるようだが、すでに記者会見も開かれ、「日本初の春画展」として話題を集めている。しかし永青文庫の展覧会の1ヶ月以上前に、実は日本で初めて公立美術館で多数の春画が系統だって展示される、画期的な展覧会が開催されることは、あまり話題になっていない。それが福岡市美術館で8月8日から開かれる『肉筆浮世絵の世界 ―美人画、風俗画、そして春画―』である。
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圏外の街角から:北海道夕張市
ギリシャの財政危機が連日、ニュースになっている。国が倒産する、ということが現実的にいったいどういう事態を招くのか、いまひとつ実感できないけれど、日本にはその見本というか先達というか、先輩がいる。日本で唯一、「財政再建団体」の指定を受けた破綻都市・夕張だ。札幌に出張した翌日、夕方の飛行機までの空いた時間に、久しぶりに夕張の町を巡ってみた。北海道の玄関口である新千歳空港から夕張までは約40キロ、札幌からは約70キロ。しかし交通の便からして、すでに最悪。札幌から1時間40分ほどかかる直通バスが、一日わずか数本。JRも札幌、新千歳どちらからも直通便がなく、乗り換えが必要。特急を使っても2時間以上かかってしまい、けっきょくレンタカーに頼ることになる。
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踊る水中花
池谷友秀という写真家がいる。「水中写真家」ではないけれど、人間のからだと水を組み合わせた、というより溶け合わせた写真をずっと撮っていて、その最新写真展がいま銀座ヴァニラ画廊で開催中だ(7月18日まで)。もちろん、その作品はバンコクのゲイお魚ショーなんかよりはるかに美しい。こんな書き出しをして申し訳なかったが、水というのは不思議な視覚効果があって、人間を地上とはまた別の生きものとして見せてくれる気がする。水中で光が屈折するように、常識にとらわれていた僕たちの見方をも、水は微妙に屈折させてくれるようなのだ。今回展示されている「BREATH」「MOON」というふたつのシリーズは、いずれも水中や水面上で撮影された、おもに裸の人体である。モデルは美少女だったり暗黒舞踏家だったり、身体障害者だったりするのだが、地上で見ればほとんどまったく異質なはずの人間たちが、水中で浮遊したり泡に包まれているうちに、深い部分でひとつに結ばれた存在であるように見えてくる。
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写真の寝場所
早稲田大学キャンパスを取り巻く牛込から西早稲田周辺には、東京都心部のエアポケット的な空気感がある。たいした再開発が進行中なわけでもなく、昔からの家並みや入り組んだ細い道が残っていて、都心部なのに交通の便がそれほどよくないことも関係しているのだろうが、やや取り残された感が漂う。それが独特の居心地良さにつながっている。路地の奥、迷路のような住宅街のなかに、2階建ての銭湯がある。松の湯、昔から早稲田の学生に愛されてきた銭湯だ。1階はいまも盛業中だが、2階はすでに営業終了、銭湯の造作を残したまま、ギャラリー・スペースとして活用されている。そこで6月の1週間、開催されていたのが大阪の写真家・赤鹿麻耶による『ぴょんぴょんプロジェクト vo.1「Did you sleep well?」』という奇妙なタイトルの、奇妙な展覧会だった。
lifestyle
アナーキーゲイシャ・キス・キス!――エロチカ・バンブーの踊り子半生記 前編(写真:多田裕美子、都築響一)
ラブホテルと外人売春婦と熟女風俗・・・東京でいちばん魑魅魍魎が跋扈する街のひとつである鶯谷に降り立つ。駅から徒歩1分、1969年にできたグランドキャバレー・ワールドは、いまでは東京キネマ倶楽部という名のライブハウスになっているが、5月16日の今夜だけはグランドキャバレーの残り香が、ほんの少し帰ってくる。バーレスクやピンナップ・カルチャーを発信するウェブサイト「BAPS JAPON」5周年イベントとして、人気バーレスク・ダンサーたちが集結する『バーレスク・オー・フューチャラマ(Burlesk-O-Futurama)』が開催されるのだ。
art
精液と糞尿のスペース・オデッセイ ――三条友美「少女裁判」によせて
「百日紅」はふつう「さるすべり」と読むが、この店は「ひゃくじつこう」。見かけも、ドアを開けても一見ふつうの喫茶店だが、展示のラインナップは耽美、フェティッシュ、グロテスク、そしてエロチカに特化した、きわめてビザールかつ「喫茶店らしくない」メニューだ。今年4月末から5月にかけては伝説のエロ劇画家ダーティ・松本の個展が開催され、上品なインテリアと着物姿のママさんと、ハーブティーの香りと(この店はハーブティーが売り!)、股縄バレリーナのようなどエロ展示作品とのミスマッチに絶句させられた。そのカフェ百日紅で8月20日から2週間だけ開催されるのが、ダーティ・松本展以上にどエロでグロテスクで、ミスマッチ感にあふれること確実なハードコア・エクジビション『三条友美 処女個展 少女裁判』である。劇画家・三条友美のことを、どう説明したらいいだろう。知っているひとはずっと静かに愛読してきたろうし、知らないひとは一生知らないままで終わるはずの、まさしく孤高の漫画家にして、エログロ官能劇画のダークスター。すでにキャリア40年近くにおよぶ大御所でありながら、本名も年齢も顔写真も非公開、インタビューすらめったにないというミステリアスな存在。
art
詩にいたる病 ――安彦講平と平川病院の作家たち
薄暗い民家の奥座敷に、浮かび上がるように展示された数枚の絵。それは白地の大きな画面に、Tシャツやズボンなどの洋服が黒い縁取りを伴う白ヌキの平面として浮かび上がる図柄なのだったが、一見エアブラシかパソコンの切り抜き処理のように思えるその画面は、よく見ればすべて鉛筆で洋服の周囲を塗りこめた「切り抜きふう手描き絵画」だった。杉本たまえさんという、その作家に出会ったのは今年3月、近江八幡NO-MAが主催した大規模な展覧会『アール・ブリュット☆アート☆日本』の会場だった。たくさんの出品作家のうちでも、彼女のことが強くこころにひっかかって、東京に帰ってから調べてみると、2009年に第1回展を開催以来、1~2年に一度開かれる『心のアート展』という展覧会に何度も出品していて、ちょうど今年も6月17日から5日間、池袋の東京芸術劇場で開かれることがわかった。
travel
ライブ・アット・ニュージンジャーミュージアム
栃木県、というと餃子の宇都宮だったり東照宮の日光だったり、観光スポットはいろいろあるが、宇都宮、小山につぐ第3の都市・栃木市はなんとなく影が薄い。市街中心部には蔵造りの家屋がずらりと並び、なかなか風情もあるのだが・・。そんな栃木市でいま、にわかに注目を集める新観光スポット、それが『岩下の新生姜ミュージアム』。今年6月20日にグランドオープンを迎えたばかりだが、すでにテレビや新聞・雑誌でご覧になったかたも多いのでは。「都築さんにとっては秘宝館みたいなもんでしょ?」とニヤニヤしながら迎えてくれたのが、岩下食品社長兼ミュージアム館長の岩下和了(いわした・かずのり)さん。1966年生まれ、今年49歳の社長さんだ。
movie
ヴィヴィアン・マイヤーを探して
この数年でもっとも話題になりながら、なぜか日本ではいちども展覧会が開かれず、輸入された写真集は大人気でありながら日本版が出版されることもない、知る人ぞ知る存在だった写真家、それがヴィヴィアン・マイヤーだ。メールマガジンでもずいぶん前から紹介したかったのだが、種々の理由でなかなか実現できないでいた。すでに各メディアで告知記事を読まれた方も多いと思うが、アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門(第87回、今年2月開催)にもノミネートされた映画『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』が、10月10日からの渋谷シアター・イメージフォーラムを皮切りに、各地で公開される。まさに待望!のリリースだろう。
photography
佐世保の夜の女と男――松尾修『誰かのアイドル』
見るだけで行った気になる写真と、見てるうちに行きたくてたまらなくなる写真がある。この6月に発表されたばかりの写真集『誰かのアイドル』をAmazon経由で手に入れて(自主制作なのでウェブか限られた書店でしか手に入らない)、僕は眼を見張るというより腰が浮く思いで、ウズウズを抑えかねた。『誰かのアイドル』は佐世保出身の写真家・松尾修が個人で進める「サセボプロジェクト」の、2冊めとなる出版物。去年(2014)11月には『坂道とクレーン』と名づけられたタブロイド式の写真集を、1冊めに発表している。
book
オブジェクト・レッスンズ:科学の墓場から
指名手配の容疑者を探すのに使われるモンタージュ。街頭でよく見かけるあれには写真と似顔絵があるが、実は写真よりも似顔絵のほうが容疑者を見つけやすい、と聞いたことがある。生物図鑑の図版も、いまだに絵のほうが写真より使いやすかったりする。創作活動ではなく、完全に実用的な絵画。それはある意味で視覚的な取捨選択をあらかじめ行うことで、見るものの意識をいくつかの特徴にフォーカスさせる効能があるのだろう。写真のようにすべての部分を等価に写すのではなく、「この部分を注視すべき」と画家が選ぶことによって。『珍世界紀行』などで、これまでヨーロッパの医学標本を何度か紹介してきた。ずっと以前にアートランダム・クラシックスというシリーズで、人体解剖図の画家として有名なジャック=ファビアン・ゴーティエ・ダゴティの画集を編集したこともある。見てくれたひとはどれくらいいるだろうか。
food & drink
酒を聴き、音を飲む ―― ナジャの教え 04
地元の人間がさまざまな感情を込めて「尼」と呼び習わす兵庫県尼崎の周縁部・塚口にひっそり店を開く驚異のワインバー・ナジャ。独自のセレクションのワイン、料理、音楽の三味一体がつくりあげる至福感。喉と胃と耳の幸福な乱交パーティの、寡黙なマスター・オブ・セレモニー、米沢伸介さんによる『ナジャの教え』。第4夜となる今回はおだやかな秋の宵に、かすかに不穏な空気感をブレンドするミックスを披露してくれた。
art
モンマルトルのベガーズ・バンケット――『HEY! ACT III』誌上展・後編
先週に続いて、9月18日からパリのアウトサイダー・アート専門美術館アル・サンピエールで『HEY! Modern Art & Pop Culture / ACT III』と題された興味深い展覧会のリポート後編をお送りする。パリで発のアウトサイダー/ロウブロウ・アート専門誌『HEY!』がキュレーションするグループ展。2011年の第1回、2013年の第2回展に続く、本展が第3回。もとは市場だったという大きな建築の2フロアに、60名以上の作家によるビザールでエネルギッシュな作品が展示されている。今週は2階フロアに展示されている作家のうちから、個人的に気になった作品を紹介してみる。展覧会は3月まで続くので、機会があればぜひ会場に足を運んでいただきたい。先週書いたように、アートを金持ちのおもちゃではなく、ほんとうに生あるものにしたいと願う人間たちが、いまこんな最前線にいるのだということを体感していただきたいから。
art
機械仕掛けの見世物小屋――ジルベール・ペールのアトリエから
先週まで2週にわたって、パリのアル・サンピエールで開催中の展覧会『HEY! ACT III』についてお伝えしてきた(『モンマルトルのベガーズ・バンケット 前・後編』)。60名以上によるビザールでエネルギッシュな作品が展示されている中で、ひときわ奇妙なユーモアを漂わせ、動きのある作品を出展していた数少ない作家がジルベール・ペール。1947年生まれ、みずからを「エレクトロメカノマニアック=電気機械マニア」と呼ぶ、風変わりなフランス人アーティストである。現代美術でもあるけれど、機械による演劇でもあり、スペクタクル=見世物でもある彼の作品に、これまで日本ではほとんど接するチャンスがなかった。今週はパリ郊外のアトリエを訪ね、インタビューを交えながら過去20年以上にわたる作品群を紹介してみたい。
art
単眼少女たちのいるところ
この夏のもっとも暑かったころ、ろくに冷房の効かない幕張メッセのワンフェス会場に充満する甘酸っぱいオタク臭に意識を失いかけながら、まるで知らないアニメのフィギュアが何百と並ぶ展示に辟易としはじめたころ、ひとつのブース前で動けなくなった。だれもいないテーブルの上に、美少女の被り物が置いてあるのだが、それは巨大な一つ目の美少女なのだ。そこだけひんやりとした空気が流れるようでもある、一つ目小僧ならぬ一つ目小娘に見とれていると、ブースの主の仲間らしき男子が、「いまいないんですけど、こんなのもあります」と薄手の写真集を見せてくれた。『chimode』というタイトルのそれを購入して帰ったものの、表紙からしてあまりのインパクトに「だれがこんなのつくってるんだろう!」と会ってみたい気が抑えられなくなって、連絡をとってみた。作者の小沢団子(おざわ・だんご)さんは、被り物の一つ目がそのまま二つ目になったような、可愛らしい女の子だった。
art
明るさも暗さも底なしの国で――BEAUTÉ CONGO展@パリ・カルティエ財団
先週、ふたつの展覧会を観に、パリに行ってきた。今週、来週とその紹介をしたいのだが、今週はまずカルティエ財団で開催中の『BEAUTÉ CONGO 1926-2015 CONGO KITOKO』にお連れする。アフリカというと、どうしてもプリミティブ・アートに偏った紹介になりがちだが、本展はタイトルどおりコンゴの近代美術を体系的に展示する、画期的な展覧会である。ちなみにタイトルにある「KITOKO」とはコンゴの言葉(リンガラ語)で「美しい」「きれい」などを広くあらわす表現。「かわいい」や「おいしい」にも使えるそうなので、覚えておくといつか役に立つかも。
art
花咲く娼婦たちのかげに――オルセー美術館『華麗と悲惨:売春のイメージ』展
先月2回にわたって紹介したアウトサイダー/ロウブロウ・アートの展覧会『HEY!』に、見世物小屋絵看板コレクションで参加した折り、ちょうどオープニングがあるというので楽しみにしていたのが、オルセー美術館の『Splendeurs et misères, Images de la prostitution 1850-1910』という展覧会だった。ご承知のとおりオルセー美術館はセーヌ河畔近くの、もともと駅舎兼ホテルだった巨大な建物を改造した、19世紀美術に特化した美術館。正確には二月革命の1848年から第一次大戦勃発の1914年までの期間を扱い、それ以前はルーブル、以降はポンピドゥ・センターという区分になっている。特に印象派のコレクションが有名で、パリ有数の観光名所として日本からの観光客にもおなじみ。本メルマガではちょうど1年前の2014年11月19日配信号で『サド展』を紹介したが、それに続く意欲的というか、挑戦的な企画展が今回の『Splendeurs et misères』だ。
art
フランス式グラフィティの教え
この原稿を書いている最中にパリの同時多発テロ第一報が、つけっぱなしのテレビから流れてきた。土曜日早朝、CNNのライブ・ニュースで、しばらく画面に釘付けになるしかなかったが、そのあと日本の地上波を見てみて、あまりの軽い扱いように、ふたたびのけぞった。現場に突っ込んでいく取材力がないのと(土曜日で支局員はお休み?笑)、掘り下げていけば当然ながら、集団的自衛権が抱え込む危険に言及しなくてはならないからだろうけれど。こんなタイミングで、パリの街のガイドのような記事を書くのはどうかとも思ったが、こんなときだからこそ書くべきかとも思い、そのまま進めることにした。日本ではいまだ「落書き」扱いのグラフィティだが、それがきわめて先鋭的なメッセージを発信するメディアとなり得ることを、記事から読み取っていただけたらうれしい。文中でも触れるが、いまごろパリの街角では、テロの犠牲者たちに捧げるグラフィティが、爆発的なスピードで生まれているはず。都市の生命力とは、そういうエネルギーのことを言うのだろう。高層ビルの数とか、巨大店舗の売上高とかではなくて。
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八潮秘宝館、開張!
告知でお知らせしたように11月13~15日の3日間、稀代のラブドール・コレクターであり、ご本人によれば「写真家兼模造人体愛好家」である兵頭喜貴(ひょうどう・よしたか)が、「自宅秘宝館」として『八潮秘宝館』を一般公開。全国から50人以上のマニアが拝観に訪れたという。兵頭さんが初めて本メルマガに登場してくれたのは2012年3月21日配信号。『人形愛に溺れて』と題したその記事は、葛飾区内の古びたアパートの一室に構築された、驚異の変態人形空間訪問記だった。
travel
ブルゴーニュのタイムマシン
中世の城、といってもフランスでは珍しくないし、現代に復元された中世の城なんて、さらに珍しくない。でもそれが完全に中世の工法で、当時と同じ素材だけを使用して、もう20年近くもかけて建設中となると、ちょっと話が違ってくる。パリから南下すること200キロ弱。ワインで有名なブルゴーニュ地方でただいま進行中の「ゲドゥロン(Guédelon)」は、中世の城を中世のやりかたで建てる(プロセスを見学する)テーマパークであり、この時代にエコロジーの観点から建築を見直す試みでもある、奇抜にして壮大なプロジェクトだ。
fashion
捨てられないTシャツ 特別編 捨てられないハイレグ/44歳男性(不動産賃貸業)
1980年代後半から90年代前半に青春、というか青臭い時期を送った人間(つまり現在の中年)にとって、「ハイレグ」とはバブル時代を象徴する単語のひとつだろう。レースクイーンのハイレグ、飯島直子のハイレグ、岡本夏生のハイレグ・・・。どんな体型の女性でも、それなりに足を長く、ウエストをスリムに見せる、それはほとんど「魔法のデザイン」だったが、ハイレグが世の中から消滅して、もうずいぶん時がたつ。バブル経済がダウンしたあとも過激度をアップしていったハイレグ水着が、セクシーさのピークを迎えたのは1999年と一説に言われているが、その反動でレースクイーンの衣装規制が実施されたあたりを境に、ハイレグは急速に水着売り場から姿を消していく。
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日々、常に――オカダキサラの日常写真
東京都心部でもっとも東に位置する街のひとつ、南葛西。旧江戸川を隔てた対岸はディズニーランドのある浦安・舞浜という、トーキョー・イーストエンドである。1980年代に建設された戸数900近い巨大団地にオカダキサラは生まれ、いまも住んでいる。1988年生まれ、27歳の写真家だ。
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渋イケメンの国から
美しさに絶句する写真集もあれば、刺激的な内容に絶句する写真集もある。でも、「なぜこれが一冊の本に!」と存在自体に絶句する写真集にはなかなか出会わない。そんな驚きで、久しぶりにフラフラな気持ちにさせてくれたのが『渋イケメンの国――無駄にかっこいい男たち』だった。著者である三井昌志はもう十数年間、アジアを中心に長い旅を続けて、その道程で撮影した写真を本にまとめたり、CDーROMにして自分のサイトで販売して生計を立てている「旅の写真家」である。2010年にはバングラデシュで購入したリキシャ(三輪自転車タクシー)に乗って、日本一周6600kmを走破するプロジェクトも達成している。過去の作品には『アジアの瞳』『美少女の輝き』『スマイルプラネット』など7冊の写真集があり、その幾冊かは旅行本を専門にする書店などで見た覚えがあるが、「渋イケメン」にフォーカスした写真集はさすがに初めて。おそらく類書もゼロだろう。
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修羅の果ての島で――焼き絵師・元心作品展
ハンダゴテのような電熱ペンを使って、板を焦がすことで絵柄を描いていくウッドバーニングというクラフトがある。古くから世界中で親しまれてきた技法だが、その電熱ペンを使って木片ではなく皮革に絵を描く「焼き絵作家」が、元心(げんしん)である。すでに本メールマガジン購読者にはおなじみのカフェバー浅草・鈴楼で、その作品展『LEATHER ART GENSHIN』が昨年末から開催中だ。ヌメ革独特の肌に描かれるのは浮世絵の美人や役者絵、相撲取りといった伝統的図柄から、虎、犬、猫、昆虫など、身の回りの生き物たちまでさまざま。中には春画を題材にしたものもある。作品の多くは色紙大くらいだが、2メートルを超える一枚革に観音や仙人を焼き描いた大作にも挑戦している。
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焼き芋とストリート・アート
とてつもないデコトラならぬデコ・セダンが真冬の、東京の夜をクルーズしている。トヨタの誇る社長車センチュリーの屋根にド派手なデコレーションを光らせ、後部に伸びた竹ヤリから白煙をモクモク吹き出しながら・・・。秋葉原で、原宿で、代官山で、その勇姿を見て呆然としたひとも、思わず駆け寄ったひともいるだろう。デコ・セダンの名は「金時」、大阪のアーティスト・ユニット「yotta(ヨタ)」が仕掛ける「アートとしての焼き芋屋活動」である。すでに多くのメディアにも取り上げられているyottaは、木崎公隆と山脇弘道によるユニット。2010年に移動焼き芋屋・金時をスタートさせて以来、今年も3月末の焼き芋シーズン終了まで、東京の街なかで夜ごと焼き芋を売り歩いている。
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ホワイトライト・ホワイトヒート ロシア冬紀行1 古都の哀愁蝋人形館
朝9時を過ぎても薄暗い街。凍りつく路面を足早に歩く人たちがいる。さらさらとふりかかる雪は、文字どおりパウダーのように服や靴の表面を滑って消え、すでに店を開けているレストランでは半袖シャツのスタッフがテーブルを整え、ビルの壁の電光表示はいまの気温がマイナス20度だと告げていた。サンクトペテルブルク、1月10日。ロシアではクリスマスにあたるというその週に、成田からモスクワを経て僕は、ここにいる。
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ホワイトライト・ホワイトヒート ロシア冬紀行2 「ロシアのバスティーユ」で豪華版・見世物小屋めぐり
先週に続いてお送りするロシア冬紀行・第2話、今回訪れるのはエルミタージュ美術館とネヴァ川を挟んで向かい合う、ペトロパヴロフスク要塞である。サンクトペテルブルク観光でも重要な場所であるペトロパヴロフスク要塞。どのガイドブックを見てもかならず「バスチョン」と呼ばれる収容所内部や聖堂が解説されているが、しかし! そういう歴史的に重要な施設の周囲を、数々のB級観光スポットというか、ほとんど見世物小屋のノリに近い常設・仮設展示施設がいくつも取り巻いていることは、まったく語られていない。チープな歴史蝋人形館のほかは、ガイドブックどころかウェブサイトでもほとんど記述が見つからないので、今週はこの「知られざるサンクトペテルブルク最重要B級スポット」を徹底紹介する。
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ホワイトライト・ホワイトヒート ロシア冬紀行3 折れた骨の音楽
見たこともない「ビートルズ・ラブソングス」と書かれたアルバムが最前列に陳列してある。片言の英語で店主は「これ、ルーマニアでプレスされたレア盤だから」と教えてくれ、値段も手頃だったので購入。代金を払いながら「ボーン・レコードもある?」と聞くと「ん?」 しかたないので自分の胸のあたりを指さしながら「エックスレイ」と言ってみると、「お~、あるある」とペナペナのソノシートふうの数枚を、奥から引っ張り出してくれた。あぁよかった。これを探しに、真冬のロシアに来たのだから。
photography
自撮りのおんな
「セルフィー」という英語すら普通に通用する時代になって、世にはさまざまな自撮り写真があふれているが、先週出会った「自撮り写真家」田岡まきえには、ひさびさに興奮させられた(いろんな意味で)。トークに来てくれた田岡さんは慎ましやかで可愛らしい奥様、という雰囲気を漂わせていたが、抱えていたポートフォリオを見せてもらうと、そこにはスケスケ・セーラー服やホタテビキニ!を着用したり、なにも着用していなかったりする田岡さんが、手にカメラのリモコンを持った「自撮り熟女グラビアモデル」になっているのだった。田岡まきえは1966年大阪生まれ。今週ちょうど50歳になったところだという。
art
皮膚という衣装のために――八島良子の映像をめぐって
先週、東京六本木の国立新美術館では「文化庁メディア芸術祭」受賞作品展が開催されていた(2月3~14日)。1997年の設立以来、今年が19回目になるメディア芸術祭は、その名のとおり文化庁が主催する「アート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門において優れた作品を顕彰するとともに、受賞作品の鑑賞機会を提供するメディア芸術の総合フェスティバル」(公式サイトより)。国内最大級のアート・デザイン系コンペであることは間違いない。しかし今年の芸術祭アート部門で、審査委員会推薦作品に選ばれながら、展示されなかった作品があった。八島良子の映像インスタレーション『Limitations』である。
art
月夜の浜の少女時代
本メルマガではおなじみの銀座ヴァニラ画廊で、今週月曜日から『沈黙する聖少女。宮トオル遺作展』が開催中である。「宮トオル」という名前を聞いて、「ああ、あの作家ね」とうなづく美術ファンが、どれくらいいるだろうか。僕も不勉強で、初めて聞く名前だった。イラストレーターから画家に転身し、亡くなるまでずっとひとりの、というか同じ顔の少女を宮トオルは描きつづけた。徳之島という南の島に生まれ育った彼の画面には、奄美大島でだれにも評価されない絵を描きつづけた田中一村の光と闇が見える気もするし、飽くことなく描いた少女の表情には、斎藤真一が描いた瞽女の静謐さが滲み出ているようにも見える。そして宮トオルの絵はだれにも似ていないし、どんなトレンドにも流派にも属していない。そういう、ひとりだけの絵を描いて彼は生き、死に、忘れられた。
travel
圏外の街角から:広島駅前地下広場
ものすごく久しぶりにお送りする「圏外の街角から」。全国に散らばるシャッター商店街を歩く連載だが、今回はちょっと趣向を変えて広島駅前の地下広場にご案内したい。中国地方最大の都市であ広島市。JR広島駅は北口が新幹線口、在来線が南口となっている。南口駅前は現在、大規模再開発が進行中。まことに味気ない広場になっているが、この一帯はもともと原爆で壊滅的な被害を受けたあと、終戦直後から闇市が出現。しだいにいくつかの市場を形成するようになって、「荒神市場」と呼ばれていた。いまも駅を出て左側に歩いて行くと「愛友市場」という名の、当時の面影をそのまま留めた市場が残っている。
music
辺境のグルーヴ、共産テクノ!
本業は硬派の出版社で編集者を勤めつつ、「珍書プロデューサー」としてもマニアックな書籍をリリースしてきたハマザキさんは、みずから自費出版社「パブリブ」も立ち上げていて、すでにその第一弾として昨年『デスメタル・アフリカ』を刊行しているが、そのパブリブから「今月(2016年3月)に出版する新刊がこれです!」と手渡されたのが『共産テクノ ソ連編』。アフリカのデスメタルの次は、ソ連(ロシアですらなく)のテクノ・・・どれだけケモノ道に分け入っていくつもりだろう。著者の四方宏明(しかた・ひろあき)は序文で「共産テクノ」というものを、「冷戦時代にソ連を中心とした共産主義陣営で作られていたテクノポップ~ニューウェイブ系の音楽」と定義しているが、これはもちろん四方さん自身による造語。日本や欧米の占有物というイメージが圧倒的に強いテクノポップ~ニューウェイブが、共産主義陣営にも存在したという事実すら、これまでほとんど知られてこなかったし、海外を含めてそれらが書籍としてまとめられたこともかつてなかったそう。つまりこれもまた「類書なし」の孤独なトップランナーなのだった。
lifestyle
25年目のTOKYO STYLE
あれから四半世紀のうちに、僕にもいろいろあったし、部屋主のひとりひとりにもいろいろあったろう。撮影させてもらった人の多くは、あとがきに書いたように付き合いがなくなってしまったり、音信不通だったりしたのだが、このところFacebookなどのSNSや各地のトーク会場、打ち上げの場などで「再会」する機会が増えてきた。お互いの無事を喜び、思い出を懐かしみながら、「四半世紀たったいま、みんなはどういう暮らしをしているのだろう」と気になって、覗き見したくてたまらなくなった。ちょうど25年前に、みんなの暮らしを覗き見したくてたまらなくて、カメラを買いに走ったように。これから毎週、というわけにはいかないけれど、なるべく頻繁に、かつて撮影させてくれたひとたちを訪ねて、いまの暮らしを見せていただこうと思う。「25年目のTOKYO STYLE」がどんなふうになっているのか、ご覧いただきたい。四半世紀を隔てた彼らの昔と今。それは僕ら自身の25年間でもあるはずだから。
photography
ストレンジ&ファミリアー――外国人が見た英国式日常
アート・ファンのみならずクラシック音楽ファンにも、演劇ファンにもおなじみのロンドン・バービカンセンター。地味な高層住宅群に囲まれた地味な建築に、初めて訪れるひとはいささか拍子抜けするかもしれないが、1982年の完成以来、現在でもヨーロッパ最大級の複合文化施設である。バービカンのアートギャラリーで先週スタートしたばかりの展覧会が『Strange and Familiar』。「Britain as Revealed by International Photographers =世界各国の写真家によってあらわにされた英国」と付けられた副題のとおり、イギリス人ではない写真家たちによって捉えられたイギリス、という興味深いテーマ設定。そのキュレーションを担当したのがストレンジ・フォトの元祖であり、「カスハガ」をはじめとする珍物収集狂でもあるマーティン・パーとなれば、さらに興味が湧くはずだ。
photography
「流しの写真屋」の見た新宿
竹橋の東京国立近代美術館ではいま『安田靫彦展』が開催中だが、同時に所蔵作品展として『MOMATコレクション 特集「春らんまんの日本画まつり』も開催中。これが「日本画まつり」というタイトルとはうらはらに、佐伯祐三からパウル・クレーにいたる油絵あり、高村光太郎やロダンの彫刻あり、戦争画あり、岡本太郎やピカソもあり・・・と、ぜんぜん「春らんまん」らしくないラインナップで充実。その展示の一室にあてられているのが、『渡辺克巳「流しの写真屋」の見た新宿』だ。ご承知の方もすでに多いだろう、渡辺克巳は近年、急速に再評価が進んでいる昭和のストリート・フォトグラファー。1941年に岩手県盛岡市に生まれ、高校卒業後いちどは国鉄に就職するが、20歳で上京。写真館で技術を学んだのち、1965年から新宿で「1ポーズ3枚200円」で写真を撮って翌日プリントを渡す「流しの写真屋」を始める。
photography
美脚の自撮り宇宙
去年9月、恒例の「東京アートブックフェア」がちょうどフランス出張と重なって、行けずに悔しがっていたら、「こんなおもしろいの見つけました」と持ってきてくれたひとがいた。『巨大娘』と『美脚星人』という2冊の写真集である。『美脚星人』から見てみると、いきなり表紙がピンヒール姿の美脚。しかも下半身だけで、上半身がない! それがコラージュかフォトショップ加工かと思いきや、上半身を絶妙の角度に曲げて、それを三脚に据えたカメラを使って自撮りしてるという!(写真集の最後にも「これらの写真は修正して上半身を消したのではありません。ポーズや角度を試行錯誤して撮りました」と、ちゃんと記されている)そして『巨大娘』のほうは、自分の足によって踏みつぶされそうな風景や「小人」を、なんと自撮り棒とスマホを使って撮影したシリーズ。そう、例の自撮り棒を頭上ではなく、地面すれすれに下げて撮影するという、こちらも意表を突いたスタイルなのだ。
art
破壊せよ、と動画は叫ぶ――冠木佐和子のアニメーション・サイケデリア
昨年はアウトサイダー映像作家・伊勢田勝行監督のアニメに打ちのめされたが、またひとり、僕らがふつうに思う「アニメ」のイメージを激しく逸脱する、オリジナリティのかたまりのような作品を生み出す作家に出会うことができた。冠木佐和子(かぶき・さわこ)――1990年生まれ、まだ25歳の若手映像作家である。冠木さんがどんなひとなのか紹介する前に、とにかくまずはこの一本を見てほしい。『肛門的重苦 Ketsujiru Juke』、2013年に多摩美術大学の卒業制作として発表された、2分56秒の作品だ。
photography
ブルジョワジーの豊かな愉しみ――写真展「ジャック=アンリ・ラルティーグ 幸せの瞬間をつかまえて」
これまで何度も展覧会が開かれて、日本でも人気の高いジャック=アンリ・ラルティーグの写真展が埼玉県立近代美術館で開催中だ(5月22日まで)。プロフェッショナルとは「レベルの高い写真を撮るひと」、アマチュアとは「そこまでいかないひと」と思われるようになったのは、19世紀にさかのぼる写真の歴史の上で、実はここ数十年のことにすぎない。日本でも東京や関西、鳥取など各地の裕福な趣味人が「芸術写真」を戦前に育んできたように、かつてプロとは依頼されて人物や風景を撮る「写真師」であり、高価なカメラ機材を購入して「好きなものを好きなように撮る」のはアマチュアの特権だった。
art
『針工場』――豊島に大竹伸朗の新作を訪ねて
今年は瀬戸内国際芸術祭の開催年だ。2010年、2013年に続く3回目。4月17日までの春会期にいち早く訪れたかたもいらっしゃるだろう。直島、小豆島と並んで多くの作品が集まる豊島(てしま)には大竹伸朗の新作『針工場』が完成。直島の『直島銭湯I♥湯』『はいしゃ/舌上夢/ポッコン覗』女木島『女根/めこん』に次ぐ4つめのプロジェクトとなった。
art
死刑台のギャラリー――極限芸術2~死刑囚は描く~
広島県福山市の「鞆の津ミュージアム」を、これまで本メルマガでは何回も紹介してきた。全国各地に続々と誕生しつつあるアウトサイダー・アート/アールブリュット関連展示施設のうちで、ほとんど唯一「障害者」という枠組みをあえて逸脱しようとする姿勢が際立つ、本来的なアウトサイダー精神に深く共感したからだった。ヤンキーにスピリチュアル系、ただ単に「我が道を行く」変人表現者まで――福祉施設を母体に持ちながら、それはどんな公立美術館も手をつけない、ひりつくリアリティに満ちた企画で、だからこそ全国から熱心な来館者たちを集めていたのだが、そのキュレーションの中心にいたのが櫛野展正だった。本メルマガでも「アウトサイダー・キュレーター日記」を連載している櫛野くんが、昨年末で鞆の津ミュージアムを離れ、同じ福山市内に開いたのが「クシノテラス」。その第1回目の本格的な展示として、『極限芸術2~死刑囚は描く~』が先月末から開催中だ(8月29日まで)。
art
太陽と大地と人形の国――ネック・チャンドのロックガーデン訪問記
コルビジェのキャピトル・コンプレックスに隣接する広大な彫刻庭園が「ネック・チャンドのロックガーデン」である。ル・コルビュジエではなくて、実はこのロックガーデンが見たくて、僕はここまで来たのだった。アウトサイダーアート/アールブリュット・ファンにとって、生涯でいちどは訪れなくてはならない場所が、2カ所ある。そのひとつはフランス・オートリーヴの「郵便配達夫シュヴァルのパレ・イデアル(理想宮)」、そしてもうひとつがネック・チャンドのロックガーデンだ。
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海辺の町のロウ人形館
南インド・ケララ州のコーチン(コチ)は、アラビア海に面した大都市。観光のメインとなる旧市街フォートコーチンと川を隔てた、新市街にある「ケララ州で2番目に大きいショッピングモール」というオベロンモールの3階に『スニルズ・セレブリティ・ワックス・ミュージアム(Sunil's Celebrity Wax Museum)』があった。旧市街の美しいポルトガル建築や、『地獄の黙示録』気分に浸れるバックウォーター・クルーズとかを取材しとけばいいものを、なぜに南インドまで来てロウ人形館を・・・と思わなくもないが、ロードサイダーズなんだからしょうがないです!
lifestyle
25年目のTOKYO STYLE 02 湯浅学
『TOKYO STYLE』が最初の大判写真集として世に出たのが1993年。実際に撮影で東京都内を原チャリで走り回っていたのが1991年あたりだったから、今年はあれからちょうど25年というタイミングで、当時の部屋主たちを再訪する新連載。第1回からちょっと間が空いてしまった第2回は、前回の部屋主・根本敬と共に「名盤解放同盟」を支えてきた盟友でもある音楽評論家・湯浅学宅からお送りする。西麻布・新世界で続けてきた連続企画『爆音カラオケ』でも毎回ゲスト役を務めてくれた湯浅くんは1957年生まれ、いま59歳。来年還暦を迎えることになる。新刊『アナログ穴太郎音盤記』(音楽出版社刊)を出版したばかりの5月半ばの週末、「この日なら家族が揃うから」という文京区・護国寺に近い静かな住宅街の一軒家を訪ねた。
art
神は局部に宿る!
日本を訪れる外国人観光客は、氾濫する性的イメージにいきなり圧倒される。通りにはみ出す風俗看板に、路傍でチラシを配るメイド少女に、DVD屋のすだれの奥に、コンビニの成人コーナーにあふれ匂い立つセックス。そしてハイウェイ沿いに建つラブホテルの群。この息づまる性臭に、暴走する妄想に、アートを、建築を、デザインを語る人々はつねに顔を背けてきた。超高級外資系ホテルや貸切離れの高級旅館は存在すら知らなくても、地元のラブホテルを知らないひとはいないだろうに。現代美術館の「ビデオアート」には一生縁がなくても、AVを一本も観たことのない日本人はいないだろうに。そして発情する日本のストリートは、「わけがわからないけど気になってしょうがないもの」だらけなのに。
photography
映画館からフィルムが消える日に
京橋の近代美術館フィルムセンターでは、『写真展 映画館――映写技師/写真家 中馬聰の仕事』を開催中である。この展覧会についてはきちんと紹介したいと思っていて、そろそろというタイミングで、イギリスでやはり消えゆくフィルム上映の映画館と映写技師を撮影してきたリチャード・ニコルソンの作品を知ることができた。まったくの偶然だが洋の東西で同じく、「フィルム」という映画のよろこびのオーラをまとったメディア――その終焉を見据えるふたりの写真家を今回は同時に紹介する。ひとつのテーマが、視点によってこんなふうに異なる作品に結実する、というおもしろさとあわせ、ご覧いただけたら幸いである。
music
浜松の演歌王・佐伯一郎物語[前編]
始まりは『ドントパスミーバイ』というラジオ番組だった。根本敬x湯浅学という、商業放送にはあまりに危険な組み合わせによる、めちゃくちゃな(ほんとうに!)番組が2010年の3ヶ月間だけインターFMで放送されていた(もちろん1クールで終了)。そのゲストに呼ばれたときに、スタジオに入っていったらかかっていたのが、「用心棒」という謎の3人組スキンヘッド親父が歌う『MAMA・・・』。それは「都築さんならこの曲だと思って」と説明された曲だったが、どう見ても聴いても、ルックスが似てること以外に共通点はない気がした。それから月日が経ち・・・本メルマガでこれまで浜松祭りのラッパや、宮城の北村大沢楽隊について書いてくれた、静岡文化芸術大学の奥中康人さんと話していたときのこと。「浜松にはこんな演歌の先生がいて、歌謡塾も開いてるんです・・」と、侠気あふれるシングル盤を目の前に積み上げてくれて、そこには「佐伯一郎」という名前が大書されていたのだが、その中になんと「用心棒」のCDシングルも混じっていた。そうか、これも「音楽都市」浜松が生んだ歌だったのか!
book
夜のアートブックス
きょうは日曜日、グッチ山口さんは、いつものスクーター「グッチモービル」を駆って、いつものように展覧会巡りをしているだろうか。2012年7月11日号で紹介した、毎年1000本以上の展覧会を訪れる「日本でいちばん展覧会を見る男」――山口‘Gucci'佳宏と、音楽業界では最大手印刷所である金羊社が手を組んで、今年初めにスタートさせたZINE形式のアーティストブック・プロジェクトが「ミッドナイト・ライブラリー」だ。2014年から銀座ヴァニラ画廊で個展を続けている波磨茜也香(はま・あやか)を1月に出したのを手始めに、吉岡里奈、写真家のオカダキサラ、長谷川雅子、そして5月には冠木佐和子と、ロードサイダーズでもおなじみの作家たちが含まれたラインナップで、毎月25日に一冊ずつという驚異的なペースで刊行を始めている。
art
美青年の園で(文:ドキドキクラブ)
東京都心部から30分ほど、私鉄沿線の静かな郊外駅に、織部佳積さんが待ってくれていた。織部さんを僕に引き合わせてくれたのは、本メルマガ2014年11月26日号『瞬間芸の彼方に』で紹介したドキドキクラブくんだった。取材以来、仲良くしてもらっているので「くん」づけで呼ばせてもらうが、ドキドキくんはもうずいぶん前に、アート系のイベントで織部さんと知り合い、ひそかにその制作活動に注目してきたのだという。「こんな絵を描いてるひとなんですよ」と、携帯で見せてくれた作品の不思議さに心惹かれて、きょうは織部さんが住むアパートまで連れてきてもらったのだった。
book
ROADSIDE LIBRARY 誕生!
ようやくこれをお知らせできる日が来ました。ロードサイダーズ・ウィークリーでは独自の電子書籍シリーズ「ロードサイド・ライブラリー」を今月からスタート。その第一弾として、『秘宝館』をリリースします。特設サイトで今日から予約開始、来週にはお手元に配信できる予定です。『ROADSIDE LIBRARY』は週刊メールマガジン『ROADSIDERS' weekly』から生まれた新しいプロジェクトです。2012年から続いているメールマガジンの記事や、その編集を手がける都築響一の過去の著作など、「本になるべきなのに、だれもしようとしなかったもの」や、品切れのまま古書で不当に高い値段がついているものを中心に、電子書籍化を進めていきます。電子書籍といってもROADSIDE LIBRARYは、Kindle、kobo、iBooksなどの電子書籍用の専用デバイスや読書用アプリケーションに縛られない、PDF形式でのダウンロード提供になります。なのでパソコン、タブレット、スマートフォン、どんなデバイスでも特別なアプリを必要とせずに読んでいただけます。コピープロテクトもかけないので、お手持ちのデバイス間で自由にコピーしていただくことも可能です。
lifestyle
ラバー・ソウルふたたび
毎年5月6日の「ゴムの日」にあわせて開催される、デパートメントH『大ゴム祭』。言わずと知れた日本でいちばん古くて、いちばん大規模でフレンドリーなフェティッシュ・パーティの、いちばん人気のイベントのひとつだ。本メルマガでも2012年5月9日号、2013年5月8日号と紹介してきたが、ここ2年ほどは開催日に東京にいられなくて取材断念。なので今年のゴム祭(6月4日開催)をまたここで報告できて、ほんとうにうれしい。ちなみにデパHの「大ゴム祭」は今年がすでに7年目。デパH自体、すでに20年以上続いているパーティである。オーガナイザーのゴッホ今泉さんをはじめとする、デパHクルーの献身的な努力には、つくづく頭が下がる。今年のデパHゴム祭も、恒例の全国から集結した「ラバリスト」たちのお披露目、海外公演で大成功を収めたラバー工房・池袋KURAGEのファッションショー、そして今年の目玉はやはり本メルマガでも以前紹介したラバー・アーティスト・サエボーグの大がかりな新作『Pigpen』(豚小屋)。
music
浜松の演歌王・佐伯一郎物語[後編]
浜松が生んだ偉大な「歌う作曲家」、佐伯一郎。苦難に満ちた少年時代から紆余曲折を経て、1973年にデビューアルバム『逢いたかったぜ』を吹き込み、大ヒットとなったのが36歳のときだった。しかしそこで東京に活動の舞台を移さず、あえて故郷・浜松で音楽活動を続けることを選ぶ。それが浜松ローカルの「歌う作曲家」、佐伯一郎の本格的な始まりとなったまでを先週はお話しした。『逢いたかったぜ』のヒットに先立つ1965年、佐伯さんは市内元浜町に「佐伯一郎音楽事務所」を設立。多くの門弟を育てつつ、オリジナル曲も数多く生み出していく。この時期、名盤解放同盟ファンにはおなじみのマリア四郎にも楽曲を提供しているが、やはり特筆すべきはまず『情熱の波止場』『男ブルース/女ブルース』など、青山ミチに提供した曲が挙げられる。
art
ストリート・オブ・クエイ
東京都心部から約1時間、逗子駅に降り立つとすでにバス乗り場に並ぶ長い列ができている。ふだんは静かなビーチタウンが、この時期になると週末平日を問わず大混雑。「濡れた水着のままで乗車しないでください」「カバー無しでモリはは持ち込まないように」などと注意書きが貼られた超満員のバスに揺られ、ようやくほとんどの乗客が降りたあと、美術館前のバス停で下車。海の家の楽しげな音が風に乗って聞こえる神奈川県立近代美術館・葉山では『クエイ兄弟――ファントム・ミュージアム』が開催中だ(10月10日まで)。ここに来るのは一日がかりになってしまうのだが、これほど重要な展覧会を本メルマガ読者には見逃してもらいたくなくて、夏休みが明けて葉山の混雑がなくなるのを待てず、いち早くご紹介することにした。
photography
羽永光利アーカイブ展――ある写真家の時代遺産
もっと早く紹介するつもりが、会期終了直前にずれ込んでしまったけれど、いま東京目黒区祐天寺のギャラリーAOYAMA | MEGUROでは、『羽永光利アーカイブ展』を開催中だ。羽永光利、という写真家をどれだけのひとが知っているだろう。本メルマガではおなじみ、『独居老人スタイル』でもフィーチャーした仙台のダダカンの、若き日の「殺すな」とかかれた書を持って歩く姿を撮った写真家が、羽永光利である。1933年生まれということは、戦争まっただ中に少年時代を送った羽永光利は、戦後しばらくたった1956年になって文化学院に入学。卒業後はアート・フォトグラフィを目指すが、1962年からは作品制作と平行して、フリーランス・カメラマンとして前衛アーティストたちの記録を雑誌などで発表するようになる。1981年からは新潮社の写真雑誌『フォーカス』の立ち上げに参加。その後、国内外の写真展に参加したり個展を開いていたが、1999年に死去。2014年になって、AOYAMA | MEGUROTOとぎゃらり壷中天によって、あらたな紹介が始まった。つまり死後15年も経ってから、いわば「再発見」された写真家、それが羽永光利なのだ。
photography
Campus Star ―― 制服から透けて見えるなにか
中田柾志の写真と出会ったのは2012年ごろ。最初に見たのは、パリ・ブローニュの森の奥で客を引く娼婦たちを撮影したポートレートだった。木立の陰に潜んだ獣のように生命力に満ちた、ときに高貴にすら見えるその姿に魅了され、本人に会ってみると、ほかにもさまざまなシリーズを手がけていることが分かり、本メルマガでは2013年の1月に、3週連続で紹介させてもらった。その中にはフランクフルトの娼館街「エロスセンター」の、娼婦たちの部屋を撮ったシリーズがあったし、素人女性が応募してくるモデル募集サイトで探した女性たちを撮影した「モデルします」、世界でいちばんセクシーな学生服といわれるタイの女子大生のぴちぴち制服シリーズなど、エロと社会性が絶妙の割合で配合された膨大な作品がたくさんあって、どうしてこれほど興味深い写真が一冊の写真集にも、写真雑誌の特集にすらなっていないのか、僕には理解できなかった。
book
短期集中連載:マニア本の著者に聞く vol.5 ポルノ・ムービーの映像美学――長澤均の欲望博物学
ピンク映画やAVに関する本はいくらでもあるし、本メルマガでも大須蔵人さんに「はぐれAV劇場」を連載してもらっている。でも、まさかこんな本が出るとは思わなかった。『ポルノ・ムービーの映像美学』は、19世紀末の映画草創期から現代まで、約100年間にわたるエロティック映画の歴史を総写真点数534点、38万字を超えるテキストによってひもとく、432ページの超大作だ。これで定価3000円(+税)というのは、どう考えても安すぎる。
art
京都マネキン慕情
京都近美で企画展と平行して、常設展エリアである「コレクション・ギャラリー」で今週日曜まで開催中なのが「キュレトリアル・スタディズ11:七彩に集った作家たち」。このままだとあまり知られないまま終わってしまいそう。でも個人的にはとても興味深い企画だったので、遅ればせながら紹介させていただく。「七彩」とは京都に本社を置くマネキンの会社である。創業者が彫刻家の向井良吉(洋画家の向井潤吉は兄)ということもあって、かなり芸術的な気風にあふれた会社であり、多くのアーティストが集まってマネキン制作に協力したり、顧客への贈呈品を手がけたりしていた。この小さな展覧会はそんな、いかにも京都らしい七彩という会社の歩みとアーティストたちの関わりを見せるとともに、美術館のあちこちに七彩のマネキンを配置して、知らずにやってきた観覧者を驚かせるという変化球的な楽しみを併せ持った、ユニークな企画だ。
art
パリのビート・ジェネレーション
ジャック・ケルアックの『路上』が発表されたのは1957年だから、今年が60周年になる。訳者の青山南さん(※新訳『オン・ザ・ロード』訳者)によれば、ビート・ジェネレーションとは「だまされてふんだくられて精神的肉体的に消耗している世代」と訳されるそうだが、公式にビート・ジェネレーションが生まれたのは1944年、アレン・ギンズバーグとウィリアム・バロウズとジャック・ケルアックがニューヨークのコロンビア大学で知り合ったときとされている。そして2016年のいま、パリのポンピドゥ・センターでは『ビート・ジェネレーション ニューヨーク、サンフランシスコ、パリ』展が開催中だ(10月3日まで)。どうしても行きたかったけれど時間がやりくりできず、かわりに本メルマガに寄稿してくれているパリ在住の飛幡祐規さんに見てきてもらった。
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僕的九州遺産 My private Kyushu
すでに告知などでご存じの方もいらっしゃると思うが、今週土曜日(10月1日)から福岡天神アルティアムで、『僕的九州遺産 My private Kyushu』が開催される。会期は月末まで1ヶ月間あるので、もし機会があればご覧いただきたい。「ここがどこだか、道路でわかる。こんな道はほかのどこにもない」というのはリヴァー・フェニックスの『マイ・プライベート・アイダホ』に出てくる台詞だった。僕のオン・ザ・ロードはあんなふうに痛切でも絶望的でもないけれど、それでも山の中の道を走ったり、海辺の町の路地にたたずんでいるとき、「こんな道はほかのどこにもない」感覚を、九州という大きな島は僕にじわりと染みこませてくれる。
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見世物に魅せられて――見世物大博覧会@国立民族学博物館
大阪モノレールを万博記念公園駅で下車。ずいぶん汚れてしまった太陽の塔を横目で見ながら公園をずずっと奥に進むと、国立民族学博物館の大きな建物が見えてくる。通称「ミンパク」ではいま注目の展覧会『見世物大博覧会』を開催中(11月29日まで)。英語のタイトルが「アメイジング・ショウ・テンツ・イン・ジャパン」とされていることからも明らかなように、この珍しい、そして画期的な展覧会は、ショウ・テント=仮設の小屋で営まれてきた見世物の歴史を、江戸時代から平成の現在まで200年あまりにわたって振り返るという、ある意味、国立博物館らしからぬ(?)企画展だ。
travel
Y氏とめぐる、福岡マジカルミステリーツアー
おかげさまで好評開催中の『僕的九州遺産』展。これから観に行こうというかたもいらっしゃるかと思う。オープニング翌日の10月2日にはバスツアーも開催されたが、そこでツアーコンダクターとして活躍していただいたのが、通称「Y氏」こと山田孝之さん。本業はウェブ関連の会社を運営しながら、これまで福岡を中心とする九州の「B面」の楽しさを紹介する、最強のガイドとして発信を続けてきた。主戦場であるブログ「Y氏は暇人」で2013年からさまざまな調査の成果を発表するとともに、冊子『福岡のB面』『福岡ふしぎ旅』『福岡レトロ旅』などを次々に刊行。昨年末には単行本『福岡路上遺産』(海鳥社刊)も出版しているので、福岡の書店で見つけたひともいるのでは。今回はY氏にお願いして、これまでブログで紹介されたスポットの中から、これから展覧会に来ていただくみなさまのために「福岡に来たなら、これは行っとかないと!」という場所を選び、特選・福岡B面ガイドとして紹介させていただくことにした。
art
レペゼン小倉のストリート・アーティスト、BABU
今月末の会期終了まで10日あまりとなった福岡天神アルティアムでの『僕的九州遺産』展。1990年代に『珍日本紀行』で日本中を巡っていた時代から、つい最近までの九州ネタをぎゅうぎゅうに詰め込んである中でもっとも新しい、というか最近の出会いだったのが、会場奥に設けた奇妙なスケートボード作品群。暴走族単車に畳、果ては琴まで(!)、なんにでもホイールをつけてスケートボードにしてしまう、恐るべき改造マニアによる作品だが、そのアーティストが「BABU(バブ)」。小倉を拠点に活動するストリート・アーティストであり、スケートボーダーであり、彫師でもある。そしてそのアトリエは偶然にも、見世物小屋絵看板の伝説的な絵師だった志村静峯の「大衆芸術社」があったのと同じ、小倉の中島本町にある。
art
軽金属の妖精たち
最初に見たときはCGかと思った。それも初歩的な。緑の木々や、夜景に浮かぶメタリックなかたまり。球形や円錐やカプセルを組み合わせてつくられた、アニメのロボットのような、生き物のような。それがCGではなくて金属による立体作品だと知ってまず驚き、それがまだほとんど知られていない若い女性作家によるものだと知って、さらに驚いた。服部美樹は1983年生まれ、33歳のアーティストである。「作品はほとんど自宅にあります」というので、さっそくお邪魔した東京都心に近い、こんな場所にこんな家屋が!と目を疑う一軒家が、服部さんのアトリエ兼住居だった。聞けば築70年というから、終戦直後に建てられたそのままで、ビルの谷間に生き延びてきたことになる。
photography
時速250キロの車窓から
世の中にはいろんな職業があるが、増田貴大の仕事は「毎日2回、新大阪と広島を新幹線で往復すること」。病院から検査機関に送られる血液検体を運ぶための「荷運び屋」である。いつものように荷物を持って窓際の席に座って、外の景色を見ていたら、こちらに向かって手を振る親子連れが見えた。「いい絵だなあ、これを写真に撮ったら、いい作品になるだろうなあ」と思ったのが、それまでカメラマンを目指したものの上手くいかず、30歳を過ぎてもフリーターのような生活に甘んじていた生活の転機になった。次の日からカメラを持って新幹線に乗るようになって、撮りためた車窓からの風景はこの9月に新宿コニカミノルタプラザで『車窓の人々』と題した写真展になり、ビジュアルアーツフォトアワード2016で大賞を獲得、来年1月には初写真集も発売される。
art
手芸のアナザーサイド 1 山さきあさ彦の「山ぐるみ」
「手芸」という言葉に引かれるひとと、惹かれるひとと、ロードサイダーズ界隈にはどちらが多いだろうか。おかんアート系はともかくとして、「手編みのセータ-」みたいな普通の手芸をこのメルマガで取り上げようと思うことはなかったが、アウトサイダー・アーティストには布や糸や毛糸を素材に、すごくおもしろい作品をつくるひとがたくさんいる。そしてこのところやけに気になるのが、アウトサイダーとは言わないまでも、図面を見ながら編んでいくような手芸とはまったく別次元の、セルフトート=自分でてきとうに縫ったり編んだりしている、ようするに紙やキャンバスと絵の具の代わりに、布や毛糸を使って生み出された「柔らかい立体」としての手芸作品。今週と来週の2回にわたって、ふたりの作家による手芸のそんなアナザーサイドを紹介してみたい。
art
手芸のアナザーサイド 2 ミクラフレシアと「ニット・オア・ダイ」
先週の「山ぐるみ」に続いてお送りする、セルフトート手芸の最前線。図面を見ながら編んでいくような手芸とはまったく別次元の、自分でてきとうに縫ったり編んだり、ようするに紙やキャンバスと絵の具の代わりに、布や毛糸を使って生み出された「柔らかい立体」としての手芸作品のつくり手たち。今週は東京在住のアーティスト「ミクラフレシア」をご紹介する。世界最大の花にして毒々しい臭いを放つラフレシアと、ご自身の名前である「ミカ」を組み合わせたというミクラフレシア。怪獣、妖怪、巨大蛸、蛾、異形の人間・・・ふつうの手芸のかわいさとはかけ離れた物体でありながら、だれもがまず「かわいい!」と口走ってしまうにちがいない、キュートとグロテスクとシュールが鍋で煮詰められたような、なんとも不思議な立体作品を生み続けている手芸作家だ。
fashion
お立ち台のシンデレラガール
今週はみなさまをディスコ・トレインに乗せて、1980年代の日本のダンスフロアへとお連れする。2016年のいま、クラブに行くのにお洒落するといっても、せいぜい渋いTシャツを着用するくらいだろうが、当時のディスコはなによりも「男と女の出会いの場」だったから、夜ごと精一杯めかしこむのが当たり前だった。80年代のディスコ・カルチャーが日本独自の発展を遂げた、そのプロセスは装いにもっともよく現れている。ニューヨークともロンドンともパリともちがう、東京(や名古屋や大阪や・・)ならではのディスコ・ファッションのガラパゴス的進化をじっくりご覧いただきたい。現在のクラブと当時のディスコのちがいは、もちろんファッションだけではなかった。覚えているひとにとってはいまも鮮明な思い出だろうし、知らない世代には想像すらできないその差を、いったいどこまで説明したらいいのかわからないけれど・・・とりあえず時代を30年ほど巻き戻して、「今夜はディスコで弾ける!」と決めたハタチそこそこのOLや学生や、新人サラリーマンになったと思ってもらいたい――
music
欧州生まれの日本育ち、ユーロビートという「帰国音楽」
日曜夜9時の六本木。30年前は十数軒のディスコがひしめきあっていたブロックも、いまは手持ちぶさたな黒人客引きばかりが目立つ。カラオケボックスや相席居酒屋が入る飲食ビルにマハラジャ六本木が「復活」したのは2010年のこと。今夜はそのマハラジャで月イチの定例イベント「SEF DELUXE」が開かれている。SEFとは「スーパー・ユーロ・フラッシュ」の略。エイベックスからいまだに新譜リリースが続いている奇跡のご長寿シリーズ『SUPER EUROBEAT』をかけながら踊りまくるという、オールドスクールにしてダイハードなダンスシーンが、こんな場所で生き残っていたのだった!
art
ホームレス排除アートをめぐって
すでにFacebookページを読んでくれたかたもいらっしゃるでしょうが、ずっと前にブログで書いた「ホームレス排除アート」の記事が、すごい数のリーチになってます。もともとはツイッターからですが、リツイート数を見たテレビ局から、たぶん「ホームレス 排除 アート」とかで検索して探し当てたのでしょう、「写真使わせてほしい」との連絡があり、それで2009年のブログ記事をメルマガ事務局のほうでFacebookページにアップしたのが経緯。ホームレス排除アートについてはもともと、『ART iT』という美術誌の連載で2004年に書いたもの。それが2009年になって『現代美術場外乱闘』という単行本に収められたので、「そういえばあれからどうなったのかな?」という確認もしたくて排除アートがあった場所を再訪、ブログに書いたのでした。
art
ピエール・ユイグの映像が異界へと僕らを・・・
2012年からスタートしたこのメールマガジンも、来週号で6年目に突入。年を追うごとに肥大化しているのはご存じのとおりだが、毎週というペースでこれだけ長々と書いていても、紹介しきれないイベントがたくさんある。いま表参道のエスパス・ルイ・ヴィトン東京で開催されているピエール・ユイグ展も今年6月から前期が始まり、9月末からは後期になっているのに、2017年1月9日に閉幕する直前での紹介になってしまった。すでにご覧になったかたもいらっしゃると思うが、こんなタイミングでの掲載をお許しいただきたい。ピエール・ユイグ(Pierre Huyghe)は1962年パリ生まれの現代美術家。映像とインスタレーションをおもな活動領域として、1990年代末から頭角をあらわし、2001年にはすでにフランス代表としてヴェネツィア・ビエンナーレに出展、審査員特別賞を受賞している、ベテラン・アーティストである。
travel
圏外の街角から:秋田県能代市
「木都能代」という言葉があるのだという。青森と県境を接する秋田県北部を東から西に流れる米代川(よねしろがわ)の上流で伐採された秋田杉が、かつてはイカダで運ばれて日本海にいたる、その能代市は日本最大の木材集積地だった。いまも川沿いや海岸近くを走ると山積みされた立派な原木が見られるが、それよりも目立つのは風力発電の巨大な風車群。そして「東洋一」とも言われた木都の繁栄は、凄惨なまでのシャッター商店街と化した現在の能代市中心部には、どこにも見つからない・・・・・・。先週号の編集後記にちょこっと書いたように、1泊2日の急ぎ旅で能代に行ってきた。2015年6月24日配信号「雪より出でよ蓮の花」で特集した「蓮の画家」金谷真が、故郷で初めて開いた展覧会「金谷真 蓮画展」の最終日に、なんとか駆け込めたのだった。
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ファンタジーの戦争と、現実の戦争のはざまで――生頼範義展に寄せて
年末のばたばたをやりくりして慌ただしく宮崎を訪れたのは、アートセンターで開催中の『生頼範義展III THE LAST ODYSSEY』を、どうしても観ておきたかったから。生頼範義(おおらい・のりよし)は書籍カバーや挿絵、映画ポスターなどの分野で活躍したイラストレーター。1935年兵庫県明石市に生まれ、2015年に宮崎で亡くなったばかりである。享年79歳だった。『宮本武蔵』をはじめとする吉川英治の多くの著作や、平井和正の『ウルフガイシリーズ』『幻魔大戦』、小松左京の『日本沈没』、創元SF文庫の『レンズマン・シリーズ』などの小説類がある。ジョージ・ルーカスから依頼を受けた『スターウォーズ 帝国の逆襲』の国際版ポスターや、1984年の復活以来の『ゴジラ』シリーズなど、多くの映画ポスターもある。
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シーガイアと高鍋大師の宮崎を訪ねて
先週号でお伝えした、みやざきアートセンターでの生頼範義展を見た翌日、夕方の飛行機までの数時間、宮崎県内を少しだけ回ってみた。展覧会場で出会った地元新聞の記者さんに「シーガイアのオーシャンドームもいよいよ取り壊しです」と教えられて、それまで思い出すこともほとんどなかったのに、急に見ておきたくなって、レンタカーを探して走り回ってみたのだった。もう忘れてしまったひとも多いだろうか、シーガイアはバブル期の日本で生まれた数々の巨大開発のうちでも、最大級のプロジェクトである。宮崎市のビーチフロントに高層ホテル、国際会議場、ゴルフコースなどを備えた総合リゾートとして1994年に開業。なかでも、すぐ目の前が海なのに全天候型ドームに覆われた人工ビーチで一年中遊べるという「オーシャンドーム」は、ギネスブックにも認定された巨大インドア・アミューズメント施設だった。
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君よ知るや北の国――ラトヴィア・リーガ紀行1
イスタンブールを南の「アジアとヨーロッパの結節点」とするならば、東と南にロシア、北に北欧、西に西欧と隣接するバルト3国は「ロシアとヨーロッパの結節点」と表現できる。この正月はラトヴィアのリーガに行ってきた。北からエストニア、ラトヴィア、リトアニアと並ぶバルト3国のうち、ラトヴィアの首都であるリーガは3国で最大の都市。旧市街はまるごとがユネスコの世界遺産に指定されている観光地としても名高い・・・昼でも零下20度ぐらいになる厳冬期に、わざわざ観光に行くもの好きは多くないけれど。
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君よ知るや北の国――ラトヴィア・リーガ紀行2
先週に続いてお送りする「ロシアとヨーロッパの結節点」ラトヴィア・リーガ旅行記。今週はKGBビルとはまた別種のひんやり感をたっぷり味わえる、医療史博物館にお連れする。ユネスコの世界遺産に指定されている旧市街の一角、クロンヴァルダ公園に面して建つ、1879年につくられた大邸宅を転用した医療史博物館。正式名称を「パウルス・ストゥラディンシュ医療史博物館」という。パウルス・ストゥラディンシュ(Pauls Stradins, 1896-1958)はラトヴィアの著名な医師・医学史研究者であり、医学・公衆衛生教育にも力を尽くした人物である。ソヴィエト連邦の侵略を前に、多くの知識人が西欧に逃れるなかで、ストゥラディンシュは愛国心からラトヴィアに残る道を選んだ。スターリン時代には活動を制限された時期が長かったが、スターリンの死去とともに精力的な活動を再開、終生ラトヴィア医学に貢献する人生を送った。
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ベラミの記憶
「黒いダイヤ」と呼ばれた石炭景気のおかげで、明治初期にはひなびた漁村にすぎなかった若松が、ゴールドラッシュならぬコールラッシュ状態で大繁栄したのも今は昔。昭和30年代に入ってエネルギーが石炭から石油中心にシフトするにつれて、若松も徐々にさびれていって、いまではかなり寂しい景色になってしまった。かつては映画館や芝居小屋がたくさん並んで、九州地方屈指の賑やかな繁華街だったと言われても、なかなか想像しにくい。「若松バンド」と呼ばれる海岸沿いに並ぶ大正建築群から、わずかに当時の繁栄ぶりをしのぶばかりである。『ベラミ』というグランドキャバレーが若松にあった、と聞いたのは去年、福岡で『僕的九州遺産』展を開いたときだった。オープニングに来てくれたお客さんから、「ベラミ山荘、もう行きました?」と聞かれて、知らないと言ったら「ええーっ」と驚かれた。キャバレーのベラミはもうとっくになくなったけれど、当時の従業員寮だった不思議な建物が残っていて、そこを買い取ったひとが「ベラミ山荘」と名づけて公開しているという。「知らないなんて・・・」と呆れられて悔しがっていたら、展覧会の関連企画で開催したバスツアーのなかに、気を利かせたスタッフたちがサプライズとしてベラミ山荘も入れてくれていた。
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エレクトロメカノマニアック――パリのジルベール・ペール展
もうこのメルマガではおなじみの、パリのアウトサイダー・アート専門美術館アレサンピエールで、ジルベール・ペール展が開催中だ。2015年10月21日配信号で、この不思議なアーティストのアトリエ訪問記『機械仕掛けの見世物小屋』を掲載したが、今回は満を持しての大規模個展。サブタイトルを「L'ÉLECTROMÉCANOMANIAQUE」=エレクトロ+メカ+マニアックと題したこの展覧会は、アレサンピエールの広い2フロアをまるごと使った、ペールの集大成ともいえるコレクション。当初は去年9月から今年2月までの予定だったが、好評につき4月23日まで延長が決まっている。トレンディな現代美術でもなければ、ノスタルジックな古典美術でもない。機械仕掛けの楽しさと、見世物小屋のブラックユーモアが渾然一体となって、しかし総体として「アート」としか表現しようのない、素晴らしくチャーミングな体験空間になっている。
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聖アドルフの脳内宇宙展
最近は閉幕間際の展覧会紹介が多くて申し訳ないが、今週末(2月26日)まで『アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国』展が兵庫県立美術館で開催中だ。ただし、本展はこのあと名古屋市美術館、東京駅ステーションギャラリーと巡回するので、神戸展に間に合わないかたはぜひ、名古屋か東京でご覧いただきたい。名古屋展では僕もトークさせていただく予定になっている。アール・ブリュット/アウトサイダー・アートの先駆的存在として、アドルフ・ヴェルフリはもっとも有名な作家のひとり。本メルマガでも2015年3月4日配信号で、滋賀県近江八幡での展覧会を紹介したが、それほど重要な作家であるにもかかわらず、今回の展覧会がヴェルフリの大規模な個展としては、日本で初めてとなる。
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食に淫する女と男
先日、早稻田大学に呼ばれて、トークのあと学食の一角に机を並べて、居残ってくれた学生たちと話していたとき、「こんなの作ってるんです」とZINEを渡してくれた子がいた。イチゴをくわえた唇が大写しになった表紙には『食に淫する』というタイトルがついていて、ページをめくるとケーキや果物を頬張って、ぐちゃぐちゃになった口中がアップになっていたりして、非常に汚く、どぎつく、美しくもある。ウェット&メッシーと言ってしまえばそれまでだけど、それだけでは片付けられない、視覚と触覚と味覚を混ぜ合わせた複雑な快楽のような、甘みと深みがとろとろと画面から流れ落ちている。
art
ここにも板極道あり――藤宮史の木版漫画
いま、漫画家のデジタル化はどれくらい進んでいるのだろう。紙にペンで描くひとと、タブレットを使うひとはどれくらいの割合なのだろうか。激変する漫画の作画環境のなかで、というか外側で、なんと木版画で漫画を描き続ける作家がいる。藤宮史(ふじみや・ふひと)、52歳。昨年秋に2冊目の商業出版による作品集『木版漫画集 或る押入れ頭男の話』を発表。その原画(つまり版画)を抜粋して展示する展覧会が、いま中野区新井薬師前のギャラリー「35分」で開催中だ。まずコンテを描き、それをトレーシングペーパーに写し、それを版木に写して彫り、摺り、できあがった版画にテキストを貼り込んでようやく版下が完成、印刷に入るという、まるで時代に逆行する「コストパフォーマンスの悪い」(本人談)やりかたで、もう10年間も漫画をつくってきた藤宮さんとは、いったいどんなひとなのだろう。今年で22年目という阿佐ヶ谷のはずれのアパート(六畳と台所、風呂無し)に訪ね、お話をうかがうことができた。
lifestyle
古くて新しい古い家
今年2月8日号で紹介した、北九州市若松のグランドキャバレー・ベラミの物語には、予想以上の反響をいただいた。記事中ではベラミのステージを飾ったダンサーや芸人たちの写真と共に、もともとキャバレーの従業員寮だった「ベラミ山荘」を紹介したが、そのオーナーが文中で「Fさん」と書かせてもらった古家さんだ。と子供3人の家族を支える主婦であり、パートでも働きつつ、古い家を買っては貸している「古家商」を名乗るその活動は(なので「古家」は仮名です)、僕らが抱く「大家さん」の先入観からかけ離れたユニークなスタイルだし、これからの都市型生活への重要な啓示でもある。今週は「古家業」という、文字どおり古くて新しい生活のプラットフォームづくりを紹介させていただく。
art
小松家の大移動展
2014年12月17日号で、小松葉月という風変わりなアーティストを紹介した(『生きて痛んで微笑みがえし――小松葉月のパーソナル・アート・ワールド』)。1991年生まれの小松さんは当時、多摩美術大学の学生だったが、あれから大学院に進み、ちょうど院を卒業する時期を迎えている。そんなタイミングで「展覧会を開くので、見に来てください」とお誘いを受けた。どこの画廊か美術館かと思ったら、場所は「自宅」。3月12日から16日までの5日間だけ。それも招待客のみで、何人招いたのか聞いてみたら、「ぜんぶで4人」! 『小松家 大移動展』と題された、その風変わりな展覧会を拝見に、実家でもある湘南の瀟洒なお宅を再訪した。
art
チンコマン襲来!――石川次郎フランス巡回展
それがアートでも音楽でも文学でもいいのだけれど、メールマガジンで取り上げる創作者の多くは、世間にあまり認知されていないひとびとだ。そこには「こんな才能が埋もれていた!」という発見のうれしさもあるけれど、「こんな才能がどうして埋もれたままなのか!」という憤りのほうが大きい場合もたくさんある。漫画というジャンルでずいぶん前から気になっていて、世間にもっと認知されない理由が理解できない才能の持主が、石川次郎だ。僕が石川次郎と書くと、編集者としての師匠であり『トゥナイト2』の次郎さんでもあるほうを思われる方が多いだろうが、今回の石川次郎は1967年生まれ、今年50歳になる同姓同名の漫画家。2014年フランスのマルセイユ/セットで開催された『マンガロ』『ヘタウマ』展(2014年11月12日号参照)で、ようやく知り合うことができた。
movie
黒点としての『クズとブスとゲス』
最近日本映画が元気だという声をよく聞く。特に若手の作家が目立っていて、それはそのままテレビ界が彼らの才能を活かせないほど凋落しているからでもあるのだろう。ただ、そうした作品にありがちな「日常を淡々と丁寧に描写する」スタイルには、個人的にはほとんど興味が持てなくて(それは小説も同じことだが)、「でもこれだけは絶対観て! わたしもう10回観たから!」と飲み屋のママから熱烈推薦され、上映時間141分という長さにたじろぎながらも観ることになったのが『クズとブスとゲス』だった。奥田庸介という若い監督の『クズとブスとゲス』が公開されたのは2016年。当時一部で話題にもなったので、なにをいまさらと言われるかもしれないが、公開後なかなか映画館にかかる機会がなかったのが、ようやくDVDがリリースされることになった(4月21日TSUTAYA先行でレンタル開始)。
book
バーコードの隙間から
「アップ・アンド・オーバー」という英語は、少なくなった髪の毛をむりやり頭頂部に広げたヘアスタイル、日本で言う「バーコード・ヘア」を指す。シンガポール、中国、韓国、日本を旅しながら撮りためたバーコード・ヘアの「イイ顔おやじ」が一堂に会した写真集『Up and Over』は2012年に韓国ソウルの出版社から発売された。僕は2、3年前に入手したと思うのだが、その著者であるポール・ションバーガーが新しい作品集をつくるために東京に滞在中、と制作を手伝った中野タコシェの中山亜弓さんから教えてもらい、さっそく会うことにした。ポール・ションバーガーはオーストラリア・シドニー生まれ、今年48歳のアーティストであり、旅人である。
book 無料公開中
ROADSIDE LIBRARY vol.03 おんなのアルバム キャバレー・ベラミの踊り子たち
『秘宝館』『LOVE HOTEL』に続く電子書籍シリーズ「ROADSIDE LIBRARY」第3弾が、ついに来週リリースされる(5月9日予定)。題して『おんなのアルバム キャバレー・ベラミの踊り子たち』。そう、今年2月8日号で特集、予想をはるかに上回る反響を呼んだ北九州市若松のグランドキャバレー・ベラミの歴史と、そのステージを飾った踊り子や芸人たちの写真コレクションである。記事でも200点近い宣伝用写真(ブロマイド)をお見せしたが、今回は発掘されたプリントすべて、数にして約1400枚をすべて高解像度スキャンして掲載、前の2冊に匹敵する約1.8ギガバイト!というメガ・ボリュームのダウンロード版およびUSB版デジタル写真集としてお届けする。
art
妄想版・夜の昭和史
描くもの、書くもののイメージと、本人の見かけがかけ離れているというのはよくあること。僕もそう言われることが多いが、2016年に『女たちの夜』というZINEのような作品集を、作者である吉岡里奈そのひとから手渡されて、「え、これ描いたんですか?」と、かなりとまどったのを覚えている。目の前に広げられたお色気熟女(とオヤジ)がプンプン振りまく昭和の匂いと、目の前にいる華奢な女の子の見かけが、どうしてもうまく合わさらなかったからだ。2015年に初作品集である『女たちの夜』を、2016年には「日本一展覧会を観る男」として本メルマガでもおなじみの山口“グッチ”佳宏プロデュースによる小作品集シリーズ「ミッドナイト・ライブラリー」で『eat it』を発表した吉岡里奈が、この5月23日から『女體名所案内』という、これまた昭和の夜の匂いにまみれた絵画展を開催する。
photography
いま、そこにある異景
ラルフ・ユージーン・ミートヤードという写真家の不思議な作品を初めて見たのはいつだったろうか。モノクロームの画面の、一見どこにでもあるようなアメリカの郊外風景でありながら、その登場人物たちがハロウィーンのような不気味な画面をつけ、しかしこちらを怖がらせようとするふうでもなく、ただそれが自分の顔であるようにたたずみ、こちらをまっすぐ見ている。怖がらせようとしていないのが、よけい怖い。ひどい悪夢から目が覚めて、まだ現実とのあいまいな境界に意識があるような、落としどころのない気持ちにさせられる。その写真家の名前がミートヤード(Meatyard=肉の庭!)だと知って、さらに不思議な気持ちになったのを覚えている。この3月から5月初めまで、サンフランシスコのフランケル・ギャラリーでミートヤードの写真展『American Mystic』が開催された。観に行くことはできなかったが、展覧会に際して発行された作品集を入手できたので、小さな紹介を試みてみたい。
fashion
『捨てられないTシャツ』単行本、できました!
本メルマガで2015年から16年にかけて連載した『捨てられないTシャツ』が、ようやく単行本になりました。今月26~27日ごろには全国の書店に並ぶ予定です! 連載で紹介した69枚、それにスペシャル・ボーナストラックとしてもう1枚、計70枚のTシャツと、70とおりの物語。それに序文と、僕自身の「捨てられないTシャツ」を後記として紹介した、なかなか読みごたえたっぷりの一冊。しかもその文章のほとんどは、Tシャツの持ち主が書いたそのままか、インタビューをまとめただけなので、これまで僕が発表した書籍のうち、「もっとも自分で書いてない本」でもあり!
travel
気まぐれドライブ・タイランド 1 カンチャナブリで現在進行形の地獄に墜ちる
タイのお寺の「地獄庭園」にハマったのはいまからちょうど10年ほど前だった。バンコクにアパートも借りて、東京から4x5の大判カメラとフィルムを持ち込んで、3年間ほどタイの田舎を走り回っていた。その埃っぽく楽しい旅で見つけた10数カ所の地獄庭園は、2010年に『HELL 地獄の歩き方・タイランド編』(洋泉社刊)という本にまとまって、それからもテレビ番組の取材などで幾度か「大物」地獄庭園を再訪することはあったけれど、自分のなかでは一区切りついた気分だった。このあいだのゴールデンウィークに久しぶりにタイに行くことになって、バンコクから近い田舎で何日か過ごそうと思い調べてみたら、まだ行ったことのない「珍寺」がいくつもあった。
photography
異郷のモダニズム――満州写真展に寄せて
この3月に『アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国』展記念トークをやらせてもらった名古屋市美術館で、いま『異郷のモダニズム―満州写真全史―』という珍しい展覧会が開催中だ(6月25日まで)。会期末近くになってしまったけれど、これだけまとまった規模のコレクションはなかなか見られないと思うので急いで紹介させていただきたい。ご存じのとおり「満州」とは20世紀初めの日露戦争終結から、第二次世界大戦で日本が敗戦するまでの期間、中国東北部に存在した国家・・・であり幻の国家でもある。
travel
気まぐれドライブ・タイランド 3 ナコンパトムの酔狂博物館めぐり
先週紹介したワット・サンプランがあるナコンパトムは、バンコク市内からクルマで1時間ほど、西隣の県になる。タイの伝統文化を観賞するローズガーデンや、ゾウのショーで知られるサンプラン動物園など、団体観光系のスポットが集り、ロウ人形館『ヒューマン・イメジャリー・ミュージアム』、タイの「昭和なつかし館」的な『ハウス・オヴ・ミュージアムス』、『ナショナル・フィルム・アーカイヴ』などがある、見所多いエリアであることも書いた。今週お連れしたいのはそのナコンパトムの、クルマでないとなかなか行きにくい、観光スポットとしてもあまり知られていない、2か所の「酔狂系」(笑)個人ミュージアムであります。『ウッドランド』はその名のとおり、樹木を素材としたさまざまな工芸品を展示する施設・・・というと、よくありがちに聞こえるが、こちらはとにかくその物量とスケールが桁違い。なんでこんなところに?と首を傾げざるを得ない田舎に、ミュージアムとホテルから成る巨大なリゾート施設『ウッドランド・ムアンマイ』として2015年にオープンしたばかり。
art
かずおさんのこと
名古屋駅から近鉄に乗って約1時間、三重県の津駅に降り立つと、改札口でふたりが待っていてくれた。不思議な女性の絵ばかり描いているひと、と聞いて会ってみたくなった「かずお」さんと、彼を紹介してくれた画家の倉岡雅(くらおか・まさし)さんだった。とりあえず駅前の喫茶店に入って、テーブルいっぱいに画用紙を広げながら、かずおさんが次々に見せてくれる絵・・・それらは激しい色遣いで描かれた女性たちが、激しい色彩の背景に浮かんで、サイケデリックなトリップ感を放射しながら、同時に一種病的な圧迫感も漂わせる。それが目の前で微笑みながらコーヒーを啜っている無口な本人の印象となかなかフィットしなくて、僕にかずおさんのことをもっと知りたくさせるのだった。
art
心のアート展・印象記
2009年の第1回以来、8年で6回目となる今回の展覧会は、東京都内の精神科病院で構成される一般社団法人東京精神科病院協会(東精協)に加盟する29施設462作品の応募から選ばれた243点が展示された。芸術劇場のギャラリーはアートに特化した展示室ではないのだが、広い空間を埋めた多量の作品群は圧倒的なエネルギーに満ちて、観終わるころにはかなりの疲労感を覚えるほどだった。回を重ねるごとに病院やスタッフ、また会場を訪れる作家たちが刺激しあってなのか、過去3回ほどの展覧会を観ている僕の目にも参加作品全体のレベルアップが顕著で、それは「アート」と「アウトサイダー・アート」の区別をますます無意味に感じさせる体験でもあった。短い開催期間で、観に行けなかったかたたちのために、今週は『第6回 心のアート展』から印象に残った作家と作品を紹介させていただく。
art
銅版画家・小林ドンゲ
会期終了間近の紹介になってしまい恐縮だが、佐倉市立美術館でいま『収蔵作品展 小林ドンゲ――初期版画を中心として』が開催中だ(7月17日まで)。千葉の佐倉にはDIC川村記念美術館や国立歴史民俗博物館もあるので、休日の展覧会巡りで訪れるひともいるだろう。小林ドンゲという不思議な響きの名前を持つ銅版画家は、そんなによく知られているわけではないと思うけれど、古くからのファンも、若い世代の支持者もいて、2004年には同じ千葉県の菱川師宣記念館で大規模個展が、また2015年には銀座ヴァニラ画廊でも展覧会が開かれている。堀口大學の詩集の装丁なども手がけたので、文学からドンゲの仕事を知ったファンもいるかもしれない。
art
嫌われしものの美
それは縦横70センチほどの絵だった。銅色で覆われた画面の中央に、なんの鳥だろう、崩れかけた死骸がある。その周囲をびっしり取り巻く点々は、目を近づけてみれば無数の蛆虫なのだった。言葉で説明するとグロテスクに聞こえるが、その光景に気持ち悪さは微塵もなく、むしろ命のかけらが鳥から蛆虫へと受け渡されようとする瞬間の、ある種の神々しさがそこには漂っているようだった。蛆虫、アリ、ムカデ、ユスリカ・・・そういう「嫌われもの」を好んで画題に取り上げ、緻密な日本画で表現する作家、それが萩原和奈可(はぎわら・わなか)である。萩原さんを知ったのは、本メルマガではおなじみの銀座ヴァニラ画廊が主催する公募展の審査で、『HEROES』と題された鳥の死骸と蛆虫の作品に出会ったときだった。第5回を迎えた2017年度の「公募・ヴァニラ大賞」で、僕は萩原さんの作品を「都築響一賞」に選び、他の作品も見たくなって彼女が両親と暮らす茨城県龍ケ崎市の家にお邪魔させてもらうことにした。
art
札幌国際芸術祭フリンジ・ツアー
いつのまにか夏といえば芸術祭の季節になってしまった。今年も横浜トリエンナーレをはじめ、大小さまざまのアートフェスがスタート。すでに夏休みの予定に組み入れているかたも多いだろう。先週号の告知でお伝えしたように、札幌国際芸術祭2017も8月6日から始まっている。いまは亡き北海道秘宝館の写真と動画展示という小さな企画で僕も参加、先週の開幕直前に設営がてら会場のいくつかを回ってみたので、気になった展示のいくつかをご紹介してみたい。第1回の2014年から3年ぶりとなる今年の第2回・札幌国際芸術祭。前回はゲストディレクターに坂本龍一を迎え、なにかと派手なイメージだったが、今回のゲストディレクターは大友良英。
photography
走り続ける眼
どうしたら写真家になれるんですか、とよく聞かれる。そんなのこっちが知りたいけれど、写真ギャラリーでのグループ展→個展→アート系出版社から写真集発売、というよくある流れの外側で、ちょっと前まで考えもつかなかったやりかたで活動する写真家が現れてきた。今週・来週と2回にわたって、最近出会ったユニークなスタイルの写真家をふたり紹介したい。種田山頭火を放浪の俳人と呼び、山下清を放浪の画家と呼べるならば、天野裕氏(あまの・ゆうじ)は放浪の写真家である。家を持たない。展覧会を持たない。写真集の出版もない。軽自動車に寝泊まりしながら日本中を走り回り、ツイッターで「きょうはこの町にいます」とつぶやき、喫茶店やファミレスやスナックや公園で「客」を待つ。
photography
日常の切断面
先週は車中泊で日本中を移動しながら写真を撮り、コンビニでプリントアウトした「写真集」を喫茶店やファミレスやスナックで見せ、その「見料」で制作/生活する写真家・天野裕氏を紹介した。「移動し続けること」が作品の中心にある天野さんとまったく対照的に、今週ご覧に入れるのは「どこにも行けないこと」がユニークな作品に結実している写真家・北村千誉則(きたむら・ちよのり)だ。つい最近、たしかFacebookだったと思うが、なんとも不思議な写真集を紹介する投稿に偶然目が止まった。表紙にはおっさん(たぶん)の口元からこぼれる白米とイクラ1粒が超望遠で捉えられ、『buh___bye』なる不可解なタイトルがついている。説明を読むと、作者はChiyonori Kitamuraというので、日本人だとは思うが名前を聞いたことがないし、発行元の「modes vu」という香港の出版社も知らなかったが、とりあえず購入希望のメッセージを送ってみると、数日後にちゃんとポケットサイズ48ページほどの小さな写真集が自宅に届いた。
photography
オキナワン・ソウルシスターズ
先々週号の編集後記で少しだけ沖縄・コザのことを書いた。極東最大の空軍基地である嘉手納基地に隣接するコザは、米軍人を対象とするサービス産業で急激に発展した町だったが、いまでは大通りに面した数軒のバーやポールダンス・クラブ、衣料品店などに、最盛期の面影をわずかに見て取れるのみである。1972年の日本復帰前から沖縄は多くの写真家たちを引き寄せてきたわけだが、「沖縄以外のものはそこの土地のひとが撮ればいい」と、生まれ故郷の沖縄にこだわり続けてきた写真家が石川真生(いしかわ・まお)。本メルマガでも沖縄の港町に生きる男たちを捉えた『港町エレジー』を2012年に紹介している(2月15日号参照)。その石川さんが1982年に発表した処女作『熱き日々 in キャンプハンセン!!』(あーまん企画刊)が、35年の歳月を経て『赤花 アカバナー、沖縄の女』と新たなタイトルと編集により、ニューヨークの出版社セッション・プレスから発表された。
photography
ロバート・フランク 本と映像展
そういえばうちにロバート・フランクの写真集は一冊もなかった、なぜだろう――神戸で開催中のきわめてユニークなロバート・フランク展を観ながら、まずそんなことが頭に浮かんだ。かつて神戸市立生糸検査所だった建物が、デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)として生まれ変わった広い空間で、『Robert Frank: Books and Films, 1947-2017 in Kobe』が開催中だ(9月22日まで)。2014年カナダ・ハリファックスで始まり、去年は東京藝術大学でも開催された、世界50ヵ国を巡回中の展覧会「神戸バージョン」である。ただし、この展覧会は白い壁に額装されたオリジナルプリントが整然と並ぶ、普通の写真展ではない。
art
鉄彫家・藤井健仁のメタルマシン・ミュージック
何年かにいちど「日展」に足を運ぶたびに、いちばん興味をそそられるのが彫刻部門だ。広い展示室がまるで、公園から集められてきた男女像が詰め込まれた倉庫というか、彫刻の森状態になっていて、その大半はブロンズ像なのだが、あるときそれがブロンズではなく「ブロンズ加工」されたFRP(強化プラスチック)なのだと気づいて啞然とした。ブロンズは制作が大変だが、FRPの表面にブロンズ加工すれば簡単だし、扱いも楽ということらしい。FRPの生地のままにしておいたら、ずっとかっこいいのにと思ったが、彫刻業界では素材による上下関係があるようで、ブロンズや大理石といった高価な素材が立派で、コンクリートやプラスチックなど、僕らの日常になじみ深い素材は一段劣る扱いを受けてきた気がする。鉄もまた、日常ありふれたマテリアルでありながら、彫刻業界ではマイナーな素材だ。その鉄を使って、これもかつてはメインだったが、現代美術のなかではもはやマイナーな彫像や人形をつくり続けている鉄彫作家が藤井健仁(ふじい・たけひと)だ。
art
短距離走者の孤独――岸本清子展に寄せて
かつては名古屋経済の重鎮たちの邸宅が並び、シロガネーゼならぬシラカベーゼ(どちらも死語)の発祥地でもある名古屋屈指の高級住宅街・橦木町。「文化のみち」と名付けられた風情ある一画にある小さな画廊Shumoku Galleryで、『岸本清子展』が開催されている(9月30日まで)。岸本清子(きしもと・さやこ)は1939年名古屋市生まれ。多摩美大在学中から「ネオ・ダダイズム・オルガナイザー」グループ唯一の女性作家としてスキャンダラスな活動を繰り広げ、40代からは名古屋に拠点を移して、闘病生活を送りながら激しい創作活動を続けたが、1988年に49歳の短い生涯を閉じている。
book
電子書籍版『TOKYO STYLE』、完成!
2016年7月にリリースした『秘宝館』から始まったロードサイド・ライブラリー。『ラブホテル』、『おんなのアルバム キャバレー・ベラミの踊り子たち』と続いて、ついに第4弾『TOKYO STYLE』が完成、今週末から始まる「東京アートブックフェア2017」でリリースされる。『TOKYO STYLE』が最初の大判写真集として世に出たのが1993年。実際に撮影で東京都内を原チャリで走り回っていたのが1991年あたりだったから、今年はあれからちょうど25年、四半世紀。世界があれからますます不景気になり、不安定になって、貧富の格差が開いていることだけは確かだ。日本は前よりずいぶん暮らしにくくなったろうし、大災害にも襲われた。同時に多くのひとが前よりずいぶん消費欲にも、所有欲にも、勝ち組を目指そうという野心にも惑わされなくなってきた気がする。
book
『TOKYO STYLE』、サイトでの販売開始!
先週末に天王洲で開催された「東京アートブックフェア2017」、ものすごい混雑でしたね~。寺田倉庫まで行って、入場制限で入れなかったひともいると思います。運良く入場できたみなさまも含めて、ほんとにお疲れさまでした!ブックフェアのロードサイダーズ・ブースでお披露目した電子書籍版『TOKYO STYLE』が、メルマガのサイトからも購入できるようになりました! ダウンロード版、USB版どちらも、サイトのショップページをご覧ください。
book
ドラコニアの国へ――澁澤龍彦展@世田谷文学館
十代に出会って決定的な影響を受け、それから何十年経っても読み飽きることがない、そういう作家にひとりでも出会えたら、それだけで人生はずいぶん幸せになると思う。僕の場合はそれが澁澤龍彦だった。子どものころ、実家のビルの上階に宝石やアクセサリーをテレビや写真の撮影にレンタルする仕事をしていたひとが住んでいて、いろんな雑誌をよくまとめて捨てていた。ある日、その山にあった創刊間もない『an・an』のなかに、シャルル・ペローの童話の訳を見つけたのが澁澤龍彦体験の始まりだったと思う。中学生のころだったが、そこから古本屋を歩き回って、『an・an』に澁澤さんを引き入れたアートディレクターの堀内誠一が、『an・an』以前に澁澤さんと組んで発行した『血と薔薇』を探したり、サドや『O嬢の物語』の濃密なエロティシズムに発熱したりしているうちに、「いま流行ってること」がどんどん、どうでもよくなるひねくれ高校生になったのではなかったか。
book
奥信濃の鶴と亀
いまから2~3年前、たぶん松本市だったと思うが、いっぷう変わったテイストのフリーペーパーを見つけた。地方出版物はいつも気になるし、どこに出かけてもなるべく本屋に寄ったり、カフェなどのレジそばに積まれているフリーペーパーをチェックするけれど、正直言ってそそられるものに出会う確率は低い。『圏外編集者』でも書いたけれど、ひらがなタイトルのほっこり系か、身内で楽しんでるだけみたいなジンがほとんどだ。そういうなかで何気なく手に取った『鶴と亀』は全ページ異様なテンションで、しかも彩度をギラッと上げた写真に写っているほとんどは、田舎のじいちゃんばあちゃんなのだった。なにこれ? その『鶴と亀』がこのほど第1~5号の総集編となる『鶴と亀 禄(ろく)』として大判の書籍になり、おまけに先日の東京アートブックフェアではロードサイド・ライブラリーの並びのブースで展示販売されていた。
design
ソフビになったホームレス
特撮ヒーローや怪獣などとは別種の、変なソフビが目につくようになってきたのはここ数年の気がする。キモかわいい系だったり、ひたすら不気味なグロテスク系だったり、特撮怪獣みたいに一般的ではない、つまり大量には売れないであろう小規模生産の、いわばインディーズ・ソフビが、数千円から時に1万円を超すような値段でリリースされ、それがまた瞬時に完売というようなケースが、僕のような門外漢にも聞こえてきた。アート・ギャラリーの展覧会にソフビが登場することも珍しくなくなってきた。去年、上野のモグラグ・ギャラリーでトークをしたとき、ある作家から箱入りのソフビをもらった。それは怪獣でもキモかわいい生物でもなく、高知のカツオ一本釣り漁師のソフビだった。こんな、おっさんのソフビばっかり作ってるんですと彼は言う。それを持ってほぼ毎月、海外の展覧会やイベントに行ってるという彼の肩書は「フィギュア・イラストレーター」。デハラユキノリは、異端なひとが多い最近のソフビ業界のなかでも、とびきり異端な作家だろう。そのデハラさんがふたたびモグラグ・ギャラリーで展覧会を開く。
art
百島のクロスロード
瀬戸内海、百島(ももしま)。観光地として人気の尾道に7つある有人島のひとつ。尾道港からフェリーで45分、高速船なら30分足らずで着いてしまう、周囲12キロの小さな島だ。終戦後のピーク時には3000人近くいた島民人口は、いま450人ほど。信号機もコンビニもない。飲食店もスナックも、ホテルも民宿もない。放棄された空き家の数は100を超えるという。そんな島の、閉校した中学校校舎を利用したアートセンターが『アートベース百島』だ。犬島アートプロジェクトなど、瀬戸内エリアでの活動が近年きわだつ現代美術作家・柳幸典(やなぎ・ゆきのり)を中心に生まれたアートベース百島は、2012年オープン。開館記念展のあと2014年には企画展『CROSSROAD 1』が、そしていま開館5周年を記念して『CROSSROAD 2』が開催中(12月3日まで)。
lifestyle
1968年という「いま」
先週短くお知らせしたように、いま千葉・佐倉の国立歴史民俗博物館で『1968年―無数の問いの噴出の時代』という注目の展覧会が開催中だ。会期があと数日となってしまった時点で申し訳ないが、あらためて紹介しておきたい。全共闘、ベ平連、成田三里塚、水俣・・・けっして派手でもなく、ましてインスタ映えする展覧会でもないのに、僕が訪れた週末も予想をはるかに超える観覧者で大盛況だった。当時を懐かしむ60~70代のひとたちも多かったけれど、1968年には生まれてもいなかった若いひとたちの姿もずいぶんあった。
art
シュリグリー的「バカの壁」
思い返してみると、子どものころにいちばん惹かれたのはイギリス/アイルランド文学のユーモア感覚だったかもしれない。『ドリトル先生』や『アリス』はもちろん、『ガリバー旅行記』からジェローム・K・ジェロームの『ボートの三人男』まで読み耽っているうちに、たしか中学の終わりくらいにテレビで『モンティ・パイソン』が始まり・・・皮肉と笑いが絶妙にブレンドされた、あのブリティッシュ/アイリッシュ・ユーモアとしか表現しようのない感覚に、深く影響されていったのだった。バーナード・ショーがイサドラ・ダンカンだかサラ・ベルナールだかの「あなたの頭脳と私の肉体を持った子どもが産まれたら、どんなに素晴らしいでしょう」という口説きに、「私の肉体とあなたの頭脳を持った子どもが産まれたら大変ですよ」と返したという有名な逸話を読んで、こんな切り返しができるオトナになりたいと憧れるような、ヒネた少年時代だった(ちなみにドリトル先生シリーズはアメリカで発表された作品だが、作者のヒュー・ロフティングはイギリス人)。水戸芸術館で開催中のデイヴィッド・シュリグリー『ルーズ・ユア・マインド——ようこそダークなせかいへ』展を観て、久しぶりに濃厚なブリティッシュ・ユーモアを堪能することができた。「ルーズ・ユア・マインド」とは、「正気を失え!」みたいな感じだろうか。
travel
動物王国の「時間よ止まれ!」
薄暗い研究室の棚に並ぶホルマリン漬けの生きものや骨格標本・・・というのがかつての生物学のイメージだったかもしれないが、21世紀のいまはバイオテクノロジーの時代。19世紀的な博物学の香気はもはや過去の遺物となって久しい。各地の大学や病院では時代遅れになった標本類の処分に困って、廃棄処分されてしまうこともあるという。そうした標本類を引き取って展示している博物館があると聞いて、さっそく足を運んでみた。グラント博物館――正式名称をThe Grant Museum of Zoology and Comparative Anatomy=グラント動物学・比較解剖学博物館という、ロンドン大学に付属する研究施設である。
art
佐賀町エキジビット・スペースのこと
「佐賀町エキジビット・スペース」と聞いて懐かしく思うひとは、いま50~60代の現代美術ファンだろうか。茅場町や水天宮から東に向かい、隅田川にかかる永代橋を越えた先、運河に面した一角はかつて米倉庫が並んでいたという。その一角、「食糧ビル」(旧・東京回米問屋市場)と呼ばれた建物にあったのが佐賀町エキジビット・スペース。1927(昭和2)年というから関東大震災の4年後に建てられた、いかにも昭和モダンらしい歴史的建造物だった。エキジビット・スペースはその3階、以前は会議室やパーティ会場として使われていた場所を使い、1983年にオープン。2000年の閉館までおよそ17年間にわたって、東京屈指のオルタナティブ・スペース(美術館でも商業ギャラリーでもないという意味で)として機能してきた。ここを中心に現代美術関係の施設が増えていく動きも一瞬あったけれど、いつのまにか立ち消え。食糧ビルはすでに取り壊されて高級マンションになっていて、この一帯に残っていた昭和の下町感覚もすっかり消し去られている。 高崎の群馬県立近代美術館では「佐賀町エキジビット・スペース 1983-2000現代美術の定点観測」を開催中だ。
lifestyle
よし子さんのいた街 2
阿佐ヶ谷のバー「山路」を40年以上もやってきたよし子さんには、長い常連さんがたくさんいた。そのひとりが写真家の島田十万さん。『レポ』という季刊誌に「よろずロックバー 山路」という記事を寄稿しているのをダウンタウンレコードの展覧会で見つけ(2014年『レポ』16号)、さっそく連絡を取ってみた。島田さんは何度かの「出禁」を挟みながら長年山路に通い、よし子さんとの時間を過ごし、たくさんの写真も撮っていてくれた。今週の「よし子さんのいた街」2回目は、島田十万さんの写真と書き下ろしのメモワールで、消え去った山路の面影を偲んでいただきたい。
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刺青絵師・毛利清二の世界
京都・二条城近くの路地裏にある小さな博物館・おもちゃ映画ミュージアムで、5月1日から「毛利清二の世界 映画とテレビドラマを彩る刺青展」という興味深い展示が開催されている。新聞や週刊誌でも記事が出たので、もう見てきたひともいるかもしれないが、僕はつい最近まで気がつかず、7月28日の閉幕に間に合うようあわてて京都に行ってきた。 よほどの日本映画や時代劇テレビドラマ・ファンでないと毛利清二という名前はなじみがないかもしれない。
design
だれも知らなかった土方重巳
阪神間モダニズム、という言葉をご存じだろうか。大正から昭和初期にかけてのモダニズム文化のなかで重要な役割を果たした大阪と神戸の間の高級住宅地――いまで言う尼ヶ崎、西宮、芦屋市あたり――で育まれた、オシャレでありながら品の良いライフスタイル。いまでもなんとなくその名残が漂っている気もする香櫨園の住宅街にある西宮市大谷記念美術館で、いま『グラフィックデザイナー土方重巳の世界』を開催中だ。土方重巳という名前には、よほどデザイン史に詳しいひとでないと親しみがないかもしれないけれど、その作品には昭和の時代に育った日本人ならだれもが親しんでいるはず。そういう「知られざるトップ・デザイナー」の、これは貴重な回顧展である。
book
アーカイヴ:ヴォーン・オリバーと音の夢
ヴォーン・オリバーとは80年代のどこかで、大竹伸朗くんの紹介で会ったのが最初だった。すでに4ADでの仕事は見ていたので、それはすごくうれしい出会いだったし、1993年には現代美術全集「アートランダム」のスピンオフ企画である「ARM=アートランダム・モノグラフ」の一冊として、大竹伸朗xヴォーン・オリバーの共作『東京サンショーウオ アメリカ夢日記1989』という、たいへんぜいたくな本を編集することもできた(京都書院刊、僕がしたのはやり取りの交通整理ぐらいだったが)。ヴォーン・オリバーの作品をまとめた本はこれまで数冊発表されているが、この10月には決定版ともいえる『Vaughan Oliver: Archive』が2冊組ボックスセットとして、ロンドンのユニット・エディションズから刊行された。ずいぶん前に刊行のためのキックスターター・サイトが立ち上がって、それから長い制作期間を経ての、待望のリリースである。今回はその刊行を記念して、内容の詳しい紹介と、大竹伸朗によるトリビュートの文章をお送りする。『Archive』は限定900部。興味を持たれた方は、急ぎ出版社サイトに注文していただきたい。
movie
映画美術監督・木村威夫の時代
人生でいちばん映画を観たのは浪人時代だった。もっとも受験科目の少ない私立文系コースを選んで(たった2教科だった)、午前中に予備校が終わるとそのまま名画座に直行。たしか1年間で通算300本以上は観たはずで、なかでもハマったのが今はなき大井武蔵野館。昭和30年代のB級日本映画のおもしろさを教えてくれたのが、この場末の名画座で過ごした長く幸せな平日午後の時間だった。クロサワでもミゾグチでもなくて、何本観ても同じようなプログラム・ピクチャーに、どうしてあんなに夢中になったのだろう。それは作品としての完成度ではなくて、1時間半の映像に籠められた時代の空気や匂いに酔ったのかもしれない。70年代のそのころ、すでにまったく時代遅れだった映像空間には、いかにもな役ばかりを演じる男優と女優がいて、最初の5分で予測できてしまうような筋書きと、現実にはとても口にできないような決め決めの台詞があって、そういう「あらかじめできあがった世界観」を支えていたのがあの時代の、あの手の映画特有の映画美術だった。そして僕はそこで、いまだにいちばん尊敬する映画美術監督・木村威夫を知ることになった。
food & drink
Neverland Diner 二度と行けないあの店で 特別編 スナックの灯よ 闇夜を照らせ ―― 被災地スナックめぐり
2011年3月11日の東日本大震災から8年経って、いまだに5万人以上のひとが故郷を離れて避難生活を送っている。震災はまだぜんぜん、歴史上の出来事じゃない。 あの日、揺れが収まって被害のすさまじさがだんだん明らかになってきたときから、こういう仕事をしているものとして、被災地に行くことを考えない日はなかった。でも、マスコミのあとを追っかけて嘆き悲しみ怒りに震えている人々のただなかに土足で踏み込んでいくのも、異様に美しく見えてしまうに決まっている破壊された風景を撮影するのも嫌だった。ようやく重い腰を上げて被災地に初めて足を踏み入れたのは6月になってから。週刊朝日の記者と連れ立って、「被災地のスナックをめぐってみよう」という企画を立てたのだった。またそんなことを・・と笑われもしたけれど、それは僕なりに真剣に向き合った取材だった。 今週の「二度と行けないあの店で」は特別編として、あのとき通って取材した記事を、写真も増やして再録させていただく。訪れた店がいまも営業中なのかは、調べていないのでわからない。なくなってしまった店も、いまも元気に盛り上がっている店もあるだろう。でも、あのとき飛び込みの、それも東京からちょこっと訪れただけの取材記者にうんざりしていたにちがいないのに、あたたかく迎えてくれたママさんや常連さんと過ごした時間は、僕にとってかけがえのない記憶だ。その思いのカケラだけでも伝わってくれたらうれしい。
food & drink
Neverland Diner 二度と行けないあの店で[特別編]『中野ぱじゃんかの思い出』
今年の初め、一枚の葉書を受け取った。中野のスナック「ぱじゃんか」のママさんだった稲垣政子さんのご家族からで、政子ママが介護施設に入居したお知らせだった。ぱじゃんかは『天国は水割りの味がする 東京スナック魅酒乱』の表紙にさせてもらった店だ。初めてうかがったのがちょうど10年前の2009年。当時すでに地上げでめちゃくちゃに荒廃していた中野ブロードウェー裏の一角に、一軒だけ電気が点いていた店で、おそるおそる覗いてみたのがぱじゃんかだった。
food & drink
Neverland Diner 二度と行けないあの店で 77『フリークスお茶屋の話』都築響一
先週特集した『ドレス・コード?』展の準備で、久しぶりに京都で何日か過ごすうちに、むかしこの街に住んでいたころのことをいろいろ思い出した。ただいま上海に出張中でいつもの「二度と行けない店」の書き手を準備できなかったので、今週は僕の「二度と行けない店」というか、「実はいちども行けなかった京都の店」の思い出を書かせてもらおうと思う。
travel
ウクライナの星の下で
毎朝、目が覚めると枕元のスマホでニュースアプリをチェック、起き出すとテレビをつけてBBCやCNNのニュースを見ずにいられなくて、気がつけば1時間以上経っている……そんな朝がもう2週間ぐらいになる。もちろんウクライナ戦争の状況を調べずにいられないからだ(しかしNHKはどうしてこんなに戦争関連の報道が少ないんだろう)。 ウクライナにはこれまでいちど行ったことがあるだけだが、ロシアには何度も行って、このメルマガにいろいろ書いてきたので、僕がそうとうロシア好きということもわかってもらえているかもしれない。今回の戦争で、もちろんウクライナのひとびとが被っている災厄は言葉に尽くせないし、プーチンやクレムリンにはひとかけらの道理もないけれど、日々激しさを増す言論弾圧のなか、こころを痛めつつ祈ることしかできないロシア人もたくさんいるはず。
art
不自由で自由な表現展――BABU復活個展@ギャラリーSOAP
先週号でお知らせしたように、北九州小倉のギャラリーSOAPで、BABU個展「障害+ART 50-0」が始まっている。会期中に記事をあげたくて、急いで観に行ってきた。「障害+ART」と題されているけれど、本メルマガでも何回か取り上げたBABUはアウトサイダー・アートやアール・ブリュット系の作家ではない。昨年(2018年)5月、まだ30代の若さで脳梗塞に倒れ、脳の3分の1を失うという危険な状態におかれながら驚異的な回復力で復活、リハビリに励みながら制作してきた1年あまりの新作を集めた、復帰後初個展なのだ。
art
工房集の作家たち3 長谷川昌彦
前回の大倉史子に続いて、埼玉県川口市の工房集につどう作家たちから、今週は長谷川昌彦(はせがわ・まさひこ)を紹介する。10月16日に配信した第1回記事で、工房集は埼玉県内に施設や事業あわせて22ヶ所を運営する社会福祉法人みぬま福祉会の一部であることをお話しした。今週紹介する長谷川昌彦は工房集と一体運営されている「川口太陽の家」に所属する作家である。障害者の「働く権利」を模索する過程で、単純作業から表現活動へと幅を広げてきた川口太陽の家では、いまステンドグラスづくりが盛んで、明るい作業室には各種作業機器が揃っている。平面作品や立体のオブジェ、照明器具の笠にガラスコインアクセサリーまで、仲間(施設利用者)たちが生み出す作品はさまざま。そんなカラフルな環境で、ひとりだけ鈍い銀色のかたまりに取り組んでいる青年がいた。
art
工房集の作家たち4 齋藤裕一
埼玉県川口市の工房集につどう作家たちを紹介する連続企画、今週は工房に所属するうちでもっともよく知られ、展覧会やアートフェアでの発表も多い作家のひとりである齋藤裕一(さいとう・ゆういち)を紹介する。齋藤さんは1983年生まれ。重度の知的障害を持ち、工房集には2002年の開所と同時に通うようになった。たとえば家の鍵を閉め忘れたか、ガスを消したかとかが気になって何度も確認してしまう、そうした無意味な行動を止められないことを強迫性障害と呼ぶ。
art
工房集の作家たち5 杉浦篤
埼玉県川口市の工房集につどう作家たちを紹介する連続企画、今週は工房に所属しながら、ふつうの「作家」とは少し異なるスタンスで作品を発表する杉浦篤(すぎうら・あつし)を紹介する。埼玉県川口市の工房集には、入口に小さなギャラリーがあって、所属作家の作品がいつも飾られている。最初に訪れたとき、もっとも興味を惹かれたのが、というより見たとたんに動揺させられたのが、杉浦さんの作品だった。これがなんだか、見てとれるだろうか。それはもともとサービス版かもう少し小さいくらいの写真プリントの、表面がすり切れ、角がちぎれ欠けて、丸みを帯びた、イメージの破片なのだった。
art
工房集の作家たち6 横山涼
埼玉県川口市の工房集につどう作家たちを紹介する連続企画、6回目となる今週は横山涼(よこやま・りょう)を紹介する。陽射しが明るい窓際の席で、白いワイシャツのボタンを首元まできちんと留めた青年が、一心に木片を削っていた。うっすら生やした髭が、かえって若さを引き立たせている彼の名は横山涼。1988年生まれ、2008年からグループ内の「浦和太陽の家」に通い始め、2012年からはそれまで暮らしていた実家を離れ、ホームに入所して制作を続けている。横山さんには知的障害があるそうだが、質問にもきちんと答えてくれるし、穏やかな口調に接していると、ここが障害者施設であることを一瞬忘れそうになる。「でも、来た当初はぜんぜん違ってて、大変だったんです」と案内してくれたスタッフのかたが教えてくれた。
art
工房集の作家たち8 金子慎也
この連載の11月6日号で紹介した「ハンダの延べ棒」をつくる長谷川昌彦さんの制作風景を覗かせてもらいに、工房集のすぐそばにある通所施設・川口太陽の家を訪ねたときのこと。施設の中を案内してもらっているときに、棚の上に白いカタマリがずらっと並んでいるのが目に入った。ウズラの卵ほどのそのカタマリは、ふうっと息を吹きかけるだけで転がってしまいそうに儚げでありつつ、よく見るとひとつずつ微妙に形態が異なっていて、ものすごく小さな大理石彫刻みたいでもある。こんなに不思議にデリケートな造形をだれが?と尋ねたら、部屋の窓際で職員のおねえさんに抱きかかえられている金子慎也さんがその作者なのだった。
art
工房集の作家たち9 関口忠司
これまで工房集にかかわる作家たちの作品として、絵画、コラージュ、立体といろいろなジャンルを紹介してきたが、今週は書を自分の表現に選んだ関口忠司(せきぐち・ただし)にお会いいただく。関口忠司は1963年生まれ、工房集が属する社会福祉法人みぬま福祉会の施設のひとつ、埼玉県蓮田市にある「蓮田太陽の里 大地」で生活する作家である。すぐそばには埼玉緑のトラストに指定された湿地・黒浜沼があり、豊かな自然に囲まれた施設に、関口さんは個室を得て18年暮らしている。その前には開所第1期生として白岡市の太陽の里に10年間いたので、みぬま福祉会ともうすぐ30年間のお付き合いということになる。
art
工房集の作家たち・特別編:knock art 10
昨年10月から先週まで9回にわたってお送りしてきた「工房集の作家たち」シリーズ。今回はその特別編として、工房の作家たちも多数参加し、12月4日から8日まで埼玉県立近代美術館で開催際された第10回埼玉県障害者アート企画展「knock art 10 ―芸術は無差別級―」の誌上レビューをご覧いただきたい。なお「工房集の作家たち」シリーズは1月にまた取材を重ねて、セカンドシーズンをお送りする予定。かなりヘヴィ級が登場しそうなので、お楽しみに! 「knock art 10」は埼玉県内の障害者関連施設に入所/通院しながら制作を続けている作家たちが、一同に会する大規模グループ展。一昨年は「うふっ♡こんなのみつけちゃった♪」、昨年は「ソニックブームうふっ」と毎年微妙なタイトルがつけられているのだが、今年は10周年ということと、「多彩な表現にノックアウトされたながら出展作家が選考」されたので、「パワー溢れる無差別級のノックアート」になったのだそう。
art
FINDING TSUKIJI ― 築地を教わる
先週に続いて送る築地魚市場の記録、今週はイギリスのアーティスト/デザイナーであるジェイク・ティルソンによる野心的なプロジェクト『FINDING TSUKIJI』をご紹介する。先週の台湾人写真家・沈昭良のストイックなドキュメンタリーとはまったく別種の、きわめてポップなTSUKIJIをお楽しみいただきたい。ジェイク・ティルソンと知り合ったのはもう30年ほども前のこと。当時刊行を始めた全102巻の現代美術作品集「アート・ランダム」の第34巻として、コラージュや立体を集めた作品集をつくらせてもったのだった(ArT RANDOM vol.34 Jake Tilson、京都書院刊)。
lifestyle
SHANGHAI STYLE 当世上海住宅事情 case 8
上海市中心部、建国西路に面する古びた集合住宅。まさかこの中に古書店があると、だれが想像するだろう。建物の入口でインターフォンを押して、ロックを解除してもらわなくては中に入ることすらできない建物に。おそらく上海でもっとも秘密めいた古書店の店主である彼は広東省出身。上海で大学生活を送ったあと、故郷に帰って税務署で働きながら、1998年ごろに友人たちと場所を借りて書店とアートスペースを開く。ナチス・ドイツ占領下のフランスでレジスタンス文学やヌーボーロマン、サミュエル・ベケットの著作などを刊行した名高い地下出版社「深夜叢書」(Les Editions de Minuit)からも数冊の作品を出版していた。彼が税務署を退職して上海に戻ってきたのは2010年ごろ。友人の紹介で月刊誌『CHINA LIFE MAGAZINE 生活月刊』で1年間、そのあと週刊誌『THE BUND 外滩画报』で編集者として働くことになった。『THE BUND』のほうがリベラルなスタンスだったし、日々変化があるほうが好きだったからというのが雑誌を移った理由。書店を始めることになったのは『THE BUND』が印刷版を廃止してウェブに特化する直前、2015年のことだった。以来、妻とふたりでの書店経営と同時にフリーランスとして小説を書いたり、小出版にも関わっている。
travel
人民公園の休日
成人の日の翌日から、重慶と成都に行ってきた。1週間弱の短い旅行で、そのときはだれもマスクすらしてなかったけれど、帰ってきたらいきなりコロナ・ウィルスのアウトブレイク。こんなことになるとは、だれが想像できたろう……・。「8D都市」と呼ばれるほどの超重層近未来都市・重慶については、以前メルマガでも紹介したが(2019年12月25日号)、訪れるのは10年ぶり。『重慶マニア』(パブリブ刊)にたっぷり紹介された、その近未来感覚を確かめたかったし、記事で吉井忍さんが書いてくれたように、「京都と大阪みたいな永遠のライバル」と言われる、成都との比較にも興味があった。成都は四川省の州都。言わずと知れた四川料理の本場だし、パンダ・ファンの聖地でもある。三国志マニアには蜀の都としておなじみ、劉備玄徳と諸葛孔明の廟があり、古代史好きにはいまから4000~5000年前という、謎の仮面文化・三星堆(さんせいたい)遺跡が発見された地としても、胸躍る場所だろう。
design
不自由な国の自由なデザイン――ポーランド映画ポスター展を見て
とりあえずこのポスターを見てほしい。往年の日本映画のポスターなのだが……なんの映画かおわかりだろうか。 実はこれ、高倉健や千葉真一が主演したパニック映画の傑作『新幹線大爆破』(1975年東映)のポーランド版ポスターなのだ。世界のB級映画ファンにおなじみのこの作品、英語タイトルは「The Bullet Train Super Express 109」というので、たしかに題名のSUPER EXPRESSは入っているけれど……パニックの緊張感が1ミリもない、かわいらしいイラスト! あまりに独創的な解釈に、展示会場でにんまりしてしまったのは僕だけではないだろう。 東京京橋の国立映画アーカイブではいま『ポーランドの映画ポスター』展が開催中だ(3月8日まで)。日本・ポーランド国交樹立100周年を記念したというこの展覧会。100年前のポーランドはまだ共和国時代だったと思うが、第二次大戦のナチ占領時代を経て、戦後はポーランド人民共和国として共産主義国家となった。その後、1989年に共産党独裁体制が崩壊するまでの半世紀近いなかで生まれた映画ポスターが、今回は96点も集められて見応えある展覧会になっている。
design
銀色人間の国
メルマガも9年目ともなると、新しい出会いとともに、以前に取材したひとの新しい作品や挑戦を教えてもらうことも増えてきた。2014年12月25日配信号で特集した『裸眼の挑戦――若生友見とragan books』。そのころはまだ比較的ゆったりだった東京アートブックフェア会場で出会って、クールでシャープなコンセプトとデザインに唸った「ragan books」の若生友見さんに会いに、宮城県七ヶ浜町まで出かけてつくった記事だった。 先日、久しぶりに会った若生さんから「これ、新作です」と渡された2つの小冊子。最初、どういう趣旨なのかよくつかめなくてボーッとしていたら解説してくれて、それがすごくおもしろかったので、今週はragan久しぶりの新作を紹介してみたい。
travel
おもしろうてやがてかなしき済州島紀行1 トケビ公園
ハマってる国ありますか?と聞かれたら、いまは中国と答えるけれど、10年くらい前はそれがタイと韓国だった。1月中旬に重慶と成都に行ったときには、街でマスクをしてるひとなんてだれもいなかったのに、東京に帰ってきたとたん、武漢でのコロナウィルス・アウトブレイク。日程が1週間ずれていたらと思うと冷や汗だったが、実は2月もLCCのセールで格安購入した航空券で、上海の南にある海辺の町・寧波に行く予定を立てていた。なのに、あっという間の事態深刻化。さすがに強行するわけにもいかず、でもすでに旅行気分になっていたので、かわりに行ける「近くて安い」場所を探して成田~済州島~釜山~成田という航空券を購入。このルートでひとり2万2千円、大阪往復より安あがり! 宿泊費だって、かなりいいホテルで一泊1万円ほど。4泊5日で交通宿泊費2人分10万円という格安小旅行を楽しんできた。
travel
おもしろうてやがてかなしき済州島紀行2 仙女と木こり公園
先週紹介した「お化けの国「トケビ公園」は見事に廃墟化していたが、10年前に較べてむしろパワーアップしていたのが、トケビからクルマで15分ほどの済州島内陸部にある「仙女と木こり公園」。今回調べてみたら開園が2008年だったので、前に訪れたときは開園後間もなくだったことになる。それから10年間にわたって着々、展示が増えていたとは! 韓国人ならだれでも知っている民話が「仙女と木こりの物語」。天から降りてきて、水浴していた天女を見つけた木こりが、羽衣を隠してしまう。天に帰れなくなった仙女は、木こりと結婚、幸せに暮らすが、ある日、天女から「あの羽衣を見せてほしい」とせがまれた木こりが、隠していた羽衣を返すと、仙女は子供を連れて天に帰ってしまったという・・・・・・日本の羽衣伝説といっしょですな。
art
犯罪とアートのあいだに――ニューヨーク・グラフィティの時代
20歳だった自分のことを「それが人生でいちばん美しいときだなんて、だれにも言わせない」と書いたのはポール・ニザンだったが、1978年に22歳だった僕は生まれて初めてニューヨークに行って、その醜さと美しさに飲み込まれ茫然自失だった。いまから40年前のニューヨークは、いまのニューヨークとは別の場所だった。街はものすごく汚くて、サウスブロンクスまで行かなくても、いまやトレンディなイーストヴィレッジだって廃墟だらけだったし、街角では浮浪者みたいな男や女がドラム缶に木ぎれをぶち込んだ焚火で暖を取っていたし、地下鉄のホームに立って線路を走るネズミを見ていると「後ろから線路に突き落とすのが流行ってるから、あんまりホームの端に近づくな」と真顔で注意されたながら、轟音と共にホームに突っ込んでくる、全面グラフィティに覆われた地下鉄車両の姿に見とれて動けなくなったりしていた。映画の『タクシードライバー』が1976年、『サタデーナイトフィーバー』が77年、愛すべきB級『ウォーリアーズ』が79年、そして『ワイルドスタイル』が83年。そういうニューヨークが、そこにあった。
design
垂直のヴェルサイユ
貧乏は底なし沼かもしれないけれど、金持ちの世界も青天井だ。オレサマがイチバン!と思う間もなく新しいイチバンに追い抜かれる。お山の大将だったはずが、いつのまにかもっと高いお山に別の大将がいる。超高層ビルは英語でスカイスクレイパー=「空をこするもの」だが、それを「摩天楼」と訳したセンスはほんとうに素敵だ。初めてケネディ空港に降り立ち、怖々乗ったタクシーの窓からマンハッタンのスカイラインが見えたときの感動はなかなか忘れられなくて、大自然の景色にはすぐに飽きてしまうのに、ニューヨークのビル景はそれからもずっと見飽きるということがなかった。最近またニューヨークに行くようになって気がついたのは、めちゃくちゃに細長い超高層ビルが増えていることで、それは新しい美しさというよりも、むしろ漠然とした不安感を醸し出す、巨大なトゲかささくれのように見えた。こちらが地震国から来たせいかもしれないけれど、なにかの拍子にポキッと折れてしまいそうな。
travel
ジャクソンハイツ満腹散歩
一時はニューヨーク有数に治安の悪いエリアという不名誉なイメージに甘んじていたジャクソンハイツだったが、戦前の住宅建築群が1993年にアメリカ合衆国国家歴史登録財に指定されたこともあって、2000年代に入るころから人気が復活。マンハッタンに較べればまだ割安な住宅価格も大きいだろうが、バリーによれば「なんたって食事だよ!」とのこと。世界各国のレストランはもちろんのこと、ストリートフードの屋台もバングラデシュ、中近東、ネパール、コロンビア、ギリシャ、エクアドル、タイ、メキシコのタコスまで、あまりによりどりみどりでチョイスに困ってしまう充実ぶりだ。「そんなに気になってるなら」と、今回のニューヨーク出張ではバリーとアーニャが「とっておきのジャクソンハイツ・フードスポット」を教えてくれたので、その貴重な地元情報をみなさんと共有しておきたい。
food & drink
ロータリーの女たち
歌舞伎町のキャバレー「ロータリー」が2月28日で閉店したのは大きなニュースになったし、NHK「ドキュメント72時間」をはじめとするテレビ番組も複数放送されたので、ご覧になったかたもいらっしゃるだろう。「白いばら」や「ハリウッド」の時と同じく、閉店の発表が流れたとたんに毎晩、満員御礼。最終日はとりわけ大混雑だったが、本メルマガではフィリピンパブや暴走レディースでおなじみの比嘉健二さんが長く愛用していた店ということで、最後の夜の取材に誘ってもらえた。
photography
地下鉄日記――東京砂漠の片隅で
『雲隠れ温泉行』という、つげ義春の世界が写真で21世紀に甦ったような写真集を2015年6月10日号で紹介した(「湯けむりの彼岸に」)。作者の村上仁一(まさかず)は月刊誌『日本カメラ』の編集者として働きながら、写真作家としても長く活動を続けてきた。『雲隠れ温泉行』を刊行したroshin booksは、このメルマガでも幾度か紹介した、斉藤篤という写真好きの青年が別の仕事で生計を立てながら、理想の写真集を世に出したいとひとりで始めたマイクロパブリッシャーである。そのroshin booksからこのほど村上さんの2冊目になる作品集『地下鉄日記』が刊行される(4月14日リリース)。
photography
フロントステップス・プロジェクト 玄関先でつながる世界
日本以外の多くの国が、市民に自宅に留まるようほぼ強制しているという、ほんの少し前まではサイエンスフィクションの世界でしかあり得なかった事態が現実化している現在。たくさんのひとたち、家族たちが孤立に物質的にも、精神的にも苦しむなかで、こころのつながりだけでもどうにかして保とうとする試みが世界中で行われている。決まった時間にバルコニーに出て、みんなで拍手したり歌をうたったりとか。ボストン郊外の町ニーダムに住む写真家キャラ・スーリーと、友人のクリスティン・コリンズが始めたのが「ザ・フロントステップス・プロジェクト」という素敵にアメリカ的な企画だった。
art
エロ本とスニーカー
「おもしろいエロ本あります」と言われて届いたのは、ものすごく手作り感あふれる、しかしハードカバーの小さな本が数冊。A4を4つ折りにした、パスポートと同じくらいのサイズで、表紙には『青少年教育マガジン わかば』とある。して中味は、と急いでページをめくると18禁の写真とかはどこにも見当たらず、脈絡のない無意味なスナップが続き、しかしよく見てみるとそこはかとなくウフフな感じのエッチな気分が漂うという・・・・・・ひねくれたエロ本とつくりながら、同時に手がけている「手づくりスニーカー」を集めた展示即売会が、再開したばかりの渋谷PARCO内の「Meets by NADiff」で始まっている(6月1日から)。
design
ATGが遺したもの
ATG、と聞いて思わず遠い目になってしまうひとは、もはや70代だろうか。1970年に20歳だった青年が、いま70歳だし……。 ATG=アート・シアター・ギルドが遺した映画ポスター展が、6月から再開した鎌倉市川喜多映画記念館で開催中だ。 1961年に設立されたATGは海外のアート系作品の配給・上映から活動を始め、低予算実験映画製作へと幅を広げていって、後期には若手監督による娯楽作品路線にシフトしながら1992年まで存続してきた。今回の展覧会は初期の輸入作品から1970年代末までの製作作品をおもに、90点以上のポスターによってその活動を振り返る試み。同時に1960年代後期~70年代のイラストレーション/グラフィック・デザイン全盛期の、日本のクリエイティブ・センスを体感できる機会にもなっている。
art
なんだかわからないピーター・ドイグ
お小遣いあげるから旅行してきなと背中を押され、けど東京都民だけはどこも行っちゃダメと言われ、しょうがないので都内で再開した美術館やギャラリーに足を運ぶ日々。先週はようやく、竹橋の国立近代美術館で開催中の『ピーター・ドイグ展』に行ってきた。 展覧会が始まったのは2月26日、しかし新型コロナウィルス感染防止で29日から臨時休館(わずか3日の展示期間!涙)、しかし6月12日にめでたく再開して10月まで会期延長される話題の展覧会。もう見てきたというひとも多いだろうし、SNSなどにも感想がたくさんアップされている。現代美術業界ではもちろん有名な作家であるものの、正直言って日本でそれほどポピュラーではなかったと思うし、今回が日本では初めての個展だが、毎日たくさんの観客を集めているようだ。メディアの報道よりも、SNSでのクチコミで情報が拡散している気がする。
art
永遠不滅の水森亜土
本郷の東京大学裏手から上野不忍池に抜ける坂にある弥生美術館。いま「いつみても、いつでもラブリー♥ 水森亜土展」を開催中だ(10月25日まで)。 歌を歌いながらアクリルボードに両手でお絵かきするパフォーマンスで知られるイラストレーター・水森亜土。 子どもの頃から親しんでいるけれど、大人になった今も大好き!という方は多いでしょう。 とびきりラブリーでハートウォーミング、またセクシーでビターな味わいもある亜土作品には、時を超えたユニークな魅力があります。 本展覧会では亜土が「絶対に売らない」と決めている秘蔵の絵画作品やグッズの原画を大公開! 歴代〈亜土グッズ〉を700点超!を展示します。日本橋で生まれ育った亜土がみた、古きよき東京の魅力もご紹介します。 (公式サイトより) 水森亜土を知らない日本人って、いるのだろうか。1939年生まれ、いま80歳。子どものころは地元・東京日本橋の川にいかだが行き交っていたという時代に育ち、ジャズ・シンガー、童謡やアニソンの歌手・声優、イラストレーター、劇団の看板女優・・・・・・「肩書」という言葉がまったく無意味な縦横無尽の活動で、いまも現役。可愛らしい怪物である。
art
ロンドン猫の妄想大冒険
コロナ禍のアート、みたいなテーマで世界中にさまざまな取り組みが提案されて、オンラインミュージアムから「あつ森」の盛り上がりまで、1年前には想像もできなかった動きが次々とインターネット上で展開している。メガ・ミュージアムが本気で取り組むプロジェクトも興味深いが、アーティストが個人で配信する、ささやかな企画や作品もまた愛おしい。 今年1月8日配信号「FINDING TSUKIJI ― 築地を教わる」で紹介したイギリス人アーティスト、ジェイク・ティルソン。ロンドン中心部から30分ほど電車に乗った南部の郊外ペッカムで、彼もまたもはや半年以上自主引きこもり中。ちなみにペッカムという街は、かつてはあまり治安がよくない場所とされていて、そのかわりスクウォットされた建物で大規模なクラブイベントが開かれたり、アンダーグラウンド文化では先鋭的な場所だったのが、いまやロンドン屈指のトレンディ・タウンとなっている。 ジェイクはペッカムに妻の陶芸家ジェニファー・リーと、やはり画家である24歳の娘ハンナ、それに愛猫と住んでいるが、娘のハンナはいま別の場所で制作中。「娘と会えないので、我が家の猫をテーマにしたマンガの小冊子をPDFでつくってみました!」というお知らせが先日届いた。タイトルは『NINJA PEANUT』。
photography
死者の反撃 ―― 事件写真家エンリケ・メティニデスをめぐって
慎重に再起動しつつあるニューヨーク在住の小説家バリー・ユアグローから連絡が来た――「僕らの大好きなメティニデスのこと書いたよ」。送られてきたリンクはイギリスの新聞オブザーバーのウェブ版で、「メキシコのウィージー」とも呼ばれた伝説の事件写真家エンリケ・メティニデスの活動と近況を伝える記事だった。ストリート・フードからルチャまでメキシコのポップ・カルチャーが大好きなバリーにとって、メティニデスの写真はただ衝撃的という以上の、特別な意味を持つものらしい。 僕がメティニデスのことを知ったのはまったく偶然で、2003年にロンドンのフォトグラファーズ・ギャラリーで『着倒れ方丈記/Happy Victims』の展覧会を開いたとき、同じ会場でメティニデスの個展も開催されていて、とてつもなくドラマティックな写真にいきなり魅了されてしまったのだった。
art
大竹彩子とめぐる「GALAGALA」
毎週のようにいろんなアーティストを紹介しているけれど、そのほとんどは取材のために初めて会ったり、リモートでお話を聞くひとたち。しかし今回はもともと親しい、というより生まれたときから知ってるので非常に書きにくい・・・・・・渋谷PARCOミュージアムで個展「GALAGALA」が始まった大竹彩子のことだ。 彩子ちゃん(と敢えて呼ばせてもらうと)はご存じのとおり大竹伸朗くんの長女。1988年宇和島生まれ。小さいころは剣道少女だった気がするが、大学進学で東京に上京。そのときは美大ではなかったが、卒業後1年間宇和島に帰ったあとロンドンに渡ってアートカレッジの名門セントマーティンズでグラフィック・デザインを学んで帰国した。そのころからロンドンやシンガポールで展覧会を開くようになり、日本では2018年に六本木のギャラリーART UNLIMITEDで開いた「KINMEGINME」が最初。
travel
25年目の珍日本紀行 群馬編2 どうしたんですか館長さん! ――命と性ミュージアム再訪記
草津と並んで群馬県を代表する温泉地・伊香保。土産物屋や射的場など昔ながらの遊戯施設が並ぶ石段街も有名だが、訪れてみればそのノスタルジックな風情よりも、活気を失った観光地の寂しさのほうを感じてしまうひとが多いだろう。 伊香保近郊には「珍宝館」と「命と性ミュージアム」、2つの秘宝館が現存している。「珍宝館」はテレビなどでもおなじみ、館長の「ちん子さん」によるお下品客いじりトークはパワフルだけど(いまも健在!)、珍宝のほうはたいしたことなかったので『珍日本紀行』には取り上げなかった。もうひとつの「命と性ミュージアム」は2002年開館ということで、こちらは珍日本刊行後に出現したニューフェイス秘宝館。別の雑誌で2007年に取材させてもらい、いまは電子書籍のROADSIDE BOOKS vol.001『秘宝館』で、たくさんの写真を取材記事とともに見ていただくことができる。 初めて「命と性ミュージアム」を訪れたころは、「女神館」呼ばれていたが、久しぶりに再訪できたのは2年ほど前のこと。村上春樹さんと遊びに行ったのだが、これはプライベートな旅行だったので発表はせず。そして今回「まだ健在だといいけど・・・・・・」と願いながら3度目の訪問。「命と性ミュージアム」はちゃんと営業を続けてくれていたけれど、館内は一部、驚愕の変貌を遂げていたので、今週はその「使用前・使用後」を中心に報告したい。
photography
工藤正市の奇跡
ずいぶんたくさんの写真を日常見ていて、うまいとか、かっこいいとか思うことはよくあるけれど、こころ揺さぶられる出会いというのはなかなかない。 いま、インスタグラムを中心に共有の輪が静かに、世界中に広まっている工藤正市という写真家をご存じだろうか。1950年代にアマチュア・カメラマンとして積極的に活動したあと、ぱったりと作品発表を止めてしまい、2014年に亡くなってから家族が膨大なネガの束を発見。スキャンした画像をインスタにアップしたところ、驚くほどの反響を呼ぶようになったという、以前このメルマガでも特集したアメリカのヴィヴィアン・マイヤーやロシアのマーシャ・イヴァシンツォヴァにも通じる「発見の物語」である。
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25年目の珍日本紀行 群馬編4 蛇と紋次郎の上州路
群馬県南部の太田市は高崎、前橋に次ぐ規模で、SUBARUの企業城下町としても知られている。「新田義貞の隠し湯」という太田市内の藪(やぶ)塚温泉郷は、歴史こそ古いものの、現在では旅館が数軒だけ、共同浴場もないという地味な温泉場だ。 藪塚温泉が誇る(というか唯一の)珍スポットとして取り上げたのが、江戸時代の街道町を再現した「三日月村」と、世界の蛇300種、数万匹を集めた「ジャパンスネークセンター」という、隣り合う2つの観光施設。取材で訪れたのは1997年のことだった。
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芦屋の時間
「阪神間」という言葉には、単に大阪と神戸のあいだという地域を指す以上の、独特のニュアンスがある。20世紀初期の阪神間モダニズムが象徴するような、近代的で上質な文化生活。いまで言えば「#ていねいな暮らし」みたいな、というと刺があるように聞こえてしまうかもしれないが、歩いてみれば「ああ、こういうとこでゆったり暮らせたらなあ」と思わずにいられない、確かな居心地良さがあるのは確か。 その阪神間で隣り合う芦屋と西宮にある、ふたつの美術館を回ってきた。芦屋市立美術博物館で開催中の『芦屋の時間 大コレクション展』と、西宮市大谷記念美術館の『没後20年 今竹七郎展』。会期は芦屋が11月8日まで、西宮が12月6日までなので今週は芦屋、来週に西宮の展覧会を紹介するが、両館のあいだは2キロちょっと、歩いても30分足らず。気になったら、ぜひふたつあわせてご覧いただきたい。
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大阪で生まれたデザインやさかい・・・・・・
先週は芦屋市立美術博物館の『芦屋の時間 大コレクション展』を特集したが、今週はおとなり西宮の大谷記念美術館で開催中の『没後20年 今竹七郎展』を紹介する。両館のあいだは2キロちょっと、歩いても30分足らず。気になったら、ぜひふたつあわせてご覧いただきたい。 西宮市大谷記念美術館では、2018年に開かれた『グラフィックデザイナー土方重巳の世界』を、11月21日号「だれも知らなかった土方重巳」として紹介した。NHKの人形劇「ブーフーウー」のキャラクターや、佐藤製薬の「サトちゃん」の生みの親であり、だれもが知っているデザインを遺しながら、その名は一般的でないという意味でそんなタイトルにしたのだった。今回の展覧会もサブタイトルには「近代日本デザインのパイオニア」とあるものの、ポスターやチラシには「どこの誰だか知らないが。そのデザイン! 誰もがみんな知っている。」というコピーが大書されている。
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ネオン管の抒情
アメリカの田舎のハイウェイを夜走っていたら、真っ暗な空にオレンジ色の巨大なネオン十字架が突然あらわれた。タイの村はずれにあるお寺の眩しい境内から本堂に入ってみたら、暗いなかに座った仏様を何色ものネオン光背が照らしていた。LEDがない時代の単なる照明器具なのに、ネオン管というものになにか神秘的な魅力を感じてしまうひとって、少なくないのではないか。 今年7月に大阪、9月下旬から10月にかけて銀座のニコンサロンで、下川晋平の写真展『Neon Calligraphy』が開かれた。カリグラフィーとは「書」のこと。おもにイランの夜の街を飾るネオン看板を撮影した、珍しいドキュメンタリーだった。
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バンコクのリカちゃん (写真:Sasamon (Didi) Amatyakul)
あまりInstagramは活用していないけれど、2年ほど前だろうか、不思議に魅力的な写真をフィードしているアカウントに出会った。「liccachan lover = リカちゃんラヴァー」というユーザー名のとおり、可愛らしい人形を撮影した写真がたくさん上がっているアカウントだった。 人形というと、アニメから派生したセクシーなフィギュアだったり、ハンス・ベルメールの球体関節人形的な耽美系だったりが僕の身近には多いけれど・・・・・・リカちゃんラヴァーの人形写真はそういうものとはぜんぜん違っていた。ただのコレクション自慢写真ではないし、かといって耽美系にありがちな闇/病みを匂わせる偏執も見えない。ローリー・シモンズのような現代美術系でもない。リカちゃんというくらいなのでほとんどが女の子人形だし、そこに官能性はあるけれど、ひねくれたエロスはない。「ガーリー」という言葉が当てはまるかどうかはわからないけれど、すごく真っ直ぐな、ある年齢の女の子だけが持つ強度がある気もする。人形なのに。
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新連載! Paradise Lost 二度と行けない珍日本紀行 01 栃木県
2020年09月09日配信号「群馬編1 アダルト保育園」から、ゆるりとしたペースで始めている新連載「25年目の珍日本紀行」。そのスピンオフ企画として今週から「Paradise Lost 二度と行けない珍日本紀行」をお送りする。 もともとの『珍日本紀行』は1993年2月から98年8月まで、238回にわたって週刊SPA!誌上に連載されたものが、96年にアスペクト社から大判写真集『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』として刊行された。その後もしつこく追加取材し地域別に再編集した342件の路傍の奇跡が、2000年にはちくま文庫で「東日本編」「西日本編」の2冊、計1,200ページ近い増補改訂版・極厚文庫本にまとめらたのだった。
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Paradise Lost 二度と行けない珍日本紀行 02 茨城県
ゆう・もあ村は土浦市東城寺に1965(昭和40)年開業。珍スポットとしてそれなりに知られるようになったが、展示物の盗難事件などもあり、2001(平成13)年に閉園。その後、こころない侵入者などの破壊行為もあり、建物はすべて解体された。グーグル・ストリートビューで見ても更地のようである。なおYouTubeには盛業当時のPRビデオが上がっている。貴重な動画、記事とともにじっくり楽しんでいただきたい。
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しめかざりをめぐる旅
我が家は皇居から徒歩数分の大通りに面しているが、そんな都心でも毎年、年末にはしめかざりの露店が出る。あのひとたちはいったいどこから来るのだろう? おでんやラーメンの屋台を出したら即座に警官が飛んでくるのに、あのひとたちはどうして許されてるんだろう? 年末年始となればみんな閉まるのに、無人のオフィスにしめかざりを飾ってるのはどういうわけなんだろう? 謎のまま毎年、しめかざりは視界の片隅にあらわれ、消えていく。 三軒茶屋の高層ビル・キャロットタワー内「世田谷文化生活情報センター・生活工房」でいま、しめかざりの展覧会が開かれている。『渦巻く智恵 未来の民具 しめかざり』と題された、絶妙のタイミングで開催中のこの展示、しめかざりも初詣もおせちも雑煮も、正月というものすべてに興味ゼロの僕にとって予想をはるかに超えて興味深い企画だった。
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とろとろのりんごのわたし――友沢こたお「Pomme d'amour」
小説家は作品を重ねるにしたがって円熟していくけれど、詩人は最初の作品でいきなり高みに達してしまうことがある、と言ったひとがいた。スタートしたとたんにトップスピードに乗る、みたいな。音楽にもそういうことがあるけれど、アートの場合はどうなのだろう。 本メルマガではもうおなじみ、新御徒町のモグラグ・ギャラリーでいま友沢こたお個展『Pomme d'amour』が開かれている。タイトルの「ポム・ダムール」はフランス語でりんご飴を意味する。直訳すれば「愛のりんご」。とろとろの飴がかかった果実。ちなみに「pomme d'Adam」(アダムのりんご)になると喉ぼとけのこと。イヴに差し出されアダムがかじってしまったりんごが喉に引っかかったことから来ているが、「ポム・ダムール」にはそんな禁断のニュアンスも秘められているのだろうか。
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赤い手拭いマフラーにして、ふたりで行こうよ大銭湯展
BBCの歴史番組でルーシー・ワースリーというものすごくチャーミングな歴史家のファンになってしまい、『暮らしのイギリス史 王侯から庶民まで』という分厚い本を少しずつ読んでいる。中世から現代までのイギリス生活史を楽しく紹介したこの本の「浴室の歴史」という章には、1550年から1750年までの「不潔な二百年」に、イギリスの人々がいかに入浴を不気味なものと思っていたかが描かれていて、その一因は「水が病を、とりわけ人心に恐怖をかきたてる新しい病である梅毒を拡散するという理由から、入浴が疎んじられるようになっていった」のだった。その後18世紀に入浴の習慣が復活するが、家庭に独立した浴室が誕生するのは19世紀になってからだった。 小金井の「江戸東京たてもの園」ではいま、「大銭湯展」と題された銭湯の歴史と現在・未来を俯瞰する展覧会が開かれている。 東京屈指の都立公園である小金井公園のなかにある江戸東京たてもの園は、両国の東京都江戸東京博物館の分館。山の手エリア、下町エリアなどと名づけられた区域に、茅葺き農家から田園調布の優雅な邸宅、商店街の看板建築などが復元されていて、定期的に訪れるというファンも少なくない。
photography
サバービア・ガーデニング ――前川光平「yard」を見て
去年と一昨年の2回、清里フォトアートミュージアムが主催する国際公募展「ヤング・ポートフォリオ」の審査員を務めたことは以前にもメルマガで書いた。現代美術的なアプローチの作品から社会派のドキュメンタリーまで、さまざまなスタイルで写真に取り組む若きフォトグラファーたちのなかで、いっぷう変わった数十枚のプリントに「ん!?」となった。 担当スタッフから詳細を聞くまでもなく、あきらかに日本の、それも伝統美とはまるで対極にある雑然とした庭先。玄関。塀や垣根まわり。そういう、日本のどこにでもありながら、だれも目に留めない光景が延々と現れる。
art
しがみつく綱としての絵――雫石知之「生きたい 死に際」
西荻窪の駅のそばのギャラリーで、すごく不思議な絵の展覧会をやってます!と、メルマガの技術面を担当するスタッフから連絡をもらった。添付してくれたDMには、一見男か女かわからない全裸の人間が、空中に吊り下げられている。縄やフックを使うSM的なサスペンションではなく業務用というか、性的というよりむしろエクストリームなスポーツにも見える吊りの光景で、そこに『生きたい死に際』雫石知之 展というタイトルが乗っていた。 いわゆるフェティッシュ系のアーティストともちょっとちがう雰囲気がある気がして調べてみると、ご本人のTwitterアカウントにこんな自己紹介が載っていた――
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モルドバの土に頬をつけて
2020年のヨーロッパの写真界でいちばん話題になったひとりにザハリア・クズニアがいる。しかしつい最近まで、どんな写真通でも彼の名前を知るひとはいなかったはずだ。なぜなら彼もまた「発見」された写真家だったから。本メルマガでは2015年にニューヨークのヴィヴィアン・マイヤー、2018年にサンクトペテルブルクのマーシャ・イヴァシインツォヴァ(リンク張る)、さらには2020年の青森の工藤正市と、死後発見されたアマチュア写真家を記事にしてきた(新聞社の写真部にいた工藤さんは正確にはアマチュアとは言えないが)。ザハリア・クズニアは彼らに続く、またも奇跡の発見物語である。
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田中一村ができるまで
田中一村は1977年に奄美で亡くなるまでほとんど知られることなく、死後2年経って公民館で3日間だけの遺作展が開かれ、その数年後にNHK『日曜美術館』などで取り上げられていきなり全国的に大ブレイクした「死後発見」組のひとり。奄美には記念美術館があり代表作の多くが収蔵されているが、本土ではときたま開催される展覧会以外に、まとまった数の作品を見られる機会はあまりない。去年夏にリニューアルオープンしたばかりの千葉市美術館では、いま『田中一村展 ― 千葉市美術館収蔵全作品』を開催中だ。
music
ある演歌歌手の死
先週火曜日(1月26日)、小さな訃報記事がメディアに出た。「歌手・泉ちどりさんが肝臓がんのため死去、73歳『お吉物語』などヒット」という記事を、ご覧になったかたもいただろうか。その2日前の坂本スミ子、昨年末のなかにし礼、10月の筒美京平といった大御所に比べたら、ごくささやかな追悼記事だったが、その小さな扱いよりもむしろ「ちどりさんってYahoo!ニュースに出るほど知られてたのか」という驚きのほうが、僕にはあった。
art
ポップアーティストとしての三島喜美代
まだまだ気楽に旅行できる状況ではないけれど、先週は日帰りで京都に行ってきた。午前中に東京を発って、夕方には戻りの新幹線に乗っていて、滞在時間4時間ほど。もったいないけどしょうがない。平安神宮に向かって対面する京都市京セラ美術館と、国立京都近代美術館の2館で開催中の展覧会をこれから2回にわけて紹介する。今週は京近美のメイン企画展「分離派建築会100年 建築は芸術か?」……ではなくて、4階コレクションギャラリーで開かれている収蔵作品展の一室、「特集:三島喜美代」という小さな展示から。
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血と汗と涙の石岡瑛子展
初めチョロチョロではないけれど、開始直後はがらがらで、後半になって大混雑、最終日近くは予約満員、というのが展覧会の「あるある」。先週日曜に最終日を迎えた東京都現代美術館の「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」も、終盤の長蛇の列をSNSで見て、最初のうちに観ておけば……と後悔したひとがたくさんいただろう。このメルマガでも展覧会開始にあわせて特集をつくろうと思ったが、展示すべて撮影禁止というポリシーを知り、それはそれで尊重すべきというか、記事だからといって無理矢理お願いするのもよくないかと思い、控えていたのだった。 去年11月14日に始まった展覧会の、終盤になって休館日に取材ができ、そこで撮影も許されたので、ちょうど展示が終わったタイミングではあるが、少しだけ石岡瑛子のことを書かせていただく。なお、これほど話題を集めた展覧会ではあるが、当初は富山県美術館に巡回する予定が新型コロナ禍で中止になって、あとはどこの美術館も手を挙げず、けっきょく巡回なし。あの金閣寺の印象的なディスプレーも壊されるという……。
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絵画のドレス ドレスの絵画
名前を知ってはいるし地元でもあるけれど、ちょっとだけ遠かったりして行けないままになっている美術館、というのがある。 八王子にある東京富士美術館は都心部から中央線とバスを乗り継いで約1時間半という微妙な距離感。約3万点の作品を所蔵し、「とりわけルネサンス時代からバロック・ロココ・新古典主義・ロマン主義を経て、印象派・現代に至る西洋絵画500年の流れを一望できる油彩画コレクション」(美術館サイトより)は、ルネサンス絵画からルーカス・クラーナハ(父)、アルブレヒト・アルトドルファー、ピーテル・ブリューゲル(子)、ジャン=オノレ・フラゴナール、フランソワ・ブーシェといったオールドマスター、プーシェ、フラゴナールなどのロココ、そしてルノワール、モネ、セザンヌ、ゴッホなどの印象派、さらにはウォーホル、キース・ヘイリングまで日本屈指のコレクション。それも広範な時代をもれなくカバーする裾野の広さが際だつ美術館だ。
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文明開化と21世紀をつなぐ電線絵画
それがバンコクでもプノンペンでもホーチミンシティでもいいけれど、街に踏み出して「あ~~~アジアに来たな!」といきなり実感するのは、あのモワッと湿気を含んだ暑さ。そして建物と道路を黒い毛細血管のように這い回る、おびただしい電線の群れだ。あるときは巨大な糸玉のようにからまりあい、あるときは建物の外壁にエレクトリックなツタのようにからみつく、そういうアジアの電線を見るたびに、僕は急いでカメラを取り出さずにいられない。 電線を空中から地中へ、というのは世界的に、現代の街づくりの必修課題らしい。日本でも当然その工事は進められている・・・・・・はずだが、東京だって大通りはともかく一歩裏通りに入り込めば、そこにはあいかわらず電柱と電線がしっかり居座っている。 西武池袋線中村橋駅からすぐの練馬区美術館では、いま「電線絵画展-小林清親から山口晃まで-」を開催中。絵画にもいろんなくくりかたがあるが、「電線」でまとめられる絵画展というのは・・・・・・かなり珍しいはずだ。
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イッツ・ア・スモールワールド・・・・・・世界はひとつなのか
平安神宮に向かい合う京都市勧業館、通称「みやこめっせ」。大学の入学式やさまざまな大会、見本市、即売会などに利用されていて、地下には京都伝統産業ミュージアムなどもあるのだが、これまで足を踏み入れたことがなかった(名前もちょっと・・・・・・)。 その「みやこめっせ」地下・京都伝統産業ミュージアムで2月6日から28日まで開催されていたのが「イッツ・ア・スモールワールド:帝国の祭典と人間の展示」。市内各所を舞台に2010年から続けられている「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭」の一環として開かれた、きわめて挑発的な展覧会だった。僕も閉幕直前に知ってあわてて駆けつけたので、開催中に記事を配信できず申し訳なかったが、その概要だけでも見ていただきたくて、企画者のインディペンデント・キュレーター小原真史(こはら・まさし)さんにお話をうかがいながら展覧会を振り返ってみることにする。
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CONTACT ZONE 砂守勝巳写真展
2020年05月20日配信号で「もの言わぬ街から」と題して、埼玉県東松山の「原爆の図 丸木美術館」で開かれた展覧会「砂守勝巳写真展 黙示する風景」を紹介した。本来なら丸木美術館の展示と並行して開催される予定だったのが、東京と大阪のニコンプラザでの写真展「CONTACT ZONE」。こちらは残念ながら新型コロナウィルス感染防止で延期となってしまったが、幸い4月13日から新宿のニコンプラザで、そのまま5月には大阪で開催されることになった。
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「ほっこり」より「もっこり」 ――宮田嵐村とはだれだったのか
長野県松本市、といえば国宝松本城だったりサイトウ・キネン・オーケストラだったり草間彌生だったり、いろいろハイブローなイメージが思い浮かぶが、かつては松本といえばまず「松本民芸家具」であった。 あの、いかにも重厚、まさに重くて分厚い風合いが個人的にはどうもなじめなかったが(やけに高額だし)、ずいぶん昔に松本駅近くの民芸土産物屋にふらっと入ったら、店の奥のほうに「道神面コーナー」と記された壁面があり、なんとなくアフリカやオセアニアのプリミティブな雰囲気のお面でありながら、よく見ると顔が男女性器! 道神は道祖神のことだったか・・・・と驚き、値段も手ごろなのでひとつ買って帰った。小さな木彫りの道神面は1月から12月までの暦にあわせて12種類あるというので、誕生日の1月を選んだら、「のぞく」という作品名とともに「不審そうにのぞかなくとも、不浄は払われる」という、よくわからない文句が記されている。
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風間サチコと登る『魔の山』
2月17日号で「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」を特集した東京都現代美術館では現在、地下2Fで「ライゾマティクス_マルティプレックス」、3Fで「マーク・マンダース ― マーク・マンダースの不在」と2本の大型企画展を開催中。さらに1F展示室では「Tokyo Contemporary Art Award 2019-2021 受賞記念展」として風間サチコと下道基行、ふたりの受賞者による展覧会が開かれている(こちらは無料!)。今週のロードサイダーズではライゾマでもマンダースでもなく、大好きな版画家・風間サチコをがっつり紹介したい。 Tokyo Contemporary Art Award(TCAA)とは2018年度に始まった新しい美術賞で、「中堅アーティストを対象に、受賞から2年にわたる継続的支援によって、更なる飛躍を促すことを目的に」して賞金や海外での活動支援、作品集の作成、東京都現代美術館での展覧会開催などをサポートするアワードだ。風間サチコと下道基行はその第1回である2019ー2021年度の受賞者で、すでに2020ー2022(藤井光、山城知佳子)、2021ー2023(志賀理江子、竹内公太)までが決まっている。
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病床童夢 ―― JIROX MEALSと今井次郎
美味しそうじゃない食事が、美味しそうに見えない容器に盛られている。 箸をつけたくないな~という気持ちのあらわれのように、ご飯におかずを載せて雪だるまみたいな顔をつくってみたり。バナナの皮を皿から伸ばして手足にしてみたり。 「食べ物で遊ぶんじゃありません!」と、いまどきのお母さんも子どもを叱るのだろうか。 そんなたわいもない「食べ物あそび」の写真が、実は末期癌の患者が入院中に出される食事を病床で撮影したものと知った瞬間、胸が締めつけられて目が離せなくなる。 今年2月の終わりに『JIROX MEALS』と題された小さな写真集が、自費出版でリリースされた。著者としてクレジットされている名前は今井次郎=JIROX。でも今井さんはもう9年前に亡くなっていて、夫人のかやさんと、自身のGallery覚(銀座)、移動展覧会「キャラバン隊」など展覧会の面で支えてきたギャラリスト御殿谷(みとのや)教子さんのふたりによって、『JIROX MEALS』は世に出ることになった。
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服はだれのものだったのか――「ファッション イン ジャパン 1945―2020 流行と社会」
当初2020年6月に東京六本木の国立新美術館でスタートする予定が、コロナ禍でちょうど1年延期、いま島根県益田市の島根県立石見(いわみ)美術館で開催中の「ファッション イン ジャパン 1945―2020 流行と社会」。「もんぺからサステナブルな近未来まで、戦後の日本ファッション史をたどる、世界初の大規模展!」というキャッチコピーが多少おおげさかと思いきや、会場に足を運んでみると「こんなのあったのか!」とか「あ~これ、これ!」とか、観るひとそれぞれの年齢・年代に応じてのファッション体験と人生体験がフツフツとこみ上げてきて、動けなくなる展示が多数。島根展は会場サイズの関係で東京展より点数が少ないそうだが、それでも2時間、3時間と経っているのに、脚の痛さで初めて気がついたりする。
book
語り芸パースペクティブ ――意味の彼方にあるもの
もう60回以上も続いているDOMMUNE「スナック芸術丸」で、ユーロビート特集に次いでリスキーだなと思いながら配信したのが2016年の「浪曲DOMMUNE」。しかし終わってみれば予想をはるかに超える反響をいただき、伝統芸能への関心の高まりを実感したのだった。 あの番組で導き手となってくれたのが女流浪曲師・玉川奈々福。実はもともと筑摩書房の編集者で、ひょんなきっかけから三味線教室に通ううち、やや強引にスカウトされて浪曲を唸るほうにスカウトされ、いまや業界を背負って立つ若手(浪曲界では)のプレイヤー。しかも筑摩書房時代は僕の本を何冊も手がけてくれた担当編集者という間柄なのだった。
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映画ポスターは「終わったメディア」なのか
12月中旬に出た本書、映画の本ではあるが名監督でもスターでもなく「広告図案士」、つまりポスターや新聞広告のデザイナーという、業界人しか知ることのない人物の作品を集大成した大判の分厚い作品集で、定価が9000円! なのに初版がもう売り切れ、増刷がかかっているという・・・・・・近頃の出版界ではめったにない現象を巻き起こしている。 2020年にデザイナー生活60周年を迎えた檜垣紀六さんは、1960年代から90年代まで、僕らのだれもが見てきた洋画ポスターを手がけてきた。本書にはそのうち約600本のポスター、チラシ、題字(日本語タイトルロゴ)、新聞広告が収録されているが、そのいくつかを懐かしく思い出さないひとはいないだろう。
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虎よ逃げろ! ――大・タイガー立石展@千葉市美術館
スポーツ観戦や演劇はいいのに美術館はダメという不条理な百合子ブシに苦しむ東京のおとなり千葉県では、公立美術館も通常開館中。千葉市美術館では「大・タイガー立石展 POP-ARTの魔術師」が開催されている。英語のサブタイトルが「The Retrospective」とTheで強調されているように、日本のポップ・アートを振り返るときに欠かすことのできない、しかしその全貌がなかなかつかみにくいアーティストでもあったタイガー立石の、決定的な回顧展だ。グループ展などでいくつか作品を見る機会はよくあるけれど、デビューから遺作までこれほどまとまって活動を辿れることはめったになかったので、個人的にもすごく楽しみにしていた展覧会だった。
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読めそうで読めないけど読めそうな「レターズ」へ
渋谷PARCOとは交差点を挟んだ対面に位置する東京都渋谷公園通りギャラリーは、東京都現代美術館のサテライト施設として2020年2月にオープンしたアールブリュット/アウトサイダー・アートに特化した展示施設。本メルマガでは昨年7月8日号で「フィールド⇔ワーク展 日々のアトリエに生きている」、9月16日号で「満天の星に、創造の原石たちも輝く -カワル ガワル ヒロガル セカイ-」と、2つの展覧会を続けて紹介した。その公園通りギャラリーではただいま「レターズ ゆいほどける文字たち」を3月から開催中……のはずが東京都の緊急事態宣言により臨時休館中(涙)。現時点では5月31日までということになっているけれど、この先どうなることか。会期は6月6日までなのに。今週は再開への願いを込めて、アールブリュット/アウトサイダー・アートと文字の関わりに焦点を当てたこの展覧会を紹介してみたい。
movie
タイムトンネルを抜けるとそこは昭和の映画館だった ――大阪ミナミの映画絵看板と絵師たち
「映画館はダメでパブリックビューイングはいいんか!」という怒りをそらすためでもなかろうが、緊急事態宣言下で臨時休館を強いられてきた大都市圏の映画館もようやく再開できそうでホッと一息、という絶好のタイミングで6月16日にリリースされる『昭和の映画絵看板 ~看板絵師たちのアートワーク~』。かつて大阪なんば千日前にひしめいていた映画館に掲げられていた絵看板の写真を集めた、映画ファンにはたまらない、手描きデザイン・ファンにもたまらない貴重な資料集である。
lifestyle
8mmフィルムは銀河鉄道の線路だった――世田谷クロニクルと記憶の旅
「はな子」は吉祥寺の井の頭自然文化園にいた、もしかしたら日本でいちばん有名な(そして日本でいちばん長生きした)ゾウ。2016年に69歳(推定年齢)で死んだ彼女にまつわる記憶を、展覧会と一冊の本に封じ込めた「はな子のいる風景」を2018年04月18日配信号で紹介した。 ただのゾウの写真集ではなくて、はな子を見に動物園を訪れたひとびとから集められたはな子の記念写真や日記、写真アルバムに記されたメモなどを集めた、記憶の記録というユニークなプロジェクトを率いたのが大阪に拠点を置くAHA!(Archive for Human Activities/人類の営みのためのアーカイブ)。「8ミリフィルム、写真、手紙といった、市井の人びとの記録。そんな「小さな記録」に潜む価値に着目したアーカイブづくり」に長く取り組んできた。そのAHA!による市井の記憶と記録のプロジェクト、「世田谷クロニクル 1936 - 83」がいま、リニューアルされたウェブサイト上で展開されている。
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BABU式 YES と NO
ロードサイダーズではもうおなじみ、北九州小倉を拠点に活動を続けるスケーター&グラフィティ・ライター&彫師&現代美術家であるBABU。東京では2017年新宿ビームスジャパン・Bギャラリーでの『BABU 展覧会 愛』から4年ぶりとなる個展『YES NO』が、渋谷PARCO内のギャラリー、OIL by 美術手帖で始まっている。オープニングパーティを兼ねた、先週6月17日のDOMMUNEでの特集をご覧になったかたもいらっしゃるだろうか。
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音の出ないアルバムから音楽が聞こえてくる ――syobon99さんの刺繍ジャケット・コレクション
Instagramのフィードを見ていたら、ずっと昔のニール・ヤングのアルバムを刺繍にした画像が出てきた。ずいぶん聴き込んで、それからすっかり忘れてしまったアルバムだけど、画像を見た瞬間に音が甦ってきた。でもその刺繍は写真のように精密で正確な再現ではなくて、レコードを聴きながら自由に糸を刺し進めていったように気楽な、当時の言葉でいえばレイドバックした気分が漂っている。70年代の、古びたジーンズの尻ポケットに貼ってあったら似合うような。 いったいどんなひとがこんな刺繍をつくったんだろう。気になってインスタの投稿主を辿ってみたら、「syobon99」さんというそのひとはどうやら日本人で、ビートルズにフランク・ザッパ、デヴィッド・ボウイ、リトルフィート……そんな洋楽アーティストはもちろん、あがた森魚からYMO、ムーンライダースに松任谷由実まで、ものすごく幅広いジャンルのアルバムを刺繍にしては、せっせとインスタにアップしているのだった。
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妖怪たちのいるところ――三次もののけミュージアム訪問記
広島市内から北東に向かって、クルマでも電車でも約1時間半。広島市と福山市を結べば三角形の頂点にあたる三次市。中国地方のほぼ真ん中にあり、江戸時代から浅野藩の城下町として栄えた三次を「みよし」と読めるひとがどれくらいいるだろうか。 日本全国、さまざまなかたちの町おこしプロジェクトがあるなか、三次市が目指したのが「もののけのまち」としての観光都市づくり。もののけ=妖怪である。 もともと三次には『稲生物怪録(いのうもののけろく)』と呼び習わされる、日本屈指の妖怪物語が伝わってきた。そのように豊かな歴史背景を持つ町に、日本屈指の妖怪コレクターである湯本豪一(ゆもと・こういち)さんの、30年以上をかけた約5千点におよぶ膨大なコレクションが寄贈されることになって、2019年に開館したばかりなのが湯本豪一記念 日本妖怪博物館、通称「三次もののけミュージアム」だ。
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いのくまさんとニューヨーク散歩
JR高松駅から予讃線で30分足らず、丸亀駅前広場の一角を占める丸亀市猪熊弦一郎現代美術館。その大きさのわりに威圧感がないのは、谷口吉生の設計によるところも大きいだろうが、猪熊弦一郎というアーティストのキャラクターも反映している気がする。 アート好きのひとに人気が高い猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)ではいま、「猪熊弦一郎展 いのくまさんとニューヨーク散歩」と題された企画展を開催中。もともとMIMOCAは1991年、猪熊弦一郎から寄贈を受けた約2万点の作品をもとに開館したが、今回の「いのくまさんとニューヨーク散歩」は、猪熊弦一郎が1955年から73年まで20年間近くを過ごしたニューヨーク時代を、その時期に制作された作品だけでなく、散歩の合間に撮られたスナップ写真や8㎜映像、ギャラリー巡りで集めたフライヤーなどもあわせて見せることで、彼が暮らした60~70年代のニューヨークという場所、過ごした日々、歩いた時間……そこから醸し出される空気感のなかで、生まれた作品を新たな眼で見てみようという企画だ。
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はたよしことボーダレス・アートミュージアムNO-MA
京都駅から東海道山陽本線の新快速で40分足らず、城下町の風情が色濃く残る近江八幡のボーダレス・アートミュージアムNO-MAで「ボーダレスの証明 はたよしこという衝動」が開催中だ。 アウトサイダー・アート/アール・ブリュットと現代美術のシームレスな交感を展覧会というかたちで模索してきたNO-MAは、これまでメルマガでも何度か取り上げてきた。昭和初期の町屋をリノベーションしたNO-MAが開館したのは2004年、はたよしこさんはその開館当時から2019年まで、NO-MAのアートディレクターとして多くの展覧会を企画してきた。ひとりの絵本作家が障害者の創作活動と出会い、NO-MAというユニークなハコを舞台に提示してきた、アートにおける障害と健常とのボーダーを崩す試み。その30年以上にわたる歩みを振り返るのがこの展覧会だ。
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前川千帆展――カワイイの奥にあるなにか
今年5月19日号で「虎よ逃げろ! ――大・タイガー立石展」を紹介した千葉市美術館で、いま「平木コレクションによる 前川千帆展」が開催中だ。 僕は不勉強で前川千帆という名前すら知らなかったが、展覧会サイトの説明によれば「恩地孝四郎・平塚運一とともに「御三家」と称された、近代日本を代表する創作版画家」なのだそう。恩地孝四郎はもちろん好きでいたし、平塚運一は長野の須坂版画美術館・平塚運一美術館で観た、とりわけワシントンDCで暮らした30年以上の時期につくられたアメリカ時代の作品に魅了された。なのでフライヤーに載っている作品も可愛らしかったし、観ておこうかぐらいの軽い気持ちで展覧会に足を運んだら、予想外に充実した内容にびっくり。すぐに取材させていただくことにした。一部展示替えを含んだ前・後期で9月20日までの展覧会。こんな時期ではあるけれど、機会があればぜひ美術館でご覧いただきたい。
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ポコラート記念展――世界は偶然なのか、必然なのか
秋葉原から上野に向かう、地下鉄末広町駅そばのアーツ千代田3331でいま「ポコラート世界展 偶然と、必然と、」が開催されている。僕が中学生だったころはここが隣の学区の錬成中学校だったが、それが人口減少で廃校になったあと、いま東京における現代美術の拠点のひとつになっているのはちょっと感慨深くもある。 アーツ千代田3331が2010年にオープンした当初から続けられている企画が「ポコラート(POCORART)」。今年の「偶然と、必然と、」はその10回目の記念展として、世界22ヶ国の作家50名による作品240点余が集められた、これまでのポコラートとは少々おもむきの異なる展覧会になっている。 そもそもポコラートとは Place of “Core + Relation ART” の略で、その意味は「障がいの有無に関わらず人々が出会い、相互に影響し合う場」なのだそう。
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彼らはメキシコになにを見つけたのか ――「メヒコの衝撃」@市原湖畔美術館
房総半島のほぼ真ん中、巨大な人工湖である高滝湖を臨む丘にある市原湖畔美術館。東京都心からクルマで行けばアクアラインを経由して1時間ちょっとだが、電車だとなかなか大変。アクセス的には難易度高めだが、本メルマガでは2017年04月26日号「房総の三日月」で取り上げ、同じ2017年には「ラップ・ミュージアム」展というヒップホップをフィーチャーした展覧会を開催したり。都心の大きな公立美術館とはちょっと異なるスタンスの、柔軟な企画がいつも気になるミュージアムだ。 その市原湖畔美術館で現在開催中なのが「メヒコの衝撃」展。よくあるメキシコ現代美術展かと思ったら、サブタイトルに「メキシコ独立200周年 メキシコ体験は日本の根底を揺さぶる」というふたつのサブタイトルがついている。これはつまりメキシコを訪れ滞在した体験が、みずからの制作への大きな影響だったり転機となったりした、日本人アーティストたちを集めたグループ展なのだった。
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B全の銀河系――アングラ演劇傑作ポスター展@寺山修司記念館
珍日本紀行の取材で青森県三沢市の寺山修司記念館を初めて訪れたのは1997年だった。それから何度か展覧会を観に行ってはいたけれど、いま「ジャパン・アヴァンギャルド ―アングラ演劇傑作ポスター展―」を開催中と知って、どうしても観ておきたくなった。 ご存じのかたも多いと思うが、寺山修司記念館はポスターハリス・カンパニーの笹目浩之さんが副館長をつとめている。東京中のお店に演劇や映画のポスターを貼ってまわる、というあまりにピンポイントな仕事を専門とするポスターハリス・カンパニーを立ち上げたのが1987年のこと。94年からは現代演劇ポスターの収集・保存・公開プロジェクトを設立し、渋谷にギャラリーも開いている。道玄坂裏のラブホテル街にひっそり開いていたポスターハリス・ギャラリーは残念ながらいま休館中だが、2014年にはご近所のアツコバルーと共催で『ジャパン・アヴァンギャルド ―アングラ演劇傑作ポスター展』を開催。このときはポスターハリス・ギャラリーが天井桟敷、アツコバルーで状況劇場、黒テント、自由劇場、大駱駝艦などと分けて展示されたが、今回は記念館の企画展示エリアで100枚以上のポスターを一挙に展示。しかも当時のチラシやチケットなど関連資料も並べられ、小川原湖畔ののどかな環境に、そこだけ60年代アングラ演劇の異様なエネルギーが渦巻いていた。
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アメリカから里帰りした京都の「色」気
7月末に京都に出張したとき、ホテルのロビーで小早川秋聲展「旅する画家の鎮魂歌」のチラシを見つけた。あの、戦死した日本兵の顔を日の丸の旗で覆った特異な戦争画《國之楯》で知られる日本画家。会場の京都文化博物館はホテルのすぐそばだったので、東京に帰る前に寄っておこうと足を運んでみると、まさかの開催前(8月7日から)……。入場券売り場で呆然としていたら、「戦後京都の「色」はアメリカにあった!」という展覧会のポスターが目にとまった。サブタイトルには「カラー写真が描く<オキュパイド・ジャパン>とその後」とある。せっかくなので入場してみると、予想外に興味深い写真ばかり! 70年前に撮られた京都の街は、もちろんいまとはちがうけれど、けっこう一緒だなと思える場所もたくさんある。そしていまは(コロナ禍前は)インバウンド観光客であふれていた場所に、そのころはジープに乗った進駐軍の米兵たちが闊歩している。街と人間、さらには地元のひとびとと兵士たち。妙な違和感と、でも観光都市という特性なのか、異質な人間が街景に溶け込んでもいるようで、すごく興味深い。焼け野原の東京からやってきて、空襲による破壊をほぼまぬがれて戦争前そのままの景観にいきなり踏み入れた兵士たちの興奮、タイムトラベル観光気分まで伝わってくるようだ。
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Walls & Bridges 壁と橋の迷宮で
前回、国立新美術館での「ファッション イン ジャパン」展を紹介したニコニコ美術館から、「東京都美術館で開催中のイサム・ノグチと「Walls & Bridges」を特集するのでどうですか」とお誘いが来た。僕ごときがイサム・ノグチを語るなんて……とたじろぎ、「Walls & Bridges」のほうはあまり気にしてなかったし……とためらったら、「イサム・ノグチは冒頭ちょっとだけで、「Walls & Bridges」のほうをしっかりやりたいんですけど、都築さん気に入りそうな展覧会なので」と押されて承諾。8月21日に生配信された番組をご覧いただいたかたもいらっしゃるかも。コロナ禍で1年延期になったりして、期せずして両方のキュレーションを同時に手がけることになった学芸員の中原淳行さんに案内してもらう2時間半ほどのプログラムだったが、ほぼノーマークだった「Walls & Bridges」がすごくおもしろかったので、今週は当日の会話をなぞりながら展覧会を紹介させていただく。展覧会は10月9日まで開催中。ニコニコ美術館もまだアーカイブ視聴できるようになってます。
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ただそこにいるひとたち ――二本木里美の2冊の写真集
薬局を経営していた父親のほぼ唯一の趣味が書店巡りだったので、小学生のころから日曜日になると神保町の古書店街に連れていかれた。時には大通り裏のすずらん通りやさくら通りにあった映画館で戦争ものや怪獣ものを見て、靖国通りを走っていた都電に乗って帰る小学生時代を送り、中学生になると自分で通うようになって……そのころから覚えている古書店のひとつが小宮山書店だった。 むかしは文学や哲学の難しい本が並んでいた覚えがあるが、いつのまにかアートやデザイン、それにアンダーグラウンドなテイストが強くなっていった小宮山書店に、先日メルマガでも紹介した根本敬の「画業40周年記念展」を見に久しぶりに立ち寄ったときのこと。階段状になった店内の、根本くんのひとつ下のフロアで展示してあった二本木里美という写真家の、ゲイボーイたちを撮ったプリント群にぎゅっと胸を掴まれた。
book
大阪に舞い降りたアメリカン・ドリーム
ヴィンテージ、ではなくて単なる中古の格安ステレオで音楽を楽しもうという連載「『ステレオ時代』の時代」を昨年連載してくれた澤村信さんから、「うち(ネコ・パブリッシング)から都築さんが好きそうなムックが出ます」と教えてくれたのが、『CLASSIC AMERICAN CARS OF 1960'S JAPAN アメリカ車の時代 1960年代・大阪』という長い題名のムック。1979年に創刊された老舗自動車雑誌『カー・マガジン』の別冊として、9月に発売になったばかりだ。しかしどうして澤村さんに、僕のアメ車好きを知られたのだろう!
art
塔本シスコ、日常の楽園絵巻
9月4日から始まっているので、もう行かれたかたもいらっしゃるだろう、世田谷美術館で「塔本シスコ展 シスコ・パラダイス」が11月7日まで開催中だ。 塔本シスコをこのメルマガで取り上げたのは2013年10月02日号「百年の孤独――101歳の現役アマチュア画家・江上茂雄の画業」で、熊本県荒尾市に住む101歳の現役アマチュア画家、江上さんを取材。そのとき荒尾に隣接する福岡県大牟田市と田川市で彼の小さな展覧会が開かれていて、ちょうど同じ時期に熊本市から南下した宇城市の不知火美術館で始まったのが塔本シスコ展。僕が塔本シスコの作品をまとまって見ることができた初めての機会だった。
book
国ちゃんの「手紙」
先週の告知で京都ホホホ座ねどこでの出版記念展を紹介した松本国三の『手紙 松本国三』。存命・現役のアウトサイダー/アールブリュットの作家としては異例のボリュームとなる4冊組作品集だ。今週は国ちゃん(付き合いが長いのでそう呼ばせていただく)と制作のお話を書かせていただく。国ちゃんの創作については2003年にデザイン誌『IDEA』で掲載、2009年には『現代美術場外乱闘』(洋泉社刊)に収められたが、長く品切れのままなので……そのときに書いた文章も挟みながら、あらためて紹介してみたい。
photography
細江英公という怪物
ロードサイダーズにはもうおなじみ、山梨県の清里フォトアート・ミュージアムでは夏から「細江英公の写真:暗箱のなかの劇場」が開催中だ(12月5日まで)。戦後日本写真史のなかで、細江英公は重要な一章を占めるフォトグラファーであり、その膨大な作品群はいまもテーマごとに大小さまざまな展覧会が日本各地、また海外で開かれているが、今回は1960年代に取り組んだ、そして細江英公の名を世に知らしめたシリーズを横断的に、それも発表時(つまり約60年前!)のヴィンテージ・プリントで見せるという、細江さんとしてもかなり珍しい展覧会である。
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信濃の国の妖怪劇場
文科省の統計によると、全国には1064館の美術館があるそうだ(2015年調べ)。こんな仕事をしているからずいぶんいろんな美術館に行ってきたと思うけれど、それでも全体の1割にも届かないはず。人生の残り時間を考えると、あとどれくらい行けるのか……。そのなかでもっとも美術館の多い県は東京都(88館)ではなく、なんと長野県(110館)。さすが教育県といわれるだけあるが、今回訪れた山ノ内町立志賀高原ロマン美術館も、訪れるのは初めて。本メルマガでは2016年07月13日号「北国のシュールレアリスト――上原木呂2016展によせて」、2020年11月11日号「木呂とマメとBOROの一幕劇」で紹介した上原木呂さんの大規模な個展「上原木呂 妖怪画展 つくも神と百鬼夜行」を観覧に行ったのだった。
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死刑囚表現展 2021、誌上展覧会!
先月(10月20日号)紹介した「死刑囚表現展 2021」。これまでずっと毎年10月に開催される世界死刑廃止デー企画「響かせあおう死刑廃止の声」会場で、絵画や文章作品がロビー展示されてきた。しかし去年に続いて新型コロナ感染防止のために今年も応募作品の全点を展示することができず、かわりに11月5日から7日までの3日間、昨年と同じく中央区入船の松本治一郎記念会館で全作品展示イベントが開催された。 僕が行ったときもかなりの盛況だったけれど、3日間だけでは予定が合わず行けなかったひともたくさんいるだろう。これから日本各地で巡回展が開催される予定だが、会場の関係で全点が展示できるとはかぎらない。また図録もいまのところ予定がないということで、今週は主催の「死刑廃止のための大道寺幸子・赤堀政夫基金」にお願いし、一部をのぞいた全作者による作品を誌上公開させていただく。
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存在のこたえられない軽さ
東京でアートギャラリーめぐりをしているひとは、ここ数年徐々にギャラリーが東京の東側にシフトしていることに気がつくだろう。江東区冬木はもともとの木場エリアで、材木商の冬木屋から町名がつけられている。前は材木屋だったという天井の高い空間を持つギャラリーM16(いちろく)は、この夏にオープンしたばかりの新しい画廊。そこではいま木彫家・内堀麻美の個展「もの懐かしさ」が開かれている(11月28日まで)。
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あらゆる場所にいた和田誠
10月9日から始まっている初台・東京オペラシティアートギャラリーの「和田誠展」、もうご覧になったかたもいらっしゃるだろう。2019年10月に83歳で亡くなった和田誠の、これは初の大規模回顧展であり、東京のあと来年から熊本、新潟、北九州、愛知など各地への巡回がすでに予定されている。 この7月から10月までは和田誠と同時代に、正反対の作風でやはり圧倒的な影響力を持つグラフィック・デザイナー/イラストレーターだった横尾忠則の(画家としての)大回顧展「GENKYO横尾忠則」が東京都現代美術館で開催された。和田誠は1936年4月10日・大阪府大阪市生まれ、横尾忠則は同じ1936年の6月27日におとなりの兵庫県西脇市生まれ。2ヶ月違いの同年代であるふたりの展覧会が、期せずして同時期に開かれたことが、個人的にはすごく感慨深くもあった。ちなみに「GENKYO横尾忠則」は作品点数600点以上だったが、「和田誠展」のほうはなんと作品・資料あわせて約2,800点という……長時間滞在必至の大回顧展である。
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カセットテープ・スクラッチャー、大江戸テクニカ!
このところ何度か紹介している吉祥寺の怪しげなハードコアショップ「吉祥寺111(スリーワン)」でのイベント告知をつくっているとき、「大江戸テクニカ」というDJのことを教えてもらった(オーディオテクニカじゃなくて!)。カセットテープDJと聞いて、ああ最近あるよな~とか聞き流しそうになったけれど、「それが自作のプレイヤーを使って、カセットでスクラッチするんです!」と店主の佐々木景くんに言われて、すぐに紹介してもらうことにした。
art
上野公園のエブリデイ・ライフ
今年9月15日号で紹介した「Walls & Bridges 壁と橋の迷宮で」の取材に行ったとき、「次は公募団体展の作家たちの企画展やります」と聞いて、すごく興味が湧いた。公募団体展……近現代の日本美術界を良くも悪くも象徴する独特のシステム。意識高い系の現代美術ファンは、団体という言葉を聞くだけで後ずさるかもしれず(そうでもない?)。上野公園の東京都美術館ではいま「Everyday Life : わたしは生まれなおしている」を開催中。先月から始まっていて、もっと早く取材したかったのだが、ようやく紹介できてうれしい。
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トランス島綺譚 ――インドネシア・アンダーグラウンドの現在 01 (文、資料提供:金悠進、泉本俊介)
ロードサイダーズのSNSはFacebookページがメインで、Twitterが少し、Instagramはそんなに使ってないけれど、1年ぐらい前だったろうか、摩訶不思議な動画が流れてきて、一瞬でこころを掴まれてしまった。 いわゆるファウンドフッテージというか、ネットやテレビから適当に見つけたとおぼしき映像に、ハードコア・トランス系の音が乗っていて、ものすごくビザールで、ものすごく魅力的でもある。かっこよすぎて、見ていて苦しくなる。 どうもインドネシアからの書き込みらしいことはわかったけれど、Gabber Modus Operandiというユニット名の読み方さえわからず(GMO ガバル・モドゥス・オペランディ)、そこから辿った発信者らしいICAN HAREM(イチャン・ハレム)という人物も謎めいている。
lifestyle
よし子さんのいた街 1 よし子さんのコメントレコード展と汚レコード・コレクション
去年10月末の3日間、東京都江東区東陽町のダウンタウンレコードで、いっぷう変わったレコード展が開かれた。「あなたの知らないよし子さんの世界 伝説のゲイバー『山路』よし子さんのコメントレコード展」と題したその展覧会に、誘ってくれるひとがいて観に行ったのがきっかけで、僕はこの2ヶ月あまり伝説のよし子さんの世界に取り憑かれてしまった。
lifestyle
よし子さんのいた街 3 (文・写真提供:わこ店主・明石さんほか)
阿佐ヶ谷のバー「山路」とよし子さんをめぐる旅の最終回となる3回目。先週の島田十万さんの文でも紹介された、山路のすぐそばにあったカウンター居酒屋「わこ」を営みつつ、晩年のよし子さんをずっと、いちばんそばで見守り、亡くなってからの整理も引き受けた明石さんに、よし子さんとの日々、よし子さんがいなくなってからの日々を振り返っていただいた。 明石さんたちはよし子さんが亡くなったあと、2020年のゴールデンウイークに「山路お見送り」、2021年には「没後5年・山路よし子さんの思い出展」という2回の追悼イベントも開いている。会場で展示された、生前のよし子さんを偲ぶたくさんの資料も貸していただけたので、明石さんの回想記とともにお目にかける。 3週にわたる連載をさせていただいた関係者、協力者のみなさまと、天国で見てくれているかもしれないよし子さんにも深く感謝したい。よし子さん、どうもありがとう! あっちでも絶妙の選曲で、神様たちを踊り狂わせてますように。
art
湯けむりの彼岸――大竹伸朗「熱景」
もう報道やSNSの投稿でご覧になったかたも多いだろうが、愛媛・道後温泉本館の保存修理工事現場をすっぽり覆う、大竹伸朗による巨大なテント絵(というのか)〈熱景 NETSU-KEI〉が去年12月にお披露目、なにも知らずに来た入浴客を驚かせた。 30メートルx30メートル、高さ20メートルというサイズは、ずいぶん遠くまで離れないと全容を写真に撮れないくらいの、まさに「景」。しかも2009年には直島にこれも建物まるごとの〈直島銭湯「I♥湯」〉をつくっているので、2つめのお風呂作品! 銭湯の看板絵を描くアーティストはたくさんいるが、お風呂まるごとを2つも手がけたアーティストは珍しいかも。
art
おかんアート村の住人たち 1 嶋暎子さんのこと
おかげさまでオミクロンにも負けず、一部Twitter民の罵倒にも負けず、いまのところ開館を続けられている「Museum of Mom's Art ニッポン国おかんアート村」。しかしこの先どうなるか予断を許さないので、できたら早めに足を運んでいただけるとうれしいです。 ご覧になったかたはおわかりだろうけど、会場は1千点以上の作品で埋め尽くされているので、10年以上の取材でめぐりあったおかんアーティストたち、ひとりひとりのパーソナリティにはほんの少ししか触れられなかった(それでも通常の展覧会に較べれば、はるかに多量のテキストが壁面を埋めているけれど)。なのでこれから少しずつ、特に印象深かったアーティストのひとたちを紹介していきたい。
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暗く冷たい世界で熱を帯びるウィルスと僕ら――アントワン・ダガタ「VIRUS」
今年の初めごろには「日本人は清潔好きだし、コロナもそろそろ収束か」なんて呑気な気分だったのが、いまや緊急事態宣言再発出の瀬戸際に脅える毎日。そんななかで、2020年に新型コロナウィルスによってロックダウンされたフランスで撮影されたアントワン・ダガタの「VIURS」が恵比寿のナディッフアパート3階・MEMギャラリーで開かれている。2020年から世界各地を巡回しているこのシリーズの、日本では初の展示である。
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おかんアート村の住人たち 3 森敏子さんのこと
東京都渋谷公園通りギャラリーで開催中の「Museum of Mom’s Art ニッポン国おかんアート村」。厖大かつ珠玉のおかんアートが並ぶメインの展示室1のなかで、その悶死級のかわいさ、愛らしさでとりわけ人気を集めているコーナーのひとつが森敏子さんの陶芸作品群だ。 神戸市長田区の路地に面した家にお住まいの森敏子さんは、いま83歳。今回の展覧会の共同キュレーターであり、会場デザインも担当してくれた建築家であり下町レトロに首っ丈の会の隊長でもある山下香さんが、行きつけのマッサージ屋さんの券売機の上に飾ってある陶芸作品に魅了され、さっそく紹介してもらってお付き合いが始まったことから、展示に参加していただいたくことができた。
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おかんアート村の住人たち 4 系谷美千代さんのこと
神戸市兵庫区にお住まいの系谷美千代さん。家事と子育てをしながら(67歳で子ども4人、孫7人!)、ずっと習字の先生をしている。阪神淡路大震災でお宅が被災、小学校の体育館で避難生活をしていた経験から、いつか恩返しをしたいとずっと思っていたそう。 神戸のほかに地方にも習字を定期的に教えに行っていて、北陸で出会ったのが紙でつくる花。仲良しの生徒さんがお姉さんの家でお茶に誘ってくれたときに、こんな紙の花がたくさん飾ってあったという。
art
「ドキュメントとしての表現」展を見て
少し前になるけれど、今年1月12日から16日までの5日間、埼玉県浦和市の埼玉会館で「ドキュメントとしての表現」という小さな展覧会が開かれた。埼玉会館の展覧会では本メルマガでおなじみの障害者支援施設・工房集が主催する大規模なグループ展「問いかけるアート」を2020年10月21日号で紹介したが、今回は南関東・甲信ブロック(東京都、千葉県、神奈川県、山梨県、埼玉県、長野県)で活動する障害者芸術支援センターと、長野県の信州ザワメキアート展2021実行委員会が協力して開催された合同企画展。埼玉、東京、長野、千葉の4都県に在住する9名の作品、約150点が展示されているが、その大半は障害者施設以外の場所で個人的な活動を続けている作家たちというところが、通常の障害者アート展とずいぶんちがう。
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柄に溺れてシンガポール・スタイル
このメルマガは週刊というせわしないペースなので、展覧会の紹介記事だったらなるべく会期の早めに取材して、読んでくれたひとが足を運んでもらえるようにこころがけている……けれど、取り上げたい展覧会すべてをそんなふうに回れるわけもないので、閉幕まぎわに駆け込み、というケースも少なくない。今週紹介するのは、残念ながら先月末で終わってしまった展覧会。最終日に急いで観に行った福岡市美術館の「シンガポール・スタイル1850-1950」だ。
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糸はエロス、それは愛! 吉元れい花のダイナマイトストリッパーズ降臨祭
向ヶ丘遊園駅からてくてく歩いて行くと20分ほどであらわれる川崎市の生田緑地。その丘をさらにてくてく登っていくと、川崎市岡本太郎美術館がある。 岡本太郎美術館では1997年から毎年「岡本太郎現代芸術賞」という公開コンペが開かれている。これまで本メルマガでは2014年の受賞者であるサエボーグ(2月26日号)、小松葉月(12月17日号)を紹介してきた。25回目となる今年の大賞(2021年度・TARO賞)を受賞したのは吉元れい花さんの《The thread is Eros, It’s love!》。芸術賞始まって以来、初めての刺繍作品の受賞である。
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桜の下の切腹天女
ロードサイダーズを立ち上げたばかりの2012年2月に、「烈伝・ニッポンの奇婦人たち」の第2回として、切腹パフォーマンス・アーティストの早乙女宏美さんを前後編2週にわたって紹介させてもらった(ちなみに第1回は山口湯田温泉『西の雅・常盤』の宮川高美女将)。 現在は札幌を拠点に活動中の早乙女さんから、久しぶりに連絡をいただいた。群馬県高崎市郊外に住み暮らす佐藤宗太郎さんというかたが自宅の庭で「園遊会」を開き、そこで切腹パフォーマンスをするので見に来ませんか、というお誘いだった。園遊会で切腹って……。
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モンド改め奥村門土・東京展開催!
ロードサイダーズのみなさまにはもうおなじみ、福岡のモンド画伯。似顔絵から始まったイラストレーションにとどまらず映画デビューも果たし、もうミュージシャンのボギーさんの長男という説明が不要の活躍ぶりだ。 2003年生まれのモンドくんと出会ってから、もうすぐ10年になる。2013年10月02日号「天使の誘惑――10歳の似顔絵師・モンド画伯の冒険」で紹介したのが最初(ちなみにその号は同じ九州の101歳の現役アマチュア画家・江上茂雄さんも紹介、ものすごい年齢差の記事が並んだ)。そのときモンドくんは10歳、小学4年生だったのが、いま17歳で高校を卒業したばかり。アーティストネームを「モンド」から本名の奥村門土にあらため、創作活動に専念する人生を送り始めたところだ。
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ヌキ本――苦痛と快楽の果てに
とりあえずこのチラシを見てほしい。「令和4年度 KAC主催 アート5人展」……あまりにシンプルで引っかかりゼロのへなちょこタイトル。これで「行かなきゃ!」と思うひとがどれくらいいるだろうか。しかもKAC(亀戸アートセンターの略)は、アートセンターという立派な名前とはウラハラの小さなギャラリー。最寄り駅の都営新宿線大島から徒歩12分、亀戸駅からだと徒歩20分という……。 「5人展」の5人とはドキドキクラブ、wimp、wu-tang、四本拓也、ヌキ本。このメンバー表を見て「行かなきゃ!」と興奮したひとが何人いるかわからいけど、僕は興奮しました! なぜなら久しぶりにドキドキクラブくんに会えるから。
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ふたたび妖怪たちのいるところ
中国地方のちょうど真ん中あたりに位置する広島県三次(みよし)市。江戸時代から浅野藩の城下町として栄えた三次が「もののけのまち」として町おこしをはかり、2019年に開館したのが湯本豪一記念 日本妖怪博物館、通称「三次もののけミュージアム」。日本屈指の妖怪コレクターである湯本豪一(ゆもと・こういち)さんの30年以上をかけた約5千点におよぶ膨大なコレクションをもとにした、もののけ=妖怪に特化したミュージアムである。 ロードサイダーズでは2021年7月14日号で「妖怪たちのいるところ」と題して、開催中だった企画展「幻獣ミイラ大博覧会―鬼から人魚まで―」を特集。コロナ禍が始まる前に訪れることができて幸運だった。そもそも2020年春に開催された「妖怪のかたち 魔像三十六体と百体の謎」で、展覧会タイトルにもある謎に包まれた木彫妖怪像の立像36体、座像100体、あわせて136体が一挙に展示されると聞いて、すごく興味を惹かれたのが始まり。ただ、ちょうどコロナ禍が始まったころで「妖怪見物旅行」できる時期ではなく断念したのだった。 そしてようやくコロナ禍が一段落しかけてきた現在、もののけミュージアムでは春の企画展「妖怪のかたち2 あつめて・くらべて・かんがえる」を開催中(6月7日まで)。
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クイーン・オブ・バッドアート降臨! 前編
つい先月、5月の連休の終わりごろ。世田谷区用賀の都立砧公園はオミクロン株も一段落という気分の老若男女で大賑わい、公園内の世田谷美術館も出版120周年を記念したピターラビット展で活気に溢れていた。その賑わいを横目に僕が向かったのは、閑散とした区民ギャラリーの一室。ここで5月3日から8日までのたった6日間、「女系家族 パート3」という小さな展覧会が開かれていたのだった。
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クイーン・オブ・バッドアート降臨! 後編
先週号「クイーン・オブ・バッドアート降臨! 前編」で紹介した新開のり子さん。お母さん、お姉さんとともに5月3日から8日まで世田谷美術館区民ギャラリーで開いたグループ展「女系家族 パート3」の様子を先週はお見せしたが、今週はいよいよ本編! 新開のり子さんのビザールな鉛筆ドローイング世界へとお連れする。 新開のり子は1972年東京都港区生まれ、今年50歳。長く暮らす世田谷区内のご自宅に伺い、お話を聞くことができた。
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盆栽という登山口に立って
旧知の写真家ノーバート・ショルナーがいまフランクフルトの応用美術館で「The Nature of Nature」という展覧会を開いている。いつもだったら現地で展示を見て記事をつくりたいけれど、まだ気軽にヨーロッパに行ける状況ではないし……と悩んでいた先月、ロンドンから鎖国明けの東京を訪れたノーバートに展覧会の写真を見せられ、少しでも早く紹介しなくては!と気持ちが焦った。 ノーバート・ショルナーはこのメルマガでも2012年07月18日号「サードライフにようこそ」、食品サンプルを美しくシュールな写真作品に仕立てた「食卓の虚実」(2017年05月17日号)など、何度か紹介してきた。
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探すのをやめたときに見つけたもの
今年1月22日(土)から 4月10日(日)まで渋谷公園通りギャラリーで開催された「Museum of Mom's Art ニッポン国おかんアート村」。いま考えるとオミクロン株が猛威を振るうさなかに、よく全日程無事に開催できたものだと思うけれど(中止になった展覧会もたくさんあったし)、同時期に制作していた作品集がようやく完成。今月30日あたりから書店に並ぶはず(Amazonなどではすでに予約開始)! 書名は「Museum of Mom's Art 探すのをやめたときに見つかるもの」。あえて「おかんアート」という言葉を入れなかったのは、展覧会でプチ炎上したからとかではなくて(笑)、公園通りギャラリーでの展覧会とはまた別物の作品集として見てもらえたら、という思いも込めている。 おかんの辞書に断捨離はない! 来るものは拒まず、去るものも去らせない。とりあえず取っておけば、いつか役に立つ。そしてある日、おかんにひらめきの瞬間が訪れる――アレをああやったら、かわいいのできるやん! こうしておかんアートは生まれた(たぶん)。
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第8回・心のアート展を見て
体温を超えそうな猛暑に見舞われた東京で6月28日から7月3日までの6日間、池袋の東京芸術劇場内のギャラリーで恒例の「心のアート展」が開催された。先だって告知でもお知らせしたが、今年8回目になる「心のアート展」がスタートしたのが2009年。このメルマガでは2015年の第5回から毎回取材させてもらってきた。今回の第8回はもともと去年開催予定だったが、コロナ禍により1年延期を余儀なくされ、今年開催となった。
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歌謡映画さえあればいい
日本映画といえばクロサワだのミゾグチだのが王道だろうが、僕がいちばん好きなのは昭和のいわゆる「歌謡映画」。ある歌謡曲がヒットすると、それにあわせて急いでつくられたB級娯楽映画のこと。ストーリーも脚本も撮影もぜんぶ適当、ただヒット曲に乗っかっただけの、映画として特筆すべき点ゼロの娯楽作品だ。うまく説明できないけれどそんな歌謡映画が昔からほんとうに大好きで、かつては平日の昼間のテレビで放映されていたのをこまめに録画したり、VHSやDVDを買い集めてきた。 6月の終わりに熊本市でトークイベントがあり、どこかに寄って帰りたいなと調べていたら、北九州の門司にある松永文庫という映画資料館で「歌謡映画資料展」と題された展示があり、うれしくなって寄り道してみることに。
photography
どこにもない世界のうつゆみこ
ロードサイダーズにはおなじみ、中野区新井薬師前の写真ギャラリー(+カウンターバー)スタジオ35分でいま、うつ ゆみこ写真展『いかして ころして あたえて うばって』という奇妙な展覧会が開かれている。 うつさんは写真学校で講師を勤めたり、コマーシャルな撮影に関わったりしながら、自分の作品もつくりつづけていて、もう10数年にわたって個展、グループ展での発表、ZINEもたくさんリリースしてきた。今回の展示はそのタイトルが暗示するように生きもの(の死骸)をモチーフにした作品群。
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紅子の色街探訪記
ノスタルジックな遊郭や赤線の残景に惹かれるひとは多いが、8月1日に荒木町のアートスナック番狂わせで始まったばかりの写真展「紅子の色街探訪記」は、ノスタルジーとしての色街風景を並べながら、そこに仄かなノイズのようなものが含まれているようで、「色街写真家」と名乗る紅子さんのことが気になった。 「紅子の色街探訪記」は1ヶ月の会期のうち、8月1日から16日までの前半が「現代に生きる色街」、17日からの後半が「遊郭・赤線・花街の跡地」と題した前後半二部構成の写真展。紅子さんはこれが初めての写真展であり、展示にあわせてつくられた2冊の作品集も、初出版物だという。
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うなじの匂い
ロードサイダーズにはもうおなじみ、福島県が誇る本宮映画劇場の秘蔵ピンク映画ポスター・コレクションをご開帳した「本宮映画劇場 ポスター番外地 ~野方闇市篇」@野方文化マーケット。5月25日号、6月15日号でも紹介したが、ポスターと共に興味深かったのが、6月11日に行われた「津軽のため息・哀愁の重ね着女うなじ嬢」によるポスター惹句朗読タイム。 漫画家お東陽片岡先生お墨付きの「お湿りヴォイス」で女の切なさ、痛み、情念を語ります… なんて書かれていて、なにがなんだかわからないけれど見逃す選択肢はない!というわけで駆けつけ、運良く味わえた「お湿りヴォイス」。しかし「哀愁の重ね着女うなじ」って、いったいどんなひとなんだろうと興味は募り、7月13日に西荻のスナックで開催された定員8人のライブ「うなじ&米内山尚人/背徳の中央線」に足を運び、後日ゆっくりお話を聞く機会も持つことができた。野方文化マーケットのイベントもそうだったけれど、ここが2022年の東京か!と目と耳を疑う場末の昭和感……時空を超えた「津軽のため息」をたっぷりご賞味あれ。
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2022年の天野裕氏
今年になって二度、天野裕氏(あまの・ゆうじ)に会った。1月と6月、場所は東京の定宿である歌舞伎町東横インのロビー脇食堂エリア。小さなテーブルで新作の写真集を1時間ずつ、じっくり見せてもらった。 コロナ禍が始まって2年。「コロナでどう変わりましたか」というのはよく受ける質問で、僕自身は海外取材(とスナック取材)ができなくなったくらいでたいした変化も不便も感じなかった。でも「天野くん、どうしてるだろう」とは、ときどき気になっていた。天野くんはこの数年間、実は僕がいちばんすごいな、と思ってる写真家なのだ。
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立ち上がる石の群れに
吉祥寺の小さなマンションの1階に「111」という小さな店がある。このメルマガでも何度か紹介したグラフィックデザイナー佐々木景が営むショップ兼ギャラリー。景くんはアダルトDVDからハードコア・ミュージシャンのジャケットまで、なんでもハードな方面が大好物のデザイナーで、ショップもそんなテイストの書籍、音源、雑貨などがぎゅう詰め。その景くんから「こんどチンコ型の石の展覧会をやるんで、作家に会いに行きませんか」と誘われた。 久保田弘成(くぼた・ひろなり)というアーティストにはかすかに聞き覚えがあって、もともとはボロボロの自動車を巨大な回転台に装着して(縦方向に)ぐるぐる回すという、わけのわからない、しかしエネルギーだけは爆発的な作品をいろんな場所で披露して、僕もいちどだけ現場で見たことがあった。
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異性装の日本史
すでにSNSでも話題となり、気になっているひとも多いであろう展覧会が9月3日に渋谷区立松濤美術館で始まったばかりの「装いの力——異性装の日本史」。異性装という言葉は、女装する男性や男装する女性、つまり身にまとう衣服によって性別の壁を越えたときに立ち現れるちからを、神話の時代から現代まで美術史の面から通観しようという、きわめてユニークな展覧会だ。
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ウェルカム・トゥ・ザ・ゾンビランド
秋葉原駅地下から出発するつくばエクスプレスで約1時間。終点のつくば駅で降り立ち駅前の公園を抜けると、茨城県つくば美術館がある。美術館と銘打ってはいるがここは県営の貸しギャラリーで、広々とした会場の半分で日本画の展覧会、もう半分で「わたし/わたしたちのウェルビーイング」というアーティスト13名によるグループ展が、9月13日から19日までの1週間、開かれていた。行った!というひと、どれくらいいるだろうか。 僕がこの展覧会を知ったのは、2021年01月06日号「サバービア・ガーデニング ――前川光平「yard」を見て」で紹介した写真家・前川光平が参加作家に加わっていて、前作「yard」では人家の奇妙な庭や玄関先を撮っていたのが今回は「案山子」がテーマということで、いっそう興味を惹かれたからだった。
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シング・ア・シンプル・ソング ――嶋暎子の昨日・今日・明日
今年1月から4月まで開催された「ニッポン国おかんアート村」(@東京都渋谷公園通りギャラリー)での、新聞紙バッグとコラージュ作品展示が大きな話題となった嶋暎子。嶋さんと出会ったのは展覧会の構成がほぼ固まった10月末のことだった。その出会いによって展示の内容をすっかり書き換えることになった経緯は、2022年2月2日号「おかんアート村の住人たち 1 嶋暎子さんのこと」で詳しく紹介した。 嶋さんと出会えたのはTwitterを眺めていて、世田谷美術館分館・市民ギャラリーで2021年10月27日から31日まで5日間だけ開かれていた「紙の船 嶋暎子個展」を知ったから。「どんなもんだろうなあ」くらいの軽い気持ちで行ってみた展示に驚愕、運良く会場にいらしていた嶋さんともお会いできたのだった。
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『ドライブ・レコーダー』――あいち2022を観て
7月30日から始まっていた「STILL ALIVE 国際芸術祭あいち2022」、閉幕が10月10日に迫って、日帰りでいそいで行ってきた。名古屋市内だけでなく一宮、常滑などに散らばった展示を回ることはとてもできず、メイン会場となった名古屋・栄の愛知芸術文化センターしか観られなかったけれど、閉幕までに間に合えば観てほしい展示があったので、今週はそれを紹介したい。
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museum of roadside art 大道芸術館、オープン!
先週の編集後記でひっそりお知らせしたとおり、東京墨田区の花街・向島に「museum of roadside art 大道芸術館」が10月11日、公式オープンした。 永井荷風の『墨東綺譚』で知られる「墨東」は隅田川の東側を指す。川を挟んだ西側(都心側)が浅草で、言問橋(ことといばし)を渡った東側がスカイツリーのある押上、向島、京島などを含む墨東地域。江戸時代から花街として栄え、『鬼平犯科帳』などでもしばしば登場するので、名前だけは知ってるというひとも少なくないだろう。 向島にはいまでも9軒の料亭が営業中で、70数名の芸者衆もいる。東京の芸者と言えば新橋、赤坂などが知られるが、実はいま東京で現役の芸者のほぼ半数が向島芸者で、この人数は京都祇園甲部といい勝負。京都で舞妓と呼ばれる見習いは東京では半玉と呼ばれ、東京の六花街(赤坂・浅草・神楽坂・新橋・芳町・向島)のうち、数名ながら半玉がいるのは向島だけとか。
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駐車場の怪物たち
ロードサイダーズにはおなじみ上野・新御徒町mograg galleryで、ただいま塙将良「HANAWANDER BREATH OF THE WILD」が開催中。これまで塙さんの作品は何度か紹介してきたが、作品自体はもちろん、前々から聞いていた彼の制作スタイルがすごく気になっていたので――なにせ工場労働のあと駐車場の片隅にクルマを停め、車内で作品をつくっているという――この機会にじっくりお話をうかがうべく、定宿ならぬ定位置だという千葉某所のケーズデンキ駐車場に、鋭意作業中の塙さんを訪ねた。塙将良(はなわ・まさよし)は1981年茨城県ひたちなか市生まれ、41歳。最近では日本以外にフランスのアールブリュット/ロウブロウ・アート・シーンでも注目を集める作家である。
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museum of roadside art 大道芸術館、オープン! vol.3
東京墨田区の花街・向島に10月11日、公式オープンした「museum of roadside art 大道芸術館」。最終回となる第3回は、2階から3階に向かう階段踊り場のバッドアート展示、そして3階の鳥羽秘宝館再現フロアにお連れする。 その前にいわゆる「バッドアート」のなにがそんなに僕のこころを捉えたのか、まとめてみたのでご一読いただきたい。
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栗山豊とアンディ・ウォーホル
Yahoo!ニュースを見ていたら「価値わからない・なぜ5点も・本物に感動…県が3億円で購入、ウォーホル作品に波紋」という刺激的(笑)な見出しが目に入った。「鳥取県がポップアートの巨匠アンディ・ウォーホルの木製の立体作品「ブリロの箱」5点を計約3億円で購入したことが波紋を広げている。2025年にオープンする県立美術館の集客の目玉として期待を寄せる一方、疑問の声も相次ぎ、県は急きょ住民説明会を開催する事態となった」(読売新聞10月27日より)。 記事によれば県は「都市部の美術館にないポップアートの名品を展示できれば、鳥取の存在感をアピールできる」として、2025年に倉吉市に新設する県立美術館向けに《ブリロの箱》を購入(1968年のオリジナル1点と死後の90年に制作された4点、計5点)。しかし9月の県議会では「日本人には全くなじみがない。米国にあってこそ意味がある」と批判があったほか、県教育委員からも「3億円を高いと感じる人がいる」「なぜ1点ではなく、5点必要なのか」といった不満が示された……のだそう。
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HEY! LE DESSIN 絵画とは素であり描であり 1
2年半待った。ようやく自主隔離もPCR検査もなくなって、まだ航空券は高額だけど我慢できず久しぶりの海外取材、いまパリにいる。日本からも死刑囚の絵画作品群が参加した(僕もテキストを書かせてもらった)、アルサンピエールで開催中の大規模グループ展「HEY! LE DESSIN」を見ておきたくて。 パリでいちばん高い丘。その頂上にサクレクール寺院がそびえるモンマルトル。ピカソやモジリアーニが住んだ安アパート洗濯船、ルノワール、ユトリロ、ロートレック……そうそうたるアーティストたちが青春を過ごしたモンマルトルは、パリ有数の観光地であるとともに、そのふもとにあたるマルシェ・サンピエール地区はパリ随一の生地問屋街。ファッション関係者にはとりわけよく知られる、まあパリの西日暮里というか。 カラフルな生地が店先からあふれ出す商店街の奥にあるのが、ミュゼ・アル・サンピエール。もともとはマルシェ(市場)だった19世紀の建物を改装、素朴派の作品を集めたマックスフルニー素朴派美術館として1986年に開館した。1995年からはアウトサイダーアート/アールブリュット/ロウブロウアート専門の展示施設として毎年1~2本の企画展示を開催している。
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HEY! LE DESSIN 絵画とは素であり描であり 2
先週に続いてパリ・モンマルトルの丘のふもとにあるアウトサイダーアート/アールブリュット/ロウブロウアート専門の展示施設、アルサンピエールで開催中の「HEY! LE DESSIN」から、2階展示室のアーティストたちを紹介する。先週も書いたとおり、約60名/組のアーティストが参加した「HEY! LE DESSIN」には、もちろんアウトサイダーアートあり、戦地の兵士たちの作品もあれば、タトゥーやグラフィティの下絵、原画もあり。「描くこと」の多様さと奥深さ、同時に技術的な修練も難解なコンセプトも飛び越える直感的な表現の可能性も強く感じさせる。「ひとから教わること」と「自分でつくること」のあいだにある決定的な差を、こうした野心的な展覧会があらためて僕らに突きつけてくれるのだ。
design
ポップアートとしての玉井力三
すでに終わってしまった展覧会を紹介するのは心苦しいが、11月15日まで東京・千代田区日比谷図書文化館で開催されていた「学年誌100年と玉井力三――描かれた昭和の子ども」は、一般メディアからSNSまでずいぶん取り上げられたので、気になったひと、観に行った!というひともたくさんいるだろう。僕も最終日の閉館30分前!に駆け込み観賞できたので、観に行けなかったひとたちのためにその内容と感想をお伝えしたい。
art
首都高を走るアート
2017年の末だから、いまからちょうど5年前になる。品川区大崎駅前の大崎ニューシティにある「O(オー)美術館」で『開通55周年記念・芸術作品に見る首都高展』(2017年12月16~20日)という、会期たった5日間の風変わりな展覧会が開かれて、その会場で佐々真(さっさ・まこと)さんという風変わりなコレクターに出会った。展覧会と佐々さんのコレクションは2018年02月28日号 収録「アーティストたちの首都高」にまとめたが、あれから5年、同じO美術館でふたたび佐々さんのコレクションを披露する「開通60周年記念 芸術作品に見る首都高展」が開かれることになった!
fashion
スカジャンとはなんだったのか
すでに話題になっている横須賀美術館の「PRIDE OF YOKOSUKA スカジャン展」。「スカジャン」は横須賀のジャンパーだからスカジャンなので、開館15周年を記念して開催された本展はまさしく横須賀ならではの好企画だ。ちなみに展覧会タイトルの英語表記は「PRIDE OF YOKOSUKA Exhibition of Souvenir jacket」。スカジャンは日本土産の「スーベニア・ジャケット」として世界に広まっていったのだった。 リリースに記されているテーラー東洋は、戦後にスーベニア・ジャケットなど衣料品を米軍施設に納入していた「港商商会」を前身に、現在に至るまで半世紀以上スーベニア・ジャケットを作り続けていて、この展覧会ではテーラー東洋が所蔵する貴重なヴィンテージ・スカジャン約140点が一堂に展示されている。
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夢は細部に宿る――「藤野一友と岡上淑子」展を見て
福岡市美術館で開催中の「藤野一友と岡上淑子」展が気になっているかたも多いだろう。 1928年、高知市生まれの岡上淑子は主に1950年から1956(昭和31)年にかけてのわずか7年間に洋雑誌を切り抜き貼り合わせたコラージュ作品を140点ほどつくりだし、長く忘れられたあと40年後の1996年に「再発見」され、いまや回顧展や作品集が目白押しのアーティスト。いっぽうの藤野一友は1928年東京生まれ。1950年代からシュールな幻想絵画を描き続けたが1980年、51歳で死去。ふたりは同年に生まれ、1957年に結婚した夫婦でもあった。「藤野一友と岡上淑子」展は、このふたりの作品を同時に展示する並列個展であり、ふたりの業績を通して当時のクリエイティブなエネルギーを感じることもできる、初の機会でもある。
photography
TOKYO HEAT WAVE ――鈴木信彦と渋谷の20年間
2012年にロードサイダーズ・ウィークリーを始めて以来、たくさんの無名のアーティストを紹介してきたが、この11年間の出会いでもっとも印象深かった写真家のひとりが鈴木信彦。最初は創刊した年の2012年、10月17日号「センター街のロードムービー」で特集し、そのあと2017年、新宿ゴールデン街naguneにおける個展でも紹介した。 鈴木さんは2006年にオーダーによるフォトブックで部数50ほどの作品集を刊行しているが、2022年11月、初めて一般書籍としての作品集「TOKYO HEAT WAVE」を発表。刊行記念として1月9日からゴールデン街naguneと、刊行元である新宿1丁目・蒼穹舎ギャラリーの2カ所で写真展を開催する(写真好きが集まるゴールデン街のnaguneは朝鮮語で「さすらいびと、流れ者、たびびと」の意味、今年20周年を迎える)。
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合田佐和子が遺してくれたもの
今年も見ておきたい展覧会がたくさんあり、その多くを見逃してきた。いま高知県立美術館で開催中の「合田佐和子展 帰る途もつもりもない」は11月の初めからスタートしていて、気になりながら行けないでいたが、1月15日の閉幕を前になんとか間に合い、こうして紹介できてほっとするばかり。 合田佐和子という名前に「お!」と反応するのは中年以上のひとがほとんどかもしれない。僕が社会に出た1970年代から80年代にかけて、合田さんはアート/イラストレーション界のスター的な存在でもあった。当時の合田さんは唐十郎の状況劇場や寺山修司の天井桟敷、それに商業ポスターの仕事の最盛期だったので、僕が最初に知ったのは売れっ子イラストレーターとしての合田佐和子だった。でも、そのころはアーティストよりもイラストレーターのほうが時代の先端にいると思われていたので、いまのイラストレーターという肩書きとはちょっと違うニュアンスというか、キラキラの存在感があった。
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南の島の愛の王国
今年は久しぶりのタイで正月を過ごすことができた。メルマガでは先週号から、11月に行ったパリのミュージアム紀行を始めたばかりだけれど、まだ数回は続く予定だし、タイでは2カ所ほど久しぶりにビザールな観光スポットを訪れることができたので、まずはそっちを先にご案内しようかと!
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極楽ってこんなに派手なの…… アユタヤのウルトラデコラティブ寺院参拝記
バンコクから北に約80キロ。アユタヤは1350年から1767年まで417年間にわたって、アユタヤ王朝の都として栄えてきた古都。壮大な遺跡群が並ぶ歴史公園はユネスコ世界遺産にも登録されている。東京から箱根ぐらいの距離なので、バスやタクシー・チャーター、列車、チャオプラヤ川を遡るクルーズなどさまざまな交通手段があり、日帰り観光で訪れたひとも多いだろう。16世紀初めから西洋諸国やアジアの国々から商人たちが交易で訪れ、日本人商人も最盛期には1000~1500人が日本人町で生活。その統領格が山田長政だった。
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メリーゴーランドから見えるパリ
ふと思い立ってすぐ行けるミュージアムもあれば、ずっと行きたいのに開館日時のタイミングが合わずに行けないままのところがあり、ミュージアムにも相性というものがあるんだなあと時々思う。パリ中心部から少し離れた12区のベルシーにあるミュゼ・デ・ザール・フォラン(Musée des Arts Forains)は、昔から行きたかったミュージアムのひとつであり、今回ようやく訪問がかなった。なにしろ開館が基本的に水、土、日のみで(11月末から12月いっぱいは水曜のみ)、それも1時間半のツアーを予約が必要。勝手な時間に行ってもダメで、3週間前から受け付ける予約もけっこう早く定員になるし、というハードル高いミュージアムなのだ。
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昭和が見た夢
梅田大阪駅からすぐなのに大阪屈指の下町感というか、庶民的なエネルギーあふれる天神橋筋商店街。全長2.6km、地下鉄2区間分の距離に600もの商店が軒を連ねる、日本一長いアーケード商店街である天神橋筋商店街が大好きというひとはたくさんいるだろう(僕もそのひとり)。『珍日本超老伝』で取り上げた食堂・宇宙家族も天神橋筋商店街を含む広大な繁華街・天満(てんま)の一角、天五中崎通商店街にあった。 出張では梅田周辺のビジネスホテルに泊まることが多いので、歩いても行ける天満はずっとなじみ深い場所だったが、これだけ通っていながら商店街の端の一端、阪急・天神橋筋六丁目駅と直結している「大阪市立住まいのミュージアム(愛称・大阪くらしの今昔館)」のことはまったく知らないでいた。「住まい」をテーマにした日本初の専門博物館として2001年に開館、もう20年以上経つというのに。
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捨てられなかった本のこと 01 A Wonderful Time
去年春、30数年ぶりに引っ越して、この機会に身軽になろうと一念発起。いろんなものを整理したなかで、本はたぶんダンボール箱200箱以上を業者さんなどに引き取ってもらった。もしかしたらいまごろ、そのなかのどれかを古書店で買ってくれたひとがいるかもと思うと楽しいが、それだけ処分しても新居に設置した壁一面の本棚からすでにあふれる状態。日常どうしても必要という本なんて一冊もないのに、冷蔵庫の奥に入れたままの調味料みたいに「とりあえずこれはもう少し置いておこう」という、捨てられなかった本が何百冊もあり、「捨てられないTシャツ」ではないけれど、個人的に「捨てられなかった本」のことを毎回一冊ずつ紹介したいと引越直後に思い立った。ずいぶん時間が経ってしまったけれど、これから毎週、というのは無理かもだが、なるべく頻繁に更新しながら、迷ったあげく処分できなかった本のことを書いていきたい。その一冊目はこれ、『A Wonderful time』という大判の写真集。実は僕がいちばん大切にしている写真集のひとつだ。
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マルセイユ・グラフィティ散歩
先月から「狩猟自然博物館」「移動遊園地博物館」と巡ってきたパリ・ミュージアム紀行。今週はちょっと遠足して南仏マルセイユに移動、街まるごとが美術館みたいなグラフィティ/ストリートアート散歩をしてみたい。 元タバコ工場を使った巨大な複合文化施設ラ・フリッシュで開催された『MANGARO』展を、2014年11月12日号「ヘタウマの現在形」で特集したマルセイユは、TGVでパリから約3時間。南フランス最大の都市でありパリ、リヨンに次いでフランス第3位の規模。紀元前600年に生まれたフランス最古の都市であり、地中海最大の貿易港でもあり、「フレンチ・コネクション2」や「タクシー」など多くの映画の舞台になってきたし、サッカー・ファンにとってはパリ・サンジェルマンと優勝を争う強豪アリンピック・マルセイユでも知られているだろう。
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漁師町とタイワニーズ・キャバレー ――沈昭良写真展「續行」
台湾通いの再開に羅東を選んだのは、羅東文化工場という複合文化施設でいま、沈昭良(シェン・ジャオリャン)の写真展「續行=Continuance Journey」が開かれているから。沈昭良は台湾を代表するドキュメンタリー・フォトグラファー。ロードサイダーズでは2012年5月23日号での写真集『STAGE』の書評にはじまり、2014年5月21日号「移動祝祭車」など、彼が長年にわたって記録してきた「ステージカー」シリーズを中心に何度も紹介してきた。2021年11月17日号では連載「Freestyle China 即興中華」で、吉井忍さんによるステージカー研究者への長文インタビューも掲載している。昨年12月29日に始まった展覧会は、長さ114メートルに及ぶ中空のスカイギャラリーを使って、半分をステージカーのシリーズ「STAGE」、もう半分を羅東近くの南方澳(ナンファンアオ)漁港を撮影した「映像・南方澳」にあてて、1995年から2021年まで30年間近くに及ぶドキュメンタリーの仕事を紹介している。
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祝祭の景色
国内出張でいちばんよく行く場所のひとつが神戸だ。三宮駅からJR三宮駅神戸線で4駅の住吉駅で六甲ライナーに乗って10分足らずの六甲アイランドには、ロードサイダーズでおなじみの神戸ファッション美術館がある。 神戸はいまから1973年に「神戸ファッション都市宣言」を発表。それから半世紀を経た2021年には「神戸らしいファッション文化を振興する条例」を制定。その目的は「市、事業者及び市民が共に、神戸らしいファッションを振興することにより、これを次世代に引き継いでいくこと」だそうで、「神戸らしいファッション」と言われても大半のひとにはピンと来ないと思うが、たしかに神戸にはファッショナブルなひとが多い気もする。
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地底の闇、地上の光 ― 趙根在写真展
埼玉県東松山市、のどかな風景が広がる都幾川のほとりに建つ丸木美術館。正式名称を「原爆の図丸木美術館」というように、画家の丸木位里(いり)・俊(とし)夫妻が共同制作した『原爆の図』シリーズを常設展示する美術館である。1967年の開館からすでに開館56年目、いまも反戦・反原発など社会性を強く打ち出した企画展を開いている。アクセスがいい場所ではないけれど、その不便さがまた孤高の立ち位置を象徴しているようでもある。 ロードサイダーズでは2019年05月08日号「サーカス博覧会」、2020年05月20日号「砂守勝巳写真展 黙示する風景」など折に触れて紹介してきた。その丸木美術館ではいま、「趙根在写真展 地底の闇、地上の光 ― 炭鉱、朝鮮人、ハンセン病 ―」を開催中。これも丸木美術館ならではの企画展だろう。
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レジスタンスとしての祝祭 ――ニューオリンズのブラック・インディアンズ
去年11月に久しぶりのパリを訪れ、地下鉄駅のポスターを眺めていたら、ケ・ブランリで「Black Indians de La Nouvelle Orléans」(ニューオリンズのブラック・インディアンズ)という展覧会が開催中だった。ご承知のとおりエッフェル塔近くに2006年に会館したケ・ブランリは世界屈指の民族学博物館であり、原始美術(プリミティブ・アート)の美術館でもある。 ニューオリンズといえばマルディグラ。リオのカーニバルなどと並ぶ大イベントだ。マルディグラとは「太った火曜日」という意味だそうだが、カトリック教徒にとって重要な、飲食を慎む約40日間の四旬節の直前に行われる最後の宴がマルディグラ。四旬節が明けるとキリスト復活を祝う復活祭(イースター)が待っている。イースターはキリストが復活した日曜日と決まっているので、そこから40日(日曜を除く)遡ると火曜日になるので「太った火曜日」というわけ。ニューオリンズでは今年も2月21日の火曜日に2023年度のマルディグラが開催されたそうで、リオと同じくいちどは行ってみたいもの・・・・・・。ちなみに「カーニバル」という言葉自体も、もとはラテン語の「カルネ(肉)+バル(去る)」、つまり肉よさらば!という意味だ。
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優雅な作品が最高の復讐である ――「甲斐荘楠音の全貌」展@京都国立近代美術館
春うらら、桜満開の週末。京都に行くには最悪のタイミングでありながら、いそいそと朝の新幹線に乗り込んだのは、4月9日で終わってしまう京都国立近代美術館の開館60周年記念「甲斐荘楠音の全貌―絵画、演劇、映画を越境する個性」を観ておきたかったから。この展覧会、実は7月1日から東京ステーションギャラリーに巡回するが、京都で生まれて京都で亡くなった、その画風も生きざまも陰影に満ちた生粋の京都人だった甲斐荘楠音(かいのしょう ただおと)は、やっぱり京都の地で観たかった。
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林田嶺一のポップ・ワールド@NO-MA
先週号で紹介した「甲斐荘楠音の全貌」展を京都国立近代美術館で取材した翌日、おとなり滋賀県の近江八幡・ボーダレス・アートミュージアムNO-MAで「林田嶺一のポップ・ワールド」展を観た。 林田嶺一(はやしだ・れいいち)は1933年、当時の満州国生まれ。去年(2022)7月に88歳で死去している。20代のころから趣味で油絵を描いていたが、2001年になってキリンアートアワードで優秀賞を68歳で受賞。それからおもにアウトサイダー・アート/アール・ブリュット関連のグループ展などでの出展が増えていった。僕が初めて林田さんの作品に出会ったのは同じNO-MAで2006年に開催されたグループ展「快走老人録~老ヒテマスマス過激ニナル~」でのこと。以来、いくつかの展覧会で数点ずつ作品は見てきたが、これだけまとまった個展の開催は生前も没後も初めてのはずだ。
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捨てられなかった本のこと 07 銀座を彩る女たち
銀座のクラブ。踊るのではなくて、いい匂いのお姉さんと飲むほうのクラブ。これまでほとんど飲みに行く機会も資金もなかったし、これからもないだろう。でも銀座のクラブのことを聞きかじるのは大好き・・・・・・情報源は映画や漫画の『女帝』とかに限られてるが。なので銀座に関する本があるとつい買ってしまう。その数冊がいまも手元にあるので、これから数回にわたって紹介したい。 『銀座を彩る女たち』はA4サイズ、ハードカバーの豪華本。英語タイトルが「GINZA NIGHT CLUB GUIDE 116」とあって、こちらのほうがわかりやすい。
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仁川漫遊記1 高麗人参と秘宝館の島へ!
ようやくコロナが下火になって気軽に海外に行けるようになったから・・・・・・というのはもはや言い訳だったりするが、2月の台湾に続いて3月は韓国に行ってきた。ソウルでも釜山でもない、どこか地味な地方都市に行きたいなあと考えるうち、そういえば仁川(インチョン)はどうだろうと思いついた。ソウルに行くたびに到着するのが主に仁川国際空港だけど、いつもはまっすぐソウルに向かうだけ。東京と成田のような関係? たまには仁川市街に数日間、宿を取ってぶらぶらしてみようと決めた。仁川空港からソウル市街までは直通列車で1時間足らず。わざわざ仁川に泊まる酔狂な観光客は少ないだろうが(実際、仁川空港から仁川市街まではソウルと同じくらい時間がかかる)、意外なおもしろスポットがいくつも見つかったので、これから数回にわたって紹介していきたい。その第1回は漢江の河口にあって海を隔てて北朝鮮と向き合う江華島〔カンファド)の「世界春画博物館」から!
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ラブホテルの現在進行形
1970年のカップルが回転ベッドの部屋で感じたドキドキワクワク感を、2023年のカップルはどんなラブホのどんな部屋で味わってるんだろうと前から気になって、ラブホ街を通るたびに部屋紹介のパネルをちらちら見たりしていた。もしかしたら2050年には「令和レトロ~」なんて言われるかもしれないデザインの現在進行形を、今週は紹介する! SARAは関東圏を中心にラブホテルとビジネスホテル21軒を運営するグループだ。ラブホテルではゴージャスなSARA GRANDEにSARA、バリや沖縄などのリゾートホテルをテーマにしたバニラリゾートと3つのラインを擁し、今回は都心部にあるSARA GRANDE五反田とSARA錦糸町の2軒を見せていただいた。
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大竹伸朗展@愛媛県美術館!
2月5日までの東京国立近代美術館に続いて、5月3日から松山の愛媛県美術館で大竹伸朗展が始まった。 愛媛県美術館は東京国立近代美術館よりも展示スペースが広く天井も高いので、同じ展覧会の巡回でも印象がずいぶんちがう。愛媛展では東京展で展示されたおよそ500点の全作品に加えて、本メルマガ2022年1月26日号「湯けむりの彼岸――大竹伸朗「熱景」」でも紹介した道後温泉の巨大テント膜、それにホームグラウンドである宇和島の学習交流センター「パフィオうわじま」ホールにおさめられた巨大な緞帳――松山と宇和島で手がけた大作ふたつの原画などが展示されている。これは愛媛展のみの展示であるうえに、道後温泉もパフィオうわじまの緞帳も展覧会と一緒に現物を観ることができるので、このふたつのボーナストラックのためだけにでも愛媛展を訪れる価値はあるかと。
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仁川漫遊記 4 旧日本人街を歩く。
先週は仁川のチャイナタウンを紹介した。公式に認められた韓国唯一のチャイナタウンではあるが、広さはそれほどでもない。そのチャイナタウンの東隣に残されているのが「仁川旧日本人街」。太平洋戦争時には約1万人の日本人が居住していたという。チャイナタウンと旧日本人街の一帯はいま「開港場近代歴史文化タウン」と名づけられ、1世紀以上前の商店、民家などの伝統的建築物が整備、再現されて、歴史散策コースになっている。
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山陰の記憶のとびら
ロードサイダーズ・ウィークリ−では2012年9月12日号「鳥取の店構え」で池本さんの記事を掲載して以来、写真展などの機会に何度か紹介させてもらってきた。鳥取市を訪れるたびにお会いするようになって、そのうち池本さんはロードサイダーズの記事をまとめたZINEのようなものまでつくってくれた。 その池本さんがいま入江泰吉記念 奈良市写真美術館で写真展「記憶のとびら」を開催中で、展覧会にあわせて最新作品集となる『On Display』が出版された。手元にその一冊があるが、なにかとコスト削減で世知辛い写真集が多いなか、異常なまでの手間暇と制作費もかけた力作なので、ここで紹介させていただきたい。
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追悼 おきあがり赤ちゃん
おきあがり赤ちゃんが亡くなったというツイートを見た、と友人から早朝に連絡があった。急いで探すと、white heat(@KatayamaS)さんというかたの書き込みに、「「おきあがり赤ちゃん」として一部を震撼させていた高山吉朗さんが、ご自宅で逝去されていたことがGW明けにわかりました」とあった。おきあがりさんの携帯に連絡しても留守電の応答がなく、こころが揺れていたところ、先週末にwhite heatさんが続報でご家族からの情報を上げてくださっていた。「死体検案書によると推定5/6に発作性心疾患発症の疑いと。5日のライブに現れず連絡もつかないとの主催者さんの心配を受け電話するも応答無、旧友間で連絡とりあい警察呼んで発見」されたとのこと。
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秘宝館のまぼろしを求めて
「鬼畜系」「電波系」という言葉の生みの親だった異端のライター、村崎百郎が遺した資料・コレクションを展示する「村崎百郎館」が完成したのにあわせて、まぼろし博覧会を最初にロードサイダーズで紹介したのは2014年07月03日号「ゴミの果てへの旅――村崎百郎館を訪ねて」。それからもうずいぶん長いお付き合いになる。 2011年の開館以来珍スポット・ファンにはすでにおなじみと、最近ではNHKの人気シリーズ『ドキュメント72時間』でも新たなファンを増やしているまぼろし博覧会。もともとは『伊豆グリーンパーク』という熱帯植物園で、2001年ごろに閉館、放置されていたのを、出版社データハウスの総帥・鵜野義嗣が買い取って、コレクションを展示する場としてオープンさせた巨大施設だ。
lifestyle
追悼・水原和美さん
『独居老人スタイル』に登場してくれた、僕にとっての「鳥取のママ」である水原和美さんが、今月9日に逝去されたというお知らせをもらった。ここ数年寝たきりだったけれど、あいかわらず意気軒昂でハイライトをプカプカ吹かしていた。葬儀もラスタのお客さんが担当で、出棺の曲はボブ・マーリーだったとか。最後まで水原さんらしい去り際だった。
art
中園孔二のソウルメイト
ロードサイダーズでは2021年7月21日号「いのくまさんとニューヨーク散歩」で訪れた丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で、いま「中園孔二 ソウルメイト」展が開催中だ。すでにさまざまなリポートがネットに上がっているので、ご覧になったかたもいらっしゃるだろう。 中園孔二(こうじ 本名・晃二)は1989年生まれ。2012年に東京藝術大学を卒業し、その翌年「中園孔二展」(小山登美夫ギャラリー・東京)で作家デビュー。そしていまからちょうど8年前の2015年7月、香川の海で消息不明となり他界、25年の短い生涯だった。
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中華街を行ったり来たり 01 チャイナタウンという、もうひとつのバンコク
今年5月、コロナ禍が明けて初めてのバンコクに行ってきた。滞在は2週間。それだけあったらふだんは何都市か回っているところだが、今回はバンコク、それもチャイナタウンだけにへばりついて、連日40度近い猛暑のなかをひたすら歩きまわってきた。 現在のバンコク観光の中心はサイアムからスクンビットにかけての東側エリア。でもチープなお土産ショッピングに屋台飯、フカヒレなど高級中華料理を手ごろな値段で楽しみに、西側のチャイナタウンを訪れたひともたくさんいるだろう。
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中華街を行ったり来たり 02 タイムマシンにおねがい
バンコクの観光客がいちどは訪れるチャイナタウン。メインストリートのヤワラート・ロードができたのが1892年なので、まだ130年ほどの歴史しかないのに東南アジア最大級に成長したチャイナタウン。ショッピングやグルメに熱中するひとがこれだけ大勢いて、でも街のあちこちが再開発に揺れ、伝統的なライフスタイルが消えつつあることには目を向けてもらえないチャイナタウンをめぐるシリーズ。2回目となる今週は「そもそもバンコクのチャイナタウンはどうしてできたのか」、その歴史をおさらいしてみたい。
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中華街を行ったり来たり 03 サムヨート駅からオンアン運河あたり
ロードサイダーズ・ウィークリーを始めた2012年、消えゆくバンコクらしいバンコクを巡り歩く「マイ・フェバリット・オールド・バンコク」という連続記事を掲載した。もともとはそのさらに6年前、バンコク週報という日本語週刊新聞に半年ほど連載した企画を再構成したもので、その冒頭にこんなことを書いた――
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中華街を行ったり来たり 04 チャオプラヤー川べり散歩
先週はバンコク中華街の北端近いサムヨート駅からオンアン運河あたりを行ったり来たりした。今週はチャイナタウンのメインストリートであるヤワラート・ロードの南側、チャオプラヤー川ほとりのソンワット・ロードから、新しい観光スポットとして注目を集めているタラートノーイを行ったり来たりしてみる。
art
日々の泡のなかで ――岸キエコの絵と手紙
西荻(西荻窪)に「ニヒル牛(ぎゅう)」というアートギャラリー雑貨店がある。たまのパーカッショニストとしてよく知られた石川浩司さんがプロデュースするニヒル牛は、2000年に開店してもう20年以上、高円寺とも吉祥寺とも異なる西荻カルチャーの一角を担ってきた。 もともと小さなニヒル牛の店内には200個以上の、木や廃材でつくった箱やスペースがびっしりで、さらにぎゅうぎゅうの空間。そのひとつずつの箱を参加作家が月極めで借りて、思い思いの作品や商品を並べている、蜂の巣みたいなひと箱展の集合体だ。 そのひとつを借りて展示販売を続けているのが帯広在住の岸キエコ。去年、ファンから教えられたという大竹伸朗くんに「おもしろい作家がいるよ」と言われて、西荻に見に行ったのがキエコさんを知るきっかけだった。
music
『ロック自身』のロックな半生記
ラグビー・ファンにはおなじみの花園ラグビー場に隣接する東大阪市民美術センターで、「視覚の迷宮 ヒトとイヌとの美術館」という風変わりな企画展が今年4月末から6月まで開かれていた。ロードサイダーズ読者のかたから教えていただいたのだが、そのかたから「京都でもう20年くらいつくってる『ロック自身』というフリーペーパーをご存じですか」と言われ、本人が集めてきたバックナンバーを東大阪まで持参してくれた。 あまりに手作り感満載の風合いにまず痺れ、読んでみると新旧のロックと一緒になじみの定食屋(王将とか)の熱い記事も、すべて勢い溢れた手書き文字で綴られて、ニンマリせずにいられない。企画・編集・制作・印刷(コピーだけど)・配布まですべてひとりでやっているという編集長の星直樹さんは、調べてみるといま京都を引き払って故郷の帯広に住んでいるという。さっそく連絡を取って、先週号で紹介した岸キエコさんと同じ日の夕方、仕事帰りの星さんと帯広のコメダ珈琲でお会いした。
art
並行世界の歩き方
「並行世界の歩き方 上土橋勇樹と戸谷誠」という奇妙なタイトルの展覧会が滋賀・近江八幡ボーダレス・アートミュージアムNO-MAで開催中だ。メルマガではすでにおなじみのNO-MAはとても興味深い展覧会に、とても奇妙なタイトルをつけることが多い気がする。今回の「平行世界」が「地球」のもじりであるかどうかはともかく、上土橋勇樹と戸谷誠という、まったく交わらない独自の世界観を表現するふたりの作家を、SFで言うパラレルワールドのような広がりへの2通りの導き手として紹介してくれる貴重なチャンスというか、マルコビッチの2つの穴みたいな展覧会だ。
art
蛭子能収「最後の展覧会」
すでにテレビ、新聞からネットニュースまで驚くほど広く紹介されているのでご存じだろう、根本敬 presents 蛭子能収「最後の展覧会」が、表参道のAKIO NAGASAWAで開催中だ。認知症を公言している蛭子能収の、これがほんとうに最後の展覧会になるかどうかは本人を含めてわからないだろうが、久しぶりに絵筆を取りキャンバスに向き合った新作群は、往年の毒にあふれたシャープな図像とはかけ離れているし、教えられなければこれが蛭子さんの絵とはだれもわからないはずだ。
photography
遠い日のリアリティ ――上田義彦「いつでも夢を」
どう書いたらいいだろう、と迷っているうちに時間が経ってしまった。今年7月末から8月中旬まで代官山ヒルサイドテラス・ヒルサイドフォーラムで開催された上田義彦展「いつでも夢を」を見て、いろんな想いに浸ったひとがたくさんいただろう。会場を訪れる機会が持てなくても、同時に発売された分厚い写真集を手に取って記憶の扉がひらく興奮を味わったひとがいたはずだ。この展覧会と写真集は上田義彦が手がけたサントリーウーロン茶の広告写真を中心に、撮影時のスナップ写真を加えて編まれたもの。それは1990年から2011年までの約20年間にわたって続けられた、広告写真家としての上田義彦の最良の仕事のひとつであるし、この時代の日本の広告史において、もっとも輝かしいシリーズでもあったろう。
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電子写真集『わたしたちがいたところ』完成!
2016年にリリースしたvol.1『秘宝館』からvol.6『BED SIDE MUSIC ―めくるめくお色気レコジャケ宇宙』までPDFフォーマットで自主制作してきたROADSIDE LIBRARY。しばらくお休みしていましたが、ようやく新作ができました! 『天野裕氏写真集 わたしたちがいたところ』。ロードサイダーズではおなじみの写真家・天野裕氏による初の電子書籍。というか印刷版を含めて初めて一般に販売される作品集です。
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白木谷国際現代美術館を訪ねて
8月に高知・四万十の「太陽の眼」でトークがあった翌日、どこかに寄っていきたいな~と考えたときに思い出したのが「白木谷国際現代美術館」だった。前に太陽の眼の店主さんから「ここ、オススメですよ!」と教えてもらっていて、うまく日程が合わずに行けなかった白木谷国際現代美術館。そうとうの現代美術ファンでも「そんなとこあったっけ?」と初耳のひとが多いだろうが、その名のとおり高知市中心部からクルマで30分ほど(南国市の後免駅からなら20分足らず)、おとなり南国市の山中・白木谷にある私設の個人美術館である。
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大道芸術館、1周年記念大増設報告!
先週末は3年ぶりになるロードサイダーズ・オフ会も開催できた向島・大道芸術館。昨年10月のオープンからちょうど1周年というタイミングで、先週は2日間かけて30点以上の作品を追加設置した。もともとかなりの圧縮展示だったが、日展やドンキホーテを見習って!とにかく空いてる壁面はすべて埋めたい!という決意で大量の作品を倉庫から持ち込み、設営スタッフたちのがんばりでそのすべてを展示することができた。 オフ会参加者のみなさまにはもうご覧いただけたが、今週は大道芸術館1周年で大幅増の(展示替えではなく!)作品展示空間にお連れしたい。これからリストをつくってプリント、開館時に制作した図録に付録として差し込む予定なので、機会があったらぜひ現場で見てほしいが、まずはこちらで予習していただけたら。
travel
もうひとつのウズベキスタン 1
8月の終わりから9月にかけて2週間ほど、ウズベキスタンに行ってきた。初めての中央アジア旅行。ソウルに何度も通ううちに、東大門近くの光熈洞という通りにウズベキスタン料理店や商店、旅行会社が並んでいるのを知って、どうして?と思ったのがきっかけだった。 調べてみると日本とウズベキスタンのあいだにはウズベキスタン航空が成田と首都タシケントを結ぶ直行便を運行しているが、週に2便ほどしか飛んでいない。でもソウルとタシケントは大韓航空やアシアナが毎日便を出している。東京からなら羽田から仁川空港を経由してタシケントに向かうほうが簡単だし、運賃も安い。
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もうひとつのウズベキスタン 2 団地という小宇宙
先週はウズベキスタン紀行の初回としてタシケントに残る旧ソ連時代の建築を巡った。その最初にお見せしたホテル・ウズベキスタンがあるティムール広場を取り巻く一角にある、こちらも印象的な建築がウズベキスタン国立歴史博物館(STATE MUSEUM OF HISTORY OF UZBEKISTAN)。開館は1970年。イスラム風の幾何学装飾が全面に施され、モダンでありつつどこかエキゾチックなニュアンスが漂うデザインだ。
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俺たちのブックフェア PABF開催!
今年も東京アートブックフェアが近づいてきました。楽しみだけど、あんなに混んでるとちょっと・・・・・・と思ってるひともいますよねえ。出展料も高額だし、抽選だし!もちろんロードサイダーズ・ウィークリーは参加しません(笑)。 2019年7月にPABFという小さなブックフェアを自前で開催したのを、覚えていらっしゃるでしょうか。東京アートブックフェア(TABF)の出展料金が高額すぎて応募を諦めたひと、応募したけれど落選してしまったひとが周囲にずいぶんいることがわかって、ブックフェア会期中の7月14、15日の2日間、会場の東京現代美術館近くのイベントスペースを借りて、ちっちゃな手づくりブックフェアを開いてみようかと思い立ったのでした。
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俺たちのブックフェア PABF出展者情報!
お伝えしてきたように、今週末の25、26日PABF=プアマンズ・アートブックフェアを開催します! 同日開催の東京アートブックフェアと較べてみれば、吹けば飛ぶよな弱小イベントですが、しかし!こういう手づくりブックフェアがいろんな場所で、いろんな時期にたくさん立ち上がるほうが、巨大フェアに集約されるより健全なのかも・・・・・・と信じているので、よかったら遊びに来ていただきたいし、同じようなフェアをやりたいな~と思ってる人たちの参考にしてもらえたら、それもうれしいです!
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ベジタリアン・フェスティバル参戦記
僕がプーケットを初めて訪れたのが2007年のこと。そのころ夢中になっていたタイの田舎の地獄寺めぐりの最中だった。プーケットと橋でつながる本土側のパンガーにあるワット・タムターパン(Wat Tham Ta Pan)に行ってみたかったのがひとつ。そしてもうひとつの目的がプーケット・タウン全域を会場に開催される世界のマニアに知られた奇祭中の奇祭、ベジタリアン・フェスティバルを体験したかったからだった。 ベジタリアン・フェスティバル=菜食主義者の祭という語感とは正反対の、頬や唇に針や串やいろんなものをぶっ刺して炎天下を行進したり、真っ赤に燃える炭の上を走り抜けたり、中華包丁のような刃物でできたハシゴを登ったり下りたり・・・・・・というハードコアきわまりないフェスティバルである。そこで取材できた記事は『HELL 地獄の歩き方』(洋泉社刊 2010年)に掲載できたので、読んでくれたひともいるだろうか。
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日曜の制作学
ロードサイダーズでは久しぶりに取り上げる広島県福山市・鞆の津ミュージアムで展覧会「日曜の制作学」が開催中だ。始まったのが8月20日、終わりが12月30日というギリギリの紹介になってしまい申し訳ないが、どうしても記事にしておきたかったのは、1)渋谷の「ニッポン国おかんアート村」展で来場者を震撼させた驚異のコラージュ作家・嶋暎子さん(今月81歳に!)の、新作1点を含む大型作品7点が勢揃い展示されているから 2)ロードサイダーズではおなじみ、最近では「門土くんのお父さん」としても知られる福岡のボギーさんの、お母さんである奥村隆子さんのめくるめく手芸ワールドが初披露されているから。嶋さんについては、本メルマガの読者にはもはや説明の必要がないだろうし、ボギーさんのお母さんの手芸ワールドは、以前にボギーさんが投稿した手編みのセーターの話がSNSですごくバズったので、ご存じのかたもいらっしゃるはず。実はそのときすぐにボギーさんに寄稿してもらおうと思ったのだが、残念ながら諸事情で実現しなかったので、個人的にも今回の展示がすごく楽しみだった。
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いにしえのプーケット黄金時代にタイムスリップ! ――コーヒーショップの奥に潜む驚愕のプライベート・コレクション
ベジタリアン・フェスティバルから南タイ料理まで紹介してきたプーケット島シリーズ。最終回の今週は、ベジフェスの舞台となったオールドタウン中心部にある私設博物館「タボーン・ミュージアム」にお連れする。 タウンの目抜き通りであるラッサダー・ロード(Ratsada Road)沿いのタボーン・ミュージアム(Thavorn Museum)はもともと、プーケットで初めての5つ星ホテルとして1961年に開業したタボーン・ホテルの1階部分を使って、ホテルのさまざまなメモラビリアや4代にわたるオーナー家のコレクションを展示した、タイムトンネルのような場所。
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ダメだと言われても描き続けますから――102歳の水墨画家・高野加一さん訪問記
「沖縄ですごい画家と出会った!」と友人が興奮したメッセージを送ってきた。しかもそのひとは彼と同じ東京都葛飾区在住で、帰ってさっそくアトリエを訪ねていろいろ見せてもらったので、こんど一緒に行こう!という。ふーん、どんなひと?と、いちおう聞いてみたら「102歳の現役水墨画家!」と言われて一気に興味が沸騰した。 高野加一さんは1921(大正10)年10月10日、新潟県長岡市生まれ。太平洋戦争中は中国北部の軍事工場で働き、終戦後に葛飾区で自動車整備工場を立ち上げた。65歳で定年、と後進に道を譲って趣味で水墨画を始め、2017年に日展に初入選。21年には100歳で2度目の日展入選。
art
ギョウザとアートで満腹体験
僕的札幌二大名所のひとつ「大漁居酒屋てっちゃん」がコロナ禍の2020年4月に閉店したのはショックで(もうひとつがレトロスペース坂会館)、ニュースを聞いてすぐの4月15日号で特集「てっちゃんの記憶」を配信した。店を閉めたあとのてっちゃんは趣味の絵を描いたりジムに通ったり、通算45年間におよんだ居酒屋営業の疲れを癒やしていたようだだが、1990年代に大竹伸朗くんと僕をてっちゃんに連れていってくれたアーティスト上遠野敏さんが「てっちゃんが餃子屋を始めました!」という、うれしいニュースを1年ほど前に伝えてくれた。オープンから1年ほども経ってしまったが、先日ようやく初訪問をかなえられたので、さっそく報告させていただきたい。
art
ロンドン・コーリング ――INAGAKIが描く都市景観と生きものたち
ときたま外国から作品や書籍について問い合わせをもらうことがあって、かつてはそれがFacebookだったのが、いまはほとんどInstagramだ。こちらもインスタをボーッと見ていて、思わぬ発見に出会うことが増えてきた。 いまから1年半ほど前、インスタの画像や動画ですごくおもしろいストリートアートを描いている若者を見つけて、そのセンスの良さに唸った。イーストロンドンのショアディッチやブリックレーン界隈のストリートが多くて、ネットで探してみるとロンドン在住。Inagakyという名前はもしかしたら「稲垣」?日本人かも?と思っていたら、ちょうど同じころに、ロードサイダーズで寄稿してくれているロンドン在住のアツコ・バルーさんも彼をインスタで見つけていた。
food & drink
知ってるつもりの和食を教わり直す――国立科学博物館の和食展
昨秋に実施されたクラウドファンディングで目標1億円のところ、約5万7000人から9億円以上が集まったことで話題になった上野の国立科学博物館。僕も含め、大好きなひとがたくさんいるだろう。その科博で2020年に開催される予定だったのが新型コロナウイルスの影響で中止となり、あらためていま開催されているのが特別展「和食 ~日本の自然、人々の知恵~」。10月末から始まっていて、すでに多くの報道やSNSの書き込みがあるし、もう行ったというひともずいぶんいるはず。展覧会は今月25日まで、そのあと1年半以上かけて全国各地を巡回するそうだが、やはり上野で見ておかないと!というわけでなんとか閉幕前に駆け込み観賞してきた。
art
ルガール 山崎俊生と心象の世界
京都御所の東側・河原町通りの荒神口にある展示空間「art space co-jin」は、きょうと障害者文化芸術推進機構の活動拠点として2016年に稼動を始めたアールブリュットに特化した展示スペース。ロードサイダーズでは2021年に4名の作家によるグループ展「ゆびさきのこい」を紹介した。そのco-jinで開催中の展覧会が「ルガール|山崎俊生と心象の世界」。京都市内の病院に保管されてきた精神疾患の患者たちによる膨大な作品を開陳する、小規模ながら貴重な鑑賞機会だ。
photography
市川信也《仮面の告白》
先月(2月)3日から11日まで京都の下立売通智恵光院にある、民家を改装したギャラリー・ヘプタゴンで「壁をのぞむ眼差し」という写真展が開かれていた。「障害の有無を超えた表現者たちによる写真展」とサブタイトルがつけられたこの展覧会は、障害者自身や障害者に寄り添う活動を続けている表現者たち5人によるグループ展。そこで出会ったのが《仮面の告白》と題された市川信也によるモノクローム・プリントのシリーズだった。 夜店で売っているようなおもちゃの仮面をつけて、静かにカメラの前にたたずむオトナの男女たち。彼らは市川さんが医師として勤めていた精神科病院の長期入院患者たちだ。
design
館長!これどうするんですか!?
すごく奇妙な展覧会を観た。目黒区祐天寺のアクセサリーミュージアムで開催中の「館長!これどうするんですか!?」。チラシには「所蔵品から私立美術館のこれからを考える」と副題が添えられているが、そこに考えが及ぶひとがどれほどいることか。難解な展覧会名は特に現代美術でよくあるけれど、これだけフランク(笑)なタイトルには滅多に・・・・・・。 アクセサリーミュージアムは2015年に『華やかな女豹たちの国』として「キャリアウーマンの愛した服~80’s パワーモード」展を取り上げていて、それはバブル時代のイケイケ・ファッションを特集した、しかも展示品はおもに館長の私物という楽しい展覧会だったが、今回はさらに! プライベート・ミュージアムならではの、プライベートの開陳がそのまま展示に直結している。
design
街にたばこ屋さんがあったころ
「たばこと塩の博物館」が2013年まで渋谷公園通りにあったころは、ほかではなかなか観られない企画展にときどき通っていた。ちなみにその跡地にはジャニーズ事務所関連の店舗・オフィスビルが建ち、ジャニ系のポップアップショップや、上階にはNHKも店子で入っている・・・・・・。博物館のほうは墨田区横川、といってもピンと来ないひとが多いだろうが、スカイツリーの押上駅や本所吾妻橋駅から徒歩10分ちょっと、錦糸町駅からだと徒歩20分・・・・・・という微妙な立地でなかなか足が向かなかったのだが、2月から「たばこ屋大百科 ―あの店頭とその向こう側」という興味深そうな展示があって、行ってみることにした。いちばんのお目当ては、おかんアートの源流とも言うべきたばこの空き箱ペーパークラフトが出ているという重要情報を耳にしたから!
photography
「人間の住んでいる島」@丸木美術館
米軍の暴挙への抵抗運動の先頭に立ち、当事者による証言として写真と文章を発表し続けたのが阿波根昌鴻(あはごんしょうこう)だった。1901年、本部町生まれの阿波根は成人後に伊江島に渡り結婚。その後キューバ、ペルーに移民したあと伊江島に帰り、一生を抵抗運動に捧げて2002年、101歳の天寿を全うしている。その阿波根昌鴻が遺した貴重な写真記録を紹介する「阿波根昌鴻 写真と抵抗、そして島の人々」が、いま埼玉県東松山市の原爆の図 丸木美術館で開催中だ。
art
サエボーグとラバードッグ
先日はビヨンセ&ジェイZ夫妻御来館というニュースが一部美術業界を震撼させた東京都現代美術館。先週末から「ホー・ツーニェン エージェントのA」がメインの企画展として始まったばかりだが、3階の展示室ではTCAA(Tokyo Contemporary Art Award 2022-2024)の第4回受賞記念展として、サエボーグ「I WAS MADE FOR LOVING YOU」/津田道子「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」の2人展を開催中(こちらは観覧無料)。ちなみにTCAAとは東京都とトーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)が2018年から実施している、中堅アーティストを対象とした現代美術の賞。各回とも受賞者は2組で、複数年にわたる支援の最終年に東京都現代美術館で受賞記念展を開催している。
art
命みつめて2@にしぴりかの美術館
お知らせが遅くなってしまったが、という書き出しが最近多くて申し訳ないけれど、今年1月初めにスタートした宮城県の「にしぴりかの美術館」で開催中の死刑囚による絵画展「命みつめて2」がいよいよ5月6日までになった。「2」と名がついているのは、2016年に開催された「命みつめて」展の2回目だからで、1回目の様子は2016年12月7日号「死刑囚の絵展」で紹介している。 ロードサイダーズで死刑囚の表現を最初に紹介したのが、2012年に広島市郊外のカフェ・テアトル・アピエルトで開催された小さな展覧会。それから今年で12年、死刑廃止運動を続ける「FORUM 90」が主催する毎年恒例の死刑囚表現展や、さまざまな機会にこの特異な表現のありようをできるかぎり詳しく紹介してきた。
photography
空想ピンク映画の自撮りスター
「マキエマキの空想ピンク映画ポスター展6」が先週の6日間、渋谷のギャラリー・ルデコで開催された(4/223~28)。もう6回目になるとは・・・・・・と感慨を抱きつつ展示に向かったファンが、ロードサイダーズ諸氏にもいらっしゃったかと思う。 マキエマキを初めて紹介したのが2016年2月10日号「自撮りのおんな」。それから8年のあいだに、自撮りされたマキエさんをずいぶん見てきた。ロードサイダーズ・ウィークリーでは何度も取り上げてきたし、NHKで番組がつくられるほど世間での認知度も急上昇してきた。ちなみに2016年にはTwitterのフォロワー数が1500人くらいだったのが、現在は約5万人。インスタのフォロワー数も3.8万人である。そんなマキエさんの、ポスター展としてはコロナ禍を挟んで今回が3年ぶりになるという展示を見ての感想を、見逃したかたのための誌上展とあわせてお読みいただきたい。
photography
21世紀の浪漫主義者
ゴールデン街を抜けて日清食品本社(かつて地下にパワーステーションがあったビル)に向かう道沿いにある新宿眼科画廊。ロードサイダーズでもずいぶん、ここで開かれた若手作家の展覧会を取り上げてきた。サブカルチャーという言葉ではくくりたくないが、日本でいちばん猥雑でエネルギッシュな歌舞伎町という街に、もっとも共振しているギャラリー(と演劇空間)であることはたしか。ここでデビューしたアーティストも、ここでしかやりたくなかったり、やれないアーティストもたくさんいるはず。 5月31日、ここでまたひとりの写真家が初個展を開く。堀江由莉(ほりえ・ゆり)、展覧会名は「浪漫(ROMAN)」。写真展というより昔懐かしい『カミオン』や『トラックボーイ』の表紙みたいなギラギラ・ド派手なビジュアルに、毛筆フォントの「浪漫」、その脇には「デコトラ、成人式、刺青、祭事、歌舞伎町、夜遊び、街並み……」と展覧会の内容を示すキーワードが並んでいて、ロードサイダーズ諸君ならこれだけで彼女のテイストが察せられるだろう。
fashion
「世界」を身にまとった越路吹雪
連日のようにテレビ、新聞、ネットニュースなどで取り上げられている早稲田大学演劇博物館の「越路吹雪衣装展」。もうご覧になったかたもいらっしゃるだろう、担当者が「これだけ入場者の多い展覧会はあまり記憶にありません」というほど、会場は賑わっている。 今年は越路吹雪の生誕100周年。没後、終生のパートナーだった音楽家・内藤法美さんからゆかりの品々が演劇博物館に寄贈され、1982年の「特別展・越路吹雪を偲ぶ」を皮切りにこれまで何度か展覧会が開かれてきたが、今回は2009年以来、15年ぶりとなる越路吹雪展だそう。演劇博物館には伝説の「ロングリサイタル」などで着用されたオートクチュール・ドレスが56着も収蔵されていて(今回はそのうち11着を展示、後期は展示替えであらたな11着が並ぶ)、会場は「あ~懐かしい!」と声を上げる越路吹雪のオールドファンと、ノートを開いてドレスのスケッチに励む服飾デザイン系の学生たちがなごやかに混在していた。
lifestyle
母の舞台と娘の舞台 ストリッパー2代のハダカ人生劇場! 後編
獣姦ショーで一世を風靡した浜みゆきを母に、有賀美雪が生まれたのは1974年9月19日。母が32歳のときに生まれた娘だった。 いまで言うシングルマザーだった浜みゆきは熱海で芸者をしながら子育てを始めたが、やはり生活が苦しく34歳でストリッパーに転身。娘・美雪が2歳のころ猿ヶ京温泉の劇場でデビューを飾る。いまも昔もストリップは基本的に10日公演。日本各地の劇場から劇場へと流れていく生活が始まった。 2歳になったころから、8歳で老神温泉でストリップ劇場の経営者に落ち着くまでの約6年間、有賀さんは保育園も小学校もほぼ行かずに、母について巡るストリップ劇場の楽屋で育った。
photography
死体のある風景と「火サスごっこ」
すでに完売だったのをご本人のXアカウントに連絡して送っていただいた『レトロホテルへようこそ』は、「さかもツインねね」という不思議な名前の作者による小さな写真集だが、これも女性によるラブホ・コレクション。でも、さかもツインねねさんの写真はほかのどんな昭和ラブホ写真ともちがっていて、それは画面のなかに死体・・・・・・ではないけれど、死体に擬態した本人が横たわっていて、それは彼女が長くつづける「火サスごっこ」活動のコレクションなのだった。
photography
国破れてしぶとい日常があった ――横浜都市発展記念館の戦後横浜写真アーカイブズ
横浜市中心部、神奈川県庁と横浜スタジアムがある横浜公園に挟まれた、歴史的建築物が並ぶエリア。昭和4(1929)年に横浜中央電話局として建てられた茶色い大きな建物がある。かつてはここでたくさんの女性電話交換手が、手作業で横浜の電話をつないでいた場所だ。2003年にこの建物内に横浜都市発展記念館と横浜ユーラシア文化館という、ふたつの博物館が誕生。あいにく去年から空調設備の更新で休館中だが今年7月20日に再開館とのこと。 閉館中ではあるが、横浜都市発展記念館の公式サイトではさまざまな収蔵品を見ることができる。
travel
韓国江原道オン・ザ・ロード 1 チョンジョン彫刻公園
先月中旬、5泊6日の韓国旅行に行ってきた。だいたい半年にいちどぐらいのペースで韓国には行っているが、済州島では経験済みだけど本土では初めて、金浦空港でレンタカーを借りてソウルとは反対側の東海岸エリア、北朝鮮と国境を接する江原道(カンウォンド)を巡ってみた。金浦空港→江陸(カンヌン)→三陟(サムチョク)、そして金浦空港に戻る途中のソウルの郊外みたいな水原(スウォン)、最後にレンタカーを返しつつ空港向かいのホテルに泊まって帰国。
fashion
EGO TRIPPIN’ 80年代ヒップホップ・ファッションとダッパー・ダンのこと
先週、こんな予告記事を書いた。読んで、福島市に足を運んでくれたひとがどれくらいいたろうか―― いまから10年半前になる2013年11月13日号「下品な装いが最高の復讐である――会津若松のオールドスクール・ヒップホップ・コレクション」で紹介した会津若松のDJ、ILLLLLLLLLLLUSS(イルマスカトラス)氏が収集してきた1980~90年代の勃興期ヒップホップ・ファッション。いまのようにアメリカのヒップホップがウルトラメジャーになる以前の、古き良きラッパーたちのスピリットを体現した装いに、たまらない懐かしさを覚えると同時に、東京でも大阪でもなく会津若松に(失礼)!こんな貴重なコレクションが隠されていたのかと驚愕したのだった。そのイルマスカトラス氏による久しぶりのコレクション展が、福島市のOOMACHI GALLERYで開催中。7月13日から21日までという短い会期だが、どうしても見ておきたくて新幹線に飛び乗った。
design
『アンアン』『ポパイ』のデザイン 新谷雅弘の仕事・展
東西に細長い島根県の東端、おとなり鳥取の米子・安来市と中海を挟んで向かい合う松江市は、山陰地方最大の都市。しじみで有名な宍道(しんじ)湖のほとりに建つ島根県立美術館ではいま「『アンアン』『ポパイ』のデザイン 新谷雅弘の仕事」展が開催中だ。 デザイン好きのひとに新谷雅弘という名前がどれくらい知られているか、よくわからない。でも『アンアン』から『ポパイ』『ブルータス』『オリーブ』に至るマガジンハウス全盛時代の雑誌を、師匠にあたる堀内誠一とともにアートディレクター/デザイナーとして立ち上げてきたひとであり、個人的にも20歳で創刊間もない『ポパイ』でアルバイトとして働き始めたときから『ブルータス』を卒業するまで10年間にわたってお世話になったひとなので、この展覧会を見過ごすわけにはいかない。
book
『TOKYO STYLE』と『ゆびさきのこい』
まったくの偶然だが、8月に2冊の新刊がリリースされる。前号までにちょこっとお知らせしたが、一冊はデザイン関係に興味のあるかたならご存じのスペイン・バルセロナの「APARTAMENTO」(アパルタメント)による、1993年に京都書院から刊行された大判の『TOKYO STYLE』を、ほぼそのまま復刊した英語版『TOKYO STYLE』。いったいなぜ2024年になって、30年前の東京の安アパートの写真集を・・・・・・と、お話が来ていらい謎が深まるばかりだったけれど、ついに現実の分厚い写真集が届いて、あらためてびっくり。でも、とりあえずありがたい!
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精神病院と巨大石顔彫刻庭園
2週間ほど間が空いてしまった「韓国江原道オン・ザ・ロード」、今週は東海岸の海辺の町・三陟(サムチョク)市郊外にある男根公園=海神堂(ヘシンダン)から一路内陸部にドライブすること約2時間、忠清北道陰城郡にある「ウムソン巨大石顔公園」へお連れする。 韓国のほぼ中央、江原道の南西に隣接する忠清北道(チュンチョンブクト、通称忠北/チュンブク)は、韓国唯一の海と接していない内陸道(なので山梨県と姉妹道県!)。その北部にある陰城(ウムソン)郡の町外れという・・・・・・前回の海神堂公園以上にアクセスのハードルがかなり高い、しかし異常なスケールと迫力の「巨大石顔」がおよそ千体、つまり政治・経済、社会、文化、宗教、芸能、スポーツなどあらゆる分野の世界的な著名人が千人も集結しているという、すさまじい石彫公園、それがこの巨大石顔公園なのだ。
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AIカメラクラブにようこそ
いまから1年ぐらい前だろうか、Instagramに不思議な画像が流れてきて、思わず見入ってしまった。それはセピアがかった、見るからに何十年も前のアメリカの風景や人物写真なのだが、なんだかモノクロームの夢というか悪夢のなかに入り込んだように、ものすごく奇妙なカメラや建築が写り込んでいる。写真だからすごくリアルだけど、よく見るとあり得ないようなディテールがあったりもする。こんな写真家、どうしていままで知らなかったんだろう!と驚いて投稿者を見ると、「The AI Camera Club」と書いてある。AIカメラクラブ? さらに探していくと、それはティモシー・アーチボルドが去年始めた風変わりで魅力的な写真シリーズなのだった。
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韓国江原道オン・ザ・ロード 4 チャムソリ蓄音機・エジソン科学博物館
7月から続けてきた「韓国江原道オン・ザ・ロード」、最終回は江陵(カンヌン)市のビーチリゾート・エリアにある「チャムソリ蓄音機・エジソン科学博物館」にお連れする。ソウルから高速鉄道KTXなら1時間半、高速バスでも2時間半ほどで着く江原道の海辺の街・江陵は、手軽なリゾート地として人気。しかしおしゃれカフェが並ぶビーチサイドの裏手にあるミュージアムまで足を伸ばす向学心旺盛な韓国人は、残念ながらあまりいないようだ・・・・・・。 ちょっと見は小さなショッピングモールふうのチャムソリ蓄音機・エジソン科学博物館は、その名のとおり(チャムソリは真・音の意)は蓄音機・映画・エジソンの発明品という3テーマの、およそ5千点とも8千点とも言われる厖大なコレクションを4つ並んだ展示館に詰め込んだ予想外に充実のミュージアム(すべては展示できないので常時展示替え)。
art
破壊せよ!とポンチャック・アートは叫ぶ
根本敬・湯浅学・船橋英雄による幻の名盤解放同盟による、40年間におよぶ採集をまとめた『ポンチャックアート1001』(東京キララ社刊)がこのほどリリース。刊行を記念した「大ポンチャック展」も開催中だ(10月4日まで)。 幻の名盤解放同盟は1984年に初渡韓、それまで韓国ロックのレコードは知っていたけれど、ポンチャックという音楽の存在すら知らないまま「行く先々で聞こえてくる不思議な音楽」に魅入られて、屋台のカセット屋でジャケ買いを始めてから今年でちょうど40年。ポンチャックという音楽自体については1990年代に同盟によってまず日本で、それが逆輸入されるかたちで本国でもブームとなった李博士(イパクサ)などベテラン・ポンチャッカー(ポンチャックの演奏者)の存在や、NewJeansのプロデュースなどで知られる250(イオゴン)によるプロジェクト『ポン』(2022年)などでふたたびトレンド化しつつあるのはご存じのとおり。しかし原初のポンチャック音源であるカセットテープのジャケットを、「アート」として再定義したのは、日本も韓国も含めてこれが世界初の試みだろう。
art
人生はいまもボーダレス!
今月のはじめ、京都蔦屋書店で『ゆびさきのこい Outsider Photography in Japan』のトークイベントを開いてもらったた翌日、ロードサイダーズにはおなじみ、滋賀県近江八幡のボーダレス・アートミュージアムNO-MAに立ち寄り、東海道線で米原~新幹線で東京という乗り換えで帰ってきた。時間的には京都駅に戻ってのぞみで東京まで、というほうが少し早いかもしれないけれど、京都駅の混雑がとにかくイヤなので、近江八幡からはいつもこのコース。 NO-MAを初めて取り上げたのは2014年03月19日号「琵琶湖のほとりのアウトサイダー・アート・フェス」だった。
art
大道芸術館・新展示公開!
今月で開館から2周年を迎える向島・大道芸術館。去年の1周年でも展示作品数を増やしましたが、今回は2周年にあたってさらに増強! ふつう美術館は「展示替え」となるところ、こちらは「空いてるところをツメツメして作品入れ替えずに増やすだけ」という圧縮展示! 日展ふうというか、ドンキホーテふうというか、もっとかっこよく言えばロンドンのジョン・ソーン・ミュージアムみたいな館まるごとヴンダーカマーふうというか・・・・・・。すでにかなり窮屈だったところに、今回は20数点の作品をむりやり追加! やりくりすれば入るもんだな~と思ったけど、来年はどうしよう。 あらたに加わった作品についてはこれからSNSで少しずつ紹介していきますが、今週からリニューアルオープンした館内はこんな感じです。
design
建築家って、いったいなにさま?
つい先日ネットのデザイン関係ニュースで大きく取り上げられていたのが、ソウルの高層ビル(ツインタワー)が、ニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機が突っ込んだところに酷似しているという報道。
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圏外の街角から
日本全国に蔓延する慢性の疫病がある・・・シャッター商店街という名の病だ。かつての賑わいの痕跡を残しながらも、ゆっくりと死んでいくのを待つだけに見えるストリート。廃墟ではないのに、シャッターの内側にはだれかが住んでいるはずなのに。
art
周回遅れのトップランナー 田上允克 [後編]
時流に媚びない、のではなく媚びられないひとがいる。業界に身を置かない、のではなく置いてもらえないひとがいる。 孤高と言うより孤独。天才と言うより異才。これはどこかの地方の、どこかの片隅で、きょうも黙ってひとりだけの作品世界を産みつづけるアーティストたちの物語である。
book
『アメリカは歌う。 ― 歌に秘められたアメリカの謎』 東理夫・著
アメリカ人が車を運転するとき、4人にひとりはカントリー・ミュージックを聴いているという。数年前に『ROADSIDE USA』のためにアメリカの片田舎をさまよっていたとき、ものすごくヘヴィローテーションで、何度も聞くうちに歌詞もすっかりわかってしまった曲があった。
archive
そして夜のオプションは『スナック来夢来人』で!
『西の雅 常盤』のすぐ裏には、おそらく湯田温泉でも最強のスナック『来夢来人』があります。2008年から2010年にかけて、『アサヒカメラ』誌上で『今夜も来夢来人で』という連載をしていたのですが、それは「全国各地の、来夢来人という名前のスナックを訪ね歩く」という、すばらしくおいしい(笑)お仕事でした。
art
石子順造的世界:府中市美術館にて開催中
1970年代に『ガロ』を読みふけった世代にはおなじみ、石子順造は『キッチュ論』、『コミック論』などで知られた美術評論家であり漫画評論家。漫画にアングラ芸術、街場のデザインなど、当時見向きもされなかったストリート・レベルのアートの価値を積極的に評価した、先駆的な存在でした。昭和52(1977)年に、わずか49歳で亡くなっているので、もちろんお会いしたことはないけれど、業績を見てみれば僕の大師匠というか・・・。
design
昭和のレコードデザイン集
レコードがCDになって音質はよくなったし、A面とB面をひっくりかえす必要もなくなったが、かわりに失われたものがある――ジャケットの魅力だ。あの、プラスチックのCDケースに封入された12センチ角のブックレットが、いかにお洒落にデザインされようと、30センチ角のLPジャケットや、シングル盤のビニール袋に入れられたペラのカバーにすら、とうていかないはしない。そして在りし日のLPを縮小した紙ジャケCDは、さらにもの悲しい。
food & drink
電気の街の、わくわくうさぎランド
新・秋葉原の中心部に2月10日オープンしたばかりなのが『CANDY FRUIT うさぎの館』。その名のとおり、うさぎがいっぱいいる館なんです・・しかも動物のうさぎと、人間のうさぎが。猫カフェというのはよく聞くけれど、うさぎですか・・と絶句したら、連れてってくれた友達によると、すでに東京だけで10店以上、なぜか横浜にはさらに多くの「うさぎカフェ」が盛業中だとか。
music & DVD review
田原総一郎 x 三上寛 ドキュメンタリーの原初的衝動
田原総一郎・・といえば「朝ナマで声張り上げてるオジサン」と思ってる方が、いまではほとんどかもしれないけれど、彼は1964(昭和39)年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に入社、77年にフリーランスになるまで、すばらしく過激なドキュメンタリー番組を作りつづけた敏腕、というか異能のディレクターでした。
travel
いちばん近くて遠い街 釜山逍遙 後編
昔懐かしいムードのジャングル風呂で、童心に帰って全裸で遊ぶもよし、水着を借りて露天風呂でくつろぐのもよろしいが、忘れてならないのが広いパークのいちばん奥にある「地獄めぐり」。なぜに温泉と地獄がいっしょになってるのか、わかるようでわからないが、とにかくここにはゆるやかな坂道に沿って、地獄のさまざまなシーンが等身大の彫刻で再現されている。
art 無料公開中
人形愛に溺れて・・妖しのドールハウス訪問記
オープニングの夜だったか、トークショーのときだったか、いろんなお客さんに写真とラブドールの説明をしていたときに、じっとドールを見つめている、というか睨めまわしているひとりの男性が目に止まった。さっそく近づいていって、「これがオリエント工業という会社の最高級ラブドールで、お値段70万円・・」と得意になって説明しようとしたら、「知ってます、持ってますから」と返されてギャフン。それが「写真家兼模造人体愛好家」である兵頭喜貴さんとの出会いだった。
art
刑務所博物館で身もこころもヒンヤリ
Corrections Museum 廊下に沿った舎房を覗いてみると・・そこにはとんでもない拷問を受けている受刑者たち(のマネキン・・もちろん!)がいた。籐で編んだ巨大なボール(セパタクローで使うような)に囚人を入れ(しかもボールの内部には無数の釘が突き出している)、それを象に蹴らせる! なんてイマジネーション豊かすぎる拷問器具が、マネキン込みで展示されていて、迫力満点。こうした拷問は政令によって1934年に廃止されるまで行われていたというから・・恐ろしいですねえ。
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伝説の生き河童・鯉とりまあしゃん
九州一の河川である筑後川流域の田主丸から吉井あたりは、昔から河童伝説が盛んに伝えられてきた土地。『珍日本紀行』でも田主丸の「カッパ駅」、吉井の「カッパ公園」を紹介しましたが、今回道草していただきたいのは田主丸町内、国道210号線沿いに店を構える『鯉の巣本店』だ。その名のとおり鯉料理とウナギを食べさせるこの店、なぜにわざわざ寄り道する意味があるのかと言えば・・創業者が「鯉とりまあしゃん」と呼ばれる、伝説の人物だから。
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『バッタもんのバッタもん』でバッタバタ
この展覧会のことを取り上げたのは、企画自体がおもしろいこともあるんですが、2010年神戸での展示がルイ・ヴィトン社の抗議にあって中止になったように、今回も参加作品の一部にギャラリー側からクレームがつき・・・結果として「ブラックボックス」と岡本さんが名づけた、モザイクをかけたように見える箱の中に展示することになったという、「またかよ!」な顛末を聞いたから。 その、問題の作品とは「アンパンもん」と「せんともん」。
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ROADSIDE SONGS vol. 01 湯浅学&チプルソ 報告
記念すべき第1回に出演してくれたのは、音楽評論家でもある湯浅学、そして先月の『夜露死苦現代詩2.0』で取り上げた大阪のラッパー「チプルソ」。自主制作によるファースト・アルバム『一人宇宙』を出したばかりのニュー・アーティストですが、すでに新潮のサイト で、名曲『I LOVE ME』を聴いて涙したひともいるのでは。ふだんは大阪をベースに活動しているので、東京でライブを体験できる貴重なチャンスでした。
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マイ・フェバリット・オールド・バンコク 2
いよいよゴールデンウィークも間近。運良くバンコク行きのチケットを買えたひとにはとっておきの情報を、行けないひとにもせめて旅情のお裾分けを・・というわけで、先週に続いてお送りする古き良き、そしていつなくなってしまうかわからないオールド・バンコクをめぐる旅。今回はバンコクへの旅行者にとって、おそらくいちばんなじみ深いであろうサイアム周辺の超老舗スポット2軒をご紹介する。サイアムあたりはバンコク観光ガイドでも最重要エリアとして扱われているが、今回ご紹介するのは、そういうガイドにはぜったい載らないであろう、でも僕が愛してやまないレトロ・デザイン・スポット。
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三上正泰の、なんでもボールペン
昨年11月から今年2月まで、花巻の「るんぴにい美術館」という、小さなアウトサイダー・アート・ギャラリーのグループ展に参加しました。場所が岩手県なので、ご覧になれた方は多くないでしょうが、参加アーティストの中には初めて作品を見ることができた地元の作家もいて、僕としては興味津々。なかでも三上正泰さんの作品には目が釘付けになり、急いで模造紙を買ってきて、写真撮らせてもらいました。
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ついでに新開地にも足をのばしてみれば
かつては神戸随一の繁華街として栄えた湊川新開地商店街。昼間からシャッターを閉める商店が目立つ中で、歩道まで商品をあふれさせているのが松野文具店だ。 名前こそ文房具屋だが、店先にはカレンダーや扇子といった少々毛色のちがう商品ばかりが、商店というより屋台が壁に埋まった趣の極小空間にびっしり詰め込まれ、その真ん中にからだを丸めて座っているのが、ご主人の松野宏三さん。
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街は千の目を持つ:鏡の国の路地裏紀行
江戸時代から明治・大正・昭和の建物が自然なかたちで混在する街並みは、景観保存条例などによって無菌培養のように残された街とはまたちがった、おだやかに時間が止まっている感覚がある。宮崎駿が2005年にこの街の一軒家を2ヶ月間借り切って滞在、そこで育んだ構想が『崖の上のポニョ』に結実したこともよく知られている。
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鞆の浦おかんアート紀行
今回の展覧会では、先週ご紹介した福山のアウトサイダー・ルポルタージュのほかに、鞆の浦で出会ったカリスマ・おかんアーティストたちとその作品群も展示される。アート・ギャラリーで「おかんアート」が、ファインアートに混じって展示されるのは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。規模は小さいが、実家の茶の間やスナックのカウンターとかではなく、ギャラリーという展示空間でどう見えるのか、僕としても興味津々だ。
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特別集中連載:カッセルでの日々 3 (写真・文 大竹伸朗)
滞在場所であるアパートとドクメンタ本部、森の設置場所の位置関係もきちんと把握できないまま毎朝チャリ発進の日々が始まった。日本とくらべると真冬に近い気候の中、時にロンドンの遠い日々を時に別海での忘却の彼方が頭をよぎり樫の巨木元とにかく終わりの見えない作業に突入した。「小屋作品」の最終形はここカッセルで何を拾うかにすべてがかかっている。
photography
アメリカの『ねじ式』
以前このメルマガで『ヤング・ポートフォリオ』という企画展を紹介した清里フォトアートミュージアムで、いま『Flash! Flash! Flash! エジャートン博士、O.ウィンストン・リンク、ERICの写真』という、なかなか変化球の展覧会が開催中だ(12月24日まで)。この3人の名前だけでピンと来るひとはかなりの写真通だろう。ハロルド・エジャートン博士は、ストロボの発明者として有名。撮影に25年間を費やしたという「ミルククラウン」や、リンゴを突き抜ける弾丸の写真は、いちどは見たことあるひとも多いはずだ。
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夭折の天才少年画家・沼祐一
会場は老若男女の山下清ファンで、オープン早々にもかかわらず驚くほど混み合っていた。『山下清とその仲間たち』と題されているように、本展は山下清を中心に、八幡学園で育った子供たちの作品が展示されているのだが、もちろん多くの入館者のお目当ては山下清。でも僕としては山下清はもちろん大好きだけれど(容姿も似てるし)、なかなか原画を見る機会のない他の入園児童たち、なかでも「沼祐一」という名の少年にすごく興味があった。以前に本の図版で見ただけで、原画はいちども見たことがなかったが、そのクオリティの高さには衝撃を受けていたので・・。
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夜露死苦現代詩2.0 最終回 レイトのアートワーク
文芸誌『新潮』で去年初めから連載してきた、日本語ラップの詩人たちを訪ね歩く旅「夜露死苦現代詩2.0 ヒップホップの詩人たち」が、昨日発売の第15回で最終回を迎えました。これから単行本化の作業に入りますので、お楽しみにお待ちください。THA BLUE HERBにはじまって、B.I.G. JOE、鬼、田我流、RUMI、TwiGy、ANARCHY、TOKONA-X、小林勝行、チプルソ、ERA、志人、NORIKIYO、ZONE THE DARKNESSと、個性的なラッパーたちをたくさん紹介してきましたが、最終回を飾ってくれた「レイト」も、これまでの14人に負けず劣らずの超個性派。いままで登場したなかでもっとも詩的な感性にあふれたリリックを書くひとりです――。
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海景と死者の町
1時間かそこら走って、車窓の左側に大山の雄大な景観が見えてくるころ、JR山陰本線・赤崎駅への曲がり角がある。もともとの名前を赤崎町、2004年からは町村合併で琴浦町と呼ばれるようになった、あっというまに走りすぎてしまうような小さな漁村。どんな観光ガイドブックにも載らないこの地味な町に、これまた観光ガイドには載らない、とびきりの奇景が隠されている。ふつうの観光名所のように、道路標識はない。カーナビにも表示されない。「道の駅・ポート赤崎」を過ぎて、赤崎駅入口の交差点に差し掛かったら、その信号を海側に右折すれば、そこが赤崎の町。そしてさらに海側を走る細い道を見つけたら、それを右に折れてみよう。すると左の海側に・・すぐ見つかるはずだ、巨大な墓地が。
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旅のついでに展覧会めぐり
まだまだ猛暑のただ中ではありますが、先週から各地でちょっとストレンジ・テイストな展覧会がスタートしたり、もうすぐ始まったりします。もう夏休み終わっちゃった! という方も多いでしょうが、ここでまとめてご紹介しておきます。場所は広島、山口、滋賀、東京・・どれかひとつでも、どこかで巡り会えますように。まずは以前、僕もオープニングのグループ展『リサイクルリサイタル』に参加した、広島県福山市の鞆の津ミュージアムでは、先週土曜日から『万国モナリザ大博覧会』なる展覧会を開催中。ちょうど空山基さんのハードコアなモナリザをお見せしたばかりですが――
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オリンピックの芸術競技
オリンピック開催ごとにトリビア・クイズなんかに出てくるが、かつてオリンッピックには「芸術競技」という部門があったのをご存じだろうか。 近代オリンピックの父・クーベルタン男爵の提唱で始まった初期のオリンピック規約には、「スポーツと芸術の部門で競技を行わなくてはならない」と定められていたそうだ。もともとスポーツを文化、芸術、さらには信仰の発露としてとらえた古代ギリシア人の精神に則って再興された近代オリンピックだから、芸術競技が設けられたのもおかしくない。
photography
鳥取の店構え
こないだ鳥取の図書館で、鳥取市内の繁華街の写真を探していたときのこと。地元史の棚で、ペーパーバックの地味な写真集が目にとまった。『池本喜巳写真集 近世店屋考』――なにげなく手にとってパラパラしてみたら、それは鳥取県内の昔ながらの商店をモノクロームで撮影した記録だった。床屋、米屋、金物屋、時計屋、荒物屋、酒屋、駄菓子屋・・・大型カメラでじっくりきっちり、構図を固めて写し取られた空間と人物たち。1983年から2005年というから、20年間以上にわたって収集された鳥取の商店は、どれも数十年の歴史を経てきたものばかりだ。それは昭和そのものにも見えるし、いまでも地方の旧道を走っていると、カーブを曲がった先にひょっと現れそうでもある。
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夢見る愛玩人形家具たち
本メルマガ読者の方々なら、すでにご存じの方も多かろう、上野御徒町に本拠を置くオリエント工業。『東京右半分』でも大きく紹介した、世界最高級のラブドール・メーカーである。そのオリエント工業が創業35周年を記念して発表した、とんでもない新プロジェクトがこれ、「愛玩人形家具=ラブドールファニチャー」だ。女体家具と言えば「家畜人ヤプー」を想起するひともいるだろうし、60年代ブリティッシュ・ポップの代表格アレン・ジョーンズの女体家具彫刻を思い出すひともいるだろう。
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海女の群像
写真って、どう撮るかよりも、撮らせてもらえるまでにどう持っていくかの勝負なのかも、と思うことがよくある。親しくなって、いい顔をしてもらうとかじゃない。カメラを持った他人がその場にいることが、だれの気にもならなくなって、気配を消せるところまで持っていけたら、それはもう撮影の大半を終えたも同然、ということがよくある。このほど10年ぶりに再刊されたという『海女の群像』という写真集を見た。撮影者の岩瀬禎之さんは1904(明治37)年生まれ。すでに2001(平成13)年に97歳で亡くなられているが、千葉・御宿の地で江戸時代から続く地酒「岩の井」蔵元として酒造りに励みながら、長く地元の海女たちを写真に収めてきた。
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おかんアートの陰影(ROADSIDE SENDAIから)
このメールマガジンでも、これまでたびたび取り上げてきた「おかんアート」。最近はいろいろな町に行くたびに、その土地のカリスマ・おかんアーティストを探すのがお約束のようになってしまっている。すでに何度か書いたが、おかんアートとは―― メインストリームのファインアートから離れた「極北」で息づくのがアウトサイダー・アートであるとすれば、もうひとつ、もしかしたら正反対の「極南」で優しく育まれているアートフォームがある。それが「おかんアート」。その名のとおり、「おかあさんがつくるアート」のことだ。
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伊達政宗歴史館と仙台武家屋敷(ROADSIDE SENDAIから)
今回ご紹介するのは「みちのく伊達政宗歴史館」と「仙台武家屋敷」という、なかなかレアな観光教育施設。伊達政宗歴史館は仙台のお隣、松島の美しい海岸沿いにあるのですが、津波の被害を受けて1階部分が泥で埋まってしまい、スタッフやボランティアの懸命の努力により、震災から1ヶ月半ほどで再開にこぎ着けたという蝋人形館。いっぽう仙台武家屋敷&人間教育館のほうは、かなり前に『BQ』という民放デジタル放送番組で1年以上放映された、映像版『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』でも取材・放映した、仙台きっての隠れB級スポットだったのですが、それがそのあとも脚光を浴びるケースはほぼなく・・・こちらも震災による地震で甚大な被害を受け、無期限休館中。
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死刑囚の絵展リポート
執行日はだれにも――肉親にも、本人にすら――事前に明かされることはなく、その日の朝に声をかけられて(朝食後だという)、初めて「きょう死ぬんだ」とわかる仕組みになっている。毎日、毎日、ときには何十年も・・・そうやって自分が死ぬ日を待つ日々。死刑には賛成派も反対派もいるだろうけれど、これを精神的な拷問と言わずして、なんと言うのだろうか。そういう極限の状態に置かれている日本の死刑囚たちがつくりだす、極限の芸術作品。それを集めた小さな展覧会が広島で開かれたというニュースを、今月初めのメルマガでお伝えした。幸運にも展覧会に駆けつけることができたので、今回はその模様をリポートしたい。
art
めくるめく70年代の記憶と再生
1956年に生まれた僕は、1970年に中学3年生だった。その年、ジミ・ヘンドリックスとジャニス・ジョプリンがドラッグで命を落とし、三島由紀夫が割腹自殺し、赤軍派は日本航空のよど号を乗っ取って、あしたのジョーになろうと北朝鮮に向かった。その年に大阪のはずれでは「人類の進歩と調和」をうたった万国博覧会が開催され、6400万人以上の入場者を集めていた。いま北浦和の埼玉県立近代美術館で『日本の70年代 1968-1982』という展覧会が開かれている(11月11日まで)。
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紙の束になったモンシェリ ――ドクメンタの大竹伸朗と、エディション・ノルトの仕事
『モンシェリ』の全貌を伝える記録集が、新潟県浦佐のedition.nord(エディション・ノルト)から刊行された。ただし、全部で5段階になるという出版プロジェクトのうち、今回リリースされたのは第1弾から第3弾まで。これから年末~来年にかけて、さらにふたつの刊行物が用意されるという。5種類の記録集。それがすべて東京の大出版社ではなく、新潟県の片隅で、夫婦ふたりで営むデザイン・スタジオ兼出版社から、完全に自費出版のかたちで制作販売される。しかも通常の印刷プロセスを省き、全ページをレーザー出力し、そのコピー紙の束をそのまま封筒に詰めたり、製本したという・・・。これも『モンシェリ』本体に負けず劣らずの、素敵に無謀なプロジェクトだろう。
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札幌迷走紀行・後編 郊外聖地――サバービア・ホーリーランドをゆく
札幌市中心部から、国道453号線を一路南下すること約40分、真駒内地区にある広大な国営公園・滝野すずらん丘陵公園に隣接する、これまた広大な滝野霊園。ちくま文庫版の『珍日本紀行・東日本編』のカバーにも登場してもらったし、珍スポットファンにはもはやおなじみの道内最重要ポイントであろう。滝野霊園は総面積約1.8平方キロ。皇居の面積が約1.4平方キロだから、皇居より大きく、約0.5平方キロの東京ディズニーランドにいたっては、なんと3倍以上。むろん日本最大級の霊園だ。しかもそのうち墓所部分は約27万平米、公園緑地が110万平米ということで、霊園のうち四分の三が公園ということになる。そしてその北海道的、としか形容しようのない広大な公園に点在するのが・・・ご存じイースター島のモアイやストーンヘンジなど、あまりに意表を突く巨大石彫群だ。
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大竹伸朗展速報
先週号でお伝えしたように、この24日から韓国ソウルで『大竹伸朗展』が開幕した。場所はアートソンジェ・センター。東京で言えば表参道と原宿をいっしょにしたような、ファッショナブルな街・三清洞にあるアートスペースの、1階から3階まで、全館を使った大規模な個展だ。2010年に光州ビエンナーレに参加して以来、韓国では2度目の展覧会になる大竹伸朗。しかし意外にも、海外での個展は1985年にロンドンICAで開いて以来、なんと27年ぶりの2回目。そして今回は、以前のロンドン展とは比較にならない、スケールアップしたボリュームのソロ・エクジビションである。本メルマガでは先週の、アーティスト本人による『ソウル日日』に続いて、今週は展覧会のリポート、そして来週にはふたたび本人による第2弾リポートを、動画を交えながらお送りする予定だ。
music
ウィークエンド・ハードコア
11月7日配信の041号で告知した、新雑誌『実話レイジ』でスタートした連載『Weekend Hardcore ― 週末ハードコア』。仕事を持ちながらハードコア・バンドを続けている「永遠のロック少年少女」たちを訪ね歩く企画でしたが・・・なんと『レイジ』が1号で休刊決定! 昔は「三号雑誌」という、その名のとおり3冊で消えてしまう雑誌のことを揶揄する言葉でしたが、最近はたった1冊で休刊なんですねえ・・・世知辛すぎ。僕が創刊まもないPOPEYE編集部で働き出したころ、編集長から聞いたのは、「いまは売れなくてもいいから、思いっきりやればいいんだ、社長も『1年は待つから』と言ってくれてる」と、僕ら若手編集者を思い思いの方向に突っ走らせてくれたものでした。
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圏外の街角から:大洲
かつて松山から宇和島方面に南下するには、宇和島街道と呼ばれる国道56号線を使うのが一般的だった。松山市街を抜け、のどかな田園地帯と山並みを抜けて、伊予吉田あたりのトンネルを抜けると突然、宇和海が目の前に広がる。その景色がすごく好きだった。そして街道沿いに現れ消える内子、大洲といった古い街にクルマを停め、歩き回る時間も。高速道路の松山自動車道が宇和島まで延びてから、すべてが変わってしまった。運転時間は短縮されたけれど、宇和島まで海はひとつも見えないし、わざわざ高速を途中で降りて、街を散策しようというひとだって、ずいぶん減ったにちがいない。高速道路も新幹線も、いざ誘致してみたら街は寂れるばかり・・というのが、いま日本中で起きている「取り返しのつかない勘違い」だ。
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新宿にゾンビ来襲! @新宿秘宝館
すでに告知しているとおり、先週土曜日からギャラリー新宿座において、『新宿秘宝館』が開催されています。土曜日の初日には、あいにくの雨模様にもかかわらず、100人以上のお客さまが来てくれました。どうもありがとう! 新宿秘宝館:みんな嘘っぱちばかりの世界だった 甲州行きの終列車が頭の上を走ってゆく 百貨店の屋上のように寥々とした全生活を振り捨てて 私は木賃宿の蒲団に静脈を延ばしている――かつて旭町と呼ばれた新宿4丁目の木賃宿で、林芙美子は放浪記にこう書いた。JRとタカシマヤの澄まし顔に、道の向かいから思いきり毒づいているような、すえた昭和の匂いがいまだ漂う一角。そんな場所で、昭和の秘宝をいま開陳できる幸せを思う。
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ROADSIDE台湾2:麻豆代天府
先週の彰化・八卦山南天宮に続いて、今週は台湾屈指とだれもが認めるキング・オブ・ビザール・テンプル、麻豆代天府にお連れしよう。台北から新幹線で南下すること1時間半あまり、台南エリアの要所、台南市からクルマで1時間足らずの麻豆(マードウ)は、文旦(ザボン)の産地として名高い、静かな町である。台湾の古寺旧跡は、台北のある北部よりも、早くから中国文明が流入した南部にずっと多く残っている。台南郊外には南鯤鯓代天府という台湾有数の大寺院があるが、麻豆代天府は南昆身に次ぐ規模を誇る、明朝末期建立の古刹だ
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可愛くて、やがて恐ろしき堕落部屋
今週あたり全国の書店に行き渡っているだろう、話題の写真集がある。先行販売している一部書店やネットでは、すでにかなり盛り上がっているその一冊は『堕落部屋』という。デビューしたてのアイドルだったり、アーティストの卵だったり、アルバイトだったりニートだったり・・・さまざまな境遇に暮らす、すごく可愛らしい女の子たちの、あんまり可愛らしくない部屋を50も集めた、キュートともホラーとも言える写真集だ。実はこの本、僕がオビを書かせてもらっている。ほかの文筆業の方々はどうなのかわからないが、僕にとって他人の本のオビを書くというのは、けっこうプレッシャーのかかる仕事で、ごく親しいひとの本以外はなるべく受けたくない。だから自分の本のオビも、かならず自分で書く。でも、この川本史織という若い写真家の作品集は、ゲラを見せてもらった時点で、なんとかキャッチーなオビを書いてあげたい、という気持ちになった。
lifestyle
ケンケンという唄
去年の秋ごろ、新宿ゴールデン街で飲んでいたときのこと。筑摩書房のウェブで連載している『独居老人スタイル』の人探しに苦労しているという話をしていたら、「それならぴったりの独居老人でシャンソン歌手というのを知ってる!」と店主に言われて大喜び。日を改めて店に来てもらったら、どうもようすがおかしい。「あの・・失礼ですけど、いまおいくつですか?」「え、51ですけど」。えーっっ、僕より若いじゃないですか。これはいくらなんでも、「独居老人」呼ばわりするには無理がある。す、すいません・・と謝りつつ、「ぜんぜん老人じゃないじゃない!」と店主をにらんだら、「そんなに若いの、ケンケン! もっと老けてみえるし~~」と言われて、当人もがっくり。「そうなの、昔から(年より)上に見られちゃうんですよねぇ」と苦笑い。それが歌手・ケンケンさんとの出会いだった。
travel
常滑、時間をさかのぼる旅
海上に浮かぶセントレアはともかくとしても、現在の常滑駅から海側の競艇場や市役所があるあたりでさえ、たった数十年前までは海だったという。常滑駅前には今年で廃業という木造3階建ての重厚な「丸久旅館」があって、見せていただいた昔の写真には、部屋からすぐ先の海浜を眺めるお客さんが写っていて、びっくりした。それほど急速に開発が進んだ町でありながら、駅の南東部に広がる旧市街と呼びたくなる常滑の中心部は、小高い丘を取り巻くように、見事なまでに昔ながらのたたずまいが残っている。それも、歴史遺産として「保全」されているのではなく、地元のひとびとがふつうに働き、住み暮らす場として。
art
追悼・嶋本昭三
今週金曜日(2月15日)からニューヨークのグッゲンハイム美術館で、大規模な具体展が始まる。『GUTAI: SPLENDID PLAYGROUND』というタイトルそのままに、破天荒なエネルギーが炸裂した具体美術協会の全貌が、アメリカのハイアート・シーンにどう受け取られるのか、興味津々だ。考えてみればいまからもう30年あまり前、僕がBRUTUS誌で具体の特集を作ったころ、資料を集めるのはほんとうに大変だった。おそらく戦後の日本美術で唯一、国際的な評価を受けたムーヴメントであったのに、当時の東京の現代美術業界で具体は「関西ローカルで、ずっと前に終わったもの」として、ひどく不当な扱いしかされていなかったことを思い出す。
photography
刺青の陰影 1
先月から今月にかけて、052~053号で紹介した森田一朗・写真コレクション『サーカスが街にいたころ』。今週と来週はその続編として、森田さんの刺青写真コレクションをお見せする。森田さんが刺青を撮りはじめたのは1960年代。サーカスについて回り始めるより前のことだった――。“僕はね、ひとにどんどん近づいてって、話を聞くのが好きなんですよ。それであるとき、風呂屋に行って、隣にいたひとをぱっと見たら、素晴らし彫りものをしていてね。それで思わず「これ、水滸伝じゃないですか」って聞いたんです。『張順の浪切り』っていう図柄だったんだけど、本人はそれを知らなかったのね。それで「あんた詳しいな」ってことになって、仲良くなって家に遊びに行かせてもらったりしてたんです。
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グラフィティの進化系――KaToPeの幻想世界
北千住駅を西口に降りる。駅前の居酒屋街やキャバレー・ハリウッドの看板にこころ引かれつつも商店街を直進、宿場通りを右に折れてずーっと歩いていくと、小さな立ち飲み屋が見つかるはずだ。地下鉄の乗り入れや大学の進出で、このところ急に若者系の店が目立つようになった北千住の、新しい空気を象徴するようなこの店、『八古屋』と書いて「やこや」と読ませる。もともとは古着屋だったが、2010年に立ち飲み屋になった。「ものすごく狭いけど、ものすごく安くて、築地から仕入れてくる突き出しとかものすごく美味しくて、お客さんも地元のラッパーとかいろいろで、ものすごくおもしろい絵も飾ってあるんです」という、若い友人からの断りようのないお誘いを受けて、ある晩うかがってみると・・・そこに飾られていたのがKaToPeの作品だった。
photography
海辺にて――デレク・ジャーマンへの旅
来週月曜(11日)まで、そのタカシマヤ美術画廊で開催されているのが『高橋恭司 “ブルーブルー” ―デレク・ジャーマンの庭―』という写真展だ。亡くなったのが1994年だから、もうすぐ没後20年になるデレク・ジャーマン。「映画監督・舞台デザイナー・作家・園芸家」などとウィキには書かれているが、みなさんにとってデレク・ジャーマンとは、どんな存在だったのだろう。最初から最後まで画面が青一色だった、あまりに異色な遺作『ブルー』を思い出すひともいるだろうし、かつて日本でも彼の庭園を紹介する本の翻訳版が出たことから、おしゃれな園芸家として知っているひともいるだろう。
movie
負け組音楽映画の真実――『シュガーマン』と『ジンギス・ブルース』
今週末からいよいよ『シュガーマン』の上映が始まる。正式タイトルは『シュガーマン 奇跡に愛された男』だが、『サーチング・フォア・シュガーマン』という原題のほうがずっといいなあ・・・などと思っていたら、アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門を受賞してしまった。今年は作品賞も実話をもとにした『アルゴ』だったし、「なんとか2」とか「3」とかばかりに巨費を投じるハリウッドの制作スタイルが、すでに限界に達していることを示しているのかもしれない。もうテレビでも新聞雑誌でもずいぶん紹介しているので、いまさらここで書く必要もないと思うが、『シュガーマン』はロドリゲスという実在のミュージシャンをめぐる、数奇としか言いようのないドラマを映像化した作品だ。
interview
水もしたたるイイ女
その円奴から久しぶりに電話がかかってきたのだけど、なんだか声が震えてる。どうしたの?って聞くと、「うちが水害にあっちゃって!」と、しんみり。え、そこ新大久保でしょ? 円奴の部屋はアパートの1階なのだが、数日前に大家さんが住む2階から水漏れ・・・なんてレベルじゃなく、天井から雨のように水が・・・という大事件が発生。めちゃくちゃになった部屋を少しずつ片付けながら、いまは近くのウィークリーマンションで避難生活なのだという。笑っちゃいけないけど、よりによってこんなにあふれんばかりのブツが詰め込まれた部屋にかぎって、こんな被害に遭うなんて。隣の部屋はぜんぜん無事だったというし。「悔しいから、写真撮りに来て!」と言われて、喜んで駆けつけました。
movie
石巻のパラダイス・ガラージ――パールシネマ潜入記
ちだ原人のインタビューにも協力いただいた石巻のデッドヘッズカフェ『ROOTS』を紹介した去年12月12日配信号で、ちらっとお見せしたのが石巻商店街にある宮城県内唯一の成人映画館『日活パールシネマ』だった――。もともとは石巻で酒蔵を始めた、現在のオーナー清野太兵衛さんの先代が、大正15年に石巻歌舞伎座といいう芝居小屋を建立。芝居の合間に日活の活動写真を上映するようになり、昭和26年に現在の劇場を建て、しばらくダンスホールとして営業したのち、昭和30年から映画館としての営業を始めたという。
art
銀座6丁目のフェティッシュ宇宙
このメルマガではすでにおなじみの銀座ヴァニラ画廊。現代とか古典とか、プロとかアマとか関係なく、とにかく「フェティッシュ」という一点に絞ってアーティストを選び、展示を続けている珍しいギャラリーだ。そのヴァニラ画廊が昨年、初の公募展を開催。その受賞者展が今月1日から13日まで開催中である。美術評論家・美術史家の宮田徹也さん、ギャラリー・オーナーの内藤巽さんと共に、僕も審査にあたったこの公募展。最初は告知コーナーで触れるくらいにしておこうと思ったが、さすがにヴァニラらしいビザールな作品が集まったので、ここでちらりと紹介してみたい。第一次審査を通過した33作品の中から、今回は大賞1名、審査員それぞれの賞が1名ずつ計3名、さらに奨励賞が3名選ばれた。今回の受賞者展では各賞の受賞作品と、第一次審査通過作品も併せて展示されるという。
travel
極楽行きのディスコバス
このメルマガや、前身のブログ「ロードサイド・ダイアリーズ」読者のみなさまは、僕がどれだけタイ好きか、よくわかっていただけていると思う。なので「タイに行ったらこんなおもしろいのありました」という報告をもらっても、たいていは驚いたりしないのだが、先日イベントで出会った男性から、「タイのディスコバス、いいですよね~」と話しかけられたときには、久しぶりに驚いたし、悔しかった。(中略)音楽を満載して、とびきりのサウンドシステムと、とびきり過剰なエレクトリック・ドレスアップを施して、田舎のハイウェイに君臨する「走るディスコ」! それはつかのま乗客たちをトリップさせてくれる、極楽行きのマジック・カーペットであるにちがいない。バンコクのおしゃれキッズもまだ知らない、タイの最下層から生まれた最上級のクリエイション。初めてのタイ旅行をきっかけにハマってしまい、タイ語もできないままシーンに飛び込んでしまった渡邉さんのリポートをどうぞ!
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原色の寝室――タイの日式ラブホテルめぐり 2
タイ各地の「日式」ラブホテルをめぐる旅。先週はタイ最北部チェンライの『レッドローズ・ホテル』を紹介したが、今週はチェンマイの『アドヴェンチャー・ホテル』、バンコク郊外の『サイアムソサエティ・ホテル』の2軒にお連れしよう。まずはバンコクに次いで、旅行先としても人気の高いチェンマイ。言うまでもなく、タイ北部最大の都市である。バンコクと異なり、歩いて回れるチェンマイの旧市街はいかにもオールド・タイの風情にあふれているが、アドヴェンチャー・ホテルがあるのは旧市街から外に出た、チェンマイ空港からクルマで5分という大通りの交差点。なのでラブホテルとしてだけでなく、家族連れや団体客などの旅行客にとっても便利なロケーションにある。
photography
梅佳代展オープン!
先週土曜日から初台の東京オペラシティ・アートギャラリーで始まった『UMEKAYO 梅佳代展』。すでにチェックしたというひともいるでしょう。これまでの彼女の展覧会の中でも最大規模の、そして現代日本のポップ・カルチャーにおける写真表現の最前線をあらわにする、絶対注目の大規模展覧会です――こんなこと言うと、生真面目なアート・フォトグラフィ信奉者に怒られそうですが。梅佳代についてはもう説明の必要がないと思うので、ここでは書きません。1981年に石川県で生まれ、2002年に大阪の日本写真映像専門学校を卒業。2006年に初写真集『うめめ』を発表して一躍注目を集め、翌年には木村伊兵衛写真賞を受賞(このときは僕が審査員でした)。それからの活躍はご存知のとおりです。
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連載:スナックショット 21 京都・兵庫(平田順一)
どうも平田です。京都・大阪・神戸と大都市が近接しながら、それぞれに独自の文化を培ってきた関西地方の街並みは大好きなんですが、コテコテとかベタベタといった形容詞の関西レポートは避けるべく、今回のスナックショットは京都府の中丹地方と兵庫県の播州地方からお送りします。京都府が海に面している事は小学校の社会科で学習するものの、山に囲まれた京都の盆地からは海がイメージできません。一方で古くから海軍の拠点だった舞鶴市を歩いてみると、逆にここが京都の洛中とおなじ自治体にあるのが遠く感じられ、京都共栄銀行や京都北都信用金庫の店舗があるので、あらためてここも京都だったと認識させられます。
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ウグイス谷のラバー・ソウル
去年のちょうどいまごろ、5月9日配信号に掲載した『ウグイス谷のゴム人間』。イラストレーターのゴッホ今泉さんが主宰してすでに20年間以上、通算200回以上は開かれている毎月第1土曜日の『デパートメントH』。日本でいちばん古くて、いちばん大規模でフレンドリーなフェティッシュ・パーティで、毎年5月6日の「ゴムの日」にあわせて開催されるのが『大ゴム祭』だ。あれから早1年。「今年も新作がいっぱい出ます!」と教えていただいて、いそいそと会場の鶯谷・東京キネマ倶楽部に行ってきた。例によって舞台に群がり乗り出し、激写・熱写に夢中のカメコ諸君に混じって、美しくもビザールなラバー・ファッションの粋を撮影してきたので、じっくりご覧いただきたい。
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スナックショット 22 岡山(平田順一)
どうも平田です。旅先で酒場の街並みを撮っていると「ちょっとあんた、何を写しているの?」と問いかけられる時があります。またこの一連の行動に対して「そこに何かあるの?」「こういうのが面白いの?」と問われる時もあり、「この雰囲気が良いんですよ」「何があって面白いかは、いろんな町に行って歩いてみないとわからないんですよ」などと答えながら、つくづく説明の下手な自分に嫌気がさすのですが、今回の岡山県は半分が倉敷市水島地区の写真になります。こういう所の写真を撮って伝えたいという気分が顕著に表れているので見てください!
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永遠のニューサザエ
TimeOut TokyoのWeb連載『東京観光案内所』で紹介した『ニューサザエ』。5月1日号の告知でお知らせしましたが、見ていただけたでしょうか。新宿2丁目最古の現役老舗店という重要スポットでありながら、マスターの紫苑(シオン)さんにお聞きした、あまりに激動の半生が、TimeOut Tokyoでは字数の関係でまったく書けなかったので、ここであらためてお送りしたいと。文字数1万8000字オーバー、じっくりお読みください! いまや「ni-chome」という言葉が世界語になるほど、国内外で認知されるようになった世界屈指のゲイタウン・新宿2丁目。東西南北数ブロックのエリアに、数百のゲイバーやレズバーがひしめく不夜城である。閉店(開店ではなくて)が昼過ぎ、なんて店がざらにある、歌舞伎町と並んで日本でいちばん「眠らない街」でもある。
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新連載:CURIOUS MONKEY ~見たい、聞きたい、話したい~ 01――サドゥーになった日本人(文・渡邊智昭 写真・酒井翔太)
今週から始まる新しいシリーズ『キュリアス・モンキー』。「見ざる・言わざる・聞かざる」の真逆を行こうという、気鋭のライター渡邊智昭さんによる不定期連載です。本メルマガでもすでに今年4月9日配信号で、驚愕のディスコ・バスのお話をタイからリポートしてくれた渡邊さん。今週はインドでサドゥーの世界に入り込んでしまった日本人青年を紹介してくれます。ご存じの方も多いと思いますが、サドゥーとはヒンズー教の修行者のこと。すべての所有を放棄し、決まった住居も家族も、極端な場合は衣服すら持たず、俗界を捨て、みずから定めた行を通して解脱を求める者たち。観光地でよく見かける「観光サドゥー」はともかく、初めてのインド行で、それもひょんなきっかけで、神秘的なサドゥーの世界に招き入れられてしまった若者の体験談を、じっくりお聞きください。※ 記事中、一部にショッキングな画像が含まれています。ご留意のうえ御覧ください。
art
蛍光色の夢精――『女根』と女木島をめぐる旅
3年にいちど開かれる瀬戸内国際芸術祭。その夏会期が7月20日から始まる(9月1日まで)。すでに夏休みを利用しての、芸術祭ツアー計画を立てている方も多いだろう。前回の2010年から、さらに拡大した規模で拡大される今回の芸術祭。よほど緻密に計画を立てないと、短時間でいくつもの会場を回るのは不可能だし、そもそもいくつもの島をフェリーで巡らなくてはならず、会場によっては入場制限もあったり、なかなか事前の予定どおりにスケジュールを消化することは難しい。これから行こうという方には、なるべく余裕を持ったスケジュールで、「ここだけは!」という展示を数カ所選んで回ることをおすすめする。
photography
駅という名の広場があった――新宿駅と上野駅の写真集をめぐって
1969年、僕は中学生だった。テレビでは東大安田講堂の攻防戦がニュースで流れ、海の向こうではウッドストックに数十万人の若者が集い、19歳の永山則夫が米軍基地から盗んだピストルで4人を殺し、アームストロング船長たちが月面を散歩し、映画館には『真夜中のカウボーイ』や『イージーライダー』を観る列ができて、パチンコ屋からは『夜明けのスキャット』や『ブルー・ライト・ヨコハマ』や『人形の家』が流れていた年。そして1969年は駅が「広場」であることをやめ、「通路」になってしまった年でもあった。1969年の半年間ほど、毎週土曜夜の新宿駅西口地下は、数千人に及ぶ若者たちが集まって、身動きがとれないほどだった。ギターを抱えてフォークソングを歌う者たち。ヘルメットに拡声器で反戦と大学解体を叫ぶ者たち。ジグザグデモをくりかえす者たち。そこはまさに、毎週末に出現する祝祭空間であり、緊張と怒りに満ちた磁場でもあった。
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海辺の村のコンクリ絵巻
台北から新幹線で40分弱、新竹といえばまずビーフンだろう。しかし最近は「台湾のシリコンバレー」と言われるぐらいIT産業が集中していて、いまや台北をスキップして新竹に向かう出張族も多いと聞く。新竹から今度はローカル線に乗り換えて(新幹線とは駅が離れているので注意)、のんびり車窓風景を楽しむこと約30分、新埔(シンプー)という駅にたどり着く。1922(大正11)年にできたこの路線の、当時そのままをとどめているらしい木造建築。眠たげな駅員。駅から外に出ても商店どころか、民家が1軒あるだけ。そして畑の向こうに見え隠れする海(台湾海峡)・・・。「鄙びた」という以外の形容詞が思いつかない新埔駅ではあるが、ここから徒歩わずか数分の距離に、実は台湾屈指のアウトサイダー・コンクリート彫刻庭園『秋茂園』が潜んでいる。
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スナックショット 25 山口(平田順一)
どうも平田です。今回のスナックショットは本州の西の端、山口県で2006年と2007年に行って写真を撮りました。自分は行ったことのない街にどういう酒場があるのかという興味だけで動いており、数多い名所旧跡を素通りするので街の人やほかの旅行者に説明しづらいのですが、まずは現在廃止されている九州行の寝台列車に乗って、夜が明けた柳井市からスタートしました。
interview
CURIOUS MONKEY ~見たい、聞きたい、話したい~ 02 「足りない女」に魅せられた男(渡邊智昭)
世の中には色んな性癖を持った人がいる、なんてことは都築さんのファンなら誰でも知っていることだろう。今回紹介するのは何かが「足りない」女性に取り憑かれた写真家&映像作家、sguts(すがっつ)氏だ。sguts氏はネット上で「瓶底眼鏡っ娘」「歯列矯正娘」、身体欠損の女性をモデルにした「Muse Style」という3サイトを運営し、オンラインと通販で動画や写真を販売。顧客は国内と海外(主にドイツ!)が半々で、現在はその収入だけで生活しているのだという。しかし一言に「瓶底眼鏡マニア」「身体欠損マニア」とは言っても、何をやっているのかイマイチわからない……。そこでまず、実際の撮影現場にお邪魔した。
art
追悼・東健次と『虹の泉』
東健次さんに初めて会ったのは2003年のことだった。三重県山中に『虹の泉』と名づけた、とてつもない彫刻庭園を独力で築いている作家がいると聞き、当時連載していた美術雑誌『PRINTS 21』のために取材に伺ったのだった。翌年、今度は珍日本紀行の特選名所をハイビジョン・ムービーで撮り下ろす民放BSの深夜番組『BQ』のために再訪。まったく落ちないペースと、変わらぬエネルギーに驚嘆したものだったが・・・それから約10年。あれからどうなったろう、と進行具合を気にしながらも、なかなか訪問できずにいるうちに、つい先ごろ、東さんをずっと支えてきた奥様から「完成直前に東健次が亡くなりました」とのお知らせをいただいた。この5月22日に、74歳の生涯を閉じられたのだという。
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新連載! 高松アンダーグラウンド 1(GABOMI)
瀬戸内芸術祭をめぐるとき、ベースとなるのは高松市だ。しかしそのベースキャンプたる高松市については、意外に情報が少ない。観光地といっても、有名なのは栗林公園や玉藻公園(高松城跡)、四国村くらい。うどん県といっても、朝昼晩3食うどんを食べたいわけじゃないし、だいいちほんとにコアなうどん屋は市内中心部ではなく、むしろ郊外にある。昼間のうちはアートを見てればいいかもしれないけれど、夜や、せっかく来たのだからアート以外のなにかを見たかったら、いったいどこに行けばいいのだろう。
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高松アンダーグラウンド 2:ホテルエンペラー(GABOMI)
連載の2回目がやってきました! 写真家GABOMIです。今回は実用的なディープ情報ですよ。この夏、瀬戸内国際芸術祭だの、うどんだの、出張だの、放浪だの、移住だの、なんだかんだで香川にお越しになるかもしれないロードサイザーズ読者の皆様に、おすすめホテルをご紹介! 先週、高松市中心部、商店街の裏をウロウロしていました。ある建築物の壁画を撮影したくてアングルを探していたのです。壁画の全貌を撮るには下からじゃ無理で、すこし離れた建物の上から撮る必要があった。振り返るとそこに「ホテルエンペラー」。
movie
プリミティブであること、ノマドであること ――チャラパルタの教え
どうやって演奏するのか、どんな音が出るのか、見当もつかない楽器に出会うと、すごく興奮する。オーストラリアで初めてディジリドゥを見たとき。楽器屋の片隅で口琴を見つけたり、アフリカ音楽のアルバムで親指ピアノを初めて聴いたとき。ニューエイジ系の飲み屋で、中華鍋をふたつくっつけたようにしか見えないハングドラムを叩いてみたとき。しかしこのチャラパルタというのは・・・。材木をてきとうに切って並べた作業台らしきものを前に、ふたりの男が立っている。太鼓のバチみたいな棒を両手に持って、ひとりが台の材木をポン、と叩く(というか棒を材木の上に落とす)。
photography
優雅なファッションが最高の復讐である――ダニエル・タマーニとコンゴのサプール
イタリア人の写真家であるダニエル・タマーニは、もともと美術史を専攻していたが、数年前から写真の世界に身を投じ、当時住んでいたロンドンや、パリのアフリカ人コミュニティにとりわけ興味をもつようになった。2006年、もとはフランスが宗主国だったコンゴ共和国を旅した彼は、首都ブラザヴィルで、異様なまでにスタイリッシュに着飾った男たちと出会う。それはフランス語で「サプール(sapeur)」と呼ばれる、ヨーロッパ的なダンディズムを中央アフリカの地で体現した、ダニエルにとってまったく未知のグループだった。
travel
高松アンダーグラウンド 3:オーディオいちむら(GABOMI)
どうも写真家GABOMIです。今回の原稿は苦戦です・・・3週間かけ5回取材して、膨れに膨れました。「全部書いていいです」と言ってくれたのでやたらカットもできず・・・もう正直に全部書くしかない! なので覚悟して読んで下さい。出会いは突然に! というか、高松の中心で「あち~」を叫びながら汗ダグで徘徊していた私は、新たなネタを探していた。突如、目に飛び込んできた『オーディオいちむら』と書かれたお店。
book
幻視者としての小松崎茂――ウルトラマン紙芝居ボックスによせて
かつてあまりに身近にあったために、紙芝居という優れたビジュアル・エンターテイメント・メディアが、実は日本の発明であることを僕らは忘れがちだ。絵解き物語や絵巻物の伝統が生んだものかは定かでないが、ひとつの物語を十数枚の絵で構成して、その1枚ずつの解説をいちばん後ろになる絵の裏側に記し、説明し終わった絵を順繰りに送っていくことで、「紙芝居のおじさん」が物語を絵と語りによって進めていけるという独創的なシステムは、1930年代に誕生して以来、日本人の感性に深く浸透してきた。
art
殺戮の造形 ――モザンビークの武器彫刻
駅から歩く距離を考えると(特に炎天下)気持ちが萎えるが、それでもときどきは行っておきたい大阪万博公園内の国立民族学博物館。常設展示を見て回るだけでも、丸一日かけられる規模のコレクションだが、ここはまた時々すごく興味深い企画展を開催していて、しかも東京にいるとそれがなかなか伝わってこなくて、つい見逃してしまうことが少なくない。その民博で現在開催中なのが『武器をアートに』(11月5日まで)。「モザンビークにおける平和構築」という、いかめしいサブタイトルがついているが、これは長く内戦が続いてきたモザンビークでの、武器を使ったアート(立体作品)の展覧会。展示の規模は小さいが、非常に見応えのあるコレクションだ。
art
裸女の溜まり場――よでん圭子のアナクロ・ヌード・ペインティング
今年の春、銀座ヴァニラ画廊の公募展審査をしていたときのこと(2013年4月2日配信号に掲載)。いかにもフェティッシュな若い作家たちの絵画や立体が並ぶ中で、ひとつだけ異彩を放つ、不思議に古風なヌードの油絵が目に留まった。「よでん圭子」さんという女性画家の作品で、くすんだグレーの肌の裸女たちが、画面上にのびやかに配置されている。古典的な構成と技法と、ぜんぜん古典的じゃない風合いを兼ね備えた、それはなんとも評価しがたい絵だった。フェチやSM系に特化した専門画廊(!)であるヴァニラに、こういう作品を送ってくるとは、いったい本気なのだろうか、意図的に狙ってるのだろうか、それとも・・・。
art
大竹伸朗・秋の陣
高松市美術館の『憶速』が9月1日で無事終了し、しかし丸亀市猪熊弦一郎現代美術館での『ニューニュー』はまだまだ続行中(11月4日まで)、ヴェニス・ビエンナーレも続行中(11月24日まで)、瀬戸内国際芸術祭での女木島インスタレーション『女根』は、10月5日からの秋会期が迫るなか、さらにパワーアップ中。そして東京のタケニナガワ・ギャラリーではあらたな展覧会が9月8日にスタートしたばかり(10月26日まで)・・・。2013年の大竹伸朗祭りは、まだまだ大団円を迎えそうにない。
art
天使の誘惑――10歳の似顔絵師・モンド画伯の冒険
101歳のアマチュア画家・江上茂雄さんに荒尾でお会いした翌日、福岡市に戻ってもうひとり、ずっとお会いしたかったアマチュア画家にお目にかかることができた。モンド画伯・・・こちらは10歳のアーティストである。モンド画伯――本名・奥村門土くん――は福岡の小学4年生、先月10歳になったばかりだ。3人兄弟の長男である門土くんのお父さんは、福岡の音楽シーンでは知らぬもののないミュージシャンであり、イベントオーガナイザーでもある「ボギー」さん。公式サイトの自己紹介によれば――
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反逆のタイムカプセル――暴走族ミュージアム訪問記(上野友行)
「暴走族グッズのすごい収集家がいるんで、取材してくださいよ」ヤンキー取材を長く続けていると、こうした話は珍しくない。一般的にはあまり知られていないものの、暴走族グッズやヤクザグッズを集めているマニアは少なからず存在するのだ。ところが、その日その場所に足を踏み入れた私は言葉を失ってしまった。ステッカー、特攻服、なめ猫、改造プラモ、写真集、カレンダー、ドキュメンタリービデオ――。
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オリンピック・デザイン・バトル
書きたい!という思いと、いろいろめんどくさいな~という躊躇で迷っていた新国立競技場問題について、今週は書かせていただく。ツイッターやFacebookのおびただしい書き込みからも察せられるように、この問題については賛成・反対、いろいろな考えのひとがいるだろう。あくまでも僕個人の心情、というていどに受け取っていただけたらうれしい。2020年の東京オリンピックに向けて、国立競技場の建て替えが決定し、デザイン・コンクールで優勝したイギリスの建築家ザハ・ハディドの案が公表されると、槇文彦、伊東豊雄など国内の建築家を中心に激しい反論が提起され、そこに建て替え反対の市民運動も加わって、ザハ案発表から1年半以上たったいまも、波乱含みの様相を呈しているのは、東京在住のみなさまならご存知だろう(しかし東京以外の地方ではどれくらい話題になっているのだろうか)。
art
死刑囚の絵 2013
告知でお知らせしてきたとおり、先週土曜日(10月12日)、新宿区四谷区民ホールで『響かせあおう 死刑廃止の声 2013』が開催された。世界死刑廃止デーである10月10日にあわせ、死刑廃止運動を続ける「FORUM 90」が毎年主催している集会で、今年で9回目になるという。午後1時に始まった集会は、田口ランディさんによる「死刑囚からの手紙」朗読、元冤罪死刑囚・免田栄さんのお話などに続いて、「シンポジウム・死刑囚の表現をめぐって」が開かれた。これは本メルマガで紹介してきた死刑囚の絵画を含む、小説、短歌、俳句など死刑囚自身による表現活動を世に出してきた大道寺幸子基金によるもので、7名の選考委員によって選ばれた2013年度の優秀作品が発表・講評される、年にいちどの貴重な機会である。
photography
鳥取発・昭和行き――池本喜巳、ふたつの写真展
1944年に鳥取市で生まれた池本さんは、大阪の写真学校で学んだあと、帰郷して写真の仕事に従事するかたわら、故・植田正治のアシスタントを20年間にわたって勤めてきた。今年が生誕100年となる植田正治の、写真家としての素顔をもっともよく知る人物のひとりでもある。この10月下旬から11月初めにかけて東京で、池本喜巳さんによるふたつの小さな写真展が開催される。ひとつは自身のシリーズ『そでふれあうも』(@元赤坂Niiyama's Gallery)、もうひとつは植田正治のポートレートを集めた『素顔の植田正治』(@下目黒Gallery Cosmos)。
design
つつましさの美学――チェコの映画ポスター展
今年4月から8月まで開催された『日本映画スチル写真の美学』に続いて、東京・京橋のフィルムセンターでは現在、『チェコの映画ポスター』展が開催中だ(12月1日まで)。コアな映画ファン以外はなかなか足を運ばない場所で、展示されているポスターも82点ほどだが、これがいま僕らが目にする「映画ポスター」と名乗るシロモノとはケタ違いの芸術性と完成度を誇る作品ばかり。ひとりでも多くの方に見ていただきたく、今週はたっぷりスペースを取って紹介してみたい。
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高松アンダーグラウンド:国分寺町リポート1 盆栽(GABOMI)
高松アンダーグラウンドのGABOMIです! おひさしぶりです。9月ごろ高松市の「国分寺町」という町を彷徨い歩いていました。高松の中心部から車で30分、国道沿いの郊外、三方を山に囲まれ、池が三百個もあったりする。まずは地図を頼りに、町の境界線ギリギリを探索して取材していった。隅の隅から攻めちゃおうというわけである。ここでそもそもの話をすると、その翌月の10月19日に都築さんとGABOMIのローカル対談がこの国分寺町で予定されていて、そのためのネタ探しなのであった。とはいえ今までの高松アングラの記事だけでも十分すぎるほど話すネタはあり、わざわざ新たに探す必要は無いといえば無かったけれど、開催場所が国分寺町にある国分寺ホールだし! というそれだけの理由で、国分寺町も取材することにした。
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高松アンダーグラウンド:国分寺町リポート2 山下さん(GABOMI)
どうもGABOMIです(珍しく連投です)。都築さんの国分寺町対談のネタのために、イロイロと町を調べてウロウロしていたころのお話のつづき。「国分寺町はカラオケ天国ですよ!」と、ある町民からの情報を入手した私は、カラオケ文化について取材を開始。カラオケ喫茶、カラオケ教室、カラオケ大会、カラオケ地蔵…などなどを経て、ついに、国分寺町カラオケ文化のルーツを突き止める!それは町外れの山の下にある「山下自動車」の整備工場であった! まさかの工場!
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案山子X 3:堀之内かかし芙蓉まつり(長野)/稲倉棚田かかしまつりコンテスト(長野)(ai7n)
こんにちは。ai7n(アイン)です。 今回は長野県の「堀之内かかし芙蓉まつり」と「稲倉棚田かかしまつりコンテスト」を紹介します。まずは長野県北安曇郡池田町堀之内地区の「堀之内かかし芙蓉まつり」を紹介します。今年で4回目を迎える「堀之内かかし芙蓉まつり」は、人間そっくりなリアル案山子で「かかし村」を作っている、とてもユニークなお祭りです。
book
昭和という故郷――本橋成一と小沢昭一の写真集
先月末から今月にかけて、昭和の空気を捉えた見事な写真集が2冊、重なるように刊行された。ひとつはこのメルマガでも今年6月19日号で紹介した『上野駅の幕間』の著者・本橋成一による『サーカスの時間』(河出書房新社)、もう一冊は昨年(2012年)12月に亡くなった小沢昭一の『昭和の肖像<町>』(筑摩書房)である。本橋さんの『サーカスの時間』は、『上野駅の幕間』に続く再刊プロジェクト。旧版は1980年に出ているから33年ぶりの再刊ということになるが、「旧版から写真を大幅に差し替え、増補再構成した決定版!」とのこと。大判で200ページを越える、ずっしり重量級の造本で、モノクロームの印刷も深みをたたえて美しい。さらに巻末には小沢昭一さんと、サーカス曲芸師のヘンリー・安松さんの対談も収められている。
design
世界を桃色に染めて――本宮映画劇場ポスター・コレクション2
先週に続いてお送りする、『独居老人スタイル』(12月19日単行本発売!)で取り上げた福島県本宮市の奇跡の映画館・本宮映画劇場館主・田村修司さんが、ひそかにコレクションしてきたピンク映画を中心とするポスター・ライブラリー。先週説明したように、ピンクとは基本的に独立系成人映画――つまり日活、東映、大映、東宝、松竹というメジャー5社に属さない小規模な制作配給会社によってつくられた、いわばインディーズのポルノ映画を指す業界用語だ。そのなかでも、これほどインディーズなプロダクション(当時は「エロダクション」とも呼ばれた)は・・・と驚かされた、内外フィルムの傑作ポスター群を先週は一挙掲載したが、今週はほかのエロダクションが残した異形のグラフィックを、たっぷりご紹介する。
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世界を桃色に染めて ――本宮映画劇場ポスター・コレクション3
これまで2週にわたってお送りしてきた、福島県本宮市の奇跡の映画館・本宮映画劇場館主・田村修司さんのポスター・ライブラリー。先週まではピンク=独立系成人映画――日活、東映、大映、東宝、松竹というメジャー5社に属さない小規模な制作配給会社によってつくられた、インディーズのポルノ映画――を紹介してきたが、最終回となる今週は、ちょっとテイストの異なるふたつのジャンルをお見せする。すなわち、怪談と女湯!
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立体写経――荒井美波のトレース・オブ・ライティング
美大の学生や卒業生以外にはあまり知られていないと思うが、「三菱化学ジュニアデザイナーアワード」という公募展がある。現在の協賛企業である三菱化学、三菱ケミカルホールディングスの前に、タバコのラッキーストライクが協賛していた時代から数えれば、すでに十数年になるのだが、その審査員のひとりを、もうずっと務めさせてもらっている。デザイン関連の専門学校、大学、大学院の卒業制作を対象としたこのアワードは、大賞、佳作、それに審査員それぞれの特別賞を、数百点の応募作品のなかから選んで表彰するもので、僕も「都築響一賞」なんてのを毎年ひとりずつ選ばせてもらっている。
book
独居老人の教え
先月発売された『独居老人スタイル』、書店店頭でご覧になったかたもいらっしゃるだろうか。すでにいくつか紹介原稿も書いているが、本メルマガではまだきちんと取り上げていなかったので、いま紀伊國屋書店の広報誌『scripta』に掲載されているテキストに加筆、画像や動画を含めて、ここであらためて紹介させていただく。『独居老人スタイル』とは読んで字の如し、この数年間で出会った独居老人16人の生きざまを、350ページ近くにわたって語り尽くしたものだ。もともと筑摩書房のウェブマガジンで去年から今年にかけて連載していた記事に、さらに取材を加えてぎりぎり2013年が終わる前に間に合った。
travel
案山子X 05 コスモス・案山子祭り(岡山)/大草野案山子祭り(佐賀)(ai7n)
こんにちは。ai7n(アイン)です。は岡山県の「コスモス・案山子祭り」と佐賀県の「大草野案山子祭り」を紹介します。最初に岡山県赤磐市周匝(すさい)の「コスモス・案山子祭り」を紹介します。岡山県赤磐市周匝には、吉井川の堤防沿い2キロ以上に渡って約200万本のコスモスが咲き乱れる「コスモス街道」があります。周匝橋ができた事をきっかけに、地元の方がコスモスを大事に育て続けているのだそうです。毎年コスモスの花が満開になる10月上旬に案山子祭りが開催され、コスモス街道に案山子が立ち並びます。2013年には約40体の案山子が立ち並びました。
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フィールドノオト08 福島県(畠中勝)
大津波、原発事故、放射能問題、またそれらによって引き起こされた新たな災害によって、いまだ被災地の復興は未終息だ。訪れた相馬市で、特に心が苦しくなった光景がいくつかある。ひとつは山積みになった汚染土の袋に囲まれた民家。傍らには一家の洗濯物が干してある。向かいの畑では、家族が食すであろう野菜を大事そうに収穫していくお婆さんの姿があった。津波の被害があった南相馬市では、廃屋に囲まれた馬小屋で、馬の世話をしている男性を発見した。その小屋から数キロ先は海なのだが、海からその小屋まで、見渡す限り、何も残ってはいなかった。あるのは裏返ったままの車や流されてきた漁船、そして家屋の残骸。だが、今は、そこに確かに人がいる。何もかもをなくなってしまった荒野だが、人が、馬が、そこで生きている。そんな彼らの息遣いをフィールド録音として未来に残したいと思った。
photography
はだかの領分――大崎映晋写真展
東京日本橋の裏通りに、書画用の特殊な和紙・大濱紙(おおはまし)を製造販売する小さな店『かみ屋』がある。その地下にあるギャラリー『KAMIYA ART』でひっそり開催されているのが『美しき海女――大崎映晋写真展』だ。大崎映晋(おおさき・えいしん)という名前に、どれくらいのひとがピンと来るだろうか。大崎さんは「水中写真家・水中考古学者・海女文化研究家」という肩書を持つ、日本における水中写真のパイオニア。1920(大正9)年生まれというから現在93歳という年齢で、いまも元気に活動を続けている。そして今回の写真展は、大崎さんがその生涯をかけて記録してきた海女たちの、いまではもう見ることのできない、裸の肌で海に生きてきた姿である。
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シャンパンコールで夜は更けて
ホストたちの晴れ姿をたっぷり見ていただいたところで、ほんとに偶然だけど、最高のタイミングでTBSラジオにて歌舞伎町ホストの至芸「シャンパンコール」実況録音放送をお知らせ! 来る2月15日(土)夜7~8時、『7 ears in Tokyo』という特別番組が放送されます。どんな番組かといいうと――
music
ROADSIDE MUSIC 醤油味のファンクネス――OLH(元・面影ラッキーホール)ライブを2セット配信!
「好きな男の名前腕にコンパスの針で書いた」「あたしゆうべHしないで寝ちゃってごめんね」「あんなに反対してたお義父さんにビールをつがれて」「パチンコやってる間に産まれて間もない娘を車の中で死なせた・・・夏」「ラブホチェックアウト後の朝マック」・・・曲名を並べてみるだけで、サバービア・フレイバーの邦画を見ている気にさせてくれる、それがOLH(元・面影ラッキーホール)の音楽だ。それは紡木たく(ホットロード)の叙情でもなければ、真鍋昌平(闇金ウシジマくん)の絶望でもない。酎ハイの甘さと涙の塩味の混じった、どうしようもなく下らなくて、愛おしくてリアルな人生のカケラだ。
art
芸術はいまも爆発しているか――岡本太郎現代芸術賞展
岡本太郎美術館では現在、毎年恒例の「岡本太郎現代芸術賞展」を開催中(~4月6日まで)。今年が17回目、780点の応募作品が集まったというこの公募展は、「芸術は爆発である!」精神を大事にしてます、と学芸員が強調するように、ふつうの現代美術館の公募展とは、ちょっと毛色の異なる作品が集まるので見ていて楽しい。今年は、本メルマガでも2012年6月20日配信号「突撃! 隣の変態さん」で紹介したラバー・アーティスト「サエボーグ/saeborg」が、グランプリである岡本太郎賞の次点にあたる岡本敏子賞を獲得したというので、軽い気持ちで出かけてみたら、ほかのアーティストたちの作品もすごくおもしろかったので、展示されている入賞作品20点のうちから、いくつか選んで紹介してみよう。
design
ZINGという挑戦
立体迷路のようなかぎやビル内には、BOOKS & PRINTSのほかにもいろいろなショップやギャラリーが入居しているが、「ここはおもしろいですよ!」と教えられたのが、かぎやビルの並びにあった『ZING』。空き店舗を利用したZINE(ジン)の制作工房だ。自主制作雑誌、小冊子を日本でも「ジン」と呼ぶようになったのは、いつごろからだろう。たぶんここ数年かと思うが、『ZING』はさまざまな用紙やコピー機、プリンター、シルクスクリーン機材に小型活版印刷機まで備え、わずかな料金でだれでもジンを作ることができる、いわばレンタル印刷製本所だ。
lifestyle
かなりピンボケ 2――涙のジャーニー 湯島歌合戦(比嘉健二)
おそらくこのメルマガの大多数のファンはフィリピンパブというところが、実はどんなこところなのか知らないだろう。というか、日本国民のいったい何%の人間が実態を知っているというのか? もちろん統計などあるわけないが、100人に聞いても、おそらく正解は10人もいないだろう。もっとも知らなくてもなんら生活に支障はないけど・・・。いや、むしろ知らない方が人としては間違ってはいないだろう。そして、おそらくこう想像する人も多いだろう。色の黒いやけに肌が露出した、口説けば即股を開くだらしないフィリピン女と、日本人にまったくモテない寂しいおやじたちが、傷をなめ合う場だと。日本人にモテないはほぼ正解だが、こんな想像がガッカリするくらい、実はやたら健全な空間なのだ。
art
絵という鏡――岩瀬哲夫の絵画
すでにいまから1年前になるが、2013年4月3日号(061)で銀座ヴァニラ画廊の公募展「第1回ヴァニラ大賞」の記事を配信、そこで入賞した愛知県在住の画家・よでん圭子さんについては、9月18日号(083)で詳しく紹介した。今年も「第2回ヴァニラ大賞展」が今月17日から開催中(29日まで)。前回に負けず劣らずのエクストリームな作品群が顔を揃えているので、銀座におでかけの際はぜひ立ち寄っていただきたいが、そのなかで特にこころ惹かれ、「都築響一賞」に選ばせてもらったのが岩瀬哲夫さん。若いアーティストがほとんどのなかで、64歳というベテランで、聞けば画家が本業でもないという・・・。
book
巻き寿司アートの陰日向
玉ちゃん(玉袋筋太郎)ではなく、たまちゃん。2013年2月13日配信号「ノリに巻かれた寿司宇宙」で紹介した「巻き寿司アーティスト」だ――。あれから1年、あいかわらずというか、たまちゃんの暴走は加速している気もするが(行きつけのバーが一緒なので、よく会うんです)、ついに彼女の暴走につきあおうという出版社が出現、このほど『Smiling Sushi Roll /スマイリング・スシ・ロール』として世に出ることになった(3月28日発売)。ノルウェー観光局のコンペ『世界一長い「叫び」プロジェクト』で、全世界からの応募のうち2位を受賞、オスロに招かれムンク美術館でも巻いてきたという、『叫び』が表紙になっているこの一冊。
travel
さよなら嬉野観光秘宝館
2014年3月31日、世の中的には『笑っていいとも!』が終わった日だったが、その同じ日に佐賀県の片隅でもうひとつ、ひっそり幕を閉じたものがあった。嬉野観光秘宝館である。『笑っていいとも!』は1982(昭和57)年に開始されたそうだが、嬉野に秘宝館が開館したのは1983(昭和58)年。ほぼ同い年で、あちらは日本最大級の長寿番組だったが、こちらは日本最大級の秘宝館だった。いまから5年前の2009年春、『秘宝館』という写真集を出したとき、あとがきをこんなふうに書いた――
music
高校生ラップ選手権の衝撃
いまから少し前、『ヒップホップの詩人たち』を書くために集中的に日本語ラップを聴いていたころ。たくさんのラッパーの作品をチェックしているうちに、だんだんとスキルやテクニックや楽曲の完成度よりも、「これを言わずには生きていけない!」というような初期衝動のほとばしりに惹きつけられるようになっていった。胸の奥の黒いカタマリや、どうしようもない自己顕示欲や、妄想や悲しみや喜びや、そういうすべての感情がぶつかり合う場としてのステージに、『高校生ラップ選手権』があるのをご存知だろうか。
music
PUNK NOT DEAD――ジャカルタ・パンク来襲!
昨年9月11日号、18日号の2週にわたってお届けした『モッシュピットシティ・ジャカルタ』は、中西あゆみというひとりの日本人ジャーナリストが、文字どおり人生を賭けて追い求めるインドネシア・ジャカルタのパンク・シーンを伝える、熱いリポートだった。若いころにパンク・キッズだったであろう何人もの読者から、「あれ読んで泣いちゃった」と言われて、僕も感無量だった。あのときたった2日間上映された中西さんのドキュメンタリー映画『マージナル=ジャカルタ・パンク』が、さらにアップデートされて、この5~6月にかけてついに渋谷アップリンクで上映決定。
fashion
ワルというダンディズム
『ヤンキー人類学』に出展する新潟県南魚沼郡の『BIRTH JAPAN』は、「極ジャー(極道ジャージ)」、「悪羅悪羅(オラオラ)」などと通称される不良ファッションの人気ショップである。2011年のあいだの半年と少し、ふつうのファッション誌があまりに画一化しておもしろくないと思っていた僕は、『SENSE』という高級メンズファッション誌で『ROADSIDE FASHION』という変わったファッション連載をしていた。ファッション誌にはよく出てきて、街場ではほとんど見かけない高級商品ではなくて、ファッション誌にはまったく出ないけれど、街場ではよく見る、ほんとうに日本の男たちが着ている服を見せたくて、その連載を始めたのだったが、残念ながら高級ファッション誌に広告を出すクライアントたちのお気に召さず、1年持たずに終了してしまった。ハイブランドは、いつだってストリートからアイデアを盗んできたくせに。
art
グロテスクのちから アニー・オーブと甲斐庄楠音
今週は僕自身も少しだけ関係のある、東京と京都のふたつのアートスペースで開かれている展覧会をご紹介する。ひとつめは、先週号の告知でも少しだけ書いたように、上野稲荷町ガレリア・デ・ムエルテで開催中の『ザ・ディープ・ダーク・ウッズ/アニー・オーブ展』。ハードコア、ブラックメタルなど、異端の音楽に特化したレコード、CDショップと、そうしたテイストのジンやTシャツなどのグッズ、さらには展示スペースを併せ持つ、この小さな店については、『東京右半分』で読んでいただけたかたもいらっしゃるかもしれない。
travel
案山子X 8:菜の花とかかし祭り(兵庫)(ai7n)
今回は兵庫県淡路市久野々の「菜の花とかかし祭り」を紹介します。「菜の花とかかし祭り」が開催される淡路市久野々(くのの)は淡路島の北側に位置し、常隆寺山の高台にある人口60名程の集落です。(中略)「菜の花とかかし祭り」は毎年菜の花の咲く4月上旬に開催され、1000人以上のお客さんが訪れる大きなお祭りです。久野々の人々(実行委員会)が中心となり地域おこしの為に始めたお祭りで、2014年に7回目の開催となりました。4月の第一日曜をはさんだ1週間、地元の方・学校・企業や老人ホーム等の人々が制作した450体程のかかしが菜の花畑の中に展示されました。
music
ROADSIDE MUSIC 三村京子
すごく不思議にブルージーな歌詞を、すごく深いブルージーな声で、すごくしっかりしたフォーク・ブルージーなギターに乗せて歌う、ぜんぜんブルージーじゃなくて可愛らしい容姿の女性アーティスト、三村京子。今週のロードサイド・ミュージックはここ4年近く活動を休止していた彼女が、友人の穂高亜希子とジョイントで4月1日に高円寺・円盤で開催したばかりのライブ音源をお届けする。早稲田大学在学中の2005年にファーストアルバム『三毛猫色の煙を吐いてあなたは暮らすけど 私は真夜中過ぎの月の青さのような味の珈琲を一杯』を発表、三村さんはいきなり注目を集め、2008年には『東京では少女歌手なんて』、2010年に3枚目の『みんなを屋根に』を発表後、活動を休止していた。
photography
情色情――タイワニーズ・エロチカ
沈昭良に続いて、今週はもうひとつ台湾から写真の話題をお伝えしたい。台北に親しんでいる旅行者なら、華山1914文創園区という場所をご存知だろうか。「台北の秋葉原」と呼ばれる光華商圏のそばにある華山1914文創園区は、もともと1914(大正3)年、日本の台湾統治時代に建設された清酒工場「芳醸社」が、戦後台湾の専売公社として清酒、梅酒の製造を行ってきたあと、1987年に閉鎖。長らく廃墟化していたところに、アーティストや演劇人たちが注目するようになって、活動場所として活用されるようになった。
photography
抗体――アントワーヌ・ダガタ
最初に見た瞬間――多くのひとがそう思うだろうが――これってカメラで描いたフランシス・ベーコンじゃないか!と僕も思った。ブレというのは写真家にとっていつも魅力的な要素だが、これだけシャープにブレをエネルギーの表現につなげている写真家って、いまいるだろうか。いま渋谷で開催されている『アントワーヌ・ダガタ 抗体(Anticorps)』は、今年もっとも重要な写真展のひとつになるはずだが、それにしてはメディアの無関心さが目立つ。
fashion
祭りの街に生まれて
このメルマガで以前、山谷の男たちの肖像写真を発表してくれた(2012年6月13日号)「浅草&山谷のオフィシャル・カメラマン」多田裕美子さんが、今年は久しぶりに自分も半纏を着て祭りの写真を撮りに行ったというので、さっそく見せてもらった。毎年、あらゆるニュースに三社祭の映像は溢れかえるが、そのほとんどすべては、たくさんの神輿とたくさんの人間を撮っただけの、単なるスナップに過ぎない。でもさすがにこの地で生まれ育った彼女の眼とレンズは、外から来た報道カメラマン、アマチュア写真家とはまるで異なる、ずっと深くて親密で、ときに近寄りがたい場所を、表情をまっすぐ見ていて、背筋をシャンとさせられる思いだった。今週のロードサイダーズ・ウィークリーでは、2014年度の三社祭りを撮影した多田裕美子さんの写真を、彼女自身による文章とともにお送りする。
fashion
新連載 ハダカのこころ、ハダカの眼
去年の夏、「アサクサ・コレクション」という一風変わった手作りの展覧会に参加した時のこと。『東京右半分』のプリントを壁に貼っていたら、となりのブースでモノクロのプリントを床にたくさん並べて、その真ん中にしゃがんでいたのが牧瀬茜さんだった。牧瀬茜(まきせ・あかね)は「1998年に船橋の若松劇場で初舞台を踏み、以降、日本各地に点在するストリップ劇場を10日ずつめぐりながら、行く先々のステージで踊り、そして裸で表現するという日々を送ってきました」(ブログより)というように、ストリップ・ファンなら知らぬもののないベテランであり、2012年に劇場から離れるまで、不動の人気を誇った舞姫でもあった。
travel
場末の楼閣 ――ソウル風物市場に遊ぶ
先週は三陟(サムチョク)の男根彫刻公園を紹介したが、今週はその帰りに一日遊んだソウルでのお話を。ソウルとはもともと8つの門を持つ城郭都市だったそうだが、そのうち南大門と東大門は観光客にもよく知られた存在だろう。東大門には2007年まで東大門運動場という古びたスタジアムがあって、周囲を屋台がごちゃごちゃと囲んでいた。そのうらぶれた雰囲気が好きで歩き回った日々が懐かしいが、取り壊された東大門運動場の跡地は見るからにクリーンな「東大門歴史文化公園」に生まれ変わり、中心にそびえる未来的な建築「東大門デザインプラザ(DDP)」を設計したのが、いま国立競技場問題で話題のザハ・ハディドだ。東大門運動場にはサッカー場と野球場があったが、取り壊しまでの数年間、駐車場になっていたサッカー場では「風物蚤の市」なる、巨大なフリーマーケットが店開きしていた。
art
時をかけるアーティスト
滋賀県近江八幡に残る昭和初期の町家をそのまま使ったアウトサイダー・アート・ミュージアムNO-MA(正式名称はボーダレス・アートミュージアムNO-MA)。本メルマガでも前回の『アール・ブリュット☆アート☆日本』を含め何度か紹介しているが、2004年の開館以来、今年が10周年にあたるという。日本におけるアウトサイダー・アート展示施設として、草分けのミュージアムである。そのNO-MAで今月27日まで開催されているのが、『Timeless 感覚は時を越えて』と題されたグループ展。
book
捨てられしもの、捨てられしひと
すでに何度もNHKで番組が再放送されて、いまやその名もすっかり全国区になった広島市の「清掃員画家・ガタロ」。このメルマガでも2013年8月7日号で特集、大きな反響をいただいた。ほんの1年ちょっと前までは、団地の商店街を毎朝掃除しているだけの、だれにも見えない老人だったのが、あっというまにこれほどひとびとのこころを動かすことになるとは、当の本人がいちばん驚いていることだろう。(中略)ガタロさんには『素描集 清掃の具』という自費出版画集があり、これは長らく入手困難だったのが現在は再版されているが、6月末にNHK出版から『ガタロ 捨てられしものを描き続けて』と題した、初の本格的な画集がリリースされた。著者はガタロさんの「発見者」とも言える、当時NHK広島放送局勤務だったディレクターの中間英敏さん。僕も短い文章を巻頭に寄せさせてもらっている。
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新宿2丁目にカッサドールがあったころ
会期終了直前のお知らせになって恐縮だが、西新宿でいま開催中の小さな写真展について、どうしても書いておきたい。『 ‘Cazador’ KURAMATA Shiro / TAKAMATSU Jiro Photographed by FUJITSUKA Mitsumasa』と題されたこの展覧会は、新宿2丁目にかつて存在していたサパークラブ『Cazador カッサドール』を記録した写真展である。カッサドールはデザインを倉俣史朗、壁画を高松次郎が手がけ、今回展示されるプロセスと竣工写真は藤塚光政によって撮影された。
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ツチノコも口裂け女も、みんな岐阜から生まれた!――『奇なるものへの挑戦』@岐阜県博物館
名古屋と郡上八幡のちょうど中間あたりにあるのが関市。「関の孫六」の名を知るひとも多かろう、鎌倉時代に遡る700余年の歴史を持つ、日本どころか世界有数の刃物生産地である。が、しかし! 郡上よりもずっと名古屋に近いにもかかわらず、自動車以外ではかなり不便なアクセス。その不便な関市のさらに町はずれの広大な岐阜百年公園内という、おそらく全国有数のアクセス難易度を誇る県立博物館、それが岐阜県博物館である。ちなみに公共交通機関を使って名古屋から行こうとすると、名古屋駅からJR岐阜駅まで約20分、そこから岐阜バスで小屋名まで38分。さらに徒歩15分で百年公園北口に到着、さらに徒歩7分でようやく博物館に辿り着く。
fashion
百年の時装――世界のファッション展@神戸ファッション美術館
久しぶりに会った神戸の友人に、「きのうファッション美術館に行って・・」と話したら、「へ?」と怪訝そうなので、「ほら、六甲アイランドの」と言うと、「あ~、埋立地んとこにあるやつでしょ、遠いよ~」。遠くねえよ! 三宮から20分かそこらだよ。でも、神戸のおしゃれピープルたちは行かない。ナニワのファッショニスタ(笑)たちも、カフェめぐりで忙しくて行かない。CNNで「世界の十大ファッション・ミュージアム」に選ばれたほどなのに。間違いなく、日本最強のファッション・ミュージアムなのに。そういう不遇な神戸ファッション美術館でいま、『世界のファッション―100年前の写真と衣装は語る―』という、タイトルは地味だが要注目の展覧会が開催中だ(10月7日まで)。
photography
新宿砂漠
渡辺眸(わたなべ・ひとみ)という写真家をご存知だろうか。1942年東京生まれ。70年代からインド、ネパールへの度重なる旅を記録した、数冊の写真集で知られるようになったベテラン・フォトジャーナリストだが、ちょっとちがうジャンルで脚光を浴びたのが2007年に新潮社から発売された『東大全共闘1968-1969』だった。あの安田講堂がバリケード封鎖されていたとき、たまたま友達の彼が東大全共闘代表の山本義隆だったことで、着替えを届けに行く彼女についていき、そのままバリケード内に籠城。外側からの報道写真ではなくバリケードの中から、闘争の内側からの唯一の記録が、渡辺さんによって撮影されることになった。その渡辺眸さんが当時撮影した、こちらは新宿の街頭の記録『1968新宿』がこのほど発売(街から舎刊)、いま新宿ニコンサロンで展覧会を開催中だ(8日まで、このあと大阪に巡回)。
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だれもいないミュージアム
現代美術業界で最大の商談会であるアート・バーゼルに呼ばれることは一生ないだろうけど、「CULTURE SCAPES」という毎年ひとつの国をテーマにして展覧会やイベントをしているプロジェクトがバーゼルでは開催されていて、今年は「TOKIO」。文楽あり、和太鼓あり、茶の湯・生花あり、チェルフィッチュや池田亮司という、むしろ海外で活躍が目立つ日本人アーティストあり。そういうなかで、なぜか声がかかって写真展を開くことになった。ウクライナ人のキュレイターが選んだのは、ラブホテルにホストクラブ、着倒れ方丈記、インディーズ演歌歌手・・・と、かなりスイスっぽくない(笑)イメージ。100年前に建てられた銀行を改造し、カフェやシェアオフィス、スタジオとして機能する「mitte」という場所の、広々としたカフェ空間の天井から20枚以上の大きなプリントが、ものすごい違和感とともにぶら下がることになった。
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ポルノ映画館の片隅で——エンヴァー・ハーシュのレーパーバーン
今年6月18日配信号で、『カーブサイドの誘惑』と題した記事をお送りした。それはバンコクの路上で見つけた、壊れてパイプだけになった椅子とか、ビールケースに棒を挿しただけの「駐車禁止」サインとか、「美」や「伝統」のカケラもない、しかしある種の美しさにあふれたオブジェのコレクションだった。それを撮ったのがハンブルク在住のエンヴァー・ハーシュという写真家だ。1969年ハンブルク生まれ、イギリスのアートスクールで学んだあと、ずっとハンブルクを拠点に活動を続けている、生粋のハンブルクっ子であるエンヴァーは、学生のころからもちろんレーパーバーンに出入りしていて、「クラブとかライブハウスとか、ビール飲んだりとか・・・とにかくよく来てたよ」。
photography
金子山の風景
大手出版社が軒並み出展する東京国際ブックフェアが年々先細りで、自費出版・ジンが中心の東京アートブックフェアが年々拡大中という、わかりやすい変化のただ中にある日本の出版界。僕のところにも毎月いろいろな自費出版のお知らせが来て、うれしくもあり焦りもしという状態だ。今週は対照的な、でもどちらも熱い2冊の手作り写真集を紹介する。まずお見せするのは「金子山」という、いちど聞いたら忘れられないヘンな名前の写真家が発表した『喰寝』——これで「くっちゃね」と読ませる。サイズは文庫版、しかし548ページ! 厚さ5センチ近くという、僕の文庫よりヘヴィで(笑)、しかもオールカラー。初版500部で、価格3500円・・・売り切れても赤字なのでは? 完全に収支計算間違ってる気がする。
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ちり積もらせ宇宙となす——大竹伸朗展@パラソル・ユニット
日本語を話すときはどうとでもつくろえるけれど、外国語を話すときって、そのひとの人柄がすごく出るような気がする。僕はよく「日本語も英語も同じように話してる」と言われて、それは流暢とかではぜんぜんなく、だらだらと抑揚なく言葉を垂れ流しているというだけのこと。大竹くんの英語は、いつもちょっと考えながら、短いセンテンスがブツッブツッと積み重なっていく感じで、それがなんだかスクラップブックや大きなキャンバスにいろんなブツを次から次へと貼り重ねていく感じにすごく似ていて、ひとりで納得したりするのだが、そんな変なことを考えているは僕だけだろう。すでにお読みいただいているように、いまロンドンのパラソル・ユニットで大竹伸朗展が開催中だ。
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老ファイターの城
『MANGARO』『HETA-UMA』展の準備中、マルセイユに滞在していた僕に、デルニエ・クリのスタッフたちがひとつプレゼントを用意していてくれた。「キョーイチはきっとこういうのが好きだろう」と、この地方でもっとも有名なアウトサイダー・アーティストの家に連れて行ってくれたのだ。マルセイユ市街から車で1時間足らず、オーバーニュという小さな町の、そのまた外れの小さな村に、ただ一軒だけ、とてつもなくカラフルで過剰な装飾に覆われた家がある。村の交差点に面して、見落としようのない外観・・・それがダニエル・ジャキ(Danielle Jacqui)の住む家だった。
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われらの内なるサドへ——オルセー・サド展へのイントロダクション
SMといえば長く秘められた欲望であったはずだが、いつごろから「わたし、ドMなの」なんて、日常会話でさらっと言われちゃう時代になったのだろう。「SM=サディズム/マゾヒズム」という概念を生み出したといってもいいサド侯爵(マルキ・ド・サド)の、今年は没後200周年にあたる。サドは1740年にパリで生まれ、1814年にパリ郊外のシャラントン精神病院で亡くなった——「我が名が世人の記憶から永遠に消し去られることを望む」という有名な遺言とともに。サドの生きた18世紀後半はフランス革命、アメリカ独立戦争、そして産業革命が進行した激動の時代だった。そうした時代に、人生の3分の1を監獄や精神病院に幽閉されながら書き残された数々の傑作は、後の世に計り知れない影響を与えたわけだが、その没後200周年にあたっていま、パリのオルセー美術館で大規模なサド展『サド——太陽を攻撃する』が開催中である(2015年1月25日まで)。
lifestyle
瞬間芸の彼方に——ドキドキクラブと写真のテロル
いまから1年かもう少し前、たしか中野のタコシェで見つけたのが、『非エロ本』といういかにも自主制作らしいペラペラの作品集だった。ペラペラなのに、発行者が六本木のおしゃれな写真画廊のゼン・フォトギャラリーだったのにも驚いたが、雑誌から引き破いたセクシー・グラビア写真に落書きという、あまりに子供っぽい、あまりにパンクで、あまりにスカムな、そしてへなへなと笑い出さずにいられない、ローファイなクオリティにすっかりやられたのだった。今年9月、東京アートブックフェアにそのドキドキクラブが出店すると聞いて会いに出かけたら、「クラブ」と名乗ってはいても実はひとりで、それもすごくシャイな青年で、作品とのギャップにまた驚かされた。
lifestyle
新連載! エノさんの「ドイツ落語」01(文:榎本五郎)
今年10月15日号から3週にわたって配信、多くの読者を驚かせたハンブルク・レーパーバーンの寿司屋「KAMPAI」。1965年というから東京オリンピックの翌年、いまからほぼ半世紀前にリュックひとつ担いで、シベリア鉄道でヨーロッパに渡り、波瀾万丈の年月の末に「ヨーロッパの歌舞伎町」レーパーバーンで、10人かそこらで満席の小さな小さな寿司屋を営んでいるのが名物大将・榎本五郎=通称「エノさん」だ。「エノさん一代記」を書いてくれたドイツ在住ジャーナリスト・坪井由美子さんの文章にあったように、エノさんの店には『ドイツ落語』と題された、手製本の文集が置いてある。ご本人によれば「ドイツで出会ったひとたちを主人公にした落語のようなもの」というこの一冊、僕も読ませてもらったけれど、もうとにかくおもしろい! びっくりもして、ホロリともする! でも「出版の予定なんかありません」というから、ハンブルクのKAMPAIに足を運んで、エノさんに気に入られないと、読むことすらできない。もったいなさすぎ!・・・というわけで無理やりお願いして、『ドイツ落語』全30編のなかから数話を、本メルマガで掲載させていただくことになった。
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裸眼の挑戦——若生友見とragan books
この秋に開かれた東京アートブックフェア。ドキドキクラブや公園遊具の木藤富士夫など最近のメルマガで紹介した写真家、アーティストに何人も出会うことができたが、たくさんのブースのなかで、びっくりするほどシャープというか、クレバーなデザインのジンを並べているテーブルがあった。テーマは日本だけど、扱うセンスはむしろ欧米のクールな感性が漂っていて、もしかしたら東京在住の外国人デザイナーなのかも・・・とか思いつつ、店番をしていた若い女の子に尋ねてみたら、「これ、私が作ったんです」と言われてびっくり。それも東京ですらなく「仙台でやってます」というので、「仙台市ならよく行きます、デザイン事務所とか?」と聞くと、「いえ、仙台市じゃなくて七里ヶ浜・・・知らないですよね」。「えーっ、そこでデザインのお仕事を?」「いえ、学習塾で教えながら、これ作ってるんです」と言われて絶句。それが宮城県七里ヶ浜町在住の若きグラフィック・デザイナー、若生友見(わこう・ともみ)さんなのだった。
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昭和の終わりの新宿で
せっかく南新宿のことを書いたので、新宿の話題をもうひとつ。去年3月19日号で、『新宿が生きていたころ——昭和40年代新宿写真展』という展覧会の紹介記事を掲載した。新宿歴史博物館で開かれたこの写真展は、新宿がたぶんいちばんエネルギッシュだった時代を、豊富な写真コレクションでたどる、地味だけれど貴重な企画だった。その新宿歴史館でいま、前回の続編となる『写真展 新宿50−60年代<昭和>の終わりの新宿風景』と題された展覧会が開催中だ(2月22日まで)。
travel
湯けむり秘宝と西部劇——追想の鬼怒川秘宝殿とウェスタン村
失われた場所といえば、昨年末に閉館となった鬼怒川秘宝殿も、マスコミでやけに大きく取り上げられてびっくりさせられた。それまで秘宝館なんて、見向きもしなかったくせに。ご承知のように、日本に秘宝館が誕生したのは1972年、三重県伊勢市の元祖国際秘宝館だった。いきなり大成功を収めた元祖国際秘宝館に続けと、それから各地に秘宝館が生まれていくのだが、鬼怒川秘宝殿がオープンしたのは1981年のこと。80〜81年は北海道秘宝館、熱海秘宝館、鳥羽SF未来館、元祖国際秘宝館石和館と次々にオープンした、秘宝館ラッシュの時期だった。
art
ウルトラの星のしたで
『ウルトラQ』から『ウルトラマン』、『ウルトラセブン』など、特撮変身ヒーローの生みの親であるアーティスト/デザイナー、成田亨の画期的な回顧展『成田亨 美術/特撮/怪獣』が、いま福岡市美術館で開催中だ(2月11日まで)。昨年夏に富山県立近代美術館で始まった本展は福岡のあと、成田亨のデザイン原画を所蔵する青森県立美術館に巡回する(4月11日〜6月7日)。東京での展示はなし。福岡の会期に間に合わないと、展示作品数700点に及ぶこの回顧展を体験するには青森に行くしかない。成田亨は1929(昭和4)年、神戸で生まれた。1歳になる前に、父母の出身地であった青森県に転居。そこで囲炉裏の炭をつかんでしまい左手を火傷、生涯癒えることのない傷を負い、「右手だけで描ける」絵がこころの拠り所となったという。
travel
ホノルル旅日記3:ハワイ古寺巡礼
オアフ島ホノルルの東側、ウィンドウォード(風上)と呼ばれるカイルア地区は、ハワイ屈指の美しいビーチやウィンドサーフィンのメッカとしてよく知られている。ホノルルからカイルアに向かってパリ・ハイウェイに乗ると間もなく、車窓左側に立派な三重塔が見えてきて、びっくりするひとも多いはず。ホノルル・メモリアル・パークと呼ばれる霊園に建つ、奈良・南法華寺を模した三重塔だ。ずいぶん前に村上春樹、吉本由美さんと3人で「東京するめクラブ」というユニットを結成し、ちょっと変わった旅行記事をつくっていたことがある。そこで訪れたハワイで、この三重塔を含むホノルルと周辺の寺社仏閣巡りをしたことがあった。あれは2002年だったから、もう13年前! いまもあいかわらず不思議な存在感を漂わせる三重塔を見て、もういちどホノルル古寺巡礼をしてみたくなった。
design
ガイコツさんのシャレオツ
新幹線に乗って新大阪で降りたら、在来線に乗り換え尼崎経由で30分ほど。飛行機で大阪空港に降りれば、そこがもう伊丹。大阪空港のお膝元である伊丹市は、かつて伊丹城を擁した歴史遺産に恵まれる地だが、どことなくサバービア感が漂う茫漠とした雰囲気。関西人にとって伊丹とは、どんなイメージの町なのだろう。かつて酒造で知られていた町らしく、白壁の蔵のようなデザインの伊丹市立美術館。オノレ・ドーミエのコレクションなど、風刺やユーモアをテーマにした欧米・国内のコレクションを核とするユニークな美術館だが、現在開催中なのが『シャレにしてオツなり——宮武外骨・没後60周年記念』という、小規模だが見逃せない展覧会だ(3月1日まで)。
food & drink
新連載 くいだおれニューヨーク・アンダーグラウンド 01 PUNJABI GROCERY & DELI(写真・文 アキコ・サーナー)
美大卒のデザイナーだったはずなのに、いつのまにか料理の世界に足を踏み入れて、いつのまにかニューヨークに移住したと思ったら、ユニークなケイタリングのプロジェクトを始めたり、ロウアーイーストサイドにレストランを開いたり。すっかりプロの料理人になっていて、こないだ久しぶりに会ったら、「ニューヨークはレストラン高いし、混んでるし最低! でも地元民しか知らない、気楽ないい店もまだあるんだよ」と言われて、じゃあ教えて!というわけで始まるのがこの新連載。不定期ではあるけれど、オシャレな雑誌やWebのニューヨーク特集にはぜったい登場しない、安くて美味しくてファンキーな(これが大事!)、取っておきの店にお連れします。さあ、きょうはなに食べさせてくれるんだろう!
art
近江八幡の乱――『アール・ブリュット☆アート☆日本2』観覧記
先週の告知で少しだけお知らせしたが、日本のアウトサイダー・アートの聖地とも言うべき滋賀県近江八幡市でいま、『アール・ブリュット☆アート☆日本2』が開催中である。日本で最初のアウトサイダー・アート専門展示施設「ボーダレス・アートミュージアムNO-MA」を中心に、市街6ヶ所の町家や美術館、資料館、さらに商店のウインドウや店内にまで拡張した展覧会は、出展作家70数名、作品数1200点以上という大規模なもの。「2」とついているのは、「1」が昨年開催されたからで、その模様は本メルマガ2014年3月19日号で詳細にリポートした。初回に劣らず、アウトサイダー・アート/アール・ブリュット・ファンなら必見の充実した内容なので、今年もぜひ見逃すことなく、ゆっくり時間を取って訪れていただきたい。
travel
圏外の街角から:宮城県白石市
仙台には年に数回は行っているが、東北新幹線でひとつ手前の駅、白石蔵王駅にはいちども降りたことがなかった。東京駅からちょうど2時間。あと15分で仙台に着いてしまう。白石(しろいし)市は宮城蔵王のふもとに広がる、福島県に隣接した宮城県最南端の市。蔵王エリアへの観光拠点であり、いくつか温泉もあるが・・・現在の白石市の人口は約3万5000人。新幹線の白石蔵王駅の利用者は一日数百人という寂しさ。しかも町なかにある東北本線・白石駅までは1時間に1本ほどしかないバスを利用するか、徒歩20分という微妙な距離。温泉場に旅館はいろいろあるけれど、白石の市内には駅前ビジネスホテルがひとつだけ。そしてここでも見事なまでのシャッター商店街が、しなびた血管のように街をくるんでいた。
photography
テンダーロインをレアで
あれは鞆の津ミュージアムが開館したときだったから2012年、いまから3年前のことだ。展覧会に参加した縁でトークに招かれて、終わった後に参加してくれたひとたちとおしゃべりしていたとき、ちょっと・・・ではなくて、いかにも一癖ありそうな革ジャン姿の青年が近寄ってきて、僕に聞いた――「都築さん、サンフランシスコのリサーチって知ってますか」? リサーチ=『RE/Search』は1980年代から90年代にかけてサンフランシスコで発行されてきた、元祖オルタナティブ・マガジンで、その後のZINEをはじめとする世界のオルタナ系出版に決定的な影響を与えた、最重要雑誌である。もちろん、僕も含めて。その『RE/Search』という名前が、こんな場所で、こんな若い日本人の口から出るなんて・・・一瞬、30年前にぐいっと引き戻されたような、目眩に近い感覚に襲われた。弓場井宜嗣(ゆばい・よしつぐ)は鞆津のある福山に暮らす若い写真家。
book
フランス書院文庫の30年
駅のホームで新幹線を待ちながら、なにげなくキオスクの書棚を眺める。『未亡人兄嫁・三十四歳』『隣の独身美母』『服従教室 女教師姉妹と教育実習生』・・・きょうも健気にフランス書院文庫の、黒い背に黄色のタイトルが光ってる。「なぜ駅でエロ本が!」と憤るムキもあるようだが、キオスクに『東スポ』とフランス書院文庫がなくなったら、それはもう日本のキオスクじゃないと思うのは僕だけだろうか。Amazon Kindleストアでは『フランス書院文庫オールタイム・ベスト100』という電子書籍を、4月1日から無料で(!)配信開始している。「未来に残したい官能小説100作品」を精選、書影(カバー)、タイトル、著者などのデータとともに、中味の引用も数ページ添えられ、気になったらそこからワンクリックでKindleストアに飛べるようになっている。
photography
サラの魔法
1970年代、写真界のスターといえば、それはいまのようなアート・フォトグラファーではなく、疑いもなくファッション・フォトグラファーだった。デザイン界のスターがファッション・デザイナーであり、グラフィック界のスターがアーティストでなくイラストレーターで、メディア界のスターがファッション・マガジンであったのと同じように。そういうキラ星のようなファッション・フォトグラファーのなかで、アヴェドンやヘルムート・ニュートンのような評価を、少なくとも80年代後半以降の日本では受けることがなかったが、70年代当時にコアなファッション業界人からオシャレ少年少女まで、もっとも熱狂的な人気を誇ったのは、実はサラ・ムーンだったのではないか。
food & drink
酒を聴き、音を飲む ―― ナジャの教え 03
地元の人間がさまざまな感情を込めて「尼」と呼び習わす兵庫県尼崎。ぬる~い空気感に包まれたこの地の周縁部・塚口にひっそり店を開く驚異のワインバー・ナジャ。関西一円から東京のワイン通、料理好きまでが通いつめる、しかし旧来のフランス料理店や高級ワインバーとはまったくテイストのちがうその店の、オーナー/シェフ/ソムリエ/DJが米沢伸介さんだ。独自のセレクションのワイン、料理、音楽の三味一体がつくりあげる至福感。喉と胃と耳の幸福な乱交パーティの、寡黙なマスター・オブ・セレモニーによる『ナジャの教え』。第3夜となる今回は華やぐ春の宵に、かすかな狂気の香りをブレンドしてくれた。
photography
雑種のしあわせ――佐々木まことの動物写真
『ジワジワ来る関西奇行』で毎回、「こんな関西もありか!」と驚かせてくれる吉村智樹さん。ずいぶん前からの知り合いだが、連載をお願いすることになって久しぶりに話しているうちに出てきた名前が「佐々木まこと」という動物写真家だった。佐々木さんは写真集『ぼく、となりのわんこ。』を、吉村さんが編集を担当して2005年に発表しているのだが、いまは古本を探すしかないし、早く2冊めをつくりたいけれど、「なかなか進まないんですよ~」と苦笑。最近は写真集も難しいしねと相槌を打ったら、「そうじゃなくて、粗選びして渡してくれと佐々木さんに言ってるんですが、ぜんぜん送ってこなくて」という。訳を聞いてみたら、「犬猫写真だけで100万カット以上あるので、そこから100枚とかチョイスするのが大変すぎるらしくて」と言われて絶句。1万枚に1枚か・・・(笑)。いったいどんな写真家なんだろうと、堺市のご自宅を訪ねてみた。
photography
湯けむりの彼岸に――『雲隠れ温泉行』と村上仁一の写真
温泉が好きで、日本はもとより外国の温泉にもずいぶん入ってきたが、日本の田舎の、どうってことない温泉場に漂う独特の「彼岸感」は、ほかの国にはなかなか見つからない。いくらおしゃれな建築にしようが高級エステや豪華料理を入れようが、そんなことで真の「非日常」を演出できはしない。非日常はすぐそこに、日常のすぐ裏側にびたっとくっついているものだから。・・・そんなことを思い浮かべながら村上仁一の『雲隠れ温泉行』を2007年に初めて見て、最初はそれが現代の、若手写真家による作品とは信じられなかった。荒れたモノクロの画面は1960年代のコンポラ写真のようでもあり、ときに戦前のアマチュア写真家の作品のようでもあり、しかしそれが弱冠30歳の写真家であるという事実。それは本人の、というよりも日本の温泉が、どんなに近代化されようが拭い落とすことのできない、時代を超越した「彼岸感」にまみれたままであることを、確信させてくれるのでもあった。
book
元祖ブロガーとしての植草甚一
「雑学」という言葉を最初に使ったのは、とまではいかなくても世に広めたのは植草甚一だったのではないか。『ぼくは散歩と雑学がすき』が晶文社から出たのが1970年。3年後にはのちに『宝島』となる『ワンダーランド』が出て、当時中学から高校生になる僕は当然ながら計り知れない影響を受けたのだったが、それから40数年が経ち、晶文社は自社で文芸書をつくることをほとんど放棄するにいたり、宝島はポーチをくるむ包装紙としてのファッション誌製造メーカーになってしまうとは、いったいだれが想像できたろう。そして「雑学」という単語は、それにあたる英語の単語がない。「トリビア」とよく書かれるが、トリビアは「瑣末な知識」、雑学には「系統立ってはいないが、それぞれは深い知識」というニュアンスがある。それで「雑学」が日本的な知へのアプローチなどという気はないが、きわめて「植草甚一的」ではある。「互いに関連性を持たないまま深化していく知の集積」という、アカデミックでもなければ在野の碩学とも言えない、ふわふわと一か所に落ち着かない大きな脳みそのありようが、植草甚一という存在だったのかもしれない、といまになって思う。
food & drink
サナトリウムで一服
福岡市美術館の常設展『彫刻/人形』に作品を提供していた地元・福岡のアーティスト/造形師・角孝政。毎週末に福岡郊外の『不思議博物館』館長として君臨していることはすでにご報告済みだが(2012年10月24日号)、その不思議博物館がまさかの分室『喫茶/ギャラリー サナトリウム』を6月1日にオープン! しかも場所は天神の駅から徒歩1分! 市美術館を訪れたその足で、さっそく表敬訪問してきた。天神駅を出て、ほんとにすぐ。飲食店や風俗店がごちゃごちゃかたまり、ビルの壁はグラフィティだらけ。猥雑な街の、1階がパチンコの景品交換所、2階は長年潰れたままのキャバクラという猥雑なビルの3階に、そのサナトリウムはあった・・・。
art
84歳の新人アーティスト
教えてくれるひとがあって、ト・オン・カフェの前に立ち寄ったのがギャラリー犬養という場所。こちらはなんと築100年以上という民家をそのままカフェとギャラリーに改造。4年前にオープンしたばかりにはとうてい見えない、ビルの谷間の路地裏に隠れた、そこだけ時間の止まったような場所だった。オーナーであるアーティストの犬養康太さんの一族ゆかりの家というギャラリー犬養。和洋折衷の2階建て木造家屋の各部屋が、極力オリジナルの風合いを残しながらカフェや展示空間に当てられている。ゆったりお茶や酒を楽しむだけでも快適だろうが、今回の目的は開催中だった『山本英子展』を見るため。
book
ヨッちゃんの教え
たまに家にインタビューに来るひとが、そこらじゅうに置いてある絵とかを見て「すごいコレクションですね~」などと言われることがある。自分に収集癖はないので、「集めてるんじゃなくて、取材してるうちに集まっちゃっただけです」というと、「そうですか」となるが、眼は納得していない。いつもいろんな作品や人物を取り上げていて、「どうやってネタを選ぶんですか」と聞かれることもあるけれど、その基準は簡単。「自腹で買いたいかどうか」に尽きる。ふつう、雑誌で記事を作るときは、まず部内のゴーサインを得て、それから取材に行く。作品や商品の写真が必要なら、借りてきて撮影する。でも僕は多くの場合、まず買ってしまう。それが取材対象に「こいつは真剣なんだ」とわからせてくれるし、なによりも「自分で買ってもいいほど記事にしたい」のか、「タダで貸してくれるなら記事にしたい」のかを見抜く、自分自身へのテストになるからだ。
travel
バーレスクの歴史遺産を訪ねて
エロチカ・バンブーの記事で触れたように、バーレスクの発祥地であるアメリカには、その歴史を紐解く上でいくつか重要な場所がある。そのうち2ヶ所を『ROADSIDE USA』で訪ねているので、ここに再録しておく。いずれも写真集に収録済みだが、画像など大幅に増やしているので、本をお持ちの方もよかったらご覧いただきたい。ただし、最初に紹介する『エキゾチック・ワールド』は2007年からラスヴェガスにに移転、現在は『バーレスク・ホール・オヴ・フェイム』と名を変えて継続している。バンブーさんが話していたディクシー・エヴァンスは2013年に死去。かつてのヘレンデールの建物は、すでに廃墟になっているという。
lifestyle
アナーキーゲイシャ・キス・キス! ――エロチカ・バンブーの踊り子半生記 後編
先週号でフィーチャーしたベテラン・バーレスクダンサー、エロチカ・バンブー。現在はベルリンを拠点に、ヨーロッパ、アメリカ、日本の舞台から舞台へと飛び回っている。白虎社の舞踏を通じて肉体表現に目覚めていった、若き日の彼女。舞踏団の資金を稼ぐために日本各地のステージでフロア・ダンサーとして踊り、旅する生活が始まった。93年に白虎社が解散した後は東京に移住。そのあたりから「旅する踊り子生活」が本格的に始まっている。ダンサーの地方巡業がちゃんと商売になっていたのは、80年代なかばから90年代初めごろまで。エロチカ・バンブーが巡業生活を始めたころには、すでにキャバレーも、フロア・ダンスも衰退の一途をたどっていたが、それでもまだ、いまよりはるかにダンサーが踊れる場所が日本の隅々に残っていた。2000年前後に彼女は『踊り子日記』という、各地で踊っていた時代の記録を残している。今週はフロッピーディスクを復元した原稿から抜粋した、「ステージから眺めた日本の夜の風景」をご紹介しよう。なお、ところどころ添えた店舗写真は、いくつかのグランドキャバレーを僕が過去に撮影したもの。文章と対応しているものではないことを、あらかじめお断りしておく。
travel
するめクラブ熊本編・写真日記
すでに告知したように、いま発売中の『CREA』誌(文藝春秋刊)の巻頭特集『本とおでかけ』に、『村上春樹 熊本旅行記』が掲載されている。24ページの特別寄稿、すでにお読みいただけたろうか。9月7日には次の号が出てしまうので、古書店で探す羽目にならないよう、ご注意されたし!今回の企画は2004年に単行本が出た『東京するめクラブ』の、11年目の特別リユニオン編として実現したもの。当時は村上さん、吉本由美さん、僕の3人で世界と日本の辺境、ではなくツウがばかにする場所をさまよい、3人で分担して原稿を書いたけれど、今度のリユニオンは村上さんがすべての原稿を執筆、僕が写真、地元在住の吉本さんが案内人、という役割で、のんびり熊本エリアを旅してきたのは、先週の告知でお伝えしたとおり。今回はCREA本誌でお見せできなかった膨大な写真を再構成した、「するめクラブ熊本編・写真日記」をお届けする。
art
詩にいたる病――平川病院の作家たち 01 名倉要造
先週お送りした安彦講平さんと平川病院の作家たちの物語、いかがだったろうか。今週からは予告のとおり、ひとりずつ作家たちの人生と作品を紹介していく。そのトップバッターが名倉要造。1946年生まれ、今年69歳。安彦さんとはもう40年以上、作家の中でもいちばん長い付き合いだという。2004年に発行された『名倉要造作品集』(夜光表現双書、行人舎刊――この双書は安彦さんらが立ち上げた自費出版プロジェクト)のなかで、安彦さんはこんなふうに名倉さんのことを紹介してる――。
art
詩にいたる病――平川病院の作家たち 02 江中裕子
東京八王子の精神科病院・平川病院で安彦講平さんが主宰する〈造形教室〉から生まれた作家たちを紹介する短期集中連載、先週の名倉要造に続いて、今週は江中裕子の作品を見ていただく。〈造形教室〉を取材した8月19日号の記事『詩にいたる病』で、トップに置いた夏目漱石のコラージュ肖像画、その作者が江中裕子さんだ。安彦さんによれば、平川病院の入院中に出会った江中さんは、小さいころから家庭内の葛藤に巻き込まれ、小学生時代からいじめにも遭い、就職した会社の過酷な仕事環境によって精神に変調をきたし、入院こそしていないものの、いまだに通院が欠かせない状態だという。
book
穴があればハメてきた――「顔ハメ看板ハマり道」
旅はひとりに限る――とは思うが、ひとりで旅するのが哀しくなるときもある。顔ハメを撮りたくて、「シャッター押してください」と頼めるひとが通りかかるのを、じっと待っている時間だ。日本の、世界の片隅で、これまでどれほど、そんな情けない時間を過ごしてきたろうか・・・。「顔ハメ看板ニスト」の肩書を持つ塩谷朋之(しおや・ともゆき)さんは、おそらく日本でいちばん「顔ハメにハマった男」だ。これまでハマった穴が2千枚以上! 感動的でありつつ、だれもが絶賛はしないかもしれない、その成果の集大成が8月末に発売された『顔ハメ看板ハマり道』である(自由国民社刊)。
art
詩にいたる病――平川病院と東京足立病院の作家たち 04 保護室の壁画
東京八王子の精神科病院・平川病院と、足立区竹塚の東京足立病院で安彦講平さんが主宰する〈造形教室〉から生まれた作家たちを紹介する短期集中連載。今週は1980年代に安彦さんによって記録された、貴重な作品をご覧いただく。この連載を始めるにあたって参考にさせてもらった著書『“癒し”としての自己表現』(2001年、エイブル・アート・ジャパン)の中で、とりわけ印象的だった箇所がある。それは閉鎖病棟の保護室に収容された重症患者が、差し入れられた絵の具を使って部屋中を絵で埋め尽くしたという、ちょっとした「事件」だった。病院側からすれば、それは困惑せざるを得ないエピソードだったろうが、彼(書中では「Iさん」と呼ばれている)の作品を見た安彦さんは、エネルギーの迸りに驚愕、その場で申し出て写真とビデオによる撮影記録を残すことになった。
art
モンマルトルのベガーズ・バンケット――『HEY! ACT III』誌上展・前編
すでに告知でお知らせしてきたように、9月18日からパリのアウトサイダー・アート専門美術館アル・サンピエールで『HEY! Modern Art & Pop Culture / ACT III』と題された興味深い展覧会が開かれている(来年3月13日まで)。昨年秋の南仏における『MANGARO』『HETA-UMA』展に続き、見世物小屋の絵看板コレクションで僕も参加しているこの展覧会は、パリで発行されているアウトサイダー/ロウブロウ・アート専門誌『HEY!』がキュレーションするグループ展。2011年に第1回が開催され、2013年の第2回展は本メルマガの2013年8月21日号で紹介している。その記事の中で『モンマルトルのアウトサイダーたち』と題して、こんなふうにアル・サンピエールと『HEY!』のことを書いた――
music
旅姿浪曲娘――港家小柳一代記
先週告知した「浪曲DOMMUNE vol.2」は、いよいよ本日(10月14日)配信! そして6月の第1回と同じく当夜のトリを勤めていただく、今年が芸歴70周年(!)の港家小柳師匠を追ったドキュメンタリー『港家小柳 IN-TUNE』は、来週19日から渋谷アップリンクで上映開始。ベテラン浪曲ファンはもちろん、先のDOMMUNEで「明治が生んだ最強のハードコア・ストリートラップ」ともいえる浪曲の魅力に打ちのめされた初心者ファンも、今月はあらためて小柳師匠の、88歳とはとうてい信じられない、恐ろしいほどエネルギッシュな芸に酔いしれていただきたい。70年におよぶ芸歴を誇りながら、港家小柳の浪曲はかつて、それほど東京や大阪の浪曲ファンになじみのあるものではなかった。ドキュメンタリーが撮影された去年の浅草木馬亭における舞台が、「芸歴69年にして初の独演会」だったという事実が、それを如実に示している。
fashion
東京駅のアリスたち(写真:山田薫)
1988年に誕生し、1997~98年ごろからロリータ・ファッションに専念するようになった「ベイビー・ザ・スターズ・シャイン・ブライト」は、いまや全国各地に20数店舗を展開、パリ店、サンフランシスコ店、ニューヨーク店と、海外にも影響力を広げている。毎回のお茶会にも海外からファンが参加するようになったし、パリから上海まで、海外のファンによる現地お茶会も増えている。日本のハイファッション・メディアが取り上げることはないけれど、「ロリータ」「ゴシック・ロリータ」はすでに日本発の世界的なトレンドとして、しっかり根付きつつあるのだ。コアなファンが「本部お茶会」と呼ぶ、ベイビーのお茶会の第6回目が、9月21日に前回と同じく東京ステーションホテルで開催された。今回のテーマは『BABY仕掛けの♡Fairy tale♡ ~pop-up Labyrinth~へようこそ』。ポップアップとは「飛び出す絵本」のことで、それは一冊の絵本を開くことから始まる物語という設定の、お茶と食事とファッションショー、そして幸運にも参加できた120名のファン同士の交流を深められる濃密な時間だった。
art
詩にいたる病――平川病院と東京足立病院の作家たち 08 杉本たまえ
8月にこの短期集中連載を始めたときに、そのきっかけとなった作品との出会いのことを書いた。それは近江八幡NO-MAが主催した『アール・ブリュット☆アート☆日本』展の、会場のひとつとなった薄暗い民家の奥座敷に、浮かび上がるように展示された杉本たまえの作品だった。東京八王子の精神科病院・平川病院と、足立区竹塚の東京足立病院で安彦講平さんが主宰する〈造形教室〉から生まれた作家たちを紹介する短期集中連載。今回はその杉本たまえの作品を紹介する。
art
詩にいたる病――平川病院と東京足立病院の作家たち 09 佐藤由幸
東京八王子の精神科病院・平川病院と、足立区竹塚の東京足立病院で安彦講平さんが主宰する〈造形教室〉から生まれた作家たちを紹介する短期集中連載。今回は佐藤由幸の作品を紹介する。平川病院の〈造形教室〉を初めて訪れたとき、すらっとした青年が大きなスケッチブックを、はにかみながら見せてくれた。柔らかな物腰と、紙の上に描かれている激しい感情の表出。そのギャップの大きさに驚いた。それが佐藤由幸さんだった。佐藤由幸、1973年生まれというから42歳になるはずだが、とてもそんな歳には見えない、若々しいルックスである。
art
秘密の小部屋とエロティック・プリント
オルセー美術館で古き良き時代のフレンチ・エロに浸ったあとは、ぜひ立ち寄っていただきたい店がある。いや、娼館じゃなくて。ラーメン屋に安居酒屋(安くないが)、焼肉屋が軒を連ね、なんだか日本のどこかの駅前飲み屋街の様相を呈しつつあるパリ・オペラ座かいわい。その裏手のシャバネ通り(rue Chabanais)に店を構えるのが『Au Bonheur du Jeur(オウ・ボヌール・ドゥ・ジュール)』だ。ここは19世紀から20世紀前半の、エロティックなビンテージ写真プリントや素描、版画を専門に扱う画廊であり、またそうしたコレクションを書籍として発表する出版社でもある。
fashion
捨てられないTシャツ 18
座頭市/51歳女性(主婦)/大阪出身。中高時代は部活(バスケット)に明け暮れていたが、短大卒業後、某コピー機器会社に入社し、上京する。その時期からブラックミュージックにハマって、夜の部活に明け暮れるように。東京の生活に疲れ、大阪に戻ってきてからも、酒好きが嵩じて西道頓堀にあったソウルバー『マービン』の常連客になり(近所には系列店の焼肉ハウス『セックスマシーン』もありました)、そこで知り合ったのが今の旦那。
art
詩にいたる病――平川病院と東京足立病院の作家たち 12 堀井正明
東京八王子の精神科病院・平川病院と、足立区竹塚の東京足立病院で安彦講平さんが主宰する〈造形教室〉から生まれた作家たちを紹介する短期集中連載。最終回となる今回は12人目の作家・堀井正明の作品を紹介する。最初にお断りしておくと、堀井正明は〈造形教室〉に属する作家ではなかった。しかし僕が〈造形教室〉の活動を知るきっかけとなった、今年6月の『第5回 心のアート展』で特集コーナーが設けられ、それは前年の作家本人の急逝を受けてであること。そして『心のアート展』実行委員である平川病院〈造形教室〉のスタッフが、残された膨大な作品群の整理・保管に関わるようになったこと。さらにこの連載1回目で紹介した名倉要造の展覧会が9月まで開催されていた宮城県黒川郡大和町の「にしぴりかの美術館」で、彼の全作品を保管することになり、そのお披露目展覧会『堀井正明回顧展 昇華する魂~絵が生きる事のすべてだった~』が、いま始まったばかりであること。そうした経緯を踏まえ、8月末から3ヶ月間にわたった連載の最後を、堀井正明と開催中の回顧展紹介で締めさせていただくことにした。
movie
孤高の伊勢田監督・新作発表会!
夜ともなれば『ミナミの帝王』の主題歌『欲望の街』(by RIKI)が聞こえてきそうな大阪ミナミ・宗右衛門町あたり。しかし昼間は歌舞伎町以上に前夜の疲れを漂わせる、肌荒れムードの街景が広がっている。その宗右衛門町の11月14日、土曜日午後1時。雑居ビルのなかにあるロフトプラスワンウエストで、『伊勢田勝行監督作品・新作上映会 ~いせださんとつくってあそぼ~』が開催された。流行には敏感だが、流行を超えたものには鈍感な大阪だけに、残念ながら満員にはほど遠い集客だったが、それでも十数名の選ばれし者たちが暖かく見守る中、伊勢田監督はゲストの日下慶太、ai7n両氏(どちらもメルマガではすでにおなじみ)を相手に、新作上映、お客さんとのコラボ撮影、コスプレワークショップなど、多彩なプログラムをエネルギッシュにこなしてくれた。
music
いまのブルース――三村京子、5年ぶりの新譜を聴く
北京の空のように息苦しいライブハウスで2時間立ちっぱなしが辛い年齢になっても、やっぱりライブ通いをやめられないのは、CDや配信の音源だけではとうていつかめない、生音の吸引力がそこにあるからだ。今週、来週と2回にわけて、いますごく気になっている、そしてぜひライブを体験してもらいたいアーティストを紹介したい。偶然だけど、ふたりとも独自の歌とギター・ワークが沁み入る女性歌手/ギタリストである。今週はまず、三村京子さんから。
fashion
捨てられないTシャツ 21
退職祝い/27歳女性(写真家)/オカダキサラさんのお宅で雑談していたときのこと、「私も捨てられないTシャツ持ってます!」ということで提供いただいた秘蔵Tを、今週はご紹介。学校に通いながら、葛西臨海公園の水族園の中にあるレストランでバイトしていた時期があった。退職したのが3月で、ちょうど同じタイミングで卒業や就職が決まって辞めるひとがけっこう多く、バイト仲間で合同退職祝いの打ち上げ宴会を企画してもらった。
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シカの惑星
『渋イケメン』と同じく、こちらも誤解されがちなタイトルと裏腹にシャープな視点を持った写真集『しかしか』をご紹介する。「ねこ派? いぬ派? しか派! フシギでカワイイしかの魅力に迫る」なんていう女子っぽい帯文にだまされないように。タイトルどおり、シカを撮った写真集ではあるけれど、ここにあるのはかなりシュールでダークな光景だ。見方によっては『猿の惑星』ならぬ『シカの惑星』という映画のスチル写真集のようでもあるし、ここにいるシカたちは「バンビ」のイメージとはまるで別種の、人間と野生の境界線を自由に行き来する、しぶとく不可解な生物にも見えてくる。みずからを「シカ写真家」と名乗る著者の石井陽子さんは1962年生まれ。53歳でのこれが初写真集だ。
fashion
捨てられないTシャツ 25
デヴィッド・リンチ/40歳男性(テレビ局勤務)/生まれは東京築地だが、父親の仕事の関係で都内を転々。3歳のときにアメリカ・ニュージャージーに引っ越す。最初から地元の学校に通い、土曜だけ日本語を忘れないために日本人学校で補足授業を受けていた。超引っ込み思案な性格のため、家でひとりレゴ遊びばかり。子供のころから音楽が好きだったので、唯一仲が良かったユダヤ人の男の子と、6歳のころからブルース・スプリングスティーンのテープを一緒に聴いていた。
art
軽金属のマリリン
長年のファンにとっては空山基の「新境地」とも言える作品群は、これまでたびたび個展や、イラストレーター団体の展覧会などで発表されてきたが、意外にも「初めての全点描きおろし」という個展が今週土曜(1月30日)から、渋谷のNANZUKA(ナンヅカ)で開催される。『女優はマシーンではありません。でも機械のように扱われます。』という奇妙なタイトルの展覧会は、マリリン・モンローをモデルにした新作ドローイング15点に、SORAYAMAの名を世界に知らしめた「セクシーロボット」シリーズの立体作品を加えたもの。
fashion
捨てられないTシャツ 27
豚/34歳男性(設計事務所社長)/3人兄弟の末っ子として神戸市に生まれる。やりたいと言ったことはとりあえずやらせてくれる家風で、小学生のころからやたら習い事をしていた。英会話、ピアノ、声楽、公文、習字、サッカー、学習塾・・・、放課後はほとんど予定が入っていたから、宿題の日記には「毎日忙しい」と書いていた。ピアノだけいちばん長く中2まで続いたが、他は中1のとき、阪神大震災をきっかけにほとんど辞める(震災の思い出は、みんなが喜ぶと思って、小学校に来ていた自衛隊の避難所用のお風呂に、家から入浴剤を持って行って勝手に入れたら、こっぴどく怒られたこと)。
travel
ホワイトライト・ホワイトヒート ロシア冬紀行4 コイン式タイムマシン
ロシアの冬を駆け足で巡る最終回はロシア版・懐かしゲームセンターにお連れする。パソコンや携帯ゲームには、これまでほとんど興味を持てないままできた。ギャンブルにもハマらなかった(この仕事がすでにギャンブルだし)。でも、往年のアーケードゲーム(家庭用ではなくてゲームセンターの機械)は、その特異な造形美がすごく気になって、「ストリート・デザイン・ファイル」の一冊として『Techno Sculpture ゲームセンター美術館』という本を2001年につくったことがある(もう15年前!)。
fashion
ツギハギの光と影
本メルマガではもうおなじみの神戸ファッション美術館で、1月末から『BOROの美学――野良着と現代ファッション』と題された展覧会が開催中だ(4月10日まで)。「BORO」で関西、となれば『大阪で生まれた女』・・・ではもちろんなくて、「襤褸(ぼろ)」=文字どおりボロボロになった端切れなどを繋ぎ重ねて衣服や実用の布類に仕立てた、貧しい人間たちの生活の知恵であり、サバイバル・デザインである。
art
バロン吉元の脈脈脈
いまから50年前に小学生だったころは(涙)、少年マガジンやサンデーにどっぷり浸っていたのが、そういう少年誌を卒業する中学~高校生になると、漫画アクションやビッグコミックのような青年漫画誌にハマるのが、僕らの時代の男子定番コースだった。当時の漫画アクションには『ルパン三世』『子連れ狼』『博多っ子純情』など、年の離れた兄貴が教えてくれるオトナの味、みたいな名作が揃っていたが、その中でも印象深かったのがバロン吉元の『柔侠伝』。連載の始まった1970年に割腹自殺を遂げた三島由紀夫の楯の会の人たちも、連合赤軍の人たちもみんな大好きで読んでいたという(鈴木邦男さんのブログより)。「我々はあしたのジョーである」と言い残して日航機をハイジャック、北朝鮮に去った赤軍派の言葉を引用するまでもなく、当時の漫画、とりわけ青年誌の劇画群は、単なるエンターテイメントであることをはるかに超えた、リアルな「若者の声」だった。
art
本歌の判らぬ本歌取り――根本敬のブラック アンド ブルー
かつて本メルマガでも展覧会として紹介した、根本敬による歴史的名盤レコード・ジャケットの再解釈ともいうべき作品群が、ようやく作品集として発表される。『ブラック アンド ブルー』と題される本書には、2013年のスタートからすでに東京、大阪で6回にわたって開催されている連続展示で発表された、約170枚にのぼる作品が収められている。そのほとんどがだれでも知っている名盤である「原盤」が、根本敬的としか言いようのないスタイルで徹底的に再解釈され、時には本歌の判らぬ本歌取りのごとき新たなオリジナリティを持って、僕らの感覚を混乱させる。
art
もうひとつの『リリーのすべて』
最近忙しすぎて映画館にちっとも行けてないと愚痴をこぼしたら、「60歳になったんだから安くなるじゃない!」と教えられ、「シニア割」という言葉が生まれて初めて現実的に・・・しかしほんとに安い! ロードショーの通常大人料金が1800円なのに、シニアは1100円だから。で、さっそく行ってきたのが『リリーのすべて』。先週末に上映開始したばかりで、本年度アカデミー賞4部門にノミネート、アリシア・ヴィキャンデルが助演女優賞(実質的には主演だが)を獲得した話題の新作だ。もう観たかたもいらっしゃるだろうか。『リリーのすべて』は性同一障害に苦しみ、世界最初期の性転換手術(性別適合手術)を受けて、男性画家アイナー・ヴェイナーから「リリー・エルベ」という女性になった主人公と、その妻でやはり画家だったゲルダの半生をめぐる物語である。
photography
浅草暗黒大陸
広島県福山市の若き写真家・弓場井宜嗣(ゆばい・よしつぐ)が、2000年代のサンフランシスコ・アンダーグラウンド・シーンを撮影した写真展『SAN FRANCISCO』を、2015年4月8日号で紹介した(『テンダーロインをレアで』)。その展覧会と同じ新宿のギャラリーPLACE Mで今月11日から、こんどは「浅草」をテーマにした写真展が開催される。弓場井さんは1980年広島県生まれ。2003年から2008年までサンフランシスコの元祖オルタナティブ・マガジン『RE/Search』編集部で住み込みインターンとして生活。そのとき撮影された作品が去年の展覧会だったわけだが、サンフランシスコから帰国後は東京・浅草に居を移し、ホッピー通りにある煮込み屋で働きながら、「いつもポケットにコンパクトカメラを忍ばせて、仕事までの道すがら、休憩中、そして仕事中に撮影した」のが今回の作品群。
fashion
捨てられないTシャツ 41
ユニコーン/40歳女性(アパレルPR)/母親の実家・広島で生まれ、幼稚園までは西明石、そのあと小学校まで神戸で暮らす。小1の終わりごろ、大学病院で働いていた父親が留学することになり、テキサス州ダラスに家族で引っ越した。平日は現地の小学校、土曜は日本人学校に通うが、とにかくカルチャーショックが凄くて。アイスクリームは学校で売ってるし、トイレに行ってる間に同級生が机からなにか盗もうとしてるし!
travel
昼下がりのインディアン・コーヒーハウス
インドを旅するひとの多くが抱く不安、それが「腹具合」であることは、インド通にも異論がないだろう。体温以上の気温のなか、ふだん食べ慣れないスパイシーなインド料理を毎日食べていれば、どんなに丈夫な胃腸でも疲れが溜まるはず。ディスカバリーチャンネルで世界中の庶民の料理を食べ歩く人気番組『アンソニー世界を喰らう』を、もう10年以上も続けているシェフ兼作家のアンソニー・ボーデインによれば、「スタッフのなかでいちばん食あたりになりやすいのは、屋台料理や地元料理におじけづくタイプ、そういうやつに限ってホテルの朝食バイキングで腹を壊す」らしい。ま、そうは言っても、ベテラン旅人ですら「下痢の洗礼」をいちども受けずに長期間、インドを旅することは難しいはず。数日間のパック旅行ならともかく、ある程度の期間インドを旅する場合、否応なくヘビーローテーションすることになる店がある。それが「インディアン・コーヒーハウス」だ。
design
ロンドンの地下鉄書体
その都市をもっともよくあらわす書体、というのがあるのかもしれない。たとえばパリの地下鉄の、アールヌーボー・スタイルの駅名表示。ロサンジェルスのハリウッド・サインなんかもそうだろうか。それがロンドンでは「地下鉄書体」と呼ばれる、あの地下鉄の駅にある文字であることに、異を唱えるひとはいないだろう。世界初の地下鉄がロンドンに生まれたのが1863年(ちなみに日本最初の地下鉄・東京の銀座線開通は1927年)。アメリカや日本のように「サブウェイ」ではなく、「アンダーグラウンド」あるいは「チューブ」と呼ばれているのはご存じのとおり。
fashion
捨てられないTシャツ 44
SUMICHAN OKAERI!!!/32歳男性(会社員)/神戸生まれ。3人兄弟の長男で、妹がふたり。初めて住んだ場所は山口組本部のすぐ近くで、組の抗争による銃撃戦もあったらしいが、覚えていない。ちなみに桂文珍も近くに住んでいた。3歳の時に、現在の実家がある別の区に引っ越す。最初に住んだ環境が関係したわけではないと思うが、幼いころは癇癪持ちで、気に入らないことがあると、柱に頭突きをゴツゴツかまし続けたり、グオンとのけぞって後頭部を床に叩きつけようとする奇行に走るので、いつもオカンとおばあちゃんが座布団を持って動いていた。
book
追憶のほんやら洞
2015年1月21日号で、火事で焼失した京都「ほんやら洞」のことを書いた。店主の甲斐扶佐義(かい・ふさよし)はあれから、もう一軒の店である木屋町の八文字屋で毎晩がんばりながら、大きな怪我も乗り越えながら、積極的に新刊を発表していて、こう言うとナンだが火事の前よりアクティブなようでもある。火事からほどなくして去年は『ほんやら洞日乗』という分厚い記録集を出したが(657ページ!)、それから一年たった今月には『追憶のほんやら洞』と題された、こちらは在りし日のほんやら洞を愛した人々による追憶の記録集。そして今月19日からは新宿イレギュラーリズムアサイラムで、出版記念写真展も開催される。
design
メイド・イン・プリズン
毎年5月になるころ、立派な封筒に入った手紙が届く。裏には「法務省」とあって一瞬どきっとするが、6月初めに竹橋の科学技術館で開催される「全国刑務所作業製品展示即売会(全国矯正展)」のお知らせだ。いまから10年近く前、新宿駅西口地下広場とか、いろんな場所でバザーのように開かれている刑務所製品即売会に興味を抱くようになって、即売会のハシゴをしているうちに元締めの矯正協会ともお話できるようになった。そこで刑務所作業製品をデザインとして眺めて、一冊の本にできないかと思い始め、意外にもその突飛なアイデアを協会が受け入れてくれて、現場、つまり刑務所の内部にも取材に入れることになった。それはいろんな意味でスリリングな体験だったが、その結果は2008年の『刑務所良品』(アスペクト刊)という本にまとめることができた。
photography
東京の穴ふたたび
2014年11月26日号『東京のマルコビッチの穴』で紹介した「ダクト・フォトグラファー」木原悠介のの写真展が、東京中目黒ポエティックスケープで始まっている(8月6日まで)。木原さんの写真に出会ってから、まだ2年にもならないけれど、最初からそのミステリアスな画面には強く引き込まれるなにかがあった。記事のなかで、僕は木原さんをこんなふうに紹介させてもらった――不思議な写真を見た。息づまる、というより、ほんとうに息が詰まるような狭苦しい空間が、ずっと先まで伸びていて、それはどこに続くのか、それともどこにも着かないのか・・・。見るものすべてを閉所恐怖症に追い込むような、それでいて難解なSF映画のように異様な美しさが滲み出るそれは、ビルの内部を走るダクトの内部を撮影したものだという。
art
北国のシュールレアリスト――「上原木呂2016」展によせて
上原木呂(うえはら・きろ)という、変わった名前を目にしたのは、『独居老人スタイル』で仙台のダダカンの取材をしていたころだった。ダダカンさんと長く親交を結び、2008年には東京で開催された『鬼放展――ダダカン 2008・糸井寛二の人と作品』を企画制作するいっぽう、自身もアーティストとしてマックス・エルンストやヤン・シュヴァンクマイエルと合同展を開き、おまけに新潟の老舗蔵元として日本酒の醸造や、地ビール第一号であるエチゴビールの生みの親でもあるという。しかも経歴は蔵元の跡取りなのに芸大に進学。すぐに中退してチンドン屋に入り、そこからイタリア・ローマに渡って古典仮面劇の道化役者として活躍。フェリーニの知遇を得たり、マカロニ・カンフー・アクション映画に多数出演したり!という日々を送った後に帰国。蔵元の五代目社長として家業を盛りたてつつ、コラージュや水墨画などの制作にも熱心に取り組み続け、社長業を退いた数年前からはツイッターで毎日、水墨画の仏画をアップ。「朝と晩と1時間ぐらいで、毎日30枚くらいは描きますかねえ・・・あと水彩とかいろいろ、大小あわせれば年に3万点くらいは作ってます」という、68歳にして恐るべき創作意欲の持ち主なのだ。
design
劇的都市・新宿
早稲田大学の演劇博物館でいま、『あゝ新宿 スペクタクルとしての都市展』が開かれている(8月7日まで)。早大生でなくとも演劇博物館を訪れたことのあるひとは少なくないだろう。16世紀イギリスにあったフォーチュン座を模してつくられたというクラシカルな演博の建物と、ふんどし姿の唐十郎が新宿駅西口広場に立つイメージは異質に感じられるかもしれないが、早稲田があるのもまた新宿区なのだ。本メルマガではこれまで、新宿歴史博物館でシリーズ開催された昭和の新宿を振り返る企画を紹介してきたが、今回の展覧会では1960年代中頃から70年代までの――それはほとんど昭和40年代ということでもある――新宿という都市がもっとも混沌として、エネルギッシュであった時代をフィーチャーして、小規模ながら充実した資料展になっている。
book
短期集中連載:マニア本の著者に聞く vol.2 「デスメタルインドネシア」――小笠原和生と悪魔の音楽パラダイス
最近発売された「マニア本」の著者にお話を伺い、その情熱のお裾分けをいただくシリーズ第2弾は、『デスメタルインドネシア』! 実は「世界第2位のブルータルデスメタル大国」であるらしいインドネシアのシーンを362ページにわたって、それもA5版のサイズに極小文字で情報を詰め込んだ、造りからしてブルータルな、もちろん日本で初めてのインドネシア・デスメタル紹介本である。発行元の「パブリブ」は、今年3月9日号で紹介した『共産テクノ』の版元であり、本メルマガ連載「絶滅サイト」の著者ハマザキカクさんの個人出版プロジェクト。これまで『デスメタルアフリカ』や、『童貞の世界史 セックスをした事がない偉人達』といった書籍を発売しているが、このあと8月上旬発売予定の新刊が『ヒップホップコリア 韓国語ラップ読本』・・・どこまでマニアックなラインナップなんだろう。
fashion
捨てられないTシャツ 51
JAWS2/48歳女性(編集者)/1968年、東京都葛飾区立石で生まれる。その後、吹きっさらし感全開の千葉の新興住宅地に移転。きょうだいは2歳下の弟と8歳下の妹の3人。家の隣はピーナツ畑だった。エアラインに勤めていた父が出張で成田空港を使うことが多いから、ここに建てたと親は言っていたが、経済的な理由も大きかったと思う。父は北海道の滝川の、訳ありで貧しい家の出身で、気合いと努力だけで東京に出てきた人。50歳過ぎまで奨学金を返済していた、と大人になってから聞いた。父は体が大きな人で、野性味と洗練と人間味がぐちゃぐちゃに混じった、なんともいえないチャームがあった。アクアスキュータムのトレンチコートがよく似合っていた。
travel
[新連載]Back in the ROADSIDE USA 01 Mütter Museum / Insectarium, Philadelphia
世界がいま壊れはじめてる、と思わない(思えない)ひとはどれくらいいるのだろうか。ひとを救うはずの宗教が殺し合うことを教え、日々の暮らしを豊かにするはずの原子力が何万人もを故郷から追い出し、世界の80人の大富豪が、残りの地球の全人口の半分にあたる35億人と等しい冨を所有するほどに貧富の差は拡大し、僕らは「飢饉できょうも子供が死んでいきます」というメッセージをテレビで見ながら、食べ過ぎのゲップを吐いている。そうやって世界のあちこちがほころびかけているなかで、とりわけアメリカ合衆国の壊れかたにはこころが痛むし、恐ろしくもある。ご承知のかたもいらっしゃるだろうが、2010年に『ROADSIDE USA』という本を出した。25センチ角の大判で528ページ、厚さにして4センチ! 値段も1万2000円(税別)という・・売れるはずもない巨大写真集だった。
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短期集中連載:マニア本の著者に聞く vol.3 「ヤクザライフ」――上野友行のヤクザたらし交際術
ヤクザ系実話誌、というジャンルがあって、僕も嫌いではないのだが、いったいだれが読んでいるのだろうといつも思う。暴力団排除条例ができて、締め付けが厳しくなるいっぽうなのに、そういう雑誌はなくならない。書かれてる当のヤクザが主力読者というわけでもないだろうから、一般の人間が大組織の親分同士の杯外交とか、昔ながらの任侠道でシャブは御法度、みたいな話を読んで、どれだけおもしろがれるのか、よくわからない。それはある種の歴史ファンタジーか、RPGゲームを楽しむような感覚だろうか。そういう伝説というか、実話誌が描くフィクションに近いヤクザ世界とちがって、すぐそこにいるヤクザや地下格闘技や暴走族のことを、ずっと教えてくれている貴重な友人が上野友行くんだ。上野くんはフリー編集者として「週刊実話ザ・タブー」や「ナックルズ」など、さまざまな雑誌に記事を書くかたわら、これまで『デキるヤクザの人たらし交際術』『「隠れ不良」からわが身を守る生活防衛術』という、実際役に立つかどうかはともかく、タイトルからして楽しくてしょうがない本を出していて、さらに人気絶頂の漫画『闇金ウシジマくん』の「闇社会コンサルティング」も務めている。そのウシジマくんの作者・真鍋昌平が表紙画を担当した、装幀からして危険な匂いが漂う新刊が『ヤクザライフ』(双葉社刊)だ。
book
短期集中連載:マニア本の著者に聞く vol.4 「ハプバー入門/探訪」編――元鞘と肉欲のジャムセッション
「元鞘」(もとさや)という妙なハンドルネームの女の子に出会ったのは、まだ3ヶ月ほど前のことだった。ある食事会で隣に座った彼女は、23歳という若さの巨乳美少女なのに、からだじゅうから隠しきれないセクシーなエネルギーを放っていて、漫画家だというので「どんなの描いてるんですか」と聞いたら、渡された一冊の同人誌が『元ハプニングバー店員による、独断と偏見のハプバー入門』・・・。雑誌のルポかなにかの仕事かと思ったら、「いえいえ、自分がハプバーを好きすぎて、一時は店員として働いてたくらいなので、ハプバーの良さを知ってもらいたくて作ったんです!」という。「それで、これは『入門編』なんですけど、もうすぐ実践的な『探訪編』も出します!」というので、初対面のその場でいきなり取材をお願いしてしまった。これまで本メルマガではさまざまな性にまつわる話題を紹介してきたけれど、ハプニングバーについての記事は今回が初めてかもしれない。
archive
ペルソナのいる役所
「マネキン」と「京都」で思い出さないわけにいかなかったのが、ずいぶん前に取材した京都府庁の「ペルソナ」。もともと週刊誌のために2010年に取材して、本メルマガでも2014年5月7日号で再録した。なのでロードサイダーズのウェブサイトからアーカイブを辿っていただければ読めるけれど、せっかくなのでオマケとしてここにつけておく。しかしあれ、いまはどうなってるんだろう? 府庁の職員さんたちは、いまもマネキンに見つめられながらお仕事に励んでるんだろうか?
art
『僕的九州遺産』開幕!
先週、誌上プレビューした福岡天神アルティアムでの『僕的九州遺産 My private Kyushu』、先週土曜日になんとか無事、開幕できました! 福岡という展覧会は初めての場所で、どれだけのひとが来てくれるかと心配でしたが、おかげさまで10月1日のオープニングは大盛況。一時は入場制限がかかるほど、たくさんのお客様が来てくれました。ほんとうにありがとう! 展示内容については先週号で詳しく紹介したので、もう繰り返しませんが、今週は会場をご案内します。
book
ハロー・マイ・ビッグ・ビッグ・ハニー!
いまから10年以上前に、バンコクの書店で見つけた本があった。『ハロー・マイ・ビッグ・ビッグ・ハニー!』というその一冊は、バンコクの売春婦にハマった欧米人のラブレターを集めた楽しい奇書で、2006年に紀伊國屋書店の広報誌で書評を書いたあと、書評集『ROADSIDE BOOKS』にも収められたが、なにせ版元がラストギャスプというサンフランシスコのサブカル系出版社なこともあって、なかなか日本では手に取る機会もないかと思っていたら・・・なんと最近、Kindleの電子版が出ていることをTwitterで教えていただいた。
art
東京・東と西のロウブロウ
高級割烹の職人が遊びで牛丼作っても似合わないように、ハイエンド・オーディオショップの試聴室でゴリゴリのラップをかけても気持ちよくないように(ちがうか?)、ロウブロウ・アートには銀座や表参道の高級アートギャラリーよりも、やっぱり得体の知れない(失礼!)場末のスペースがしっくりくる。ちょうどいま、これまで本メルマガで紹介してきたアーティストの小さな展覧会が、東京の東側と西側で開催中。急いでハシゴしてきたので、急いでご報告する!
fashion
捨てられないTシャツ 62
ネズミ講/31歳男性(半野宿会社員)/佐賀県出身。中学生の頃、校内で乱闘騒ぎがあり、暇だったので傍観していた。「見ているだけでもイジメです」との理由で反省文を書かされた。『人間社会の成り立ちは闘争の歴史であり、戦争行為も法律で規定されているということは、人間の本質的な因子の中に暴力は組み込まれており、そこに勝者と敗者が介在するのはイジメる遺伝子を持つ人間とイジメられる遺伝子を持つ人間がいるからであり、抜本的にイジメを根絶するためには道徳ではなく、人類全体の遺伝子治療が必要だ』という旨をしたためて提出した。
art
水枕 氷枕
いかにも金沢らしい築百年という町家。浅野川に面したその家の1階は、2万冊を超える蔵書が並ぶ私設図書館。2階に上がれば畳敷の展示室。ホワイトキューブの美術館やギャラリーとはかけ離れた、ゆったりと静かな空間で福田尚代展『水枕 氷枕』が開催中だ(11月21日まで)。本メルマガ2015年5月20日号で紹介した福田さんは、アーティストであり回文作家でもある。1967年、埼玉県浦和市生まれ。東京芸大・油絵科から大学院で学び、アメリカ・ワシントン州の森の中の小さな町で暮らしたのちに帰国。市役所、プラネタリウム、絵画教室、郵便局・・・いろいろな仕事で生計を立てながら、ずっと制作を続けている。
movie
『BAZOOKA!!!』の遺産
高校生ラップ選手権、北九州成人式、ヤリマンの主張、練マザファッカーx新垣隆・・・バラエティ番組のかたちをとりながら、地上波ではとうてい望めないひりついたリアルを毎回教えてくれた『BAZOOKA!!!』が終わってしまって、もう2ヶ月になる。僕も何度か出演させてもらい、このメルマガでも高校生ラップ選手権を中心にお伝えしてきたので、『BAZOOKA!!!』ファンの読者もきっといるはず。番組終了から少し時間が経ってしまったけれど、まだYouTube上にはたくさんの映像が残っている。今回は総合演出の岡宗秀吾さんと、僕を『BAZOOKA!!!』に誘ってくれた構成作家の堀雅人さんにお話を聞きながら、このユニークな、というより日本のテレビ業界では奇跡的と呼びたい番組を振り返っておきたい。
fashion
捨てられないTシャツ 66
RUSSELL/38歳男性(出版社勤務)/徳川埋蔵金で話題になった群馬県赤城村(いまは合併して赤城町)の生まれ。本はまったく読まず、音楽もそんなに聞かず、まわりがやってるから野球をやるような、主体性があまりない子どもだった。その、のんびりした感じは高校卒業まで続くが、実は家庭環境は複雑で、母親が自殺未遂したり、父親は出ていったり、また戻ってきたりを繰り返すようなぐちゃぐちゃな感じだった(両親は一度離婚、現在は復縁後にまた父親が出ていってしまった状態が続いている)。
fashion
捨てられないTシャツ 67
川崎ゆきおの「ガキ帝国」/54歳男性(音楽評論家)/神戸生まれ、神戸育ち。小さい頃から引っ越しの多い家庭で、覚えているのは幼稚園のころに住んでいた西宮あたりから。近くでガス爆発があり、父親が嬉しそうに見に行ったのを記憶している。そのころから本が好きで、住んでいたボロ屋に台風がきても、屋根修理の傍らロウソクで本を読んでいるような子供だった。小学生になると三宮近くの市営住宅に越し、そこで卒業まで過ごす。大安亭市場の近くの大変ガラのよくない場所で、クジラの解体場がとてつもない異臭を払っていた。
art
ウーフではない井上洋介
この夏『神は局部に宿る』展を開いた渋谷アツコバルーで、いま『井上洋介 絵画作品展』が開催されている(12月25日まで)。会期末ぎりぎりになってしまったが、見逃すにはあまりに惜しい機会なので、急いでご紹介したい。井上洋介は画家・イラストレーター・絵本作家という肩書きになっているが、多くのひとにとっては童話『くまの子ウーフ』の絵で知られているだろう(文:神沢利子)。だれが描いたのか名前は知らなくても、ウーフの絵を見ただけで胸がキュッとなる読者が、たくさんいるのではなかろうか。『くまの子ウーフ』の世代ではまったくない僕にとって、井上洋介はまず、お茶の水の「レモン画翠」の挿画のひとだった。創業が大正期にさかのぼるというレモン画翠は、お茶の水がちゃんとした学生街だった時代に、画材店と喫茶店が一緒になった、すごくお洒落な場所だった。井上さんは劇団・天井桟敷の美術担当をしていたこともあって、レモンの広告で見ていたイラストレーションは、絵本とはまたちがう味の、アイロニーやユーモアやエロティシズムを濃厚に漂わせたオトナの世界観でもある。
photography
築地魚河岸ブルース
いよいよ今年、もう待ったなしの築地魚河岸はどうなるのだろうか。本メルマガ2014年2月12日号『夜をスキャンせよ』で紹介した「白目写真」の沼田学による新作展が、1月6日から歌舞伎町の新宿眼科画廊で開催される。タイトルは『築地魚河岸ブルース』、築地に働く男たちを定点観測のように記録したシリーズだ。これまで築地をテーマにした写真は数えきれないほど発表されてきた。日本だけでなく、海外の写真家による写真集もたくさんある。先日も本橋成一による15年間の築地通いの成果をまとめた『築地魚河岸ひとの町』が日英バイリンガルで出版されたばかりだし(朝日新聞出版社)、いざ移転となればこれからもさまざまなメディアで、多くの作品が発表されていくのだろう。
travel
『中国遊園地大図鑑』発刊を祝して!
元旦に送らせていただいた購読者限定プレゼント『DOMMUNE スナック芸術丸・ゆきゆきてユーロビート』、ご覧いただけたろうか。12月19日の21時から24時過ぎまで生配信した番組の直前、19時から2時間にわたって配信されたのが『中国遊園地大図鑑』。ユーロビート特集と一緒に再配信されたので、こちらも見た、というひとが少なからずいらっしゃるのでは。本来、こっちのほうが「スナック芸術丸」向きだったかもですが・・・。『中国遊園地大図鑑』は日本各地と中国の珍スポット・ハンターである関上武司(せきがみ・たけし)さんによる新刊。
art
「媚び」の構造
異常な絵を見た。『萬婆羅漢図』と題されたその絵は、一見よくある羅漢図なのだが、よく見ると羅漢さまたちの足下には5人ほどのマンバギャルが群れている。マンバだから「萬婆」。マンバたちはガラケーの画面を羅漢さんに見せたり、脱色した髪にコテを当てたり、マックシェイクを地面に置いてタバコを吸ったりしていて、仙境と渋谷センター街が合体した趣でもある。そして不思議に違和感がない。日本的な羅漢図の持つデコラティブな画面と、マンバのデコラティブな存在感が、ひとつのイメージに統合されているからだろうか。作者の近藤智美(こんどう・さとみ)さんは自身がもともとマンバで、引退後はキャバ嬢から「軟禁経験」などを経て、独学で展覧会を開くようになったアーティストと聞いて、ますます興味をひかれ、新宿歌舞伎町そばのアトリエにうかがわせてもらった。
photography
『NOZOMI』増田貴大写真集、発売!
去年11月9日号で特集した「新幹線車窓写真家」増田貴大の初作品集が、めでたく発売になった。『NOZOMI』・・・いいタイトルだなあ。『時速250キロの車窓から』と題した記事を読んでくれたかたはおわかりだろうが、増田さんは検査用の血液検体を運ぶという珍しい仕事で、新大阪と広島のあいだを毎日2往復しながら、乗車中ずっとデッキに立って、窓に貼りついて景色を撮影している。それだけでは生活が成り立たないので、「午前中、あべのハルカスで医療フロアへの案内看板持ちもやってるんです。朝9時から12時までハルカスで、そこから急いで新大阪に移動して、新幹線に乗って。家に帰れるのは夜11時ごろになっちゃうので、車窓写真しか撮れないです」。
lifestyle
快楽の先のどこか
某日、品川のシティホテル、ツインルーム。ベッドの上で全裸の女が、ときに声をあげながらからだをくねらせる。そこにヒゲ面、サングラス、短パン姿の初老男性がのしかかり、局部に指を這わせ、ヒゲで乳首をこすり、手の甲に生えた毛まで使って「マッサージ」を続けている。こちらは隣のベッドに座って見ているだけ。さっきから1時間あまりも続いていたセッションは、女が何度目か全身を突っ張らせてからだを震わせたあと、「じゃあここらでひと休みしましょうか」という声で、仕切り直しになった。男の名は玄斎(げんさい)。ふだんは鍼灸マッサージの店を都内で開業しながら、それとは別に「回氣堂玄斎」という名で、性の喜びによって心身の変調や歪みを治癒する「快楽術(けらくじゅつ)」を実践して、もう30年以上というマスター・セラピストなのだ。
fashion
「べっぴん」と「別品」――ファッション都市神戸展によせて
今年は神戸開港150周年だそう。1868年(慶応4年、明治元年)1月1日正午に開港した神戸港を記念して、いま神戸ではさまざまな催しを実施中。本メルマガではおなじみの神戸ファッション美術館でも、『ファッション都市神戸――輝かしき国際港と地場産業の変遷』という、タイトルは硬めだが、そこはファッション美術館らしいヒネリの利いた展覧会を開催中だ。「神戸洋服」や「神戸靴」という言葉があるように、日本の洋服産業の発展は神戸という土地を抜きにして考えられない。横浜とも、銀座ともちがう神戸ならではのファッション・センスがかつて、たしかにあった(もしかしたら現在も)。今回の展覧会では開港時、鹿鳴館から、バブル前夜のDCブランドまで、それぞれの時代を飾った洋服を、一部当時のマネキンと組み合わせて見せるという凝った展示スタイルである。
photography
追悼 レン・ハン
すでにSNSなどでニュースを知ったかたもいらっしゃるだろうが、2月24日、中国の写真家・任航 (Ren Hang=レン・ハン)が亡くなった。レン・ハンは本メルマガの2014年12月10日配信号で特集した、中国写真界の若きスターだった。記事中で書いたが、その秋の東京アートブックフェアで、台湾から参加したブースでレン・ハンの写真集『SON AND BITCH』を見つけ、衝撃的な内容に驚愕。さっそく北京在住のジャーナリスト、吉井忍さんにお願いしてインタビューしてもらったのだった。それから2年と少し、レン・ハンはヨーロッパ各地で大きな展覧会を続けざまに開催。タッシェンから分厚い作品集が発売され、いまこの時もストックホルムの写真美術館フォトグラーフィカで個展が始まったばかりである。それなのに自殺してしまった彼は、まだ30歳の若さだった。
music
IDOL DOMMUNE ―― 地下アイドルとヲタのプラトニック恋愛譚
2月9日に配信されたDOMMUNEスナック芸術丸「IDOL STYLE連載30回突破記念/ヲタの細道」、楽しんでいただけたろうか。アイドル雑誌「EX大衆」での連載が30回を超えた記念番組だったが、その前回のユーロビートほどではないにしろ、地下アイドル、それもアイドルよりもヲタに焦点を当てた2時間。音楽にシビアなDOMMUNEの視聴者がどれだけついてきてくれるのか不安だったが、結果としてはかなり盛り上がってもらえたようで、ひと安心。今週は例によってDOMMUNEのご厚意により、再視聴リンクをプレゼントする。後半のベルリンからのDJタイムを含め5時間強。メルマガ読者限定なので、ひそやかに、たっぷりお楽しみいただきたい。
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Back in the ROADSIDE USA 27 Elvis Is Alive Museum, Wright City, MO
地図を見ると、アメリカ合衆国の真ん中近くに位置しているミズーリ州。別名「ハートランド」と呼ばれる所以だ。ちなみにアメリカの人口の約半分が、ミズーリ州を中心とした半径800km内に住んでいるという。ミズーリ州は東と西の端に、セントルイスとカンザスシティという2大都市を擁し、そのあいだは広大な自然というか、非常にスカスカな大空間が横たわっている。つまりミズーリを旅しようというものはたいがい、セントルイスとカンザスシティを真横に結ぶインターステート70号線を軸に、ときたま脇にそれたりしながらドライブするということになる。スカスカなようでいて、しかしあふれんばかりのロードサイド・アトラクションが隠れるミズーリは、珍スポット・ハンターにとっては外せない重要ステートでもある。
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Back in the ROADSIDE USA 27 Laclede's Landing Wax Museum, St. Louis, MO
「セントルイスロウ人形館」とも呼ばれるラクリーズ・ランディングのロウ人形館、建物自体は1885年の歴史的建造物と由緒正しいが、内部はかなりなB級感覚満載。人形はロンドンで作られ、髪の毛はイタリア、ガラスの義眼はドイツからとうたっているが、とにかくあまりにもチープな出来で、かえって懐かしい場末感を醸し出している。ひとりひとりが似てないのはもちろん、たとえばサルバドール・ダリとハワード・ヒューズとか、人形同士の組み合わせもすごい。キリストの最後の晩餐は、メキシコの風景だし、月に降り立ったアームストロング船長は、なんと宇宙服の頭部がなく、しかも靴はスキーブーツ、手袋もスキー用というファンキーなスタイリング。汚れたガラスと安っぽい壁紙で仕切られた部屋に立つ人形たちは、もの悲しさを通り越したシュールな表情が感じられる。
book
エクストリームSM画師ファレル
いまやオシャレの範疇に入れられている多くのSM/フェティッシュ系アーティストも、ポルノショップや特殊書店のみで流通する書籍から生まれてきたのだったが、1960年代からすでに50年以上にわたって、ハードコアなSMアートワークを断続的に発表してきたひとりに「ファレル(Joseph Farrel)」がいる。日本では(というかフランスの一般書店でも)滅多に見ることのできないファレルの作品を200点以上収録したハードカバー、限定600部の作品集がこのほど完成、中野タコシェにも入荷していて、さっそく見せてもらった。
fashion
アリス・イン・フューチャーランド 第1回
サイトウケイスケという画家と出会ったのは2013年だった。『ヒップホップの詩人たち』のトークイベントで声をかけてくれたのだったが、1982年山形に生まれて、ずっと山形で活動していたサイトウくんは、ちょうど30歳になったその年に東京に移住。それからずっと、働きながら絵を描いている。去年の夏から秋にかけて原宿、高円寺界隈をサイトウくんとうろついていた時期があった。「都築さん、ネオカワイイって知ってます?」と聞かれて、「なにそれ?」と尋ねたら、「なんか、不思議な感じの女の子たちと、原宿や高円寺や、イベント会場でいっぱい会うようになって~」と言う。
art
房総の三日月
千葉県市原市、と言われてピンとくるひとはどれくらいいるだろうか。ジェフユナイテッド? ぞうの国? 鉄ちゃんなら可愛らしい小湊鐵道を思い出すかもしれない。房総半島のほぼ中央に位置する市原市は、市制施行50周年を記念して2014年にアートイベント「中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス」を開催。いま、その2回目となる「いちはらアート×ミックス2017」が開かれている。別に国際的ならいいというわけではないけれど、今回は外国からの参加作家がロシア人アーティストひとりだけという、ぐっとドメスティックな顔ぶれ。車なら東京都心から1時間半足らずなのに、点在する会場を電車とバスを乗り継いで回るのはかなり困難が伴うアクセスの不便さ。正直言って町おこしアートイベントの典型的な失敗例というか・・・あまりお勧めできるような内容ではないのだが、にもかかわらず今週みなさまをお連れするのは、唯一の外国人参加作家であるレオニート・チシコフ(Leonid Tishkov)を紹介したいから。
book
俳句と写真のマッシュアップ・ミュージック――『鉄砲百合の射程距離』
ひとつずつではなくて、ふたつかそれ以上合わさったときだけに生まれる気持ちよさというものがある。まあセックスもそうかもしれないけど、音楽だとたまにDJが、クラブフロアでそういう快感を生み出してくれる瞬間がある。似ていたり、共通するなにかがある複数の音源を合わせていくのがミックスだが、共通するところがなさそうな複数の音源を合わせて、意外な効果を生むのがマッシュアップ。『鉄砲百合の射程距離』という奇妙な題名の「句集」を見せられて、瞬間的に浮かんだ言葉がマッシュアップだった。『鉄砲百合の射程距離』(月曜社刊)は内田美紗(うちだ・みさ)の俳句と、森山大道の写真が、編集者の大竹昭子によって組み合わされた=マッシュアップされた句集でもあり、写真集でもある。たとえば桜の花を詠んだ句に満開の桜の写真、などというのではなくて、一見まるで関連のないような俳句と写真のイメージが、ページ上でひとつに合わさって、それぞれ単体の作品とはまた異なる表情を僕らに見せてくれる。そういうスリルを教えてくれる本である。
design
失われた「童謡レコジャケ」世界
吉岡里奈展が開催される幡ヶ谷パールブックショップ&ギャラリーでは、その前週に吉岡さんの「発見者」とも言える山口“グッチ”佳宏による『Kawaii!! 童謡レコジャケの世界』展が開催されるので、こちらも紹介しておきたい。グッチさんのレコード・コレクションといえば、本メルマガ2012年2月15日号『昭和のレコードデザイン集』を皮切りに、「お色気レコジャケ」の記事や展示会など何度も紹介してきたので、おなじみのはず。2015年7月15日号では『目眩くナレーション・レコードの世界』と題して、1960年代から70年代にかけて徒花のように生まれ消えていった「お色気レコードジャケット」を大特集した。そのグッチさんが今回展示するのは「お色気」とは正反対の「童謡」! すでに著書『昭和のレコードデザイン集』などでもコレクションが掲載されているが、もしかしたら「お色気」以上に実物を目にすることが難しい、貴重な展示になるはずだ。
travel
圏外の街角から:キャバレーと路地裏迷宮の若松
先週末から福岡ギャラリー・ルーモで開催中の『キャバレー・ベラミの記憶展』にもなんとか間に合い、会場でUSB版を販売中だ。昨秋、福岡アルティアムで『僕的九州遺産』展を開き、関連イベントとして企画されたバスツアーで僕はかつてのベラミ従業員寮=「ベラミ山荘」を訪れ、そこで電子書籍に収録した写真コレクションに出会ったのだったが、会場に遊びに来てくれたのが木村勝見さん。もともと日劇ダンシングチームのメンバーで、九州に移住してからは奥様の樽見タツ子さんと共に「ザ・インパルス」というユニットを結成。日本全国のキャバレーやホテル、クラブのステージに立ち、ベラミでもよく踊っていたのだという。
travel
気まぐれドライブ・タイランド 2 ナコンパトムの龍城地獄
バンコク市内からクルマで1時間ほどの郊外ナコンパトムは、タイの伝統文化を観賞するローズガーデンや、ゾウのショーで知られるサンプラン動物園など、団体観光系のスポットが集まるエリアだ。バンコクからほぼ真西の隣県であり、インドシナ半島のうちで、インドからの僧によって最初に仏教がもたらされた伝来の地であるそうで、市内中心部には全高120.45メートルという世界一高い仏塔プラ・パトム・チェディがあったり、それほど知られていないが珍スポット系では重要なロウ人形館『ヒューマン・イメジャリー・ミュージアム』、タイの「昭和なつかし館」的な『ハウス・オヴ・ミュージアムス』、それに国立のフィルムセンターである『ナショナル・フィルム・アーカイヴ』などは本メルマガでも2012年3月28日号でまとめて紹介した。先週紹介したワット・スラ・ロン・ウアがあるカンチャナブリとバンコクのあいだに挟まれたナコンパトムには、珍寺ファンに広く知られた『ワット・サンプラン(Wat Samphran)』がある。多くのブログや佐藤健寿さんの『奇界遺産』でも取り上げているので、すでに訪れたかたもいらっしゃるのではないか。
book
愛されすぎたぬいぐるみたち
『捨てられないTシャツ』フェアを開いてくれていた新宿紀伊國屋書店にうかがったとき、担当の書店員さんが「こんなのも出たんですよ」と教えてくれたのが『愛されすぎたぬいぐるみたち』だった。題名どおり、愛されすぎてボロボロになってしまって、でも大切にとっておかれたぬいぐるみたちを、所有者の短いコメントとともに集めた可愛らしい写真集だ。原本の『MUCH LOVED』は2013年に発売され、大きな話題を呼んだという。著者のマーク・ニクソンはダブリンを本拠にするアイルランド人写真家で、息子が大切にしているピーターラビットを見ているうちに、自分も子供のころはパンダの縫いぐるみに夢中だったことを思い出し、周囲の人たちに声をかけて、大切なぬいぐるみを撮影するようになった。
book
百点の銀座
『銀座百点』という雑誌をご存じだろうか。銀座の老舗に行くと、たいていレジ脇に積んである小さな雑誌を、あああれかと思い出すひともいるだろう。銀座の名店の連合会「銀座百店会」が発行する月刊誌が『銀座百点』。誌名が「百店」でなく「百点」であることからわかるように、単なる会員店舗の宣伝誌ではなく、銀座という街の魅力を紹介し、語り尽くそうという「日本最初のタウン誌」なのだ。創刊号が1955年発行、さっき銀座の千疋屋でもらってきた2017年7月号の表紙には第752号とある。
photography
遺された家の記憶
かつて「グラフ雑誌」というものがあった。「アサヒグラフ」「毎日グラフ」など、アメリカの「LIFE」を範とするグラフ・ジャーナリズムは20世紀の報道媒体として重要な役割を果たしてきたのだが、そうしたグラフ誌が全滅してしまった現在、とりわけ硬派なドキュメンタリー・フォトグラファーにとっては厳しい状況が続いている。ネットがあるじゃないかと言っても、個人での発信は影響力でも経済力でも全国誌とは比べものにならないし、セールスが期待できない写真集を出そうという出版社は減るばかりだ。そんな現状でときたま、時間をかけて丁寧につくられたドキュメンタリー作品に出会うと、背筋が伸びる思いがする。『遺された家』は奈良県在住の写真家・太田順一が去年12月に発表した写真集だ。大阪の朝鮮人コミュニティ、沖縄人コミュニティ、ハンセン病療養所など、入り込むことすら簡単ではないテーマばかりを選び、「歩いてなんぼ」と通い詰めて本にまとめてきた太田さんにとって、これは久しぶりの写真集になる。
art
リボーンアートフェス・フリンジ・ツアー
先々週に特集したばかりの札幌国際芸術祭をはじめ、8月は各地でアートフェス真っ盛り。横浜トリエンナーレのようなメジャー級から、町おこしサイズのイベントまで大小さまざまだが、東日本大震災で被災した石巻市では「リボーンアート・フェスティバル(Reborn-Art Festival 2017)が開催中だ。9月10日までと会期終了が近づいたタイミングではあるが、札幌と同じくロードサイダーズらしいフリンジ系をめぐる駆け足ツアーに、今週はお連れしたい。「アートと音楽と食で彩る新しいお祭り」・・・のキャッチフレーズに惹かれるかは微妙なところだが、リボーンアート・フェスが気になったのは、このメルマガで何度かフィーチャーした北九州小倉在住のアーティスト/スケートボーダー/彫り師であるBABUが参加すると聞いたのがきっかけだった。
art
ことばの彫刻家、荒井美波
なにもこのタイミングを見計らったわけではないが、いま阿佐ヶ谷のTAVギャラリーでは、藤井健仁とは対照的な、やはり金属を使った立体作品の展覧会が開かれている。荒井美波『行為の軌跡III』、恵比寿トラウマリスから3年ぶりの個展だ。いまは残念ながらなくなってしまった、美大の卒業制作を対象にした公募展「三菱ケミカル・ジュニア・デザイナーズ・アワード」で、2013年の佳作を受賞したのが荒井さんだった。僕も審査員をつとめていて、審査会場で作品と出会ったのだったが、「デザイン」と言えるかどうかは別にして、その発想とセンスには一同唸らされた。
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博士の異常な記録愛――西山夘三のすまい採集帖
『TOKYO STYLE』に取りかかる直前、京都に2年ほど暮らしていた。1990年前後の京都はバブル絶頂期で、伝統的な街並みに「ポストモダン」という名の現代建築が乱立し、あまりの醜さに僕は『テレスコープ』というオルタナ系の小さな建築雑誌で『京都残酷物語』なる特集を作らせてもらい、それはのちに抜き刷りの小冊子にもなった。京都の南北を分断する巨大な壁のごとき駅ビルが、設計コンペで原広司案に決まったのも1991年のことだった。当時、バブルに踊る京都土木&建築界の片隅で、昔ながらの街並みを保存しようという運動も地道に展開していて、京都に来たばかりの僕が知ったのは、西山夘三という左派建築論客の象徴のような、元気なおじいさんがいるということだった。
photography
どうでもいいものの輝き――平原当麻の写真を見る
写真ファンならご存じだろうが、東京新宿一丁目あたりには写真専門のギャラリーが何軒か集まっている。中にはひとつのビルに複数のギャラリーが入っていることもあるので、ついでに覗いてみた展覧会で予期せぬ出会いや発見があったりもする。先日、用事があって写真家の瀬戸正人さんらが運営するギャラリーPLACE Mに行ったとき、階下のRED Photo Galleryで展覧会を開いていたのが平原当麻さんだった。REDは若手の写真家十数人が共同で運営するギャラリーで、各自が年に何度か展覧会を開くことになっていて、そのときちょうど平原当麻さんが『ライヴ・アンダー・ザ・スカイ』という、お洒落でジャジーなタイトルの、ぜんぜんお洒落でもジャジーでもない都市風景を撮りためたプリントを展示していたのだった。
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そう来たかラッシーくん!
今年6月、金沢21世紀美術館で『川越ゆりえ 弱虫標本』展の公開対談をしたときのこと。終了後にそのまま机を寄せ集めて懇親会が始まって、しばらくしたら「私の作品、見てもらえませんか」と話しかけられた。へ~、どんな絵描かれるんですかと聞いたら、「いえ、自分が描くんじゃなくて、いろんなアーティストのかたにお願いして描いてもらってるんです」という。アーティストにコミッション! 一見、ごくふつうの主婦という感じの方なのに・・・とびっくりしていると、葉書をちょっと大きくしたくらいの紙束をリボンで閉じた画集?を手渡された。表紙には『ラッシーくん作品集』と書かれている。ラッシーくんって? 「あ、うちの愛犬なんです。いろんなアーティストのかたに、ラッシーくんをモチーフに描いてもらったコレクションなんです」と言われ、絶句したまま開いてみると、まさに! 油絵に水彩画、木彫にペーパークラフトまで、さまざまなラッシーくんアートが何十点も集められ、しかもそのほとんどの作品写真が、本物のラッシーくんと一緒に写されている。
photography
自撮りのおんな2017
2016年2月10日配信号で初めて紹介した「自撮り熟女」田岡まきえ=マキエマキさん。あれから1年半経って、ずいぶん溜まった新作をこの11月に銀座1丁目の古風なギャラリービル「奥野ビル」内の銀座モダンアートでご披露する。ツイッターやFacebookなどSNSでの発信がすごく活発で、あまりご無沙汰感がないけれど、実は久しぶりのマキエさんに、この1年半のことを聞いてみようとお茶に誘ってみた。で、入ってきたマキエさんを見てびっくり。去年よりずっと若返ってる!
photography
「TOKYO STYLE/LIVING ROOM」瀬戸正人x都築響一・二人展
東京・新宿御苑の大木戸門から新宿方向に広がる新宿1丁目界隈が、写真専門ギャラリーの集まるエリアとなって久しい。通常の商業画廊ではなく、写真家たちがみずから運営することで、発表の場をつくり育てようという、ノンプロフィット・ベースのギャラリーが集まっているのが特徴だ。なかでも老舗のPLACE Mは、写真家の大野伸彦、瀬戸正人、中居裕恭、森山大道らによって運営される「写真の実験の場」として1987年に設立。今年で30周年を迎えた。本メルマガでもPLACE Mで開催される展覧会をずいぶん紹介してきたし、写真ファンにはおなじみのギャラリーだろう。そのPLACE M30周年を記念して、代表の瀬戸正人(せと・まさと)さんに声をかけていただき、二人展を開催することになった。グループ展はよくあるけれど、二人展というのは僕にとって初めてかもしれない。
photography
「TOKYO STYLE/LIVING ROOM」開催中!
先週号でお伝えしたように東京・新宿御苑の写真専門ギャラリー、PLACE M30周年を記念して、代表の瀬戸正人(せと・まさと)さんとの二人展「TOKYO STYLE/LIVING ROOM」が月曜日にスタートした。1996年に発刊されて、その年の第21回木村伊兵衛賞を受賞した瀬戸さんの『部屋 Living Room, Tokyo』(新潮社)と、1993年に出版した僕の『TOKYO STYLE』。どちらもバブル崩壊直後という時期に、東京の部屋から部屋へとさまよった記録である。
food & drink
新連載! Neverland Diner 二度と行けないあの店で 01
誰にでも、二度と行けない、あるいは、二度と行かない、あの店がある。インスタ映えとか、食べログ3.5点以上!とかのおかげで、わたしたちの最近は「どこに新しいお店ができて、あそこのあの料理は最高に美味しくて、あの店にまだいってないの?」ということばかり。そりゃ人生、できたら美味しいものばかり食べていきたいけど、でもそれより、「どこにあるかわかんねー」とか「もうなくなっちゃったよ」とか「事情があっていけない」とか「やらかしていけない」とか「くっそまずくてもう行かねえ!」とか、そういう誰かの二度と行けない(行かない)店のほうが、よっぽど興味がある。これから1年と少しをかけて、そんな「あの店」を集めた連載を始めます。どの店もドアを3cmくらい開けて、覗き見したくなるに決まってる。残念ながら、行けないんだけど。
art
バスキアの「描かれた音楽」
少し前にZOZOTOWNの創業者がバスキアの初期作品を約123億円で買ったニュースが、ネットで話題になった。落札された作品は1982年、バスキアが現代美術界にデビューした最初期の作品で、それは僕がバスキアに初めて会った年でもあった。いまロンドンのバービカン・ギャラリーでイギリス初の大規模な回顧展『Basquiat: Boom for Real』が開催中だ(2018年1月28日まで)。1960年12月22日に生まれ、1988年8月12日にわずか27歳の生涯を終えたジャン=ミッシェル・バスキアは、今世紀に入ってからも2005年のブルックリン美術館をはじめ、いくつか大規模な回顧展が開かれてきたが、それでも現代美術史にこれだけ決定的な影響を与えたアーティストにしては、展覧会の少なさのほうが気にかかる。ちなみに「ブーム・フォア・リアル」というのは、王冠などと同じくバスキアの作品によく登場するフレーズで、意訳すれば「うわ、まじか!」みたいな感じだろうか。
book
健全な本づくりとは――インド・タラブックスの挑戦
先週、告知で小さくお知らせしたが、いま東京・板橋区立美術館でインドの出版社タラブックスの展覧会が開かれている。『世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦』と題されたこの展覧会は、12月22日には皇后さまが訪れたこともニュースになった。このメルマガで、皇族が観賞するような展覧会を扱うのは、もしかしたら初めてかも・・・。タラブックス展は開幕前から気になっていたが、正直言って行くのを迷ってもいた。見てしまったら、あんなふうに手作り本をつくりたくてたまらなくなるだろうし、それはいま僕が進もうとしている本づくりとはずいぶんちがう方向だと思ったから。でも、もちろんこの展覧会は、どんなかたちでも本づくりに、いや物づくりに興味ある人間にとって、最高度に刺激的な体験になってくれる。
art
日常版画家・重野克明
中学のころに初めてアンディ・ウォーホル展を観たのは東京駅の大丸だった。アレン・ジョーンズ展を観たのは新宿伊勢丹だったし、美術書や写真集コレクションの泥沼に引き込んでくれたのは池袋西武にあったアールヴィヴァン(現・ナディッフ)だった。いま、「デパート画廊」というものは現代美術の一線から退いてしまった感があるけれど、それでも興味深い展覧会はずいぶん開かれている。ときどき気になるのが日本橋と新宿のタカシマヤで、日本橋店の6階美術画廊Xではきょう(10日)から『ザ・テレビジョン 重野克明展』を開催中だ。
art
佐伯俊男展『雲然』
佐伯俊男の絵に出会ったのは三上寛のレコードジャケットだった。1971年にデビュー作『三上寛の世界』が出ているが、僕が最初に買ったのは2枚目の『ひらく夢などあるじゃなし 三上寛怨歌集』で、72年だから高校2年だったか。当時は横尾忠則を筆頭とする「イラストレーター」が「アーティスト」よりも流行の職業とされていて、佐伯俊男も新進イラストレーターだったが(『平凡パンチ』のグラビアで衝撃的なデビューを果たしたのが70年)、三上寛の歌声と同じくらい、オシャレではとうていないし、ポップでもない、若々しくすらない、でもほかのだれともちがう画面にいきなり圧倒されたのだった。
travel
プノンペン・ダイアリー1――ロケンロール、カンボジア!
この正月はプノンペンだった。東南アジアにはずいぶん通ってきたけれど、カンボジアだけはなぜか縁がなく、今回が初めて。カンボジア観光というと、まずはアンコールワットがあるシェムリアップ、それからクメール・ルージュの時代に100万人が虐殺されたという、負の歴史を刻むキリングフィールドというのが定番だが、今回はそのどちらでもなく、プノンペン市街の昼と夜をひたすらうろついて、観光名所とは無縁のカンボジアをかじってきた。今週からその収穫をご披露する。先週はミャンマーの歌謡曲を村上巨樹さんに教えていただいたばかりだが、まず今週はカンボジアのロックンロールを!
art
モノクロームの果実――岡上淑子コラージュ展によせて
高知県立美術館で『岡上淑子コラージュ展――はるかな旅』が開催中だ。この展覧会を待っていたひとは少なくないと思う。今年90歳になった岡上さんの初の大規模回顧展である本展は、国内所蔵のコラージュ80点、写真作品19点に加え、コラージュから新たに制作されたシルクスクリーン、プラチナプリントなど計115点、さらに海外所蔵などで展示できなかった作品もプロジェクションで紹介されている。コラージュと写真で現存する全作品数が150点ということなので、今回は岡上淑子という作家の全容を開示するもっとも重要な機会になる。高知展後の巡回は予定されていないので、すでに地元よりも県外からの来館者が多く訪れているという。展覧会に「はるかな旅」とサブタイトルがつけられているのは、岡上さんの制作活動が1950年代のわずか7年間だけで、21世紀になってから40年以上ぶりに「再発見」されたものであるからだ。
art
アーティストたちの首都高
品川区大崎駅前の大崎ニューシティに、「O(オー)美術館」という展覧会場があるのをご存じだろうか。品川区立の施設で、場所が便利で広い展示空間があるわりに利用料金が安いので、ときどきおもしろい展覧会に出会う。『独居老人スタイル』で紹介した戸谷誠さんも、ここがお気に入りの発表場所だ。昨年12月16日から20日まで、ここで『開通55周年記念・芸術作品に見る首都高展』という風変わりな展覧会が開かれた。たった5日間の会期だったが、なんとか間に合って足を運んでみたら、そこには東京の首都高(首都高速道路)が描かれた絵画や版画、写真などの作品が100点あまり、広い会場を埋め尽くしていた。首都高を描いたり写したりした作品がこんなにあったのかと驚いたが、このコレクションが首都高の会社としてではなくて、首都高の関連会社にお勤めする会社員の個人コレクションと聞いてさらにびっくり。
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プノンペン・街角オペラ座の怪人たち
このメールマガジンを始めてしばらく、購読者数がなかなか増えなくて苦しんでいたころ、こころの支えになってくれた電子出版雑誌がある。クーロン黒沢さんの『SIX SAMANA』(シックス・サマナ)だ。アジアのアンダーグラウンドなエネルギーに魅せられたひとにとって、クーロン黒沢という名前は長く、ひとつの指標になってきた。1990年代からコピーゲームソフトなど「裏電脳系」の著作をスタートに、東南アジアにうごめく奇々怪々な人間模様を描いてきた黒沢さん。出版社の自主規制リミッターの向こう側にあるリアリティを表現するプラットフォームとして2013年にスタートさせたのが、Amazon・Kindleストアから配信される『SIX SAMANA』である。第1号の特集が『海外移住促進月間』、そして『電子出版で海外豪遊生活』『日本に殺されるな!』『お布施で暮らそう』『アジアのブラック企業列伝』・・・と続く特集タイトルを並べるだけで、その特異なキャラクターがおわかりいただけるかと思う。ちなみに現在発売中の第31号の特集は『貧乏への道 全ての道は貧困に通ず』・・・いきなり読んでみたくなりませんか!
art
フォトノベル――忘れられた物語のために
「フォトノベル」あるいは「フォトロマン」「ロマンフォト」と呼ばれる表現をご存じだろうか。スタイルは漫画なのだが、絵の代わりに人物や風景の写真がコマ割りに配置され、そこに吹き出しで台詞や説明が載っていく、いわば「写真漫画」のこと。日本ではあまり流行しなかったようだが、僕が働いていた最初期の雑誌『POPEYE』では後半のモノクロページで、しばらく「フォトロマン」のページをつくっていた。そしてフォトノベル/フォトロマンはヨーロッパ、とりわけイタリアやフランスでかつて絶大な人気を誇っていて、しかも知識人からは徹底的にバカにされ続けた、20世紀欧州大衆文化の極北ともいえる表現形態だった。南フランス・マルセイユの海岸沿いにある欧州・地中海文明博物館(Musée des Civilisations de l’Europe et de la Méditerranée、通称Mucem)でいま展覧会『Roman-Photo(英語タイトルPhoto-Novel)』が開催中だ(4月23日まで)。フォトノベルをまともに取り上げた、初のミュージアム展覧会であるこの大胆な企画を、今週はたっぷり紹介させていただきたい。
music
おきあがり赤ちゃんのビザール・サウンドスケープ
アウトサイダー・アートやアウトサイダー文学があるように、アウトサイダー・ミュージックというのもある。日本ではあまり発掘が進んでいないが、アメリカではすでに何枚もCDや研究書も出ている。これぞ日本のアウトサイダー・ミュージック!と呼びたい異端の音楽家に、このあいだ出会った。名前を「おきあがり赤ちゃん」・・・そう、おきあがり赤ちゃんというミュージシャン。でも赤ちゃんではなくて、61歳の男性だ。おきあがり赤ちゃんは、おきあがり赤ちゃんを楽器にして音楽を奏でる。いまではオモチャ屋でもほとんど見なくなってしまったが、昔は天井から吊したメリーとセットのように、赤ちゃんがいる家庭にはかならずあった、ポロンポロンルルリリンとかわいらしい音を立てる起き上がりこぼしのプラスチック人形、あれがおきあがり赤ちゃんだ。
art
一番先生、降臨!
寒々しい駅前広場で、聞いたこともないアイドルグループが歌ってる。わずかに足を止める観客。冷ややかな通行人の視線を気にすることもなく、両手にサイリウムを握って応援に声を張り上げるヲタの一団。アイドルシーンよりも、そういうアイドルヲタシーンに興味を惹かれるようになって、まもなく見つけたのが「一番先生」だった。一番先生という称号を持つ、この男性が踊る動画を初めて見たのは、たぶん5年くらい前だったろう。アイドルイベントではなく、それは巨大な野外フェスで、向こうのほうでだれか有名アーティストが演奏しているのだが、フィールドを埋めた数千人の観客の真ん中にぽっかり穴が開いて、そこで一番先生が踊りまくり、取り巻く客たちはステージに背を向けて一番先生のほうに熱狂しているのだった。だれ、このひと!
lifestyle
追悼・首くくり栲象
首くくり栲象さんが亡くなった。『独居老人スタイル』で取り上げたので、ご存じのメルマガ読者もいらっしゃるだろう。1947年生まれだからまだ70歳だろうか、いかにも早すぎる。首くくり栲象(たくぞう)さんの存在を教えてくれたのは、銀座ヴァニラ画廊のスタッフだった。「ぼろぼろの一軒家の庭で首吊りのパフォーマンスを毎月、夜にしてて、でもほとんど客が来ないから、木からぶら下がってる足の下を猫が歩いたりしてるんですよ!」と言われて、急いで「庭劇場」に行ってみたのが2011年か12年のこと。そのころ栲象さんはまだ60代半ばだったから、独居老人と言ってしまうには少々若すぎたと思う。でも、なにしろその環境と風格と、なによりパフォーマンスはまさしく「孤高」というほかなく、「独居老人のかたにお話を聞く企画で・・・」とか不躾なお願いにウフフと笑いながら応じてくれた。孤高なのに優しくて、これ以上ないほどストイックなのにだれにでもフレンドリーで、そういう栲象さんのこころのありかたに、僕はなにより惹かれたのだと思う。
photography
ラブドール王国の宮廷写真家
凝りに凝ったセッティングのもの、家族のスナップみたいな気軽なもの、ドール愛に溢れるたくさんの写真を見ていくのは最高に楽しい体験で、受賞作を選ぶのは難しかったけれど、けっきょくグランプリに決めたのが『たべる?』と題された一枚。新妻の風情をまとったドールがエプロン姿で、朝食のトーストとサラダを用意しながら、プチトマトを指でつまんで「たべる?」と差し出している台所の情景だった。可愛らしいけど、エロくはない(ラブドールなのに)。でも、なにか曰く言いがたい恋みたいな感情がそこには漂っていて、目が離せなくなったのだった(フォトコンテストの応募作品は先日発売された『愛人形 Leve Dollの軌跡』に掲載されている)。グランプリ受賞作の作者「SAKITAN」は、その後もTwitterなどでドール写真をコンスタントに発表していて、フォローするのが楽しみだったが、この3月に初の写真展を大阪で開催すると知って、さっそくインタビューをお願いした。撮っている写真にも興味はあったし、なによりSAKITANってどんなひとなんだろう?と気になって仕方がなかった。
book
はな子のいる風景 ―― ゾウとひととの写真物語
吉祥寺が好きなひとは多いと思うけれど、北口商店街のなかに美術館があるのを、どれくらいのひとが知っているだろう。駅から徒歩2、3分、コピス吉祥寺という商業ビルの7階にある武蔵野市立吉祥寺美術館は、2002年に開館した比較的新しい美術館。去年9月から10月にかけて、現代美術作家・青野文昭の展覧会『コンサベーション_ピース ここからむこうへ』が開かれ、その「パートB」として会場ロビーに設置されたのが『はな子のいる風景』だった。設置といってもそこには『はな子のいる風景 イメージをくりかえす』と題された記録集が置かれているだけで、来館者は椅子に座ってその記録をじっくりお読みくださいという、なかなか話題になりにくい展覧会なのだった。
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人生はキャバレーだった――『キャバレー、ダンスホール 20世紀の夜』刊行に寄せて
今年1月に銀座の『白いばら』が閉店してからというもの、ちょっとしたキャバレー再評価ブームが起きているようで、ロードサイダーズにもPDF版電子書籍『キャバレー・ベラミの踊り子たち』の写真貸出依頼がけっこう来たりする。書店に行けば往年の有名キャバレーのオーナーや支配人、名物ホステスさんの回想録などが数冊見つかるが、それではキャバレーという空間そのものを記録した書籍がどれくらいあるかというと、ほとんどない。だって、キャバレーそのものがもう、ほとんどないから。なくなってから惜しまれる秘宝館や見世物小屋やオールド・スタイルのラブホテルと同じように、キャバレーもなくなってから惜しまれつつある昭和のポピュラー・カルチャーの仲間入りを果たしたのだろう。「ライフ・イズ・ア・キャバレー」と歌ったのはライザ・ミネリだったが、キャバレーのことも過去形で語らなくてはならない時代がもうそこまで来ている、そういうタイミングでこの3月に『キャバレー、ダンスホール 20世紀の夜』という写真集が出版されたのには驚いた。
lifestyle
ウグイス谷のラバーソウル 2018
「恋」と「変」の字ははよく似ている。「変態」を読み間違えたら「恋態」。変態とはもしかしたら、このどうしようもない日常に恋していられるための、きわめて有効なサバイバル・ツールなのかもしれない――長いこと世の変態さんたちを取材してきて、そんな思いが強くなっている。先週土曜日、5月5日の「こどもの日」から日付が変わった6日の深夜1時、とってもオトナのイベント「デパートメントH」が幕を開けた。場所は鶯谷の東京キネマ倶楽部。先週はグランドキャバレーのお話をしたが、ここはもともとワールドという名の大箱キャバレーだった場所。通算回数2百数十回となるデパHは、もう10年以上前からキネマ倶楽部で毎月第1土曜に開催されていて、5月6日は「ゴムの日」というわけで、今夜は毎年恒例の『大ゴム祭』なのだ。
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スラム街の記録者――佐々木さんのプノンペン・ライフ
4月の暖かい午後、待ち合わせの時間の少し前に郊外駅の改札を出ると、もう佐々木さんが待っていてくれた。会ってほしいとお願いしたのはこちらなのに、ちょっと申し訳ないというようなはにかんだ表情をして。正月にプノンペンで初めて会ったときのように。毎年プノンペンに通って、スラムで暮らす人々を撮影している日本人写真家がいる、と教えてくれたのは『シックスサマナ』の編集長・クーロン黒沢さんだった。スラムのすぐそば、それも小学校の建物のひと部屋に住みついて、毎日スラム街を歩きまわってるらしいと聞いて、その小学校を訪ねてみたのだった。佐々木健二さんは1966年八王子生まれ。いまも八王子の実家に住んでいる。ふだんは学校の行事や卒業アルバムの写真を撮るのが仕事。1年のうち10ヶ月はそうして働いて、2ヶ月間をプノンペンで暮らす生活を、2004年からずっと続けている。
photography
異界へお出でと笛を吹く――内藤正敏『異界出現』
いまから20年以上前、『珍日本紀行』という企画で地方の町や野山を走り回っていたころ。最初の2、3年はあちこちで出会う妙な風景や建造物を、とにかくなるべくきっちり写さないと、というだけで必死だったが、旅と撮影の生活に身体が少し慣れてくると、ときに白日夢のように眼前に広がる光景を、白日夢のように写せたらと思い始めて、行き着いたのが針穴写真(ピンホールカメラ)だった。だれもいない湖に浮かぶ白鳥型のボートとか、国道脇に立つ古タイヤを組み合わせた巨人とかの前に三脚を立てて、寒さに震えながらじりじり時計を見ているうちに、自分はいま写真を撮っているというよりも、この場所の空気と時間を木箱に封じ込めようとしているんじゃないかと思ったりもした。カメラというのは、単に目の前にあるものを視覚的に記録するための道具とは限らない、と気づいたのがその時だった――というような思い出が、東京都写真美術館で内藤正敏の『異界出現』を見ていて、ふいに甦ってきた。
art
未来への帰還――ニューヨークのラメルジー回顧展
ストリート・アートの世界ではカルト的な人気を誇ってきながら、2010年に49歳で亡くなったあとは、著作権の帰属がはっきりしない状態が続いたこともあり、なかなか単独の回顧展が開かれなかったが、5月4日からニューヨークのレッドブル・アーツ・ニューヨークという、あの飲料メーカーが運営する非営利アートスペースで初の大規模回顧展『RAMMELLZEE: Racing for Thunder』が開催されると聞き、いても立ってもいられなくなって急遽ニューヨークに観に行ってきた。RAMMELLZEE――正式にはRAMM:ΣLL:ZΣΣと表記する、Σ(シグマ)は総和をあらわす数式、ラメルジーはみずからの呼称を名前ではなく「方程式」であると主張していた――は1960年にニューヨークJFK空港に近い浜辺の町、クイーンズのファー・ロッカウェイ(Far Rockaway)で生まれた。
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カーテンの襞から覗く顔
現役の、という言い方は変だけど、いま生きている作家の美術には大別して「現代美術系」と「団体展系」がある。そのどちらにも入らない作家は、美術館でも美術雑誌でもなかなかフィーチャーされにくいけれど、そういう作家たちのほうが実はたくさんいて、ただ見つけにくいだけなんじゃないかと思うようになった。藤田淑子という作家を知ったのはまだ2~3年前のこと。どこかの展覧会のレセプションでポートフォリオを見せてもらったのか、銀座ヴァニラ画廊の公募展に送られてきた作品を見たのが先だったのか。よく覚えてないけれど、すごく妙な絵だな、と思ったのはよく覚えている。銀色の背景に、ほとんど赤と青、みたいな単純な色合いの人物やカーテンのドレープ、つまりひだひだがべたっと描かれていて、でも人物には目も鼻も口もない。むしろ主役は赤や青のひだひだみたいだ。
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須田悦弘のミテクレマチス
静岡はいろんなキャラクターを備えた県で、名古屋側の西には浜松があるし、真ん中に静岡市、東京側の東には熱海がある。あと、もちろん富士山も。そういうなかで伊豆半島の根っこにある三島市は、観光地としてはあまり話題に上がらないかもしれない。浜松で仕事があった日に、無理すれば日帰りで帰れるところを、ふと思いついて新幹線を三島で降りて一泊することにした。駅前からシャトルバスで行けるヴァンジ彫刻庭園美術館で、須田悦弘の展覧会が開催中なのを思い出したから。
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霧の山のいのち
山歩きはほとんどしないけれど、山道を運転することはけっこうある。街を走っていたときは晴れてたのに、山道に入ったらいつのまにか、次のカーブが見えないくらい深い霧の中でヒヤリ、というようなこともあって、そんなときのヒヤリはおもに事故の恐怖だけど、同時に、この霧が晴れたら、それまでとはまるでちがった場所になっちゃってるんじゃないかという妄想に、僕はときどきとらわれてしまう。変なSF映画みたいに。ROSHIN BOOKSから阿部祐己(あべ・ゆうき)という新人作家の写真集リリースのお知らせが来て、さっそく注文して届いたのが『Trace of Fog』=霧の痕跡という題名の一冊。それは信州八ヶ岳の霧ヶ峰を撮影した写真集だった。年間を通した観光地としてしられる霧ヶ峰は、その名のとおり、年間200日以上も霧が発生する高原なのだという。
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ふりかえれば台湾
いろんな国に行くけれど、台湾だけは空港に降り立つたびに「帰ってきた」感覚に襲われる、とどこかに書いたことがある。同じような気持ちになる台湾ファンが、けっこういるのではないか。清里フォトアートミュージアムではいま『島の記憶――1970~90年代の台湾写真』という展覧会が開かれている。おもに1950年代から60年代前半に生まれた、つまりいま60代から70代のベテラン写真家たち11人の、若き日の作品152点が並ぶこの展覧会は、作品のほぼすべてが日本、そして台湾でも初公開であり、そもそも台湾の写真がこんなふうに日本の美術館でまとまって紹介されることが初めてだという。1970年代から90年代という時期は、中国本土では文化大革命が終息し、周恩来・毛沢東が死去、米中・日中国交正常化、開放化政策の推進、そして天安門事件、香港返還と中国現代史のターニングポイントとなる出来事が連続するが、台湾でも国連脱退、蒋介石死去、38年間続いてきた戒厳令の解除と国民党独裁の終焉、そして進展する民主化という急流の中にあった。「島の記憶」という展覧会タイトルは、そのように激変する島のありようを見つめ、歩き、記録せずにいられなかった若き写真家たちの熱情や興奮、怒り、苛立ち、悲しみといった心情が、「記憶」という言葉のなかに包み込まれている。
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デジタルな虹の彼方に
銀座に隣接した京橋には小さなギャラリーがずいぶん集まっている。フィルムセンターかLIXILギャラリーからスタートして、気になる展覧会をいくつかハシゴして、美々卯で蕎麦を食べておしまい、というのが僕にはすごく楽しいコースだ。この7月、art space kimura ASK?というギャラリーの地下室で、『はげ山と閑散都市の原始/functional, primitive』と題された展覧会を観た。倉庫みたいな小さい部屋に、映像やプリントや立体物がいっぱいに散らばっている。その空間の密度と、とりわけ映像の異様さにぐぐっと掴まれた気持ちになって、作者の藤倉麻子さんと話してみると、東京藝大の大学院をこの春に修了したばかりで、ギャラリーでの個展もこれが初めてなのだという。高速道路、壁に並ぶ公衆便所の便器、海、浜辺・・・都市と自然の環境が奇抜な色彩とフラットな作画の3DCGで展開している。それはものすごくカラフルでポップなようで、ものすごく人工的で冷たくて、不気味な風景でもある。いったいどんなひとが、こんな世界観をビジュアル化しているのだろう。
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おみやげから日本が見える
千葉・佐倉の国立歴史民俗博物館で『ニッポンおみやげ博物誌』が7月から開催中。今月17日までと気がついて、急いで行ってきた。昨年末は1960年代後半の学生運動・市民運動に焦点を当てた『「1968年」-無数の問いの噴出の時代-』が出色だったが、今回もその着想に唸らされる。展覧会は「アーリーモダンのおみやげ」と題された江戸時代からスタートする。参勤交代や、伊勢神宮のおかげ参りなど庶民の旅も活発になるにつれて生まれてきたおみやげ文化。それが明治以降の「名所」づくりや国立公園の誕生を経て、戦後の世界遺産ブームなどに象徴される「観光地のブランド化とおみやげへの波及」。おみやげ自体のさまざまな性格を見る「現代におけるおみやげの諸相」と「旅の文化の多様化とおみやげの創造」。そして最後におみやげがどう使われ、どう残っていくのかを探る「おみやげからコレクションへ」と、5つのパートに沿って膨大な数のおみやげが陳列されている。
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佐藤貢 漂着した人生
まったくの口コミだけで、静かに読みつがれている旅行記がある。前編が2015年、後編が翌16年に、大阪のギャラリーが版元となって刊行された自費出版・少部数の文庫2冊組。いずれも130ページそこそこのコンパクトなつくりで、一般書店やAmazonなどオンラインショップでも買うことができないから、わずかな在庫を手にした幸運な読み手が、次の読み手へと伝えているのだろう。『旅行記』(前・後編)と題されたその本の著者は佐藤貢(さとう・みつぐ)。廃材を使った立体作品をつくるアーティストで、2005年から大阪や名古屋を中心に活動を続けているが、どれほどのひとが彼の名を知っているだろうか。その佐藤貢が今月末から神保町ボヘミアンズ・ギャラ